「は返して貰いましたよ。」
「きゃっ・・・、ムウ!?」
急に身体が浮かび上がった事に驚いた次の瞬間には、は既にムウの腕の中に居た。
先程身体をふわりと包んだ何かは、ムウのサイコキネシスだったようだ。
「ムウ、来てくれたのね!!皆も!!」
「、待たせたな!」
「無事か、?」
「もう心配は要らんぞ。」
「助けに来るのが遅れて済まなかったな。」
ふと見れば、ムウのみならず、アルデバラン・アイオリア・シュラ・カミュもこの場に居る。
皆言うまでもなく捜査本部側の聖闘士だ。
これで状況は五対一から五対六に変わった、いや、犯行グループ五人の内シャカは一人我関せずな顔をしている故、実質は四対六だ。
これは、サガ達捜査本部側の方が有利になったと言える状況であった。
「・・・・・・勝負あったな。それとも、我ら六人を相手に出来るところまで闘ってみるか?」
「くっ・・・・!」
「さあ、聖域に戻るぞ。引っ立てろ!!」
サガの命を受けた六人は、もはやこれまでと悔しげに唇を噛み締めるカノン・デスマスク・ミロ・アフロディーテ+最後まで涼しげな顔で我関せずを貫いたシャカを、速やかに召し捕った。
「何じゃあ、誰もおらんではないか。」
カミュから呼び出されて聖域にやって来ていた童虎は、どこもかしこももぬけの殻である十二宮上から下まで一往復し、再び第一の宮・白羊宮前の階段にて退屈そうに煙管を吹かしていた。
「非常事態が起こったというから、春麗の春巻きをお預けにして急ぎやって来たというのに・・・・、ほんに勝手な連中じゃのう。」
鳴り響く腹の虫を抑えながら童虎がぼやいていたその時、その勝手な連中共が一人また一人と戻って来た。
「おお、お主ら!何処へ行っておった!」
「あっ、童虎〜!!!」
「おお、ではないか!お前まで何処に行っておった!?」
駆け寄って来たの疲労困憊した様子を見て、童虎は目を丸くした。
「一体どうしたというのじゃ、その様は?まるで世界中を駆けずり回ってでも来たかのようじゃのう。」
「ま、まぁね・・・・・、世界中じゃないけど、フランスとスペイン辺りをちょっと・・・」
「ほう、してまた何故に?」
「それは私からご説明致しましょう、老師。」
の後ろから現れたサガが、険しい表情で童虎の前に跪いた。
「なんと!それはまことか!」
サガから一連の出来事を聞かされた童虎は、目の前にずらりと並ばされているデスマスク達を驚いたような目で凝視した。
「なるほどの、それでお主ら、お縄を頂戴しておる始末か。」
「縄じゃありませんけどね。」
膨れ面のデスマスクの腕は両方とも後ろに回され、胴体ごと氷の輪で拘束されている。
そんな自分自身の姿を忌々しそうに一瞥して、デスマスクはフンと鼻を鳴らした。
尤もそれはデスマスクのみならず、カノン・シャカ・ミロ・アフロディーテも同じ状態で、皆縄ならぬカミュのカリツォーで捕縛されている。
それは、遂にスイス銀行パリ支店強盗殺人事件の犯人一味が逮捕された事を意味していた。
「ちくしょう、腹が冷えてしまう!カミュ、これを解け!!」
「ミロ、お前は私を馬鹿にしているのか?仮にもこのカミュの技だぞ、腹が冷える云々の前に、重度の凍傷に罹る事は気にならんのか?」
「それなら尚悪いだろう!!さっさと解け!!」
「そうはいかん。お前達は容疑者だ、疑いが晴れるまで釈放は出来ん。」
五人の前に仁王立ちになったサガは、彼らを捕縛しているカリツォーの冷たさにも負けない冷ややかな視線で彼らを睨んだ。
「さあ、いい加減吐け!金は何処だ!?」
「くどい!何度も言わせるな!金など何処にもない!!」
「何度も同じ嘘をつくな、アフロディーテ!ネタは全て上がっているのだぞ!!」
怒鳴り合うサガと犯行グループをうんざりした目で見て、は童虎にそっと耳打ちした。
「帰って来るまでの間、ずっとこの堂々巡りな取調べが続いてるの。サガったら、すっかり頭に血が上っちゃってて・・・」
「ほう。それはそれは、不毛な事じゃのう。ホッホ。」
「老師、不毛とは余りなお言葉!!このサガ、聖域と黄金聖闘士の名誉の為、世の為人の為に尽力しているというのに!老師からも何とか仰って下さい!その為にお呼びしたのですぞ!!」
「ホッホ、分かっておるわい。お主が儂に泣き付いて来る時は、大抵面倒事が起きた時だけじゃからの。」
「め、面目次第もない・・・・。このサガ、一同を束ねる者としてまだまだ未熟者故・・・」
「ホッホ、良い良い。ゆるりと精進するがええ。」
「はっ。」
童虎とサガのやりとりは、まるで血気盛んなやり手の新米刑事長と、確かな実力と豊富な経験がありながら、若い者に敢えて道を譲ったベテラン老刑事のようであった。
