「い・・・・、妹を・・・・・、妹を・・・・・・っ・・・・・・!」
何と愚かな事を願ってしまったのだろう。
大切な大切な妹を、清らかな天使のようだったあの娘を、己の浅はかな欲望でおぞましい魔物にしてしまった。
そして今また、更に愚かな事を願おうとしている。
愛する者を失う痛みを、再び味わおうとしている。
いや、一度目とは違い、自ら望む二度目は、痛みなどと生ぬるいものではなかった。
「・・・妹を消してくれーーッ!!妹を土に戻してくれぇぇーーーッッ!!!」
ポルナレフは声の限りにそう願った。
最愛の妹・シェリーへの罪悪感に咽び泣きながら。
だが。
「・・・・いや〜だよ〜ん。」
「!!」
魂を切り裂くようなポルナレフのその願いを、カメオはこの上なくふざけた態度で聞き流した。まるで暇潰しにTVのワイドショーでも眺めているかのように、枝の上でゴロリと寝そべって。
「何ィ・・・・!?」
「まだ分からんのかポルナレフ!!俺はスタンドなんだよ!
俺は『審判』、【審判−ジャッジメント−】のカードの暗示を持つスタンドさ!」
ジャッジメント、タロットで20番目のカード。
能力は。
「能力は、その人間の心からの願いを土に投影して作ってやる事。お前は自分の心で、自分の妹を作ったのだ!!」
「てっ、テメェは・・・・・・!」
「お前が作った物は俺にも消せない。フフフフフッ、この勝負、俺の勝ちだ!!」
「うぅぅぅ・・・・・!」
ポルナレフは戦慄した。
あのシェリーは、シェリーではない。
シェリーの姿をしたあの土人形は、この茂みのどこかに身を潜めて、食い千切った肉を貪りながら今も虎視眈々と自分を狙っているのだと思うと、そして、自分が死んだ後、ここに一人残される江里子が一体どうなるかと思うと、背筋が凍りつきそうだった。
「フハハハハハハッ!フハハハハハハッ!」
カメオはさも愉しげに大きな声で笑った。
「凄いショックだろうなぁ!妹に食われて死んでくんだからな!
人間は、心の底から願う事に最大の弱点全てが表れる。
死んだ人間が生き返るのが不自然な事とは、これっぽっちも考えない!」
「っ・・・・!」
その言葉に、ポルナレフはハッとした。
それは単なる挑発文句ではなく、純然たる事実だった。
事実、ついさっきまで、シェリーは生き返ったのだと喜んでいたのだから。
「愛する者がいつまでも、この世の何処かに生きていると思い込んでいる!
明日にでもひょっこり目の前に現れて、『おはよう』と挨拶してくれると待ち望んでいるのさ!」
腹を立てる事も出来なかった。
言われた事全てが図星で、何の疑問も持たなかった自分が只々間抜けだったのだと思い知らされ、腹を立てるどころか呆然自失の状態だった。
「・・・・ところで。」
「っ・・・・!」
意味ありげなカメオの口調に、ポルナレフは再び我に返った。
「3つめの願いと言ったが、貴様は既に第3の願いを言っているなぁ。」
「っ・・・・・!まさか・・・・・・!」
「ポ、ポルナレフさん・・・・・・!」
ポルナレフは震える腕で、同じく震えている江里子を強く抱き締めた。
「アヴドゥルを生き返らせてくれと!!Hail 2 U !」
カメオは再び煙の中に消えた。
生ぬるい風が吹き渡り、周囲の茂みが一斉にカサカサと不穏な音を鳴らす。
そしてその音が止んだ時。
「ハッ・・・・・!」
ポルナレフと江里子の後ろに、『彼』が立っていた。
「そんな・・・・・!あいつは・・・・・・!」
「嘘・・・・・・・!」
立ち上がったポルナレフと江里子に向かって、『彼』は殺気立った眼をして猛進してきた。
「うわぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!アヴドゥル!!!!」
「きゃああっ!」
「ぬぇぇぇぃッ!」
アヴドゥルの攻撃から庇う為、江里子を突き飛ばした一瞬の後、ポルナレフはアヴドゥルの鋭い爪の一撃を胸に喰らった。
「おわぁぁぁッ!!!ううっ・・・・!あぁっ・・・・・!」
また肉を抉られた感覚がする。
声も出ない程の激痛が、傷を受けた胸から身体全体に広がるようだった。
「アヴ・・・・ドゥル・・・・・・!」
「ポルナレフさん・・・・・・・・!」
その攻撃の凄まじい衝撃で吹っ飛ばされたポルナレフの元に、江里子が這い蹲るようにして戻ってきた。
「エリー・・・・・、無事、か・・・・・・・?」
「私は平気です、それよりポルナレフさんが・・・・・!」
その時、瓦礫の崩れるようなボロボロッという音が聞こえた。
「・・・・指が、崩レちまっタ・・・・・。ヌゥ・・・・・。」
アヴドゥルの右手の人差指と薬指が、第1関節からボロッと崩れ落ちていた。
まるで、乾いた泥団子のように。
「ポルナレフ!!」
「うぅ・・・・・・!」
ポルナレフは江里子に支えられるようにして、何とか立ち上がった。
「貴様のせいダ!貴様のせいで俺は・・・・!俺ハ・・・・!こんな姿にィィ!!」
アヴドゥルは激しい怒りと恨みを孕んだ禍々しい声でそう叫び、頭のターバンをずらした。
「あぁっ・・・・・!!」
その額にぽっかりと開いている黒い穴は、紛れもなくホル・ホースの弾丸の痕、愚かな己の罪の証だった。
「アヴドゥル、俺は・・・・・、俺は・・・・・、お前に・・・・・・、俺は・・・・・!」
「ポルナレフさん、しっかりして!あれはアヴドゥルさんじゃない・・・・・!」
取り返しのつかない罪の証を前に、ポルナレフは戦意を消失しかけていた。
そんなポルナレフを叱咤するように、江里子が泣きながら揺さぶってきた。
「負けちゃ駄目・・・・・!アヴドゥルさんの事は、貴方のせいじゃない!!」
「償って貰おう・・・・、ポルナレフゥッ!!」
江里子とアヴドゥルの叫び声が、同時にポルナレフの耳に届いた。
「お前ノ!身体でェッッ!!」
アヴドゥルは、その大きな体躯からは想像もつかないような跳躍力で宙を高く飛び、ポルナレフに向かって飛び掛かってきた。
「食べれば治るんだよねぇ!?そうだよねぇ!?オニイチャン!!」
シェリーも再び姿を現し、俊敏な動きで草の上を飛び跳ねて襲ってきた。
「エリー伏せろぉーーッッ!!!」
「きゃああーーーッッッ!!!」
江里子を足元の茂みの中に匿った瞬間、古い血のような不気味な紅色に澱んだアヴドゥルとシェリーの目が、すぐ目の前に見えた。
「うわあああーーーッッ!!!」
かわす暇もなく、シェリーが右肩の肉を食い千切っていった。
