夢の貌 ― ゆめのかたち ― 27




夏が過ぎて、神室町にも次第に心地良い秋風が吹くようになってきた。
今日は事務所で仕事の日で、猛も一緒に連れて来ていた。事務所の怖いおじさん達にもすっかり慣れた猛が、自分も一緒に行きたいと主張するようになり、毎回ではないが、このところは度々こうして連れて来る破目になっていたのだ。
皆に代わる代わる遊んで貰ってご機嫌な猛を横目で見守りつつ、せっせと仕事を進めて夕方になる前にどうにか切りをつけると、はまだ遊びたがる猛を宥めすかして事務所を後にした。
真島組の姐としての仕事は本日終了だが、妻として母としての仕事はまだまだ終わりではない。むしろ今からが一番忙しくなるのだ。
頭の中でこの後の段取りを組みつつ猛の手を引いて歩いていると、天下一通りに入った辺りで、はふと足を止めた。前方にあるポッポの店先で煙草を吸っている男の顔に見覚えがあったのだ。
飲み物や食料品らしき重そうな買い物袋を片腕に複数ぶら提げながらも、全く苦にならないかのように平然と一服しているその男の顔を、一体何処で見ただろうかと暫く考えて、は小さくアッと声を上げた。


「あの人、確か・・・・・」
「おかーちゃん、どーちたん?」

僅かに髪型が変わっている気がするけれども相変わらずのスッキリした短髪と、凛々しい面魂に漂う並々ならぬ貫禄。そして、ワインレッドのシャツにライトグレーのスーツ。
あの男は確か、随分前にこの神室町で一度だけ会った事のある、真島の大のお気に入りだ。名前は・・・・


「そうや・・・・、桐生さんや・・・・!」
「キユーサン?キユーサンてだれぇ?」

名前は桐生一馬。男の好みにうるさい真島のダーツの的の◎に突き刺さっている、希少な漢だ。
他愛もない与太話や世間話レベルの近況ぐらいは今も偶に真島から聞かされているが、組も親も仕切っているシマも違うので、大のお気に入りの割に、日頃はあまり接点が無いようだった。
真島ですらそうなのだから、は当然それ以上に関わりが無く、彼の顔を見るのは初対面の時以来だった。あれは猛を妊娠する直前の事だったから、丁度4年前だ。
ともかく声を掛けようと、猛を連れてまた歩き出したその時、ポッポの店内から小さいレジ袋を提げた若い女性が出て来て、嬉しそうに微笑みながら桐生に話しかけた。
すると、桐生も笑って何か言いながら煙草を消し、女性と一緒に歩き始めた。どうやら女性の買い物を待っていたようだった。
どこへ行くのだろうかと興味を持ったのも束の間、歩き出した二人はすぐ横の雑居ビルに入って行った。
猛の手を引いてこっそり後を追ってみると、二人が消えた先はエレベーターで、階数表示のランプが『2』で停まった後、少ししてまた地上に戻ってきた。ビルの看板を見てみると、2Fに入っているテナントは、『SERENA』というクラブだけのようだった。


「セレナ・・・・・」
「おかーちゃん?どーちたん?ここどこぉ?」
「・・・ううん・・・・・」

あの荷物と時間帯から考えれば、同伴出勤ではないだろう。桐生は只の客ではなく、多分店側にかなり近い存在だと思われた。
どえらい美人だったが、彼女は恋人だろうか?それとも、もしかして奥さんか?
彼女に向けていた桐生の顔を思い出して、はニヤニヤした笑みを浮かべた。


「別に何もない!ごめんごめん、さ、早よおうち帰ろ!」

あの顔の、何と優しげだった事か。
真島との晩酌タイムにうってつけの良いネタが出来たと内心で喜びながら、はルンルンと神室町を後にしたのだった。


その数時間後。


「・・・・・っていうのを見掛けてんやん!」

猛が寝た後、夫婦の憩いの一時が始まるや否や、は早速にもその事を話した。
だが。


「あー、その店なぁ。あっこは昔から桐生ちゃんの行きつけの店なんや。」

真島は水割りのグラスを傾けながら、至極つまらない、淡々とした反応を示した。


「え、知ってたん!?」
「ああ。元々は女が一人でやってて、今は二人でやってるらしい小さい店なんやが、その女がどっちも抜群の上玉やっちゅうて、割と有名なんや。うちや嶋野組にも、あの店にせっせと通っとる奴が何人もおる。
そやけど多分、桐生ちゃんが一番の馴染みなんとちゃうか?そこの女と二人で歩いてるとこ見たって奴が、ちょいちょいおるんや。他の奴らは皆、なんぼ口説いても振られとるらしいのに。」
「何やぁおもろないわぁ!もっと驚いてくれると思ったのにー!」
「知っとったんやからしゃーないやんけ。」

が膨れてみせると、真島は、このところ髭を少し伸ばして整えるようになった口元に苦笑いを浮かべた。


「ほんでそのどえらいべっぴんっちゅうのは、どんな女やったんや?ここんとこに泣きぼくろのある、色気ムンムンの女か?」

真島はそう言って、自分の左目の下を指さした。


「泣きぼくろ?ええ〜?そんなん分からんわ・・・。でも何しか綺麗な人やってん。色気ムンムンっちゅうか、清楚なお嬢様系って感じ?」
「ほーん、清楚なお嬢様系なぁ・・・」
「まだ若そうやったで。あれは精々20代半ばってとこやな。いや前半かも。店しとった頃に会うてたら、確実に声掛けてスカウトしとったわ。」

