絆 5




それからすぐに、サガは日本に出向いた。


黄金聖闘士になって得をしたと思う事は、その気になれば全国何処へでも一瞬で行ける事だ。
旅費もかからず、事故やハイジャックやテロに巻き込まれる心配もなく(尤も、黄金聖衣を着ていれば、巻き込まれたところでまず死にはしないが)、移動に要する時間もほぼゼロに等しい。

今回もそうだ。
聖域を出たのが夕刻。
そして、日本に着いたのが真夜中。
経過している時間は、丁度日本とギリシャの時差分だけ。
ついでに言うと、今サガが立っている場所は、女神の住む城戸邸の庭である。


サガは玄関へ回ると、城戸邸の重厚なドアをノックした。



「誰だぁ、こんな夜遅くに!?・・・・・って、貴様はサガ!?」

やがて中から出て来た人物は、執事の辰巳徳丸だった。


「夜分に突然申し訳ない。女神はご在宅か?」
「だったら何だ!?またそんなド派手なキンピカ着込んできやがって!また抗争か!?」
「いや、これはただ、光速歩行の衝撃から我が身を守る為に着て来ただけであって・・・」
「今何時だと思っている!?こんな夜中にわざわざ聖衣を着てここまで光速で歩いて来る理由を、分かるように説明しろ!」
「急ぎ、女神のお耳に入れたい話があって来たのだ。」
やっぱり抗争か!?今度は何処の鉄砲玉が乗り込んで来たんだ!?
だから違うというに。大体何だ、そのヤクザ用語は。聖域は組事務所ではないのだぞ。用件は、抗争や鉄砲玉の事ではなくてだな・・・」
「何だ、だったら緊急の用という程でもないじゃないか!帰れ帰れ!」
「いや、それがそうでもないのだ。済まんが、女神にお目通りを願いたい。」
何を言うかこのたわけ者がーーッ!!お嬢様は既にお休みだ!正式にアポを取ってから、改めて出直して来い!」

こんな夜中に突然押しかけるのは迷惑な事だと承知しているからこそ、サガは申し訳なさそうに頼み込んだのだが、この俺様的熱血執事・辰巳は頑として取り合わなかった。

無論、争えばサガが勝つのは、火を見るより明らかだ。
聖域の現教皇にして双子座の黄金聖闘士であるサガと、城戸沙織の執事である辰巳徳丸。
星々を砕き、人の脳や異次元空間を操る力を持つサガと、剣道三段の免状を持つ辰巳徳丸。
言うなれば、ケミジンコ位の力の差がある。
唯一の共通点は『どちらも動物』という点だけで、同じステージにも立っておらず、直接的な捕食者と被捕食者という関係にすらなれていない。


それを分かっているサガとしては、辰巳がギャンギャン喚き立てようが、別段気にもならないのだが、今ばかりはそう悠長な事も言っていられない。
確かに、『どこぞの鉄砲玉がタマ(命)取りに来た』というような話程の緊急性はないが、急ぐ用である事には違いないのだから。


「アポを取っている暇がないからわざわざ来たのだ!早く女神に取り次いでくれ!」
「駄目だ!お嬢様は成長期なんだぞ!十分な睡眠時間が必要なお年頃だ!それでなくても、毎日の激務で疲れておいでなのに!」
「それを承知の上で頼んでいる!」
「駄目なものは駄目だ!!さっさと帰らねば叩き出すぞ!!」
「何を騒いでいるのです、辰巳!!」

両者一歩も退かず、そのまま永遠に続くかと思われた大の男二人の小競り合いは、少女の一喝によって突如終結を迎える事となった。


「五月蝿くてとても眠っていられませんわ!一体今何時だと思っているのです!?」
「もっ、申し訳ございません、お嬢様!それが・・・」
「女神!!」
「まぁ・・・・・・、サガ!?」

辰巳が退いた隙をつき、サガはドアの隙間から顔を覗かせた。
それを見た沙織は、彼の突然の来訪に驚きながらも、彼を屋敷の中に招き入れた。


「そんな格好をして、一体どうしたのです!?」
「いえ、これはただ・・・。と言いますか、私もこれでも一応は聖闘士のはしくれ故、こうして聖衣を着る事もあるのですが、そんなにおかしいでしょうか?」
少なくとも今は。ロケーション的に不自然ですわ。」

きっぱりはっきりと言い切ってサガを軽く凹ませてから、沙織は改めて尋ねた。


「それで、一体どうしたというのです?何か用があって来たのでしょう?」
「あ、ああ、そうでした。実は、折り入ってお話ししたい事がございまして。余り時間もないので、失礼を承知でこのような時間に伺った次第です。」
「分かりました。伺いましょう。こちらへ。」
「お嬢様!!」
「辰巳。」
「っ・・・・・・」
「お茶の用意を頼みます。」
「・・・・・はい・・・・・」

