星屑に導かれて 38




『ハァ〜イジョセフ、私よぉ♪』

承太郎が電話を取った瞬間、緊迫感溢れる室内に、承太郎の祖母・スージー・Qの呑気な声が響き渡った。


『話し足りなかったから、ローゼスをとっちめて、番号を聞き出したわ♪』

安堵と脱力感に、江里子達は思わず揃ってガックリと肩を落とした。


『・・・ん?どうして黙ってるの?それに、いやに騒々しいホテルねぇ・・・・。
ずぅ〜っと、サイレン?みたいなのが鳴ってるし、それにその水音。バスタブでも壊れたの?』
「・・・悪ぃがジジイは今、電話に出られねぇ。」

承太郎が話した途端、スージー・Qの声に緊張が走った。


『はっ・・・・・!その声は、まさか・・・・・・!承太郎!!
ジョセフは!?日本にいる筈のお前が、どうして出張先にいるの!?』
「・・・・・」
『返事なさい!承太郎!』

スージー・Qは、厳しい口調で承太郎を叱りつけた。


「・・・・・心配は要らねぇぜ、スージー祖母ちゃん。」
『えっ・・・・・』
「祖父さんには、俺がついてる。」
『・・・・・・』
「じゃあな。落ち着いたら後で掛け直させる。」
『承太郎・・・!!』

承太郎は、静かに受話器を置いた。
束の間、その場は静まり返った。
しかし、危険はもうすぐそこまで迫ってきていた。


「・・・っ!掴まれーーッ!!!海底に激突するぞーーーッッ!!!」

それに気付いたアヴドゥルが叫んだ時には、もうどうにもならなかった。


「オーマイガーッッ!!」
「キャーーーーッ!!!!」

気絶したジョースターの代わりに彼のお決まりの口癖を叫ぶポルナレフに抱きしめられながら、江里子もまた、声の限りに絶叫した。
その直後、凄まじい衝撃が床から壁から伝わってきて、江里子達は全員その場にひっくり返った。


「やっぱりこうなるのかぁッ!!俺達の乗る乗り物って、必ず大破するのネ・・・・」
「くっ・・・・・、もう二度と、潜水艦には乗らねぇ・・・・」

どうにかこうにか立ち上がり、心の底から呟くポルナレフと承太郎に、江里子は声も出せないまま、コクコクと頷いたのだった。
















海底に沈没・激突・停止した時点で、只で済むとは思っていなかったが、案の定始まった浸水は、江里子の予想以上の速さで進んだ。
あれよあれよという間に水が入ってきて、今は男達の膝下辺り、江里子にとっては膝上までの水位になっていた。


「いくぞポルナレフ・・・・・」
「ああ・・・・・・・・」

依然、気絶したままのジョースターはポルナレフが担ぎ直し、一行はひとまず脱出を図ろうとしていた。


「ハァ、ハァ・・・・・、おい、酸素が薄くなってきたぜ・・・・」

江里子自身はまださほど苦しさを感じていなかったが、ポルナレフは大柄なジョースターを担いで身体の負担が増した為か、苦しげに荒い呼吸を始めた。


「花京院。スタンドの奴、どの計器に化けたか目撃したか?」

承太郎に言われて天井の計器に目を向けた花京院は、ハッと息を呑んだ。


「た、確かこの計器に・・・・・、化けたように見えたが・・・・・」

鋭い観察眼を持つ花京院も、今回ばかりは自信が無いようだった。
震える指で自信無さげに計器の一つを示す花京院を後ろに退かせると、承太郎はその前で拳を握った。スタープラチナで、それを不意打ちしようというのだろう。
皆が固唾を呑んで見守っていると、花京院の真後ろの壁の非常灯が、不意にジジジジ・・・・と微かな音を立て始めた。
いち早くそれに気付いたアヴドゥルは、後ろを振り返った。


「違うッッ!承太郎!もう移動しているッッ!花京院の後ろにいるぞーッッ!!」

非常灯に化けていたハイプリエステスが、逆にこちらの不意を突いて花京院を攻撃しようとしていた。


「ぬぅっ・・・・・!」
「ヒャアアア・・・・、ウギャーーース!!!」

承太郎が振り返った瞬間、ハイプリエステスは鋭い刃物のようなその爪を、花京院に向かって一閃させた。


「チィッ・・・・、ハイエロファントグリーン!!!」

花京院はそれを紙一重でかわし、反撃したが、ハイプリエステスはそれをすり抜けて花京院に迫った。


「おわっ・・・・!?ぐわぁぁぁーーーッッ!!!」
「花京院!!!」
「花京院さん!!」

花京院の首を斬りつけたハイプリエステスは、水浸しの床に一度着地した後、素早く壁へと飛んだ。


「オオッ!!オラァッ!!!」

そこへ承太郎がすかさず攻撃を繰り出したが、ハイプリエステスはあっさりとそれをかわした。


「ウッキィ〜・・・・、ブショアァァーーーッ!!!」

そしてハイプリエステスは、一行を翻弄するように、また壁の一部に同化していった。


「皆、ドアの方へ寄れ!!!いつの間にか、機械の表面を化けながら移動しているんだ!!!」

アヴドゥルの怒声が響き渡った。


「・・・って、言われてもよぉ・・・・!」
「この部屋にいると、全員どんどん怪我をしてダメージを受けるぞ!花京院、大丈夫か!?」
「あ、ああ・・・・!」

花京院は、傷口を手で押さえて止血しながら頷いた。
幸い、軽傷で済んだようだった。
本当なら手当てを、せめて傷口に何か巻きつける位の事はしてあげたいのだが、今はとてもそんな状況ではなかった。


「皆!隣の部屋へ行くんだッ!!」

アヴドゥルは先頭を切って駆け出し、ドアを開けようと取っ手を掴んだ。


「密室にして閉じ込めるんだ!はッ・・・・・!」

そして、その場で凍りついた。
彼が掴んだドアの取っ手は、既にハイプリエステスになっていた。


「ばっ・・・・・」
「ウッキィ〜・・・・・」
「ば、バカな・・・・・!す、既に移動して、ドアの取っ手に化けてやがる・・・・!」

ハイプリエステスは手を伸ばし、刃物のような爪を構えた。
パッと見は小さい、子供のような手だが、この爪の破壊力が如何程のものかは、既に良く知っていた。


― っ・・・・!て、手を離さなくては・・・・!こいつの爪はジョースターさんの義手をも切断する・・・・!!
  

