絆 25




もう二度と会えなくなるのを覚悟して別れて来たというのに、ああしてまた会えたのは確かにとても嬉しい事だった。
しかし、余りその嬉しさに浸りすぎると、後がどんどん辛くなる。
もう気持ちを切り替えて、今を生きていかねば。





なのに。





何でまた来てるのーーーっ!?!?!?

今夜もまた、黄金聖闘士達は店に来ていた。
昨日の今日だというのに、昨日と同じく気軽な感じで、当たり前のような顔をして。


「よう、!」

一同の先頭に立っているミロの、清々しい笑顔が信じられない。
こちらの意図が、全く伝わっていなかったのだろうか?


「『よう』じゃないわよ!何しに来たのよ!?」
「飲みに来たに決まっているだろう?邪魔するぞ。」
「あっ、ちょっ・・・・!」

というか、昨日の今日で何でこんなに元気なのだろうか。
一同は、今夜も飲む気満々といった顔で店に入って来た。





「よし!今日も取り敢えずドンペリだ!、ロゼを頼む。面倒だから何本か纏めて持って来てくれ。」

今夜も黄金聖闘士達は容赦なく弾け飛んでいる。


「何が『取り敢えず』よ!ビールじゃないんだから、気安く注文しないでよ!つい昨日、馬鹿みたいに飲んだところでしょうが!ちょっとは考えて・・・」
「そうだぞアイオリア。昨日しこたま飲んだところなんだぞ、ちょっとは考えろ。」
「そうよそうよ!流石カミュ、冷静なご意見有難う!もっと言ってやって!」
二日続けて同じなんて芸がない。今日は我々にちなんで、ゴールドでいこう。」
「そうよそうよ、昨日と同じなんて芸がないわ・・・って、違ーーーう!!カミュまで何馬鹿な事言ってんの!?そうじゃなくて私が言いたいのは・・・」
「待て、カミュ。馬鹿な事を言うものではない。」
「ああ良かった、サガは正常だったのね!皆に言い聞かせてやって!ゴールドはロゼよりもっと高いんだって・・・」
「どうせ違った趣向を求めるのなら、ドンペリのゴールドでシャンパンタワーぐらい言ったらどうだ?」
ごっ・・・・・!?!?

昨日よりも更に、始末におえない程ぶっ飛んでいる模様だ。
結婚披露宴じゃあるまいし、何もここまでせずとも良いものを。



「・・・・・・馬鹿よ、皆馬鹿よ・・・・・」

目の前にうず高く積み上げられたシャンパングラスの塔に、金色の液体がシュワシュワと満ちていく様を途方に暮れた顔で眺めていると、隣に座っているシャカがテーブルを指でトントンと叩いた。


「・・・・・何」
「シャンパンやブランデーはもう飽きた。白ワインか何かないのかね。」
「白ワイン?あるけど・・・・・・。」
「辛めの口当たりの、この店で出しているというだけで市価の何倍にも値の膨れ上がっているものを頼む。」
そこまで分かっててそれでも敢えて頼むのね。
「早く持って来たまえ。」
「・・・・・・馬鹿よ、皆大バカ者よ・・・・・」

今夜も彼等は盛大な宴を繰り広げ、結局、昨夜と同様に閉店まで居座った。
閉店間際に、シャカが『牛丼を食べたい』と言い出したので、昨夜と同じくゾロゾロと団体で牛丼を食べに行き、そして。





「寒っ・・・・!」

外に出ると冷たい夜風がすぐに身に沁みてきて、は身を竦めた。
たった今、暖房の効いた店内から出て来たところなのに、すぐに寒さを感じるのは、酔っていないからだろう。


「いやいや、今宵もよう飲んだわい!特盛りの牛丼も食うたし、これで気持ち良く眠れそうじゃ。」
「そうですか?私はまだまだ2〜3軒はいけますが。」

の分までしこたま飲んだ筈なのに、黄金聖闘士は皆、平気そうな顔をしていた。
童虎も、カノンも。


「じゃあな、!おやすみ!」
「お休みなさい、。」

アルデバランも、ムウも。
多少ほろ酔い加減ではあるが、飲んだ酒量から考えれば、普通は前後不覚に泥酔していてもおかしくはないのに。


「・・・・・・・・・お休みなさい。」

は、呆れと心配と感謝の混じった複雑な微笑を浮かべた。
こんな後先考えない馬鹿げた事はもうやめにして欲しいと思う気持ちに変わりはないが、ここまで無謀な事をしてくれる彼等の気持ちそれ自体は、にとって言葉に尽くせぬ程嬉しいものだった。
その想いを、牛丼でしか形に出来ないのが歯痒いのだけれども。


