「Venusです。是非お越し下さい。」
スルー。
「Venusです。どうぞ宜しくお願いします。」
スルー。
「Venusです。」
またスルー。
「・・・・・・・・・ハァ」
誰にも受け取って貰えないビラを虚しく宙に泳がせたまま、は疲れたように息を吐き出した。
「あ〜、もう嫌!!」
その時、背後からヒステリックな女の声が聞こえた。
声の持ち主は、一緒にビラ配りをしている先輩ホステスである。
「あ、お疲れ様です!」
「ホントお疲れよ!さっぱりだわ!ね、そっちはどう?」
彼女の質問に、は微かに首を振って答えた。
すると彼女は、さもあろうとばかりに頷き、コートのポケットから煙草を取り出して一服を始めた。
「大体さぁ、こんな事したって無駄なのよ!アンタもそう思わない?」
「え?」
「見てみなさいよ。あそこ。」
彼女が煙草で指し示した先に見えたのは、背広姿の中年男性に纏わりつく若いホステスの姿だった。
渋っているような素振りを見せる男に媚びた笑顔を見せ、男の腕に胸を押し付け、身体を摺り寄せ、何処かへ引っ張って行こうとしている。
暫く様子を見守っていると、やがて男はホステスに引き摺られるまま歩き始めた。
満更でもなさそうに鼻の下を伸ばし、彼女の腰に腕を回して。
「上品ぶってビラ撒いてたって無駄無駄!結局男は、ああやって分かりやすいのが好きなんだから。」
「・・・・みたいですね。」
「あんな風にお色気で釣って良いんならね〜。ママの望み通り、ジャンジャン客を連れて帰るんだけど。」
先輩ホステスは、さっきの二人が消えていった方角を面白くなさそうに一瞥した。
「安っぽい勧誘は駄目。でも良いお客を集めて来い・・・・、なんてさ。無茶言わないでよって感じよね。あ〜あ、やってらんない!」
「・・・・でも、これ配り終わらないといけないし、頑張りましょうよ!」
が力強くそう言うと、彼女は唖然とを凝視し、アンタって変な子ねぇ、と呟いた。
「何でそこまで必死になれるわけ?」
「え?」
「しかもさ、言っちゃ悪いけど、アンタの売上ってずっと最下位じゃない?」
「ぐっ・・・・・、そ、その通りですけど・・・・・・」
「ま、下から3番目の私が言うのも何だけどさ。給料は少ないわ、人と比べられて悔しい思いはするわで、普通ならやる気なくしてすぐ辞めるわよ?何で3ヶ月以上も続くわけ?」
「何で、って言われても・・・・・」
彼女の言う通りだ。
働き始めてからというもの、はたちまちVenusの下から数えてNo.1の座に着き、以来、その地位を守り抜いている。
こんな落ちこぼれはライバルとも見なされないのか、嫌がらせはされずに済んでいるが、その代わりに一人前扱いもされていない。
指名を貰えるのはごく稀で、大抵はヘルプとして末席に小さくなって座っているか、こうして寒空の下、延々とビラを撒いているかであるから、当然と言えば当然なのだが。
「あぁ・・・・・そっか。アンタってママの知り合いか何かで、口利いて貰って入って来たんだっけ。」
「はい。」
「だから辞めるに辞められないんだぁ。義理ってやつ?大変だねー。」
「はぁ・・・・・」
「まぁ頑張ってよ。私は辞めるけど。」
彼女は、おざなりな労いの後に突拍子もない事を言い出した。
「はぁ・・・・、えぇっ!?な、何で!?」
思わず聞き流しそうになったが、これは爆弾発言である。
が驚いて理由を尋ねると、彼女は煙草の煙を吐き出しつつ、うんざりしたように言った。
「何でって、もうやってられないからよ。あんな今にも潰れそうな店。頑張ろうにも、客が入らないんだから頑張りようがないじゃない。だからもう決めた。今日限りで辞める。」
「でもそんな急に・・・・!」
「そういう訳だから、あと宜しく〜。じゃ〜ね〜。」
「あっ、ちょっ、ちょっと待って・・・」
止めようとはしたものの、彼女は煙草を落として細いヒールで踏み消すと、手持ちのビラの束をに押し付けて、さっさと雑踏に消えて行ってしまった。
「・・・・下さいよ〜・・・・・・」
倍に増えたビラの束を見て、はガックリと頭を垂れた。
「Venusです。宜しくお願いします。」
もうこれで何人目だろうか。