頭では分かっていたが、行動が追い付かなかった。それ程に、ハイプリエステスの動きは素早かった。


「何ィィィッッ・・・・!!!」

その刹那、アヴドゥルは己の腕が切断されるのを覚悟した。
覚悟して、もはやその痛みに耐える事だけに意識が向いていた。
ところが、覚悟していた痛みは訪れなかった。


「ギャッ、ギッ・・・・!」

承太郎のスタープラチナが、寸でのところでハイプリエステスを捕まえ、ドアから引っ剥がしたのだ。


「アギヤァァーーーッ!!!」

スタープラチナに捕まったハイプリエステスは、獣のような奇声を上げた。


「やった!!捕まえたぞ!!」
「良かったぁ・・・・・!!」
「ああ・・・・!危なかった・・・・・!!」

ポルナレフと江里子が歓声を上げ、アヴドゥルは肺の中のありったけの空気を絞り出すような溜息を吐いた。


「スタープラチナより素早く動く訳にはいかなかったようだな。」
「ウニニニニ・・・・・!ンニニニニ・・・・・!!アンニニィ・・・・・!」
「こいつをどうする?」

もがくハイプリエステスをしっかりと捕えたまま、承太郎は皆の意向を尋ねた。
恐らく彼自身、返ってくる答えを分かっていながら。


「承太郎、躊躇するんじゃあねぇ!!情け無用ッ!!早く首を引き千切るんだ!!早くッッ!!」

ポルナレフは、逸る口調で承太郎にそう命じた。
敵とはいえ見逃してきた事は今まで何回もあったが、このハイプリエステスは見逃せなかった。
このスタンド使いが生きている限り、こちらの命は無いのだから。


「アイアイサー。」

その命を受けた承太郎は、躊躇わずにハイプリエステスを引き裂こうとした。


「グンニンニィ〜・・・・・・!!!」
「ぐっ・・・・・!」

その瞬間、水の中に、ボタボタと真っ赤な鮮血が流れ落ちた。


「ぬぅっ・・・・!?」
「や、ヤロウ・・・・・!」
「ケケケッ!」
「カミソリに化けやがった!!」

ハイプリエステスの姿は、剃刀の刃に変わっていた。


「承太郎さん、大丈夫・・」
「危ないッ、江里子さんッ!!」
「きゃあっ!!」

剃刀となったハイプリエステスは、江里子とポルナレフのすぐ側を掠めて天井に飛んで行った。花京院が咄嗟に引き寄せて庇ってくれていなければ、江里子の顔に突き刺さっていたであろう角度で。


「おわっ・・・・!」

ポルナレフは何とか自力でかわしたが、その拍子にバランスを崩し、担いでいたジョースターを水の中に落としてしまった。


「アッハッハッハッハッハッハ!!!ハッハッハッハッハッハッハ!!!」

物々しいサイレンに、ハイプリエステスの耳障りな高笑いが重なった。


「ばっ、バカな・・・・・!!」
「こいつ、強い・・・・・!!」

承太郎とアヴドゥルは、嘲笑うハイプリエステスを呆然と見上げた。


「っ・・・ぷはぁッッ!!!」

一方、放り出されて水の中に沈んだジョースターは、一瞬の間を置いてガバッと跳ね起きた。


「ハハハハハハハッ!!!アハハッ、アハハハハハッ!!!」
「承太郎に一杯食わせるなんて・・・・・!何て敵だ・・・・・!」
「アッハッハッハッハッハッハ!!アッハッハッハッハッハッハ!!」
「こっ、この状況は・・・・・!!」

ジョースターは、呆然と立ち尽くす花京院や承太郎達を見て、状況を把握したようだった。


「なんかよく分からんが、ひょっとしてピンチぃ!?」
「黙れジジイ。」

大分、大まかにではあるが。


「直接触れればやられる・・・、ならば!触れなければ良い!!マジシャンズレッド!!」

アヴドゥルがスタンドを発動させ、ハイプリエステスに向かって火炎を吐いた。


「シルバーチャリオッツ!!!」

そこへ、晴れて身軽になったポルナレフも追撃をかけた。


「チィッ、硬ぇ・・・・!!チャリオッツの剣先が刺さらぬとは・・・・!!」
「ハハハハハハハハッ!!!」

しかし、マジシャンズレッドの炎も、シルバーチャリオッツの剣も、ハイプリエステスにダメージを与える事は出来ないようだった。


「奴の姿が見えている内が、退き時じゃなあッ!!」

今度こそ正確に事の次第を把握したジョースターは、瞬時にそう判断した。


「皆!下がるんだ!!」

アヴドゥルは全員にそう指示を飛ばすと、ドアを開けた。
ドアの取っ手は、今度は本物だった。


「こ、こっちにはまだ酸素がある・・・・・!大丈夫そうだな、来い、エリー!」
「は、はいっ・・・・・!」
「だが、時間の問題だ・・・・・!」

江里子はポルナレフに促され、真っ先に部屋を出された。
その後をポルナレフが続き、次いで花京院が出て来た。


「大丈夫ですか!?」
「ああ!!」

次に、アヴドゥルに誘導されて、ジョースターが出てきた。
だが、承太郎はまだ出て来なかった。承太郎だけはまだ部屋の中で、ハイプリエステスと対峙していたのだ。
アヴドゥルは、その場で微動だにしない承太郎を振り返って怒鳴った。


「構うな承太郎!!また化け始めるぞ!!浸水しているし、とにかく奴を封じ込めるんだ!!闘う作戦はそれからだッ!!」
「アヴドゥルさん、承太郎さんは!?」
「大丈夫だ、すぐに来る!君は早く行くんだ!」
「あっ・・・・・・!」

アヴドゥルに引っ張られるようにして、江里子は廊下を走り始めた。


「クッヒヒヒヒヒ・・・・・、アーッハッハッハッハッハッハッハ!!!アハハッハッハッハッハ、アハハッハッハッハッハ!!!」

やがてハイプリエステスは、敢えて見逃してやるとばかりに鳴りを潜めていった。
その姿が完全に消える瞬間、承太郎は口を開いた。


「・・・テメェはこの空条承太郎が、直々にブチのめす。」

宣戦布告の後、承太郎も皆の後を追って部屋を出た。
扉を固く閉ざして、その向こうにハイプリエステスを閉じ込めて。
だが、それは恐らく一時凌ぎにもならないであろう事を、承太郎は予感していた。



「承太郎!!こっちだ、早く来い!!」

後ろを振り返って、アヴドゥルが叫んだ。承太郎はすぐに追い付いて来て、アヴドゥルと並んでジョースターの後ろを走り始めた。


「そういやジジイ、さっきスージー祖母ちゃんから電話があったぜ。
落ち着いたら掛け直すと言っておいたから、後で掛け直せ。」
「何じゃとぉ!?承太郎、お前スージーからの電話に出たのか!!」

狭い廊下に、ジョースターの大声が響き渡った。


「ったくぅ、余計な事しおってからに!まあ良い!とにかくこの窮地を脱してからだ!儂に任せておけ!」
「何か、策でもあるのか?」
「ああ、とっておきのやつがな!このジョセフ・ジョースター、このような状況は、今までに何度も経験しておる!!」

ジョースターは不敵な笑みを浮かべて、廊下を走り抜けていった。


















あれから以降、何度掛け直しても、電話が通じる事はなかった。


「・・・・・どうして承太郎がジョセフと一緒にいるのかしら・・・・・。何か聞いてない?」
「い、い、いえ・・・・」

そう答えるローゼスの口ぶりは、明らかに動揺していた。
何せ30年からの長い付き合いだ。
優しくて、嘘が下手な人だという事は、とっくの昔から知っている。
スージー・Qは、それ以上電話を掛け直す事もローゼスを問い詰める事もやめた。


「・・・でも、久しぶりにあの子の声が聞けて良かったわ。」

スージー・Qは、リビングの片隅に置いてあるグランドピアノに目を向けた。
ホリィが娘時分に弾いていた、思い出のピアノだ。
彼女が日本人のジャズミュージシャンの元に嫁いで行ってからは、彼女よりも遥かに巧いその夫が、来る度にうっとりするような素敵なジャズピアノを奏でてくれるようになったが、生憎彼は多忙、そしてホリィは滅多に里帰りをしないので、今ではすっかり大きな飾り物と化している。
スージー・Qは、その譜面台の横に飾ってある写真立てに目を向けた。
承太郎の高校の入学式の日に家の玄関前で撮ったという、ホリィとの2ショット写真である。
母親の背を遥かに越す長身の、まっすぐな瞳をした凛々しい少年。
それが、スージー・Qの知っている承太郎だった。


「最近随分ワイルドになったそうだけど、根は家族思いの、優しい子だから・・・・・。きっとジョセフを、色々助けてくれているのでしょう・・・・・。」


― そうです、奥様・・・・・。


一方、ローゼスは、窓の外の夜景を眺めるスージー・Qに背を向けて、密かに涙を堪えていた。
突然繋がらなくなった、潜水艦内の衛星電話。
どう考えても、嫌な予感しかしなかった。


― 承太郎様とジョセフ様は、今恐らく、力を合わせて闘っておられるのです。ホリィお嬢様を、かけがえのない方を、悪の呪縛から救う為に・・・・!