その商売はもう引退した筈なのに、昔の血がついつい騒いでしまう。
あの女性は、それ程の美貌の持ち主だったのだ。
原石、いや、もう既に美しく磨き上げられた宝石を見つけたような気分で興奮気味に話すを見て、真島はまた苦笑いをした。


「やめぇや、どっかのキャバレーグランドの支配人やあるまいし。」
「あはははっ!何やのそれー!自分もやるんやんかー!」
「そらやるやろ、そんな聞くからにバンバン上客つきそうな女。」
「つくつく!あの人やったらどこの店でもあっという間にトップ取れると思うわ!
でもあの二人はそんな感じじゃなかったで〜?店の買い出しなんて、どう考えても営業絡みの付き合いでする事とちゃうし、何より桐生さんのあの優しそうな顔!あれは相当本気やと見たで!なぁちょっと、今度桐生さんに会うたら探っといてぇや!」
「おいおい野次馬根性丸出しやの〜!分かった、探っとくわ。」
「いや自分も野次馬やん!」

真島と他愛のない事で笑い合いながら、はチラリと桐生の事を思い出していた。赤の他人の子供の身を案じて、そんな事をしてやる筋合いも無いのに不器用ながらも一生懸命世話をしていた事を。
あの人に愛されている彼女は、きっと幸せになれる。
の女の勘が、そう断言していた。
















1995年9月30日 深夜。
『仕事』を終えた真島は組員達を従えて、今が盛りとばかりに輝いている神室町の中を歩いていた。
紳士用の黒いジャンプ傘を持っているのは、雨に備えての為ではない。雨の予報が出ているのは明日だ。ならば何かというと、今日のこれは雨具ではなく『仕事道具』だった。
傘は万能と言っても良いバトルツールで、非常に便利である。打撃や突き刺しは勿論、相手の動きを妨害したり攻撃を避けたり、血飛沫で服が汚れるのを防いだりと、攻防どちらにも大活躍してくれ、かつ至って合法的に堂々と持ち歩ける。
本職と素人のいいとこ取りが出来ると思っているアホ共が、ガキのノリのままつるんでいる中途半端なギャング崩れを潰すなど、これ1本あれば十分だった。
筋も何も弁えずに人のシマで好き勝手にシャブを売り捌いていた連中を壊滅させ、アガリをショバ代として全額貰い受け、残っていたブツを全て便所に流して、ひとまず今日の仕事は終了したが、しかしこれで問題が綺麗に片付いたという訳ではない。
シャブのシノギなど、アホガキ軍団が独自に出来る事ではないのだ。確実に、バックにどこかの組織がついている。これで炙り出して、そいつ等にきっちりケジメをつけさせない事には、解決とはとても言えない。
暴対法が出来てから以降、本職の極道がジワジワと苦境に追いやられていくにつれて、このところは法の目を掻い潜る中途半端なクズがポツポツと現れているが、そこに目をつけてシノギに利用する本職連中もまた、チラホラと出てきている。一体この先、自分達の業界はどうなっていくのだろうかと割と真剣に悩みながら、天下一通りを歩いていると。


「オウ!なにやってんオラァ〜!」

ガラの悪い大声が聞こえて、真島は足を止めた。
聞き覚えのある声だ。
まさかと思って声のした方を見てみると、残念ながらそのまさかだった。


「オウオウ!お前、どこの組のもんや?」
「兄貴、あれ・・・・」
「檜山ちゃいますか?」

見慣れた組員のアホ面を確認して、真島は溜息を吐いた。
常日頃からアホだアホだとは思っていたが、ここまでのアホだとは思わなかった。
自分が絡んでいる男が一体誰なのか、この神室町で生きていながら知らないのだから。


「・・・すまん」
「すまんで済むか!ボケェ!!」

何か不愉快な事でもあったのか、檜山は今、どうも虫の居所が悪そうだった。
でなければ、しょうもない揉め事を起こすなという親の言い付けを忘れはしないだろうから。・・・多分。
自分が出て来た路地に相手を追い込んでいく檜山の不機嫌面を、真島は黙って見守った。


「兄貴、あの相手の奴・・・・!」
「と、止めた方がええんとちゃいますか!?」

真島は無言のまま歩き出し、そこへ近付いて行った。
件の路地は、ある雑居ビルに接していた。先日、が言っていた所だ。
そのビルの2Fのクラブは、確か檜山も常連だった。尤も檜山の目当ては、が見掛けた清楚なお嬢様系の若い女ではなく、淋しげな泣きぼくろが凄まじく色っぽいママの方なのだが。
その店の裏口がある路地から出て来て、誰彼構わず吹っ掛けたという事は多分、愛しのママにまた振られでもしたのだろう。あの店の女二人は、どれだけ必死に口説こうが貢ごうがちっともなびかないと有名なのに、檜山はいつかあのママをものにしてやると儚い望みを懸けて、懲りずに通い詰めているのだ。
その無駄な熱意と努力をシノギに向けんかい、と呆れつつ路地に入ってみると、奥の方から喧嘩している声や音が聞こえてきた。どうやら路地奥の袋小路で戦り合っているらしい。真島は止めに行こうとした組員を制してそこに忍び寄り、喧嘩の様子を眺めた。


