Bark at the Sun 3




「それで?言われるままノコノコと引き下がって来たのか?」

サガの冷ややかな口調は、クールの本家本元であるカミュ自身をも軽く凌いでいた。

「し・・・、しかし・・・・・・」
「言い訳は聞きたくない。奴ら全員皆殺しにして、を連れて戻って来たならまだしも。」
「しかしそれをすれば、が確実に巻き添えを食ってしまったのだぞ!私はそれを案じて、敢えて連中の言う通り・・・・!」
「そうですよ、サガ。気持ちは分かりますが、相手は私達と同じ黄金聖闘士が四人。カミュ一人でを気遣いつつ戦える訳がないでしょう。」

ムウの冷静な声で戒められたサガは、それまで抑えていた鬱憤を爆発させるようにデスクを叩き、大声で怒鳴った。

そんな事は分かっている!!では一体どうしろと言うのだ!?かくなる上は、連中全員ブチ殺すしかないだろう!?
何故そんなすぐに短絡的な結論に達するのだ;
「黙れアルデバラン!ならばお前、何か妙案があるというのか!?」
「そ、それは・・・・!ええい、俺に当たらないでくれ!!
「・・・・・・済まん、お前に当たるつもりはなかったのだが・・・・・」

サガは決まり悪そうに口籠ると、デスクに片肘をついて辛そうに額を押さえた。

「・・・・・どうしたものか・・・・・・」
「向こうはを人質に取っている。ここはあくまで平和的にいくべきではないか?」
「アイオリア、それは即ち具体的にはどういう事だ?」
「そ、それはだな・・・・・!た、たとえば、『決して咎めはしないから』とか何とか説得して、どうにか連中の警戒心を解いてだな・・・・・!」
「よし、分かった。ではそれをやってくれ。」
何ッ!?俺が!?!?
「お前の案だ。お前が一番作戦のイメージをよく固めているだろう。頼んだぞ。ああそれから、説得作戦に出るのならブレインが必要だな。・・・・ムウ、お前に頼んだぞ。」
「・・・・分かりました。」

ちらりと複雑そうな視線を交わしたムウとアイオリアは、了承の意を示してこくりと頷いた。








一方その頃、フランス・パリでは。


「さ〜て、お次はどこに飛ぶかな?」
ちょっとー!人の話聞いてるの!?何で私が人質なのよ!?」

は、呑気に雑誌などを捲っているデスマスクをどやしていた。

「まあまあ、落ち着いて。は何処に行きたい?」
「え?そうねぇ・・・・って、そうじゃないでしょ、アフロ!

デスマスクとアフロディーテのみならず、この場に居る全員がまるで旅行気分なのだ。
今読んでいる雑誌も、夏のバカンスを特集した記事が目立つ。

「も〜〜!そんな呑気な事やってる場合じゃないのよ!?」
「何をそんなにカッカしているんだ?」
「何って・・・・!だってミロ、あの銀行強盗の事件は・・・・・!」
「俺達がやった、と思っているんだろう?」

ズバリと言い切ったカノンに、は言葉を濁してしまった。
それにつけても、何ともあっさりした物言いだ。
まるで他人事のようではないか。


「だ、だから、それが本当なのかどうかを確かめに来たのよ!ねえ皆、聖域に帰ろう?」
「馬鹿言え。俺達ぁバカンスの真っ最中なんだよ。」
何がバカンスよ、この馬鹿蟹!バカンスじゃなくて逃亡でしょ!?」

は目を吊り上げて怒鳴ったが、確かにそこに居る全員、拍子抜けする程のんびりしている。
たとえ、彼らの力をもってすれば赤子の手を捻るより簡単だったとしても、犯罪は犯罪だ。
ましてや100万ユーロという大金を強奪しておきながら、この落ち着きは少し解せない。


