夢の貌 ― ゆめのかたち ― 10




12月になると同時に、真島は予定通りジャマイカに飛んだ。
カリブ海に浮かぶ小さな島国であるこの国は、年中暑く、世界でも有名なビーチリゾート地である。
なるほど確かに、その評判通りにカリブの海は美しかった。
しかし真島にとっては、エメラルドグリーンに透き通る海も、独特の緩いレゲエのビートも、褐色の肌をしたグラマラスな水着の美女も、さして興味を惹くものではなかった。
いや、これがプライベートでの旅行なら、それなりに楽しんだのだろう。
だが、飛行機が飛ぶ前から早く帰りたいと思いつつ仕事で来ている今、遊ぼうという気は全く起きなかった。
もしこれが他人の話なら、折角なのだから少し位は楽しまないと勿体無いぞと確実に言っているところなのだが、自分がそうしようという気には全くならなかった。
そんな暇があるのなら、少しでも早く仕事を片付けて、さっさと帰りたい。帰って、すぐにでものいる大阪に飛んで行きたい。真島の頭の中を占めているのは、只々その事ばかりだった。
我儘も不平不満も、意外と何も言わないが、いつになくいじらしく、会いに来て欲しいとねだったのだ。男として悪い気はしないし、やっぱり何かあったのではないかという心配も拭いきれない。
だから、一刻も早く日本に帰ってに会いに行きたいのだが。


「・・・・何っちゅーとんねん、あいつら?」
「さ、さあ・・・・」
「やっぱり、こっちの提示額が気に食わねぇみたいですね・・・・・」

そうは問屋が卸さないようだった。
コーヒーの契約は順調に進んでいるのだが、それとは別の案件、嶋野の代理として交渉を引き受けた武器売買のシノギが難航していたのである。
こちらも全員極道だが、相手も勿論、堅気ではない。
何度か平和的に交渉を続けているが、結局は金の事で折り合いがつかないまま、ずっと平行線を辿っているのだ。
こちらも宥めたりすかしたり、色々と作戦を練ってみてはいるが、向こうもそのつもりらしく、昨夜はとうとうホテルの真島の部屋に、相手方の差し向けた女がやって来た始末だった。
そんな得体の知れない女一人で、こちらが簡単に懐柔されるとでも思っているのだろうかと真島もイライラしていたが、折角差し出してやった女をにべもなく追い返された向こうもご機嫌斜めのようで、今日の談合は今まで以上にピリピリとしたムードだった。


「ちゅーか、あいつら何語喋っとんねん。あれ絶対英語だけとちゃうやろ。ちょいちょいワケ分からん言葉挟まっとんで。」
「そうッスね・・・・・」
「多分、現地語じゃないスかね・・・・」
「アホかこっちは東京弁と大阪弁しか分からんちゅーねん。通訳もつけんと当然みたいな顔して一方的に喋りよってからに。
我んとこの言葉が世界中の人間に通じる思たら大間違いなんじゃアホボケカス。そもそもそっからして気に入らんねん、傲慢にも程があるやろ。交渉成立させる気ィあんねやったら東京弁か大阪弁で喋らんかいドアホが。」
「ま、まぁ、途中まではごもっともなんスけど・・・・・」
「で、でも、向こうが大阪弁喋れるとも思えないんスけど・・・・」

ぶっとい葉巻をこれみよがしに吹かしながら、こちらをチラチラ見つつ、コソコソと内緒話をしている黒い肌のジャマイカンマフィア達を見ていると、イライラがだんだん、だんだん、膨らんでいく。


「・・・・あー、あかんわ。むっちゃイライラしてきた。もうええか?もうええな?もうええやろ。」
「え!?え、ええかって、何がッスか・・・・・?」
「もうこれ以上同じ話続けとってもしゃーないやろ。喧嘩で決めたらええやんけ。どつき合いして勝った方が勝ちや。それがいっちゃん簡単でええやろが。」
「いやそれはちょっと・・・・・!」
「だ、大体そんな事一方的にうちだけで決めても、向こうに伝わってないッスから・・・・!」

天下の東城会の中でも一・二を争う武闘派組織である嶋野組の組員ともあろう奴らが、揃いも揃って怯んだ顔で止めようとしてくるのにも、また一層苛立ちを掻き立てられる。
身内ではあるがまずはこいつ等から血祭に上げてやるかと思ったその瞬間、向こう方でも内輪揉めが勃発した。
組織のNo.2か3と思しき男がボスに盾突き、興奮したように何かを喚いて、真島の方を指さして叫んだのだ。『Fxxk’n Yellow Monkey』と。
そのあからさまな侮辱の言葉を聞き取った瞬間、真島は愉悦の笑みを浮かべた。


「・・・・・聞いたでぇ?おどれ今確かに俺に向かって言うたよなぁ?『ファッキン・イエロー・モンキー』て。」

真島は椅子から立ち上がり、その男を指さしてそう訊いた。
いや、訊いたのではない。これは宣戦布告だった。


「I’asd%&E$usdj・・・・!!!」

相手は完全に興奮していて、益々大きな声を張り上げて何事かを喚いた。
シャツを乱暴に脱ぎ捨て、ビッシリとタトゥーの入った筋肉ダルマのような上半身を露わにしてこちらに向かって来るという事は、あちらもその気だというサインだった。


「・・・・イィッヒヒヒッ、よっしゃこれで理由が出来たで。先に吹っ掛けてきたんは向こうや。」
「あ、兄貴・・・・・!?」
「まさかあの連中と戦るんスか・・・・・!?」
「当たり前田のクラッカーじゃあーーーッッ!!!」

