「お前達、そんな事を考えていたのか・・・・・。しかし、何故だ。だからと言って、何故こんな馬鹿げた真似を・・・・」
「分からんのか?お前に分からせる為だ。長年尽くしてきたお前に見放された、俺達の気持ちをな。特に俺は、お前と同時に生まれた双子でありながら、この世界でお前と血を分けたたった一人の肉親でありながら・・・・・・・、常にお前に見放され続けてきた。しかし、それはもう過去の事。これから俺達は、本当の肉親になる・・・・・そう思っていた矢先に、またお前は俺を見放した。そんな俺の気持ちが分かるか?」
冷静に考えれば、たかが一ヶ月給料が滞っただけ、それも、翌月には必ず支払うと約束されている状態だったにも関わらず、カノンのこの言い分は、少し大袈裟すぎる感じがしないでもない。
しかし、生憎とサガは、それに気付く事はなかった。
脛に沢山の傷を持つ身としては、耳が痛くて冷静に聞く事など出来ないのだろう。
すっかり気弱になってしまったサガは、消え入るような声で弁解らしき言葉を洩らした。
「・・・・・私は・・・・・、そのようなつもりでは・・・・・・」
「しかし、現にお前は俺達の訴えを、全く取り合わなかったではないか。」
「それは・・・・・!それは・・・・・・、女神を・・・・・、そのような事で困らせる訳にはいかぬ故・・・・」
「だから言ってるじゃねぇか。俺達は、別にそうまでして金が欲しかった訳じゃねえ。ただお前が、俺達の為に一肌脱いでくれる事を望んでいただけだ、ってな。だが、お前はそうしてはくれなかった。お前は俺達の信頼を裏切ったんだ。」
「・・・・・・!」
確かに、彼らのした事は決して褒められた事ではないとはいえ、その心情は察するに余りあるものであった。
誰だって、信頼を寄せ忠義を尽くしてきた相手に冷たく見放されれば、それがどんなに些細な事であろうとも悔しく辛いものだ。
それ以上何も言えず、固く唇を噛み締めたサガの肩に、童虎がそっと手を置いた。
「のうサガ。こ奴等のした事は、確かに褒められた事ではないし傍迷惑じゃったが、如何なものじゃろう?実害はなかった訳であるし、ここは一つ、全て水に流して許してやらぬか?」
「老師・・・・・」
「勿論、女神のお耳にも入れる事はない。儂もこの件は聞かなかった事にしておこう。ホッホ、まだまだ互いの事を理解出来ているようで出来とらなんだ、ただそれだけの話じゃ。皆でゆっくり精進するがええ。真に強き聖闘士になるという事は、決して一人一人が力をつけ、技を磨く事だけではない。仲間を信じる心、許し合える心を持つ事も、また強さに結びつくというものじゃ。」
益々話が明後日の方向に転がっているような感じがしなくもないが、ともかく童虎の言いたい事は、その場に居た全員にも十分に伝わったようだ。
特にサガ、この人には。
「・・・・・仰る通りです、老師。このサガ、まだまだ未熟者です。ある意味では青銅の少年達よりも。」
いついかなる時もどんな事でも、仲間を信じて助け合い、最強と謳われるこの黄金聖闘士達をも打ち倒した青銅聖闘士達の姿を思い浮かべて、サガは穏やかに微笑んだ。
「しかし老師、まだ問題は解決しておりません。」
「何故じゃ?」
「まだ私の成すべき事を、私は成し遂げてはおりません故。」
晴れ晴れとした、と表現するに相応しい微笑を浮かべたサガは、一同に向かってきっぱりと告げた。
「今回の件は、この通り不問に付す。捜査に協力してくれた皆にも感謝する。これにて捜査本部は解散だ。」
「お疲れ様でした、デカ長。」
「まだその名を出すか、ムウ。」
「ええ、少し気に入ってしまいまして。余りに貴方にしっくりくるものですから。だと思いませんか、?」
「ぷぷっ、本当にそうね!お疲れ様、デカ長!」
「ならばデカ長、もうカリツォーは解いても構わないのだな?」
「・・・・・・もう良い、どうとでも好きに呼んでくれ。カリツォーも解いてやれ。」
