「お望み通り、一人で来てやったぞ。」
その声の主は、言うまでもなくサガであった。
「おっと、それ以上近付くんじゃねえ。」
だがそれを、デスマスクが制した。
「話はシュラ達から聞いてるだろ?聖域に戻って欲しけりゃ、俺達に誓って貰おうか。絶対に咎めねぇってな。」
「それは事の次第を聞いてからだ。スイス銀行パリ支店の強盗殺人事件は、本当にお前達の犯行か?だとしたら、奪った金は何処へやった?シャカ、やはり貴様も犯行に加担したのか?」
「おいサガ、貴様デスマスクの話を聞いていたのか?俺達の要求を呑む方が先だ。」
「黙れカノン。を人質に取ったからといって、余り調子に乗るな。」
「何だと?」
その時、一瞬サガの目が強く光った。
「ぐわぁっ!!」
そして次の瞬間には、カノンは一撃の下に壁際まで吹き飛ばされていた。
そのついでのように、テーブルやら椅子やらが、カノンと共に凄まじい音を立ててひっくり返る。
突然始まった乱闘に、とシャカ以外の全員がさっと臨戦態勢に入った。
「サガ、何をする!?」
「何をするとはご挨拶だな、アフロディーテ。知れた事よ、かくなる上はお前達全員を皆殺しにし、全てを闇に葬るまで。」
「おい、俺達の要求を呑まねば、俺達は今すぐ女神の元に自首しに行くぞ!それでも良いのか!?」
「それは脅しのつもりか、ミロ?だとしたら無駄だ。この私がお前達を女神の元になど行かせはせん。」
「凄ぇ自信だな、サガよぉ。だがな、こっちにゃという人質が居るんだぜ?お前が妙な真似をする気なら、こっちにも考えってもんがある。」
デスマスクは不敵に笑うと、また例の奇妙な歌を歌い始めた。
「チャン、チャララッチャ、チャッチャッチャーン・・・・・」
「ギャーーッ、またーーッ!?ちょっとやめてよ!!」
「オラオラ、が素っ裸にひん剥かれるぜぇ〜?よお、品行方正な教皇様、この過激なストリップショーに耐えられるか?」
「いやーーッ!!!」
先程よりも速いスピードで、の服が次々と乱れていく。
しかしサガは、眉一つ動かさずに言った。
「構わん、やれ。」
「ちょっとーーー!!」
デスマスク達が悔しがる前に、猛然と抗議したのはであった。
「何が『構わん』よーー!私が構うの!!」
「、済まない。この責任は必ず取る。だが今は聖域の平和の為、全人類の平和の為、我慢して欲しい。」
「そんなーーー!!!」
「・・・・・・ククッ、とうとう正体を現したな、サガよ・・・・」
絶望するの声を遮ったのは、いつのまにかゆらりと立ち上がっていたカノンだった。
その顔は確かに笑ってはいるが、えもいわれぬ恐ろしげなオーラを纏っており、その場に居た全ての者を黙らせるのに十分な気迫を備えていた。
「お前はいつもそうだ。己の体裁の為なら、人質だろうが仲間だろうが平気で見捨てられる。それで何が教皇だ、フン、笑わせてくれるわ。普段は善人ぶっていても、お前はどこまでも非情なのだ!そんなお前自身に疑問は無いのか!」
「黙れカノン!姑息な犯罪者ふぜいに諭される程、このサガは落ちぶれてはいない!!貴様こそ、女神に仕える黄金聖闘士でありながら、己の欲望に負けて一般市民を殺害し、金を強奪したのだろう!いかになり損ないとはいえ、貴様に聖闘士としてのプライドはないのか!」
「抜かしたな、サガめ!殺してくれる!!」
「かかって来い、愚弟!!丁度そろそろ貴様の始末時だと思っていたのだ!!」
「ちょっと二人共、やめてーーっ!!」
の絶叫が轟く中、二人の拳が激しくぶつかり合った。
サガとカノン、二人の力は五分と五分、となれば被害を被るのは二人自身ではなく、周囲にあった人や物だった。
「きゃーーっ!!」
「危ない、っ!!」
凄まじいエネルギーがぶつかり合う衝撃で、を含めて二人の近くにあったものが、四方八方に飛んでいく。
飛ばされたは、ミロに抱き留められて事無きを得たのだが、椅子やTVなどは二人の攻防の余波をまともに喰らい、見るも無惨に大破した。
「次はないぞ、カノン。大人しく成仏しろ。」
「それはこちらの台詞だ。魂も残らぬ程に砕いてくれる。」
しかし二人はそんな物に意を介さず、再び体勢を整えて対峙した。
このままどちらかが死ぬまで、この二人の対決は続くのだろうか。
誰もがそう考えて、ある者は心配し、ある者はうんざりしていたところ、それは思わぬ形で早々と幕を引く事になった。
ガンガンガン!!!