「おらぁーっ!でぇりゃあーっ!」
「ぐぅおぉっ・・・・!」

案の定、その喧嘩は呆気なく終わってしまった。
檜山如きが幾らいきり立ったところで、敵う相手ではないのだ。


「な、なにもんや・・・・お前・・・・!?」

見ているだけで己の身体にも衝撃が走る程の、相変わらずの圧倒的なパワーと攻撃のキレ。ほんの一瞬で終わってしまったとはいえ、しょうもないギャング崩れ相手の中途半端なバトルで欲求不満だった喧嘩師の血を滾らせるには十分だった。


「見とったで、桐生チャン!」

もう辛抱堪らず、真島は声を上げてそこへ踏み込んで行った。


「兄貴ぃ〜・・・・、桐生って、あの!?」
「そや。堂島の龍・・・、桐生一馬チャンや!!」

無様に尻もちをついてアホ面を晒している情けない負け犬に教えてやると、その男、桐生一馬は、今しがたの荒々しい喧嘩っぷりとは真逆の落ち着いた静かな物腰で、真島に向かって頭を下げた。


「お久しぶりです、真島の兄さん。」
「よせよせ・・・・・。お前、組立ち上げるって話やないかい。」

東城会直系堂島組舎弟頭補佐・桐生一馬。
この男が『堂島の龍』と呼ばれるようになって、もうどれ位になるだろうか。
『嶋野の狂犬』に勝るとも劣らないとてつもない強さを誇り、その名を極道社会に広く知れ渡らせておきながら、その底抜けにお人好しで野心の無い性格が災いしてか今一つうだつが上がらなかったのだが、いよいよ自分の組を持つらしいという噂を小耳に挟んだのは本当につい最近の事だった。
だというのに、桐生の態度は昔からちっとも変わらないまま、浮かれた様子のひとつも見せない。
もうすぐ組長やっちゅうのに、舎弟もオンナも引き連れずに、相変わらず一人でフラフラしよってからに、と心の中で小言を呟いた瞬間、真島は先日に頼まれた事を思い出した。


「そや・・・、ソコの店やったなぁ、お前の馴染がいるっちゅうのは。」

真島はビルの2Fにチラリと目を向けた。『セレナ』、知る人ぞ知る隠れた名店だ。
実は昔そこで桐生の義兄弟・錦山をボコボコに痛めつけて店の中を荒らし、ママに多大な迷惑を掛けてしまった前科があるから、気まずくてずっと敬遠しているが、良い店なのはあの時に一目見て感じていたし、実際、その後に聞いている評判も上々である。
男共があの店に惹かれるのは、店の女二人の顔形が綺麗だからというだけではない。
その女二人が多分、それぞれの胸にたった一人の男だけを棲まわせているからだ。
ひたむきな愛情は、どんなドレスやメイクよりも女を魅力的に見せるものだから。

組を持ったら、桐生はどうするだろうか?
それを機に、その女と一緒になるつもりにしていたりするだろうか?
まさしくそれを夢見ていた頃の自分をふと思い出すと、苦いような恥ずかしいような、何とも居た堪れない気持ちに駆られて、野次馬根性が引っ込んでいった。

もういい歳なのだから、そうすれば良い。
俺のように回り道をせず、そのまま素直に、惚れた女と幸せになれよ。


「エライエエ女らしいのぉ〜。皆言うとるでぇ・・・・、一度あんな女コマしてみたいってなあ〜!」

・・・なんてこっぱずかしい事は口が裂けても言えず、ついつい下品な軽口を叩いてアホみたいな自分を誤魔化すと、真島はまだ情けなくへたばっている檜山に目を向けた。


「それより・・・・、このアホゥ、どないしよか?」

人の恋路に口を出すより、真島には他にやるべき事があった。


「すんません!まさか桐生さんとは・・・」
「いや・・・、いいんだ。」

今頃自分のしでかした事を理解した檜山がアホなのは言うに及ばずだが、簡単に赦している桐生も大概だった。
『親の命令は絶対』、極道に生きる漢ならば当然知っている掟の一つだ。
それは、下の者は当然、上に立つ者も弁えていなければならない。
その『掟』が、元来無秩序なはみ出し者達をどうにかまとめ上げて一つの組織を構成する為の指針なのだから。
掟破りを優しく赦しているようでは、親としては落第だ。


「甘いなぁ〜桐生ちゃん・・・、アマアマや!」

今日びはあの例の法律が睨みを利かせているので、たとえつまらない小競り合いだったとしても、ひとたび警察沙汰になってしまったら大層面倒な事になる。最悪、シノギに影響して大損失を負いかねない。
だから、そのリスクの割に合わないしょうもない揉め事はくれぐれも起こすなと常日頃釘を刺しているのに、親のその命令をいとも容易く忘れるような阿呆の子には、罰を下さねばならない。それが『親』という立場に在る者の責務なのだ。