その嫌な予感がどんなに重かろうが、苦しかろうが、ローゼスはそれを一人で、己が胸の内に抱え込むしかなかった。
















浸水は廊下にまで達してきていた。
水浸しの廊下を走り抜けながら、花京院は焦った声で叫んだ。


「これからどうする!?奴か、我々か、閉じ込められたのがどちらか分からんが、いずれ遅かれ早かれ、あの部屋から穴を開けて、ここまで来るぞ・・・・!」
「この機械だらけの密室の中では、圧倒的に我々の不利!!この潜水艦はもうダメだ!捨てて脱出するのだ!!とにかくエジプトに上陸するのだ!!!」

アヴドゥルはそう言うが、ここはまだ海の中だ。どうやって脱出しろというのか。


「しかしここは海底40m!そんなに深くはないが、どうやって海上へ!?」

江里子が訊きたいと思った事をそっくりそのままポルナレフが叫んだ瞬間、急にジョースターが足を止め、また不敵に笑い始めた。


「フッフッ・・・・、どうやって海上へ出るかって?
それは今から答えてやる。皆、こっちの部屋に入れ!!」

ジョースターは、すぐ側のドアを大きく開け放った。


「これじゃ!!!」

部屋に入った江里子達は、そこにあったものを見て、思わず唖然とした。


「今度はスキューバ・ダイビングかよ!!」

そう。
ジョースターの言った『策』とは、スキューバ・ダイビングのセットだった。


「ほれ、エリー!」
「あっ、は、はい・・・・!」

ジョースターはそれを、ろくな説明もなしにどんどん皆に手渡して回った。
しかし、『ほれ』といきなり渡されても、どうして良いか分からない。
スキューバ・ダイビングなんて、勿論一度も経験がないのだ。
基本的には酸素ボンベの固定されたベストを着てベルトを留める感じに見受けられるが、細々とした道具類はどのように準備をすれば良いのか、さっぱり分からない。
江里子は渡された道具を手に、呆然としていた。


「俺、経験ないんだよねぇ、コレ・・・・」

ポルナレフも自信が無さそうに呟いていた。
それでも、ひとまずアヴドゥルの見様見真似で道具の準備が出来ただけ、同じ未経験でも江里子よりは遥かに筋が良いと思われた。


「早くしろ!!急ぐんじゃよぉーッ!!」

ジョースターはその場で忙しなく足踏みをし、皆を急かした。


「やれやれ。」
「仕方ありませんね。まずは説明書をちゃんと読みましょうか。」
「あ、あの、私にも教えて頂けますか!?」
「勿論。」

生真面目な国民性を誇る日本人の若者3人組は、急がば回れで、取扱説明書を読み始めた。


「む、しかし儂は、この手ではうまく準備出来んなぁ。手を貸してくれ、承太郎。」
「自分でやれ。」
「ぬぅぅ、ケチな奴め・・・・・、フン、いいわいいいわい。」

承太郎に手伝いを断られたジョースターは、プッと膨れながら片手で支度を始めた。
手伝いたいのは山々だが、江里子自身、自分の支度を殆ど花京院に任せているような状態なのだ。今はとても人の手伝いなど出来る状態ではなく、江里子はジョースターに詫びた。


「すみませんジョースターさん、お手伝い出来なくて・・・・・・・」
「ああ、良いんじゃ良いんじゃ。そうやって気遣ってくれるだけで十分じゃ。
やっぱり女の子は優しいの〜。どっかの誰かさんとは大違いじゃの〜。」

ジョースターは聞えよがしな嫌味を呟きながらも、テキパキと支度を始めた。義手の取れた左手の代わりに顎や歯で挟んで固定して、割とスムーズに装備していっている。
どうやら彼は、ダイビングに関してベテランのようだった。
承太郎は多分、それを知っていたのだろう。
ジョースターの方には見向きもせずに自分の支度を整えている承太郎をチラリと見て、江里子はそう思った。


「江里子さん、分かりましたよ!」
「本当ですか!?」
「割と簡単そうです。やってあげますよ。こっちに来て下さい。」
「す、すみません・・・・・・!」

説明書を解読した花京院が、江里子の装備を整えてくれた。
背中の酸素ボンベはズシッと重かったが、取り立てて問題は無かった。
泳ぎは一応、出来ない訳ではない。学校の授業に何とかついていける程度には泳げる。
だが、本当にそんな程度でダイビングなど出来るのだろうか。
そう考えて、江里子は思わず不安になった。


「さあ出来た。これで大丈夫ですよ。」
「あ、ありがとうございます・・・・・!私も手伝います!」
「じゃあ、これを持ってて下さい。」
「はい!」

交代で準備を始めた花京院の支度を手伝っていると、また、潜水艦が激しく振動した。


「きゃあぁっ!!」
「おおっ・・・・・!や、ヤバいぞ・・・・・!」
「うろたえるな!!ポルナレフ、男はこういう時こそ、ドーンと構えとくもんじゃ。
エリーも安心しなさい。何も問題は無い。儂らがついておる。」

ジョースターは落ち着いて準備をしながら、動揺したポルナレフと江里子を窘めた。


「ふぅ〜ッ、義手を切断されとるから、装備を着けるのがしんどいわい。」

程なくして、ジョースターは装備を整え終わり、皆の方に向き直った。


「この中でスキューバ・ダイビングの経験のある者は?」
「ない・・・。」
「ない。」
「ありません。」
「わ、私も・・・・」

ポルナレフ、承太郎、花京院、そして江里子が手を挙げた。


「隣の部屋からハイプリエステスが襲って来るッ!早く潜り方を教えて下さい!!」
「慌てるなアヴドゥル!まず決して慌てない、これがスキューバの最大注意だ。」

ジョースターは一呼吸置くと、聞き取り易いしっかりとした口調で、説明を始めた。


「水の中というのは、水面下10メートル毎に1気圧ずつ、水の重さが加圧されてくる。海上が1気圧、ここは海底40mだから、5気圧の圧力が掛かっている。
一気に浮上したら、肺や血管が膨張・破裂する。身体を慣らしながらゆっくり上がるのだ。エジプト沿岸が近いから、海底に沿って上がって行こう。では、水を入れるぞ。」

