夢の貌 ― ゆめのかたち ― 4




「・・・ごめんなぁ、ああなったら聞かんねんあの人。待ってる間立ちっぱなしもしんどいし、ちょっとそこ座らへん?」

は少女を振り返り、傍らのベンチに彼女を誘った。
少女を先に座らせ、真島の服を簡単に畳んでベンチの上に置いてからその側に腰を下ろし、少女に断りを入れて煙草に火を点けると、少女は気まずそうな顔を少しだけの方へ向けた。


「・・・・ねぇ」
「ん?」
「何でさっき、本当の事言わなかったの?」
「ホンマの事って?」
「本当は、あたしが万引きしようとしてたとこ、止めたんだって・・・・」

針の筵に自ら座すかのような様子を見せているこの子に、単なる通りすがりの他人がこれ以上説教する必要は無かった。


「別に私、嘘なんか吐いてへんで。あなたに道案内して貰ったやん。そやろ?」

は煙草の煙を少女にかからないよう吐き出しながら、そう答えた。
少女は何も返事をしなかった。けれども、多分会話をする気はある、そんな風に思えた。


「・・・名前、訊いても良い?さっき彼氏が『ミレーちゃん』とか呼んでたように聞こえたんやけど、はっきりよう分からへんかったから。」
「・・・・・ミレイ・・・・・・」
「え?」
「パク・ミレイ。」

少女の名乗った名前は、日本人の名前ではなかった。
だからさっきはちゃんと聞き取れなかったのだ。勝矢の発した彼女の名前の響きが、頭の中でうまく文字に変換出来なかったから。


「韓国とか中国の人?」
「韓国。でも生まれも育ちも日本だけど。」
「そう・・・・・。え、どんな字ィ書くの?名字は分かるけど。素朴の『朴』やんな?」
「うん。名前は、美しいに麗しいで、美麗・・・・」
「へ〜!朴美麗ちゃんか〜!綺麗な名前やねぇ!ええなぁ〜!」

それは純粋な憧れだった。
別に自分の名前が嫌いな訳ではないのだが、綺麗な印象の名前を持つ女の子は、何だか素敵な感じがして羨ましく思える、そんな単純な女心だった。


「私なんかめっちゃ地味やねんで!ほら!」

は笑いながらその辺に落ちていた小枝を拾って、足元の地面に自分のフルネームを書いてみせた。
美麗はぎくしゃくとした笑いを薄らと浮かべて、そんな事ないよとフォローを入れてから、ふと黙り込んだ。


「・・・・別に、彼氏じゃない。」
「え?」
「勝っちゃん。勝っちゃんはそういうのじゃなくて、何ていうか・・・・・、盟友、って感じ。」
「盟友・・・・・」

この年頃の女の子にしては、変わった言い回しだった。
彼氏でも友達でも片想いの相手でもなく、『盟友』だなんて。


「どういう事か、訊いても良い?」

が率直に問いかけると、少女は一瞬躊躇ってから、の方をちゃんと向いた。


「あたし、アイドル目指してるの。勝っちゃんはアクション俳優で、あたしはアイドル。ジャンルは違うけど、お互い芸能界でスターになる夢を持ってるから、だからあたしと勝っちゃんは『盟友』なの。」
「へぇ〜・・・・・」

美麗は真剣そのものだった。
この子ぐらいの頃、自分にはそんなひたむきな情熱があっただろうかと考えて、は少しだけ寂しさを覚えた。
そう、そんなものは無かったのだ。
常に貧しさに追い立てられ、両親の喧嘩が絶えない荒んだ家庭で、3人の弟妹の面倒をみながらその日その日を必死に凌ぐ10代を過ごしたには、夢や希望に情熱を傾けた眩しい時期など無かった。
だから、こんな風に人に語れる夢を持っている美麗が、羨ましい位に眩しく思えた。


「なんか良いなぁ、そういうの!キラキラしてるなぁ!」
「べ、別に・・・・・!」

が笑いかけると、美麗は恥ずかしそうにそっぽを向いてしまったが、少しするとまたおずおずとの方を向いた。


「そっちこそ・・・・・、あの人、彼氏なんでしょ?」
「うん、まあ。」
「その指輪、あの人に貰ったの?」
「うん、まあ。」
「アクアマリンでしょ、それ。凄い、綺麗。」