この3ヶ月の間に、母曰く『中途半端で余り見込みのない』ホステス達までもが次々と辞めていっている。
の後から入って来た者達は、今ではもう一人も残っておらず、そればかりか最近は、ああして先輩ホステス達までもが店を去っていく始末だ。
入って間もない新参者には、店への未練や愛着などある筈もないから仕方がないにしても、それなりに長く勤めた者達にさえ見限られてしまっては、相変わらず素人同然のですら、いよいよ切羽詰った危機感を感じずには居られない。
母は『止めても無駄だ』と去る者を追おうとはしないが、本当にそれで良いのだろうか。
入店以来、死に物狂いで勤めてきたが、店の経営は持ち直すどころか悪化の一途を辿っている。
そして、どれ程必死に働いても、最下位という不名誉な肩書きを返上する事も出来ない。
これ以上、このワーストNo.1ホステスに出来る事などあるのだろうか。
「Venusです。どうぞお越し下さい。」
スルー。
「Venusです。是非どうぞ。」
スルー。
「Venusです。」
またスルー。
配れども配れども、誰一人立ち止まってはくれない。
たとえすれ違いざまに受け取って貰えたとしても、数秒後には地面に投げ捨てられ、その上を沢山の人が躊躇いなく踏んで歩いて行く。
「Venus・・・・です・・・・・・・」
薄汚れたアスファルトに散らばっている、汚い紙切れと化した楽園への招待状をぼんやりと眺めていると、何故か無性に泣きたい気分になってきた。
「・・・・・・・・・ハァ・・・・・・・。まずい、本当に涙出そう・・・・・。」
は鼻をすすり、目頭を揉んで誤魔化した。
泣いている暇はない。
とにかく、ビラ配りを終えなければ、店にも帰れないのだから。
「・・・Venusです!宜しくお願いしまーす!」
は半ば自棄になりながら、声を張り上げてビラを配り始めた。
「Venusでーす!」
この際遠慮している場合ではないと、受け取る気のなさそうな通行人達の手にも、無理矢理ビラを押し付けてみる。
「どうぞお越し下さい、Venusでーす!」
「おい姉ちゃん。俺にも1枚くれ。」
すると、どうだろう。
小さな奇跡が起きた。
人間、偶には自棄も起こしてみるものだ。
「はっ、はい!」
背後から聞こえた男の声に救いを感じ、は満面の笑みでビラを手に振り返った。
「どうぞどう・・・」
「おう。サンキュ。」
「ぞ・・・・・・」
そして、その笑顔まま凍りついた。
「デ・・・・・ス・・・・・・・?」
「・・・・ヘッ。んだよ、そのシケた面は。」
どうして、デスマスクが夜の銀座に居るのだろう。
どうして今目の前に居て、笑っているのだろう。
これは幻覚なのだろうか。
「私にも1枚貰えますか?」
「ム・・・ウ・・・・・?」
「俺にも1枚くれ。」
「あ・・・、アルデバラン・・・・・・?」
いや、幻覚ではない。
幻覚なら、抱えているビラを抜き取っていく手の感触が、こんなにはっきりと分かる筈がない。
「私も貰うぞ。」
「サガ・・・・・・・」
「俺もだ。」
「カノン・・・・・・」
「俺も貰おう。」
「アイオリア・・・・・」
「私にも寄越したまえ。」
「シャカ・・・・・・・・」
幻覚なら、幾ら何でもこんなに次々と出て来ないだろう。
「儂にもくれるかのう。」
「童虎・・・・・・・」
「俺にもな。」
「ミロ・・・・・・・」
「俺にもだ。」
「シュラ・・・・・・」
「私にも1枚くれ。」
「カミュ・・・・・・」
「私も貰うよ。」
「アフロ・・・・・・」
は、呆然と彼等の顔を見つめた。
「何で・・・・・・何で皆・・・・・こんなとこに居るの・・・・・・・!?」
「会いに来たんだ、に。」
「久しぶりに会ったのだ。そんな鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をせず、少し位笑いたまえ。」
アイオリアとシャカの口元が、優しげに綻ぶ。
「久しぶりだな、。」
「元気だったか?」
「・・・・・会いたかった、。」
カミュとアルデバランが微笑みかけ、ミロが力強く手を握る。
「・・・・・それ、着けてくれているのですね。」
「この香り・・・・・・。嬉しいよ、。」