ジョースターは、注水口のバルブハンドルを回し始めた。その途端、ドボドボと海水が部屋の中に入り込んできて、瞬く間に水が溜まり始めた。


「っ・・・・・・!」

水かさは本当に、凄い勢いで増えてきた。
ものの数十秒で、江里子の脚の付け根まで達する程に。
しかし、説明はまだ終わっていなかった。


「これがレギュレーターだ。中が弁になっていて、息を吸った時だけ、タンクの空気が来る仕組みになっている。吐いた息はこの左の所から出て行く。」

花京院は落ち着いた様子でレギュレーターを咥えて、呼吸の練習を始めた。
江里子もどうにかこうにかそれに倣ったが、迫り来る水の恐怖で、内心はとても落ち着いてなどいられなかった。


「ヨダレは?どうすんの?ヨダレとか痰が、水中で出てきたらよぉ。」

ポルナレフも落ち着いた様子で質問を飛ばした。


「それ位ならそこから出て行く。
それと、当然の事ながら、水中では喋れない。ハンドシグナルで話す。
簡単に2つだけ覚えろ。『大丈夫』の時はこれを出す。『OK』だ。」

ジョースターは親指と人差し指で輪を作り、『OK』のサインをして見せた。


「ヤバい時はこうだ。」

次に、掌を下に向け、ヒラヒラと揺らして見せた。
すると、アヴドゥルが思い付いたように言った。


「ジョースターさん、我々ならスタンドで話をすれば・・・・」
「お!それもそうだな・・・・・。まあとにかく、全員、これを覚えておいてくれ。
エリー、君は特にだ。良いな?何かあったら、この2種類で教えてくれ。」
「は、はい・・・・・。」
「なぁ〜んだ。ハンドシグナルなら、俺もひとつ知ってるのによぉ。」
「え、な、何ですか!?」

『OK』と『NG』以外のサインがあるのなら、より一層安心だ。
江里子は期待の眼差しで、ポルナレフを見た。
するとポルナレフは、真面目そのものな顔をして実演を始めた。



「・・・・・」

パン!


「・・・・・」

ツー。


「・・・・・」

マル。


「・・・・・」

ミエ。



「パン・ツー・丸・見え。」
「YEAHHHH!!!!」

横から花京院が回答すると、ポルナレフは歓声を上げて彼にハイタッチを求めた。
そして何やら『ピシガシグッグッ』と腕や拳を突き合わせ出した。


「襲われて死にそうだっていうのに、下らん事やっとらんで行くぞーッ!!!」

ジョースターに叱られている二人を見て、江里子は思わず溜息を吐いた。


「・・・・・真面目に覚えようとした私が馬鹿でした・・・・・・」

承太郎とアヴドゥルが、無言のまま頷いた。
しかし、事態は本当に、そんな呑気な事をしている場合ではなかった。



「ああっ、水が・・・・・!」

そうこうしている内にも水かさはどんどん増してきて、江里子の肩の上まで上がってきていた。


「エリー、私に掴まれ!」
「きゃあっ・・・・・・・!」

江里子は不意に、アヴドゥルに抱き上げられた。
丁度、彼と頭の高さが揃う程度の位置まで。


「ちょっ・・・・、アヴドゥルさん!?」
「ギリギリまで、私がこうして持ち上げておく。」
「そんな、駄目です!それじゃあアヴドゥルさんに負担が・・・」
「大丈夫だ。浮力が働いているから、少しも重くないぞ。」

アヴドゥルはそう言って、口の端をニッと吊り上げた。
彼はそう言うが、敵に迫られ緊急脱出を図ろうとしている今、こうして纏わり付いている事自体が邪魔な筈だ。
そう思うと、何だか居た堪れなかった。


「す、すみませんアヴドゥルさん・・・・・。」
「気にするな。それより、間もなく完全に沈むぞ。呼吸の仕方は分かったな?」
「はい・・・・・・。」
「OK。脱出した後も、慣れるまで私がサポートする。出来るだけリラックスして、私の動きに同調してくれ。」
「は、はい・・・・!」

江里子は、アヴドゥルにしっかりと頷いた。


「まもなく部屋が水で充満する。マスクとレギュレーターを装着するんじゃ。」

ジョースターの指示を受け、江里子達はマスクを着け、レギュレーターを口に咥えた。その直後、顎、口元、と水に沈み、程なくして全員が完全に水の中に浸かった。


「ゴボゴボゴボ・・・・」

直前まで内心不安だったが、レギュレーターを使っての呼吸は、実際には問題なく行えた。
大丈夫かと目で訊いてくるアヴドゥルに、江里子は早速OKサインをして見せた。
アヴドゥルは頷き、江里子の腰をしっかりと抱き直した。


「・・・・・・・」

ジョースターがハッチを開け、海中の様子を見てから振り返り、OKサインを出した。
皆、同じサインを返した。
アヴドゥルも、花京院も、承太郎も、江里子も。
だが。


「うおぉっ・・・・・!」

突如、ポルナレフに異変が起きた。













― ポッ、ポルナレフッ!!


突然もがき出したポルナレフを見てジョースターは、いや、ハーミットパープルは思わず叫んでいた。


「ウンニニニニニニッ!!!」

何と、ポルナレフのレギュレーターが、ポルナレフの唇を噛んでいた。
無論、只の道具にそんな芸当は出来ない。
これはスタンド、ハイプリエステスのスタンドだった。


「ごぁぁぁぁぁ・・・・・!!」


― いっ、いつの間に!?


マジシャンズレッドも、驚きの声を発した。


「ニンニンニンニンニンニンニン・・・・・!!ニィィッ!!」

突然の事に驚き竦む一行をよそに、ハイプリエステスはポルナレフの唇を血が出る程噛み締め、水中マスクを素早く引っ剥がした。


― や、奴が既にレギュレーターに化けていた!!
― こ、こいつ・・・・!!


ハイエロファントグリーンとスタープラチナも、声を発していた。


「〜〜〜っっ!!!」

しかし、スタンドを持たない江里子には、彼等の声は届かないようだった。
江里子はゴボゴボと泡を吐きながら、アヴドゥルの腕の中でもがき出した。


― エリーッ、駄目だ!!行ってはいけない!!


言葉で止められない代わりに、アヴドゥルは江里子の身体を強く自分に抱き寄せた。
江里子が行ったところでどうにもならないばかりか、より一層危険が大きくなる。
絶対に、何が何でも、行かせる訳にはいかなかった。


「オワォォォッ・・・・!!!」

ハイプリエステスは我が物顔で、もがくポルナレフの口の中へと潜り込んでいった。


― 口の中から入って食い破る気だ!!ヤバいぜ!!この部屋を排水しろ!!


承太郎がハイプリエステスの意図に気付いたが、潜水艦の内部は既に完全に浸水しており、排水が利くような状態ではなかった。


― もう遅いッ!!奴め、この時を狙っていたのか!!


悔しいが、アヴドゥルにもどうにも出来なかった。


「グワァァァァッ!!!」

遂にポルナレフは力尽きたように、水中でダランとのけ反った。


― オラァッ!!


その瞬間、スタープラチナはハイプリエステスを捕まえようと手を伸ばした。


― ・・・・し、しまったッ・・・・!


しかし、小回りの利きそうなハイプリエステスの小さな身体は、スタープラチナの手をスルリとかわし、ポルナレフの口の中へ完全に入っていった。


― ポルナレフの体内へ入って行ったぞ!!くぅッ、食い破られるぞ!!ど、どうする!?


アヴドゥルが殆ど絶望的な声を上げた。
しかし、諦めるのはまだ早い。
敵はまだ完全にポルナレフの身体の奥深くまで侵入を果たした訳ではなかった。


― ハイエロファントグリーン!!
― ハーミットパープル!!