の右手の指輪を遠慮がちに指さして、美麗は小さな声でそう呟いた。


「ふふっ、ありがと。」
「それ確か、3月の誕生石だよね?」
「そうそう、よう知ってるなぁ!私3月生まれやから。」
「じゃあもしかしてそれ、誕生日のプレゼント?」
「うん。ついこないだ貰ったばっかりやねん。」

うっかり惚気じみた事を言ってしまってから急に恥ずかしくなって、は照れ隠しにせかせかと笑ってみせた。


「美麗ちゃんは?何月なん?」
「あたしは・・・11月。」
「へ〜、じゃあ・・・・・、アレや!確かトパーズ!」
「そう・・・・!」

美麗の笑顔が、少し楽しそうになってきた。


「トパーズも良いよなぁ!青も黄色も綺麗やし、ピンクも可愛いし!」
「あたしはどうせだったらダイヤが良かった。4月生まれの人良いよね。」
「あー、それは言えてる!いっちゃん高いしなぁ!あははっ!」
「ふふふっ・・・・」

少しの間笑い合ってから、美麗はふと、向こうで白熱している男達に視線を投げかけた。


「誕生石の指輪なんて、ああ見えて意外とロマンチックな人なんだね、あの人。」
「ふふっ・・・・・、あれで意外とな。」

もまた、同じ方向を眺めて笑った。


「付き合い長いの?」
「ん〜、もう丸5年位かなぁ、出逢った時から数えたら。」
「丸5年も?そんなに長く付き合ってんだ、凄いね。」
「あ〜・・・、ううん、そういう訳じゃなくて。途中全然会ってへんかった時期も結構長かって、ちゃんと付き合うようになってからは丸2年てとこ。」
「そうなんだ・・・・・。友達の期間が長かったの?それとも、一度別れてヨリを戻したの?」

今日知り合ったばかりの、明らかにうんと年下の女の子を相手に惚気じみた話を聞かせるのは、大人の女として恥ずかしかったし、まして真島と別れていた時の事となると、人に軽々しく話せるような内容ではない。
は煙草を吸いながら、曖昧に笑って誤魔化した。


「まあ、そんなような感じかな。」
「ふ〜ん・・・・。出会った時からアレだったの?」
「アレ?」
「あのすっごい刺青。」
「ああ・・・、ふふふっ、そう。私も初めて見た時ホンマにビックリしたわ。前はヘビがカーッ!って牙剥いてるわ、後ろは般若がカーッ!って牙剥いてるわで。」

真島の刺青の表情を真似て見せると、美麗は可笑しそうに軽やかな声を上げて笑った。


「怖くなかったの?」
「ん〜・・・・、まあ怖かったけど・・・・・、でもそれ以上に、何か気になって、ほっとかれへんかってなぁ。」

はまた、いきいきと楽しそうに笑いながら勝矢と拳を交えている真島に目を向けた。
美麗のように眩しい夢を見た経験は無いが、の人生において眩しい時期があるとすれば、それは真島との出逢いから以降だった。
人を愛する歓びも、辛さも、自分の人生を切り拓いて生きていくという事も、その大変さや楽しさも、知ったのは全て真島と出逢ってからだった。
美麗にとっての『青春』はアイドルになる夢なのだろうが、にとってのそれは真島だと言えた。


「美麗ちゃんは?勝矢さんといつから『盟友』やの?」

我に返ったは、美麗にも同じ質問を返した。


「ん〜、半年位前、かな?去年の9月だったから。」
「どうやって知り合ったん?撮影現場で知り合ったとか、そんな感じ?」
「まさか。勝っちゃんはともかく、あたしはまだデビューどころか芸能プロダクションにも入れてないから。」

美麗のぎこちない微笑みに、少しだけ、切なげな翳りが差した。


「その時ね、ここの野外音楽堂で、アイドルグループのデビューライブがあったの。
あたしが落ちたオーディションに受かった子達で組んだグループの。
あたしの何があの子達に負けてたのかどうしても知りたくて、やめときゃ良いのに観に行っちゃった。で、すんごい悔しくなっちゃって。」
「何が負けてたか・・・・・、分かったん?」
「やっぱり幾ら考えても負けてるとこなんて無かった。ブスとペチャパイはお互い様だからイーブンとして、歌とダンスはあたしの方が絶対上手いもん。」

