ミロが帰って来た。
元居た位置に横になるなり、小さいが重々しい溜息を一つ吐いている。
あれだけの帰国を断固として反対していたのだ、やはり今でも引き止めたい気持ちは変わっていないのだろう。
その気持ちは痛い程分かるが、今となってはもうどうしようもない。
ならば、せめて。
― 行くか・・・・・・。
シュラは、ミロの溜息に負けず劣らず深刻な表情で、双児宮を出て行った。
「シュラ・・・・」
「少し話したいんだが。ちょっと良いか、?」
「・・・・うん。」
やって来た場所は、勿論の家である。
どうしても確かめておきたい事があったのだ。
「さっきの馬鹿騒ぎの席では聞き難かったんだが、お前、帰ったらどうするつもりなんだ?」
「どうって・・・・」
返答に困っているという事は、取り敢えず帰国する事以外に何も考えていないのかもしれない。
だとしたら気に掛かる。
母親に乞われるまま、自分では何の目的も持たず、する事もなく、ただ母親の意思に従って帰るだけなのだとしたら。
困惑するをじっと見つめて、シュラは質問の答えを待った。
「うん・・・・・、取り敢えず、身の回りが落ち着いたら、すぐに仕事を探すわ。母の家に住まわせて貰う事になっているんだけど、子供じゃないんだから、家賃も生活費も入れない訳にはいかないし。」
「・・・・そうだな。」
「だから当面は、新しい仕事を見つけて、それに慣れる事しか考えられないと・・・・思う。」
まずは、生きていく為に仕事をする。
その考え方自体は如何にもらしいし、納得もいく。
しかしそれだけでは、シュラの不安は拭われなかった。
「何か希望する仕事はあるのか?」
「・・・・・・・」
「確かに、仕事は食う為にするものだが、それだけの話でもないだろう?やりがいや楽しみ、充実感だって必要な筈だ。」
はいつも、楽しそうに働いていた。
いつでも遊び半分におちゃらけていた、という意味ではなく、意欲的に、執務そのものに対して熱意を持って働いていたのだ。
「だ・・・・・、大丈夫よ!そりゃ、ここみたいに素敵な職場はきっと世界中探したってないけど、何処の会社でだってそれなりに楽しみは見つけられるもの!気の合う人が居るとか、近くに美味しいランチの食べられるお店があるとか!」
「・・・・そうか?」
「・・・・うん。だから大丈夫。」
は微笑んでこう言ったが、そして、きっとその言葉に嘘はないだろうが、笑顔が少し気弱な感じに見えるのがやはり気になる。
不本意な生活を、ただ毎日機械的に送るだけ。そんな虚ろな生き方だけは絶対にして欲しくない。
「、俺は・・・・・・」
始まりは半ば無理矢理連れて来られた形だったが、それをいつまでも引き摺らず、どうにか己の役割を果たせるようになろうと必死に努力していた。
そして、与えられる報酬だけではなく、執務そのものに対しても興味を持ち、熱意を持って働いていた。
「・・・・・俺は、働いているお前の姿が好きだった。生き生きとしていて、楽しそうで、見ているだけで、こっちの気持ちまで明るくなった。」
のそんな前向きな生き方が、前を向ける心の強さが、好きだった。
「だから・・・・・」
だからせめて。
もう二度と会えなくなるなら、せめて。
「何処でどんな仕事に就こうとも、ここで働いていたのままで居て欲しい。俺が好きだったお前のままで、な。」
「シュラ・・・・・・」
「約束してくれ。」
あの溌剌とした姿のままで居て欲しい。
ここに居た時のように、積極的に精一杯に自分の成すべき事を成し、人生を楽しみながら生きていくと約束して欲しい。
そうすれば、たとえその姿をこの目で見る事が出来なくても、『は今ものままだ』と自分を安心させる事が出来るから。
シュラが戻って来て少し経ったが、カミュはまだ動いていなかった。
次が自分の番なのは分かっている。とうとう順番が回って来たのだ。
これまで、賛成派・反対派共に、何人もの男達がと別れを済ませて来た。
皆、最後にどんな言葉を交わして来たのだろう。
そして自分は、何を言えば良いのだろう?
敢えて貝になった身として、にどんな言葉を掛ければ良いのだろう?