まるで蹴ってでもいるかのような乱暴なノックが、玄関から聞こえてきたのだ。
それをきっかけに場の空気が一瞬鎮まったので、はこれが逃げるチャンスとばかりに駆け出し、その応対に出た。
「は、はい、どちら様で・・・」
「ちょっと!!お宅さっきから何やってんの!?バンバンバンバン五月蝿いったらありゃしない!!」
「すっ、すみません!!」
玄関の外に立っていたのは、隣近所の住人と思わしき中年の女性で、それはそれはお怒りのご様子だった。
でっぷりと肥え太った女性に早口で凄まれ、は完全に圧倒されながらペコペコと頭を下げた。
「全く、今何時だと思ってんの!?こんな時間にドタバタ騒がれちゃ、ちっとも眠れやしない!」
いくら謝っても、女性は怒りを治めない。
が困り果てていると、部屋の奥からサガが出て来た。
どうも女性の怒鳴り声は、部屋の中まで聞こえ渡る程の声量だったようだ。
「申し訳ありません、マダム。直ちに静かにしますので。」
「全く、冗談じゃないよ!うちの人は怒るわ、子供達は寝ないわ、赤ん坊は泣くわ、一体どうしてくれんのさ!?」
「ご尤もです。まことに申し訳ない。以後気をつけます。これは失礼ですが、迷惑料という事で・・・」
「あら。」
サガに手の中に捻じ込まれるようにして渡された紙幣を見て、女性は少しだけ機嫌を直した。
全くもって現金なものである。
「全く・・・・・、今後は気をつけてよ!うちは朝早い商売してんだから!」
「それはもう。大変申し訳ありませんでした。」
平身低頭で女性を送り出すと、サガは一同の方にくるりと向き直った。
「という事だ。お前達、少しは場を弁えろ。近所迷惑だろう。」
「お前がやったんじゃねぇかよ・・・・」
「何か言ったか、デスマスク?」
「・・・・・いいや。」
「とにかく、ここはまずい。場所を替えるぞ。表に出ろ。」
サガは涼しげな顔で顎をしゃくり、一同に『ついて来い』と告げた。
場所を人気のない空き地に移し、一同は改めて対峙した。
「仕切り直しだ、かかって来い。」
「望むところだ。おいお前達、絶対に手を出すなよ。こいつだけは弟の俺の手で葬ってやる。」
「それはこちらの台詞だ。まずは我が愚弟を片付け、次はお前達の番だ。首を洗って待っていろ。」
勝負はまず、サガとカノンの兄弟一騎打ちから始まるようだ。
他人の手を借りたくないのか、カノンはデスマスク達を退かせ、サガはカノンなど早々に討ち取る気満々で、早くも皆に向かって死刑宣告を飛ばした。
そして、誰もが固唾を呑んで見守る中、とうとうそれは始まった。
「死ねサガ、ギャラクシアン・エクスプロージョン!!」
「面白い、その技の本家は私だ!ギャラクシアン・エクスプロージョン!!」
二人の手から、星々をも砕く圧倒的な小宇宙が放出されようとした正にその時。
「ちょっと待ったーーー!!!」
『ッ!?』
勇気を振り絞ったが、二人の間に割って入った。
しかし、既にもう遅い。
二人の小宇宙はその手を離れ、本人達の意思とは無関係に、目掛けて襲い掛る・・・・・・
事だけは、何とか辛うじて避けられた。
「ハーッ、ハーッ、ハーッ、よ、良かった・・・・・・・」
目を見開き、冷や汗を流しながら、は我が身の無事を心の底から喜んだ。
尤もそれはサガとカノンも同じだったようで、二人は焦りの表情を浮かべて怒鳴った。
「、そこを退いていろ!!我らの巻き添えを喰ってしまうではないか!!」
「危ないだろうが!!馬鹿かお前は!!」
「こ、殺し合いは駄目よ・・・・・!話し合いで・・・・決着つけましょ・・・、ね!?」
動悸と息切れに苛まれながら、それでもはサガとカノンに向かって諭すように言った。
しかしながら、寿命の縮まる思いをしたのは、何もサガとカノン、そしてだけではなかった。
「危ねぇだろうがこのアホンダラ!!勝手に飛び出すんじゃねえ!」
「何を考えているんだ、!?危ないからこちらに来たまえ!!」
「そうだ、こいつらの勝負はこいつらに任せておけ!こっちに来い!」
「君は自殺願望でもあるのかね。そうであれば止めはせんが、命が惜しくば引っ込んでおいた方が良かろう。」
デスマスク、アフロディーテ、ミロ、シャカも、口々にを咎めた。