しかし、そんな事はさておきだ。今はともかく、真偽の程を質すのが先決。
サガに乞われた童虎は、彼に代わって容疑者達の前に出た。
「盗んだとされる金は、100万ユーロもの大金。それが無い、とな。ふぅむ、なるほど・・・・・」
暫し何事かを考え込んだ童虎は、一人一人の目を覗き込むようにして尋ねた。
「して、真相はどうなのじゃ?お主ら、本当に金を盗み、警備員を殺害したのか?」
「・・・・・・言えません、老師。」
「黙秘か。何故じゃ、ミロ?」
「それはサガが、俺達の要求を未だ呑んでいないからです。サガが俺達の要求を呑まない内は、俺達は黙秘を通します。」
「して、その要求とは?」
「往生際が悪いぞ、ミロ!この期に及んで、私に条件を突きつけられる立場だと思っているのか!?」
「それでは話せん!!交渉決裂だ!!」
「やってないわ!!」
再び始まった怒鳴り合いを鎮めたのは、の叫びだった。
「皆はやっぱり、絶対にやってない!!」
「・・・・・!何故そう言い切れる!?」
「だって変だったもの!!私、聞いたの!!」
「何を!?」
「スペインで、ミロが私に『お金が尽きてきた』って言ったわ!うっかり口を滑らせるようにして!ねぇ、変だと思わない!?本当に100万ユーロものお金を盗んだんなら、たったの一日二日で尽きる筈がないでしょう!?」
「それは・・・・・・!・・・・・どうなんだ、ミロ!?」
「黙秘だ。」
「おのれ・・・・!!」
握り締めた拳を今にも振りかぶろうとしたサガを、童虎が止めた。
「サガよ、お主は少し落ち着かぬか。そう短気を起こしては、話が纏まらんじゃろう。」
「しかし老師・・・!」
「良いから黙っておれと言うに。」
まだ憤慨しているサガを宥めて、童虎はと、それからミロ達容疑者を交互に見た。
「、お主はこ奴等が潔白だと思うのじゃな?」
「思うわ!」
「なるほどの。・・・・・ミロ、その条件とやら、言うてみよ。」
「俺達を咎めず、無論処罰も加えない事。如何ですかな、老師?」
「ふぅむ・・・・・、良かろう。あい分かった、その条件呑もう。」
「老師!!」
「良いのじゃ、サガ。兎にも角にも、こ奴等の口から真相を聞かねば、どうにも仕様がないじゃろう。」
「それは・・・・・」
もしも彼らが本当に事件の犯人なら、ここはせめて盗んだ金だけでも銀行側に返さねばならない。
無論コッソリと、決して真犯人を悟られないように巧妙なやり方で。
その為にもまずは童虎の言う通り、事の真相を聞かねばならない。
渋々納得したサガは、本当に渋々といった表情で頷いた。
念の為童虎がサガを取り押さえたのを見届けて、デスマスクはゆっくりと口を開いた。
「俺達は・・・・・・・・、何もしちゃいねぇ。」
「ほ・・・・・ほらやっぱり!!」
安堵して喜ぶとは対照的に、サガは激しく頭を振り、デスマスクの告白を否定した。
「う、嘘をつけ!!この期に及んでしらばっくれても・・・」
「嘘じゃねえよ。俺達は金なんざ盗んでねぇ。無論、殺人もな。」
「そ・・・それならあの新聞は何だ!?あれを読む限り、どう考えてもお前達の仕業としか思えんではないか!無実を訴えるなら、あれの説明をつけてみろ!!何処のチンピラが薔薇で人を中毒死させられる!?一体どんな武器なら、人の身体に無数の針孔のような傷をつけられる!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いてサガ!!」
「外傷無し・原因不明の突然死、あれはお前の積尺気冥界波以外の何だ!?銀行内という狭い場所で、どうやって全身を強打して内臓破裂を起こす!?ええ、カノン!?言ってみろ!!」
「サガ、落ち着いてってば!!無実だって言ってるんだから、そんな事デス達に分かる訳ないでしょ!?」
「その新聞は贋物だ。」
「ほら、新聞が贋物だって言ってるじゃない!・・・・・・え?」
カノンの言葉を一瞬聞き流しかけて、は目を丸く見開いた。
「い、今・・・・・・、新聞が贋物って・・・・・、言った?」
「ああ、言った。あれは贋物だ。嘘だと思うなら確かめてみろ。」
「ぞ・・・・、雑兵達よ!!誰かおらぬか!!」
その後暫く忙しい思いをしたのは、サガの命によってあちこちに新聞を買いに行かされた雑兵達であった。
ややあって、雑兵達の必死の働きにより、ギリシャ全土に出回っている新聞全種類が聖域に集められた。
しかしながらそのどれにも、例の銀行強盗殺人事件の記事は載っていなかった。
無論、匿名を装って新聞社にも直接問合せをしてみたが、どの社もそんな事件は報道されていないと答えた。
「・・・・・・・どういう事だ、これは。」