胸元のブローチに目を留めたムウと、仄かな薔薇の香りを嗅ぎ取ったアフロディーテが、嬉しそうに目を細める。
「少し痩せたんじゃないか?」
「ちゃんと食うておるのか?」
「身体は壊していないだろうな?」
シュラと童虎とサガが、心配そうに気遣う。
「おい、聞いているのか?人の話。」
「おいコラ、何とか言えよ。」
カノンが顔を覗き込み、デスマスクが額を軽く指で弾いた。
「痛っ・・・・!」
痛い。
何だか妙に痛い。
「いったぁ・・・・・・・・」
痛くて痛くて堪らない。
「・・・・・・・・」
我慢出来ない位に。
「っく・・・・・・、グスッ・・・・・」
よりにもよってこんな人通りの多い所でなんか、絶対に嫌だと思っていたのに。
嫌だ嫌だと思う程、涙は後から後から零れてきて、止まってはくれなかった。
涙が止まったのは、それから少ししての事だった。
はまだ鼻を啜りながらも、溜息を一つ零して呼吸を整えると、落ち着きを取り戻した声で『ごめん』と呟いた。
「・・・・・もう大丈夫。治まった。」
ハンカチで目元を拭って、顔を上げる。
目と鼻の赤みはそうすぐに戻らないだろうが、もう普通の表情に戻っている筈だ。
しかし、不覚にも彼らの前で泣き崩れた事実は消せない。何せついさっきの事である。
時間を巻き戻せないかなぁとか、いっそ全員記憶喪失になってくれないかなぁとか、考えるだけ無駄な事を考えて暫し現実逃避をした後で、は諦めて潔く彼らの顔を直視した。
「・・・・・・あーもう。何でいきなり皆で来るかなぁ・・・・・、っていうか、何でここに来れたの?どうして私がここに居るって知ってたの?」
「それはだなぁ・・・・・、あ〜・・・・・、まぁ、何と言うか・・・・・」
アルデバランはモゴモゴと口籠った後、チラリと仲間達の表情を伺ってから、素直に白状した。
「・・・・・・ちょっと調べさせて貰ったんだ、お前の近況を。」
「えっ!?何で!?何の為に!?」
「え、そ、それは・・・・・・」
アルデバランはまたもやから目を逸らし、『そういえば、何でなんだ?』と横目でカノンに問いかけた。
「サガの奴が酷く寂しがって落ち込んでいてな。部屋に引き篭もってグジグジメソメソ泣いているものだから・・・」
「殺すぞ貴様!!!誰がいつグジグジメソメソした!?」
「というのは半分嘘だが、寂しがって落ち込んでいたのは本当だぞ。やみくもに執務に没頭してみたり、かと思うと突然電池が切れたように呆けてみたり。」
「そ、そうなの?サガ・・・・・」
サガはと目が合うと、カノンの胸倉を掴んでいた手をゆるゆると離し、決まりの悪そうな微笑を薄らと浮かべた。
「ちなみに俺もだ。お前が居ないと、どうも毎日に張りがなくてな・・・・・。」
「カノ・・・ン・・・・・」
カノンの大きくて冷たい掌が、の片頬を包み込む。
一瞬ドキッとするような優しい仕草で、感触を確かめるように。
「執務などとてもする気にはなれなかった。」
「・・・・・・それは〜・・・・・・・、いつもの事じゃないの?」
が冷静に指摘すると、カノンは手を離して咳払いを一つした。
「・・・・・・とにかくそういう事だ。そして、こいつらも寂しがっていた。お前が居なくなってから、俺達は全員、胸にぽっかりと穴が開いたような、空虚な気分で過ごしていた。」
「皆・・・・・」
誰一人、カノンの言葉を否定する者はいなかった。
一同の優しげな微笑や恥ずかしそうな照れ笑いを見つめていると、折角引っ込んだ涙がまた零れてきそうになる。
もう二度と会えないと思っていた彼らに折角また会えたのだから、情けない泣き顔ばかりを見せたくないのに。
願わくば、涙の代わりに微笑みを。
「だから、せめて様子だけでも見たいと思って、お前の近況を調査したわけだ。ちなみに、調査したのはこの俺だ。何日かお前をストーカーばりにつけ回したのだが、気付かなかったのか?」
「嘘!?全然気付かなかったぁ・・・・・・!」
「ついでにこんな写真も撮ってみた。」
「なっ・・・・・!?」
その願いは、半分だけ叶えられた。
「嫌あァァーっ!!!何これーーっ!?」
折角止まったのにまた零れてきそうになった涙は再び無事に引っ込んだが、その代わりに零れてきたのは、彼らを安心させるような笑顔ではなく、辺りに響き渡るような悲痛な絶叫だった。