「ぐわぁぁぁーーーッッ!!!」
次にアヴドゥルが、左肩の肉を食い千切っていった。
千切られたのは両肩共僅かばかりの量だったが、肉を無理矢理食い千切られる痛みは耐え難い程激烈で、ポルナレフはまたその場に倒れ込んだ。
倒れたポルナレフを、シェリーとアヴドゥルが振り返った。
まるで捕食の最中の獣のように、噛み千切った肉片を口に咥えたままで。
「ひぃぃぃッ・・・・!」
「ポルナレフさん・・・・!」
ポルナレフは怯えていた。怯える江里子と一緒になって、お互いに抱き合うようにして震える事しか出来なかった。
「どうしたの?オニイチャン・・・・・」
ユラユラと不気味な歩き方で、シェリーとアヴドゥルが近付いてくる。
「うあ・・・・、あぁぁ・・・・・!よ、寄るな・・・・!寄るんじゃねぇ・・・・!お前達、もう土に還ってくれぇッ・・・・!」
「・・・どうしてぇ?オニイチャンが蘇らせてくれたのに。」
「今度はお前が土に還レ!」
「うぅっ・・・・・!うわぁぁぁ・・・・!」
この手のスプラッター映画は何本も見ていて、一度も怖いと思った事が無かったのに、いざ現実となると、恐怖に手も足も出なかった。
しかしポルナレフには、スタンドがあった。
手も足も出なくても、スタンドは出せるのだ。
― ビ、ビビっちまって、チャリオッツ出すのも忘れていた・・・・!自分の願いに襲われて、スタンドを使うのも忘れちまっていた・・・・!
とどめを刺してやるとばかりに、シェリーとアヴドゥルが飛び掛かってきた。
「きゃあーーッッ!!!」
「っ・・・・!来るなッッ!!お願いだぁッ、来ないでくれぇぇーーーッッ!!!」
ポルナレフは江里子を庇いながら、チャリオッツを発動させた。
こんな愚かな男の愚かな願いに、江里子を傷付けさせる訳にはいかなかった。
だが、発動したチャリオッツはカメオが押さえてしまった。
「何ィィッ!?」
「お願いだとぉ!?ダメだよ〜ん!もう『お願い』は無いッッ!!!」
「「グワァァァ!!!」」
獣のような咆哮を上げて、シェリーとアヴドゥルが襲い掛かってきた。
チャリオッツのパワーではカメオの拘束を解く事は出来ず、もはやなす術は無かった。今のポルナレフに出来る事は、我が身を盾に、江里子を庇う事だけだった。
「ぐわぁぁぁぁーーーーッッッ!!!」
「ポルナレフさんっ!!!!」
シェリーとアヴドゥルに喰らい付かれ、ポルナレフは断末魔の叫びを上げた。
「3つとも既に叶えてやった!フフフフッ、もう願いは有り得ないよ〜ん!」
「ぐはぁぁっ・・・・・!よせ・・・・・!アヴドゥ・・・・・!ぐわぁぁぁっ・・・・・!あぁぁっっ・・・・!」
「やめてシェリーさん・・・・!!」
「グワゥゥゥッ!!!」
「きゃああっ!!」
江里子は再びシェリーを突き飛ばそうとしたが、今度はさっきのようにはうまくいかず、伸ばしたその手を咬まれそうになり、突き飛ばすどころか触れる事すら出来なかった。
「Hail 2 U !ガハハハハ!!」
カメオの高笑いを聞きながら、ポルナレフは必死に最後の力をかき集めた。
「うぅぅっ・・・・・!やめて・・・・・、やめてアヴドゥルさん・・・・・!!」
江里子は咽び泣きながら、足元の石を拾い、アヴドゥルに向かって振り被った。
悲しい、悲しい顔だった。
敵スタンドの土人形とは分かっていても、大切な仲間に石を投げねばならない辛さがどれ程のものか。
何より、それをしたところで、助かる見込みは限りなくゼロに近い。
「・・・・やめろ・・・・・、エリー・・・・・・」
「ポルナレフさん・・・・・!?」
「無駄だ、やめろ・・・・。却って・・・、お前に危険が・・・、及ぶ・・・・」
「だけど・・・・・・!!」
肉を食い千切られる痛みに耐えながら、ポルナレフは江里子に訴えかけた。
「逃げろ・・・・・、エリー・・・・・、逃げるん、だ・・・・・・」
「出来ません!ポルナレフさんを置いて一人だけ逃げるなんて出来ません!」
「いいから・・・・・、行け・・・・・・・!!」
ポルナレフの気迫に圧倒された江里子は、ハッと息を呑んで黙り込んだ。
「俺は・・・・・、大丈夫だ・・・・・・。痛ぇが・・・・、致命傷じゃあねぇ・・・・・。こいつらどうも・・・・、大したパワーはねぇようだ・・・・・・。
俺がこいつらを・・・・引きつけている内に・・・・・、お前は早く・・・・・・、承太郎、達を・・・・・・」
「わ・・・・、分かりました・・・・・・!」
江里子は一縷の希望を見出したように涙を拭い、ジリジリとポルナレフから離れた。
「す、すぐ承太郎さん達を呼んで戻ってきますから・・・・・!ぜ、絶対、絶対・・・・、死なないで・・・・・・!!」
血塗れの手で涙を拭うから、頬がすっかり赤黒く汚れてしまっている。
そこにまた新しい涙をボロボロと伝わせる江里子に、ポルナレフは微かな苦笑を浮かべて頷いた。
「グワゥゥゥ・・・・・!!」
「グルルルゥゥ・・・・!!」
シェリーとアヴドゥルは、肉を噛み千切ろうとするのに夢中になっている。
「フッフッフッフッフ・・・・・」
文字通り高みの見物を決め込んでいるカメオは、江里子が逃走すればすぐに気が付くだろうが、多分江里子の事は追わないだろうと思われた。
カメオが離れ、そのスタンドパワーが途切れてしまえば、土人形は恐らく只の土くれと化す。折角仕留めかけている獲物にとどめを刺さずして、わざわざ戦力外の江里子に狙いを移すとは考えられなかった。
それでももし、狙われた場合には。
「チャリオッツが・・・・・、お前を護ってる・・・・・。
だから、いいか・・・・、決して立ち止まらずに・・・、全速力で走れよ・・・・」
この力の及ぶ限り、江里子を護る。
この命が尽きるところまで、江里子を護り抜く。
「3・・・・、2・・・・・・、1・・・・・・・」
アヴドゥルに、そう誓ったのだから。
「Go・・・・・・・!」
「っ・・・・・・・!!」
江里子は泣きながらも、言われた通りに駆け出して行った。
「・・・フン。チャリオッツを護衛につけて女を逃がしたか。仲間を呼びに行かせたか?」
江里子の後ろ姿を見送って、カメオが愉しげな口ぶりで言った。
「だが無駄な事だ。あの女が仲間を呼んで来ようが来なかろうが、お前は間もなく死ぬ。
生憎と俺はお前のように欲深くはなくてな。何が何でもお前達を一網打尽にしようなどとは思っていない。まずはお前が死ぬだけで、俺には十分なのよ!ハッハッハッハッハ!!
