星屑に導かれて 42




ひとまず表通りへ出ると、比較的大きな建物と、ホテルの看板が目に付いた。
先頭を歩いていたジョースターは、迷う事なくそこへ入って行き、フロントカウンターのベルを鳴らした。


「いらっしゃいませ。お泊まりで・・・」

程なくして出てきたホテルマンは、承太郎に抱えられている江里子を見て驚き、幾分警戒した面持ちになった。


「あ、あの、そちらの女性はどうなさったのですか?」
「少し酒を飲み過ぎて、酔って眠っているだけだ。心配ない。」
「ああ・・・、そうでしたか・・・・。」
「ツインの部屋はあるかね。3部屋用意してくれ。」

ジョースターは平然と嘘を吐き、部屋を要求した。
嘘を吐く時は、堂々と、さもそれが真実であるかのように振舞う事。
それは、ジョースターが長年の人生経験から得た教訓の一つだった。
そしてそれは今回も例外なく通じ、ホテルマンはそれ以上疑う様子もなく、すんなりとジョースターに宿帳を差し出した。


「はい。それでは、こちらにサインを。」
「うむ。」

それにサインをしながら、ジョースターは更なる要求を出した。


「部屋は全てバラバラに取ってくれ。出来ればフロアも別が良い。」
「畏まりました。それでは・・・・・、こちらがルームキーになります。」

ホテルマンは3本のキーを差し出し、説明を始めた。


「こちらが2Fのお部屋、こちらは3F、こちらは4Fになります。」
「うむ。」

キーホルダーにはそれぞれ、『203』『301』『405』と書かれてあった。
ジョースターはその3本のキーを受け取ると、アヴドゥルに託した。


「アヴドゥル、皆を連れて先に行っておいてくれ。部屋は203号室にしよう。全員、そこで待機しておいて欲しい。」
「分かりました。しかし、待機とはどういう事です?」
「儂はちょっと買い物をしてくる。心配は要らん、すぐに戻る。
さあ、早く行け。ともかくエリーをベッドに寝かせてやらねば。」
「は、はい・・・・。行くぞ、皆。」
「おう・・・・・・」
「はい・・・・・・」
「・・・・・・・・」

ジョースターは若者ら全員を203号室へ追いやると、フロントマンに尋ねた。


「この辺りにドラッグストアはないかね?」
「はい、あります。ホテルを出て、左に少し歩いた所に。」
「まだ開いておるかな?」
「ええ、まだ開いている筈ですが。あの、お連れの女性の為のお薬ですか?胃薬位でしたら、こちらにも備えておりますが。」
「いや、良いんだ、他にも必要な物があるのでな。どうもありがとう。」
「いえ。行ってらっしゃいませ。」

ホテルマンの親切な申し出を丁重に断り、ジョースターは一人で再び表通りに出て行った。

















その頃、承太郎達は、203号室の中に入っていた。


「ちょっと待って承太郎、上掛けを・・・・、よし、良いぞ。」

花京院が上掛けを捲り、承太郎がそこへ江里子を寝かせ、また上掛けを掛け直した。
身軽になると、承太郎は小さく溜息を吐いた。
江里子はまだ眠っており、今のところは様子がおかしいという事もなかった。


「・・・・・ジョースターさんが戻るまで、少し休憩しよう。お茶でも淹れるよ。」

花京院は江里子を寝かせたベッドの側から離れ、お茶の用意を始めた。
アヴドゥルは窓辺のソファに座り、ポルナレフはもう一方のベッドに腰掛けていて、二人共、江里子の側には近付こうとしなかった。
承太郎は煙草に火を点けながら、灰皿を持ってバルコニーへ出た。
別にこれといった明確な理由がある訳ではないのだが、何となく、他の連中と少しばかり距離を置きたくて。


「・・・・・・・」

これを動揺していると言うのだろうか。
勿論、動揺して当たり前なのだが。


― やれやれだぜ。何でこんな事になっちまったのか・・・・


3年前の初夏の頃、江里子は突然、空条家へやって来た。
野良猫のような、警戒心の強い少女だった。
他の女達のようにキャーキャー騒いで鬱陶しく纏わり付いて来るどころか、目が合えば顔を背けて、出くわせばそそくさと逃げてばかりの、臆病な少女だった。
けれど、一つ屋根の下で暮らしていく内に、次第に、次第に、江里子は心を開くようになってきた。
江里子は、無愛想で可愛げもないが、まっすぐで、心の優しい少女だった。
特別親しくする訳でもないが、闇雲に警戒される事もなくなり、いつしか江里子が側にいるのが当たり前になっていった。江里子はずっと空条家にいて、ずっとずっと自分の側にいるものだと、そう思うようになっていった。
その思いが特にはっきりとしてきたのは、いよいよ高校卒業が見えてきたこの数ヶ月だった。
程良い距離感の中で、ゆっくりと時間を掛けて育ててきたこの想いを、いつか、江里子に伝えねば。そう思いつつも、顔を見ればついついからかってしまう。年上の癖に、白桃のような頬を子供みたいに膨らませて、負けん気の強い瞳で睨み上げてくる、その顔が可愛くて、つい。
只々そんな毎日を過ごしてきてしまった。この旅に出て来てからでさえも。
今更ながらに、それが悔まれた。
もっと早く自分のものにしてしまっていれば、こんな汚い策略に嵌る事もなかったのに、と。

だがもはや、江里子を想う男は、自分一人ではない。
しかもそれは、運命を共にして闘っている、かけがえのない仲間達だ。


― どうすりゃ良いのか分からねぇ・・・・、どうすりゃ良いんだよ、俺は・・・・。


女への愛と男同士の友情は、本来比較するようなものではないのに、それをせねばならない窮地に、承太郎は今、立たされていた。







花京院は皆に背を向けて、飲みたくもない紅茶を丁寧に淹れていた。
こうでもしないと、間がもたなかったのだ。
誰とも会話をする気になれない、今は。


― アンタらはお互い、知られていないと思っているだろうけどね。皆、結構色々やらかしてきたよね。


ラビッシュのさっきの意味深な発言が、花京院の頭の中をずっと巡っていた。
それは正しく図星で、言われた瞬間、思わず硬直してしまった。
だが、少し時間が経った今、気になるのは他の者達の事だった。
ラビッシュのあの口ぶりでは、皆、江里子との間に何らかの秘め事があるかのようだったが、それはどんな事で、江里子はどう思っているのか。
自分でも情けなかったが、気になって気になって、仕方がなかった。