「・・・・・・ねえ、皆。お願いだからちゃんと話を・・・」

困り果てたがそう言いかけた時、不意に玄関のドアが開いた。


シャカ!?
「ほう、、君も来ていたのか。」
「来ていたのかって・・・・・、シャカこそ何でここに居るの!?」
「お帰りシャカ。ルーブルはどうだった?」
「うむ。なかなか良かったぞ。アフロディーテ、君も来れば良かったのに。」
「私はもう何度も足を運んでいるからな。」

どうやらシャカは、一人ルーブル美術館を訪れていたらしい。
それはそうとして、この非常時に呑気に観光とは、一体どういう了見なのか。
散々気を揉んでいたこちらを馬鹿にさえしているかのような一同の態度に、は次第に怒りを覚え始めた。



人の話を聞けーーッ!!!
「うおっ!何だよ、でけぇ声出して!」
「近所迷惑だろう、!」
「何分かったような事言ってんのよ、ミロ!大体ねえ、銀行強盗の方が部屋で大声出すよりよっぽど深刻な問題でしょ!!」

目を吊り上げて怒鳴ったは、肩を怒らせて仁王立ちになると、彼らが見ていた雑誌を取り上げ、バサッと開いて見せた。

「こっちがどれだけ心配してると思ってるの!私だけじゃないわ、聖域にいる皆がどんな気持ちでいるか分かってるの!?それを何!?こんな雑誌なんか呑気に読んで!」
「『マドリードの熱い夜 〜 魅惑のフラメンコ・カーニバル 〜』?スペインか・・・・・。どうだお前達、次はスペインへ行ってみないか?」
「なっ・・・・!」

雑誌を開いて見せたのは、何もそこにある記事を読ませようと思ってした事ではない。
しかしカノンは、が無造作に開いたページの記事を読み、こう言うではないか。
怒りを通り越して呆れたは、パクパクと口を開けた。


「良いな。俺も一度、本場のフラメンコを見てみたかったんだ。」
「スペインか、私は別に構わないが。」
「俺も別に良いぜ。どうせ特別行きたい場所も無かったし。」
「私も構わぬ。寝場所と食事と観光時間を確保してくれるのなら、何処でも良い。」
「し、し、信じられない・・・・・!この期に及んでまだそんな・・・・!」

いや、カノンだけではない。
ミロもアフロディーテも、デスマスクもシャカまでも、同様の態度を取っているではないか。


も見たくないか?本場のフラメンコ。」
「それは見たいけど・・・・ってそういう問題じゃないでしょ、ミロ!?
「そうと決まれば早速出発だ。お前達、とっとと支度しろ。」
「ちょっとカノン!まだ行くって決まった訳じゃないでしょ!?」
「お前以外は全員賛成なのだが。」
「そうじゃなくて!!この一大事に、呑気に観光旅行なんかさせないって言ってるのよ!」

行かせてなるものかと一同の前に立ち塞がったを見て、デスマスクは底意地の悪い笑みを浮かべた。


「ほ〜う、お前が俺達四人を止めるってのか?」
「う゛っ・・・・!そ、そうよ!私はね、皆を説得して連れ帰る為に来たんだから!」
「それはそれは、勇ましいこったな。ククク。だが・・・・、勝算はあるのか?」
「しょっ・・・!勝算なんて・・・・・、ないけど・・・・・、でもやるしかないじゃない!」

目の前の黄金聖闘士五人に向かって、は拳を握り、臨戦態勢に入った。
とはいえ、明らかに怯んだ表情と引けた腰が、何とも情けないのだが。
それを見たデスマスクとカノン、そしてミロは、益々愉しげな顔をして一歩前に踏み出した。


「よし分かった。勝負だ、俺のスカーレットニードルを何発耐えられるか、見ものだな。」
「う゛・・・・・!」
「いや、その前に俺が積尺気へミステリーツアーに連れて行ってやっても良いぜ?」
「や・・・、こ、来ないで・・・!」
「ミステリーツアーなら、俺のゴールデントライアングルでも連れて行ってやれるぞ。」
「来ないで・・・・!」
「クスクス。君達、レディーを必要以上に苦しませては許さんぞ。」
「何でも良いが、終わったら声を掛けてくれたまえ。私は一休みしている。」
は、薄情者ーーッ!!二人共、止めに入ってくれたって良いでしょー!?」
「ククク、覚悟しろよ。」
い、嫌ぁーーーッ!!来ないでぇ!!!