死ぬ前に思いっきり泣き叫ぶが良い!ここは島の奥地、海辺まで声は聞こえん!誰も助けに来てはくれん!ヒヒヒヒヒヒヒッ!」
― も・・・・もう駄目だ・・・・・・。俺はもうおしまいだ・・・・・。
江里子に添わせていたチャリオッツが射程距離を超えて消えた瞬間、ポルナレフは力尽きた。
― 死ぬんだ・・・・・。やられちまうんだ・・・・。シェリー・・・・・。アヴドゥル・・・・・・。土人形とはいえ、こいつらにやられるなら悪くねぇ・・・・・。
ポルナレフは、夢中で胸の肉を貪り食っているアヴドゥルに目を向けた。
― アヴドゥル、お前の言う通り、お前を死なせたのは俺だ・・・・・。くっ・・・・・・、何をされても、文句は無ぇ・・・・・・。
ポルナレフはガクリと頭を落とし、身体の力を抜いた。
「・・・・・・・?」
異変に気付いたのは、その時だった。
閉じかけた瞳に、アヴドゥルが二人、映っていたのだ。
「・・・・・?」
アヴドゥルの後ろからもう一人、アヴドゥルが近付いて来ていた。
「え・・・・・・?」
後ろから忍び寄って来ていたアヴドゥルが、前のアヴドゥルを捕えた。
― 何だ・・・・・、目が霞んで、焦点がボヤけてきたか・・・・・。アヴドゥルが二人に見えちまってるぜ・・・・・。
「ん・・・・・?」
もう一度目を向けると、アヴドゥルはやはり一人だった。
ポルナレフが死んだかどうか、様子を見ているのだろう。
― クッ・・・・ハハハ・・・・・・。やっぱり土人形は一人だ。幻覚を見るとは、本格的に死が迫ってきたって事か・・・・・。血もいっぱい出ちまってるしな・・・・・。幻も見るか・・・・・・。
さぁて、死ぬとするかな・・・・・。俺は中途脱落だ、さよなら、ジョースターさん・・・・・。花京院、承太郎、勝利を祈ってるぜ・・・・・。エリー、愛してたよ・・・・・。無事にマダムの所へ帰るんだぜ・・・・・。
アヴドゥル、お前には・・・・・・あの世で・・・・・詫びを・・・・・・
ポルナレフはアヴドゥルに向かって手を差し伸べながら、死の淵に落ちようとした。
だがその時、アヴドゥルの手首を、誰かが掴んで止めているのが見えた。
「・・・・・・えっ!?」
見間違いでも、目の錯覚でもなかった。
確かに誰かがアヴドゥルの手首を掴んでいる。
ポルナレフは驚き、再び身を起こした。
「ヌゥッ・・・・!ギッ・・・・、ググッ・・・・!グアァッ・・・・!」
「・・・・フン」
アヴドゥルの後ろから、もう一人のアヴドゥルが顔を出した。
「アァァッ・・・・・!」
アヴドゥルの手首がミシミシと音を立てて軋み、やがて粉砕され、元の土くれに戻って零れ落ちた。
「何ィッ!?バカなぁッ!!」
カメオが焦りの叫びを上げた。
「やっ・・・、やっぱり、もう一人アヴドゥルがいるッ!!」
ポルナレフは傷の痛みも忘れて、ガバッと跳ね起きた。
「目の錯覚じゃあねぇッ!!土人形のアヴドゥルの他に、アヴドゥルがいるぅッッ!!」
「マジシャンズレッド!!!」
「ギィヤァァァァーーーーッッ!!!」
土人形のアヴドゥルは、本物のアヴドゥルの炎に包まれ、瞬時に砕け散った。
「バカな!!死んだ筈の、『吊られた男』J・ガイルに背中を刺され・・・」
「死んだ筈の・・・・・・!」
カメオも、そしてポルナレフも、その信じ難い光景に目を奪われていた。
渦巻く紅蓮の炎が次第に小さくなり、アヴドゥルの指先で消えた。
「フッ・・・・・、チッチッ。」
アヴドゥルは、その指を振って見せた。
「モハメド・アヴドゥル!!!」
ポルナレフが叫ぶと、アヴドゥルは以前と変わらぬ覇気に満ちた声で答えた。
「Yes, I am!」
モハメド・アヴドゥル、復活の瞬間だった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・・・!!」
その頃江里子は、草むらの中を夢中で駆け抜けていた。
― どうしよう・・・・・!
江里子は焦っていた。
右も左も、どちらを向いても同じような草むらで、どこへ行けば良いのか分からなくなってしまっていたのだ。
元来た道には引き返せないし、そもそも今となってはよく覚えていないから、帰ろうにも帰れない。
― どうしよう・・・・・!!
立ち止まれば敵に追い付かれるかもと思うとそれも出来ず、江里子はひたすら走りながら考えた。
― し、しっかりしなさいよ!落ち着いて、落ち着いて考えるのよ・・・・・!
この島の地図など勿論ないが、よく考えてみれば、島のおおよその形は知っていた。
クルーザーを降りる直前に、皆でレーダーを見てきたのだ。
そのレーダーには、この島は、真ん丸ではないが円形に映っていた。
少なくとも、途中で陸地が途切れているような箇所はなかった。
― そ、そうだ・・・・・!とにかく浜辺へ出れば・・・・・・!