― 馬鹿だ、僕は。本当に馬鹿だ・・・・。


江里子に想いを伝えるのは全てが済んだらと決めた筈なのに、それを守りきれず、そればかりか、仲間達の江里子に対する一挙手一投足を気にする始末で、こうしている今も、いつ、誰が、『彼女は俺が抱く』と言い出すだろうかと、内心でビクついている。
こんな事では、とてもDIOを倒す事なんて出来ないのに。
ラビッシュの下劣な罠にまんまと嵌ってしまった認識はちゃんとあるのに、そこから抜け出す術が無い。


― どうすれば良いんだ、僕は一体、どうすれば・・・・


重たい泥のような嫉妬と自己嫌悪に塗れながらも、しかし花京院は、それをほんの僅かも面に出さなかった。







誰も喋らない、重い空気。
こういうのを打ち破るのは大抵自分の役割である事を、ポルナレフは分かっていた。
しかし、今ばかりは出来なかった。
隣のベッドで眠っている江里子の様子を一目見る事すら憚られる状況で、一体どんなジョークを飛ばせるというのか。
今のこの最悪の気分で。


― 駄目だ、俺・・・・。最低だ・・・・。


ポルナレフは今、己の胸の内に巣食っているどす黒い感情と向き合っていた。
自分が買ってやった青いブラウスを着ている江里子を、さっき承太郎が引き寄せて口付けた時、自分のものが奪われてしまったような気になった。
更に言えば、あの無人島で江里子がアヴドゥルに抱きついて泣いた時も、そんな江里子を抱きしめ返すアヴドゥルの優しい表情を見た時も、密かにこの感情に囚われていた。
そう。
嫉妬と、独占欲に。


― どうしてこんな事考えちまうんだ、俺は・・・・。


江里子は勿論、自分のものなんかではない。
大体、まだ何も伝えていないし、伝わっていないのだ。
自分の軽い部分が災いしているのは分かっているが、江里子にはいつも冗談か悪ふざけと取られてしまって、流されるか叱られるかで、自分の気持ちをきちんと伝えられた事は、考えてみればまだ一度もなかった。
それに、他の男ならいざ知らず、承太郎達は特別だ。
同じ事に文字通り命を懸けている、運命を共にしている同志なのだ。
それなのに何故、こんな下らない事ばかり考えてしまうのだろう。
敵の思惑通りに恋の鞘当てなんてしている場合ではないのに、まんまと嵌ってしまっている自分が情けなかった。







「・・・どうぞ。」

アヴドゥルの目の前に、ティーカップが置かれた。


「ありがとう。」

顔を上げて礼を言うと、花京院は微かに微笑み、承太郎の分のカップを持ってバルコニーへ出て行った。
お茶を淹れてくれた花京院への礼儀を失せぬ為、アヴドゥルはカップに口をつけた。
ついさっきカフェでコーヒーを飲んだばかりで、喉は乾いていなかったのだが、温かい紅茶を飲むと、過剰な緊張感に張り詰めていた心が、少しだけ楽になった。


― ・・・・そうだ。俺は、彼らとは違うのだ・・・・。


頭では分かっているつもりだった。
10代の承太郎と花京院、20歳をちょっと過ぎた程度のポルナレフと、そろそろ30に手が届こうかという自分は、同じ時間の中にいないのだ、と。
自分は年長者として、ジョースターと共に、若者達を見守る側にいなければいけないのだという事も。
だが、江里子と再会してから、その決意がぐらついてしまった。
泣きながら自分に抱きついてきた江里子を抱きしめ返した、あの時から。
なのに、そのぐらついた決意を固め直す暇も、今一度、己の気持ちと向き合う暇もなく、こんな事になってしまった。


― 言ってやりなよ、この恥知らずな女にさあ!俺以外の男にケツ振ってオネダリするビッチなんかもう要らないから死ねってさあ!


ラビッシュは恋の鞘当てなどと言ったが、これはそうではない。
言うなればこれは、敵との闘いなのだ。
これまでもそうしてきたように、今回も誰かが敵と『対峙』するだけ。ただそれだけの事なのだ。
ただ今回は、その対峙する相手が敵のスタンド使いではなく、江里子だというだけで。


― ・・・・そうだ・・・。ただそれだけの事だ・・・。別に俺でなくとも、エリーが助かりさえすればそれで良いではないか・・・・。


ジョースターが戻って来たら彼と一緒に別室へ行こう、アヴドゥルはそう自分に言い聞かせた。
しかし、その胸の内には、暗い嫉妬の炎が密かに燻り続けていた。
自分以外の男が江里子を抱くなんて許せない、と。














急いで買い物を済ませたジョースターは、紙袋を携えて203号室を訪ねた。
一応ノックはしたが、鍵は開いていた。


「お帰りなさい。」
「何買いに行ってたんだよ、ジョースターさん。」

ジョースターが中に入ると、花京院とポルナレフが立ち上がって出迎えた。二人共、笑顔がぎこちなく強張っていた。


「皆、こっちへ来てくれ。」

ジョースターは、アヴドゥルの座っているソファの周辺に全員を呼び寄せ、紙袋をテーブルの上に置いた。そして、密かに呼吸を整えて、心の準備をした。


「・・・時間がないから単刀直入に言う。君達の内の誰かが、今すぐエリーを抱け。」

誰も何も応えなかった。
応えられよう筈がない事は、ジョースター自身、分かっていた。
前々から、薄々気付いていたのだ。ここにいる4人の若者達が全員、エリーを憎からず想っている事に。


「はっきり言っておく。これは色恋の話じゃあない。敵との闘いだ。
エリーの命を盾に取られた状態での、闘いなのだ。それ以外の何物でもない。
皆、まずその事を肝に銘じてくれ。」