ポルナレフの喉の辺りが大きく膨らみ、ゴソゴソと動いているのを見た花京院とジョースターは、それぞれ自身のスタンドをポルナレフの鼻の穴から素早く侵入させた。


「オヘッ・・・・・!オハァァッ・・・・・!ごあぁぁぁっ・・・・!」

白目を剥いて失神していたポルナレフが、一瞬で覚醒した。
さぞかし苦しく、不愉快極まりない感覚に襲われているであろう事は想像に難くなかったが、今はそんな事に気を遣ってはいられなかった。
二人は構わずスタンドを喉へと突き進ませ、そこを潜り抜けようとしているハイプリエステスに素早く巻き付けた。


― 喉の奥へ行く前に捕まえたぞ、花京院!
― 僕もです!変身する前に吐き出させるんだ!


ジョースターと花京院は力を合わせ、雁字搦めに縛り上げたハイプリエステスを、口の方へと引きずり戻し始めた。


「ご、ごご、ご・・・・・、おがぁっ・・・・・!!」

やがて二人は、ポルナレフの口の中からハイプリエステスを引きずり出す事に成功した。


― やった!!


花京院が上擦った声を上げた。


― よし!そのまま押さえてろ!!


とどめを刺すべく、承太郎がスタープラチナを発動させた。
しかし、ここでタイムオーバーだった。
ハイプリエステスはまた何かに変身しながら、ハイエロファントとハーミットの拘束から抜け出した。


― 見ろ!!何か別の物に変身するぞ!!


アヴドゥルが叫んだ瞬間、ハイプリエステスは変身を完了させた。
金属の、銛のような武器に。


― 水中銃だ!!水中銃に変身した!!


ジョースターには、それが水中銃だとすぐに分かった。


― っ・・・・!エメラルドスプラッシュ!!
― シルバーチャリオッツ!!


ハイエロファントとチャリオッツの攻撃が、水中銃の最初の一撃を防いだ。
発射された瞬間の一番強い衝撃をエメラルドスプラッシュが受け止めて軽減し、そこから以降の猛攻はチャリオッツの剣がことごとく弾き返すという、見事な連携技だった。


― 今の内だ!!
― また装填しているぞ!!


第一撃を防ぎきってから、ポルナレフと花京院は仲間達に向き直った。


― これはマズい!!
― い、急げッ!!


第2撃が発射される前に、何が何でも脱出せねばならなかった。
まず、承太郎と花京院が先陣を切って海中に脱出し、ダメージを受けたポルナレフを引っ張り上げた。
その後、アヴドゥルに押し上げられた江里子が脱出し、アヴドゥル自身も脱出を果たした。


― ジジイ、急げ!
― 分かっておるわい!

最後に残ったジョースターが海中に泳ぎ出し、ハッチを閉じた瞬間、水中銃がハッチに突き当たる衝撃があった。
ゾッとする暇もなく、一行は海の中へ泳ぎ出した。
そうして、潜水艦から少し距離を取ったところで、ようやく人心地つく事が出来た。



― か、間一髪だった・・・・・!
― 安心するのはまだ早い!奴め、確実に我々の痛いところを突いてきよる!
― ポルナレフ、大丈夫か!?
― だ、大丈夫だ・・・・!OK、助かったぜ・・・・・。メルシー・ボークー!


承太郎は本物のレギュレーターをポルナレフに渡し、自分の肩に掴まれと合図した。
ふと見れば、会話の通じない江里子が、不安そうにしきりと全員の顔を見回していた。


「・・・・・・・」


承太郎は江里子の方を向き、OKサインを出した。


「・・・・・・!」

江里子もすぐ、OKサインを返してきた。
細かい事は分からなくても、これさえ通じていれば何とかなる。
お前は何も心配するなという思いを込めて、承太郎は頷いて見せた。


― グズグズしてられねぇ、行くぜ。アヴドゥル、江里を頼む。
― ああ。


一行は海面に向かって、ゆっくりと泳ぎ出した。
少しずつ日の光が届き始めてきた海の中は、神秘的な美しさに満ちていた。


― 何て美しい海底だ・・・。出来れば、只のレジャーで来たかったぜ・・・・。
― 呑気しとる場合か!酸素が切れぬ内に、岸に着かねば!


大分回復してきたのか、ポルナレフは周りの景色に目を奪われ、そんなポルナレフをジョースターが叱った。


― 追って来るか?
― いや、見えない。ハイプリエステスは、金属やガラスなどに化けるスタンド。魚や海水や泡には化けられない。


花京院とアヴドゥルは、ハイプリエステスの追撃を気にして後ろを振り返っていた。


― 後ろに注意して泳ぐのだ。追って来るとしたら、スクリューのある何かに化けて追って来る筈。動く石くれや岩にも注意するのだ。


ジョースターが注意喚起したその時、アヴドゥルは前方に何やら特徴的な岩を見つけた。


― うん・・・・・?見ろ、海底トンネルだ!!


それは、左右に並んでトンネルのような2つの穴が開いた、大きな岩だった。


― 深度7m!


ジョースターがすかさず現在地の水深を測った。
その数値からいっても、まず間違いなくこれが例の海底トンネルだと断定出来た。


― 遂にエジプトの海岸だぞ!!この岩伝いに泳いで上陸するのだ!!


アヴドゥルは喜び勇んで、2つの穴の開いた岩を指差した。
皆、アヴドゥルの指示に従い、その岩を目指して更に浮上を続けた。
しかし。


「ウオォォォォ・・・・・・」


目の前の岩盤が突然、振動を始めた。
何事かと驚いた瞬間、何と岩盤が目を開けた。
そう、『目』だ。


― なっ・・・・・!?


その岩盤は、『顔』だった。
両目があり、さっきアヴドゥルが海底トンネルだと言った2つ穴の岩は鼻だった。
そして一行は、開きつつある口元、下唇の所に立っていたのである。
それに気付いた時には、一行は既に開いた口の中へ吸い込まれようとしていた。


― 何ィッ・・・!?
― こ、こいつはッ・・・・!?
― ス、スタンドだ・・・・!この海底に化けていた!こんなにデカく・・・・!!


承太郎も、ポルナレフも、アヴドゥルも、予想だにしなかったこの事実に愕然とする暇さえ無く、いとも容易く飲み込まれていった。


― うおぉぉーーッ!!
― く、口の中に吸い込まれるーッ!!

「っっ・・・・・!!!」


花京院も、ジョースターも、そして江里子も、なす術も無く飲み込まれていった。
全員を飲み込んだ後、唇はまた固く閉ざされた。


― ぬぅぅぅぅっ・・・・・!
― ば、バカなぁッ・・・・・!!
― お、お、おわぁぁぁぁ・・・・・!!!
― 何だぁッ、この巨大さはぁーーーッ!!!


口の中は、潮流が激しく渦巻いていた。
承太郎も、花京院も、ポルナレフも、アヴドゥルも、既にその渦に巻き込まれて翻弄されていた。


― どわわわわわわわーーーーッ!!!


ジョースターも、まるで洗濯機の中に放り込まれでもしたかのような状態に陥っていたが、すぐ側に江里子がいるのを見つけて、少しだけ我に返った。


「・・・・!!!・・・・!!!」


― エリーッ!!


