Bark at the Sun 5




お前達、卑怯だぞ!!

赤面しながら怒鳴るアルデバランに、デスマスクは涼しげな顔でやり返した。

「フフン、どうせ俺達は極悪犯なんだろう?お前達の希望通りに振舞ってやっただけの事だ。こういう使い方をするのが人質ってもんだ。なあ、?」
何が『なあ、?』よ!覚えてなさいよ!ちょっとミロ、ミロからも何とか言ってやってよ!幾ら何でも、これはやりすぎじゃない!?」
「まあ、ちょっとやりすぎな感じではあったが、俺個人的には良いものを見れたのでラッキーだった。
「ミロまで・・・・!そうだ、シャカは!?シャカはどう思う!?こんな卑怯な事する人と、まだ逃亡を続ける気!?」
「蟹の行儀の悪さは、今に始まった事ではない。災難だったな。野良犬に噛まれたと思って忘れるが良い。ちなみに私は、逃亡ではなくて休暇の最中だ。休暇は最後まで満喫するのが、私のポリシーである。誰か一緒かどうかなど、私にとってはさして問題ではない事だ。」
「も・・・・・、皆信じられない・・・・・・!」

どいつもこいつも話にならない連中ばかりで、は愕然と肩を落とした。
頼みの綱はアルデバランとシュラの二人なのだが、アルデバランは先程の強制ストリップのせいですっかり狼狽してしまって、期待出来そうにない。
の期待を一身に背負わされたシュラは、ペースを乱されたせいか先程までの凄みを若干失いながら、切々と訴え始めた。


「お前達、頼むから戻ってくれ!」
「嫌なこった。」
「分かった、サガの事なら俺が何とかする!お前達の命は保証してやる!だからまずは奪った金を持って、聖域に戻ってくれ!」

シュラとしては甚だ不本意な方法だったが、こうして懇願するしかもう道はなかった。
これ以上彼らを刺激して、今度はを全裸にでも剥かれたら、流石に洒落にならないからだ。


「駄目だ。シュラ、お前如きがどうにか出来る程、我が兄は甘い男ではない。奴に捕まったが最後、俺達はその場で即座に殺されるだろう。」
「それはそれで自業自得じゃないのか、カノン?」
「黙れアルデバラン。俺はまだ生きていたいのだ。俺の半生は、奴のせいで散々だった。今までの分も合わせて、まだまだ人生を謳歌せねばならんのだ。今死ぬ訳にはいかん。」
「勝手な事を言うな!!お前達、それでも女神の聖闘士か!?」

激昂して怒鳴ったシュラに、アフロディーテが淡々と告げた。

「シュラ、女神の聖闘士として落とし前をつけろというなら、私はサガに捕まる前に、先に女神の元へ懺悔に行く。それこそが筋というものだろう?」
何っ!?

それが筋かどうかはさておいて、シュラはサガの言葉を思い出していた。

そう、サガは呪文のように、『女神のお耳には決して入れるな』と繰り返していたのだ。
女神に知られる前に、何が何でも内輪で決着をつけたがっていたのである。
この話を聞いたら、サガは何と言うであろうか。


「・・・・・そうだな、アフロディーテの言う通りだ。俺もサガに捕まるぐらいなら、あのお嬢さんのところに自首しに行くぜ。その方がなんぼかマシってもんだ。」
「デスマスク、貴様・・・・!」
「俺もそうしよう。」
「ミロまで!」
「俺もだ。」
「おいカノン・・・・・!」
「日本か。初秋の日本を楽しむのも悪くはない。女神にご拝謁するなら、それは私も謹んで同行しよう。」
「??・・・・・とにかく貴様もか、シャカ・・・・・」

シャカ一人、微妙に話がズレている感じはあるが、とにかく全員が、サガに捕まるぐらいなら女神に自首をすると言い張っている。
アルデバランとシュラは、すっかり困り果ててしまった。

そして勿論、も。




「ど、どうして?皆、そんなにサガが怖いの?」
「今聖域に戻ってアイツと顔を合わせるのは、自殺にも等しい行為だ。弟の俺が言うのだから間違いない。」
「ってこった。おいシュラ、アルデバラン。サガにそう伝えてくれよ。今から全員で日本へ向かって、女神に自首してくるってな。」
「ま、待てデスマスク!!早まるな!!」
「可笑しな話だな、自首すると言っているのに、何故止めるのだ?」

不思議そうに首を傾げるミロの顔は、何故だか勝ち誇った笑みに輝いている。
そう、もしかしなくても、彼らは確信犯だったのだ。


「・・・・・おのれ・・・・・、足元を見おって・・・・・!
「ま、どうしても止めてくれってんなら、サガ自身の口から、俺達を咎めねえと誓って貰おうか。サガにそう伝えてくれや。おっと、間違っても妙な気を起こすんじゃねえぜ?サガ一人で来させろ。良いな?おう、行くぜ、お前ら。」

デスマスクはニヤリと笑うと、や他の連中を引き連れて踵を返した。










「・・・・・・・・そうか。」

アルデバランとシュラから報告を受けたサガは、静かすぎる口調で一言そう言った。


「どうするのだ、サガ?」
「・・・・・・行くしかあるまい。」
「しかし、お前一人でか!?無理だ!相手はシャカも含めた五人だぞ!?いや、シャカは終始一人で微妙にズレていたから、応戦するかどうか分からんが・・・・・」