陸地が途切れてさえいなければ、浜辺がグルリと一周繋がっている筈である。
故に、浜辺伝いに行けば、その内クルーザーの停泊場所へと出る。
右も左も分からないこの草むらの中で闇雲に進行方向を変えるより、このまま海に向かって一直線へ突っ走る方が、きっと近道だ。
― そうよ、浜辺よ、浜辺へ・・・・・・・・!
江里子は波の音が聞こえてくる方向に向かって、全力で駆けて行った。
「お・・・お前なのか!!」
「チッチッ、チッチッチッチッ。」
アヴドゥルは余裕の笑みを浮かべ、親指を上下させて見せた。
「ほ・・・・、本物のお前なのか・・・・・!!」
「ポルナレフ。成長しとらんなぁ。未だに相変わらず、後先考えず『妹、妹』と言ってるんだからなぁ。」
「バカなぁーーッ!!生きてる筈がないッッ!!情報では背中を刺された後、脳天をホル・ホースに撃ち抜かれ、即死した筈ッ・・・・!」
「フン。ああ確かに撃たれたさ。この眉間をな。」
アヴドゥルは焦るカメオを鼻で笑い、自らの眉間をトントンと指で叩いた。
「だが、あの時背中を刺された瞬間、顔は上を向いた。つまりのけ反ったのだ。
こういうのを、不幸中の幸いと言うんだろうな。
ホル・ホースの弾丸は、私の皮膚と頭蓋骨をちょっぴり削り取って掠めていっただけで、脳まで達する致命傷ではなかったのだ。」
アヴドゥルが捲って見せたターバンの下、彼の眉間には、思わず息を呑んでしまうような生々しい弾痕が残っていた。
しかしそれでも彼は、確かにその2本の脚でしっかりと立っていた。
以前と何ら変わらない、剛健な姿で。
「ぬぅぅぅ・・・・・!」
「完全に気は失ったがな。」
「ぬぅぅぅ・・・・・!」
予想外の番狂わせに、カメオは打ち震えた。
「ジャッジメントのカードのカメオとか言ったな!地獄を、貴様に!Hell 2 U!!」
「3つめの・・・・・、第3の願いだけは・・・・・本物だ・・・・・!叶った・・・・!!」
敵に宣戦布告するアヴドゥルの勇猛な姿を見つめながら、ポルナレフもまた、震えずにはいられなかった。
嬉しくて、嬉しくて。
「モハメド・アヴドゥルが生きている・・・・・、このバッド・ニュースを、早いとこDIOの奴や仲間のスタンド使い共に知らせなくてはいけないんじゃあないか?」
「ぬぅぅぅ・・・・・!」
「えぇ!?カメオよ!」
「うぬ、ぬぅぅぅ・・・・・!」
死んだものと信じて疑っていなかったアヴドゥルが舞い戻ってきた事で形勢は一気に逆転、カメオは追い詰められ、劣勢になっていた。
― 知らせなくては・・・・・!本当に知らせなくては!!ジョースターさんに!花京院に!承太郎に!そしてエリーに!
もはやこの闘いは、ポルナレフの眼中には入っていなかった。
マジシャンズレッドとシルバーチャリオッツが揃った今、こんな奴に負ける事は万に一つも無いからだ。
それより早く皆にこのグッド・ニュースを知らせたい、ポルナレフの頭にはその事しかなかった。
しかし、それは些か油断のしすぎだった。
「・・・確かに、驚くべきニュースだ。だが!!
ニュースの文面は、こう変更されて伝えられる!
ジャッジメントのカメオは、ポルナレフのアホと、ついでに、生きていたアヴドゥルをブチ殺しましたと!
OH!グッド・ニュースに変更されるのだ!!」
カメオが再び襲ってきた。
「マジシャンズレッド!!」
「おっとぉッ!!ヘヘヘッヘッ!!」
カメオはマジシャンズレッドの蹴りを掴み止め、そのまま向こうの木に投げつけた。
あれだけパワーと重量のあるマジシャンズレッドを、まるで人形か何かのようにいとも容易く。
「ああっ!」
「くっ・・・・」
アヴドゥルが地に膝を着いた。
「アヴドゥルッ!!ぐぁっ・・・・!」
ポルナレフはアヴドゥルを案じて駆け寄ろうとしたが、そもそも自分が一番満身創痍の状態である。傷の痛みと出血のせいで、走る事もままならなかった。
「こいつ、相当のパワーがあるスタンドだ・・・・・。」
「気をつけろ、パワーだけじゃねぇ・・・・。スピードもかなりあるぜ・・・・。」
互いにその場を動けないアヴドゥルとポルナレフは、離れたままお互いを案じた。
すると、カメオが再び余裕を取り戻し、顎を撫でながら挑発してきた。
「アヴドゥル、貴様の力はそんな程度か。こりゃあ思いの外、グッド・ニュースを伝えられそうだ。」
「くぅっ・・・・・!」
「貴様らにィィ!!!」
カメオはおもむろに、シェリーの頭を掴んだ。
「あっ・・・・!」
「幸あれぇいッッ!!!」
そして、アヴドゥルに向かって思いきり投げつけた。
「あぁぁっ・・・・・!」
それは只の土人形であって、シェリーではない。
そうと頭では分かっているが、ポルナレフの身体は勝手に駆け出していた。
しかし、間に合わなかった。
シェリーの華奢な身体は、クロスアームでガードしているマジシャンズレッドの腕に当たって砕けた。
「何ィッ!!」
「Hail 2 U !」
それはこちらの気を逸らし、隙を作る為の作戦だったのだろう。
アヴドゥルが驚き、ポルナレフがシェリーを受け止めようとしている間に、カメオは上空へ飛び上がり、二人から十分な間合いを取った。
その直後、砕けたシェリーの腕が地面に落ちた。
ガチャンと、まるで石膏像が割れる時のような乾いた音を立てて、粉微塵になった。
「・・・・ガッ・・・・・、ガハッ・・・・・!ゴヘッ・・・・・!」
ポルナレフは辛うじて、シェリーの上半身を抱き止める事が出来ていた。
「オニイ・・・・チャン・・・・・」
ポルナレフの胸の上で、シェリーは少しだけ顔を上げ、儚げな瞳でポルナレフを見つめた。
この黒い瞳、この素直な表情、紛れもないシェリーの顔だ。
傷付き、息絶えようとしている、哀れなシェリーの顔だ。
「ち・・・、違う・・・・・・、俺のシェリーは・・・・・・」
遂に力尽きたように、シェリーはポルナレフの胸に倒れ込んだ。
遂に?
