プレイヤーが一人、席を外してしまったが、ゲームはまだ終わった訳ではない。
「さぁて、鬼のいぬ間にさっさとヤっちまうか!」
むしろ他人の妨害に死力を尽くしていたサガが中座した事で、このデスマスクなどは益々やる気を漲らせているクチだった。
無論、一早くハートのマス目に止まり、ゲームを終わらせ、口うるさい鬼(サガ)が帰って来ない内に、にあんな事やこんな事を頼んじゃおうという魂胆である。
「うぉりゃあぁぁぁーーっっ!」
コロコロコロッ!
「げえぇぇぇっ、何てこったあぁぁーーっ!『女神のおやつをつまみ食いした罰で、聖闘士界から追放。暗黒聖闘士になる(※ここでゲームリタイア)』だとぉぉぉーーーっ!?」
が、そういう人間に限って、このように愉快な気の毒な結果に終わるのがお約束というものである。
この結果に、他の黄金聖闘士達は大いに満足し、手を叩いて大爆笑した。
「気の毒だったな、デスマスク。しかし・・・・・、ククッ、ブラックキャンサー・・・・、現実になっていないのが不思議な位、しっくりくる響きだ・・・・・、ククッ・・・・」
「カミュてめぇ、笑うな!!人の事笑ってるがな、お前こそ写経は終わったのかよ!?」
「はっ、腹がっ、腹がっ・・・・、破れそうだっ・・・・・!」
「アイオリアっ!テメェも笑いすぎなんだよっ!!」
「わ、悪かった悪かった!」
デスマスクに胸倉を掴まれたアイオリアは、爆笑をどうにか半笑いの状態にまで抑えた。
「そう怒らなくても良いじゃないか、只のゲームなんだから。さあ、手を離してくれ。次は俺の番なんだ。」
そして。
「それっ。」
コロコロコロッ。
デスマスクとは対照的に、余裕と落ち着きのある態度でサイコロを振った、のだが。
「『カノンにスカウトされ、海闘士になる。スニオン岬から”ポセイドン様、ばんざーい!!”と叫んでダイブして来る事』だとーーっ!?」
これまた非情なミッションが下されてしまった。
聖闘士最高峰・黄金聖闘士の一員たるアイオリア。
彼が絶対の忠誠を誓うのは、女神ただ一人。
かつての敵であったポセイドンを崇拝する言葉を口にしなければならないこのミッションは、
アイオリアにとっては身を切られるよりも辛い行為だ。
言うなれば、今のアイオリアは、江戸幕府に弾圧され、踏み絵を強要された隠れ切支丹も同然。
とまで言ってしまうのは大袈裟である。
これはあくまでもただのゲームだ。
忠誠やら信仰やら江戸幕府やらは、勿論問題ではない。
問題なのは、
こんな夜更けに、
一人でスニオン岬の断崖から、
海へダイブしないといけない、
という点なのである。
「おやおや、こんな時間にスキューバダイビングとはご苦労様な事で。頑張ってらっしゃい。」
「ムウ!お前、他人事だと思って・・・・」
「まぁまぁ、そう怒るなよ、リア〜。只のゲームじゃねぇか。景気良く行って来いよ、ザッパーンて!」
「くっそう・・・・・・、やれば良いんだろう、やれば!」
ムウにからかわれ、デスマスクにさっきの揚げ足を取られたアイオリアは、嫌そうに顔を顰めながらも、ミッションを遂行する為、光速で双児宮を出て行った。
「さて、次は俺だな。」
ゲームは続く。まだまだ続く。
「せいっっ!」
コロコロコロッ。
自分の番が回ってきたシュラは、勇ましくサイコロを振った。
「『ここ一番の大勝負!禁を破り、廬山亢龍覇を使う(※ここでゲームリタイア、ただし、誰か一人、道連れに出来る)』だとーーーっっ!?」
そして、自らに下されたミッションを、悲痛な声で読み上げた。
ハートのマス目に止まれなかったばかりか、そのチャンスまでをも永遠に失う、リタイアという最悪のミッションを、シュラは心の底から嘆いた。