アルデバランの熱心な説得にも、サガは応じなかった。


「向こうが私一人を指名しているのだから、私一人で行くしかあるまい。私なら大丈夫だ。このサガ、腐ってもジェミニの黄金聖闘士だ。一人の命ぐらいなら、何とか救えるだろう。」
「少し時間を置いた方が良い。もうすぐ老師も到着される筈だ。それまで待っては・・・・」
「いや、良いのだカミュ。行って来るぞ。」

サガはゆっくりと立ち上がると、一同の方を振り返らずに背中越しに呟いた。


「せめてだけは、必ず救うと約束する。だが、もしも私に何かあったら・・・・・、その時はお前達、この聖域の事を頼んだぞ。」

実に不吉な捨て台詞を吐いて、サガはそのまま去って行った。





そこで途方に暮れたのは、残された者達である。

「・・・・・・まさかサガ、初めから死ぬつもりでは?」
「何だと、ムウ!?」
「あの人の事です。たとえ全員を制圧したとしても、責任を感じてその場で自害・・・・・、などという事が十分考えられるでしょう。」

ムウの淡々とした推測を聞いたアイオリアは、緊迫した表情で声高に叫んだ。

冗談じゃない!黄金聖闘士が一度に六人も死んでみろ!!この聖域はどうなるのだ!?」
「全くです。『頼んだぞ』と言われても、実際のところ困りますからね。聖域の統括など、私には向かない仕事ですから。」
「こうしてはおられん!俺も後を追うぞ!!」
「私も行きましょう。」
「私も行こう。」
「俺も行くぞ!」
「俺も行く!!」


かくして聖域捜査本部は総動員となり、一路スペインを目指して旅立った。


この聖域に呼びつけてしまった老師はどうするのだ、という懸念は、生憎と全員揃って忘却の彼方であった。









所変わってスペインでは。



〜、飯まだか〜?」
もうすぐだから黙って待っててよ!

マドリードにある例の隠れ家で、は一人、キッチンに立って遅めの夕食を作っていた。

「全く・・・・、何でスペインくんだりまでやって来て、私がご飯作んなきゃなんないの!?」
「悪いな。ん〜〜、美味そうだ!味見でも手伝おうか?」
「あっ、ちょっとミロ!摘み食いしないで!」

ガードする暇もなく、料理が一口分ミロの口に消えたのを見て、はガックリと肩を落とした。

も〜〜・・・・・・
「まあそう苛々するな、。悪かった悪かった、皿洗いは手伝うから!」
「散々だわ・・・・・。人質になって、変な事されて、おまけにご飯まで作らされるなんて・・・・。私って一体ナニ?
「だから悪かったって!不可抗力なんだ!本当は飯ぐらいレストランに連れて行って食わせてやりたかったんだが、金が尽きてきたんだから仕方がないだろう!」
え?え??今、今なんて言ったのミロ?」
あっ・・・・!

ミロが慌てて口を噤むのを、は見逃さなかった。


「ねえミロ!!今、『金が尽きてきた』って言わなかった!?」
い、言ってない、言ってないぞ!!
いーえ、しかと聞きました!!ちょっとみんな、どういう事!?」

は料理を放っぽり出すと、一同の居るリビングにズカズカと踏み込んだ。


「ねえ!!100万ユーロもの大金を盗んでおいて、お金が無いってどういう事!?」
「ミロ!!お前、余計な事を喋ったな!
「違うんだカノン!!不可抗力だ!!」
「全く、お喋りな男だな君は!!
「何だと、アフロディーテ!?」
「何が違うんだよ、アァン!?よし、ヤキ入れだ、ヤキ入れ!
どうでも良いが、飯はまだかね?
ちゃんと答えて!!!

は、騒然とした場を一瞬で鎮めさせる程の大声を出した。


「一体何なのよ!?訳が分からないのよ!!やったのかやってないのか、はっきりさせなさいよ!!人の事散々心配させておいて、皆して私の事を馬鹿にしてるの!?」
「ち、違うんだ・・・!私達は別に何もそんなつもりじゃ・・・」
「だったら答えてよ、アフロ!」
「と、取り敢えず落ち着け、な!?」
「何言ってるの、ミロ!?これが落ち着ける筈ないでしょ!?」
「そんな顔をして怒っていたら、怒り皺が出来るぞ?
放っといてよ!馬鹿カノン!!
、私の飯は・・・
キッチンにあるから勝手に食べてて!!

怒りと苛立ちに任せて怒鳴り続けたは、息が切れたところで黙り込み、俯いた。


・・・・・・?おい、どうしたんだよ・・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
「泣い・・・・・てるのか?」
「・・・・・・そのようだな。」
「・・・・・・シャカ、君のせいだな。君がこんな状況で飯の事など口にするから。
「私のせいにするのは止めたまえ、アフロディーテ。」

コソコソと耳打ちし合う一同の前で、はただじっと視線を床に落としていた。
別に泣いてはいない。
ただ余りにも訳が分からなさすぎて、苛々しすぎて、これ以上の言葉が見つからないだけなのだった。


だが、それは意外な功を奏したようだった。
デスマスクが決まり悪そうに頭を掻き毟りながら、明後日の方向に視線をやりつつ、もごもごと口籠り始めたのだ。



「・・・・・・そんなに知りたいのかよ?」

その質問に、は黙ったまま頷いた。
その時。



「私も是非知りたいな。洗いざらい全て。」


玄関の方から、男の低い声が聞こえてきた。




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後書き

佳境に入って参りました。デスマスク達も、そろそろ年貢の納め時ですね。
というか、何なんでしょうか、このひっちゃかめっちゃかな話は(笑)。