その答えは結局出ないまま、やがてカミュは、観念しての家へと向かった。
「カミュ・・・・」
「構わなければ、少しだけ時間をくれるか?今の内に、きちんと別れを済ませておきたくてな。朝になれば慌しくなるだろう?」
「ん・・・・・。そうね。」
微笑んでいるを前にしても、カミュはまだなお頭の片隅で掛ける言葉を探し続けていた。
「色々と世話になった。感謝している。」
「私の方こそ。色々と有難うね。」
「ともかく、身体にだけは気を付けて、元気で暮らせ。」
「うん。カミュもね。」
「ああ。」
ところが、スラスラと出て来たのは、まるで定型句のような別れの挨拶。
最後の握手と合わせても、ものの数秒とかかっていない。
別れは拍子抜けする程あっさりと済んでしまった。
別れは済んでしまったのだから、後はもう引き上げるしかない。
「・・・・・・・では、私はこれで。出発の時には、また改めて皆と見送りに来よう。」
「うん。有難う。」
そう考えて、カミュは踵を返した。
「・・・・・・・・・」
だが、本当にこのままで終わっても良いのだろうか。
こんな上辺だけの挨拶をする為に来た訳ではなかった筈だ。
『帰れ』とも『帰るな』とも言わない、一切口は挟まないと決めてはいたが、それはの事などどうでも良いと思っているからではない。
「・・・・・・最後に、一つだけ忠告させてくれ。」
「え?」
どうでも良いと思っているのなら、こんな時間にわざわざ会いに来ない。
二人だけでの別れなど、わざわざ望まない。
「君は君の思うように生きろ。自分の判断で道を選び、その判断に責任を持て。それがきっと、君の幸福に繋がる筈だ。」
の人生はのものであって、自分が口を挟み、進む道を決める事など決して出来ないが、これだけはさせて欲しい。
「・・・・・・・私は、君がいつも幸福で居られるよう、祈っている。」
の幸福を願う事だけは。
カミュが帰って来た気配を感じ、アフロディーテはただ閉じているだけだった瞼をゆっくりと開けた。
早く行きたいのは山々だが、ともかく、帰って来たばかりのカミュが眠ってくれない事には動けない。
二人きりの別れは、誰も何も知らない内に、密やかに済ませるものだから。
だから、たとえ『振り』でも眠って貰わなければ。
アフロディーテは己の頬にそっと触れて、じっとその時を待った。
そして。
「やあ、。まだ起きていたんだね。」
「アフロ・・・・・・」
「早く眠らないと美容に悪いよ?・・・・・・フフ。とは言っても、私としては君が起きていてくれて有り難かったがね。」
頃合のタイミングを見計らって双児宮を出て来たアフロディーテは、今、の家を訪れていた。
朝がやって来る前に、渡しておきたい物がある。
アフロディーテは、シャツの胸ポケットから硝子の小瓶を取り出し、に差し出した。
「これを受け取ってくれないか?私からのささやかな餞別だと思って。」
「う、うん、勿論。有難う・・・・・・。なぁに、これ?香水?」
は、美しい細工が施されているその小瓶の蓋を開けて、そっと鼻を近付けた。
その直後、は瞳を閉じて、恍惚とした微笑を浮かべた。
「わぁ、良い香り・・・・・・!」
自然と零れたこの微笑みが、何よりの報酬だ。
これの為に沢山の薔薇を摘み取ったが、こんな風に喜んで貰えたのなら、薔薇も自分も本望だ。
「有難う。私が育てた薔薇で作ったんだ。本当は、薔薇の小枝をプレゼントしたかったんだけどね。けれど、薔薇そのものを持って帰るとなると、何かと面倒だろう?空港で没収されてしまう事も十分に考えられるし。」
「あっ、そっか、検疫・・・・・・。残念ね。枝を貰えたら、自分で植えて花を咲かせたかったのになぁ・・・・・・。でもさ、本当に器用よね、アフロって!こうやって、花から香水とか化粧水とか作れちゃうんだから!」
「フフッ、それ程でも。」
本当に、残念でならない。
本当はの言う通り、自分の薔薇を、に育てて欲しかった。
もう二度と会えなくなっても、自分の分身がの側で根を張って生きていってくれればと思ったのに、『法律』というものがそれを許さない。