真島は狂喜し、自分も服を脱ぎ捨てて上半身を露わにした。
彫り物のクオリティも喧嘩の強さも、あんな筋肉ダルマなんぞに負ける気はしていなかった。


「日本の極道ナメくさっとったらあかんぞゴルァァァーーーッッ!!!」

真島は狂喜し、乱舞するようにして、黒光りする屈強そうなジャマイカンマフィアの軍団に躍りかかっていった。
遅々として進まなかった話が、これでやっと進むのだ。
奴らの後ろに笑って手招きするが見えた今、真島のヒートゲージは無限だった。


















真島が遠い異国へ旅立ってから1週間が経った。
真島からの連絡は無いが、便りが無いのは無事な証拠と考えるようにして、は自分の日常を淡々と送っていた。
そんなある夜、の店『クラブ パニエ』に、一人の客が遠方から突然訪れて来た。


「これは嶋野の親分さん!いらっしゃいませ。ご無沙汰しております。」
「おう、久しぶりやな。」

嶋野の来店は本当に突然の事で、事前に電話も無ければ、真島から聞かされてもいなかった。
7月に来た時と同じく今日も一人だが、偶々近くに来ていてふと立ち寄ってみただけなのか、それとも、何かしらの目的があってわざわざ来たのだろうか?
何にせよ、ともかくは上客としてもてなさなければいけない。は何とか平静を装い、嶋野をVIP席へと案内した。
恐らくそうなるのではないかと予感していたが、嶋野はやはり今回も一人を指名した。


「随分無沙汰をしといてから、いきなり来てすまんかったなぁ。」
「そんなとんでもない。うちはいつでも大歓迎ですので、親分さんのご都合の良い時にいつでもお越し頂ければ。」

嶋野は微かに笑って1杯目のワインを早々と空け、煙草を咥えた。
はその先端にライターの火を差し出しながら、否応なしに高まっていく緊張感をじっと抑え込んだ。


「真島がジャマイカ行っとんのは知ってるやろ?」
「ええ。」
「連絡はあるんか?」
「いえ。」
「何や、電話の1本も寄越さんのか。愛想の無いやっちゃのう。」
「時差がありますし、うちも商売してますから、なかなか都合を合わすのが難しいんやと思います。でも、遅くても年内中には帰って来ると言ってましたから。」

が酌をしながらそう答えると、嶋野は喉に籠るような低い笑い声を洩らした。


「アイツはなぁ、必死なんや。我の組持とうと、必死のパッチになっとる。」
「そうみたいですね。」
「アンタは?どない思てんねん?」
「私・・・ですか・・・・?」

は動揺を抑えて、平然と微笑んでみせた。


「・・・私は、前にも言いましたように、あの人のする事に口は出せませんから。」
「そういやそないな事言うとったのう。アンタあん時、儂の事を意外やっちゅう風に言うとったけど、アンタも今時の若い女にしては意外に古風なんやなぁ。」

嶋野はグラスを傾けつつそう言って笑うと、不意に探るような眼差しをに向けた。


「儂がこの関西で最近新しく会社を設立した事、聞いとるやろ?アンタんとこと同業の、水商売のチェーン店を経営する会社や。」

は一瞬考えてから、微笑んで頷いた。
通じるかどうか分からない嘘を吐くよりも、当り障りなく流しておく方が良い気がしたのだ。


「・・・ええ、聞きました。この度は誠におめでとうございます。」

だが嶋野は、当り障りのないその社交辞令に返事をしなかった。


「儂は真島をその会社の副社長にする気ィやった。社長はあくまで儂やが、実質的な最高責任者としてアイツをこっちに来させて、その会社の経営に専念させる気ィでおったんや。
前にも言うた通り、アイツには堅気の商才がある。そっちの商売する方が、今時時代遅れな切った張ったの任侠稼業なんぞより、よっぽど危険が少なく、大きい金を稼ぎ出す事が出来る。
それに、そうなればアンタとも晴れて一緒になれる。誰から見ても、どっからどう見ても、それがいっちゃんええ道や。そやろ?
それやのに、アイツはその話を蹴りよった。ほんで未だに自分の組自分の組言うとおる。困ったもんやでホンマに。親の心子知らずとはこの事やで。」

やはり、何の目的も無くブラリと飲みに来たのではないのだ。
前よりももっと核心に迫ったような事を話す嶋野に対して、は心の中でしっかりとガードを固めた。
何を言われても動じないように、万が一にも真島にとって不都合な事を言ってしまわないように。


「・・・・・それで、私にどうしろと?」
「いや、どうもこうも、もう遅いわ。アイツが就く筈やったポストには、もう他の奴を立ててしもた。こっちも商売や、いつまでも悠長には待ってられへんかったさかいな。
せやけど、儂個人としての考えは今も変わっとらん。儂はやっぱり、真島にはええ人生を送らせてやりたいんや。
成功を掴んで、心底惚れ合うとる女と一緒になって。組の旗揚げなんぞより、どない考えてもその方がアイツにとって幸せやろ、ちゃうか?」

嶋野はおもむろにワインのボトルを取り上げ、のグラスに酌をした。
煙草は禁煙の一言で誤魔化しが利くが、売り物の酒に関してはそう簡単な話ではない。相手が嶋野となれば尚更、無下に断る事は出来ない。
は礼を言ってグラスを取り上げ、濃厚な葡萄の香りがするその深紅の酒を、ほんの少量だけ喉に流し込んだ。


「・・・・もう遅いとは言うたけど、今ならまだ、何とかしてやりようがある。」
「・・・・え・・・・・?」
「会社はまだ設立直後で、何かとバタついとる。今ならまだ、ドサクサに紛れて副社長の椅子を空けてやれる。
但し、今の内だけや。後になって気ィ変わったて言うてきても、そん時にはもっと下のポジションしかない。下手したら、それすら無いかも知らん。
アンタも人雇う立場やねんから分かるやろ?なんぼでも際限無しに人増やす訳にはいかんっちゅう事は。」
「それは・・・・」
「真島の気ィ変えるなら、今の内やで。」