いや、違う。
シェリーは死んだのだ。
3年も前に、ここから遠く離れた、フランスの故郷の田舎町で。
シェリーは最初から蘇ってなどいない。
3年前のあの時からずっと、シェリーは故郷の墓の下で眠っているのだ。
「シェリーは・・・・・・、死んだん、だ・・・・・・!!」
ポルナレフは今一度、その事実を己に言い聞かせた。
もう二度と、迷わないように。
もう二度と、愚かな事を願わないように。
もう二度と、最愛の妹の安らかな眠りを妨げないように。
「くっ・・・・・・!はっ・・・・・・!」
ポルナレフは大きく息を吸い込んで己に喝を入れ、崩れかけたシェリーを抱いたまま立ち上がった。
そして。
「テメェは・・・・・、只の・・・・・土人形だぁぁッッッ!!!」
「あぁぁぁぁっ!!!」
チャリオッツの剣で、一思いに急所を貫いた。
「おにい・・・・ちゃん・・・・・」
元の土に還る間際、シェリーは微笑んだ。
確かに、ポルナレフに微笑みかけた。
しかし、ポルナレフはもう泣かなかった。
「・・・・・・・・・・」
シェリーが完全に土となって腕の中から零れ落ちた後、ポルナレフはチャリオッツを引っ込めた。
震えひとつ起こしていないその背中に、アヴドゥルは息を呑んだ。
ポルナレフがどれ程の思いでそれを成し遂げたのか、痛い程に感じたのだ。
「ポルナレフ、すまん・・・・。成長していないと言った前言は撤回する。」
アヴドゥルはポルナレフに歩み寄り、真摯に詫びた。
しかしポルナレフは、小さく首を振った。
「・・・・いや、お前の言う通りだったからな。謝るのは、俺の方・・・・・」
アヴドゥルは無言のまま、ポルナレフの肩に手を置いた。
これ以上、互いに言う事は何も無かった。
言葉を交わさなくても、互いの気持ちは手に取るように分かっていた。
「うわぁぁぁぁーーー!!!」
その時、カメオが奇襲を仕掛けてきた。
アヴドゥルとポルナレフは瞬時にスタンドを発動させたが、2体揃ってカメオに吹っ飛ばされた。
「「うわぁぁぁぁっ!!うぅっ・・・・!!」」
スタンドと本体は一心同体。
スタンドを投げ飛ばされたアヴドゥルとポルナレフは、揃って地面に吹っ飛んだ。
「フフフフフッ。勝負は決まったなぁ。」
「うぅ・・・・・!」
アヴドゥルが少しだけ顔を上げると、カメオは勝ち誇ったように例の台詞を口にした。
「アヴドゥル。3つの望みを言ってみろ。叶えてやろう。今度こそ本当に、お前が死ぬ前になぁ。」
「「!!」」
「さあ!試しに言ってみろ!願いを、3つな!」
「テメェ〜、ふざけやがって・・・!アヴドゥル、無視しろ!願いなんか言う必要ねぇッ!」
「ぬぅぅ・・・・」
アヴドゥルはポルナレフに返事をせず、自分の背後をチラリと一瞥した。
「アヴドゥル!!聞いてんのか!!」
「・・・・フン。いや・・・・」
アヴドゥルは不敵な笑みを浮かべると、その場に立ち上がった。
そして。
「4つにしてくれ!」
と、言い放った。
「はぁっ!?」
「何!?」
予想だにしなかった言動に、ポルナレフもカメオも、思わず呆気に取られた。
「願いだよ、願い。3つの願いを4つにしてくれというのが願いだ。」
「うぅぅ、ぅ・・・・・」
「フン。チッチッ。」
目に見えて困惑しているカメオを、アヴドゥルは挑発した。
それに怒ったのか、カメオの目が嫌な感じに黄色く光った。
「貴様、そういう冗談は・・・」
「嫌だと言うのか、カメオ!貴様が言い出したのだ!!約束は守ってもらうぞ!!」
しかしアヴドゥルの鬼気迫る迫力は、それ以上だった。
マジシャンズレッドが再び、炎の渦を巻いてカメオに向かっていった。
「まだ無駄なパワー比べをしようというのか!!ハッハッ、ヤワな蹴りだぜ!!」
カメオは余裕綽々の笑い声を上げながら、腕でマジシャンズレッドの蹴りをガードした。これで十分だと言わんばかりの、なめた態度で。
だが、蹴りがヒットした瞬間、ガードしていたカメオの腕と、側頭部や首までがあっさりとひび割れた。
「ヒッ、ヒィッ!何ィィッ!?ウギャアァァァーーッ!!」
身体の砕ける激痛に、カメオは大きな悲鳴を上げた。
「やった!!!凄ぇ!!!」
「・・・フン、チッチッ。」
アヴドゥルがまた指を振って、指先の炎をかき消した。
「第1の願いは、貴様に痛みの叫びを出させる事。叶ったな。」
アヴドゥルはそう言って、不敵に笑った。
「バ、バカな・・・・、強い・・・・・・、さっきより断然強いぞ・・・・・」
「『吊られた男』に刺された背中がまだ、完全に治ってなくてな。
さっきはその傷を庇ったせいで、パワーを出しきっていなかったのよ。」
「な・・・・・!」
「インドでやっと立てるようになったのも、つい3日前。ここまでは飛行機に乗れたから、旅は楽だったがな。」
「流石だぜ、アヴドゥル!!」
「そして、第2の願いは!!」
渦巻く紅蓮の炎が形を変え、1本の縄になった。
マジシャンズレッドの必殺技、レッド・バインドだ。
「ギャアァァァーーーッッッ!!!」
それで首を絞められたカメオは、目から火柱を吹き出して悶絶した。
「恐怖の悲鳴を上げさせる事!!更に第3の願いは!!!」
マジシャンズレッドがとどめとばかりに、カメオの背中に痛烈な飛び蹴りを決めた。
「後悔の泣き声だぁーーーッッッ!!!」
「ヒィィィーーーッッッ!!!」
全身が砕け、リタイア寸前となったカメオは、空中でクルクルと回転し、そのままボウンと消えた。
「ぬぅっ!?」
「や、ヤロウ〜、逃げたぞ!待ちやがれっ、チキショーッ!」
「シッ!静かに!ポルナレフ。」
走って追いかけようとしたポルナレフを、アヴドゥルは呼び止めた。
「あ?・・・・」
ポルナレフは訳も分からず、ひとまずアヴドゥルの側へ戻った。
合流すると、二人はその場にしゃがみ込み、草の陰に身を潜めた。
「・・・あのパワーとスピード、スタンド使いの本体は、かなり近くにいなくてはならないのがスタンドのルール。」
小声でそう話すと、アヴドゥルはハンドサインで『手分けして本体を捜そう』と示した。ポルナレフもそれに頷いた。
― ここか・・・・・?