「香りだけだけど、これは私の薔薇だから。私の分身だから。だから・・・・・・、君がこれを持ってくれている限り、私はいつでも君の側に居る。」
「アフロ・・・・・・」
「この香水が、君の御守りになれる事を願っているよ。」
「・・・・・・・有難う、アフロ。」
だから代わりに、花の香りを集めた雫に願いを託した。
もう今更叶わない、叶えてはいけない願いを。
「・・・・・・・そうそう。そう言えば、さっきのキス。」
「えっ?キス?」
「ほら、さっきの双六の時の。」
「ああ!・・・・・うん、ふふっ、したわね、そう言えば。」
「ああ。頬にね。」
の唇が触れたのは残念ながら頬だったが、もしもあの感触を唇に感じる事が出来ていたら、
きっと無理にでもそれを叶えようとしただろう。
「もし・・・・・・、もしあれが頬でなくて、唇へのキスだったら・・・・・・」
「だったら?」
「私はきっと・・・・・・・」
もしもあの感触を、唇に感じる事が出来ていたら。
そうしたら、きっと。
「・・・・・・・他の連中に半殺しにされていたね。」
「あははっ!そんな事になる訳ないじゃな〜い!」
「いいや、ああ見えて皆悔しがりだからね、フフッ。・・・・・さて、こんなに遅くにあまり話し込んでも何だから、そろそろ帰るよ。遅くに悪かったね。おやすみ、。」
「ううん、こっちこそ有難う、アフロ。おやすみなさい。」
たとえ攫ってでも、を何処へも行かせなかっただろう。
何となく一人になりたくて自室へ帰って来てしまったが、それは間違いだった。
あのまま他の者達とリビングで雑魚寝をしておいた方が、却って良かったような気がする。
もう何度、に会いに行こうとしたか。
しかし、その度に誰か彼かが双児宮を出入りする気配を感じ、行きそびれてしまった。
それならそれで、何かをして暇を潰せていればまだ良かったが、眠っている振りをする為には身動き一つ取る事が出来ない。
唯一出来る事と言えば、暗い部屋の中でベッドに横たわり、遅々として進まない時計の針を、息を殺してじっと見守る事だけだ。
そんな不毛な時間を随分長く過ごしてから、ようやく人の出入りが途絶えた頃には、もう『夜』とは言えない時間になろうとしていた。
こんな時間になってしまっては、もう行かない方が良いのかもしれない。
しかし、辛うじて保たれたままの夜の雰囲気が、サガを追い立てるようにして動かした。
「サガ・・・・・・・」
「こんな遅くに・・・・・、いや、早くに済まない。起こしてしまったな。」
「ううん、元々起きていたから。・・・・・・眠れなくってね。」
「そうか・・・・・・・・。その・・・・・・、少し話したい事があってな。上がっても構わないか?」
「うん。どうぞ。」
に招かれるまま、サガはリビングに入った。
もうすっかり綺麗に片付いて、殆どがらんどうになってしまったリビングに。
「何、話って?」
「その・・・・、そう、明日の事なのだが。」
実のところ、の今日のスケジュールは既に完璧に記憶してあるのだが、サガは敢えてそれを確認した。
「何?」
「出発は、朝9時だったな?」
「うん。飛行機の時間はお昼過ぎだけど。」
やはり記憶に間違いはなかった。
は午前9時頃、聖域を出て行く。
そして、午後2時過ぎの飛行機で、アテネ空港から日本に向けて飛び立つ。
「本当に一人で帰るのか?飛行機は乗り継ぎなどで時間が掛かって大変だろう?」
たった一人で。
空港までの付き添いすら断って。
幾ら荷物はそう多くないとはいえ、それらを抱えた状態で、何時間も一人でバスに乗ったり歩いたりするのは大変だ。
飛行機に乗ってからも、様々な手続きや乗り継ぎ待ちで、かなりの時間を費やしてしまう事になる。
「やはり今からでも女神にお願いして、自家用機を出して頂いたらどうだ?」
どう考えても、高い運賃を支払って窮屈な飛行機に丸一日も乗るより、沙織の自家用機に乗せて貰った方が余程快適で早い筈だ。
実際沙織も、辰巳を通してだが、自家用機で送ると申し出てくれた。