「ケジメはしっかりつけんと・・・なあ!!!」

真島は傘を振り被り、それを檜山に思いきり叩き付けた。


「まだまだいくでぇ!おら!おら!おらあ!」

愛の鞭、いや、愛の傘を何発か浴びせてから、真島はそれを握り直し、尖った先端部分を檜山の顔面に向けた。


「あぁ〜!」

それをそのまま振り下ろそうとした腕を掴んで止めたのは、桐生だった。


「何や?」
「・・・その辺で。」

ああもう本当に、この男は。
優しすぎるのか、それとも『親』になるという自覚がまだまるで無いのか。
どちらにせよ、呆れ果てるしかなかった。


「お前の為にやっとんのやろうがぁ〜。」
「もう十分ですから・・・・・」

真島としては、兄貴分として組長の心得を教示すると同時に、三次組織の組長という対等の立場で誠心誠意詫びを入れるつもりでやった事でもあったのだが、桐生はそれにもまるで気が付いていなさそうだった。
しかし、当の桐生がもう良いというのなら、それ以上しつこく『詫びの気持ち』を押し付ける訳にもいかなかった。


「ほぅ〜・・・・、ま、ええわ。お前も『子』持ったら、これくらい厳しくシツケせなあかんでぇ。」

真島はそう言い置いて踵を返すと、行くで、と組員達を促して歩き始めた。


「はい、覚えておきます。でも・・・・」
「・・・ああん?」

何やら聞き捨てならない感じのその一言に、真島は足を止めて振り返った。


「でも、何や?」
「俺は俺のやり方で、やらせてもらいます。」
「ほう・・・」

真島は再び桐生の方へと詰め寄って行った。


「どんなやり方でやるっちゅうんや?」
「俺はちゃんと筋が通ったやり方を貫きます。」

ほぼダンマリだったくせに、何で人が解放してやろうと思った時に限ってこんな要らん事を言うのかと、真島は心の底から呆れ返った。
いや、悪気が無いのは分かっている。こう見えて桐生チャンは天然なのだ。こんな程度の失言は、本気で腹を立てるような事じゃない。
ただ、傍からはわざとの挑発にしか聞こえないその天然失言を聞き流しては舎弟共に示しがつかないし、何より考えてみれば、これは桐生と喧嘩する絶好のきっかけだった。


「なんや、おどれは俺に喧嘩売っとんのか?ええやろ、いっちょやったろか!」
「いいえ。兄さんとここで喧嘩をする理由はありません。筋が通らねぇ。」

まっすぐな目で真っ当な事を言う桐生がもどかしくて堪らず、真島は桐生の頬を平手で1発叩いた。


「よっしゃ!これで俺と喧嘩する理由はできたなぁ。」

相手が先に手を出した、これ以上正当な理由は無い。
やむを得ずという状況ならば、流石に反撃してくるだろうと思ったのだが。


「俺が兄さんをムカつかせたんなら謝ります。」
「なんやと・・・・?」

桐生は反撃どころか、至極クソ真面目に謝った。


― なっ・・・、何を謝っとんねんこのド天然大王がーっ!

思わず心の中で激しくツッコむも、桐生は至って大真面目なままである。
心おきなく楽しい喧嘩が出来るように、人が折角お膳立てをしてやったのに、何でコイツはこんなに鈍いんだと思うとだんだん本気でイライラしてきて、真島は再び傘を強く握り締めた。


「おら!」

真島はさっき檜山にしたように、それを桐生にも叩きつけた。


「根性あんのやったら、殴り返してこんか!」

しかし、何度殴っても、桐生は黙って耐えるばかりだった。
傘の先端部分がこめかみを掠めて流血しても、あのゾクゾクするような闘志の欠片も見せてはくれなかった。


「・・・・これで・・・・、気は済みましたか?」
「ああん!?」

真島は傘を放り出し、腰に忍ばせていた鬼炎のドスを取り出した。
そして、抜いたその刃の切っ先を、桐生の顔に突き出した。


「・・・・その強がり、どこまで続くかのう?」

一歩退き、攻撃の構えを取っても、桐生は全く動じないままだった。


「でぇりゃああぁぁぁ!!」

眉一つ動かさず、瞬き一つもしない桐生の顔を目掛けて、真島はドスを思いきり突き出し、刺さる寸前のところでそれをピタリと止めた。
それでもまだ、桐生は些かの動揺も見せていない。
例えば、目玉の一つ抉り取られたとしても構わない、それよりも俺にとって大事なのは己の筋を通す事だと言わんばかりの、確固たる信念に満ちた表情をしていた。


「・・・・・アホくさ・・・・・」

真島はそうぼやいて、ドスを元通りにしまい込んだ。
興が削がれてしまったのは、ノッてくれない桐生のせいではなく、また昔の自分を思い出してしまったせいだった。


「筋通すなんぞ言うて、無理しとるだけやないか。やせ我慢っちゅうやつや。
世の中、筋の通らんことばっかりや。そんな意地張っとったら、身体がもたんで?」

桐生と自分の性分が似ている事は、昔から分かっていた。
大事なものに対する感覚や価値観が、嫌になるくらい良く似ているのだ。
だから、ついついお節介を焼かずにはいられなかった。

世の中には、どれだけ強く願っても叶わない事がある。
どれだけ心を尽くしても、通じない人間がいる。
報われず、踏み躙られてしまう想いがある。
また逆に、自分が誰かを裏切り、傷付けてしまう事もある。そんなつもりでないと幾ら言い訳をしても、分かって貰えるとは限らない。
自分の正義が誰かを苦悩させ、自分の幸せが誰かを不幸にする事だってある。
己の信念、筋を通すという事に重きを置いて生きていく事は潔いが、時に余計な苦しみや悲しみを生み出す事もあるのだ。