サガは暫く脱力していたが、早速カリツォーを解かれ、無事釈放された容疑者チームを見るや否や、何処となく申し訳なさそうな寂しげな微笑を浮かべて、彼らに向き直った。
「・・・・・悪かった。お前達の気持ち、このサガが軽んじていたのが全ての原因だったのだな。許して欲しい。」
「・・・・・・まあ、分かってくれたのならもう良い。」
「だがやはり、このままでは私の気が済みそうにない。そのまま少し待っていろ。」
「何処へ行く、サガ?」
「すぐに戻る。」
サガはそそくさと何処かへ行ってしまい、隠して容疑者チームは見事無罪放免となった。
かのように見えたが。
「・・・・・・ちょっと待って。」
再び話を混ぜっ返したのは、の素朴な疑問だった。
「って事はよ、皆、サガにその悔しい気持ちを分かって貰いたかったんだよね?」
「お、おうよ。」
「だったら、どうして私達がフランスに追いかけて行った時に、その場ですぐに戻らなかったの?本当は何もしてなくて、ただその気持ちを分かって貰いたかっただけなら、無用に逃げ回る必要なんてなかったんじゃない?」
の疑問に、どこからともなく同意の声が上がるのを聞いて、容疑者一同は気まずそうに顔を見合わせた。
サガに白状した動機も犯行の手口も、決して嘘ではない。どれも真実だった。
しかしこの四人はまだ、今回の騒動の真相を白状していなかった。
不払いの給料に対する再三の督促にもサガが一切応じない事に腹を立て、
『困らせてやりついでに休暇でも取って遊ばないと、腹の虫が治まらねぇぜ!!』
という、真の動機を。
― すぐに帰っちゃ休暇を満喫出来ねぇだろうが、
― などと言ったら・・・・・・
― やはりマズいな・・・・・・
― かなりマズいよな・・・・・
目線だけでそう会話をした四人は、慌ててシリアス顔を作ると、尤もらしく答えた。
「馬鹿お前、そんなにすぐに顔突き合わせて話し合える程、あの時の俺達はまだ落ち着いてなかったんだよ!」
「そうだ!それ程の怒りと悔しさ、そして悲しみに襲われていたのだ、俺達は!」
「でもその割には、皆結構呑気だったけど・・・」
「そんな事はない!!あれは君が来たから、明るく振舞っていただけだよ!!」
「そう?」
「そ、そうだ!!それ以外に何があると言うんだ!!」
「そ、そうなの;そんなに怒鳴らなくたって・・・・・。でも、ミロも確か変だった。うん、今考えたら変よ、やっぱり。」
「な、何だ!?」
「確かフランスで会った時、まるで私達を歓迎していたみたいな言い方だったわよね?なんかこう、飲み会に顔を出した時みたいなノリで。」
「・・・・うむ、確かに言われてみればそうだな。何故だ、ミロ?」
「それは、お前達も同志だと思ったからだ。しかし、俺達を捕まえに来たなどと言うから、咄嗟に人質にしてしまって・・・・、悪かったな、。」
「ううん、もうその事は良いんだけど・・・・・、でも、同志って何の同志?」
「うッ・・・・、そ・・・・それは・・・・!」
給料不払いという腹立たしい騒動が起きた事にかこつけて、自主的に取った休暇を楽しむ同志、などと言える筈もなく、ミロはとカミュを前にしてしどろもどろになったが、そんな彼を救うべく、自他共に認める口達者・カノンが助け舟を出した。
「それは・・・・・、アレだ。何しろあのニセ新聞は、俺達の仕業だとはっきり分かるように作ったからな。俺達と同じく、サガの薄情さを嘆いていた者なら、俺達の真の目的を見抜いて追いかけて来るだろうと思っていたのだ。はともかく、カミュならばその位の勘は働きそうだからな。」
「へ〜・・・・って、私ならともかくってどういう意味!?」
「、落ち着け。」
カノンが必死の思いでとカミュを言い包めていた隣では、ムウがシャカを相手に質問を飛ばしていた。
「ところで貴方は、一体どういう経緯で彼らと行動を共にしていたのですか?」