真顔で自信満々にそう言い切る美麗が面白くて、は思わず吹き出した。
すると、美麗も釣られたように少しだけ笑った。


「・・・・本当に悔しくってね。ライブが終わった後も何時間経っても帰れなくて。
ムシャクシャして、誰もいなくなった真っ暗なステージで、一人で歌って踊ってたの。
そしたらそこにジョギング中の勝っちゃんが通り掛かって、立ち止まってあたしの『初ライブ』見てくれて。
気付いて歌うのやめたあたしに、邪魔してごめんって謝って、凄く良かったから思わず見入っちゃったって、そう言ってくれたの。」

恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに微笑む美麗の横顔は、とても可愛かった。


「その時はそれで終わったんだけどね、それから何日かして、家の近くでバッタリ会ったの。偶然近所に住んでたのよ。
それからちょくちょく会って、色々話すようになって、で、今に至る・・・・、って感じ。」
「そっかぁ・・・・・。あ、そのラジカセって、もしかして?」

彼女が持っているラジカセの事を訊くと、美麗は微笑んだまま頷いた。


「そ、歌とダンスの練習用。勝っちゃんと知り合ってから、あたしも殆ど毎日、勝っちゃんと時間合わせてここで一緒に練習してるんだ。
まあ練習の内容が全然違うから、ただ同じ場所にいるだけで、それぞれバラバラな事してるんだけど。
実は3日後にね、またオーディションがあるんだ。」
「受けんの?」
「うん。だけど、口紅がもう殆ど残ってなくて。だからどうしても新しいのが欲しかったんだけど、バイトのお給料が月末にならないと入らなくて、それで・・・・」

折角の可愛い微笑みが、気付けばまた罪悪感に曇っていた。
どんな理由があれ、盗みは絶対に許されない行為だ。
この子はもうきっと、二度とやらない。には心からそう思えてならなかった。


「頑張ってな!受かるように祈っとくわ!」

が笑いかけると、美麗ははにかんだ顔で、ありがと・・・、と呟いた。
そしてまた、ふと向こうに目を向けて笑った。


「それにしても、ホント凄いねあの人!勝っちゃんのアクションにも全然負けてない動きしてる。」
「あ〜、あはは。三度のご飯より喧嘩が好きやから、あの人は。」
「勝っちゃん凄くテンション上がってる。あんな勝っちゃん見たの初めてかも知れない。やっぱりあの人が言ってた通りだね。技を磨くには相手がいる方が効果的って。」
「へ〜・・・・・・」

暫く美麗と一緒に見守っていると、少しして二人の動きが止まった。どうやら終わったようだった。
あ、終わったみたい、と美麗が呟いて立ち上がったとほぼ同時に、真島と勝矢が達の方へと歩いて来た。


「あーーっ!!ごっつ楽しかったーーーっ!!久々にええ汗かいたわーー!!」

戻って来た真島は、それはそれは機嫌の良さそうな顔をして、晴やかに笑っていた。
その顔を見ているだけで、何だかこっちまで楽しくなってくるから不思議だった。


「かいたわーって、その滝みたいにダクダクにかいてる汗、一体何で拭く気?タオル無いで?」
「あん?お前ハンカチ持っとるやろ?」
「嘘やん!やめてやちょっとぉ!今日のはいっちゃんお気に入りのやつやのに!」
「ええやんけちょっとぐらい。デコとワキの汗ササーッと拭くだけやんけ。」
「最悪やんかそれ!!嫌や、絶対貸さへんで!!」
「最悪て何やねん!ハンカチぐらいケチケチせんと貸せやぁ!」
「あーーーっ!もーーーっ!バッグ漁らんとって!」
「お前のお高いハンカチに、俺のフローラルな香りを染み付かせたるわ!イヒヒヒ!」
「いーーやーーやーー!!」

