絆 11




「「たっだいま〜!」」

と貴鬼は、それぞれに着替えやお風呂セット等を提げ、仲良く手を繋いで再び双児宮へと戻って来た。



「あっ、サガ帰ってる!」

リビングを覗くと、パシリに出ていたサガが居た。
ようやく帰って来たようだ。買出しの礼を言わねば。


「お帰りなさ〜・・・・って・・・・」

と思ったのだが、様子がおかしい。
サガは、飲み食いするでも皆と談笑するでもなく、唇をぎゅっと引き結んで俯いているのだ。


「何してるの?」
「おお、戻ったか、。」

不思議に思ってサガに近付こうとしたら、童虎が出迎えてくれた。
そういえば、彼に渡す物がある。
持参した小さな紙袋だ。


「あ、童虎。はいこれ、例のブツ。春麗ちゃんに気に入って貰えると良いんだけど。」
「おお、済まんのう。確かに頂戴した。」
「ところで、サガは何やってるの?」
「双六じゃ。あやつだけ途中だったじゃろう?」

童虎の後ろを覗くようにしてサガの様子を伺えば、なるほど。
サガは一人で黙々とサイコロを振り、駒を進めている。


「そういえば・・・・。でも、もう皆終わっちゃってるのに・・・・」
「儂も今更だと思うのじゃがのう。」

何しろプレイヤーは一人なので、ゲームは非常にスピーディーに進んでいる。
だが、だからどうだというのか。
幾ら回転が早くても、競争相手のない一人双六では、全く面白くないだろうに。


「ほれ、あやつは無駄に律儀で几帳面なところがあるじゃろう?意地でも最後までやり通さねば気が済まんそうじゃ。ほんに疲れる男じゃのう、ホッホ。」
「あははっ。それであんな苦虫を噛み潰したような顔してるのね。」

童虎の話を聞いて、は納得した。
面白いか面白くないかが問題なのではない、言うなればこの一人双六は、サガにとって自分との戦いのようなものなのである。



「何でも良いからさっさと上がらねば・・・・」

事実、噂の張本人であるサガは、童虎との会話など全く耳に入っていない。
ただ一刻も早くゴールしようと、そればかりを考えているようだ。


だが。



コロコロコロッ。

「・・・・あ」

勝負の行方は、時として、予想もつかない方向へ転がる事がある。


『・・・・うおおぉーーーっっ!?
「何っ、どうしたの!?」

黄金聖闘士達のどよめきに驚いたは、その輪の中に飛び込んだ。


「サガがハートのマスに止まった!!」
嘘ぉ!?

アイオリアの指差す方を見れば、確かに。
たった今サイコロが弾き出した数だけ駒を進めれば、ハートのマス目に到着する事になる。


「おいサガ、何を今更そんな所に止まっているんだ!
本当に今更だな。
やかましい!!狙って止まった訳ではないわ!!」

カノンとカミュに盛大に呆れられたサガは、決まりの悪そうな顔をしながら怒鳴った。
周囲の状況は、既に飲み直しモードに入っている。
そんな中で自分一人、とうに終了したイベントで盛り上がるのは、サガとてやはりこっ恥ずかしいらしい。


「フーッ!・・・しゃーねぇ。今更だが、、またお前の出番だ。適当にあしらってやれや。
「う、うん・・・」
「何だその言い方は!にならともかく、お前に迷惑そうにされる筋合いはないぞ!」

その上更に、デスマスクが盛大に煙草の煙を吐き出しながら、心の底からウザそうにこう言ったものだから、サガとしては益々立つ瀬がないというものである。


「さ、どうぞ。何でも言って。」

普段の顰め面を、珍しく少し赤らめているサガを見て苦笑しながら、は彼の頼み事を聞き入れる姿勢を取った。
『何でも』などと大きく出られるのは、サガの紳士的な性格を、これまた良く理解しているからこそである。


「な、何でもと言われても・・・・」

一方、安心し、信用しきっているに対して、サガは動揺していた。

如何に生真面目で堅物とはいえ、サガも健全な成人男性だ。
このシチュエーションで肩揉みや皿洗いを希望する程、ウブでも野暮でもない。
しかし、身に突き刺さる皆の冷めた視線が痛いのだ。