動揺を必死に隠そうとしている若者達に向かって、ジョースターは厳しくそう言い放った。まだ人生経験の浅い彼らに、どれ程難しくて残酷な事を命じているのか、その自覚はあった。
だが、江里子にとって祖父程の歳の自分がそれをするというのは、それこそ残酷すぎる話であるし、ジョースター自身も江里子を女と見なす事は出来なかった。
江里子が自分にとって孫娘も同然だからという理由も勿論あるが、実のところ、そればかりではなかった。

今を遡ること5年前、ジョースターは老いらくの恋に身をやつしてしまった事があった。誰にも言えない、道ならぬ恋だった。
相手は奇しくも、江里子と同じ日本人の若い娘だった。
彼女はまだ学生の身で、これから先、幾らでも輝くような未来がある事を知りながら、彼女のひたむきすぎる愛に心打たれ、年甲斐もなく己の気持ちを抑えられず、心のままに彼女を求め、手に入れてしまった。
しかしそれは、決してしてはならない事だった。
彼女と同じ時の中で、共に人生を歩んでいける訳でもない身で、開いたばかりの美しい花を摘み取ってしまった罪の意識は、今もまだ、ジョースターの心の中から消えていなかった。



「・・・それを踏まえた上で、エリーの相手を誰が務めるかは、話し合って決めて欲しい。」

過去への感傷から現実に立ち返ったジョースターは、再び若者達をまっすぐに見据えた。


「くれぐれも仲間割れする事のないように、決して禍根を残す事のないように。
このような下劣な罠に嵌って、我々が決裂するような事があってはならん。
それこそが正しく敵の思うつぼなのだ。分かるな?」

まだ誰も返事をしなかったが、ジョースターの方も、無理に返事をさせる気はなかった。彼らが皆、それをよくよく理解している事は、返事を求めずとも分かっていた。


「儂は4Fの部屋を一人で使う。ここに残る一人を除いて、他は3Fの部屋を使ってくれ。明日の朝9時に、ロビーで集合という事にしよう。」

それはジョースターなりの、若者達へのせめてもの配慮だった。
誰が想いを遂げたのか、誰が涙を呑んだのか、自分には何も分からないように、と。
せめてそうして、複雑な彼らの事情に一歩たりとも踏み込まずにいる事しか、ジョースターには出来なかった。


「今夜これからの事は、儂は一切聞かん。従って、報告は何も必要ない。
ただ、エリーがいつも通りの元気な姿でロビーに現れてくれればそれで良い。」

ジョースターは、向こうのベッドで眠っている江里子に視線を投げ掛けた。
江里子には、詫びても詫びきれない。あの父親にも、ホリィにも、申し開きのしようもない。大事な大事な乙女の純潔を、本人の意思とは関係なく、問答無用に失わせてしまうのだから。
しかし、他に打つ手が無い以上、どうしようもなかった。


「儂の願いは2つだ。あの娘の無事と、そして、君達の変わらぬ友情。
儂の願いは、その2つなのだ。
くれぐれも、くれぐれも、互いを傷つけ合い、信頼関係を損ねる事のないようにな。」

それは恐らくほぼ不可能な事だと知りながらも、ジョースターにはせめて、そう願う事しか出来なかった。


「・・・必要な物は用意した。エリーを頼むぞ。絶対に、助けてやってくれ。」

ジョースターは405号室のルームキーを手に、一人でその部屋を出て行った。






















ジョースターが出て行った後、室内は再び痛い程の緊張感と沈黙に包まれた。


「・・・・・必要な物って何なんだよ。何買ってきたんだあの人。」

ひとまずそれを打ち破ろうと、ポルナレフは何気なくジョースターの置いていった紙袋の中を見て・・・・・、硬直した。


「・・・・・・・・・」

中身は、コンドームの箱だった。
今になってみれば考えなくても分かる事なのだが、うっかりこんな墓穴を掘ってしまう位、緊張していたのだ。


「何なのだ。」

ポルナレフの反応が少し気になって、アヴドゥルも同じように袋の中を覗き、そしてやっぱり固まった。
二人が立て続けにフリーズした事でピンと来て、承太郎は紙袋を取り上げ、中身をテーブルの上にぶち撒けた。すると、想像通りの物がバラバラと飛び出して来て、承太郎は深々と溜息を吐いた。


「・・・やれやれだぜ。あのジジイ、どんだけ買ってきてやがんだ。」
「1ダース入りが1ダース・・・・、なかなか凄まじい量だね。」

花京院が少し引き攣った笑いを浮かべながら、散らばったそれらを几帳面に揃えて積み上げた。そうして見るとかなりの圧巻で、これから先の事を否が応にも連想してしまい、アヴドゥルは居た堪れずに目を逸らした。


「幾ら何でも買い過ぎだろコレ・・・。つーか積むなよ花京院。あからさま過ぎんぜ・・・・。」
「す、すまない・・・・。散らばっているのが何となく気になってつい・・・・」

ポルナレフも、そして積んだ本人の花京院さえも、同じように目を逸らしてしまった。
皆、緊張しているのだ。
互いにそれが分かっていながらも、どうする事も出来ない、そんな状態だった。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

また、沈黙が流れた。
承太郎とポルナレフのライターの音が途中でそれぞれ小さく鳴っただけで、後は誰も、一言も発さなかった。
しかし、いつまでもこうしてグズグズしてはいられない。
江里子はまだ目覚めていないが、薬の効果が切れた訳ではない筈なのだ。
一刻も早く事に及ばなければ、江里子は発狂するか、死んでしまう。肉体の死も、精神の死も、どちらも絶対に阻止せねばならない。
その為には、もうこれ以上、一刻の猶予もならなかった。



「・・・・皆、出て行ってくれ。」

遂に花京院が口火を切った。


「僕が江里子さんを抱く。」

あれだけ緊張して躊躇っていたのが嘘のように、一度口にしてしまうと、自分でも驚く位に開き直れた。
しかしそれは、やはり恐れていた事態の発端となった。


「・・・・ちょっと待てよ。何だよその一方的な発言は。」

ポルナレフが、不穏な眼差しで花京院を睨んだ。


「誰もやろうとしないから、僕が名乗りを上げただけだ。時間がない。早く出て行ってくれ。」
「ふざけんなよ・・・・、誰もやろうとしないだと?勝手に決め付けんじゃあねぇよ・・・・」

