絆 22




のピンチを救い隊』という微妙な隊がめでたく結成されたところで、一同は早速作戦を練り始めた。



「で、具体的にはどうする?どうすればの助けになれる?」
「知れた事。要は金だ。」

アルデバランが投げ掛けた質問に、シャカが即答した。


「というより、我々に出来るのはそれ以外にない。出来る限り用立ててやれば、何かの足しにはなるだろう。うまくすると、多少なりとも経営を持ち直して、も足を洗えるかも知れん。金さえあれば、他に幾らでも有能な従業員を雇えるのだ。幾ら娘とはいえ、何もわざわざのようなド素人の上に下戸な娘など使いはしないだろう?」
「ううむ・・・・、俺もそうなって貰いたいとは思うが、もしかするとそこまでは無理かも知れんぞ。」

アイオリアは、複雑そうな顔をして言った。


「たとえ細々とでも、親子で力を合わせてやっていきたいと考えているかも知れないじゃないか。今までずっと離れて暮していたんだ、たとえどんなに苦しくても、もう片時も離れたくないと思っているかも知れんぞ。」

アイオリアの言うような可能性も十分考えられるが、どうも今一つ釈然としない。
ミロは、の悲惨な写真を指し示しながら言った。


「しかし、この写真を見てみろ。この、『毎晩命削って飲んでます』的な壮絶な顔を。たとえが望んだにしても、娘の命をすり減らしてまでそんな事を考える母親が居るか?」
「普通は止めさせる、だろうね。」

そして、アフロディーテがミロに賛同したところで、一同の会話は途切れた。
それ以上異論を唱えようとする者は、もう誰も居ないようだ。


「ぃよっしゃ。とにかく、要するに金ってこったな。経営を一気に立て直す程って訳にゃいかなくても、せめて新しいホステスを雇える程度の金を渡せば、晴れてお払い箱って訳だ。」
晴々しくお払い箱にされたらされたで、それはそれであんまりな気はしますが。しかし、私個人的には早いところ辞めて貰いたいですね。職業に貴賎はありませんが、水商売は明らかにには向いていませんから。」

デスマスクとムウの言葉に、一同は頷いた。
こうして、つつがなく結論を導き出せたところで、早速次の議題が湧いてきた。



「じゃあ、どうやって金を渡す?私達が直接に渡しに行くのか?」

カミュが第2の議題を口にすると、サガは首を振って答えた。


「いや、それでは多分失敗に終わる。突然私達から意味の分からない金を差し出されても、は『受け取れない』と断るだろう。」
「・・・・だろうな。何せ、女神からのお餞別も受け取らなかった位なのだから。」

サガの言葉に同感とばかりに頷いて、シュラはいつかの事を思い出していた。
童虎から、その件について聞かされた時の事を。
金の問題ではなく、もう二度と足を踏み入れる事のない場所を、もう二度と会う事もない者達を最後まで気遣うの気持ちが、胸に沁みて痛かった。



「だったら、自宅へ密かに届けに行ってはどうだ?」

感傷に浸っている内に、カノンが別の案を出し始めた。


「誰が置いて行ったかも分からない状態なら、受け取るしかなくなるだろう?他に誰も歩いていない道に財布が落ちていたら、思わず拾うのが人間の心理だ。特に母親の方は・・・・・。あの経営状態なら、喉から手が出る程金が欲しい筈だからな。」
「ふぅむ・・・・・・」
「なるほど・・・・・」
「・・・・・・よし。ならばその方法で行こう。」

カノンの案は全員を納得させ、サガの承認を得て、晴れて採用となった。















深夜未明の高級住宅街を、一人の男が足音一つ立てずに歩いて行く。
出くわすのは緑の目をキラリと光らせて通りを横切る猫ぐらいで、他に通行人の姿はない。
男は、小さなメモ用紙を片手に人気のない夜道を歩き進み、やがてとある高層マンションの前で立ち止まった。


「ここか・・・・・」

高く高くそびえ立っている建物を見上げて、その男・ムウは溜息をついた。


「凄い所に住んでいるのですね、は・・・・・」

何もかもがやたらに美しく、贅沢で、人工的な印象を受ける建物である。
青々と茂る常緑樹の植え込みにさえ、自然の息吹が感じられない。
これみよがしな数の監視カメラと、エントランスホールの奥に見える大きなガラスの扉に取り付けられた電子ロックの装置も、厳重すぎて少々息が詰まりそうだ。


「・・・・・おっと、のんびり観察している暇はありませんでしたね。」

ここへ来た目的を思い出し、ムウは懐から茶封筒を取り出した。
この封筒の中には、ムウ自身も含めた黄金聖闘士達全員から集めた金が入っている。
無論、日本円に両替済みのものである。
破綻寸前の経営状態を立て直せる程ではないが決して少額でもないこの金を、に気付かれないように届ける役目を与えられたのがムウだった。
他の者は、別の任務があったり渋ったりして誰も来なかった。