嶋野は遂に核心に触れると同時に、置いたばかりののグラスにまたワインを注ぎ足した。
元々の量より明らかに増えてしまったそれを前に、は束の間躊躇った。
本心では飲みたくないのだが、しかしそれを飲むところを見届けようとでもするかのようにじっと見つめられていては、やはり無視など出来なかった。
は微笑みを顔に貼り付けたまま再び礼を言い、グラスを傾けた。飲み込む量をさっきよりももっと少なくしておくのが、せめてもの精一杯の抵抗だった。


「・・・・アンタもホンマはその方がええんやろ?ええ?」

がグラスを置くと、嶋野は唇の片側を吊り上げた。
その笑みに強い不安を感じてしまうのは、この人に隠し事をしようとしているからだろうか?
どうかバレないようにと願いながら、は凍りついてしまいそうな微笑みを必死で保ち続けた。


「・・・・私は・・・・・」

何にも分かりません。
一言だけそう答えようと口を開きかけたその瞬間、嶋野がまたワインのボトルを取り上げ、のグラスに注ぎ始めた。


「儂が知っとる限り、夜の女が客に酒振舞われて、飲んでるふりして唇だけ濡らしとる時はな。」

トクトクと小さな音を立てて、紅い液体がグラスに注がれていく。
トクトク、トクトク、満ちていく。
息を殺してその様を見つめていると、それはやがてグラスの縁いっぱいにまで溜まった。
嶋野はそこでようやくボトルを置いて、にニヤリと笑いかけた。
の心の内も、それより更に深い処で密かに息づいている小さな秘密も、何もかもを見通していると言わんばかりのその不穏な笑みは、にとってはまるで喉元に突き付けられた刃の如くだった。


「・・・・大抵、腹にやや子がおる。」

追い詰められ、逃げ場を失ったに、もはや言い逃れする事は出来なかった。


「真島は知っとんのかいな?」
「・・・・・いえ・・・・・・」

は押し殺した声で答えると、他の客や従業員達には気付かれないようにして嶋野に縋った。


「親分さんお願いです、あの人にはまだ言わんといて下さい。あの人には私の口から言いたいんです、そやから・・」
「分かっとるがな。幾ら親やからて、そないな野暮はせんわ。」

嶋野は事も無げに笑って、懇願するの言葉尻を遮り、アクアマリンの指輪が嵌ったの右手に自分の大きな手を重ねて優しく撫でた。


「・・・そない警戒せんかてええ。儂は、アンタの味方や。前にも言うた通り、儂はアンタにも幸せになって欲しいんや。」

そして、子供を宥めて優しく言い包めるかのような口調でそう言ってから、手を放した。


「アイツが自分の組を持つ事に拘っとる理由、アンタ知っとるか?」
「・・・・あの人の、兄弟分の・・・・、冴島さんの為、ですよね・・・・?」
「そうや。冴島大河、真島のたった一人の兄弟分や。東城会の笹井組っちゅうとこの若衆やった男や。」
「その人は・・・・、敵対組織の極道を18人も殺して、死刑宣告を受けたって聞いています・・・・。」
「そう、その通りや。」

その話を聞かされた時のショックを、は今、密かに思い出していた。


「・・・・あの人のやってる事は全部、その冴島さんって人への償いの為やていうのは分かっていました。
あの人は東城会の中でのし上がって、いつか冴島さんの為の手柄首になるつもりやて、いつか何もかもを冴島さんに差し出すつもりやて・・・・」

真島との恋にのぼせ上がっていたにそれを教えてくれた残酷な人の事を、思い出していた。


「そやけど、ホンマにそんな事が出来るんですか・・・・?もう二度と出て来る事のない死刑囚やのに・・・・」

あの人は、そんな事は金輪際ないと言っていた。
あの時はその大事件に只々愕然とし、それまで考えてもみなかった真島の本心、本当の望みに気付かされて打ちのめされただけだったが、時が経った今、もあの時のあの人と、佐川と、同じ考えになっていた。
死刑囚が外に出られるのは唯一、刑が執行された時だけだ。
生きて娑婆に舞い戻り、手柄首を取って、極道世界の高みに君臨するなどという事は、昔佐川が言っていた通りに不可能だとしか思えない。
しかし真島は今も、ただがむしゃらに極道としてのし上がっていこうとしている。
何も言わないのは、きっとその目的が変わっていないからだと考えて、も敢えて何も訊かないままにしてきていた。
たとえその望みが叶う事はなかろうと、それが真島の生きる支えとなるのなら、たった一人の兄弟分を裏切ったという罪の意識に苛まれている心の痛みが少しでも紛れるのなら、それで良いとずっと思っていた。
だがその思いは今、の心の片隅で次第に脈を打ち、不安定に揺れ始めていた。


「極道の生きる場所は、アンタも知っての通り、裏の社会や。表の社会を生きとる連中は、裏社会に生きる儂らのような極道者を、自分の目には触れへんドブの中を走り回るネズミ位に思とおる。
せやけど、表と裏は一体や。綺麗事ばっかり抜かしとる表の連中も、一皮剥けばドブネズミと変わらん、汚い裏の顔がある。水面下では何かとこっちの力を求めよる。
その代わり、こっちもそれなりに融通を利いて貰う。例えば、死のうが生きようがだぁ〜れも気にせぇへんようなしょうもないチンピラ一人、適当に死んだ事にでもして、死刑執行の前にこっそりシャバへ出して貰う・・・・、なんちゅう事もな。
まぁ尤も、そんな一銭の得にもならんような事をどえらい見返り払ろてまでわざわざやる奴が、ホンマにおるかどうかは分からんけどもな。」