「また明日も来るからな!」
「綺麗に着飾って待っとけよー!」
「もう来なくて良いってばーー!!」

は、捨て台詞を残して歩き去っていくシュラやデスマスクに、大きく手を振り返した。
この調子では、多分、本当に明日も来るだろうなと予感しながら。







その予感通り、黄金聖闘士達は次の日もやって来た。
そしてその次の日も、またその次の日も、涼しい顔をしてほぼ毎晩のようにVenusに通い詰めて来た。
店の従業員達や他の客は、良くそこまで体力と金が続くものだと言わんばかりに遠巻きに見て驚いているだけだったが、としては、大切な友人達の身を心配せずはいられなかった。



「ねえ、一度訊こうと思ってたんだけどさ・・・・・、殆ど毎晩来てるけど、皆、本当に大丈夫?身体辛くないの?慢性二日酔いとかになってんじゃない?」

どんな無茶をしているのかと、は気が気でなかったのだが、ムウは事も無げに笑っただけだった。


「いいえ、別に。具合が悪そうに見えますか?」
「見えないけど・・・・・・、だから余計気になるんじゃない。本当に大丈夫なの?」
「心配は要りませんよ。実は、老師が良い物を持っていらっしゃるのでね。」
「良い物?」

が首を傾げていると、シュラが答えた。


「二日酔いの妙薬だ。何でも五老峰の辺りにだけ伝わる秘薬らしい。」
「いや本当、マジで凄ぇんだよ。恐るべし中国4千年の歴史だぜ。

デスマスクが真顔で称賛する位なのだから、その秘薬とやらは余程の物なのだろう。
一体どんな薬なのか、非常に興味が湧くところである。


「へ〜・・・・!ね、童虎、どんな薬なの?」
「ホッホ。廬山の大瀑布の水に、五老峰でしか採れない数種類の薬草と、五老峰の大自然の中で汚れのない水や餌を食べて育ったイモリやコウモリやヘビの黒焼きなどを調合したものじゃ。手前味噌じゃが、身体に溜まった毒素を抜くにはこの薬が一番でのう。」
い、イモリにコウモリにヘビ!?何か黒魔術の秘薬みたい・・・・」

が思わず気味悪そうに顔を顰めると、アフロディーテとアイオリアが小さく吹き出した。


「フフ、確かに材料は薄気味悪いけど、効果はてきめんだよ。」
「その秘薬と、小宇宙と気合があれば、二日酔いなど敵ではない。」
「あ、小宇宙と気合は要るのね、やっぱり・・・・・

確かに、毎晩遅くまで大酒をかっ食らっているのだから、小宇宙と気合も幾らかは必要なのだろう。
薬の効果と、小宇宙と気合の効果、どちらが大きいのかは知らないが。
と納得出来たところで、心配事はもう一つあった。