の部屋は・・・・・・・」

ムウはもう一度メモに記してある部屋番号を確認すると、万全を期して監視カメラに姿を捉えられないよう、テレポーテーションやサイコキネシスを駆使して、その部屋番号が記されているメールボックスに封筒を投函した。
任務はたったこれだけ、これで完了である。



「・・・・・・・おやすみなさい、。良い夢を。」

の住む階を見上げて、ムウは呟いた。
は多分、まだ帰宅してはいないだろうが、仮に家に居たとしても確実に聞こえてはいないだろうし、ムウが今、マンションの前に居る事も絶対に知らないだろう。
そうと分かっていても、伝わらないと知っていても、言わずにはいられなかった。


「・・・・・・私も渋れば良かったですね・・・・・・」

渋って来なかった連中を少しだけ恨めしく思い、苦笑いしながら、ムウは聖域へと帰って行った。







その少し後。







「なっ・・・何これーーッッ!?

帰宅してメールボックスを開けたは、中に入っていた酔いも吹っ飛ぶようなブツを見て、深夜にも関わらず大騒ぎしていた。


「何、何なの、何なのよこのお金・・・・!?どうしてうちの郵便受けに・・・・!?そっ、そうだおまわりさん、けっ、警察、警察に110番・・・・・!あれっ、110番って何番だっけ・・・・・!?

いや、前言を撤回しよう。
まだ醒めきらない酔いと懸命に戦いながら必死で頭を回転させ、はおたおたと携帯電話を取り出した。




















「・・・・・・という訳で、失敗に終わった模様です。」
「そうか・・・・・」

ムウから受け取った新聞に目を通し終わり、サガは落胆の溜息をついた。
溜息を吐かせた原因は新聞の隅に小さく載っている記事で、そこには、深夜の東京で先日起きた珍事件の事が書かれてあった。


「・・・・・目撃者はおらず、マンションの監視カメラにもそれらしき人物は映っていなかった為、警察は通報者の女性より現金を預かり、持ち主の出頭を呼びかけると共に、その金が暴力団や麻薬密売組織による犯罪に関係するものである可能性も考えて捜査を進めている・・・・・、か。無礼な。誰が暴力団だ。あの金だって、我々が額に汗して働き蓄えたなけなしの金だというのに。」
いやそこじゃねえだろ注目するポイントはよ。

デスマスクの切実なツッコミに反応する者は、今日は誰一人としていないらしい。


「万全を期したつもりでしたが、こうなるのならいっそ堂々と監視カメラに映っておけば良かったのかも知れませんね。申し訳ありませんでした。」
「いや、お前を責めるつもりはないが・・・・・・、ぬかったわ。まさか警察に駆け込むとは思わなかった。俺なら迷う事なく頂くんだが。
「なるほど。ならば、そんな性根の腐った奴はお前位だという事が、これで立証された訳だな。

不届きな弟・カノンを冷ややかな目で一瞥した後、サガは気を取り直して一同に告げた。


「まあ良い。過ぎた事は忘れて、次の手に移ろう。一刻も早くを助けてやらねば。」
オイ、ちょっと待てよ!警察に持ってかれた俺の金はどうなる・・・」
「家に届けて駄目なら、銀行振り込みだ。
オイ、聞けよ人の話・・・・・

デスマスクの抗議を無視して、サガは早速第二の作戦を立てた。
なおその際、黄金聖闘士全員が再びカンパを要求され、デスマスクが泣きっ面に蜂状態に陥った事はほんのおまけ話である。
















それから数日後、都内の某都市銀行のとある支店に、二人の男が来店した。


「クッソー、頭に来るぜ・・・・・!」
「もうええじゃろう、デスマスク。ほんにしつこいのう、お主も。」

不機嫌な顔で悪態を吐いているデスマスクと、それを呆れ顔で窘める童虎の二人である。
デスマスクは、自分の身銭が今度こそ無事の手元に渡るのを見届ける為、何が何でも自分が出向くと言ってきかなかったのだ。
ちなみに童虎は、サガに頼まれて蟹のお目付け役として来ている。


「あの位の金など、お主ならまた幾らでも悪知恵を働かせて稼げるじゃろうに。」
「いや、そういう問題じゃねえッスよ。つーかさり気に酷い事言いますねアータ。

デスマスクは、憮然と唇を尖らせつつ言った。


「アイツにくれてやると決めた金ですからね、どう使われようが良いやとは思ってましたよ。けど、あれじゃそれ以前の問題じゃねぇッスか。何で俺がサツに寄付してやんなきゃいけねぇんだよ。」
「分かった分かった。分かったからもう忘れろ。それよりほれ、儂らの順番が回って来たようじゃ。」
「・・・・・へいへい。」

幾ら不平不満を垂れたところで、仙人の如き達観したジイサマ、いや、偉大なる聖域の長老が相手では、のれんに腕押し、ぬかに釘。
言うだけ無駄だと諦めて、デスマスクは大人しく童虎の後をついて行った。


「ほほう。さすが若いモンは機械慣れしとるのう。」
「老師も見た目若いんですから、ATMぐらい使えなきゃ恥掻きますぜ。」
「いやいや、ワシャどーも駄目なんじゃ。こういう機械の類は。」