はそれを断ってしまったのだが、ここは沙織の厚意に甘えておくべきだっただろう。
その方が快適に、かつ最速で日本へ帰れるし、ギクシャクしてしまった沙織との仲を修復するチャンスも出来るではないか。
「きっとその方が良い。何なら私から頼んで・・・・」
「いいの。お土産も買いたいし、最後にゆっくりとこの国の景色を見ておきたいし。」
「・・・・そうか・・・・」
しかしは、やはり首を縦には振らなかった。
これで最後になるのなら、せめてほんの些細な事でも、の力になってやりたかったのだが。
「うん。またいつか旅行とかで来られるかもしれないけど、もう二度と来られないかも知れないし。」
「そう・・・・だな。普通に考えれば、ギリシャと日本はやはり離れすぎている。」
「そうそう。この距離感を感じないで済むのは、貴方達黄金聖闘士ぐらいよ。ふふっ。」
が冗談めかした笑顔を見せても、サガの顔には微笑みが浮かばなかった。
確かに、黄金聖闘士ならば、その気になれば世界中何処へだって一瞬で行ける。
日本にだっていつでも行ける。
しかし、一般人であるはそうはいかない。ギリシャに来るには纏まった時間と金が必要だ。
それを考えると、もう二度とギリシャに来る事はない可能性も十分に有り得る。
いや。
もしも仮に、がいつかまたギリシャに来たとしても。
決して、もう二度と会えない。
は元々居た場所、一般社会に戻るのだ。
聖闘士の住む世界とは違う場所へ。
遠く離れているのは、ギリシャと日本ではない。
の住む世界と、自分達の住む世界なのだ。
「・・・・には、本当に感謝している。これまでの間、こんな私達に精一杯尽くし、協力してくれて。」
にしてみれば、何もかもが全くの常識外で、戸惑う事も多かった筈だ。
心細い思いだってした筈だ。
それでもは、自らの心を精一杯に開いて、この聖域に溶け込んでくれた。
「こんな私達を理解してくれて・・・・」
自らの常識、自らの尺度では全く測れなかった筈の『聖闘士』という人間を、理解してくれた。
古傷を掻き毟るように無遠慮に踏み込んで来るのではなく、
その気もないのに上辺だけ理解した振りをしてみせる訳でもなく、
栄えある史実や、その裏に存在する惨く悲しい真実を一つ知る度に、ただ静かに、それらを自らの心の内に留め置いていってくれた。
「こんな私達を・・・・・、受け入れてくれて・・・・・・」
こんなにも罪深い自分を、ありのままに、ただ静かに受け入れてくれた。
「それは私の台詞よ・・・・!皆、こんな聖闘士でも何でもない私を迎え入れてくれて、必要としてくれて・・・・・・。本当に私、とても幸せだった。私にとっては・・・・・、夢みたいな時間だった。」
「・・・・・・・」
「皆と過ごした時間を、私はきっと一生忘れないわ・・・・・。」
所詮は住む世界が違うと、いつか言った事があった。
あの時、自分で言った言葉が、今頃になってこんなにも重く圧し掛かって来るとは。
「・・・・・・・・先程の・・・・・、双六の事なのだがな。」
「え?」
「あの場では辞退したが、やはり気が変わってな。まだ時効でなければ、今から私の頼みを聞いてくれないか?」
「う、うん。良いけど・・・・・」
「そのまま・・・・・、立ったままで良いから、目を閉じて欲しい。そして、私が帰るまで、何も言わずにいてくれ。」
「えっ!?何!?何するの!?」
何をされるのだろうと身構えているに、サガは優しげな苦笑を浮かべてみせた。
「フッ、そんなに怯えないでくれ。大丈夫だ。妙な事は誓って何もしない。信じてくれ。」
「そ、そんな別に、サガがそんな事をするなんて思っていないわよ!けどちょっと・・・・・、吃驚しただけというか・・・・・・・・・・。じゃあ・・・・・、これで良い?」
「ああ。そのままじっとしていてくれ。」
「りょ、了解・・・・・!」
まだ多少恐々とした様子で固く目を閉じて立っているに近付き、サガはゆっくりと両腕を伸ばした。
「っ・・・・・・!」