止めようとする辰巳を一瞥しただけで引き下がらせ、沙織はそれ以上何も訊かずにサガを応接室へ通した。












それにしても、相変わらず凄い屋敷だ。
この応接室一つをとっても、内装に一体どの位のコストをかけているのだろう。
決してゴテゴテと過度に飾り付けている訳ではないのだが、さり気なく置かれてある壺や、壁に掛かっている絵画は、紛れもなく著名な作家の作品であるし、家具やファブリックは言うまでもなく、厳選された素材で作られた最高級品である。
贅を尽くすとは、こういう事を言うのだろう。


「それで、話とは何ですか?」
「・・・・・・の事です。」

沙織に勧められるまま、サガは上質のソファに深々と腰を沈めながら言った。


さんの?」
「失礼します。お茶をお持ちしました。」

その時、辰巳がトレーを持って入って来た。


「どうぞ、お嬢様。」
「ありがとう。」

辰巳は、沙織には恭しく温かいカモミールティーを、


ん。
「・・・・どうも。・・・・・・ん?」

サガには投げやりな感じでお茶漬けを出した。

夜分遅く押し掛けた身として、無愛想な態度には目を瞑るつもりだったが、出された物の意味ぐらいは問いたい。
サガは微かに首を捻りながら、辰巳に尋ねた。


「一つ訊いても良いだろうか?」
「何だ?」
「何故、この場面で茶漬けが出て来る?普通はコーヒーか紅茶ではないのか?」
「ああ、そうか。外人には分からんか。」

すると辰巳は、小馬鹿にするように鼻で笑って答えた。


「京都では、茶漬けを出されるのは、『帰れ』と言われているのと同じ事だ。日本ならではの、実に奥ゆかしい表現だろう? 何でもストレートであけすけで、何時であろうとお構いなしに押し掛けて来るお前達欧米人には、思い付きもしない表現だろう?」

カチンと来ない事はないのだが、サガは敢えて聞き流し、微笑を浮かべた。


「ほう、それは知らなかった。貴殿は京都のご出身か?」
「いいや、山形の酒田だ。
「山形?何だ、京都とは何の関係もない所か。
馬鹿にするな!酒田は山形の京都なんだぞ!かの有名な小京都ミ○テリーの舞台にもなった事があるんだからな!」
「ほう。言葉の意味は良く分からんが、とにかく凄い自信だ。しかし、何でもストレートであけすけで、時間も考えずに押し掛けて来る欧米人に食事を出してくれるとは、見かけより親切な御人だな、貴殿は。いや、実に旨そうな茶漬けだ。有り難く頂こう。」
「うぐぐ・・・!」

サガは、辰巳のあからさまな嫌味をさらりと受け流し、正しい作法でお茶漬けをサラサラとかき込んで見せた。
箸の使い方や和食の食べ方は、過去、に習って身につけたのだが、いやはや、人間どこでどんな知識が役に立つか分からないものだ。
悔しそうに歯軋りをしている辰巳の横で、サガは『人間、死ぬまで学ぶ事を止めてはいけない』と、しみじみ実感していた。

すると、それまで呆れ顔で成り行きを見守っていた沙織が、小さく溜息をついた。


「もう良いでしょう。下がりなさい、辰巳。」
「し、失礼しました・・・。」

辰巳がスゴスゴと去って行った後、沙織は済まなそうな顔で言った。


「気を悪くさせましたね、ごめんなさい。悪い人ではないのですが、直情的で口の悪いところが欠点ですの。」
「フッ、あの程度の嫌味など、我が愚弟の底意地の悪い言い草に比べれば、笑って許せるレベルです。彼など奴の足元にも及びません。」
「まあ、ふふっ。」

二人はそのまま暫く笑い合っていたが。



「・・・・・それで、の話なのですが・・・・・」

やがてサガが、静かな口調で本題を切り出した。















「・・・・・そうですか・・・・・。さんにお母様が・・・・・」

サガの話を聞き終わった後、沙織はティーカップに視線を落としたまま呟いた。


「それで、さんはどうするおつもりなのですか?」
「さあ、それは・・・・・。急な話だったようで、彼女も動揺しておりまして・・・・。女神はどうお思いになりますか?」
「貴方達は?」
「・・・・・は?」
「貴方達は、どう思っているのです?」

沙織に投げた質問をそのまま返されて、サガは暫し言葉に詰まった。
だが、互いに相手の出方を伺ってばかりいても、埒があかない。
しかも立場的にはサガより沙織の方が上、臣下として彼女の質問を無視する事は出来ず、サガはそれに答え始めた。


「・・・・・黄金聖闘士を全員召集して話し合いました結果、帰す事に賛成する者が5人、反対する者が5人、この件について一切関わる気がないと答えた者が2人でした。」
「そうですか。」
「各派の内訳もご報告致しましょうか?」
「・・・・いえ、結構です。」