ポルナレフは静かに草を掻き分け掻き分け、地面を低く這い進んだ。
― どこか、もの凄く近くに隠れている筈だ・・・・・。
アヴドゥルも同じようにして、二人はカメオの本体を捜した。
するとすぐに、土の中から怪しい木筒が生えているのを見つけた。
「あっ!ひょっとして・・・・・!」
「シィーッ!」
思わず大声を出しそうになったポルナレフを制して、アヴドゥルは手近な葉っぱを1枚、音を鳴らさないように千切った。
二人はその木筒に足音を忍ばせて忍び寄り、アヴドゥルが葉っぱを筒の上にヒラッと落とした。
「・・・・、ッ・・・・・、プフーッ!!」
葉っぱはすぐに震え出し、やがてペコンと引っ込み、浮き上がった。
それはこの木筒から空気が出入りしている証拠、即ち、この下に敵の本体が身を隠しているという証拠だった。
「っ!!」
― コノヤロウ〜・・・!!
遂に見つけた敵本体を前に、ポルナレフは怒り心頭だったが、アヴドゥルは尚も静かにしろと人差し指を唇に当てた。
何か考えがあるようだ。
ひとまず彼に任せてみると、アヴドゥルはおもむろにその人差し指を木筒に突っ込んだ。
「・・・・・・」
次第に筒が震えてきて、指を引き抜くと、『フゥーーッ!!!』と生温かい空気が出てきた。
「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ・・・・!」
もう間違いない。
100%確実に、この下にカメオの本体がいる。
― この地面の下に本体が隠れてやがんのか・・・・!おのれぇ〜、どうしてくれようか・・・・・!妹まで利用されたのだ、地獄を見せてくれるぜ!!Hell 2 U〜〜!!!野っ郎〜〜〜・・・・・!!!!!
燃え盛る怨嗟の念に、ポルナレフは奥歯をギリギリと噛み締めた。
と、その時、妙案がフッと頭を過ぎった。
「っ!!・・・・ッフフフ。色んな物入れてやるぜぇ。」
妙案とは、命綱同然のこの筒の中に、思い付くままあらゆる物を放り込んでやる事だった。善は急げ、ポルナレフはその辺で目に付いた物を片っ端から拾い集めて、次々と投下を始めた。
「泥。」
「うむ。」
「砂。」
「うむ。」
「クモ。」
「ぬぅっ」
「と、アリ。」
「おお。」
「そして、マッチ。」
とどめにマッチを擦って放り込んでやると、筒から煙が立ち上ってきた。
「っ・・・・・!ブフーーーッ!!!」
敵本体はそれらを盛大に筒から吐き出してきた。
「野郎〜〜〜・・・・・!まだまだ、まだまだ、まだまだぁ・・・・!」
「おい、ポルナレフ。」
ポルナレフが俄然闘志を燃やしていると、ふとアヴドゥルが立ち上がった。
「なんか催してきたのぉ。」
アヴドゥルはそう言ってほくそ笑んだ。
今まで見た事のない、意地の悪そうな笑みだった。
「あ?」
「いっちょ!久しぶりに男の友情・連れションでもするかぁ!!」
ポルナレフがポカンとしていると、アヴドゥルは威勢良く腕を振り上げてそう言った。
「・・・・フン。チッチッ。」
まだ飲み込めていないポルナレフに、アヴドゥルは親指で下を指し示した。
「あ?」
ポルナレフはアヴドゥルの顔と地面の筒を交互に見てから、ギョッとした。
「え゛っ!?」
それは、つまり、そういう事なのだ。
ようやく合点のいったポルナレフは目を真ん丸に見開いてアヴドゥルを見上げ、マジでそこまでやるのかと暗黙の内に訴えかけた。
「・・・・フン」
しかし、アヴドゥルはマジだった。
「ちょっ・・・・・、おい・・・・・・!」
ほくそ笑んだまま、躊躇いなくズボンのジッパーを下ろすアヴドゥルに驚き、ポルナレフは慌てて立ち上がった。
大切な友人が生きていたのは本当の本当に心の底から嬉しいが、流石に『とばっちり』を喰らうのは御免だったのだ。
「・・・・フゥ〜ッ・・・・・、何とかやり過ごしたぜぇ・・・・・」
筒の奥から、籠った男の声が聞こえてきた。
どうやらカメオの本体は、危機は去ったと安心したようだった。
真の危機はこれからだというのに。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ポルナレフはアヴドゥルと共に、木筒のすぐ前に立った。
そしてアヴドゥルと同じように、ズボンのジッパーを下げた。
「・・・・・・・」
先に『始めた』のは、アヴドゥルだった。
「ほぉれ笑え、ポルナレフ!!」
ジョボジョボと盛大に『放水』しながら、アヴドゥルは豪快に笑い始めた。
「え゛・・・・・」
「笑え笑え!!ポルナレフーッ!!ガーッハッハッハッハッハ!!!」
その姿は、ポルナレフにとっては、ちょっとしたカルチャーショックみたいなものだった。
「アヴドゥル、お前、性格変わったんじゃあねぇか・・・・?前はこんな下品な事思いつく奴じゃあなかったのに・・・・。
ウヘヘ・・・・、おい、頭撃たれたのが原因じゃあねぇだろうなあ?」
「ワーッハッハッハ!!!」
アヴドゥルは何も答えず、只々楽しそうに大笑いするばかりだった。