腕の中にそっと抱き竦めた瞬間、が驚いたように小さく息を呑んだ。
「・・・・・・・・」
腕の中のは、息を殺して硬直している。
今は、その潜めた息遣いさえ感じられる程、こんなに近くに居るのに。
柔らかく甘い香りも、肌の温もりも、こんなに近くに感じられるのに。
― ああ、もう・・・・・
窓の外は、いつの間にか薄らと白み始めていた。
とうとう朝がやって来てしまった。
とうとう別れの時がやって来たのだ。
「・・・・・・・・・もう、夜が明けてしまったな。済まなかった、こんな時間に。」
サガはそっと腕を解き、を解放した。
「私はこれで帰る。眠れそうなら、ほんの少しだけでも眠っておくと良い。」
所詮、とは元々、住む世界が違っていた。
だが、それでも出会ったのはきっと何かの運命だったのだと、いつかは言っていた。
たとえ住む世界が違っても、
もう二度と会えなくても、
の言う『運命』に導かれて過ごした日々を、余りにも眩しく輝いていた時間を。
決して忘れはしない。
「本当・・・・・・・。もう朝になっちゃった・・・・・・・・」
再び一人になった家の中に、ほんのりと柔らかい日差しが射している。
サガが帰った頃にはぼんやりと白っぽかった空も、少しずつだが、確実に明るさと青さを帯びてきている。
今日も良い天気になりそうだ。
「お天気が良くて良かった・・・・・。」
聖域を出てからフライトまでの数時間、かさばる荷物を持ってウロウロせねばならないのだ。
天気が良いに越した事はない。
それに、涙のような雨よりは、何処までも青く澄んだ空に見送られて出て行きたい。
「もうお別れかぁ・・・・・・・。」
もう二度と見られないかもしれない、大好きだったギリシャの青空に。
「皆、良い人達だったなぁ・・・・・・・・。」
― それは、貴女が確かにここに居た証です。覚えていて下さい。ここで過ごした時間を。私達の事を。
「ムウ・・・・・・・・」
ムウに貰ったブローチが、
― 大丈夫だ、きっとうまくやっていける!血を分けた実の親子なんだ!
「アルデバラン・・・・・・・・」
アルデバランの力強い手の感触が、
― 何の迷いもない表情で帰れ。・・・・・でないと許さんぞ。
「カノン・・・・・・・・」
カノンの叱咤激励が、
― 皆、チキン野郎なんだよ。・・・・・・・・俺も含めてな。
「デス・・・・・・・・」
デスマスクが一瞬だけ見せた、ハッとする程真剣な眼差しが、
― これが新しい人生の始まりだと思って、前向きな気持ちで帰って欲しい。
「アイオリア・・・・・・・・」
アイオリアの大らかで優しい笑顔が、
― ・・・・・・・・有難う。
「シャカ・・・・・・・・」
初めて聞いた、シャカの『有難う』という言葉が、
― 女神の為にも、お主の為にも・・・・・、これまでの思い出は大切にして欲しいのじゃ・・・・・。
「童虎・・・・・・・・」
童虎の深い思いやりが、
― ・・・・・・・出来る事なら、ずっとこの聖域に居て欲しかったよ。
「ミロ・・・・・・・・」
ミロの想いが、
― ここで働いていたのままで居て欲しい。俺が好きだったお前のままで、な。
「シュラ・・・・・・・・」
シュラとの約束が、
― 君は君の思うように生きろ。それがきっと、君の幸福に繋がる筈だ。私は、君がいつも幸福で居られるよう、祈っている。
「カミュ・・・・・・・・」
カミュの忠告が、
― この香水が、君の御守りになれる事を願っているよ。
「アフロ・・・・・・・・」
アフロディーテの薔薇の香りが、
― ・・・・・・・・
「サガ・・・・・・・・」
サガの低い呟き声と腕の温もりが、
「みーんな良い人過ぎたし・・・・・・、」
新たな旅立ちに臨もうとしているこの心の、励みと支えになってくれた。
「毎日、楽し過ぎたから・・・・・・、」
また、同時に。
「・・・・・・・忘れられないよ・・・・・・・!」
別れの辛さを、より一層掻き立ててくれた。
「・・・・・・・っく・・・・・、ヒック・・・・・・」
彼等の優しさを想って、は一人、静かに泣いた。