激流の中、ジョースターはどうにかこうにか江里子の腕を掴んだ。
激しい渦に巻き込まれて、江里子は半分気絶している状態だった。


― 何だぁッ、この大きさはーーッ!!このスタンドのパワーはーーッッ!!今まであんなに小さかったのに・・・・・!!


ポルナレフが叫んだ瞬間、知らない女の声が聞こえてきた。


― 頭のトロい奴らよのう!石や岩も鉱物なら、海底も広く鉱物という事に気が付かなかったのか?


この声がハイプリエステス、ミドラーの声である事は、疑いようもなかった。


― スタンドのパワーがこんなに大きいのは、本体が距離的に近くにいるせいだ・・・・!きっと、もの凄く近いぞ・・・・・!!
― その通りッッ!!アタシはそこから7m上の海岸にいるよ!


ミドラーは花京院の推測をあっさり肯定したばかりか、更に詳しい情報まで明かした。


― しかしお前らは、ハイプリエステスの中ですり潰されるから、アタシの顔を見る事は・・・・出来ないッッ!!
― うわぁぁぁぁっ!!!


ミドラー絶対的な自信に満ち溢れ、己の勝利を確信していた。
そして事実、ジョースター達はまるで小さな飴玉のようにハイプリエステスの口の中で良いように弄ばれ、跳ね上げられ、平たい岩の上に叩き落とされたのだった。
















「うぅっ・・・・・・!!」
「うおっ・・・・・!」
「ぐぅっ・・・・・・!」
「ノォォーッ!!!」
「ぬぅっ・・・・・・!」
「あぐっ・・・・・・・!」

したたかに背中を打ちつけて、江里子はその衝撃に呻いた。


「・・・・・・あ、あれ・・・・・・・!?」

気が付くと、潮流の渦どころか、水自体が無くなっていた。
海底に化けていたハイプリエステスの口の中に飲み込まれた筈なのに、何だかとても天井の高い洞窟の内部にいるような感じだった。


「こ、ここは、奴の体内の何処だろう・・・・?」
「まだ口の中じゃ。喉の奥には飲み込まれていない。」

花京院とジョースターは、スタンドを通じての会話ではなく、自身の声で喋った。
どうやらこの空間内には空気があるようで、普通に喋れるようだ。
しかし、ここはまだ敵の口の中、いつまた水の中に沈んでしまうかも知れないので、レギュレーターは外さない方が良さそうだった。


「Hey,承太郎ーッ!!」

突然、知らない女の声が、承太郎に呼び掛けた。
江里子は驚いて、隣にいた花京院に訊いた。


「な、何ですかあの声・・・・!?」
「江里子さんにも聞こえるんですか・・・・!?スタンドを使えない江里子さんにも聞こえるなんて、何というパワーだ・・・・!」

という事は、この声は敵の声、アヴドゥルの言っていた『ミドラー』という人間の声だという事になる。
ミドラーは承太郎を名指しして、何をするつもりなのだろうか。
江里子は固唾を飲んで、事の成り行きを見守った。


「・・・・?」

承太郎は呼び掛けに応えるように、その場に立ち上がった。
するとミドラーは、甘い女の声でこう言った。


「承太郎、お前はアタシの好みのタイプだから、心苦しいわねぇ!
アタシのスタンド、ハイプリエステスで消化しなくっちゃあならないなんて!」
「なっ・・・・・・・!」

江里子は思わずズッコケた。
確かに承太郎は、どこに行っても女が金魚のフンのようにくっついてくる天然の女たらしだが、襲い掛かってきた敵まで魅了してしまうなんて、本当に、何という男だろう。
まさかまさか、こんな所でまで、日常のあの風景を見る破目になるなんて。


「何だかそうならない私が変みたいじゃない・・・・。」
「え?何がですか?」
「えっ?い、いえいえっ、何でも・・・・・!」

思わず口をついて出た独り言を花京院に聞かれてしまい、江里子は咄嗟に笑って誤魔化した。


「ハッ・・・・!」

ポルナレフは何か閃いた様子で、承太郎に耳を貸せと手招きした。


「ホント、こんな出遭いでなければねぇ〜!惜しいわぁ〜!
でも、お前を殺ればDIO様に褒めて頂けるの♪悪く思わないでねぇ・・・・。」

ミドラーが一人で喋っている内に、ポルナレフは何事かを承太郎の耳に吹き込んだ。


「・・・・・ぬぅ・・・・・・。・・・・・やれやれ、言うのか・・・・・。」
「言え!ほら、良いから早く言え!」

弱腰になって尻込みしている承太郎を、ポルナレフが小突いている。実に珍しい光景だった。


「うん?何を?」
「うん!?」
「え??」
「・・・なるほど。」

アヴドゥルとジョースター、そして江里子には、何の事だかさっぱり分からなかったが、花京院には察しがついたようだった。


「・・・・ミドラー、一度アンタの素顔を見てみたいもんだな。
俺の好みのタイプかも知れねぇし・・・、よ。恋に落ちる、か、も。」

承太郎は一呼吸置くと、何と、ミドラーを口説き始めた。


「・・・・・・・・!」


江里子は思わず、ポカンと口を開いた。

あの承太郎が、
筋金入りの女たらしの癖して大の女嫌いのあの承太郎が、
闘いの最中に、敵本人を口説き落とそうとするなんて。
勿論、本心からの言葉でないのは分かっているが、それでも驚かずにはいられなかった。


「あぁぁ・・・・・!」

滅多に聞けない承太郎の口説き文句は、やはり凄まじいパワーがあった。
ミドラーの恍惚とした溜息が聞こえた後、周囲が真っ赤に変色していったのだ。
恋の喜びと恥じらいに赤く染まった乙女の頬の如く、ハイプリエステスの口の中が火照っているのだ。


「お、俺はきっと、素敵な美人だと思うぜ。もう声で分かるんだよなぁ、俺は。」

そこにポルナレフがすかさず、押しの一手に出た。


「うむ。何か高貴な印象を受ける!これは占い師の勘だ!」
「女優のオードリー・ヘップバーンの声に似ていませんか?」
「儂も30歳若ければなぁ・・・・・」
「わ、私も男だったらなぁ・・・・!」