仲間割れなど決してしてはいけないと頭では分かっているのに、胸の中に詰まったどす黒い感情がざわめいて、ポルナレフを駆り立てた。


「出て行くのはテメェの方だぜ花京院。エリーは俺が抱く。チェリーボーイは引っ込んでな。」
「っ・・・・・!」

挑発とも取れるそのあけすけで直接的な表現に、花京院も冷静さを失くした。


「どうしてそう挑戦的になるんだ!?さっきジョースターさんも言っていただろう!これは色恋じゃなくて闘いなんだ!僕達が仲間割れしている場合じゃあないッ!」
「きっかけを作ったのはテメェだぜ花京院!テメェが俺達の意思も確認せずに勝手な事を抜かすから・・・」
「やめないか二人共!!」

口論を始めたポルナレフと花京院を、アヴドゥルが一喝した。


「ジョースターさんが言っていた事をもう忘れたかポルナレフ!
お前がたった今言った事だぞ花京院!
これは敵との闘いなのだ!我々は決して決裂してはならない!それこそが、あの下衆野郎の狙いだからだ!」

正論で二人を諌めておきながらも、しかしアヴドゥルの本心は、その通りではなかった。本当は、まっすぐに自分の気持ちを曝け出す二人の口論を、とても聞いていられなかったのだ。
自分に正直な二人の言い合いを聞いていると、必死で抑えている暗い嫉妬の炎が、燃え盛ってきてしまいそうで。


「・・・この際、気持ちの問題は置いておこうじゃないか。
大事なのは我々の感情ではなく、エリーの命だ。そうだろう?」

アヴドゥルは無理矢理自分を抑え込み、冷静にそう言い聞かせた。
ポルナレフと花京院に対しても、そして、嫉妬の炎にじりじりと焦がされている自分自身に対しても。


「・・・だったらよぉ、取り敢えずお前だけでも出て行ってくれよ、アヴドゥル。」

しかしポルナレフは、態度を改めて落ち着くどころか、より一層挑戦的になっただけだった。


「何!?」
「頭数が減りゃあ、それだけ早く話が纏まる。エリーの事を思うんなら、まずは自分が行動に移してくれ。」
「っ・・・・・・!!」

全身の血が一瞬で沸騰し、アヴドゥルは反射的に怒鳴りそうになった。そう言うお前の方こそ出て行けば良い、と。
だが、言えなかった。
ジョースターと共に出て行こうと決めておきながら、結局この場を離れられなかった自分を、自分のその身勝手さを、ポルナレフに見透かされたような気がして。


「・・・ヘヘッ、そら見ろ。結局よぉ、どいつもこいつも、テメーの感情優先なんじゃねぇかよ・・・・。何が気持ちの問題は置いておこうだよ・・・・。出来もしねぇ事言いやがって・・・・」

ポルナレフは薄く笑って皮肉を飛ばした。
大人ぶってやせ我慢しているのが丸分かりのアヴドゥルも、青臭い未熟な小僧の癖にいちいち小賢しい事を言う花京院も、自分は別格だと言わんばかりに落ち着き払っている承太郎も、皆、皆、腹立たしかった。


「ああそうだよ!出来るか、んな事!俺はエリーが好きなんだよ!幾らオメーらにだって渡したくねぇんだ!テメーの感情は横に置いとけって言われても、そんな事出来っこねーぜ!俺はロボットじゃねえ、生身の男なんだ!感情があるんだよ!」

何より一番腹立たしいのは、彼らにそんな邪な気持ちを持つ自分自身だった。
命を懸ける事の出来る仲間なのに、この世の誰より信頼しているのに、女一人を取り合うなんて、どうしてこんな次元の低い下世話な揉め事を起こしているのか。考える程に情けなくて、涙が出そうだった。
だがそれでも、退く事は出来なかった。ポルナレフにとっては、江里子もまた、この世の誰より大切な女だった。
愛する者を全て亡くした天涯孤独のポルナレフにとって、江里子への想いは、己の心に宿るたったひとつの愛だった。


「大声を出すなポルナレフ。・・・そんな事は、お前に言われなくても分かっている。」

泣きそうに潤んでいるポルナレフの瞳を見た瞬間、燃え盛るような怒りが、アヴドゥルの中から引いていった。


「・・・だから、泣くんじゃあない。」
「・・・・・泣いてねぇよ・・・・・」

元々、ポルナレフが悪いのではないのだ。愛する女を他の男に抱かせる、それ自体がそもそも不可能な話なのだ。
その不可能を実行せねばならない状況に追い込まれてしまったというだけで、本来、この中の誰が悪い訳でもない。それを思うと、怒りがやり場のない無力感へと変わっていった。


「・・・・どんな頑丈な堤防も、蟻が内側から開けた小さな穴一つであっさり決壊する、か。悔しいが、あの野郎の言ってた通りだな。」

承太郎は思わずそう呟いた。
激しい口論の末、また押し黙ってしまった仲間達を見ていると、あのラビッシュの言っていた事が骨身に沁みて理解出来た。


「ああ・・・・。あの男はある意味、今までで一番の強敵だ・・・・。どうすれば良いんだ、僕らは・・・・。」

幾ら考えても、打開策がまるで見つからない。
たとえ断腸の思いでこの部屋から出て行ったとしても、ジョースターの言ったように、後々に禍根を残さないでいる事は、とても出来そうにない。
かと言って、このまま江里子を見殺しにする事も出来ない。
花京院は途方に暮れて、両手で顔を覆った。