その苦しみや悲しみを散々味わい、巡り巡って、失ってしまったものを幸運にも取り戻す事が出来た今だからこそ、真島はそれを桐生に諭してやりたかった。
本気で愛している女がいるのなら尚更、自分の二の舞にならない事を願わずにはいられなかった。


「どう取ってもらっても構いません。ですが・・・、俺は自分の考えを変えるつもりはありません。」
「何があってもか・・・?」
「ええ。」

それでも桐生は、何処までも潔かった。


「・・・・フーン・・・・」

確かに、桐生には成功を掴んで幸せになって貰いたい。
その融通の利かないド固い頭をちょっと柔らかくしてくれれば、そうなる可能性がグッと上がると思うのだが、しかしそのド固い頭がこの男の良い所なのだと言えばそうである。
それに他ならぬ真島自身、うんと回り道をして自分で気が付くまで分からなかった事なのだ。傍がヤイヤイ言ったところで、どうなるものでもない。
ならば、お節介を焼くよりも桐生のやる事を見守っていくのが、正解と言えばそうかも知れなかった。


「わかったわ!ほな、お前のその覚悟、見届けさせてもらうで!四六時中ずーっとな!」

桐生のやる事ならばきっと、見ていて楽しいだろう。
不器用なやり方と凄まじいパワーで己の思う筋を貫き通しながら、『桐生組』を創り上げていくだろう。
ようやく昇り始めた『堂島の龍』との喧嘩は、きっと何物にも代え難い楽しみとなる。そう思うと、まるでガキみたいにワクワクと心が躍った。


「なに・・・・?」
「でももし筋が通っとったら、俺との喧嘩、買うてくれるか?」
「その時になってみないと・・・・」

桐生は戸惑いながらもそう答えた。
あまり調子の良い事を言わない、いや、性分的に言えない桐生のこの返事は、真島の耳には『OK』と聞こえた。


「よっしゃ!」

真島は手を打ち鳴らし、両腕を振り上げて喜んだ。


「ほな、どないしてお前をマジにしたるか、早速作戦会議せな!行くでお前ら!」
「「へい!」」
「ほなまたな、桐生チャン!楽しみにしとってや!あ〜、ワクワクするでぇ・・・・!」

そうと決まれば善は急げ。
真島はルンルンと飛び跳ねながら、舎弟共を引き連れて事務所に向かって行った。


「あ、兄貴ー!作戦会議って、まさか今からですか!?」
「あったり前田のクラッカーやろがい!」
「ええええ!?で、でももう夜遅いでっせ!?」
「そっ、そうッスよ!は、早く帰ってあげないと、若が寂しがってるでしょうし、姐さんだってきっと色々準備万端整えて、兄貴のお帰りを今かと今かと・・・!」

天下一通りのど真ん中で、真島はピタリと足を止めた。
クルリと後ろを振り返ると、舎弟共は『考え直してくれたか』とばかりに、各々ホッとした顔になった。
だが。


「アーーーホか!!!こういうのは勢いのある内にどんどん考えていかなあかんのんじゃ!!
それに、さっき持って帰らせた金の確認もあるやろがい!!
金の勘定と桐生ちゃんを本気にさせるええ計画が出来るまで、おどれら全員家帰らせへんからそのつもりでおれよ!!!」
「ええええーーー!!!!」
「そんなあーーー!!!!」

こいつらに心配されるまでもない。とっとと良いアイデアを出せば済む話なのだ。
まずは概案だけでも考えて、さっさと帰ってひと眠りして、起きたらそれを詰めていって。
うまくすれば、明日・明後日の内にも桐生と楽しい喧嘩が出来る。
この時の真島はそう信じて疑わず、只々ウキウキと心を弾ませていたのだった。
浮かれながら立てたその計画が、あっという間に予想もしない形で頓挫してしまう事になるとは、露程も思わずに。
















1995年10月1日 午後9時20分。
夕方から雷を伴って激しく降り出した雨は、勢いこそ少し弱まったものの、予報通りの本降りとなっていた。
こんな悪天候の夜でも、神室町はいつも通りにネオンの光で煌々と輝いているが、そこから少し離れたこの辺りはもう殆ど人通りも無く、既に皆眠りに就いたかのようにひっそりと暗く静まり返っている。
その中の、とあるマンションの201号室。『真島』と表札の掛かったその部屋が、真島一家の現在の住まいだった。
玄関も、トイレやバスルームやキッチンも、3つある部屋も、全て消灯している。が、唯一リビングだけはまだ灯りが点いていた。


「お前には今まで散々エエ思いさせたったんや。だったら分かるやろ?」

カーテンを閉めきり、TVも点けていない静かなリビングで、真島とは向かい合って対峙したままじっと睨み合っていた。


「今度はお前が俺にエエ思いをさせる番やで?」

真島は一歩前に踏み出してとの距離を詰め、の顎をクイ、と軽く持ち上げた。


「さあ、今日こそは俺のもんになって貰うで。」
「ごめんなさい、それは出来ません。実は私、好きな人がいるんです。」
「何言うとんねん。俺が一体今までなんぼお前に金使こてきたと思っとるんじゃ、おお?お前は俺のお陰で店のナンバー1になれたんとちゃうんか?」
「そんな・・・・」
「ほれ、ホテル行くぞ。大人しゅうついて来ぇへんっちゅうんなら、今この場で・・・・!」