勝手にバッグを開けようとする真島からそれを死守しようとしていると、横から笑い声が聞こえた。
弾けるような、楽しそうな笑い声が。


「ふふっ・・・・、あははっ・・・、あはははっ!」

美麗だった。
美麗が、それはそれは楽しそうに、無邪気に笑い転げていた。


「変な人達ぃ!あー、おっかしい!あはははっ!」
「本当、コント見てるみたいだ!ははははっ!」

美麗に釣られるようにして、勝矢も声を上げて笑い出した。


「そ、そんな変かなぁ・・・・?」
「なぁ・・・・?」

あまりの笑われように何だか居た堪れなくなって、も真島と顔を見合わせて、ぎこちなく笑い合った。


















クールダウンした後もすぐに帰る気にはなれず、真島はひとまず自販機のジュースを振舞いながら、と共にその場で勝矢やその連れの少女・朴美麗との会話を楽しんでいた。


「ほ〜ん、『盟友』なぁ!」

勝矢とのスパーリングを終えてみると、とこの少女との距離が明らかに縮まっていた。
真島はから紹介を受けるような形で彼女の名前を知り、勝矢と彼女の関係を知り、彼女の持つ夢を知ったのだった。


「勝っちゃんはアクション俳優、美麗ちゃんはアイドルで、それぞれスターになる、か・・・・・。
うん、ええやんけ!ええ夢や!二人共、その夢絶対叶えてくれや!な!」

二人の夢は、真島の目にも眩しく輝いて見えた。
特に勝矢に関しては、寸止めのスパーリングとはいえ拳を交えて戦い、身体能力の高さや技のセンスを己が身体で体感したが故に、その夢は決して手の届かないものではないと心底から思えていた。
しかし当の本人達は、少し困惑したように気弱な苦笑いを浮かべて、お互いの顔を見合わせた。


「そりゃああたし達だって絶対叶えたいよ。でもなかなか思ったようにはいかなくて。
オーディションに落ちてばっかで芸能プロダクションにもまだ入れなくて、現実にはスターになるどころかデビューさえ夢のまた夢、って感じ。
勝っちゃんはプロダクションに所属出来てるだけあたしよりはまだ先に進んでるけど、でも・・・・ね?」
「実際にはなかなか険しい道ですよ。俳優としてのキャスティングはまだ端役を2〜3度ってところで、後は顔も名前も出ないスタントの仕事ばっかですから。
それでもあるだけラッキーなんですよ。大抵は遊園地の広場なんかで子供向けのヒーローショーとかやってたりするんで。
でもそれすら多くはないから、ぶっちゃけて言うと、収入の半分は未だに居酒屋でのバイト代だったりするんです。」

実のところ、真島は勝矢のような駆け出しの売れない芸能人を、他に何人も知っていた。
現在、関西でのシノギのひとつとしてお笑い芸人のプロデュースを手掛けており、ジャンルは違えどもそういう連中を何人も見ているのだ。
それに、アイドルや女優を夢見る女の子達も、夜の世界でそれこそ沢山見てきた。
だから、勝矢や美麗を応援したいと純粋に思う一方で、二人が置かれている実情がどれ程厳しいものかも分かっていた。


「勝っちゃんはね、いつもこの近くの居酒屋で夕方から夜までバイトしてるんだ。
で、それが終わってから、ここにトレーニングしに来るの。」
「本業の仕事がとにかく最優先なんで、そのスケジュールによっては、バイトもトレーニングも休む事になるんですけどね。
そういう時は、空いてる時間帯でトレーニングしたり、よっぽど食い詰めてたら単発の工事現場や引っ越し屋のバイトしたりとかしてます。」
「そらまたえらいハードな毎日やのう。」
「はは、まあ何とかやってますよ。」
「勝っちゃん幾つやねん?」
「俺ですか?24です。」
「24か・・・・」

24歳という年齢を思い浮かべると、真っ先に浮かんできたのが、今は亡き佐川の顔だった。
あの皮肉な笑みと、『真島ちゃん』と気安く呼ぶ声までが蘇り、条件反射でイラついたが、ムカつくその顔と声を頭からとっとと追い払って、真島は小さく苦笑した。


「俺もその頃は毎日死ぬ程働いとったわ。ま、男にとっちゃあ踏ん張りどころの年頃なんかも知れんな。」
「はは、そうですね。」
「美麗ちゃんは?幾つやの?」

今度はが、同じ質問を美麗に投げかけた。


「あたし?16。」
「ほな、今年のお誕生日で17?」
「うん。」
「ほ〜ん、16かぁ。若いのう。」

思ったままの事を特に何も考えず口に出すと、美麗は可笑しそうに声を上げて笑った。


「真島さん、オジさんみたい。」
「いや、みたいじゃなくてオッサンそのものやったやん、今の言い方。いやらし。」
「アホか何言うてんねんお前!言うとくけど、俺がオッサンやったらお前もオバハンやぞ!?同い年やねんから!」