「・・・・・やれやれだぜ。何で揃いも揃って、こんなブスに惚れてんだかな、俺達は。」

承太郎は煙草を灰皿に押し付け、江里子の方へと歩いて行った。


「コイツきっと、何も分かってねぇぜ。今に限っての事じゃあなく、前からずっとな。ったく、冗談じゃねぇよな。人の気も知らねぇでよ・・・・・。」

大の男が4人、雁首揃えて悩みに悩んでいるというのに、当の本人はスヤスヤと眠っている。そのあどけない寝顔を見ていると、心配やら腹立たしいやらで、胸の中がモヤモヤとする。
そのモヤモヤに任せて、承太郎は江里子の被っている上掛けを勢い良く引っ剥がした。


「じょ、承太郎!?」
「お、おい・・・・!」
「お前まさか・・・・!」

承太郎のその行動に、花京院も、アヴドゥルも、そしてポルナレフも、ギョッとして目を見開いた。
まさか、早い者勝ちの実力行使に出たのか、と。


「この際、コイツに選ばせようぜ。コイツが選びゃあ、丸く収まるだろ。」

だが勿論、そうではなかった。
承太郎がそう言うと、花京院達は明らかに安堵した表情になり、皆次々と江里子の周りに集まってきた。


「そ・・・、それはそうだ・・・。確かに、江里子さんが選んだのなら、納得するより他にはない・・・・。」
「けど、それが出来んのかよ・・・!?あのカマ野郎の話じゃあ、もうとっくに発狂していてもおかしくねぇんだろ・・・!?」
「それは元々ドラッグ中毒の女の話だろう?エリーはそんな女性ではないし、性格だって人一倍気丈だ。気を失う寸前までしっかりしていたし、まだ大丈夫な筈だ。・・・必ず・・・、きっと・・・・・」

花京院も、ポルナレフも、アヴドゥルも、不安そうではあったが、承太郎の提案そのものに反発する様子はなかった。


「・・・じゃあ、コイツに選ばせるって事で良いな?」

承太郎が念を押すと、他の3人はそれぞれ真剣な顔で頷いた。


「ああ・・・・・!」
「誰が選ばれても・・・・・」
「恨みっこなしだぜ・・・・・!」
「・・・・・よし。」

花京院も、アヴドゥルも、ポルナレフも、そして承太郎も、腹を括った。
そもそも、今この場にいる者は皆、運命を共にしている仲間なのだ。
江里子が望んで選ぶのなら、誰になろうと不服はない、と。
たとえ自分が涙を呑む事になっても、選ばれた仲間を恨みはしない、と。

















「・・・よし。では、エリーを起こして話をしよう。エリー、エリー・・・・」

アヴドゥルは、江里子の肩を遠慮がちに揺さぶった。
しかし、江里子は目を覚まさなかった。


「お、おい・・・・!まさかもう手遅れって事じゃねぇだろうな・・・・!?俺達がゴチャゴチャやってた間に、まさかもう・・・・!」
「どけポルナレフ。おい江里、起きろ。」

承太郎がポルナレフを押し退けて、江里子の額に強烈なデコピンをかました。
その勢いに、花京院は思わずうろたえた。


「じょ、承太郎!女の子相手にそんなきつく・・・!」
「加減はしてるぜ。・・・お。良かった、起きたぞ。」

江里子は一瞬顔を顰めてから、ゆっくりと目を開けた。
目覚めた江里子と真っ先に目が合ったのは、アヴドゥルだった。


「エリー。私が分かるか?」
「・・・・アヴ・・・ドゥル・・・・さん・・・・・・」

アヴドゥルが優しく呼び掛けると、江里子はぼんやりとしながらも、ちゃんと声に出して応えた。
まずその事に、一同は安堵した。


「良かった、分かるのだな・・・・!良かった・・・・・!」
「・・・・・・・」
「こ、ここはホテルの部屋だ。もう大丈夫だ。だからその、安心してくれ・・・・。」
「・・・・・・・」

アヴドゥルは江里子に笑いかけたが、江里子は微笑み返さなかった。黒く潤んだ瞳で、ただぼんやりとアヴドゥルを見つめるばかりだった。


「ああ・・・・・、うむ・・・・・・」

こんな間近で江里子と見つめ合った事など今まで無かった事に気付いたアヴドゥルは、思わずゴクリと喉を鳴らした。
まるで免疫が無い訳でもないのだが、色事は決して得意な方ではないアヴドゥルにとって、この状況は大層緊張するものだったのだ。


「・・・・・その・・・・・・、エリー。落ち着いて、良く聞いてくれ。」

だが、こんな事で緊張している場合ではない。
アヴドゥルはまっすぐに江里子の目を見て、江里子が聞き取り易いよう、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「・・・・・今から、私達の内の誰かが・・・・・、君を抱く。」

一番言い難い部分を口にしてしまうと、喉に詰まるような羞恥心がみるみる薄れていった。


「そこで、その相手を、君に選んで貰いたいのだ。
だが、心配しないでくれ。
私達の関係は、今までも、これからも、何も変わらない。
君が誰を選んでも、我々4人の友情と信頼は決して壊れないし、勿論、我々の君に対する気持ちも、何も変わらない。
例えば、君が私以外の誰かを選んでも、私は変わらず君を・・・」

君を愛している、そう言いかけて、アヴドゥルは言葉を切った。


「・・・・・君の、良き友人でい続ける。約束する。」

土壇場で本心を隠したのは、只々、江里子の為だった。
江里子を悩ませる要因は、ほんの僅かでも取り除いてやりたかったのだ。
誰を選ぼうが、江里子はきっと、仲間の和を壊してしまったという罪悪感を持ち、自分を責めて、傷付いてしまうだろうから。


「それは、承太郎も、花京院も、ポルナレフも、皆同じだ。
皆、心から君を案じているのだ。
だから君は、余計な事は何も気にせず・・・・・、選んでくれ。」

決して、決して、傷付かないで欲しい。自分を責めないで欲しい。
心の中でそう願いながら、アヴドゥルは江里子からの返事をじっと待った。
しかし、江里子はアヴドゥルをじっと見つめたまま、一言も発さなかった。


「エ、エリー・・・・・?エリ・・」

江里子の表情に気付いた瞬間、アヴドゥルはハッと息を呑んだ。


「っ・・・・・・・!」

しっとりと潤んだ黒曜石の瞳は、アヴドゥル一人をまっすぐに見つめており、小さな唇が、口付けをねだるように薄く開かれていた。
そう、その表情は、誘惑。
それ以外の何物でもなかった。


― ま、まさか・・・・・、俺なのか・・・・・!?