「だから言っただろう。お前が読んだ朝刊は、俺達が用意した贋物だ。」
「でもカノン、そんなもの何処で用意したの!?」
「用意したのはこのデスマスク様だ。俺の知り合いがやってる店で、ああいう物を作ってくれる所があるんだ。」
「ど、どういう事!?そんな危ないお店があるの!?警察に摘発されるんじゃないの!?」
「おいおい、変な誤解すんなよ。別に怪しい店じゃねえ。芝居なんかに使う小道具を扱ってる店だよ。ま、物がちぃっとばかしリアルすぎて、あんまり大っぴらに商売出来る店じゃねえがな。」
「やはり、法に触れるギリギリの線で商売している店か。」
「類は友を呼ぶというか何というか・・・・・、呆れてものが言えんわ。」
種明かしを聞いたカミュとシュラは、二人揃って深々と溜息をついた。
いや、この二人だけではない。その場に居た全員が呆れ果てた顔をしている中、カノンは淡々と白状した。
「そして、デスマスクが用意した新聞を、俺がサガの起きない内に本物の朝刊と摩り替えたという訳だ。これで分かったか、サガ。俺達は無実だ。」
「・・・・・・・トリックは分かった。そこまで話したのなら全て話せ。動機も何もかも。」
しかし、ただ一人こめかみに血管を浮かび上がらせている男が居た。
言うまでもなくサガだ。
辛うじて怒りを爆発させる事だけは抑えていても、殺気立ったオーラまでは消せていない。
「今更下手に隠し立てしようなどと考えるなよ。一体何のつもりで、このような馬鹿げた騒動を起こした?」
「別に隠すつもりなどない。今更な。だろう、ミロ?」
「ああ。というか、その動機はサガ、お前の胸に訊くのが一番早いかもしれん。」
「何だと?」
「胸に手を当てて良く考えてみろ、貴様の、俺達に対する態度を!」
ミロはカッと目を見開くと、激しい口調で叫ぶように言った。
「俺達はいつだって、女神に血の一滴までもを捧げ尽くして来た!!しかしどうだ、馬車馬のように働かされた結果が、給料不払いだ!!」
「何を言う!!あれは只の手違いだ、不払いなどではない!!しかも私達は女神の聖闘士、本来なら無償の忠誠を捧げて当然のところを、女神の温情で特別に報酬を頂けているのだぞ!!勘違いするな!!」
「勘違いは貴様だ、サガ!!人の話は最後まで聞け!!俺達は何も、女神をお恨み申し上げてこんな事をしたのではない!!」
「何ぃ、どういう意味だ!?」
「お前だよ。」
デスマスクの静かすぎる呟きは、その割に意外な効果を発揮し、その場をしんと静めた。
「お前なんだよ、サガ。」
誰もが黙り込む中、デスマスクの哀愁さえ漂う声だけが、静かに響き渡った。
「・・・・・・俺達は、ずっとお前に従ってきた。そりゃ昔は色々あったがよ、今ではここに居る全員が、お前の事をボスと認めている。一番お前の被害を被ってきたカノンでさえな。」
「被害とは何だ被害とは。人聞きの悪い・・・・」
「本当の事だから仕方ねぇだろ。話の腰を折るんじゃねぇ。とにかくだ、俺達は全員、お前の手となり足となり、日々の任務や執務をこなしてきた。それがどうだ?お前は俺達の困っている姿を見ても、救いの手一つ差し伸べようとはしなかった。」
デスマスクの言葉に、容疑者一同が真剣な面持ちで頷いている。
「俺達がどんなに訴えても、お前は知らん顔だった。俺達はな、何もそこまで金が欲しかった訳じゃない。ただ、お前がほんの少しの行動でも、俺達の為に起こしてくれるのを期待していた。たとえ結果が伴わなくても、何かしらの行動に移してくれたと分かるだけで、俺達は救われたんだ。信頼ってのは・・・・・・、そういうもんだろう?」
「おい、どうしたんだ、奴にしてはやけにまともな話だぞ・・・」
「まともすぎて不気味ですね・・・・・」
アルデバランとムウがこそこそと耳打ちし合うのも気に留めず、デスマスクは視線を遠くへ投げ掛けたまま呟いた。
「だから、俺達は行動したんだ。俺と同じ気持ちを抱いていたカノン、ミロ、アフロディーテと共謀してな。今回の計画を立ててから、俺は例の新聞を用意し、カノンに渡した。」
「俺はデスマスクから渡されたそれを、サガ、お前の起きて来ない内に摩り替えた。そして俺達四人は、その足で聖域を出た。わざと小宇宙を抑え、容易に居場所を悟られぬようにしてな。」
「しかし、まるで追って来られないのでは困る。だから敢えて新聞記事に載せた通り、フランスへ出向いたという訳だよ。」
「案の定、お前達は追って来た。その後は、お前達の知っての通りだ。」
「お前達・・・・・・」
デスマスク、カノン、アフロディーテ、ミロの供述を聞いたサガは、少なからずショックを受けたような表情を浮かべた。