ATMの操作係は、当然のようにデスマスクである。
の銀行口座の番号が書かれたメモを片手に、しきりと感心する童虎を尻目に、デスマスクは手際良く操作を進めた。
が、振込人の名前を入力するステップで、不意に手を止めた。



「で?振込人の名前は何にします?何か適当に決めて下さいよ。」

振込人の名は、適当な偽名を使えというのがサガの指示だった。
しかし、何でも良いから適当にと言われても、いざというとなかなか適当なものが思いつかなくて困るのが相場である。
この面倒臭い作業を、デスマスクは挑戦してもみない内からあっさり童虎に丸投げしたのだが。


「そうじゃのう・・・・・・」

流石は童虎。伊達に聖域の長老の看板を背負ってはいない。
童虎は少し思案した後に、きちんと名前を考え出した。


「『陳幻斎』もしくは『王坦面』などはどうじゃ?」
ナメとんですかい。何スかそれ、チンゲンサイとかワンタンメンって。」
「いや、うちの畑のチンゲンサイが今年豊作だった事を思い出しての。幸先が良いかと思うてな。ワンタンメンは今食いたい気分じゃから言うてみた。

その名前の是非はともかくとして。


「はぁ〜・・・・・。んじゃ、チンゲンサイにしますか。ワンタンメンよりは、意味があるだけ多少なりともマシな気がしますんで。」
「うむ。ちなみに、チンは『陳幻斎』の陳、ゲンは『陳幻斎』の幻、サイは『陳幻斎』の斎と書いてくれ。」
いやワケ分かんねッすからその説明。

ともかく、童虎の決めた通りに入力しようとして、デスマスクは再び手を止めた。


「・・・・・あ。無理ッすよ老師。漢字無理ッす。カタカナしか入力出来ませんぜ。」
「何じゃと?ううむ・・・・、カタカナで書かれると本当に野菜のようで微妙じゃのう・・・・。」
「ん〜・・・・・・・、じゃー、こうしましょうや。これで良いんじゃねッすか?」

と言って、デスマスクは手早く名前を打ち込んだ。







その後日。







「『前代未聞!振込み詐欺ならぬ”振り込まれ”詐欺!?
謎の人物”ミスター・チン”』・・・・・か。」

サガは新聞を机に伏せると、童虎とデスマスクをジト目で見ながらこれみよがしに溜息を吐いた。


「ホッホ。また警察沙汰になってしもうたようじゃのう。いやいや、あい済まぬ。」
「いや〜、の警戒心の強さには参るよなぁ。深く考えずに素直に受け取りゃ良いのによぉ。」
「ある日突然ミスター・チンとかいうふざけた名前の人から金を振り込まれたら、誰だって警戒しますよ普通。誰なんですか『ミスター・チン』って。
「良く言ってくれた、ムウよ。私の心の内をよくぞ代弁してくれた。」

ふざけた失敗をやらかしてくれた二人に対して、言いたい事やツッコミたい事は色々あるが、
生憎とその余裕はない。
サガはこの上なく深刻な顔つきで、再び重い溜息を吐いた。


「・・・・・しかし、これからどうすれば良い。家に届ける事も銀行振り込みも失敗したとなれば、万策尽きた。万事休すだ。一体どうすれば・・・・・・。」
随分早いなおい;万策って、2つしかなかったぞ。

確かに、アルデバランに突っ込まれた通りなのだが、策は本当に尽きているのだから仕方がない。
に悟られないように、それとなく助けてやる手段はもう他に・・・・・



「アルデバランの言う通りだ!万事休すにはまだ早い!」

その時、ミロの大声が突然響き渡った。


「かくなる上は、に直接届けに行こうじゃないか!!」
「ううむ、しかし・・・・・・」
「良いじゃないか!緊急事態だ、四の五の言うな!それとも、をこのまま見捨てるか!?」

それではまたと関わりを持ってしまう。
しかし、見捨てる事も考えられない。
決断を迫るミロに、サガは即答出来なかった。


「・・・・ミロの案も悪くない。」

すると、今度はシャカがポツリと口を開いた。


「一般社会に戻り、ようやく再会した母親と新しい暮らしを始めたの今の生活を掻き乱す訳にいかん事は、ここに居る誰もが分かっている。その為にも、そして我々自身の為にも、我々はもう二度と会わん方が良い事もな。だが、事情を知った今、そうするのはを窮地から救い出した後でも遅くはないのではないか?」
「・・・・俺もシャカに賛成する。今の環境から抜け出せさえすれば、はきっと前に進んで行ける。俺達は、その時こその前から潔く消えれば良い。自制心を失わずにいれば出来る筈だ。違うか?」

そして、シュラも。



「永久の別れは、に笑顔が戻るのを見届けてからでも遅くない。」

シュラが投げて寄越した写真に写っている、情けなく頼りない姿のを見て、一同は真摯な顔で頷いた。




back   pre   next



後書き

黄金聖闘士達とヒロイン、再会の予感です。
さてさて、どんな展開にしていきましょうかねぇ・・・・・、グフフ・・・・・(怪)