真島は雄の欲望をその隻眼に滾らせながら、の腕を掴んだ。
そして、乱暴とも言える荒々しい動作で、すぐ側のソファにを無理やり押し倒した。


「きゃー。誰か助けてー。」
「カーーーット!」

そして、の悲鳴を聞いた途端、不満そうに叫んでガバッと身を起こした。
台本通りにちゃんと言ったのに。


「なんっじゃその棒読みは!もっと感情込めてやったれや!」
「おっきい声出したら猛起きて来るで?」

そう警告してやると、真島は慌てて口を噤んだ。
寝た子が起きるというのはいつでも困りものだが、今の真島にとっては尚更都合が悪い筈なのだ。
何しろ今は、彼が昨夜一晩かけて熱心に企画した桐生一馬向け喧嘩販売計画の第1弾、名付けて『助けて!桐生チャン!』のリハーサル中なのだから。


「こ、声のボリュームはともかく、感情はもっと込めれるやろが。嫌な客に無理やり迫られてんのに、無表情の棒読みで『助けてー』はないやろ。もうちょっとこう、『イヤ・・・!』とか『やめて・・・!』とか、アドリブで言うてみたりしてやなぁ。」
「無茶言わんといてぇやそんなア・・」

アホみたいな事、とつい言いそうになったのを、は寸でのところで呑み込んだ。


「・・・そんな難しい事、私よう出来へんもん。」

ある日、真島の兄さんに飲みに誘われ、出掛けた桐生チャン。
目的の店の側で、客と嬢らしき男女が何やらモメている。
やがて男(配役:真島)は嫌がる女を無理やり我がものにしようと力に訴え、女(配役:)は通りすがりの桐生チャンに必死で助けを求める。
困っている者を見過ごせない桐生チャンは女(=)を庇い、必然的に男(つまり真島)との喧嘩を開始する・・・・、というのがこの寸劇、『助けて!桐生チャン!』のシナリオである。
にはどう考えてもアホみたいなお遊びとしか思えないのだが、どうやら真島にとっては本気の一大プロジェクトのようだった。
寝不足でショボショボした目を、それでも楽しそうに輝かせてせっせと台本を書いていた真島の気持ちを慮ると、無下にこき下ろす事は何だか可哀想で出来ない。
が、そうかと言って、そんな迫真の演技を求められても困るのだ。
何しろこちとら、劇なんて小学校の学芸会でやったきりなのだから。


「別にアドリブとか入れんでも、折角考えたんやから、この台本通りでええんとちゃうの?」
「何言うとんねん、そういうちょっとした小技がクオリティを高めるんやがな。台詞をただ棒読みするだけの大雑把な芝居で、桐生ちゃんに不自然やと怪しまれたらあかんやろ?」
「それを言うたら、そもそもこの劇自体がもの凄い不自然やと思うねんけど。」
「だからそれを自然な感じに見せるように練習しとんねやがな。ほれ、もっかいいくで!」

追い立てられて、は渋々元の立ち位置に戻った。


「お前には今まで散々エエ思いさせたったんや。だったら分かるやろ?」
「・・・・・」
「今度はお前が俺にエエ思いをさせる番やで?」
「・・・・・」
「さあ、今日こそは俺のもんになって貰うで。」
「ごめんなさい、それは出来ません。実は私、好きな人がいるんです。」
「何言うとんねん、俺が一体今までなんぼお前に金使こてきたと思っとるんじゃ、おお?お前は俺のお陰で店のナンバー1になれたんとちゃうんか?」
「そんな・・・・」
「ほれ、ホテル行くぞ。大人しゅうついて来ぇへんっちゅうんなら、今この場で・・・・!」

は再びソファの上に押し倒された。
さっきもそうだったが、仕草は乱暴でも痛くはない。ソファに倒れ込む寸前に、真島が抱き抱えるように片腕で支えて、そっと横たえてくれるのだ。
そして反対側の手には、大事そうにしっかりと握られている台本。
すぐ真上から見下ろしてくる真島のいきいきと楽しそうな顔を見ていると、何だか擽ったくなってきた。


「・・・・・ふふふふふっ・・・・・」
「・・・・・何笑ろとんねん?」
「だって・・・・・。ホンマ何やの?このけったいなコント。ふふふふふっ。」
「コントちゃうわ。こっちは本気やねんぞ?」
「単に喧嘩売るだけの事に、わざわざこんな手間暇かけて、細かいとこまで拘って。」

はクスクスと小さく笑いながら、愛し合う時のように真島の首に腕を回した。


「ホンマ変人のAB型の考える事はよう分からんなぁ。ふふふっ。」
「うっさいわい。大雑把なO型にはそら分からんわ。」

真島も苦笑いになった。
拗ねたように少し尖らせている唇は、きっかけさえあれば降ってきそうに見えた。


「・・・なぁ、このリハーサル、まだやんの・・・・・?」
「・・・ちょっと休憩してもええで・・・・・」

真島が低い声でそう呟いた後、思った通りの事が起きた。
はそっと目を閉じ、演技ではなく本当に組み敷いてくる真島の身体とキスを受け止めた。
まだ冷静さを保てている内に耳を良く澄ませてみたが、聞こえてくるのは外の雨音だけで、猛が寝ている寝室の方からは何にも聞こえてこない。
これなら大丈夫だろうと安心し、真島のもたらしてくれる甘く優しい快楽に身も心も委ねようとしたその時。