「で、でもあの・・・・・・、お金の方は?いつも気前良くキャッシュで払っていくけど、どうやって都合つけてるの?」

体調はそれでどうにかなるとしても、小宇宙や気合や中国4千年の歴史が、彼等に代わって高額な飲食代を支払ってくれる訳ではないのだ。


「・・・・・本当の本っっ当に、公金に手をつけたり銀行強盗したりしてないでしょうね?
「アホか。そんな事する訳ないだろう。」

が疑いの目を向けると、カノンは憮然とした顔でを睨んだ。


「お前はこの俺を誰だと思っているんだ?一度は海界を牛耳りかけ、そして魔の黄金三角地帯に人を自在に飛ばせる、黄金聖闘士一有能な男・カノン様だぞ。この俺の必殺技・ゴールデントライアングルをもってすれば、サガとかサガとかサガを魔の黄金三角地帯に飛ばし、異次元を彷徨っている数多の幽霊船から金銀財宝を持って来させる事など朝飯前よ。」
「えぇっ!?」
朝飯前に兄を顎でこき使うな馬鹿者。勘違いするなよ、私は財源確保の為に敢えて貴様の技にかかり、協力してやっているのだ、それを忘れるな。誰が黄金聖闘士一有能な男だと?『口八丁手八丁の詐欺師』の間違いじゃないのか?」
「誰が詐欺師だ。お前にだけは言われたくないわ、このエセ教皇が。何だその恩着せがましい言い方は。俺もちゃんと働いているだろうが。俺だって、海底深くに沈んだままの沈没船から、お宝や金目の物を失敬して来ているだろう。」
ちょ、ちょっと待って、そんな事して良いの!?

が問い詰めると、サガとカノンは言い合いをやめて、そっくり瓜二つの真顔を並べて頷いた。


「どうせそのまま放っておいても何にもならんのだ、手に入れられる者が手に入れて、有効に活用してやった方がお宝も喜ぶ。なあ、サガ?」
「その通り。生きた人間の為に使ってこそ、宝の真価が発揮されるというものだ。幽霊船の中に海賊だの何だのの骸と一緒に眠らせておいても、文字通り宝の持ち腐れだろう?」
「それは・・・・そうかも知れないけど・・・・・、そんな手段で資金繰りしてたのね・・・・・

唖然とするの耳元に、カミュとミロがボソリと呟いた。


「というかこの兄弟、最近はそんな事ばかりしているんだ。
聖闘士というより、トレジャーハンターと化してるな。或いはインディ・ジョーンズか。」
「・・・・・・・」

そう、暫く会っていなかった間に、はすっかり失念していた。
彼等は普通の人間ではない、聖闘士だった。
それも、聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士だったのだ。
聖闘士とはいえ肉体は生身の人間、と言われてはいるが、同じ生身の人間でも、には小宇宙を燃やして二日酔いを撃退する事も出来ないし、海底や異次元で宝探しも出来ない。
やっぱりどう考えても人間離れしたところのある人達なのである、この黄金聖闘士というやつは。









にとっては、何もかもが『聖闘士だから』で片付く話だ。
しかし、他の人間にとってはそうはいかない。



「おはよう、早いわねぇ。」
「あ、おはようございます。」
「折角の休みなんだから、もっとゆっくり寝てれば良いのに。」

ある日曜日、リビングのソファに座ってつまらないトーク番組を流しているTVをぼんやりと眺めていると、ようやく目覚めたらしい母が寝巻き姿のまま起きて来た。
早いと言ってももう昼を回っているのだが、長年夜の仕事をしてきた彼女にしてみれば、今が朝の7時か8時位の感覚なのかも知れない。


「最近、頑張ってるわね。」
「え?」
「仕事。ぐんぐん業績が上がって来たじゃないの。」

彼女の素顔は、隙のない経営者の顔ではなく、どこにでも居そうな年相応の中年女性の顔だった。
嬉しそうに微笑んで言う様子は、正に子供を褒める時の母親そのものなのだが、やはり彼女は経営者だった。
美しく着飾って店に居る時も、化粧を落として寝巻き姿で家に居る時も。


「あ、そ、そうですか?」
「皆、なかなかの好男子ぶりだけど、ちょっと得体の知れない感じね。あの人達、一体何者なの?」

彼らの事は、その内必ず訊かれるだろうと思っていた。
ある夜突然現れて以来、毎晩のように涼しい顔で通い詰めてきて、景気良く遊んで帰る謎の外国人団体客。
確かに得体の知れない者達だろう、何も知らない人間にとっては。


「さ、さぁ〜・・・・・・・」

は、曖昧に笑って呆けてみせた。
間違っても彼らの正体を正直に白状する事は出来ないし、下手にグラード財団や全く無関係な企業の名を出せば、更にしつこく追究される恐れもある。
それならば、いっその事知らぬ存ぜぬを通した方が良いと考えての事だった。