嶋野は溢れんばかりになっているのグラスを取り上げ、まるで水でも飲むようにゴクゴクと飲み干してから、溜息ついでに呆れたような苦笑いを零した。


「・・・真島はな、情に脆すぎんのが玉にきずや。アイツは勘違いしとんねん。」
「勘違い・・・・?」

佐川も知らなかった、真島も語らなかったその事件の詳細を、知りたいという気持ちがどうしても抑えられなかった。


「・・・・親分さん、その事件の事、詳しく教えて貰えませんか・・・・?
あの人は、土壇場で自分だけ足止めされて、あの左目もその時に失ったんですよね?何でそんな事になったんですか?何もかも全部知りたいんです、お願いします、教えて下さい・・・・・!」

が声を潜めて懇願すると、嶋野はまた新しい煙草を咥えた。
そして、がその先端に火を灯すのを待ってから、紫煙を吐き出しつつ話し始めた。


「・・・・そもそもの話、その敵対組織、上野誠和会のカシラを襲撃する計画は、元々はうちの親元の組、堂島組がシマ拡大の為に考えとった事やった。それを笹井んとこへ回したんや。
笹井組にとっては、それは直系に昇格するチャンスやった。それで、ムショから出て来たばっかりの上野誠和会のカシラ、上野吉春が立ち寄る事になっとるっちゅうラーメン屋で、奴を襲撃する計画を立てた。
その鉄砲玉に冴島がなると決まって、真島は自分も何が何でも加勢する言うて聞かんかった。冴島はたった一人の兄弟なんや言うてな。
その計画は元々堂島組のもんやったし、うちも当時はまだ堂島組の傘下組織やったから、筋は一応通っとる。そやから、アイツがそこまで言うんやったらと、儂も堂島組長も一度は認めた。
そやけど、その計画が進むにつれて、だんだんきな臭うなってきたんや。」
「ど・・・、どういう事ですか・・・・・?」

嶋野は面倒がりもせず、饒舌に語り聞かせてくれた。
勿論、彼が本当の事を話しているという保証は無い。だがそれでも、はその話に聞き入らずにはいられなかった。


「どうも笹井が東城会を裏切って、同じく上野側の裏切り者と手を組んで仕組んだ策略やっちゅう可能性が高うなってきたんや。
そやから堂島組長は、土壇場で真島だけに待ったをかけた。儂もそれに従うた。
そら何も知らん冴島は気の毒やったが、それはもうしゃあない事や。その親父と盃を交わした、あの男の運命みたいなもんや。
それに、もしもそれが策略やのうてホンマにちゃんとした計画で、うまい事いったら、笹井組は直系に昇格し、笹井も冴島も極道として名を上げ出世する。そやから冴島の事は、儂や堂島組長には止めようがなかったんや。」

真島がずっと己の罪として背負ってきた『裏切り』は、やはり裏切りではなかった、彼の罪ではなかった。
それを確信した瞬間、今までそれが真島の意志・真島の生き様なのだと納得してきた筈の事が根底から覆ったような気がして、は愕然とした。


「それをアイツは、冴島に仁義通す為だけに振り切って行こうとしよった。
止めに行かせた柴田組っちゅうとこの連中相手に大暴れしよって、あの目はそん時にやられたんや。向こうの若い衆に、ドスで目ン玉抉り取られよった。おまけに、上の意向に逆ろうた事で、それ相応の罰も受ける破目になった。
そんな目に遭うておきながら、あのアホはそれでもまだ、兄弟を裏切ったていつまでもウジウジ気に病んどおる。どないな裏があったか知らんが、裏切りは裏切りや言うてな。
何が裏切りやねん。アイツは何も間違うた事なんかしとらんがな。そやろ?
極道は親の命令が絶対、それが極道の掟や。真島はそれに従うしかなかっただけや。
兄弟への仁義を貫きたいという真島の気持ちはそら分かるで。分かるけど、それを言うなら、儂も親としてアイツを守ってやりたかった。
盃交わした子分らを守ってやるんが、親としての仁義や。そやから儂は真島を止めるしかなかったんや。」

嶋野の話は、不安定に揺れているの心の中に、怖い位に染み込んできた。
けれども一方で、この人の甘言を決して鵜呑みにしてはいけないという自制心も働いていた。
兄弟への仁義と言うが、この人は自分の兄弟分だった佐川を保身の為に裏切って、死に追いやったのだ。
親として真島を守ってやりたかったと言うが、その時命令に背こうとした真島を1年間も何処かに閉じ込め、あんなにボロボロの状態になるまで酷い制裁を加えたのだ。
幾らそれが極道の掟だとは言え、下手をすれば死んでいたっておかしくなかったあの時の真島を思い出すと、嶋野の言葉を額面通りに受け取る訳にはいかなかった。
それに、たとえ誰が何と言おうと、真島の考えは恐らく変わらない。
真島にとってはきっとその『償い』が、たった一つの道標なのだろうから。


「・・・・でも、あの人は・・」
「償いて、何を償うんや?そんな勘違いの為に、何でアイツが何もかんも差し出さなあかんねん?アンタもそない思わんか?
今こんだけ必死になって積み上げとるもんを、アイツはそのうち命ごと全部まとめて放ってまう気ィやけど、アンタはホンマにそれを黙って見てれんのか?」
「っ・・・・・!」

だが、嶋野の言葉は、動揺しているの心を一層激しく揺さぶった。


「・・・・そうや、そんな事出来んで当然や、アンタの立場ならな。」

ただ側にいられるだけで良かった。
真島がどのように生きていこうと、ただ側にいられればそれで良いと思っていたのだ。


「冴島は極道や。全部承知の上で覚悟決めてやった事や。裏切りだの償いだの、言う筋合いは無い。
そやけどアンタは違う。アンタは女や。アンタは大事な花の女盛りを長い事アイツに捧げて、ひたすら尽くして、やや子まで出来たんや。
女は黙って惚れた男について行くもんや、なんちゅうのは男のエゴや。それを言うなら、男はそないしてついて来てくれる女を、何としても幸せにせなあかん。そやろ?」