プ・・・、プルルルル、プルルルル。


「・・・・ぁ・・・・・」

間の悪い事に、電話が鳴り出した。


「電話やわ・・・・・」
「あ・・・・・?」

プルルルル、プルルルル。


「なぁ、電話鳴ってる・・・・・」
「ほっとけ、すぐ切れるわ・・・・・」

真島はもうすっかりその気になっているようで、お構いなしにパジャマの裾から手を入れての肌を弄ってきた。


「んっ・・・、ちょっと・・・・・」

プルルルル、プルルルル。
電話は切れる事なく鳴り続けている。
このままでは猛が目を覚まして、どのみち続行不可能になりそうだった。


「あかんて、猛起きるって・・・・!」
「・・・・チッ・・・・!」

真島は渋々身を起こし、不機嫌丸出しの態度で、けたたましく鳴り響いている電話を取りに行った。


「もしもし!誰や!?・・・何じゃおどれかい!今何時や思とんじゃこのボケが!
・・・・・あ!?アホかボケ!緊急だの大至急だの言われる事なんかなんぼでもあんねん!いちいち真に受けて家にまで電話掛けてくんなや!」

電話を掛けてきたのは、どうやら真島組の組員のようだった。
真島の受け答えから考えると、事務所に掛かってきた電話の取次ぎらしい。
先方にとっては急ぎの用件みたいだが、この様子では、果たしてまともに対応する気があるかどうか。


「何の用が知らんが明日事務所で・・・、え?柏木さんから?」

そう思ったのも束の間、真島の様子が突然変わった。


「・・・・分かった、掛けてみる。風間組の事務所におるんやな?おう、ほなな。」

電話を切った真島は、もう不機嫌ではなく、いやに真剣な顔をしていた。
だが、どうしたのかと訊く暇もなく、真島はフイとリビングを出て行き、手帳を持って戻ってきて、すぐさま電話を掛け始めた。


「・・・・もしもし、真島や。柏木さんおるんやろ?取り次いでくれ。
・・・・ああ、柏木さんか?俺や。すまんな、今日は一日家におったもんでな。・・・ああ、いや、構へん。ほんで緊急の用って何やねん?」
「ぅぅぅ〜ん・・・・、おかあちゃぁ〜ん・・・・」
「ああ、猛・・・・・」

案の定、起きてしまった猛が、寝ぼけてスンスン言いながらヨタヨタと寝室から出て来た。完全に目が覚めてしまう前に、早くまた寝かさなければと考えたその瞬間。


「何やて!?」

真島が突然、大声を張り上げた。
張り詰めるような緊張感を帯びたその鋭い声に恐怖と不安を掻き立てられたのか、猛はビクリと震えた後、グズグズと泣き始めた。


「ホンマなんかそれは!?何かの間違いとちゃうんか!?ええ!?」
「エッ、エッ、ウエェェン・・・・!」
「ああ〜よしよし、大丈夫大丈夫。お母ちゃんとお布団行ってネンネしよ、な?」

気にはなるが、このままここにいても真島の電話の邪魔になるし、猛も怯えて目が冴えてしまう。
は猛を抱いて寝室へ行き、一緒に布団に入った。ピッタリくっついて、トン、トン、とゆっくり優しく猛の胸を叩いていると、少しして猛はまたウトウトし始めた。


「・・・猛は?」

猛が再びしっかり寝付くのを待っていると、真島がそっと寝室に入って来た。


「また寝たわ。まだウトウトしてる程度やけど。」
「そうか・・・・・」

猛を挟んで向こう側の布団に入った真島は、何処となく哀しげな眼差しで猛の寝顔を見つめ、怖がらせた詫びかのように頭をそっと撫でた。


「・・・・電話、何の用やったん?柏木さんって誰?」

は猛の胸を優しく叩きながら、小声でそう訊いた。


「風間組の若頭や。」
「ああ・・・・・」

風間組、いや、東城会内部のめぼしい組の事は、ある程度真島から聞いている。
だから、風間組が堂島組の傘下組織である事も、実質はその力関係が完全に逆転している事も、一応は知っていた。


「それで、その柏木さんが、あんたに緊急の用って?」
「・・・・今日の夕方、堂島の組長が殺されたそうや。」
「ええっ・・・・!?」

驚きのあまり、思わず声が少し大きくなったが、幸いにも猛は気付く事なく、スースーと小さな寝息を立てていた。


「神室町の劇場横の東堂ビル、そこにある事務所で、チャカで弾かれたそうや。」
「組が襲撃されたって事・・・・!?」
「いや、堂島組の事務所は別にある。東堂ビルんとこは事務所言うても、実質は組長個人の単なる遊び部屋らしい。」
「じゃあ、組長一人だけがピンポイントで狙われたん・・・・?」
「そもそもそういう事ではないみたいや。犯人ももう捕まっとる、現行犯でな。」
「誰なん・・・・!?」