わざとらしいしかめっ面で茶々を入れるにツッコんでいると、美麗が『二人は幾つなの?』と訊いてきた。
別に隠すような事でもないのだが、十も若い女の子に歳を聞かれると何となく答え難くて、真島はと顔を見合わせた。


「「ハタチ。」」

も恐らく同じような心境だったのだろう。二人同時に発した言葉がこれだった。
誰が聞いても聞いた瞬間嘘だと分かるベタなジョークだったが、勝矢と美麗はまた可笑しそうに吹き出した。


「ウソウソ、ホンマは26やねん。あ、でもこの人はもう少しで27やけど。」

は笑ってすぐさま本当の年齢を答えると、何か思い出したように、あ、と声を上げた。


「そう言えば美麗ちゃん、勝矢さんと一緒に練習してるって言うてたよなぁ?今日も練習しに来たんとちゃうの?」
「アイドルの練習言うたら、歌とかダンスか?」
「うん。でも今日は・・・」
「えー!?私見たーい!あかん!?」
「俺も見たいわ!実は俺、こない見えて『ディスコキング』なんや!大阪の蒼天堀のマハラジャでてっぺん取った事もあるんやで!」

輝く監獄のようなあの街に閉じ込められていた2年間の事は、思い出そうとするとまず真っ先に嫌な思い出が蘇ってくる程辛い時期だったが、辛い中にも良い思い出は幾つかあった。
一時期通い詰めたマハラジャで繰り広げた熱いダンスバトルと掴み取った栄光の座は、その内のひとつだった。


「本当!?私も真島さんのダンス見てみたい!」
「よっしゃ、ほなこないしよ!1曲ずつ交代や!」
「良いよ!」

真島の誘いに、美麗は顔を輝かせて乗ってきた。
彼女のカセットテープに入っていた曲は殆どが女の子のアイドルソングばかりだったが、その中に幾つか知った曲があった。


「先に真島さんから踊ってよ!」
「ええで〜。ほな俺は・・・・・これや!」

真島が選んだのは、かつて蒼天堀のマハラジャで伝説のボディコンダンサー・磯部と戦った曲、『恋のディスコクイーン』だった。
この曲で踊るのは久しぶりだったが、当時、あの対決に備えてかなり踊り込んだ曲だ。ステップも振りも、身どころか骨の髄にまで染み付いている。
真島は難なくフルコーラスをパーフェクトに踊りきり、観客(と言っても3人だけだが)を大いに沸き立たせた。
特に美麗は明らかに触発されたような、真剣そのものな顔付きになっていた。


「凄いですね真島さん!プロのダンサーも顔負けですよ!」
「凄い・・・・・!『ディスコキング』って本当なんだね・・・・・!」
「フフン、ざっとこんなもんや。さ、次は美麗ちゃんの番やで。」
「じゃああたしは・・・・・」

美麗が選んだのは、何年か前の大ヒットソング『×3シャイン』だった。
イントロが流れた途端、それまでの緊張した面持ちが、一瞬にして真夏の太陽のように眩しい笑顔に変わった。
しなやかな身体が流れるようにステップを踏み、軽やかなダンスを織り成していく。
テクニックの面ではまだ粗削りな部分がちらほらと見受けられるが、彼女の発する溌剌としたオーラには、確かに人を虜にする魅力があった。


「おおー!美麗ちゃんも大したもんやないか!」
「ふふっ、ありがと。」
「ホンマ、美麗ちゃんめっちゃ上手やんかー!凄いやん!勝矢さんは?ダンスはせぇへんの?」

が話を振ると、勝矢は見るからに狼狽した。


「いやぁダンスはちょっと・・・・・!俺アクション専門なんで・・・・・!」
「勝っちゃんシャイなのよ。だからダンスは全然ダメなの。筋は絶対悪くない筈なんだけどね。良い機会だからやってみたら?」
「えええええ!?」
「ええやん〜!やってやってぇ!是非見たいわぁ!」
「そんなぁ・・・・!そんじゃあさんもやって下さいよー!」
「わ、私も!?」
「おおー、ええやんけ!ほな全員っちゅう事になるから公平やしな!」