アヴドゥルも、花京院も、ジョースターも、そして江里子も、次々と畳みかけた。
無論、作戦の成功を願っての事である。


「うぅぅぅぅ・・・・・・!!!貴様らァッ!!心から言っとらんなーッッ!?」

だが、そこまでいくと却って白々しさが際立ったようで、作戦は大失敗、ハイプリエステスは喉ちんこをブラブラ揺らして怒り狂った。


「ブッ殺す!!!キエェェェーーーッ!!!」

ハイプリエステスは、またしても江里子達を空中高く跳ね上げた。


「ホーリーシィーーーット!!!」
「きゃーーーっっ!!」

巨大なトランポリンの上で、力加減なく思いきり跳んだら、こんな感じになるだろうか。それ位高く飛び上がり、また、滞空時間が長く感じられた。


「皆、見ろ!!」

花京院の声に目を向けると、巨大で奇妙な物体がすぐ側に迫っていた。


「うおっ!?何だあれは!?」
「舌だ!!スタンドのベロだ!!危ないッ、気を付けろ!!」

花京院の警告は、間に合わなかった。


「承太郎ーーーーッッ!!」
「ぐおっ・・・・!!」

ミドラーは怒気を孕んだ声で叫ぶと、巨大なスタンドの舌を承太郎に叩きつけた。


「承太郎ーーーッ!!!」
「ぐっ・・・・、ぐはぁっ・・・・・!!」

巨大な舌で全身を打たれた承太郎は、なす術もなく口の奥の方へと弾き飛ばされていった。


「承太郎の飛ばされた先!!!」

承太郎が落ちた場所を見て、アヴドゥルが血相を変えた。


「は、歯だ!!奥歯だ!!」

ジョースターもすぐに気付いた。
承太郎が落ちた場所、そこは下側の奥歯だった。
そして間髪入れずに、上の奥歯が承太郎を噛み潰そうと下りてきた。


「承太郎!!!身をかわせ!!!
「挟まれるぞ!!!」
「承太郎さん逃げてーーッッ!!」

ポルナレフと花京院と江里子は、口々に叫んだ。


「オオオッ!!!」

寸でのところで、承太郎はスタープラチナを出し、腕で迫り来る上奥歯を止めた。
しかしミドラーは、少しの焦燥感も表さなかった。


「ンンンッ♪アタシとパワー比べしようってのかい?」
「な・・・・、何てパワー・・・・・だ・・・・・・!」

圧倒的なパワーを誇る承太郎のスタンドが、すぐに押し負け始めた。


「承太郎!!この歯の硬度はダイヤモンドと同じ!砕けやしないよ!貴様から潰し殺す!!」

ハイプリエステスの上下の奥歯は、承太郎の抵抗をものともせず、簡単に噛み合わさろうとしていた。


「承太郎を助けろーーーッッ!!」

ジョースターの扇動で、全員がスタンドを発動させ、承太郎の元へ駆けつけようとした。だが、ミドラーがそれをむざむざ許す筈はなかった。


「邪魔するんじゃないよーッ!!!」
「また舌かッ!!」

ハイプリエステスの舌は凄まじい速さで、ジョースター達を一掃しようと迫ってきた。僅かな反撃の手段さえ持たない江里子諸共に。


「っ・・・・・・・!!」

もう間に合わない。
江里子はその瞬間、死を覚悟した。
だが。


「むんッ!!マジシャンズレッド!!!」

気が付くと、江里子の身体は宙に浮いていて、同じように浮かんでいるアヴドゥルが反撃を仕掛けていた。
何故皆が宙に浮かんでいるのか、目には見えないが、感覚で分かった。
花京院のスタンドが助けてくれているのだ、と。


「ぬぁぁぁぁーーーッッッ!」

マジシャンズレッドの一撃は、残念ながらハイプリエステスにダメージらしきダメージを与えられなかった。奥歯はどんどん閉じていき、酸素ボンベと承太郎の手だけが僅かにはみ出るばかりにまでなっていた。


「ま、まずい!!引っ張り出すんじゃーーッッ!!!」

ジョースターはハーミットを飛ばしたが、間に合わなかった。
とうとう酸素ボンベから、空気の洩れる音がした。


「おっ・・・・!」
「うっ・・・・!」
「くっ・・・・!」
「ぬっ・・・・!」
「嘘・・・・・!」

程なくして、完全に噛み潰されたタンクが、歯と歯の間で爆発を起こした。


『承太郎ーーーーーッッッ!!!!』
「承太郎さーーーんっっっ!!!!」

それは即ち、承太郎の死を意味していた。












「じょ、承太郎が歯ですり潰された・・・・・!!」

ポルナレフの言葉に、江里子はその場にガクリと膝を着いた。
今、目の前で起こった出来事に、心が全くついてこなかった。


「江里子さん・・・・・!」

すぐ側に、爆発の衝撃で飛んできたらしい水深計と酸素ボンベの残骸が落ちていた。
現実を知れと、江里子の目の前に突き付けるかのように。
江里子は震える手で、それらを掴み取った。


「う・・・、嘘よ・・・・・・、嘘よね花京院さん・・・・・・・」

江里子は、自分を支えてくれている花京院に、呆然と話しかけた。


「嘘よね、こんなの・・・・・。だってあの人、こんなの慣れっこなんだから・・・・・・。」
「っ・・・・・・・!」

花京院は何も言わず、ガラクタを掴んでいる江里子の手を強く握り締めた。


「じょ、承太郎・・・・・!」
「くっ・・・・・!!間に合わなかったのかぁッ・・・・!!」

ジョースターも、アヴドゥルも、この現実を受け入れたようだった。
しかし江里子は、まだ受け入れられなかった。
いつだって、いつだって、彼はこんなピンチを切り抜けてきたのだ。ようやくエジプトに到着するというのに、こんな所で、こんなに呆気なくやられる訳がない。
あの時のように、いつかのように、その内とんでもない所から抜け出してきて、敵を粉砕してくれるに違いないのだ。


「・・・・ラ、・・・・オラ・・・・・」

そう。
あの『オラオラ』という、ガラの悪い怒声を上げながら。


「・・・・・・・・・・え!?」
「いや待て、何か聞こえるぞ!」

空耳かと思った瞬間、ジョースターが叫んだ。


「遠くから、聞こえるような・・・・・」
「だんだん近付いて来るような・・・・」

アヴドゥルにも、花京院にも、聞こえていた。


「こ、この声は・・・・!!」

ポルナレフは、嬉しそうに拳を握った。


「承太郎さん!!!」

そして江里子は、ガラクタを放り出し、勢い良く立ち上がった。



「オラオラオラオラオラオラオラオラ!オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「歯だ!!歯の中から聞こえるぞ!!」

もう間違いなかった。
ポルナレフの言う通り、噛み締められた歯の中から、承太郎の怒声が聞こえてきていた。それも、確実にこちらへ近付いてきている。


「おおっ・・・・!皆、身を屈めろ!!」
「えぇっ!?」

ジョースターの声とポルナレフの声が同時に聞こえた瞬間。


「オラァッ!!!」

目の前の歯が粉々に砕け散り、承太郎の姿が見えた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

承太郎はハイプリエステスの歯を拳で砕き折りながら、脱出してきたのだ。
それを見たポルナレフは、度肝を抜かれたように目を見開いた。


「ダイヤと同じ硬さなのに、歯を折って出て来た!!」
「オーマイガーーーッ!!!ついでに、ヒィィーーーッ!!!他の歯もへし折ってるぞーーッ!!!」
「全く・・・・!」
「相変わらず凄まじいスタンド能力だ!!」

並んだ歯が次々と砕け散っていく様を、江里子は仲間達と共に只々唖然と見つめていた。見ているだけで痛そうなのだが、どうしても目が逸らせなかった。


「おい!皆このまま、外へ出るぜ!!」

無事に生還を果たした承太郎は、そう言い放つと、江里子達の前を素通りしていった。そして。


「オラオラオラオラ、オォラァッ!!!」

最後の砦・前歯をブチ抜いた。
その瞬間、ハイプリエステスの口が力を失ったように『カパァ・・・・』と開いた。
ドッと海水が満ちてきて、それに攫われるようにして、江里子達は再び海中に出た。
戦闘の騒動でレギュレーターがいつの間にか外れていたが、ここは水深7メートル、海面はすぐ頭の上に見えていたので、わざわざ装備し直すまでもなかった。


― やれやれ。ま、確かに硬い歯だったが、叩き折ってやったぜ。ちとカルシウム不足のダイヤモンドだったようだな。


消滅していくハイプリエステスを振り返り、承太郎はそう呟いたのだった。



















海は今日も穏やかに凪ぎ、昇ったばかりの朝日に青く煌めいていた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・・!」
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ・・・・・・・!」