天と地ほども力の差がある凶悪犯三人にたちまち取り囲まれたは、哀れ無惨にも、その若い生命を絶たれる事になった・・・・・・・・







訳はない。





いやーーーッハハハハ!!!あーっはっはっは!!!やめて、やめてぇ!!」
「うらうら、どうだ?」
やははは、やめてデス!!足の裏はいやーーっ!!」
「喰らえ、スカーレットニードル。」
ひゃはははは、ひゃめてぇ!!脇腹突付かないでミロ!!」
「どうだ、そろそろ降参か?」
「あはっ、ははっ・・・・やめ・・・、首擽らないでカノン・・・・!!分かった、
分かったからーーーッ!!!

頬を真っ赤に染め、擽り倒されてのた打ち回っていたは、五分と経たない内に早々白旗を上げた。


「ハッ、ハァッ・・・・、ハァッ・・・・・、死ぬかと・・・・、思った・・・・!」
「ククク、最初からそうやって素直になってりゃ良いんだよ。」
「俺達に逆らっても為にはならん事が、これで良く分かっただろう?」
「そうそう、何たっては人質だからな。ははは。」
「うう・・・・・・、鬼・・・・・!」

清々しい表情の三人を上目遣いに睨んで、はぐったりと力の抜けていた身体をどうにか起き上がらせた。


「うう、酷い・・・・・、頭ボサボサになっちゃった・・・・・。」
「随分手酷くやられたね、。私のヘアブラシで良かったら使うかい?」
「あ、ありがと・・・・・。」
「フフッ、服も捲れてるよ。ほら。」
「うわっ!!あ・・・・ありがと・・・・・」

捲れ上がっていたシャツの背中の部分をアフロディーテに直して貰いながら、は赤面しつつ髪を整えた。
そうこうしている間にも、彼らは手際良く辺りを片付け、早くも出立の準備を終えかけていた。


「よっし、ゴミは積尺気に捨てた、ガス栓も閉めた、ブレーカーも落とした、と。」
「準備は整ったのかね?では早速行くとしよう。」
、準備は良いかい?もう行くよ?」
「あ・・・・・」

力で捩じ伏せる事は、無理だと分かった。というか、最初から無理だと分かっていたが。
ともかく、そんな状態だ。この場から逃げ遂せる事も不可能である。
だとすれば同行するしかないのだが、それにあたっては、一つの使命を感じていた。

彼らは、聖域に居る他の黄金聖闘士達にも、居場所を悟らせないようにしているのだ。
最初の糸口は新聞から得る事が出来たが、次は恐らく望めない。
そう、他ならぬ己が糸口を残さねば。

口籠ったは、咄嗟に先程の雑誌を後ろ手に隠すと、アフロディーテにヘラヘラと笑ってみせた。

「あ・・・・と、ちょっと待っててくれる?」
「どうしたんだい?」
「ちょっとその・・・・・・、お手洗いに・・・・・・」

心得た顔でああと頷いたアフロディーテに『待っててね』と告げると、は急いで洗面所に駆け込んだ。


「頼むわよ〜・・・・・、気付いてよ・・・・・!」

今頃聖域の者達は、カミュの口から今の状況を聞いている頃だろう。
他に連絡手段は何も無い、望みはこれだけだ。
は雑誌から例のスペインの記事を破り取ると、洗面台の下にそっと置いた。