そしてそれと同時に、さっきまで陽気に笑っていた黄金聖闘士達全員が、一斉に沈黙した。
廬山亢龍覇。諸刃の剣という言葉が相応しい、禁断の技。
何を隠そうシュラ自身が、かつてこの技で宇宙の塵と消えた。
だが、沈黙の理由はそれではない。
くどいようだが、これはあくまでもただのゲームだ。
かつての激戦は、このゲームには何の関係もない。
黄金聖闘士達が恐れているのはただ一つ、
シュラの道連れになり、ゲームをリタイアさせられる事だけだ。
眼光鋭く一同を見渡すシュラと、必死で彼と目を合わせないようにしている他の黄金聖闘士達は、まるで銃を構えているゲシュタポと、謂れなき迫害を受けるユダヤ人状態であった。
「・・・・・・・・ミロ」
「ギクッ・・・・・」
「決めた。俺と心中するのはお前だ。」
そして、遂に犠牲者が決まった。
「何で俺ぇぇぇぇーーーーっ!?!?」
「デスマスクが自滅した今、奴の次に凄まじい執念でもってあのマスを狙っているのは貴様だからだ。お前のその執念は、確実にを窮地に陥れるだろう。こうなった以上、俺はを守って散る事にする。」
「そっ、それはお前の思い込みだろう!?俺よりもカノンの方が絶対執念深い!!それに、他の奴らだって・・・・」
「ゴチャゴチャ抜かすな!いくぞ、廬山亢龍覇ぁぁぁーーーっ!!!」
「あ゛ーーーーっ!!俺の駒がーーーっ!!」
シュラは潔く、そしてヤケクソ気味に、自分とミロの駒を指で遠くへ弾き飛ばした。
「義の為に生きる事は素晴らしいが・・・・・、色んな意味で悲しいな、シュラよ・・・・・」
その姿は、苦もなくハートのマス目に止まる事が出来た童虎の目には、大層不憫そうに映ったのだった。
「・・・・・ふう。恐ろしいな。」
そんな騒動を眺めてしみじみと呟いたのは、アフロディーテだった。
たかが双六遊びで、ああまでムキになっている連中の姿も恐ろしければ、たかが子供の手作り双六の癖に、結構シャレにならないミッションがちらほら混じっているのも恐ろしい。
『聖闘士双六』という名は、どうやら伊達ではないようだ。
「はっ!」
コロコロコロッ。
アフロディーテは気を引き締め、やや緊張した面持ちでサイコロを振った。
「おおっ!『銀河戦争で見事優勝!1〜6の間で、好きな数だけ進む』!」
その殊勝な心掛けが女神のお気に召したのか、アフロディーテは命拾いをした。
いや、それだけではない。
アフロディーテの現在位置から例のハートのマス目まであと3マス、つまりアフロディーテは、皆の羨望の的・その3になる事さえ出来たのだった。
「のハート、このピスケスのアフロディーテが確かに頂いた。フフッ、やはり日頃の行いが良いと、こういう時に得をする。」
「あ、あははは・・・・、お、お手柔らかにね・・・・・」
満足そうに駒を進めたアフロディーテは、思わず赤面してしまうような妖艶な流し目をに向けた。
誰の目から見ても、今、アフロディーテは悦に入っている。
そんな彼に対し、『調子に乗るな』とばかりに絡む男が現れた。
「何を言うか。日頃の行いの良さにかけては、このシャカの右に出る者などおらぬ。」
絡むポイントはそこか、と勢い良く突っ込みたいのは山々だが、シャカはきっと気の利いたリアクションなど返してはくれないだろう。
何故なら、シャカの顔は本気だったからだ。
「アフロディーテの自惚れも大概だが、シャカの自信も相当なものだな;その自信はどこから湧いて来るんだ?」
「分かりきった事を訊くな、シュラよ。それは、私がこの世で最も神に近い男だからに決まっておろう。」
これまた大真面目に言い切って、シャカはサイコロを手に取った。
「見よ、真の功徳が如何なるものかを!」
コロコロコロッ!