真島を失ってしまった時のあの痛い程の悲しみを思えば、再び巡り逢えただけでも奇跡だった。
断ち切れてしまった筈の縁がもう一度結ばれて、誰に支配される事もなく、お互いの心のままに愛し合えるようになっただけでも、十分すぎる位に幸せだった。
結婚に夢や憧れが無いと言えば嘘になるが、それは『幸せ』というものの一つの形に過ぎない、大切なのは二人の気持ちだと、ずっと思ってきた。
お互いかけがえのない存在として愛し合って生きていけるのなら、それ以上の欲を張って無理に『形』に拘る必要は無い、と。


「冴島は全部覚悟の上で、死刑宣告を受け入れた。
笹井組も責任を取る形で解散になって、組のモンも散り散りバラバラ、組長の笹井も引退して、もう何処行ったか分からん。
その件はもう全部終わったんや。一人だけいつまでも引き摺って人生台無しにしてどないなるっちゅうねん?そやろ?
アイツが考えやなあかんのは、筋違いの『償い』なんかやのうて、アンタと、これから生まれてくるやや子の事や。
それをアイツに分からせたれんのは、アンタしかおらん。アイツの勘違いを正してやれんのは、はん、アンタだけなんや。」
「・・・・私は・・・・」
「こっちへ移ってきたら、アイツは堅気のちゃんとした会社の『副社長』や。子供に恥じひん立派な肩書やろ。
当然、待遇もそれ相応や。年収は最低5千万は保障するし、経営が軌道に乗ってきたら7千万8千万、いや、億かて望める。
系列店全体の管理運営が仕事やさかい、蒼天堀におった頃みたいに、毎晩店出て馬車馬みたいに現場仕事をする事は無い。毎日家族揃って晩飯食えるし、休みを取って子供をどっかへ遊びに連れてってやる事かていつでも出来る。
アンタのこの店も、うちの系列に加われば、うちが出資してアイツに経営を任せる。実際のやり方や何かは今のまんまで構へんし、アンタもママとしてこの店に残り続けたって勿論構へん。
どっちにしろ、アンタは大事なこの店を手放さんでも済むっちゅうこっちゃ。大事な商売も、女としての幸せも、全部手に入れられるっちゅうこっちゃ。」

そう思っていた筈なのに、今、こんなにも心が揺れている。
返事が出来ずに押し黙っていると、嶋野はまた前回のように懐から札束を2つ3つ取り出してテーブルの上に無造作に置き、おもむろに立ち上がった。


「ほな、そろそろ行くわ。」
「あ・・・・、ありがとうございました・・・・・」

は何とか礼を言い、嶋野を見送る為に後をついて行った。
しかし、ドアを開け、外まで一緒に出ようとしたを、嶋野はやんわりと制した。


「ああ、ここでええわ。今夜はえらい寒いよってな。」

嶋野は薄く笑ってそう言うと、一瞬チラリとのお腹の辺りに視線を向けた。


「・・・・身体、大事にせぇや。」

嶋野はにしか聞こえない程度の声でそう言い置いて、悠々とした足取りで出て行った。
ドアが閉まっても、はまだそこから動く事が出来なかった。
嶋野の話が頭の中をグルグルと駆け巡っているその一方で、昔佐川に言われた言葉も蘇っていた。


― お前に俺の何が分かるって話だろ?知った顔してこれまでの俺の生き様を否定する権利が、お前にあんのかって話だろ?


真島を本当に堅気にしたいと望んだに、あの時あの人はそう言った。
あれが本心からの言葉だったのか、それとも単に真島もも自分の意のままに動かそうとしていただけの事なのか、今となっては確かめる術は無い。
しかし、あの時の心に深く突き刺さったその言葉は、今もまだ抜けてはいなかった。


― じゃあ私はどうしたら良いんですか、佐川さん・・・・

はお腹に手をやりながら、決して抜けないその言葉を、痛みと共にじっと噛み締めた。
















世間のクリスマスムードが最高潮にまで高まったクリスマス・イブ。
この日から仕事納めまでの数日間は、年末年始の繁忙期のピークとも言える時期だった。
今日から2日間続くクリスマス・パーティーに、その後も毎日続々と入る忘年会で、毎日開店から閉店まで大忙しになるのである。
従って、いつもは夕方から入るボーイ達も昼から出勤して開店準備に取り掛かり、女の子達も都合のつく娘が何人か、早くから来て店内の飾り付けなどを手伝ってくれていた。
真島から大量の荷物が届いたのは、そんな最中の事だった。


「うわぁー!何これ、お酒!?」
「ラム酒や!しかもこれめっちゃええやつやで!」
「こっちの箱はビールやで!見た事ないやつやわ、珍しい〜!」
「こっちはコーヒー豆が入ってるわ!えーと、ブルーマウンテン・・・やて!」

幾つもの大きな箱にギッシリと詰められている酒とコーヒー豆を見て、皆が歓声を上げたその時、突然表のドアが開いた。


「おう、皆おはようさん!」
「支配人!」
「おはようございますー!」

予定外の出勤に驚きながらも、従業員達は嬉しそうに真島の周りに集まっていった。


「お久しぶりですー!仕事でジャマイカ行ってはるって聞いてましたけど!?」
「いつ帰って来たんですかぁ!?」
「昨日や!ほんで最低限だけ片付けて、新幹線飛び乗って来たんや!
こないだの5周年記念パーティーはドタキャンして悪かったのう!その穴埋めに、今日から仕事納めまでは毎日店出るからな!」
「ホンマですか!助かりますー!」
「あ!このお酒とコーヒーもありがとうございますー!」
「おお、何やもう届いとったんかいな!」
「ええ、たった今!」

