星屑に導かれて 35




地図にも載っていない、小さな小さなその島には、勿論港も船着き場も無かった。
やむなくクルーザーを白い砂浜に乗り上げて、一行はその島に上陸した。
しかし、砂浜と言っても、所謂『ビーチ』という雰囲気は無い。
確かに美しい白砂の浜だが、とにかく狭くて、しかも砂浜のすぐ目の前には熱帯性と思わしき植物がこんもりと生い茂り、ちょっとしたジャングルのようになっている。
ささやかな規模だが手つかずのこの自然を見る限り、ここは無人島のようだった。


「おいおい、こんな所に人がいるのかぁ?何か小せぇ島だし、無人島に見えるぜぇ?」
「確かに。ジョースターさん、本当に住んでいるのですか?」

砂浜に下り立つと、ポルナレフや花京院は怪訝な顔でジョースターに尋ねた。


「・・・たった一人で住んでいる。インドで『彼』は、私にそう教えてくれた。」

ジョースターは、相変わらずどこか翳りのある表情で答えた。


「えっ、誰ですって!?彼・・・・・・?」

その答えに、花京院は一瞬ハッとしたが。


「何ぃ?インドでカレー??」
「・・・・・。」

横でポルナレフがアホな聞き間違いをして、ガクッと肩を落とした。


「っ・・・・・!」

突然、承太郎が息を呑んだ。


「おいおい、そこの草陰から、誰かが俺達を見てるぞ。」
「えっ!?」
「「っ!?」」
「えぇっ!?」

驚いて振り返ると、近くの茂みがガサガサッとざわめき、人が一人、飛び出して来た。


「あっ!逃げるぞっ!」

その人物が向こうへ走り去っていくのを見て、ポルナレフが叫んだ。


「っ!」
「あっ・・・・!?あの後ろ姿は・・・・・!」

逃げていくその後ろ姿を見て、ジョースターと花京院は目を見開いた。
当然だ。
これが驚かずにいられる訳がない。


「・・・・・嘘・・・・・・・・」

色こそ灰色だが、あの独特の個性的な髪型。
ガッシリとした広い肩幅と背中。
大きなメダルが連なったような、特徴的な首飾り。
それら全てに、江里子も見覚えがあった。


「ああ・・・・・・!見た事がある・・・・・!」

ポルナレフは、その人物を追って走り始めた。
その後を、江里子達もすぐについて行った。



















「待て!!待ってくれ!!」

藪を走り抜けながら、ポルナレフは必死に『彼』を呼び止めた。
しかし『彼』は一向に立ち止まらず、藪を抜けて走っていった。
後を追って藪を抜け出ると、意外な事に、そこは未舗装ながらも道になっていた。
そしてその道の脇に、一軒の小さな平屋の家が建っていた。
敷地を低い木のフェンスでグルリと囲ってあり、庭には鳥小屋があって、丸々とした健康そうな鶏が5〜6羽、のんびりと散歩している。素朴な雰囲気の、何だか可愛らしい印象さえ受ける家だった。
『彼』はそこに逃げ帰り、庭の鶏に餌をやり始めた。


「ほらほら!お腹が空いたのか?マイケルにプリンス。ちゃんと栄養は考えて好物の貝殻も入ってるよ。
ほらこっちにもあるぞ。丸々太って美味しい鶏になるんだぞライオネル。」