「ちなみに、貴鬼は一緒に風呂入る権、」
「・・・・・・・・」
「アフロディーテの野郎はキス、・・・・頬にだけどな。」
「・・・・・・・・」
「で、老師はブラジャーを貰ってたぜ。・・・・春麗にやる為だけどな。」
「・・・・・・・・」

デスマスクの耳打ちも、邪魔でしかない。
参考にしろとでも言うつもりなのだろうが、参考になどならない。
この3人の時とは状況が違うのだ。
針のような皆の視線に晒されながら、に一体何を頼めというのか。


「・・・・べ、別に何もない。」
「え?」
「して貰いたい事など、特に何もない!」

サガは激しい口調で、与えられた権利を放棄した。


「そ、そう?」
「ゲームは終わりだ!これで終了!もう良いから、は早く風呂に入ってきなさい!」
「はぁい・・・・。じゃ、貴鬼、行こっか。」
「うん。」

と貴鬼が、捲し立てられるようにして浴室へ追いやられた後、残った黄金聖闘士達は、これみよがしに溜息をついた。


「・・・・・・一人で勝手に盛り上げておいて、また盛り下げないで下さいよ。
俺達はどうリアクションすれば良いのだ?
「本当にお前という奴は、傍迷惑な程の典型的な自己完結男だな。
「っ〜〜〜・・・・・・、やかましいっ!!

ムウやアルデバランやカノンに痛いところを突かれたサガは、逆ギレも甚だしく、一喝してプイとキッチンに篭ってしまった。
















それから数十分後。







「サガ、お風呂有り難う。」
「あーっ、サッパリした!」

風呂から上がったと貴鬼は、キッチンに顔を出して、そこに居たサガに声を掛けた。


「それは良かった。喉が渇いただろう。二人共、冷たい水でも飲むか?」

まだ腹を立てて引き篭もっていたのか、と呆れてはいけない。
サガは、宴会の後片付けをしていたのだ。
正確に言えば、最初からその為にキッチンに篭っていたのである。


「うん。」
「オイラ、アイスがいい!」
「フッ、分かった分かった。持って行ってやるから、リビングで待っていろ。」
「わぁい!」
「さあ、も。」

こう言ってくれるのは有り難いが、サガはまだ皿洗いの手を止めていない。
このまま何もせずに出て行くのは気が引けたは、サガに手伝いを申し出た。


「でも、片付け中なんでしょ?手伝うわよ?」
「いや、もう終わるところだ。」
「でも・・・・・」
「こっちは構わんから、向こうでゆっくり涼んでいると良い。」
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて。」

しかし、断られてしまったものは仕方がない。
は諦めて、リビングへ向かったが。




わぁ、皆潰れてる・・・・;

そこに広がっている景色は、何とも暑苦しいものだった。
大柄な男達が11人、揃いも揃って酔い潰れ、テーブルに突っ伏したり、床に転がったりして眠りこけている。
まるでトドの群れでも見ているようだ。


「酷い有様だろう?今日は皆、よく飲んでいたからな。」

それを見て唖然としていると、二人分の水とアイスクリームを持って現れたサガが、に苦笑してみせた。


「ふふっ、そういえばそうかも。」
「何だよ、ムウ様も皆もだらしないの!」
「貴鬼、それを食べたらお前も寝るんだ。今何時だと思っている?」
「ちぇーっ。」

厳しいのは何も師匠だけではない。
あわよくば夜更かしをという貴鬼の無邪気な願望が叶う事は、やはりなさそうである。






「・・・・貴鬼も寝ちゃった。」

それから幾らも経たない内に、貴鬼はアイスクリームを食べきった辺りで目を擦り始め、程なくして眠りに就いた。
仮にサガの小言がなかったとしても、結局は夜更かしなど出来なかったという訳だ。


「皆ダウンだな。」
「ふふっ、そうね。」

これで、起きている者は、サガとの二人だけとなった。
二人は束の間、部屋のそこかしこから聞こえてくる寝息やイビキを苦笑しながら聞いていたが。


ももう休め、夜も遅い。私の部屋を使ってくれて構わんから・・・」

宴はもうお開き。今日という日はもう終わりだ。
サガは立ち上がり、を自室に案内しようとした。


「ううん。折角だけど、私は帰るわ。」
「しかし・・・・」
「今日で最後だから、あの家で寝たいの。明日の朝も、あの家で起きたい。」
「・・・・・・・・」
「それに片付けも、あとほんの少しだけど残っているし、荷物の確認もしたいし。」