「お願い、誰か見つけて・・・・・!」

祈るような思いで暫しその記事を見つめた後、は洗面所を出た。









「それで?すんなりと引き返して来たのか?」

益々冷ややかになったサガの口調は、最早誰をも凌ぐクールさを誇っていた。

「し、しかし俺とムウが到着した時には、もう誰も居なかったのだ!」
「相変わらず小宇宙も感じられませんしね。」
「言い訳は聞きたくない。カミュのみならず、ムウ、アイオリア、貴様らまでもが不甲斐無い・・・・・」
「おや、心外ですね。人の話は最後まで聞くものですよ。」
「・・・・・・なんだ、何かあったのか?」

期待を持たせるようなムウの物言いに、サガはぴくりと片眉を吊り上げた。

「これを見て下さい。我々がパリの隠れ家を探索した際、洗面所の床に落ちていたのです。」
「何だこれは?雑誌のページを破り取ったもののようだが。」
「他には何も無かった部屋に、これだけが置かれていたのです。そう、まるで人目を忍ぶようにしてね。恐らくが彼らの目を盗んで、我々に次の目的地を教えようとしてくれたのでしょう。」
「なるほど・・・・・・・」

見る見る内に気力を取り戻したらしいサガは、椅子から立ち上がって士気の篭った声で告げた。


に感謝せねばな。彼女が残してくれたこの手掛かりだけが、唯一の糸口だ。今度こそ決着をつけるつもりでかかれ、良いな!?」

サガの言葉に、誰もが真剣な表情で頷く。
その中でも一番深刻そうな表情をしていたのは、シュラだった。
何しろ犯行グループの中に、最も付き合いの長い友が二人も混じっているのだ。
自分がもう少し連中の様子に気をつけていれば、今回の事件は未然に防げたかもしれないと、
シュラはそう考えていたのである。


「サガ、その手掛かりは一体何の記事なんだ?」
「旅行雑誌の記事のようだ。絶対とは言えないが、連中はを連れてこの記事の場所に行った可能性がある。というより、今の我々にはそれしか手掛かりがない。」
「見せてくれ。」

サガの手から記事を受け取って読んだシュラは、そう大きくはない目を精一杯見開いて叫んだ。


なっ、何ぃぃ!!??スペインだと!?
「そうだ。スペインのマドリードにある劇場で開催される大規模なフラメンコショー、そこへ行った可能性がある。」
よりによって俺の故郷で・・・・、あの野郎共〜〜!!!

記事をクシャクシャに握り締めたシュラは、激昂した声で捲し立てた。

「おのれ、逃亡先にこのシュラの故郷を選ぶとは良い度胸だ!!これ以上好き勝手はさせんぞ、ましてやスペインでな!!よし、今すぐ息の根を止めて来てやる!!
待て待て待て、シュラ!!落ち着け!!
「止めるなアルデバラン!!俺は今すぐ行くぞ、行って連中を一人残らず切り刻んでなますにしてやる!!

落ち着かせようとしたアルデバランを突き飛ばし、シュラは教皇の間を出て行ってしまった。

「サガ、俺も行って来る!頭に血が上った今の奴だけでは心配だ!」
「うむ、頼んだぞ、アルデバラン!!」

後を追って出て行ったアルデバランを見送って、サガは深く溜息をついた。


大丈夫ですか、デカ長?
まだ覚えていたのか、その名を。・・・・・ああ、大丈夫だ、ムウ。それより、今の内に出来る限り執務を片付けておけ。いざとなれば、我々もスペインへ飛ぶぞ。」
「ううむ・・・・、大事になってきたな。」
大事だからこれ程の大騒ぎになっているのだ、アイオリア。ところでカミュは?」
「老師に連絡を取りに行った。」
「そうか。だが、何としても女神のお耳にだけは入れてはならんぞ。その前に我々だけで決着をつける。」

そう、たとえ全面戦争となっても。


サガは鬼気迫る表情を浮かべた。




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後書き

久しぶりの更新となりました。もう、好き勝手書いてます。
スペインでそんなショーが本当にあるのかどうかも知りません(笑)。