「あっ、それそれ!!私もずっと訊きたかったの!」
はそちらに顔を向けると、ムウと共にシャカを問い質した。
「あの新聞には、シャカの事を匂わせるような事は何も書いてなかったのよね。なのにどうして一緒に居たの?」
「それは当然だ。私は連中の思惑とは全くの無関係だったからな。」
「と言いますと?」
「うむ、あの日は妙に早く目が覚めてな。処女宮にて朝の祈りを捧げていたところ、上からミロとアフロディーテが下りて来た。聞けば旅行に行くというではないか。」
「りょ、旅行!?」
「あっ!シャカ、てめぇバラす・・」
「うむ。そして、行くかと誘われた故、行くと答えた。それだけだ。」
「な・・・・・・・って・・・・・・・・」
シャカの話を聞きつけたデスマスクが慌てて止める暇もなく、シャカは全てを暴露してしまった。
別に何の悪意も他意もなく、ただ淡々と。
「わっちゃ〜・・・・・・、言っちまいやがった・・・・・・」
「デス〜〜?どういう事?」
「詳しく説明して貰おうか。」
剣呑な雰囲気のやアイオリア、その他諸々の者達は、再び容疑者一同を取り囲んだ。
「旅行ってどういう事!?」
「まさかそれが真の目的だったのですか?」
「まっ、まさか!!違う、違うぞ!!ただ少し、ほんの少ーーーしだけ!!・・・・・・羽根も伸ばせたら良いかもな、という程度でだな・・・!!」
「全くもってその通りだ!決して旅行が目的だった訳では・・・!」
やムウの冷ややかな視線を浴びたミロとアフロディーテが、しどろもどろで言い訳をしたが、それは却って血眼で彼らを捜索していた黄金聖闘士達の怒りを買う事になった。
「言い訳がましいぞ。つまり何か?私はお前達の羽伸ばしのせいで、フランスにまではるばる飛ばされたという訳か?」
「それを言うなら俺とアルデバランもだ。お前達が旅行気分で逃亡している間、俺達がどんな思いでスペインにまで駆けつけたと思っているのだ。」
「だ、だからそれはもののついでだって言ってるじゃねぇか!!」
「そ、そうだ!旅行気分などとは誤解も甚だしいぞ!!」
カミュとシュラに詰め寄られたデスマスクとカノンなどは、逆ギレさえ始めた。
しかし、その時。
「・・・・・・・お前達。訊きたい事がある。」
『サッ、サガ!?』
いつの間に戻って来ていたのか、背後にサガが立っていた。
「おっ、お前、今の話聞いて・・・!」
「今、双児宮に金を取りに行った。流石に女神に催促する事は、私としてはどうしても出来かねるが、お前達を冷たく突き放し、信頼を裏切ってしまったせめてもの詫びとして、当座の金ぐらいは私の懐から出してやろうと、そう思ってな。」
「そ、そりゃどうも・・・・・・」
「しかしな、金庫に入っていた筈の現金が、影も形も見当たらぬのだ。額にしておよそ1500ユーロ。今まで一度たりとも盗難に遭った事などない、おまけに鍵の番号は私とお前しか知らんあの金庫の中身は、一体何処へ行ったのだろうな、カノン?」
カノンをギロリと睨むサガの目は、明らかに『お前が盗ったな』と言いたげな目であった。
「・・・・・・まさか逃亡する際に、路銀のつもりでうちの家計費を盗んでいったのではあるまいな?」
「ぬ・・・・、盗むなんて人聞きの悪い事を言うな!!」
「ほう。」
「少し借りただけだ!!給料が入れば全額返すに決まっているだろう!!」
追い詰められて狼狽する気持ちは分かるが、この逆ギレが決定的にサガを怒らせた。
「当然だ、馬鹿者!!強盗殺人事件は無実だったが、今度は窃盗の罪で貴様らを裁かねばならんようだな!!」
「おい、俺達もかよ!?」
「当然だ、蟹!!尤もらしく私のせいにしてくれたが、要するに貴様らは人の金で豪遊してきただけだろう!人を散々振り回しておいて、旅行だと!!??」
「やっぱり聞いてたか・・・・・!」
「丸聞こえだ、戯け者!!貴様ら四人、そこに直れ!!