「あっははは、あぁ、あっははは・・・・!」
釣られて笑いながら、ポルナレフも『放水』を始めた。
改めて、江里子を先に逃がしておいて良かったと、つくづく思いながら。
「ほれほれ、狙え狙え〜!ワッハハハ!」
「アッハハハ!」
笑いながら『放水』していると、耐えきれなくなったカメオの本体が地面から飛び出してきた。
「ガボァ〜〜ッッッ!!ゲェ〜〜ッッ!!!」
カメオは、何だか妙な奴だった。
ウドの大木のような愚鈍な感じの男で、地中に篭る為か、ダイビング用の水中メガネを着けていた。
「・・・・ハッ!」
カメオはアヴドゥルとポルナレフに気付くと、手に持っていたスコップを放り出して土下座を始めた。
「ひぃぃぃぃ〜ッッ!!ひぃぃぃぃ〜ッッ!!許して下さいぃぃぃ〜〜〜!!!」
ジャッジメントは、何も知らずに引っ掛かれば厄介なスタンドだが、ひとたび種明かしが済めば無力同然だった。当然、高い攻撃力を誇るマジシャンズレッドとシルバーチャリオッツに敵う訳がない。
カメオ自身それを良く分かっているのだろう、闘う意思は全く見せず、情けなく命乞いを繰り返すばかりだった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
アヴドゥルとポルナレフは笑いを消し、厳しい表情を浮かべてカメオの前に立ち塞がった。
「4つめの願い、それは、お前の願いを全く聞かない事。」
アヴドゥルの指先に、マジシャンズレッドの炎が宿った。
「マジシャンズレッドは許さん。駄目だね!」
「ひ・・・・・!」
一瞬の内に、カメオは炎に包まれた。
「ボボ・・・、フッ・・・・・」
だが、死んではいなかった。
全身黒コゲで、髪の毛も笑える程チリチリになってしまったが、命に別条はなさそうだった。
スタンドの能力が判明し、本体の人間とも遭遇した今、ジャッジメントはもはや敵にはならない、そういう事なのだろう。アヴドゥルの含み笑いから、ポルナレフはそれを察した。
「チャンチャン!!」
これにて、一件落着。
ポルナレフは晴れやかな声でオチをつけたのだった。
「じっとしてろよ、ポルナレフ。」
「ああ・・・・・・・!」
ポルナレフは固く目を瞑り、息を潜めて『その時』を待っていた。
「マジシャンズレッド!!」
「うぅっ・・・・・!!」
やがて、マジシャンズレッドの炎がポルナレフの身を焼いた。
正確には、土人形に咬まれた傷口を。
「終わったぞ。これでもう大丈夫だ。」
「おお・・・・・、メルシー、アヴドゥル・・・・・!」
炎で焼かれた傷口は、瞬時に血が止まり、滅菌され、肉が縮んでばい菌が入らなくなる。ほんの一瞬で素晴らしい効果を発揮する、画期的な治療法なのだ。
但し、ちょっと怖い。いや、かなり怖いのだが。
「久しぶりにやって貰うと、一層怖ぇなコレ・・・・・」
「フフッ、大の男が何を情けない事を言っとるか。」
苦笑するアヴドゥルの顔を、ポルナレフは改めて感極まる思いで見つめた。
「さあっ!早く皆の所へ戻ろうぜッッ!!早く早くッッ!!!」
「分かった、分かったから袖を引っ張るな。」
アヴドゥルが生きていた喜びは、傷の痛みを容易く吹き飛ばしていた。
手当てもして貰った今、ポルナレフは完全復活を果たし、アヴドゥルを引っ張って走り始めた。
「皆驚くぞーーッッ!!!なあアヴドゥルッ、浜辺はどっちだ!?あっちか!?」
「違う、こっちだ。分かったからあまりはしゃぐな。傷が塞がったばかりなのだぞ。」
「だーいじょうぶだって!!」
ポルナレフはアヴドゥルを引っ張って、教えられた道を駆け抜けた。
すると、すぐに藪が開け、海が見えてきた。
砂浜に乗り上げている真っ白なクルーザーと、その周りにいるジョースター達も。
「おいーッ!!皆、驚くなよ!!誰に出逢ったと思う!?」
ポルナレフは茂みから飛び出し、大声で皆に話し掛けた。
「!!」
突然現れて大声を出したポルナレフに、皆、一斉に驚いて振り返った。
「ポルナレフ、心配したぞ。」
「どうした、その傷は!?」
「敵に襲われたのか?」
ジョースターが、花京院が、そして承太郎が、口々にポルナレフを心配したが、当のポルナレフはテンションMAXだった。
「傷の事はどうでも良いんだよ!!」
満面の笑みを浮かべた血塗れの顔をズイッと近付けると、承太郎と花京院が顔を引き攣らせて後ずさったが、ポルナレフは気にも留めずに続けた。
「いいか、たまげるなよ承太郎!
驚いて腰抜かすんじゃあねぇぞ花京院!
誰に出逢ったと思う!?ジョースターさん!
何と喜べ!!パンパカパーン!!登場〜!!
アヴドゥルの野郎が、生きてやがったんだよ〜!!!オ〜ロロ〜ン!!!」
ポルナレフの熱烈な紹介を受けて、アヴドゥルが藪の向こうから現れた。
この後に始まる感動の再会劇を期待して、ポルナレフはワクワクと、そしてウズウズと、胸を弾ませていた。
きっと皆、吃驚する。
そして泣く。
やがて誰からともなく固く抱き合い、熱い友情を確かめ合って、そして・・・・!