沙織は小さく首を振ると、サガの目を見てきっぱりと言った。


「私の考えは、さん本人に直接お話しする事にします。」
「何ですと!?」
「何か問題があるのですか?」
「い、いえ、そういう訳では・・・・!ただ、我々の意見を纏めて伝えた方が、を闇雲に混乱させずに済むかと・・・」
「・・・・・・我々?サガ、貴方もしや、貴方達と私が同等だと思っているのですか?」

沙織は、サガが思わず目を見張る程、冷たく響く声で言った。


「私は女神です。貴方達の主です。貴方達は私に、絶対服従を誓っている筈ですよ?」
「お、仰せの通りです・・・・・。」
さんの事もそうです。彼女を聖域に派遣し、彼女に給金を支払っているのはこの私です。この件に関して、彼女に意見出来る者が居るとすれば、それは雇用主である私だけではないのですか?」
「・・・・ご尤もです・・・・・」

威圧的に、有無を言わせぬ傲慢さで。


「2〜3日の内に、時間を作ってそちらへ行きます。その時に、さんと二人で話します。ですから、貴方達は一切口を出してはなりません。この件は私が預かります。」
「・・・・・・・」
「分かりましたね?」
「・・・・・・御意。」

サガが何も反論しないまま部屋を出て行った後も、沙織は一人、唇を固く引き結んだまま、その場を動こうとしなかった。
















そして、それから3日後の朝。


「おはようございます。」

約束通り、沙織は聖域にやって来た。


「あれ、沙織ちゃん!?どうしたの!?こんなに朝早く!」
さんとお話がしたくて。お邪魔しても構いませんか?」
「う、うん、どうぞ。」

沙織が、執務の始業前という早い時間に自宅を訪ねて来る事など、今まで一度も無かった。
きっと何かそれなりの用が、そう、多分、あの話についてだろう。それしか考えられない。
胸までせり上がって来る妙な緊張感を感じつつも、は沙織を家に上げた。



「お話・・・・・、伺いました。お母様と再会なさったそうですね。」
「・・・・・ごめんなさい、報告が遅くなって。」

が紅茶を運んで来たと同時に、沙織は話を切り出した。
彼女のその口調は決して色好くなく、は申し訳なさそうに目を伏せて謝った。


さんは、どうなさるおつもりなのですか?」
「・・・・・暫く考えてみたんだけど、もう少し時間を貰おうと思って。」
「・・・・・そうですか。」
「今週中には、一度向こうに連絡を入れるつもり。向こうは一日も早く一緒に暮らしたがっているみたいだけど、私にしてみればそんな大事な事、やっぱりすぐには決められないし。だから、もっと時間が欲しいって言おうと思って。」

は、母との絆を自らの手で完全に断ち切ってしまう勇気もなければ、この聖域を出て行く決心もまだ出来ていなかった。
すぐにでも日本に帰りたいと思っていれば、勿論早急に報告をいれたが、保留にすると決めた以上、報告しても無意味に沙織を思い煩わせるだけだと思ったのである。
尤も、こんな事を言ったところで、沙織にしてみれば言い訳にしか聞こえないだろうから、敢えて言うつもりはないが。


「・・・・・そうですか。」
「すぐにと言われても、執務の事があるし。こっちに迷惑掛けられないものね。」

世界各地に散らばる聖闘士達への指令状や沙織への報告書をはじめとする各種重要文書の作成から、教皇の間のトイレットペーパーの買出しに至るまで、今や色々な仕事を任されている立場上、いきなり帰国するなどと言えば彼らに迷惑が掛かる。
自分を必要としてくれている黄金聖闘士達と、折に触れて何かと気遣い、労ってくれる沙織に。

彼らの気持ちにもっと応えてからでなければ。
彼らの信頼に十分応えてからでなければ。

でなければ、ずっとこのまま、どっちつかずで迷っているだけになりそうな気がした。




「だから、この件は当分保留にして・・・」
「お帰りなさいな。」
「え・・・・・・?」

一瞬、何を言われたのか分からず、きょとんとするに、沙織は続けて言った。


「執務の事なら、もうさんが心配する必要はありません。」
「ど・・・・、どういう事?」
「今日限りで、貴女を解雇します。」




解雇。
使用者が雇用の契約を一方的に解約して使用人をやめさせること。くびにすること。
(「大辞林 第二版」より )



くびにすること。





ク ビ 。




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後書き

ヒロイン、リストラに遭う、の巻でした(違)。
えー、前回の後書きに書いたサディスティックなあの人とは、
ご覧の通りの辰巳徳丸氏でしたー、ワー。(←ワーって何?)
脇役と言っていた割に、今回は辰巳が半分主役のようなものですね(苦笑)。
それから、辰巳の出身地は嘘です(笑)。
MY設定ですので、『あっそう』ってな感じでさらっと読み飛ばして下さい。