賑やかなその輪を、は一歩離れた所から見ていた。
すると、真島はふとその視線をに向けて、口元をほんの少しだけ微笑ませた。
も同じようにしてそれに応えると、真島は会話を適当に切り上げて皆を解散させ、の方にやって来た。
目配せで事務室へ誘われてついて行くと、二人きりになった途端、真島はさっきよりもはっきりとした優しい微笑みを浮かべた。
だからもまた同じように、真島の顔を見上げて微笑んだ。


「お帰り。」
「おう、ただいま。」
「ビックリしたわ。まさかこんな早よ来るとは思ってへんかったから。」

真島から無事に帰国したという電話があったのは、昨日の昼だった。
その時真島は、済ませておかなければいけない用事を済ませたらすぐにそっちへ行くと言っただけで、具体的な日にちや時間までは約束していなかった。


「いきなり行って驚かせたろと思ってな。ひひひっ。」
「ふふふっ、何やのそれ。あ、お土産ありがとう。あんなにぎょうさん買うてきてくれて、色々大変やったんちゃう?」
「ああ、いやいや、どって事ないわ。買い付けのついでやで。
店で出したらええんちゃうか思てな。ほんで皆にも分けたって欲しいし。お前んとこのお袋さんらにもな。」
「うん、ありがとう。皆喜ぶわ。」

真島はコートを脱いで応接セットのソファの背もたれに投げかけると、自分もそこに身を投げ出し、煙草を吸い始めた。
長旅から帰って昨日の今日でもう来てくれたなんて、きっとろくに疲れも取れていないだろうにと思うと、嬉しくもあり、申し訳なくもあった。


「コーヒーか何か淹れよか?お腹は?ご飯食べた?」
「ああ、ええわ。新幹線の中で駅弁食うてきたし。一服だけしたら、着替えて仕事するわ。」

真島は紫煙を吐きながらそう答えると、不意にからかうような笑みをに投げかけた。


「ほんで?」
「え?」
「恋しい恋しいダーリンにやっと逢えたんやで?何か他に言う事あるんとちゃうんか?」

ふざけて冗談めかしてはいるが、あの夜電話で話した事をまだ覚えていて、気に掛けてくれているのだという事は、すぐに分かった。
だが、開店準備でバタバタしている今は、とても話が出来る状況ではないし、後で話があるなどと思わせぶりな事を言うのも気が引けて、は半ば無理矢理明るい笑顔を作った。


「誰が『ダーリン』やねん!このガラの悪さで!あはははっ!」
「いたっ!何すんねん!」

眼帯を引っ張って放しパチンとやってやると、真島は大袈裟に叫んで文句を言ってから、ふと安心したように笑った。


「・・・思ったより元気そうやんけ。店も別に何も変わりなさそうやし、良かったわ。あん時の電話、何やちょっと様子おかしかったから、ずっと心配しとったんや。何かあったんちゃうか思てな。」
「あん時はごめん。ややこしい時に変な事言うて悪かったなぁ。」

は作った笑顔をどうにか保ちながら謝った。
すると、真島は笑って煙草をもう一口吸い、火を消してから立ち上がった。


「いや、悪い事が無かったんやったらええねん。さ!ほなそろそろ着替るわ!」

真島は自分のロッカーを開け、脱いだコートと入れ替えにタキシード一式を取り出すと、それを持って着替えスペースに入ってしまった。
真島の姿がカーテンの向こうに完全に隠れてしまうと、は彼に聞こえないように溜息を吐き、自分のバッグの中から手帳を取り出した。
表紙に『母子健康手帳』と記されているそれには、写真を1枚挟んであった。今日の午前中に撮って貰ったばかりのものだ。本当はすぐにでも見せなければならないと頭では分かっているのに、いざとなると、その勇気がなかなか湧いてこなかった。


















その夜の営業が終わり、従業員達を帰すと、と真島も早々に帰る事にした。
着替えを済ませて控室を出てみると、先に着替えを済ませていた真島がフロアで待っていて、が出て来たのに気付くと歩み寄って来た。
その腕の中には、見覚えのない深紅の薔薇の花束があった。


「うわ・・・・・!どしたんそれ?」

が尋ねると、真島は決まりの悪そうな苦笑いを浮かべて、それをに差し出した。


「すまん。今年はこんな状態やったから、クリスマスプレゼント考える暇も買う暇も無かったんや。そやから、さっき隣の花屋で買うてん。間に合わせで悪いな。」

間に合わせなんて言ったら花に失礼なぐらい、見事な薔薇だった。
真っ赤な花弁に深緑の葉、ラッピングのリボンはゴールドで、しっかりクリスマス・カラーにもなっている。
はそれを抱き取って、真島に笑いかけた。


「ううん、嬉しい!ありがとう!凄い綺麗・・・・・!うわぁめっちゃ良い匂い・・・・・!」
「そうか?それやったら良かったけど。」
「・・・・ごめん、私なんかその『間に合わせ』も用意してないねん。」

今度はが謝る番だった。


「あんたがいつこっち来られるか分からんかったし、色々バタバタもしてて、買われへんかってん。」
「ああ、ええてええてそんなん。気にすんなや。」

の言い訳を、真島は怒りもせずにすんなりと聞き入れた。
大雑把な言葉で言い表したその期間に、が何を悩み、考えていたのか、当然ながら真島は何も知らない。気付きそうな気配さえ無かった。
呑気にクリスマスを楽しんでいる場合でない事は重々承知している。やっと真島に会えた今、彼と話すべき事はたった一つしかない。だが、想定外に貰ってしまったプレゼントを手に、今それを切り出す事は出来なかった。