真島は一瞬黙り込んだ。その様子は何だか答えるのを拒否しているように見えたが、それも少しの間の事で、やがて真島は厳しく引き結んでいたその唇を再び開いた。


「・・・・桐生・・・・一馬やと・・・・」
「・・・・ええ・・・・・!?」

真島が答えたのは、まるで予想もしていなかった人の名前だった。


「嘘やん・・・・・!それって、同姓同名の別人とかじゃなくて・・・・!?」
「違う・・・・。正真正銘、あの桐生ちゃんや・・・・。」
「あの人が・・・!?何でよ・・・!?だって桐生さんって、堂島組の人やんか・・・!役職かてあったやろ?確か舎弟頭補佐やって言うてたやんか・・・!」
「そうや・・・・・」
「じゃあ、自分の親分殺したって事・・・・!?」
「ああそうや。『親殺し』・・・・、極道にとって最も罪の重い掟破りをやらかした、外道になってもうたって事や・・・・」

桐生一馬という人の、何を知っている訳ではない。何年も前に少し話をした程度だ。
だがそれでも、彼が『外道』だとはとても思えなかった。
あんなにも愛情深くて心根の優しそうな人が、いや何より、真島がずっと前から心底認めて好意を寄せている漢が、人としても極道としても道を踏み外すような蛮行に及んだなんて。
もしも彼が堂島組長に対して何らかの恨みを抱いていたのだとしても、それでもにわかには信じ難かった。


「何でなん・・・・!?一体何があってそうなったん・・・・!?」
「まだ何にも分からん。桐生ちゃんは警察で取り調べ受けてる最中やし、堂島組長の遺体もまだ戻ってへん。ついさっき、堂島の姐さんと風間のカシラが身元確認して事情聴取受けて帰って来たとこらしくて、検死も明日になるそうや。」
「そう・・・・、じゃあ葬儀の手配なんかも、全部その後・・・・?」
「ああ。何もかも全部、遺体が戻ってきてからやろな。」
「何か組の方でせなあかん事、色々あるんとちゃうの?」
「いや、葬儀の手配から何から、全部風間組が中心になってやるみたいや。
嶋野組は、元は傘下言うても直系になってもう大分経つし、親父には身内として自分が動かなあかんっちゅう考えは無いやろ。」
「そう言えば、嶋野の親分さんはこの事・・・・」
「親父は今、大阪へ行ってる。今さっき一応連絡取って伝えてはみたが、通夜までには帰るわー言うとっただけやった。」
「・・・・何やえらい、他人事みたいやな・・・・?」

思った事をそのままポツリと呟くと、真島は何か思うところのあるような表情になった。


「・・・・親父はもう随分前から、堂島組長の事なんぞ屁とも思っとらんかった。
いや、親父だけやない。他の直系組長から身内のモンに至るまで皆、内心ではあの組長の事を見下して、厄介モン扱いしとった。
あのオッサンが力持っとったんは昔の事で、今はもう見る影もないぐらい、惨めったらしゅう落ちぶれ果てとったわ。そや・・・・、まるでこれと一緒や。」

真島は枕元に置いてあった猛の絵本を手に取った。
金ピカの王冠と下着のパンツだけを身に着けてふんぞり返っている滑稽なオジサンの絵が表紙になっているその絵本は、『裸の王様』だった。


「・・・・寝る。もう電気消すで。」
「うん・・・・」

真島が枕元のランプのスイッチを切ると、寝室の中は真っ暗になった。
確かに今日は寝不足だが、本当に寝るのだろうか、眠れるのだろうか?
昨夜天下一通りで桐生にバッタリ会って、喧嘩を買って貰う約束をしたんやと、あんなに嬉しそうにしていたのに。
明日・明後日にも早速仕掛けてごっつい喧嘩をするんやと、あんなにウキウキと準備していたのに。
まるでお遊びのような馬鹿馬鹿しい計画だが、あんなに一生懸命考えて、本気で楽しみにしていたのに。
桐生もまたどうして『親殺し』などしてしまったのだろうか?
堂島組長との間に一体何があったというのだろうか?
この間見掛けた綺麗な女性、あんな人がいるのに何故?
頭の中を否が応にも駆け巡る様々な疑問と、再び強まってきた雨音に、の目は冴えていく一方だった。




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後書き

はい、やっぱり長くなりました。
終わる終わる詐欺みたいになってしまってすみません<(_ _)>
でもやっぱり兄さん初登場のシーン!ここはゴリゴリ書きたくて。
何たって真島吾朗★爆誕!!のシーンですからね!
で、この記念すべき初登場シーンをゴリゴリ書いていたら、それに釣られてやっぱり他もゴリゴリ書きたくなり、この回では収まらなくなった、と(笑)。
でも流石に次で本当に終わりですので!次回、ゴリゴリの最終回となっておりますので!(←言えば言う程詐欺っぽい 笑)


ところで私ね、絵はからっきしなんですけど、もしも絵が描けたなら、初登場時の兄さんでポスターを描いてみたいんです。
あの初登場時の時の『デッデン!』の顔を忠実に模写して、『東城会直系 嶋野組内 真島組組長 真島吾朗』の所に『薬物 ダメ ゼッタイ』のキャッチフレーズを大きく入れて(笑)。
何かどっか、神室町とか蒼天堀とかの色んな壁や電柱に貼ったら抑止効果出ませんかね(笑)!?