シャカが何を見せようとしているのかはイマイチ分からないが、ともかくサイコロは軽やかに宙を舞った。
その結果。
「何ぃ、『不死身の男・フェニックス一輝になる。蘇れ、不死鳥よ!(※振り出しに戻る)』だと!?」
「がーーっはははは!!よっ、よくよく一輝と縁があるな、お前っ・・・・・!」
「なるほど、これが真の功徳か・・・・・。『蘇れ、不死鳥よ!』がな・・・・・。ブッ、クッククク・・・・・!」
アルデバランやアフロディーテ、勿論その他全員にももれなく大爆笑される事となった。
これにより、シャカが不機嫌極まりない顔で黙り込んでしまったのは、言うまでもない。
ゲームは続く。とことん続く。
相も変わらぬ白熱っぷりで更にターンを重ね、どこまでも続く。
しかし盛り上がっているのは現役プレイヤー達だけで、既に上がった者及びリタイア組のテンションは、下降の一途を辿っていった。
「・・・・退屈だね、お姉ちゃん。」
「そうね。皆、双六に夢中だもんね。」
「夢中すぎて見苦しい位ですね。」
「馬鹿じゃねぇか、どいつもこいつも。」
「放っておけ。俺達は飲むぞ。おいミロ、お前も飲め。」
「くそぅ。本当なら、俺だってまだ双六している筈だったのに・・・・」
不満そうな顔をしながらも、大人しくゲームが終わるのを待っていると貴鬼はまだマシな方で、不本意ながらゲームを抜けてしまったムウ・デスマスク・シュラ・ミロは、悪態をついたり、盛り上がっている連中を冷ややかな目で一瞥したり、拗ねたりしていた。
しかし、そんな退屈な待ち時間も、やがて終わりを迎えた。
「やっと終わったか。んじゃ、勝者からへのおねだりタイムといくか!」
どうにかこうにかやっと双六が終わった。
いつの間にか、上がった者ではなくハートのマス目に止まった者が勝者になっているのが不思議だが、ともかく一同は今、待ちに待ったお楽しみタイムに突入しようとしていた。
「ルールだからな、ちゃんと言う事聞いてやれよ。」
「分かってるわよ。」
デスマスクに念押しされずとも、はそのつもりでいた。
壮絶なバトルの結果、ハートのマス目に止まった者は、童虎・アフロディーテ・貴鬼の3人、いずれも危険度は低い人間だ。
彼らに限って、洒落にならない程恥ずかしい事は要求してこないだろう。
はこの3人の良識と安全性を心の底から信用し、安心しきっていた。
「では、早速頼むとするかの。」
「うん、どうぞどうぞ!」
まずは童虎である。
「その・・・・、ちぃと頼み難い事なんじゃが・・・・」
「なぁに?」
「その・・・・、何だ・・・・・・」
「うん。」
は何の不安もなかったのだが、童虎は何故か後ろめたい事があるかのように、モゴモゴと口籠っていた。
「・・・・・・・甚だ不躾な願いとは重々承知しておるがお主の乳バンドを一つ二つ頂戴出来んかのう!?」
かと思うと、突然このようなぶっ飛んだ事を口走ったのである。
皆が『え゛』と訊き返したのは、童虎が早口すぎて何を言っているのか聞き取れなかったからではない。
あの理性と男気に溢れる童虎が、よりにもよってこんな変態チックな頼み事をするとは到底信じられなかったからである。
「何じゃその目は!?変態を見るような目で儂を見るのはやめろ!儂がどうこうするのではない、春麗にやるのじゃ!」
驚愕や疑念や警戒やその他諸々の感情の篭った22の瞳で一斉に見つめられた童虎は、珍しく顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あ、あ〜、そういう事ね!なんだ、吃驚した・・・・!うん、私のお古で良いんなら・・・・」
童虎の弁解(?)を聞いて納得したは、童虎の頼みを快く引き受けた。
「そうか、有り難い!いくら何でもそのようなモノ、まさか儂が買いに行ける筈もないし、困っておったのじゃ!助かる!!恩に着るぞ、!!!」
「そんな、大袈裟よ〜!」
「いやいや、有り難い有り難い。ふぅ、年頃の娘というのは難しいもんじゃのう。頭が痛いわい、全く・・・・・。」
「ふふっ、そうね。」
「女子というのは一体何歳頃から乳バンドをするようになるものなのか、男の儂にはそれすら分からんでのう・・・・・。斯様に不躾な事を頼んだ後で言うのも何じゃが、あの位の年頃の娘に、乳バンドは本当に必要なのじゃろうか?まだ早いかのう?」
「そうねぇ。ブラに関しては個人差があるんだけど・・・・・・、でも、春麗ちゃん位の歳なら、もう着けていない子の方が珍しい、かな。」