話はどんどん盛り上がっていった。つまるところ、4人で意気投合したのだ。
と美麗がユニットを組んで『刹那の人魚姫〜Heart break mermaid〜』を歌って踊ると一層盛り上がり、2曲目の『Rouge of Love』で真島がノリノリの合いの手を入れて、途中でリタイアになる程二人を笑わせた。
笑いすぎで撃沈してしまったガールズユニットに代わって、今度は真島が勝矢と組んで十八番の『24時間シンデレラ』を演ると、と美麗は弾けるような歓声を上げて大いに喜んだ。
シャイだという勝矢は歌こそ歌ってくれなかったが、『24時間シンデレラ』の振り付けはバク転などの派手なアクションが多いので、それは満更でもなさそうにノッてくれたのだ。
そうして入れ代わり立ち代わり歌って踊り、笑って騒いでいる内に、4人はみるみる打ち解けていき、時間もどんどん過ぎていった。
そして4人がその事に気付いたのは、随分経ってからだった。



「やっべぇ・・・・・、終電ももうとっくに行っちまった後だ・・・・・。」

時計を見て、勝矢が困った顔で呟いた。
真島とは、今日はタクシーで来ていたが、勝矢と美麗は電車のようだった。
幾ら楽しすぎたからだとはいえ、それをチラリとも考えなかったのは、年長者としての落ち度だった。


「あちゃ〜、悪かったのう。あんまり楽しいからつい夢中になって、遅うまで引き止めてしもて。」
「ああいやいや、良いんです!俺もつい楽しくて、時間忘れちゃって。」
「二人共、家どこやねん?タクシーで送るわ。」
「いえいえそんな、悪いですよ、タクシーなんて高くつくのに・・・・・!
俺はトレーニングがてら走って帰りますから、美麗ちゃんだけそうしてやって下さい。」

真島の申し出を、勝矢は恐縮して遠慮した。
するとが、でも・・・と呟いた。


「確か美麗ちゃん、勝っちゃんと家近所って言うてたやんな?」
「う、うん・・・・・」
「ほな一緒やん!どうせ美麗ちゃんをタクシーに乗せんねんから、勝っちゃんも一緒に乗ってったらええやんか!何もわざわざ一人だけ走らんでも!」
「何やそうなんかいな!無駄な気ィ遣うなやぁ!水臭いやっちゃのう!」
「う・・・・・、す、すみません・・・・。それじゃあ、お言葉に甘えまして・・・・・」

真島とが苦笑しながら説き伏せると、勝矢は一層恐縮してギクシャクしながらも、それに応じる様子を見せた。
これで一件落着、さあ行こうかとなりかけたその時、が難しい顔をして溜息を吐いた。


「そやけど、勝っちゃんは大人やし男の人やからともかくとして、問題は美麗ちゃんやなぁ。
こんな時間になってしもたら、お家の人めっちゃ心配してはるんちゃう?
タクシー乗る前に、先にお家に電話入れといたら?
途中で代わってくれたら、私がちゃんと親御さんに事情を説明してお詫びするから。何やったらお家にも送って行くし。な?」

そうだった。美麗は女の子なのだ。
『キャバレー グランド』や『キャバクラ サンシャイン』やの店『クラブ パニエ』の女の子達よりももっと若い、まだ夜の世界にも入れないような子供なのだ。
家には親がいて、今頃は帰らない娘を案じて、さぞかしやきもきしている事だろう。そこへ美麗が帰ればほぼ確実に親子喧嘩が勃発し、美麗はある事ない事疑われて、こっぴどく叱られる破目になる。考えてみれば想像がつく事だ。
真島は重ね重ね気の回らなかった自分を恥じると同時に、細やかな気遣いの出来るを、胸の内で改めて感心していた。
ところが当の美麗は、安心した顔を見せるどころか、他所他所しく視線を逸らした。