「何か欲しいもんある?」
「欲しいもん?う〜ん、そやなぁ・・・・・」

真島は満更でもなさそうに笑って暫く考え込んでから、おもむろにの顎を指先で優しく持ち上げ、思わず心臓が跳ねてしまいそうな熱い眼差しでを見つめた。


「・・・お前が欲しい。」

が息を呑んだ瞬間、真島はその表情を崩し、ワハハと明るく笑った。


「なーんてな!お前今本気でドキッとしたやろ?ウヒャヒャヒャヒャ!その顔がプレゼントっちゅう事でええわ!」

しょうもない悪戯をするなと、今までなら怒って笑っただろう。
だが今は、泣けてきそうな程この人が愛しく思えた。


「・・・・・ええよ。抱いて・・・・・・・」

は真島の目をまっすぐに見つめ返して、そう囁いた。
すると、真島は途端に動揺し、その笑顔を引き攣らせた。


「んなっ・・・・」
「・・・・・なーんてな。あんたも今本気でドキッとしたやろ?ふふふふっ、仕返しや。」
「なっ・・、何やねーん!!」

がにんまりと笑うと、真島は大声を張り上げた。
怒っているとも笑っているともつかないその顔は、この薔薇の色が少々移ったのではないかと思う程、はっきりと赤くなっていた。


のくせに生意気やぞー!チンチクリンのくせして急に色気出すなやぁ!」
「フフン、さんがちょっと本気出したらこんなもんや。さ、帰ろ帰ろ!」

は明るい笑顔を浮かべて、真島の腕に自分の腕を絡めた。
やっぱり、この人がどうしようもなく好きなのだ。
こうやって、この人と下らない事で笑い合うのが、堪らなく幸せなのだ。
だからもう少し、もう少しだけ、このままでいたかった。
















狭い部屋の中に満ちている甘い薔薇の香りは、に幸せと不安とを感じさせていた。
こんなにも、こんなにも、愛されている。
だからこそ怖いのだ、この深い愛情を失ってしまう事が。


「んっ・・・・・・」

この人を離したくないという想いのままに真島を抱き締めると、花芽を優しく弾いていた指が、の中にゆっくりと入ってきた。
決して嫌な訳ではない、自分も望んでしている事だが、普通の状態ではない身体でいつものように強い快感に酔いしれる訳にもいかず、はやんわりと腰を引いた。


「ん?何や・・・・?」
「交代しよ・・・・・」

真島の下から抜け出して、今度は自分が上から覆い被さると、真島は少し気恥ずかしそうに笑いながらも、大人しくに身を任せた。
チラリと微笑みかけてから、は真島の腰にそそり立っているものを優しく握り、その先端に口付けた。
舌先で何度か舐めて、ゆっくりと口の中に迎え入れていくと、それは瞬く間にまた一段と大きく膨張し、の口内を圧迫した。
それに思わず息を詰まらせながらも、は口内の真島に舌を絡めて吸い付き、唇で扱き始めた。
いつも真島がしてくれるように、彼を深い快感で満たしてあげたい一心で愛撫していると、その内に低い呻き声が断続的に聞こえるようになり、真島の腰がもどかしそうに揺れ始めた。


「っ・・・・・・・・、あかん・・・、も・・・・・、出てまう・・・・・」
「うん・・・・・」
「も・・・・・ええで・・・・・」
「うん・・・・・」

真島がセックスでの快感を求めているだけでなく、このまま口内に放出してしまうのを遠慮している事も、には分かっていた。
だからこそ、やめようという気にはならなかった。
真島をこのまま快感の絶頂に導いてあげたくて、はそのまま愛撫を続けた。


・・・・っ・・・・、も・・・・・!」

真島が身体を固く強張らせ始めた。
身体中に強い力が篭っているのに、それでもの肩を掴んでいるその手は、決して苦痛を与えるまいとしているかのように、限りなく優しい。
その手の感触に胸が震えそうになりながら尚も続けていると、の口内で石のように硬く張り詰めていた真島の分身がドクンと一際強く脈打ち、爆ぜた。


「うぅっ・・・・・・!く、ぅっ・・・・・・!」
「んんっ・・・・・・!」

勢い良く何度も放たれる熱くて苦い迸りを全て受け止め終わると、は一息の下にそれを飲み下し、すっかり濡れそぼった真島のものを拭い清めるように吸い付きながら、ゆっくりと口から出した。
その瞬間にまた軽く身を震わせた真島は、何度か荒い呼吸を繰り返してから上半身を起こして、に苦笑いを見せた。


「あ〜あ出してもうたがな。ええ言うたのに。」
「嫌やった?」
「いやそうではないねんけれどもな。」

真島は苦笑いをしながら、再びを仰向けに寝かせた。


「・・・でも、これで終わりっちゅうのもアレやろ・・・・・?」

の両膝を大きく開かせると、真島はその間に顔を埋め、の秘所を優しく舐め上げた。


「あぁんっ・・・・!あぁっっ・・・・・・!」

敏感な部分を隈なく擽るような真島の舌の動きに、は腰をくねらせて喘いだ。
この甘い快感に抗う事は出来なかった。身体ごと心が蕩けてしまうような、この幸せを拒む事は。
目を閉じて、与えられるそれに翻弄されていると、暫くして真島が身を起こし、ベッドの棚に手を伸ばした。
束の間一息つく時間が与えられて、また組み敷かれた時には、真島はもうすっかり回復を果たしていた。
薄いゴムに包まれた真島の楔は、さっきまでのようにまた硬く天を向いて反り返っており、それが自分の秘裂を擦り上げるのを、は息を潜めて感じていた。