は、聖域に来たその日の事を思い出していた。
あの時も、夜遅くまで騒ぎ、そのまま皆でこの双児宮に泊まった。
次の日も、朝から騒々しかった。

当然のように泊めてくれようとしたサガの気持ちは本当に嬉しい。
最後の夜もあの夜のように大勢で明かせたら、最後の朝もあの朝のように賑やかに迎えられたら、きっととても楽しいだろう。

だが、最後の夜は、自分の家と呼べる場所で眠るべきだと思った。
その場所と一人で向き合い、別れを告げ、そこから出て行くべきだと、は思っていた。



「・・・・・・・・そうか。分かった。家まで送って行こうか?」
「ううん、大丈夫。有難う。」

サガの申し出を丁重に断り、は双児宮を出た。


「・・・・・・じゃあ、おやすみなさい。今日はご馳走様。とっても楽しかったわ。」
「ああ、私もだ。・・・・・・・・・おやすみ、。」

そして一人、暗い階段をゆっくりと下りて行った。





















「うわ、もうこんな時間・・・・・・・」

あれだけ飲み食いし、風呂にまで入ったというのに、困った事に少しも眠くならない。
もういい加減に寝なければいけない時間なのに。
明日は朝から出発しなければならないというのに。


帰る途中で浴びた夜風が、眠気を攫って行ってしまったのだろうか。
いや、違う。
いよいよあと数時間後に迫った別れの時が否応なしに気持ちを昂らせている事を、は分かっていた。
だが、分かってはいても、気持ちを鎮める術がない。


「・・・・・・・どうしよう・・・・・」

焦れば焦る程、目は冴えていく一方である。
荷物の点検ややり残した片付けを全て済ませてしまってもまだ眠くならず、本気で困り始めていたその頃。








あと数時間で訪れる朝を待たずして、密かに動き始めた者達が居た。




黄金聖闘士達だ。












チッチッチッ。

暗い部屋に、時計の音が微かに響いている。
そして、それに混じって、他の者達の安らかな寝息が聞こえる。
だが、彼らは皆それぞれに、互いのその息遣いが演技である事を悟っていた。
寝た振りでなく本当に眠っているのは、幼い貴鬼だけのようである。



今が何時なのかは分からないが、部屋の中にも窓の外にも、朝日らしき光は一筋も射していない。
まだ遠い夜明けを待つ暗い部屋で、大の男が揃いも揃って、つまらない騙し合いをしている。
傍目から見れば、ただ滑稽なだけで、何の意味もないような行為だ。


誰かが『起きているんだろう?』と一言呟けば、この一見不毛な騙し合いは恐らく終わる。
だが、それをしようとする者は、誰一人として居なかった。
何故なら、彼等にとっては、不毛な行為などではなかったからだ。


夜が明け、眩しい朝がやって来たら、旅立つを皆で揃って見送る事になる。
一人対大勢の別れは、きっと慌しいものになるだろう。
だから。

夜が明け、明るい日差しが射す前に。
何もかもを包み隠してくれるこの闇が消えてしまわない内に。
一対一で、と二人で、自分の納得のいくように別れを済ませたい。

きっと皆それを望んでいる、彼らはそれぞれに、そう確信していた。


同じ事を切望している者として、どうしてそれを阻めようか。
何も他の者をだし抜こうなどと、邪な事を考えている訳ではない。
只ほんの一時、誰にも邪魔をされずにと二人きりになりたいだけなのだ。
でなければ、天真爛漫な幼い子供とは違ってあらゆる状況や周囲の目に邪魔をされ、本当に言いたい事が言えない。したい事が出来ない。

だからこそ彼等は、敢えて互いに騙し騙された振りをし続けていた。
しかし、こうして牽制し合ったまま朝を迎える訳にもいかない。
まずは誰かが先陣を切らねば。



やがて、皆が密かに様子を伺っている中、最初の男が静かに起き出した・・・・・・・。




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後書き

暫くお馬鹿な話が続きましたが、これよりまた暫くの間は、
本筋に戻ってシリアス路線で参ります。
ギャグをお求めの方には申し訳ない展開ですが(汗)、どうぞ宜しくお付き合い下さいませ。