会話自体は恥ずかしい内容だが、勿論、童虎は大真面目。
そんな童虎に理解を示して、もこれまた大真面目。
では、それを横で聞いている黄金聖闘士達はというと。
「・・・・・恐れながら老師。そんな事はあの娘本人に任せておけば宜しいのでは?」
「男の踏み込む領域ではないでしょう。」
「下着まで自ら選ぶなど、老師は少々過保護ですぞ。箱入り娘にも程というものがあるでしょう。」
「下手をすれば、過保護を通り越して変態と見なされる恐れもありますぞ。」
「というか『乳バンド』は如何なものかと・・・・・;」
「つーかアータ、まさかアレの時のナニも毎度毎度買いに行ってやってるんじゃないでしょうね!?」
呆れ返っていた。
ムウ・シュラ・カミュ・シャカは、僭越だと知りつつも童虎を窘め、アルデバランはさり気なく突っ込み、あまつさえデスマスクは、余計な事まで想像して勝手にドン引きしている始末である。
「ええい、放っておいてくれ!あの娘はろくろく五老峰から出た事がないのじゃ!そういうモノが売っておる都会に買い物になんぞ行って、悪い虫が絡んで来たらどうする!?お主らには、年頃の娘を持つ親(代わり)の気持ちなど分からんのじゃ!」
「わ、分かった分かった!落ち着いて!」
こうまで言われては、流石の童虎といえども腹に据えかねるようだ。
これまた珍しく声高に言い返している童虎を、は何とか宥めた。
「じゃあ、ちょっと行って何枚か持って来るから。待っててね。」
「お、おお、済まんな、!」
「あっ、そうだ!あげるのは良いんだけど、もし合わなかったら無理して使わないでって、ちゃんと春麗ちゃんに言っておいてね。」
「うむ、左様伝えておく。何から何までかたじけない。」
「ブカブカだってんならまだしも、きつくて入らねぇって言われたらショックだな、ケケケ。」
「何よー、うるっさいわねー!」
からかってくるデスマスクを睨んで、は自宅へ戻ろうとした。
「じゃあ、オイラも一緒に行くよ!」
その時、行こうとしたを呼び止めたのは貴鬼だった。
「そのついでにお風呂入ろうよ!」
「そうね、じゃあそうしよっか。」
「いや、待て。風呂ならここのを使えば良い。」
並んで出て行きかけた二人を、カノンが止めた。
「その方が何かと都合が良いだろう?」
なるほど、カノンの言う事も尤もだ。
明日の朝には出発するのだから、今頃になってまた片付け物が増えるのは、確かに少し面倒である。
「・・・・でも、良いの?」
「ああ。沸かしておいてやるから、着替えだけ持って来い。」
「・・・有り難う。じゃあ、借りるね。」
「お、俺にも貸して貰えるか・・・・?」
その時、背後から震えている男の声がした。
『アイオリア!?』
振り返った一同は、そこに立っていたずぶ濡れのアイオリアを見て目を見開いた。
癖のある短い金髪は水に濡れて伸び、前髪がペタンと額に張り付いているし、服はたっぷり海水を含んで彼の身体に纏わり付き、見るからに気持ち悪そうだ。
「本当にダイブして来たの!?」
「ルールだからな・・・っくしゅッ!」
本当に一人ぼっちで『ポセイドン様、ばんざーい!!』なんて絶叫したんだろうか。
そんなアイオリアの姿を想像して、は思わず笑いそうになったのだが、当のアイオリアは、やや青白くなった顔を顰めてクシャミをしている。
幾ら春とはいえ、夜の海に飛び込めば風邪ぐらい引きかねない。
「あ、ねえカノン、アイオリアにお風呂先に貸してあげて。こっちは戻って来るまで少し時間が掛かるし。」
アイオリアを心配したは、風呂の順番を先に彼に譲る事にした。
「分かった。」
「済まん・・・・、先に借りる・・・・。」
「良いの良いの!それより、風邪引かないでね。じゃあ貴鬼、行こっか!」
「うん!」
そして、今度こそ貴鬼を連れて行こうとしたのだが。
「ちょっと待って、。」
再び二人を呼び止めたのは、アフロディーテだった。
「長くなりそうだから、その前に私の頼みを聞いていってくれないか。時間は取らせないから。」
「あっ、そうね!うん、分かった。で、何をすれば良いの?」
「色々考えてみたんだけど、一番オーソドックスで妥当そうなところで、キスして貰おうかと思って。」
「き、キス!?」
この一番オーソドックスで妥当なお願いに、はさっと頬を赤らめ、残る黄金聖闘士達は『やっぱりそうきたか』と言いたげな視線をアフロディーテに向けた。
「うぅ・・・・・」