アヴドゥルの心臓が、早鐘を打ち始めた。
釘づけにされていると、江里子がゆっくりと手を伸ばしてきた。


「エ、エリ・・・ッ・・・・!」

江里子の小さな手はアヴドゥルの頬を撫で、それからそのほっそりとした指先で、アヴドゥルの唇をなぞった。
その感触に、アヴドゥルはまた喉を鳴らした。


― ほ、本当に、本当にエリーが俺を・・・・!?俺で良いのか、エリー・・・・!?と、というか、人前じゃあないか・・・・!だ、駄目だ、皆が見ている前でこんな・・・・!し・・・、しかし・・・、しかし・・・・、抗えん・・・・・!


驚きも、人前だという羞恥心も、結局、ストッパーにはなり得なかった。
江里子への想いが成就した悦びと、初めて見る江里子の『女』の顔に完全に悩殺されて、アヴドゥルは香しい花に引き寄せられる蜜蜂のように、ゆっくりと江里子に覆い被さっていった。
だが、その瞬間。



「ぬぅっ・・・!?」

突然、江里子の腕がアヴドゥルの首をかき抱き、自分の方へ引き寄せた。それは、情熱的というよりは、些か性急で乱暴だと感じるような勢いだった。


「ぶっ・・・・・・!」

驚く暇もなく、江里子の唇が、アヴドゥルのそれに押し付けられた。それもまた、キスをしたというよりは、正面衝突の事故を起こしたというような勢いだった。


「ああっ・・・・、はぁっ・・・・!」
「ちょっ・・・!エ、エリーッ・・・!ちょっと待ってくれ・・・、待っ・・!」

再び、唇が『正面衝突』した。
その拍子に江里子の歯が当たったらしく、アヴドゥルの唇に痛みが走った。
それ自体はどうという事はないのだが、ともかく江里子の勢いが激しすぎて、アヴドゥルは堪らず、手をばたつかせて助けを求めた。


「おっ、おいっ!誰かっ・・・、誰か助けてくれっ!助けっ・・・・!」
「あ・・・、ああ・・・!」
「おう・・・・・!」

首を抱え込まれているアヴドゥルが、もがきながら助けを求めると、それまで呆然としていた3人はようやく我に返り、江里子からアヴドゥルを引き剥がしにかかった。


「ポルナレフッ!そっちの腕を剥がしてくれ!」
「お、おうっ!」
「江里子さんっ・・・!江里子さん、ちょっと落ち着いて・・・!落ち着いて下さいっ・・・・!」

花京院はポルナレフと共に、アヴドゥルの首にしっかりと巻き付いている江里子の腕を片方ずつ引き剥がした。
アヴドゥルはその隙に、承太郎に庇われて逃げ遂せる事が出来たのだが。


「はぁっ・・・・、はぁっ・・・・、はぁっ・・・・・、ふふっ・・・・」
「・・・・・・・・・え」

その時には、江里子は既に、花京院に艶然と微笑みかけていた。


「え、江里子さ・・わぁっ!!」

江里子はベッドの上に身を起こし、花京院に抱き付いてきた。
いや、抱き付くというよりは、飛び掛かってきたと言おうか。


「ちょ、ちょっと待って下さい江里子さんっ!危ないっ、危ないからっ・・うわぁぁっ!!」

江里子を受け止めた花京院は、その勢いに押されて床にひっくり返った。
その拍子に多少後頭部をぶつけたが、それ自体は大した事はなかった。
だが。


「・・・はっ・・・・!?」
「うふふっ・・・・・・・」

気が付くと、江里子が花京院の腹の上に馬乗りになり、扇情的な眼差しで見下ろしていた。


「あぁ・・・・・、花京院・・・さん・・・・・」
「え・・・・、江里・・子・・・・さ・・・・・」

江里子は恍惚とした声で花京院の名を呼び、その手で花京院の胸を弄るように撫で回した。
女性にそんな事をされるのは勿論これが初めてで、花京院は羞恥と興奮に思わず声を詰まらせた。その瞬間。


「うんっ・・・・!」
「わぁっ!ちょ、ちょっとそんな、江里子さんっ・・・・!」

江里子は突然、花京院の学ランの前を無理矢理開こうとし始めた。


「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい・・・・!乱暴は・・・、乱暴はやめて・・・・!」

これじゃあまるで男女逆だと頭の片隅で考えながらも、花京院は江里子の手首を掴み、上擦った声でやめてと繰り返す事しか出来なかった。


「だ、誰か!誰か助けてくれぇっ!」
「江里、やめろっ!」
「エ、エリーッ!やめろ!やめろって!」

花京院が堪らずに助けを求めると、ポルナレフと承太郎が助けに入った。


「江里!しっかりしろ!トチ狂ってんじゃあねーぞ!」
「取り敢えず落ち着け!取り敢えず落ち着け!良い子だから!な!?な!?」
「いやぁっ、放して・・・・!放してぇっ・・・・・!」

承太郎とポルナレフに片腕ずつ掴まれて、花京院の上から無理矢理引きずり下ろされた江里子は、身を捩って悲しげに泣き叫んだ。


「・・・・あれだけ気丈で、慎み深い江里子さんが・・・・」
「こんな風に乱れるなんて・・・・、信じられん・・・・・」

花京院は立ち上がって学ランの前を正しながら、アヴドゥルは唇に滲んだ血を指で拭いながら、それぞれ呆然と呟いた。


「エリー・・・・・、なあエリー・・・・、落ち着いて答えてくれよ・・・・・。
お前はアヴドゥルが良いのか?それとも、花京院が良いのか?」

江里子の右手首を掴んだまま、ポルナレフは問いかけた。
しかし江里子は悲しげに泣きながら、何度も首を振るばかりだった。


「いやぁ・・・・!いやぁ・・・・!」
「嫌だ嫌だじゃ分かんねぇだろ。ちゃんと答えろ。江里。」
「いやぁっ・・・・・!」

誰が何を言おうが、江里子はただ啜り泣くばかりだった。
悲しげに、そして、苦しげに。


「・・・もう・・・・駄目・・・・、お願い・・・・!」

掴まれている両腕を振り解こうともがきながら、江里子は誰にともなく乞うた。


「お願い・・・・、抱いて・・・・・、抱いてよぉっ・・・・・・!」

それはもはや、承太郎達の知る江里子ではなかった。


「・・・なあ、何つってんだ・・・・?」

江里子はもう、言葉を英語に切り替える事さえ出来ていなかった。それは即ち、最低でも気持ちの余裕が、最悪の場合は理性が、無くなっていると言える状態だ。
日本語が分からないポルナレフは、不安を押し殺して花京院に尋ねた。