「・・・・・なぁ・・・・・・」
「ん・・・・・?」
「優しくして・・・・・」

がそう頼むと、真島は一瞬キョトンとしてから、小さく吹き出した。


「何やねんそれ。いっつも優しくしてるやろが。」
「そうやねんけど、今日はもっと、優しくして・・・・・」

訝しがられるかと思ったが、真島はその隻眼をただ優しく細めただけだった。


「分かった。思っきし優しくしたるわ。」
「ん・・・・・・」

微笑み返すと、柔らかいキスがの唇を優しく塞ぎ、熱い塊がゆっくりとの中に入って来た。


「んっ・・・・、んんっ・・・・・」

包み込むようにを抱きしめて優しく腰を沈めた真島は、そのまま緩やかな律動を始めた。
きっと、が甘いムードに浸りたがっているのだと思っていて、それを叶えてくれようとしているのだ。
何も気付かずに只々ひたむきに愛してくれる真島が泣けてきそうな程愛しくて、もまた、真島をしっかりと抱きしめた。














シャワーを浴びて部屋に戻って来ると、ついさっきまで起きていた筈の真島がもう熟睡していた。
小さく口を開けて、軽くイビキもかいている。当たり前だが、相当に疲れているのだ。長旅の疲れと時差ボケとで、本当はきっとフラフラだった筈なのだ。
気持ち良さそうにぐっすりと眠っている真島に笑いかけてから、はドレッサーの鏡に映っている横向きの自分のお腹に目を向けた。
他人の目にはまだ分からないだろう。
だが、そこには確かに日々成長している小さな命があって、日を追う毎に少しずつ少しずつ膨らんできていた。現に、もう既にきつくなって着られなくなってしまった服や下着が何枚かある。
今日は気付かれなかったが、明日はどうだろうか?明後日は?
自ら打ち明けるのと真島の方から気付くのと、どちらが早いだろうか?
は真島を起こさないよう、静かに彼の隣に潜り込み、お腹の上にそっと手を置いた。


― ごめんな、もうちょっとだけ時間ちょうだい・・・・・

隠し通したい訳でも、無かった事にしたい訳でもない。
こんなにも、こんなにも、愛おしく思っている。
けれどもやっぱり、あともう少しだけ時間が欲しかった。
部屋の中に満ちているこの甘い薔薇の香りが薄らいでくる位までの、ほんの僅かな時間だけでも。




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後書き

前作『檻の犬〜』及び今作を書くに当たって、真島冴島兄弟、二人のそもそもの部分について色々と考えてきました。


まず、上野誠和会襲撃事件に関して。
この事件の黒幕は東城会の柴田と上野誠和会の葛城(+警察の杉内)でしたけど、私は堂島組長と嶋野の親父も一枚噛んでたんじゃないかな〜?と思うのです。
柴田が仕組んで、笹井が裏切ってまっせとか言ってきたとして、あの海千山千の二人がそれをすんなり鵜呑みにするか〜?と。
笹井の親っさんは潔白ですから、企んでもいない裏切りの証拠なんて当然ながらありませんし。
たとえ柴田が偽の証拠をでっち上げたんだとしても、あの堂島組長(※落ちぶれる前の)と嶋野の親父ですよ?話の裏取りと同時に、柴田の身辺も調べる位の事はすると思うんですよね。
それに、あの例のゴム弾。
杉内→葛城→柴田というルートで回ってきた筈のあのブツが、堂島組経由で真島の兄さんに渡ったっていうのも何やら臭う。(こっそり本物とすり替えただけなのかも知れませんが・・・・)
更には、穴倉に兄さんをブチ込んだ時の、嶋野の親父のあのニヤッとしたあくどい笑い。メチャメチャ怪しいあのほくそ笑い。

等々を考えると、あの組長’sは何にも疑わずに柴田の話を鵜呑みにしたのではなく、勘付いていて敢えて見逃した、何なら承知の上でコソッと加担した、そう考える方がしっくりくるんですよ。
更にもっと言えば、最初から示し合わせて襲撃計画を笹井組に任せたのかも・・・・。
柴田の計画や上野との繋がりをどこまで知っていたかはさておきとして、柴田の計画が成功する事によって得られるメリットが、堂島組長と嶋野の親父には何かしらあったのではないでしょうか?

でもそんな事など下っ端の若い兄弟が知る由もなく、冴島さんは一人で計画を遂行して事件を起こし、投獄され、真島の兄さんは上の命令に逆らった罰で穴倉へ・・・・。(穴倉行きは龍0での設定したけれども)
兄さんは何が何だかさっぱり分からないけど、でも何かがおかしい、何かが怪しい、というのは漠然と感じていて、堂島組長に対しては勿論、心から憧れて慕っていた嶋野の親父に対しても、その時初めて不信感を抱いた・・・・、みたいな。

それから25年の月日が流れて。

龍4・初登場時の冴島さんの刑務所移送。
突然理由も分からず移送になっていましたけど、私はあれ、真島の兄さんの働きかけだったのでは?と思っています。
刑務所とは名ばかりの無法地帯ですが、冴島さんならまだしもそこの方が生きていられる、何やったら外に出られる、そう考えて、表社会の権力者の誰それに働きかけたんじゃなかろうか、と。
若い頃はそんな刑務所の存在も知らなかったし、具体的な計画も何も無かったけど、でもいつか冴島さんを生きてシャバに連れ戻す、その一念が真島の兄さんを穴倉で生き延びさせ、ゆくゆく東城会の大幹部にまでのし上げたのではと思うのです。


そして、その考え(妄想)を基に、前作及び今作を書いてきた訳なのですが!


話の主軸はあくまでオリキャラヒロインとの恋愛なので、柴田の策略とか色々考えても無駄になるというオチで(笑)。
悪いオッサン共の陰謀とか、乙女のロマンス夢物語(笑)に要らんしな!
けど妄想しだすとついつい横道に逸れていってしまうんですよね〜、これが。