「駄目よ、客の素性はきちんと把握しておかなきゃ。」

出来の悪い新米ホステスというレッテルが幸いして、彼女はの嘘をあっさりと信じた。


「万が一にもツケを溜めたまま逃げられたりしたらどうするの。回収出来なきゃ、貴方が弁済しなきゃならないのよ。」
「済みません・・・・・・」
「まあ、今のところは毎回キャッシュで払っていくから、それ程心配はしていないけど。でも、用心しておくに越した事はないから、その内必ず名刺を貰っておきなさい。」
「はい。」

彼女は一通りに注意すると、再び笑顔に戻った。



「でもあなた、最近本当に上昇して来たわよ。このまま順調に売上を上げていけば、今月の締め日には、梓ちゃんを抜けるかも知れないわ。」
「えっ!?嘘・・・・・・」

そこまでになっていたとは、当の自身、全く気付いていなかった。
思わず唖然としていると、母は苦笑を浮かべた。


「この調子で頑張りなさい。期待してるわよ。」
「は、はい。」

頷いて応えてから、は遅ればせながら気がついた。
もう昼を回っている事に。



「あ、ママ、お腹空きません?今何か用意するから、その間コーヒーでも飲んで待って下さい。」
「ああ・・・・・・、折角だけど、コーヒーも食事も要らないわ、もう1回寝直すから。」
「でも・・・・・」

母は今日まだ何も口にしていない筈なのに、空腹を感じないのだろうか。
しかし、こんな事は珍しくなかった。母が随分小食なのは、一緒に暮らし始めてすぐに分かった事だった。
気に掛けて食事を勧めても、彼女は気が向かなければ全く食べようとはせず、食べても軽くつまむ程度なのだ。


「休みの日はうんと寝溜めしておかなきゃね。あなたは食べたの?」
「いえ、まだ・・・・」
「私の事は気にしないで、あなた何か食べなさい。若い内はちゃんと食べておかなきゃ、身がもたないわよ。」
「・・・・・・はい・・・・・・」

その言い訳は、得意客との会食を控えているとか、昨夜飲み過ぎたとか、歳のせいだとか、その時々によって色々あるが、結局、彼女がの言う通りに従う事はない、それは一貫して変わらなかった。














毎日同じ事を繰り返していると、時は瞬く間に流れていく。
夜風の冷たさが少しずつ和らぎ、厚いコートが要らなくなってくると同時に、いつの間にか月が変わり、季節は春本番を迎えていた。
その最初の夜。


「先月の売上No.1は、ちゃんよ。」

開店前のミーティングで、先日の母の言葉は現実のものとなった。
それまでずっとNo.1の座に着いていた梓を、が僅差で抜いたのだ。


「おめでとう、ちゃん。今日からあなたがこの店のNo.1よ。」
「あ、有難うございます・・・・・。」
「但し、その地位は努力なくして不動のものにはならないわ。今月1ヶ月きりで失ってしまわないように、これからも頑張ってちょうだい。」
「はい・・・・・・・」

ワーストNo.1がいきなりトップに躍り出る事が出来たのは、言うまでもなく黄金聖闘士達のお陰だ。彼等が無理をしてくれたお陰だ。
相変わらず他に得意客が居る訳でもない落ちこぼれホステスがまぐれで手に入れた地位など、不動のものになる訳がない。
ずっとNo.1で居続けた梓のように、この地位を守り抜く事はきっと出来ないだろう。
形ばかりに返事をしながらも、は心の中でそんな事を考えていた。



「それから、この場を借りて皆に言っておきたい事があるの。」

ミーティングはそれで終わったかのように思えたが、そうではなかった。
母は再び従業員全員の注目を集め、話を始めた。
この場に居る誰もが想像してもみなかった、とんでもない話を。




back   pre   next



後書き

がむしゃらに豪遊する黄金聖闘士達、の巻でした。
この辺でそろそろ佳境に差し掛かる頃・・・・・・かな??(←知らんわい)
いよいよクライマックス!!にはやっぱりまだちょっと遠いんですけど(←どないやねん)、
ストーリー的に半分以上は進んだと思います。
あと何話で纏まるかなぁ・・・・・・(汗)。