確かに危険な真似をしたのは認める。無謀を承知で二人の間に割って入ったのだ。
それは何故か?勿論決まっている。偏に大切な友人達の諍いを止める為だ。
それなのに、この連中ときたら。
「うるっさーーい!!!」
カッと頭に血が昇ったは、誰もを竦ませる程迫力のある大声で怒鳴った。
「アホンダラって何事よ!?人がこんなに心配してるのに!!皆そんなに死にたいの!?何ですぐそう殺し合いに持ち込もうとするのよ!?」
「お、おい、少し落ち着・・」
「それを何!?人の事捕まえてアホだの馬鹿だの!!馬鹿はどっち!?」
『で、デスマスクです・・・!』
「俺かよ!」
の余りの剣幕に怯んだ一同は、その怒りの矛先を何とか己に向けずにおこうと、全員デスマスクを指差した。
「俺は別に何もしてねぇじゃねぇかよ!殺し合いをおっ始めたのはサガとカノンだぜ!?」
「屁理屈言わないで!!」
「いや、屁理屈っていうか事実だと・・・」
「問答無用!!!」
頭に血が昇って興奮状態にあるは、デスマスクの冷静な突っ込みを勢いだけで丸め込み、そして。
「ねぇ、どうして・・・・・・?」
興奮の余り、ついに刑事(※ニセだが)としての最終手段、泣き落としを始めてしまった。
「どうして皆、こんな事になったの・・・・・?」
但し、これは演技などではない。は本気だった。
その本気の泣き落としには、流石の彼らも気まずそうに黙り込むしかなかった。
「私、思うの・・・・・。本当は皆、何もしてないんじゃないの・・・・?」
「・・・・・・・」
「だってそうでしょう!?私の知ってる皆は・・・・・、そりゃちょっと一癖も二癖も、三癖も四癖も、ホント言うと五癖ぐらいある人達ばかりだけど・・・」
「おい、どんだけ増えるんだ、その癖。」
「でも!でも、お金欲しさに銀行強盗なんてする人達じゃない!!ましてや、そんな事の為に人を殺すような人達なんかじゃない!!そうでしょう、サガ!?」
「うっ・・・!」
涙に濡れたの瞳で見据えられたサガは、誰よりも気まずそうに口籠った。
「ま、まぁ・・・・・・、そうであって欲しいと・・・・・・、願っている次第だ。」
「だったらどうして殺そうとするの!?まず話し合うべきじゃないの!?」
『その通り だけど他には 術がなし』
それがサガの今の正直な心境なのであったが、敢えてサガは口答えせず、大人しく頷いた。
「ねえ皆、聖域に帰ろう?そして、全て話して・・・・!ねぇ、ミロ!?」
「あ、ああ・・・・・」
「アフロ!!」
「う・・・・・」
「シャカ!!」
「私は構わんぞ。スペインも堪能した事であるしな。」
「カノン!!」
「・・・・・・フン」
「デス!!」
縋るようなの眼差しを受けて、デスマスクは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。
「・・・・・・帰れば・・・・・・、何か解決するのかよ。」
「え・・・・?」
「俺達が聖域に戻って洗いざらいゲロったら、何か変わるのかよ?」
言葉遣いは下品だが、デスマスクの声には、悲痛な叫びにも似た音が混じっていた。
「何かって・・・・・・、デスは何か変わって欲しいと思ってるの?それって何?」
「そりゃそこの教皇様に訊いてくれよ。」
「そんなんじゃ分からない!ちゃんと答えて!話してくれなきゃ、分かるものも分から・・・」
「いいや、話したところで何も変わらん。」
の話を遮ったのは、一度は納得しかけたカノンであった。
「この頭でっかちな分からず屋には、何を話しても無駄だ。話して伝わるのなら、そもそも俺達がこんな暴挙に出る事はない。、お前は何も分かっていないだけなのだ。」
「そんな・・・・!」
「頭でっかちとは言ってくれるな、カノン。ああそうとも、馬鹿者共の戯けた言い分など、私に分かる訳がなかろう。」
「ちょっとサガ、またそんな売り言葉に買い言葉な言い方・・・!」
「、下がっていろ。やはりこの男だけは始末をつけねばならんようだ。」
「それは俺の台詞だ、、引っ込んでないとお前も怪我をするぞ。」
「そんなぁ!!」
の涙ながらの説得も届かず、二人を止められるものはもう何もないかに見えたその時。
不意に一陣の微風にも似た何かが、の身をふわりと包んだ。