江里子達は愕然とその後ろ姿を見つめ、その声を聞いた。


「あの男は・・・・・!まさか・・・・・!!」

花京院も分かっているようだった。


「まさか・・・・・・!っ・・・・・!」

ポルナレフは堪らずに、『彼』に駆け寄ろうとした。


「待て!!」

しかしそれを、ジョースターが止めた。


「っ・・・・!」
「儂が話をする。皆、ここにいてくれ。」

ジョースターは全員にそう告げると、一人で歩いて行き、フェンス越しに『彼』に声を掛けた。


「私の名はジョセフ・ジョースター。この4人と共にエジプトへの旅をしている者だ。」
「帰れッッ!!話は聞かんぞ!!」
「っ・・・・・・!」

ジョースターを怒鳴りつけた『彼』の声に、承太郎がハッと息を呑んだ。


「・・・・・この声・・・・・・」

ポルナレフは、呆然と呟いた。


「ワ、ワシに話し掛けるのはやめろ・・・・!このワシに誰かが会いに来るのは、決まって悪い話だ!悪い事が起こった時だけだ・・・・!」

下から響いてくるような、この太いバリトン・ボイス。
忘れる筈もない、この声。


「聞きたくないッッッ!!!」

振り返った『彼』は、正しくアヴドゥルに瓜二つだった。


「っ・・・・・!!」
「アヴドゥル、さん・・・・・・!?」

ポルナレフは青い目をこれ以上ない程に見開き、江里子は思わずその名で呼び掛けた。
しかし『彼』は、ポルナレフにも江里子にも、見向きもしなかった。


「帰れッッ!!」
「アヴドゥルさん・・・・・!」
「アヴドゥル・・・・・・!」
「帰れぃッッ!!」

花京院が呼び掛けても、承太郎が呼び掛けても、『彼』は一切応えず、凄い剣幕で怒鳴り散らすと、逃げるように家の中に入り、素朴な木のドアを乱暴に閉めてしまった。


「「ま、まさか・・・・!!」」

花京院と承太郎は、同じタイミングで揃って同じ言葉を口にした。
だが、とても笑える気分にはなれなかった。


「・・・・・アヴドゥルの・・・・・・父親だ。」

ジョースターは重々しくそう答えた。


「はっ・・・・・!」
「父親・・・・・!?」
「うぅ・・・・・!」
「お父さん・・・・・・!?」

花京院も、ポルナレフも、承太郎も、そして江里子も、その話に酷く驚いた。
しかし、言われてみると納得出来る話だった。確かに瓜二つではあっても、『彼』はモハメド・アヴドゥルその人ではなかったからだ。
髪は灰色だったし、顔には少し皺があったように見えた。彼がアヴドゥルの父親だというなら、納得がいく。


「世を捨てて、孤独にこの島に住んでいる。
今までお前達にも黙っていたのは、もしここに立ち寄る事がDIOに知られたら、アヴドゥルの父親の平和が乱される可能性がある・・・・、その事を考えての事なのじゃ。」

納得がいくと同時に、心臓が止まるような驚きは消えたが、今度は何とも形容し難い胸苦しさに襲われた。


「だが、息子のアヴドゥルの死を報告するのは、辛い事だ・・・・・。」
「っ・・・・!」

ジョースターの辛そうな背中を見て、ポルナレフは歯を食い縛った。
アヴドゥルの事を、きっと思い出しているのだろう。
思い出して、また責めているのだろう。アヴドゥルの死は、自分のせいだと。
罪を噛み締めるように固く唇を引き結んでいるポルナレフを見て、江里子もまた、胸が引き裂かれそうな苦しみを感じていた。


「アヴドゥルの死は、君のせいじゃあない。」

ジョースターは慰めるように、ポルナレフの肩に手を置いた。
しかしポルナレフは、まるで自分にはそうされる資格など無いとばかりに、自らジョースターの側を離れた。


「・・・・・いいや、俺の責任。俺はそれを、背負ってるんだ・・・・・。」

ポルナレフは、すっかり気落ちしてしまっていた。
顔に覇気がなく、大抵は自信に満ち溢れている瞳も、悲しげに曇っていた。


「あの父親もスタンド使いなのですか?」

花京院がジョースターにそう尋ねた。


「ああ。だがどんなスタンドなのか、その正体は知らない。」
「あの父親の今の態度じゃあ、協力は期待できそうもないですが・・・・・。」
「儂一人に任せてくれ。父親と話をしてみる。」

ジョースターはフェンスを開けて敷地に入り、ドアをノックしてから、家の中に入って行った。
さっきのあの様子では、すぐさま叩き出されるのではないかと案じて見ていたが、暫く待ってもジョースターは叩き出されてこなかった。
という事は、一応、話を聞いて貰えているという事なのだろう。


「・・・・・取り敢えず大丈夫そうですけど・・・・・、大丈夫でしょうか・・・・・・」

何だか訳の分からない言い回しだが、江里子にはそうとしか言えなかった。
しかし、それを笑ったり訊き返したりする者は、誰もいなかった。


「さあな。ここはひとまず、ジジイに任せとくしかねぇだろ。」
「僕もそう思います。ここはジョースターさんを信じて待ちましょう、江里子さん。」
「ええ・・・・・・・」

承太郎はちょっと休憩とばかりに、煙草を燻らせ始めた。
いつもなら、大抵ポルナレフがそれに便乗するのだが。


「・・・・・・」

ポルナレフは、一人でトボトボと海の方へ続いている道を歩き始めた。


「ポルナレフさん、どこ行くんですか?」

江里子が声を掛けると、ポルナレフは力なく振り返った。


「ちょっと浜辺を散歩してくる。心配しねぇでくれ。すぐに戻るから。」

だから、一人にしてくれ。
そんな声が聞こえてきそうな寂しげな背中を、江里子も承太郎も花京院も、追いかける事が出来なかった。



















それからどれ位経っただろうか。
ふと気が付くと、抜けるようだった青空が、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。
相変わらずジョースターは出て来ず、ポルナレフも戻って来ていない。
江里子は小さく溜息を吐いて、ふと横に目を向けた。