「・・・・お願いだから・・・・、抱いてくれと・・・・・」

ここまでになってしまった以上、嘘を吐いても、もはや江里子の名誉は守れない。
辛そうに啜り泣く江里子に心の中で詫びて、花京院は正直に答えた。


「だ、誰に・・・・?」
「・・・・・・・」

花京院は無言のまま、微かに首を振った。
ポルナレフ自身の耳で聞いた限りでも、誰の名前も聞き取れなかったが、やはり、誰か特定の相手を示した訳ではないようだった。
それはつまり、逆を返せば・・・・


「・・・・・・・・」

ポルナレフは固唾を呑んだ。
今この瞬間、自分の頭の中に生まれた考えにゾッとして。


「・・・・・なぁ。いっそ・・・・・、全員でどうだ・・・・・?」

だが、それ以外に考え付く打開策はなかった。












喉から絞り出すようなポルナレフの低い呟き声を聞いた瞬間、その場が凍りついた。
あまりに突拍子もなければモラルもない、その発言の意味を理解するのに、全員、幾ばくかの時間を要した。


「・・・・・何・・・・・、何言ってるんだ・・・・・?」

ポルナレフの言っている事は、まだ女性を知らない17歳の花京院には、受け入れ難い話だった。
そんな事は、物事の節度を知らない愚かな男女の乱交か、さもなくば犯罪でしか成り立たないのに、ここにいる全員でそれをしようだなんて。
共に命を懸けて闘っている仲間全員で、心から愛している江里子を『共有』しようだなんて。


「ポルナレフ・・・・・、お前まさか・・・・・!」

只でさえ傷ものにしてしまう事になるというのに、そんな弄ぶような扱いをしてしまっては、江里子の身体ばかりか尊厳までをも傷付けてしまう。
いや、傷付けるどころか、取り返しのつかない程、決定的に壊してしまうだろう。
それは文化の違いや宗教に関わりなく、そうだと言い切れる。
なのにそれをしようというポルナレフの提案に、アヴドゥルは怒りも通り越して酷いショックを受けていた。


「テメェ、正気か・・・・・!?」

承太郎もまた、愕然としていた。
一人の女を複数の男で抱こうなんて、正気の沙汰ではない。
そういう事をやらかしては武勇伝のようにひけらかす下らない連中でさえ、本命の女は独占し、他の男を近付けたがらないもの。
つまり、愛する女には絶対に出来ない事なのだ。
何故ならそれが男の性、雄の本能だから。


「そんな変態を見るような目で見るんじゃあねぇよ。誰より俺自身が信じられねぇんだからな・・・・・。
だがよ、仕方ねぇだろ・・・・。俺達がこのまま牽制し合ってたら、エリーが手遅れになっちまうだろうがよ・・・・!」

だがポルナレフは些かも怯まず、鋭い眼差しで全員を睨み返した。
鬼気迫るその表情に、全員、思わず息を呑んだ。


「下世話なポルノじゃあるまいし、そんな事、俺だってしたかねぇよ・・・・。
けど俺達、誰も一歩も退けねぇじゃねぇかよ・・・・。一刻を争う状態だって分かってるくせによ、それでも譲れねぇじゃねぇかよ・・・・」

鬼気迫る、だが、泣き出しそうにも見えるポルナレフの表情には、彼の覚悟が見て取れた。


「本当ならよ、恋の鞘当てってのはもっとこう、ドキドキするような際どい駆け引きを重ねてよ、それを十分楽しんだり悩んだりしてから、最終的に誰を選ぶか迫るもんだけどよ、俺達には、もうその時間はねぇんだよ・・・・」

ポルナレフは悲しそうなその瞳を、江里子に向けた。
甘く危険な罠の中に、完全に囚われてしまっている江里子に。


「エリーも選べねぇ、俺達も退けねぇってんなら、それこそ感情を横に置いとくしかねぇ・・・・!何もかも全部置いといて割り切るんだよ、今はエリーを満足させる事だけ考えるんだ・・・・!
だってよ、手遅れになっちまったら、恋の鞘当てどころじゃねぇだろ・・・・!?
俺は、意地っ張りで可愛げのねぇエリーが好きなんだよ・・・!発狂して廃人になったエリーなんて見たくねぇし、ましてや死なせたくねぇ・・・・!それはお前らも同じ筈だろ・・・・・!?」

ポルナレフは、仲間一人一人の目を見てそう訴えかけた。
伊達や酔狂で軽はずみにこんな恥知らずな事は口走れない。
そう、ポルナレフは本気だった。
後はその気持ちに、仲間達が応えてくれるかどうかだった。



「・・・・・考えられない・・・・・、とんでもない話だ・・・・・」

やがて、アヴドゥルが口を開いた。
十分に予想はしていたが、やはり予想通りの拒否反応だった。

・・・・かに思えたが。


「・・・だから、今宵一夜・・・・、一晩限りだ。それで、今夜これからの事は、綺麗さっぱり無かった事にしよう。・・・少なくとも、俺達の気持ちの上では。」

アヴドゥルの出した結論は、ポルナレフの予想を裏切った。


「・・・確かに、その媚薬の効果がどれ程のものか分からないからな。頭数があった方が安心だというのも一理ある。4人もいれば、きっと江里子さんを救えるに違いない。」

いや、アヴドゥルのみならず、花京院も。


「・・・やれやれ、とんでもねぇ事になってきたな。だが、そこまでやるからには、何が何でもコイツを正気に戻さねぇとな。」

そして、承太郎までもが。


「・・・・・え・・・・・・?」
「何だ?何を驚いている?お前が言い出した事だろう?」
「まさか、人を焚きつけておいて、一番先にヒヨる気じゃあないだろうな?」
「おいおい、今更冗談じゃねぇぞ。」