「うわ、もう・・・・!何でこんな写真撮るのよ!?どうせならもうちょっとマシな写真撮ってよねーっ!」
カノンから手渡された数枚の写真は、どれもこれも葬り去りたい過去の汚点を赤裸々に写し出していた。
もういっそこの写真とネガ諸共、我が身も焼き捨てて欲しい位である。
カノンは一体、何を思ってこんな写真を撮ってくれたのか。
恥ずかしさの余り、根拠のない被害妄想が膨らみ始めて、は撮った張本人を含めた黄金聖闘士全員を、赤い顔で恨めしげに睨みつけた。
「どうせこれ見て皆で笑ってたんでしょ!?ひっどい・・・」
盛大に膨れて言い掛かりに近い文句をつけていただったが、誰も笑わない事に気付いて言葉を切った。
「・・・・・君のこの無様な写真を見て、我々は考えたのだ。」
「無様って・・・・・。その通りだけど、相変わらず容赦ないのね、シャカ。」
苦笑いをしてみせても、シャカはいつものように尊大な微笑を見せなかった。
「君はこんな顔で毎日を過ごす為に、我々と別れて日本に帰って来たのではない。やっと会えた母上の側で、より幸せでより満ち足りた人生を送る為に帰って来た筈だ。」
ただ、落ち着いた声でこう言っただけだった。
「だから我々が、その手伝いをしてやろう。」
「え・・・・・?」
シャカはサガから一通の封筒を受け取ると、それをそのまま素っ気無くに手渡した。
「ん。」
「ん、って・・・・・これ、何?」
「受け取りたまえ。中を開けてみれば分かる。」
言われて恐る恐る開けてみると、中には紙幣の束が詰まっていた。
「ちょっ・・・・・!何なの、これ!?」
「見た通り、現金だ。ジャパニーズ・エンに両替してあるから、すぐにでも使えよう。」
「そんな問題じゃ・・・・って・・・・・・、ちょっと待って・・・・・・、何かこれ、デジャヴ・・・・・」
確かに、いつかどこかでこれと良く似た体験をした事がある。
さて、いつだったか。何だったか。
暫し考えた後に、は目を見開いて一同を指差した。
「あーーーっ!!!もしかして、うちのポストにお金入れたの皆!?」
「おうよ。なのにサツに通報なんかしやがってよ。バッカじゃねーかお前?」
まるでこっちがマヌケだとでも言うようなデスマスクの物言いにムッとして、は負けじと言い返した。
「馬鹿はそっちよ!こっちがどれだけ大騒ぎしたと思ってるの!?ヤクザか麻薬密売組織が、逃走途中にお金を隠そうとうちのポストに投げ入れていったんじゃないかとか思って、すっごく怖かったんだからーーっ!」
「済まない、脅かすつもりではなかったのだが、それにしてももの凄いシナリオだな。そんな風に考えられていたとは、全く予想もしていなかった・・・・・。」
「呆れた・・・・!普通誰でも驚くでしょ・・・・!」
心底不思議そうにしているアイオリアに呆れている最中に、はまたもや思い出した。
ポスト事件のすぐ後、立て続けに起こった不可解な難事件の事を。
「あっ!!!じゃあ、例の振り込みも皆でしょ!?誰よ『ミスター・チン』って!何なのよ一体!」
「おやおや、ふふふ。奇遇ですね、私も同じツッコミをしましたよ。」
「いや、あれはやむを得なかったのじゃ。本当は『陳幻斎』にする筈だったのじゃが、あのATMとやら、漢字が使えんでのう。」
「『陳幻斎』とか言われても益々分かんないわよ!あれも何事かと思って大騒ぎしたんだから!」
ほのぼのと微笑むムウと童虎に詰め寄ってやろうと思ったのだが、足が動いてくれなかった。
「・・・・・本当に、何でいきなりこんな事するのよ・・・・・。」
今の状況から考えると、理由など今となっては訊かずとも分かる。
彼らは全部調べて知ったのだろう。そして、何とか力になろうとしてくれた。
その事を、有り難いとも嬉しいとも思う。
ただその一方で、彼らには知られたくなかったという思いが胸の片隅にあった。
「失礼だが、お袋さんの店の経営が危ないらしいな。それで経営が立て直せるとは思わないが、当座の役には立つだろう。取り敢えず今日のところはこれだけだが、また必ず持って来るから。」
「ちょ、ちょっと待ってよアルデバラン!!何でそんな何回も!?・・・・・ハッ、まさか公金に手をつけてるんじゃ・・・・・!」