「良いの、平気。」
「平気な事ないやろ?もう日付変わってんのに、高校生の女の子が・・・」
「あたし高校生じゃないから。」

の説教を遮るように、美麗はごく軽い口調でそう言い放った。


「え?ど、どういう事?」
「あたし高校行ってないの。それに、今住んでる家も、自分ちじゃなくて友達んちだから。」
「えぇ・・・・?」

は困惑したように、真島にチラリと視線を投げてきた。
どうやらこの朴美麗という少女、何やら訳有りのようだ。
まずは事情を訊こうと、真島は美麗に向き直った。


「美麗ちゃん、そりゃどういう事やねん?」
「家出してるの、あたし。」
「いつから?」
「去年の秋頃から。」
「何でまた?」
「アイドルになる事、里親に反対されたから。」
「里親?」
「あたし貰われっ子なの。」

訳有りは訳有りでも、随分と根が深そうだ。
またと視線を交わしていると、美麗は憤懣をぶちまけるかのように続きを喋り出した。


「あたしは絶対アイドルになりたいの。ずっとその事しか考えてこなかった。
なのに里親は、アイドルなんて下らない夢見てないで、高校に行けってうるさくて。
ガミガミ言われて渋々受験して、一応高校に入る事には入ったんだけど、でもやっぱり嫌で、夏休みにもならない内に中退したの。
だって時間の無駄でしょ?つまんない学校なんか行ってる暇があったら、歌やダンスの練習に充てたかったのよ。
それで里親と何度も大喧嘩して、ある日とうとう勘当だって言われたから、そのまま家出したってわけ。」

裏社会に生きる極道の男が思うのも何だが、非常に危なっかしい、危険極まりない話だった。
このような家出少女は、飢えた男共の格好の餌食なのだ。
そんな少女達を戯れに食い散らかす奴は、堅気か極道かに関わらず幾らでもいるし、何なら風俗に沈めて金を稼がせるタチの悪いのもいる。
そんな下衆にまんまと引っ掛かる女も女だと常日頃は思っているのだが、それが多少なりとも友好的な関係になった子となると、途端に親のような心境になるから不思議だった。


「その友達っていうのはどんな人やの?」
「まさか胡散臭い男とちゃうやろな?」

思わず親みたいな事を言って心配すると真島を、美麗は軽く笑い飛ばした。


「男じゃないよ。前のバイト先のファミレスで一緒に働いてた女の子。
あたしよりちょっと年上で、田舎から出て来て服飾の学校に通ってる子でね。仲良くなって、色々愚痴ってたらうちにおいでよって言ってくれたから、居候させて貰う事にしたの。
その子にもデザイナーになるっていう夢があってさ。お互い夢が叶ったら、いつかあたしのステージ衣装手掛けてよね、なんて色々熱く語り合ったりなんかして、最初の内は楽しく共同生活出来てたんだけどね。
でも、クリスマス直前にその子に彼氏が出来てから、何かだんだん嫌な感じになってきちゃって。」

が、嫌な感じって?と訊くと、美麗は不機嫌な膨れっ面になった。


「その彼氏が入り浸るようになったから、あたしお邪魔虫扱いされてるのよ。
最近なんか向こうも開き直ってきちゃって、あたし台所に布団敷いて寝かされてんのよ!?
そんでもって、うっすいドア1枚隔てた向こうの部屋で、平気でヤってんのよ!信じらんないでしょ!?ギシギシアンアンうるさくて眠れやしないったら!
それでいて、何かったら置いてやってるって恩着せてくるんだから堪んないわよ!ご飯は別々、家賃と光熱費はきっちり半分払わされてる上に、家事は殆どあたしがやらされてるってのにさぁ!
今日も出て来る時に男が来てたから、どうせ今頃ヤってる最中よ!そんなとこにノコノコ帰れる訳ないでしょ!」

あけすけな言い方に思わず圧倒されて絶句していると、言いたいだけ言って少しスッキリしたような顔になった美麗は、クルリと勝矢の方を向いて笑った。


「だから今日勝っちゃんち泊めてよ。良いでしょ?」

美麗の口ぶりは何だかこなれていて、今日初めて頼んだという風には聞こえなかった。
美麗はもう既に何度か勝矢の家に泊まっているのだろうか?
彼氏ではなくて志を同じくする盟友だと言っていたから純粋に清い関係だと思い込んでいたのだが、やはりそれはそれ、これはこれという事なのだろうか?
真島はまたと顔を見合わせて、呆然とした。