仮にアフロディーテが恋人でも、いきなり皆の見ている前で『はい、キスして下さい』と言われて、恥ずかしくならない訳がない。まして恋人でないなら尚更だ。
しかし、ルールはルール。約束は約束。
何も『脱げ』だの『ヤらせろ』だのと言われている訳ではないのだ。
キスぐらい、やってやれない事はない。
「・・・・・わ、分かった・・・・・。」
多少回っている酔いの勢いを借りて、は承知した。
「場所はに任せるよ。」
「う、うん。じゃあ、ちょっと屈んで・・・・」
「こうかい?」
アフロディーテは言う通りに腰を落とし、ご丁寧にも瞼まで閉じてくれた。
キスされる者として、これ以上はない程の臨戦態勢を取っている。
そんな彼の様子を見て、周囲の黄金聖闘士達は、いざという時には手近に居る者を二人の間に突き飛ばしてキスを妨害してやろうと、手を互いの背後にそっと回し合った。
「じゃあ・・・・・、いくわよ・・・・・・」
が小さく息を呑んで、アフロディーテに近付いた。
そして数秒後、彼の白磁の頬にの唇がそっと押し当てられた。
― なんだ、頬か・・・・・・
の唇はすぐさま恥ずかしそうにアフロディーテの頬を離れ、アフロディーテもまた、それ以上を要求する事はしなかった。
無論、が唇を近付けた瞬間に自分も唇を突き出して強引にキスするなどという、紳士にあるまじきケチな反則技も使っていない。
黄金聖闘士は安堵して、それぞれにスタンバイしていた手を引っ込めた。
「・・・・・有り難う。」
「いいえぇ・・・。」
そんな彼らをよそに、アフロディーテとは微笑み合っていた。
但し、の微笑には、多分に照れが混じっていたのだが。
「じ、じゃっ、私っ!そろそろ行ってこようかな〜!貴鬼っ!行くよ〜っ!」
「はーい!えへへ、お姉ちゃん照れてるね。」
「そんな事ないわよっ!」
図星を指されたと認めるも同然な表情で、が貴鬼を連れてバタバタと出て行ってから暫くして。
「や・・・やっと帰って来れた・・・・・!」
パシリの旅に出ていたサガが、ようやく帰宅した。
「ほらっ、買って来たぞ!ポカリ!水!ビール!黒ビール!トマトジュース!煙草!柿の種とスルメとサラミ!チョコレート!トイレットペーパー!電球!洗剤!ラップ!ノルマンディー産のカマンベールとシャトー・マルゴーの10年物!2〜3年ぐらいまけておけ!」
サガは苦い顔をしながら、沢山の荷物をドサリと床に放り出した。
「全く、お前達が好き勝手な物を頼むせいで、こんな時間にあちこち走り回る破目になった!幾らゲームでも、いや、ゲームならば尚更、もう少し遠慮というものをだな・・・」
サガとしては、聞こえよがしに声を張り上げたつもりだったのだが。
「・・・・・誰も聞いちゃいないな・・・・・・」
飲んで談笑している黄金聖闘士達は、小言を聞くどころかサガが帰っている事にすら気付いていないようだった。
それに、こんな状況でも唯一『お帰り』と声を掛けてくれそうなは、この場に居ない。
貴鬼も居ないようだ。
憤りと物悲しさを覚えつつキッチンに入り、二人の為に買って来たアイスクリームをひとまず冷凍庫に仕舞っていると、キッチンに入って来たムウが驚いたように目を見開いた。
「おや、帰っていたのですか。」
「帰っていちゃ悪いか?」
「そういう意味ではありませんよ。帰った早々何をそんなに怒っているのです?」
「・・・・・・・・もう良い。頼まれた物はそこの袋の中に入っている。勝手に取れ。」
サガは憮然とした口調のまま、傍らに放り出してあった買い物袋を指差した。
「ああ、そうだ。と貴鬼はどうした?」
「今、二人で着替えや何かを取りに行っていますよ。すぐに戻って来るでしょう。」
「そうか。」
「そうそう。二人が戻って来たら、風呂を貸してやって下さい。ちなみに、今はアイオリアが使っていますが。」
「ああ、構わん。」
「ああ、それから。」
「何だ?」
「貴方だけまだですよ。」
「何がだ?」
首を傾げるサガに向かって、ムウはにっこりと微笑んだ。
「双六です。まだ決着がついていないのは貴方だけですよ。」
耳の穴から入ったムウの言葉が脳に届いた瞬間、サガの表情に微笑が浮かんだ。
「・・・・・・方々駆けずり回ってやっと買い物から帰って来た私に、一人で双六をしろと?」
ついでに、こめかみには青筋が浮かび、握った拳が震えている。
「お好きにどうぞ。ただ、私達は皆、上がるなり脱落するなりして、ゲームを全うしましたがね。」
「・・・・・・・・・」
暫くして、サガのやるせない叫びがキッチンに轟いた・・・・・・。