纏めて死刑執行だ!!!」
「直れと言われて直る馬鹿が居るかよ!!」
「おのれ、こうなったら受けて立ってやる、かかって来い!!」
たちまちこの場は戦場と化したが、それを止めようとする者、また、どちらかの味方につこうとするものは、生憎と誰一人居なかった。
「い、良いの皆!?止めなくても!?」
「構いません。捜査本部はもう解散しましたから。」
「それにあいつらは、殺し合ったって死にはせんしな。」
「アルデバランの言う通りだ。もう付き合いきれん。勝手にやらせておけ。」
ムウもアルデバランもアイオリアも、実にあっさりと見て見ぬ振りを決め込んでいる。
「儂は五老峰に帰ろうかの。春麗の春巻きが待っておる故。シュラ、お前もどうじゃ?紫龍が会いたがっておるぞ。」
「いえ、折角ですが今日は遠慮します。どっと疲れましたから。」
「私も早く宝瓶宮で寛ぎたい。帰る。」
童虎、シュラ、カミュも、目の前で起きている騒動には全く意を返していない。
その上シャカなどは。
「ならば老師、僭越ながらこのシャカがお供致しましょう。」
「ホッホ、構わぬぞ。来るがええ。春麗の春巻きは絶品じゃぞ。たんと食うが良い。」
「元よりそのつもりなれば。参りましょう、老師。」
などと言うではないか。
仮にも一時は事件の容疑者でありながら、サガ達の乱闘騒ぎなど全く意に介さずに。
「ちょ、ちょっと待ってシャカ!!良いの、そんな呑気な事言ってて!?皆はどうするの!?」
「私には関係のない話だ。私は元々旅行という目的を彼らと共有しただけに過ぎない。」
「サガのお金の事は!?知らなかったの!?」
「うむ。フランスとスペインでの滞在費用は、確かにカノン達に立て替えては貰ったが、それは彼らが『気にするな、パーッといこう!』と厚意で申し出てくれた事。何も知らん私が、どうして金の出所を勘繰る事が出来ただろうか。では、私はこれから中国まで足を伸ばして来る。」
「あっ、ちょっ・・・!!」
が止める暇もなく、シャカは童虎と共に旅立ってしまった。
「な・・・・・・何よ、あの態度・・・・・・・」
「深く考えるな、。奴のああいう性格は、何も今に始まった事ではない。」
「アイオリアの言う通りだ。考えたら頭に来るから、何も考えるな。今夜は皆でパーッと飲もう。」
アルデバランの提案に、全員が何となく頷いた。
「良いですね。捜査本部の打ち上げといきましょうか。」
「それは良いが・・・・・・・、サガはどうする?」
シュラが指差した先には。
「死ねぇっ!ギャラクシアン・エクスプロージョン!」
アフロディーテの薔薇まみれになりながら、ミロのスカーレットニードルをかわしつつ、カノンとデスマスクに向かって技を放っているサガの鬼神の如き姿があった。
「・・・・・・声を掛けられる雰囲気ではないな。」
捜査本部組一同はカミュの言葉に真顔で頷くと、疲れた肩を寄せ合って、十二宮へと続く階段へ消えていった。