「・・・さ、出発するぞ。」
と思っていたのに、ジョースターは眉ひとつ動かさず、淡々と足元の鞄を拾い上げただけだった。
「え・・・・・?」
「皆、荷物を運ぶのを手伝うよ。」
アヴドゥル本人も、さしたる感動もなさそうだった。
「よぉ、アヴドゥル。」
「久しぶり。元気?」
「アヴドゥル、もう背中の傷は平気なのか?」
「ええ!大丈夫です!ちょっと突っ張りますが。」
承太郎も花京院もジョースターも、何だか平然としていた。
「お、おい・・・・・!」
自分以外の全員が、荷物を手に連れ立って向こうへ歩いていくのを、ポルナレフは呆然と見ていた。
「2週間ぶりか。お互いここまで無事で何よりだったぜ。」
「承太郎、相変わらずこんな服着て、暑くないのかぁ?ハハハハハ。」
ほのぼのと、のほほんと、お気楽な会話を交わしながら自分一人を置いて先に行ってしまう彼等に、ポルナレフはプチンときた。
「・・・・ち、ちょいと待てお前ら!ぐっ・・・・・、コルァァァァ!!!待てと言っとるんだよテメーらぁ!!!」
腹の底から怒鳴り声を上げると、ようやく皆、立ち止まってポルナレフを振り返った。
「おい!どういう事だ、その態度は!?死んだ奴が生きていたというのに、何なんだ、その平然とした日常の会話はーッ!!」
「お、ポルナレフ、すまなかったなぁ。インドで儂がアヴドゥルを埋葬したというのは、ありゃ嘘だ。」
怒り心頭のポルナレフに、ジョースターは実に軽く、カル〜クそう答えた。
「な、な、何ィィィッッッ!?!?!?」
しかしそれは、ポルナレフにとっては驚愕の事実だった。
驚きのあまり、思わず飛び上がってしまう程の。
「インドで私の頭と背中の傷を手当てしてくれたのは、ジョースターさんと承太郎なのだ。」
「っ・・・!てっ、テメーら!インドから既にアヴドゥルが生きている事を知ってて、俺に黙ってやがったのかぁッ!?花京院!!テメーもか!?」
「僕が知ったのは、あの翌日だ。ただ、敵に知られるとまずい。ポルナレフは口が軽いから、失礼、嘘が吐けないから、ずっと内緒にしようと提案したのはこの僕だ。」
「でっ・・・・・」
ポルナレフは思わずズッコケた。
「うっかり喋られでもしたら、アヴドゥルは安心して傷が治せないからな。」
承太郎は肩越しに振り返り、帽子のひさしを少し押し上げてポルナレフを一瞥した。
そのクールな瞳が、『オメーはお喋りだからな』と言っているようで、ポルナレフはぐうの音も出せなかった。
悔しいが、事実だからだ。
人一倍無口な承太郎と比べたら、特にだ。
それは自分でも分かっている事だった。
「安全が確認出来たら話すつもりだったんだが・・・・、まさか先に会ってしまうとは。」
花京院はやれやれとばかりに、小さく溜息を吐いた。
ならば、仕方がない。
仲間の感動の再会劇は、この際諦めるとしよう。
だが感動の再会は、もう一組あるのだ。
「そうだ!アヴドゥル!お前の親父さんがこの島にいる!お前が来た事を知らせよう!」
それを思い出したポルナレフは、いても立ってもいられず駆け出そうとした。
「ああ、ありゃ俺の変装だ。」
ところが、アヴドゥルは間髪入れずにそう返した。
これまた実に軽〜く、あっさりと。
「だっ・・・・!」
走り出した勢いのまま、ポルナレフは砂浜にズッコケた。
「に・・・、にゃにお〜・・・・・!?」
次々と明らかになる卑劣な陰謀に、ポルナレフは涙目になった。
「じゃ、じゃあ、お前ら、お前ら、あれ全部・・・・・!」
― 帰れ!このワシに誰かが会いに来るのは、決まって悪い話だ!聞きたくないッッ!!
帰れと怒鳴って背を向けた、アヴドゥルの父親の厳しくも寂しそうな背中も。
― アヴドゥルの死は君のせいじゃあない。
慰めてくれた、ジョースターの真摯な声も。
全部、全部、嘘だったというのか。
「そこまでやるか・・・・・!?よくもぬけぬけと・・・・!テメーら、仲間外れにしやがって・・・・・!うぅっ・・・・!」
もう堪えきれず、ポルナレフは砂に突っ伏して泣き始めた。
本気で泣けて泣けて、仕方がなかった。
「おいおい、泣く事ないだろう。」
「すまない。まさかこんなに君が傷付くとは・・・・・。」
「ハァ・・・・・」
ポルナレフが泣いていると、ジョースターは呆れ、花京院は珍しく優しく労わり、承太郎は相変わらずのクールな溜息をひとつ零した。
「すまんポルナレフ。変装してこの島まで来たのには、理由がある。」
そしてアヴドゥルが、砂に突っ伏していじけているポルナレフの肩を慰めるように軽く叩いた。
「理由・・・・・?」
ポルナレフはそこでようやく顔を上げた。
すると、ジョースターがその理由を口にした。
「敵にバレない為もあるが、アヴドゥルにはある買い物をして貰っていたのだよ。」
「ある買い物?」
「とても目立つ買い物でな、アラブの大金持ちを装って買ってきたのよ。」
アラブの大金持ち、確かにアヴドゥルなら如何にもそれらしく装えそうだが、そんな芝居を打ってまで買わねばならない物とは、一体何なのだろうか。
「さあ皆!!それに乗って出発するぞ!!」
それが何かを聞く前に、ジョースターは勇ましい声を上げた。
だがポルナレフは、まだ立ち止まって考え込んでいた。
「・・・・・・・」
何に乗って出発するのかは知らないが、エジプトは目前、出発大いに結構。
大金持ちを装って買ってきた物なら、きっとゴージャスリッチな物に違いないから、心配はしていない。
元々乗ってきたクルーザーから、荷物も全て運び出しているようだし、その辺りも心配ない。
ジョースターも、承太郎も、花京院も、そして復活してきたアヴドゥルも全員揃って・・・・・・、
「・・・・・・・・・・・・・っていうかエリーは?」
『・・・・・・・・・・・え?』
ポルナレフはこれまで沢山の質問を飛ばしていたが、ここで初めて、全員の目が点になった。
「え?」
そしてついでに、ポルナレフ自身の目も。
「・・・いや、それはこちらが訊きたい。
てっきり君やアヴドゥルさんの後ろにいると思っていたんだが。
君達のデカい身体の陰に隠れて見えないだけだと思っていたんだが、違うのか?」
花京院が眉ひとつ動かさず、そう訊いてきた。
「はぁ!?こっちが訊いてんだよ!てっきり先にクルーザーに乗ってるとばかり思ってたんだぜ!!」
『はぁ!?』
ここでようやく、全員の顔色が変わった。
江里子が行方不明である事に、たった今、気付いたのだ。
「まだ戻ってなかったのかよ!!オメーらんとこに逃がしたんだぜ!!」
そこからたちまち、すったもんだの大騒ぎが始まった。
「戻ってないぞ!!君と一緒だったんじゃあないのか!?」
「一緒だったけど敵に遭遇して巻き込む訳にはいかねぇから一人で逃がしたんだよ!」
「どうして一人で逃がすんじゃ!」
「俺だっていっぱいいっぱいだったんだよーッ!この怪我見りゃあ分かんだろ!!」
「どうせ迷ってんだろ。方向音痴だからな、アイツは。やれやれだぜ。」
「まあまあ。敵は既に始末しましたし、ここは危険な動植物も崖や滝もない、安全な島です。おまけにとても狭いですし、滅多な事はありませんよ。皆で手分けして捜しに行けば、すぐに見つかりますから・・・・。」
ギャーギャー騒いでいると、浜辺の向こうから何かがヨロヨロと近付いてきた。
「おおっ、あれは!」
視力が良くて夜目の利くアヴドゥルが、真っ先にそれを見つけた。
ヨロヨロと歩いて来るそれは、小さな人影だった。
『エリーッ!!』
「江里!!」
「江里子さん!!」
皆、一斉にその名を叫ぶと、人影は一瞬ハッと立ち竦んだ後、こちらに向かってヨタヨタと走って来たのだった。
まるで、最後の力を振り絞ってラストスパートをかけるかのように。