「・・・美麗ちゃん、もしかして勝っちゃんとこ、チョイチョイ泊まってたりすんの・・・・?」
「うん。そんな感じで眠れなかったり締め出し喰らってる時に、時々泊めて貰ってる。」

の質問に、美麗は至極素直に、一切の躊躇い無くそう答えた。


「・・・・・」
「・・・・・」

無言のままと二人で勝矢に目を向けると、勝矢は激しく狼狽した。


「いやいやいやいや!違いますよ!俺は断じて何も!」
「あはははっ!そんな心配ないよ!勝っちゃんはそんな人じゃないもん!」

声を上げて笑う美麗の無邪気さは、笑うに笑えなかった。
美麗は、何も分かっていないのだ。
若さ故と言えばそうであるし、それはそれで仕方のない事だが、美麗のその無邪気な信頼は、男である勝矢にとっては時に少々残酷でもある筈だった。
困惑したように黙り込む勝矢の顔を盗み見て、真島はそう確信していた。


「・・・・・美麗ちゃん、あのさ・・・・・」

ひとまず黙って様子を窺っていると、勝矢は意を決したように、美麗の笑い声をおずおずと遮った。


「何?」
「あの・・・・、実は前から言おう言おうと思ってたんだけどさ・・・・・」
「何よ?」
「いや、あのね、誓って迷惑とかいう訳じゃないんだけどさ。別に、泊めるのは全然構わないんだけど。
でも、そんなに居辛くなってきてるんなら、もうその友達のとこ出て、家に帰った方が良いんじゃないかな・・・・?」

勝矢がそう言うと、美麗の顔がまたみるみる不機嫌になっていった。


「嫌よ!家になんか絶対帰んない!家に帰る位なら、このままここで寝泊まりした方がよっぽどマシだわ!」
「美麗ちゃん・・・・!」
「勝っちゃんは気にしないで、帰って良いわよ!」

怒ってプイとそっぽを向いてしまった美麗に、残りの3人は揃って溜息を吐いた。


「困った子やのう・・・・」

心の呟きがうっかり口から出てしまったが、美麗は聞こえなかったふりをしているのか、そっぽを向いたままだった。
これもまた、己の落ち度だと言えた。
結果的には全員で楽しんでいたからとはいえ、本当ならばと二人きりの甘い夜を過ごすところを、己の我儘勝手でふいにしてしまうのだから。
真島は小さく溜息を吐くと、一人を輪の中から連れ出し、声を潜めて耳打ちした。


、折角来てくれたとこ悪いんやけど、今日あの二人、うちに呼んでも構へんか?このままやとあの子、ホンマにここで寝そうな勢いやで。」

責められるのを覚悟して打診してみると、は少し残念そうではあるものの、微笑んで頷いた。


「ええよ。あの様子じゃホンマに帰りそうにないわ。そうなったら勝っちゃんかて帰られへんし、今更私らだけバイバーイっちゅう訳にもいかんしな。」
「すまんな、ホンマに。」
「ううん、私も楽しいから。そやけど、この穴埋めは今度必ずして貰うで?」

ドンと肩をぶつけ、にんまりと笑うに、真島も笑って『任しとけ』と請け負った。


「しゃーない!ほな皆まとめてうち来いや!こうなったら今夜は皆でとことんパーッとやろうや!な!」
「本当!?」
「い、良いんスか・・・・?」

真島の申し出に、美麗は即座に顔を輝かせ、勝矢は申し訳なさそうにしながらも、助かったとばかりにやっぱり顔を輝かせたのだった。




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後書き

朴社長に関しても、モリモリ妄想しております。
彼女視点で書く部分はありませんが、折角妄想した事を出来るだけ盛り込めるように書いていこうかな、と。需要があるかどうかは分かりませんが(笑)。
まああんまり好かれるキャラクターではないですよね。
でも何というかこう、妄想する余地がふんだんにある人だな、と。(←そればっかりやん 笑)
まぁ、兄さんと朴社長の公式設定がアレなので、行き着く先は皆様お分かりでしょうが、そこをこう、如何に想定外の形に持っていくか!
そこのところを、ウキウキしながら鋭意妄想中です。需要がある事を願って(笑)。