アヴドゥル、花京院、承太郎は、ポカンと口を開いているポルナレフを軽く睨んだ。
するとポルナレフはハッと我に返り、慌てて首を振った。


「い、いや、そうじゃねぇ・・・・!ただ、驚いただけだよ・・・・・!まさか賛成されるとは思ってなかったから・・・・・」
「何だそれは。」

アヴドゥルは思わず苦笑した。
ポルナレフがどれだけの思いでああ言ったのか、それを考えると、さっきまで胸の中を焼き焦がしていた嫉妬の炎が消えていった。


「但し、今言った通り、今夜一晩限りで無かった事にする。
これは色恋沙汰ではなく敵との闘いであって、エリーはまだ誰のものにもなっていない。だから我々の関係は、今までと何も変わらない。良いな?」
「・・・ええ。分かっています。」

花京院は微かに笑って頷いた。


「人一倍、人に気を遣う江里子さんの事です。正気に戻ったら、きっと自分を責めたり、自己嫌悪したりしてしまう。現にさっきだって、僕らに迷惑を掛けまいと、無謀にも一人で何とかしようとしていた。
そんな彼女の事だ、下手をすれば今度こそ本当に行方をくらませたり、最悪の場合・・・・、・・・・こんな事は言いたくないが、自殺だって考えかねない。
そうさせない為に、僕らは絶対にこれまで通りでいなければならないんだ。
彼女の為だけではなく、僕ら自身の為にも。ここで僕らの信頼関係が損なわれてしまったら、DIOを倒すなんて到底不可能だ。」

それはきっと、口で言う何倍も難しい事だろう。
だが、命を懸ける事の出来る仲間達も、心から愛する女性も、どちらも絶対に失いたくない。
だから、何としても成し遂げてみせる。花京院はそう心に誓った。


「・・・フン。」

こんな奸計にまんまと堕ちて粉微塵になる程、この絆はヤワじゃない。
もう駄目だというような窮地を、これまで何度も何度も共に乗り越えて、作り上げてきたのだから。
今度とて、例外ではない。承太郎はそう強く信じた。



「・・・エリー、待たせたな・・・・・」

江里子は床にへたり込んで、掻き毟るように我が身を抱きしめて啜り泣いていた。
指先が二の腕に食い込む程、力が籠ってしまっている。
ポルナレフは江里子の前にしゃがみ込み、細い手首を掴んでやんわりと腕を解いた。


「辛かっただろう。すぐに、楽にしてやるからな・・・・・」
「うぅ・・・・・」

目の焦点の合わない、ぼんやりと放心したような、生気のない表情だった。
失いたくない。江里子まで、母のように、父のように、そしてシェリーのように。
せめて江里子と、この仲間達だけは。


「さあ・・・・・・」

ポルナレフは江里子を抱き上げ、ベッドに優しく横たえた。
江里子は、これからされる事を分かって期待しているのか、熱く潤んだ瞳でポルナレフを見上げていた。


― エリー、すまねぇ・・・・。許してくれ・・・・・。


ファーストキスも、ロストバージンも、女ならそれなりの憧れを持っていて当然だ。
それをことごとく叶えてやれないのが、どうにも心苦しかった。
ファーストキスは乱暴に奪われ、バージンまで自分の意思とは無関係に失うなんて、もしも自分が女なら、一生後悔してしまいそうだし、相手の男を一生恨んでしまいそうだ。
だが、恨むのも後悔するのも、全ては命あっての物種。
せめて甘いムードを作ってゆっくりと進めてやりたいが、もはやその猶予もない。
心の中で詫びてから、ポルナレフは一思いに江里子のブラウスを脱がせた。


「っ・・・・・・・!」

花京院は反射的に目を逸らしてしまったが、こんな程度で恥ずかしがっている場合ではないと自分を叱責し、すぐに江里子の方へ視線を戻した。
江里子のブラウスを床に落としたポルナレフは、キャミソールも躊躇いなく脱がせ、更には背中に手を差し入れ、ブラジャーもさっさと外してしまった。


「っ・・・・・・・!」

豊かに盛り上がる江里子の乳房を目の当たりにし、花京院は思わず生唾を飲み込んだ。
白くきめ細かな柔肌と、小さな果実のようにツンと立ち上がった乳首に、己の中の男の本能が一瞬で刺激されたのが分かった。
しかし、それは花京院だけではなかった。
承太郎も、アヴドゥルも、ポルナレフも皆、その目に抗いようのない本能を宿し、どんどん露になっていく江里子の姿態を食い入るように見つめていた。


「・・・・・・」

ズボンのジッパーが下ろされ、脚から抜き取られていくにつれて、柔らかい曲線を描く腰、程良く肉のついた張りのある太腿が、次々と曝け出されていく。
そしてとうとう、ショーツの脇に指がかかったが、江里子は全く抵抗しなかった。


「・・・・・っ・・・・・」

ポルナレフは一瞬躊躇した後、江里子のショーツを脱がせた。
明るい部屋の中で、文字通り一糸纏わぬ姿を4人もの男達に見られていても、江里子は全く恥じらわなかった。
しどけなく横たわり、薄く開いた唇から微かな吐息をただ零すだけで、貴方の好きにして下さいと言わんばかりのその従属的な姿は、4人の中の男の本能を否応なく刺激し、これでもかと煽り立てた。


「・・・・・始めようぜ・・・・・」

長い長い夜が、今、始まった・・・・・。




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後書き

※ご注意※
この先の第43話と第44話は、裏夢となっております。
18歳未満の方、こういった内容が苦手な方は、閲覧せずに第45話(最終回)へとお進み下さい。