「まさか!!人聞きの悪い事を言わないでくれ!それは俺達の私財だ!」
「皆で出し合ったのです。やましい金ではありません、安心して下さい。」
アルデバランとムウは、の邪推を即座に否定した。
それはそれで、一つ安心出来たと言える。
しかし。
「そういう問題じゃないわよ!!駄目よ、駄目駄目!受け取れない!」
は毅然とした口調で言い放つと、側に居たアフロディーテに封筒を突き返した。
「良いんだよ、。そう遠慮せずに。」
「遠慮とかじゃないわよ!貰う理由がないもの!」
「そう言わずに受け取っておくれ!」
「駄目ったら駄目!」
アフロディーテとの攻防戦は少しの間続いたが、やがて、
「駄目って言ってんでしょーー!!!」
というの凄まじい怒声と共に終結を迎えた。
その剣幕と勢いたるや、黄金聖闘士達をも思わずたじろがせる程のものだった。
「・・・・・・私はね。いや、私達は、君に今の仕事を辞めて貰いたいと思っているんだ。」
押し付けられた封筒を手に持ったまま、アフロディーテは悲痛な面持ちでを見つめた。
「こんな商売、酒に弱い君には向いていないよ。それは自分でも分かっているのだろう?」
「それに、幾ら母親の経営する店だといえども、特別扱いはされていないんだろう?でなければ、毎晩こんな事にはならない筈だ。」
アフロディーテに便乗してきたミロが、まるで現実を知らしめようとするかのように、改めて例の写真をに見せた。
しかしは、具合の悪そうな青ざめた顔で電柱に寄り掛かっている自分の写真を、直視出来なかった。
「・・・・・・・・・この際だ、正直に告白するよ。君の身体の事も本当に心配しているが、それ以前に、君が酔客を相手に媚びを売っているかと思うと、個人的に我慢ならないんだ。分かっておくれ、。」
「・・・・・・・・分かってる。向いてない事ぐらい、私が一番分かってる。」
アフロディーテの乞うような説得を聞いて、は俯きがちに小さく呟いた。
「二人の言う通りよ。オーナーの娘だからって、特別扱いなんかされていない。そもそも私達が親子だって事自体、誰も知らないわ。隠してあるから。だから私は、店の中では只の新米ホステス。それも落ちこぼれのね。・・・・・・ふふっ、私ね、ずっと売上ワースト1なんだ。」
は、虚ろな微みを口元に薄らと浮かべた。
「それでも母は、どういう訳か私が店で働く事を強く望んでる。力になってくれってね。他の人がどんどん辞めていくのは平気な顔して許しているのに、私だけは駄目みたい。しかも、店でNo.1になれなんて、無茶な事まで要求して。」
「No.1?」
「そう。なれる訳ないのにね。」
サガが復唱した『No.1』という単語、これにどれだけプレッシャーを感じている事か。
母に言われるまま、望むままに、その地位に少しでも近付こうと可能な限りの努力をしてきたが、
情けない事にいつまで経っても報われない。
『私には向いていないから』と、投げ出して辞めたくなる時も度々ある。
「・・・・・でもね、それでも、出来る限りは力になろうと思ってるの。『親子なんだから』って言われると、やっぱり突き放しきれないし。」
それでも、続けるしかないのだ。
そう望まれているのだから。
「だから、やれる限りの事はやろうって思ってる。尤も、私が使えるようになる前に、母の方が『やっぱりもう良い』って諦めて、クビにされちゃうかも知れないけど。ふふっ。」
「・・・・・・・・・分かった。」
小さく笑ったを見て、それまでずっと沈黙を通していたカミュが、何かを決意したように目を閉じて言った。
「最早何も言うまい。」
「・・・・・・ごめんね、カミュ。」
彼らの期待に沿えない以上、せめて厚意を無下にしてしまった事に対しては誠心誠意謝りたいと、は深く頭を下げた。
「皆も、本当にごめんなさい。それから・・・・・・、有難う。私の事を気に掛けてくれた上に、こうして会いに来てくれただけで、私には十分嬉し・・・」
「君の店は何処だ?」
「・・・・・・・・は?」
ふと気付けば、は顔を上げて、何を考えているのかさっぱり分からない無表情なカミュの顔をポカンと見つめていた。