一行は今、ようやく波打ち際に辿り着いていた。
少しの間、江里子とジョースターは息を切らせていたが、若い男連中は皆平気な様子だった。特に承太郎などは、さっきあれだけやられたというのに、何故息ひとつ切らさないのだろうか。


「承太郎さん・・・・・、大丈夫ですか・・・・・!?」
「ヒィヒィ言ってんのはテメェの方だろ。これしきの水泳で息切れなんて、運動不足な証拠だぜ。」
「ぐ・・・・・・」

ふと見ると、承太郎の学ランの袖に、鮮やかな紅色の星がくっついていた。


「あ、承太郎さん、ヒトデ・・・」
「ん?」
「腕のところ。ヒトデがくっついてますよ。」
「ああ。」
「ふぃ〜〜〜ッ、酷い目に遭ったわい・・・・!うん?」

ジョースターが何かに気付いて声を上げた。
見てみると、前方に女が一人、倒れているのが見えた。


「おい、女が倒れているぞ。」
「ハイプリエステスの本体のミドラーでしょう。」

アヴドゥルはそう答えた。


「・・・・・あれが・・・・・・・・」

ミドラーは仰向けで倒れていたが、頭を向こうに向けているので、顔は見えなかった。年の頃は20代というところだろうか。


「どんな人でしょうね?」
「フン」

承太郎は興味もなさそうに鼻を鳴らすと、腕についていたヒトデをポイッと海の中へ放り投げた。


「どうします?再起不能でしょうか?」
「美人かブスか、見てくるかなぁ。」

花京院はミドラーの状態を気にしていたが、ポルナレフはミドラーの顔形にしか興味がないようだった。


「スタイルは悪くないんじゃあねぇの?どれぇ・・・・・」

時々手足をピクピクと痙攣させていて、素人目に見ても闘えるような状態ではないから大丈夫だろうが、ポルナレフは全く警戒せず、スタスタとミドラーに近付いていった。


「全く、あの人はすぐコレなんだから。」
「フフッ。まあ、持病みたいなもんですよ、きっと。」

花京院は小さく笑って肩を竦め、海から上がっていった。
江里子も彼について海から上がり、装備を外した。重たい酸素ボンベのついたベストを脱ぐと、気分が随分とスッキリした。


「どうだぁ、ポルナレフ!?」
「だっ・・・・・!!だっあっ、ノーコメント!!」

ジョースターが声を掛けると、ポルナレフはこちらを振り返り、素っ頓狂な叫び声を上げた。


「やめろッ、見るのはやめろッッ!!歯が全部折れてるから、見てもしょうがねぇ!ヒィィーーーッ・・・・!」
「うぅむ・・・・・」
「うわぁ・・・・・」

江里子は顔を顰めて承太郎を見た。


「・・・何だそのツラは。」
「いや、分かってます。こっちの命が懸かってましたからね。仕方ないです。それは分かってるんですけど・・・・・・・」
「けど、何だ?」
「・・・ホント、承太郎さんって女に容赦ないですよね。
何でそんなに女が嫌いなんですか?その割に何故かモテまくりですし。本っ当に分かんない人だなぁと思って。」
「・・・・・・・・」

江里子がしみじみ呟くと、承太郎は何か言いたげな顔で江里子を睨んだ。


「な、何ですか?」
「・・・・・・・・やれやれだぜ。」

何やら言いたげな、かつ感じの悪い目付きで江里子を睨んでいた承太郎は、聞えよがしな溜息を吐いて、一人でさっさと砂浜へ上がって行った。


「な・・、何よー!感じ悪いったら!」

感じの悪いその深緑の瞳に、一瞬、心が揺れた事を誤魔化す為に、江里子はわざと声を張り上げて怒ったのだった。












砂浜へ上がった一行は、海で冷えた身体を朝日で温め、束の間の休憩を取っていた。
水平線の上にぐんぐん昇ってくる朝日は大きく輝き、海を青く照らしていた。
その美しい風景を、一同は暫し、並んで見つめていた。


「・・・しかし、遂にエジプトに上陸したな。」

不意にアヴドゥルが、感慨深げに呟いた。


「うむ。ジェットなら20時間で来るところを、30日もかかったのか。」

ジョースターもそれに頷いた。


「色んな所を通りましたね。脳の中や、夢の中まで・・・・・」
「夢?何だそれは、花京院?」
「おいおい、もう朝だぜ!寝ぼけてんじゃあねぇぞ!」
「ああそうか、皆知らないんでしたね。」
「お?」

花京院も、承太郎も、ポルナレフも、皆、ここまでの旅の道程に暫し思いを馳せていた。
そして、江里子もまた。
それは、どんなに言葉を尽くそうとしても、尽くしきれなかった。
生まれ育った町からろくろく出た事のなかった自分がこれ程の旅をしてきたなんて、改めて考えると、何だか信じられなかった。
だが。


「・・・・・まだですよ、皆さん。振り返るのはまだ早いです。」


旅はここで終わった訳ではない。
むしろ、ここからが本番なのだ。
そしてタイムリミットは、あと約20日。


「この旅を振り返るのは、DIOを倒し、奥様を助けたその後ですよ。
・・・・闘えない『お荷物』が言うのも変ですけど。」

江里子はまっすぐ海を見つめたまま、皆に向かってそう言った。


「・・・・・・フフッ。違いありませんね。」
「そうじゃのう。エリーの言う通りじゃ。」
「確かに、振り返るのはまだ早ぇよなぁ。」
「その通り。これからが旅の本番だ。心して行かねばな。」

そんな江里子を、誰も笑ったり怒ったりしなかった。


「フッ・・・・、まあ良い。行くぞ。」

承太郎が小さく笑い、一番先に美しい海に背を向けた。
目の前に広がっているのは、道もない、果てしなく過酷な砂漠。
承太郎はそこに向かって、躊躇わずに歩き始めた。
江里子達もすぐに、その後をついて歩き始めた。
次なる目的地を目指して。






スタンド。
それはタロットカードに象徴される、神秘なる精神のパワー。
80日間世界一周、かつてジョセフ・ジョースターは、そう自分達の旅を喩えた。

東京から香港への空路で【灰の塔−タワー・オブ・グレー−】。
シンガポールへの海上で【暗青の月−ダーク・ブルー・ムーン−】【力−ストレングス−】。
シンガポールで【悪魔−エボニー・デビル−】【黄の節制−イエロー・テンパランス−】。
インド・カルカッタで【吊られた男−ハングド・マン−】【皇帝−エンペラー−】。
インド・ベナレスで【女帝−エンプレス−】。
パキスタンへの国境付近にて【運命の輪−ホウィール・オブ・フォーチュン−】。
パキスタン・山岳地帯で【正義−ジャスティス−】。
パキスタン・カラチで【恋人−ラバーズ−】。
アラブ首長国連邦の砂漠で【太陽−サン−】。
サウジアラビアにて【死神−デスサーティーン−】。
紅海の小島で【審判−ジャッジメント−】。
そして、紅海の海底にて【女教皇−ハイプリエステス−】。


数々のDIOの刺客を倒し、遂に、エジプト上陸!!!
残るタロットカードは、あと僅か!!
だが、ジョジョ達はまだ知らない。
新たな脅威が、行く手に待ち構えている事を・・・・・!




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