「・・・・・・」

承太郎は道端に座り込み、フェンスにもたれかかって、帽子を顔に被せて昼寝をしている。


「・・・・・・」

花京院も同じく道端に座り込み、熱心に風景画を描いている。
二人共、長丁場になりそうだと踏んだ時から、それぞれ腰を据えて本格的に暇潰しを始めていたのだ。
しかし江里子は、特に何もしていなかった。
こういう、ポカッと空いた時間で旅の記録をつけてはいるが、それは秘密の日記のようなもので、人前では書きたくなかった。
かと言って他に何か思い付く事もなく、江里子は只々ぼんやりしているしかなかったのだが。


「ポルナレフさん、遅いですね。私、ちょっと見て来ます。」

江里子は立ち上がって尻についた砂を払いながら、花京院に声を掛けた。


「一人でですか?」
「大丈夫ですよ。こんな小さい島ですし、浜もすぐ目の前ですし。」
「まあ、我々の他に誰かがいる様子もありませんけど・・・・・、でも、気をつけて下さいね?」
「はい。」
「何かあったら大声を出して呼んで下さい。」
「はい。」
「ああそうだ、護身具は持っていますね?」
「ふふっ・・・、は〜い持ってま〜す、花京院先生。」
「っ・・・・・・!江里子さん・・・・・!」

江里子がからかうと、花京院の頬がサッと紅潮した。


「ポルナレフさん連れて、すぐ戻ります。」

江里子は笑顔で手をヒラヒラと振ると、ポルナレフが行った道を辿り始めた。
歩いていく内に、夕焼け空に薄らと夜の帳が降り始めてきた。
夕陽が水平線の近くにある。もうすぐ日が暮れるだろう。


― ジョースターさん、大丈夫かなぁ・・・・・?


予想外に随分長く話し込んでいるようだが、今、どうなっているのだろうか。
アヴドゥルの死を報告すれば、あの父親はきっとまた逆上するだろう。
彼もスタンド使いだそうだが、アヴドゥルに代わって協力してくれるどころか、今晩泊めてくれるどころか、よくもそんな事に息子を巻き込んでくれたと恨まれて、下手をすれば殺されるのではないだろうか。


― で、でも、ずっと静かだし、それは無いわよね・・・・・!


恨まれて襲われているなら、もっと早くに大騒ぎになっている筈だ。
一瞬過ぎった恐ろしい想像を、江里子は頭を振って打ち消した。
間もなく日も暮れてしまいそうだし、今はともかくポルナレフを連れて早く皆の所に戻るのが先決だった。


「・・・・・・・・・」

こうしていると、カルカッタでの事を否応無しに思い出してしまう。
勿論、あの時と今は違う。
ポルナレフは落ち着いているし、誰も仲違いなどしていない。
だが、あの時の事が辛すぎて、良く似た状況の今、あまり楽天的に考える事が出来なかった。
また何か良くない事が起きるのではないか、敵の罠に落ちてしまうのではないか、そんな風に心の片隅で考えてしまう。


「ポルナレフさん・・・・・・」

早く彼の無事を確認したくて、江里子は急ぎ足で歩いた。
幸い、家から海までは本当に近く、すぐに砂浜が見えてきた。
そして、その砂浜の岩場にポツンと座り込む、ポルナレフの後ろ姿も。
江里子は小さく安堵の溜息を吐いて、彼に歩み寄って行った。



「・・・・・・エリー・・・・・・・・」

足音に気付いたポルナレフは、江里子を振り返った。


「綺麗な景色ですね。」

目の前に広がる美しい景色を、江里子は目を細めて眺めた。
沈みゆく夕陽のオレンジと宵闇の紺がコントラストを成す、最高にロマンチックな夕暮れの海の風景だった。
しかしポルナレフも江里子も、この素晴らしい景色を心から楽しめる心境ではなかった。


「・・・・・そんな風に、自分を責めないで下さい。アヴドゥルさんを殺したのは、J・ガイルとホル・ホースなんですよ。」

ポルナレフは微かに首を振った。


「・・・・妹の敵討ちだったとはいえ、アヴドゥルを死なせたのはこの俺だ。償う方法なんて無ぇんだろうなぁ・・・・・・。あの父親に対してよぉ・・・・・。
ああ・・・・・・、落ち込むぜ・・・・・・。あん?」

ポルナレフは立ち上がり、波打ち際の近くに歩いていった。
そこの砂浜に何かが埋まっていた。夕陽を受けてキラキラと光る、何かが。


「うん・・・・・・?うん・・・・・・・、綺麗に輝いてるなぁ・・・・・。」

ポルナレフは拾い上げたそれをしげしげと眺めた。
江里子も側へ行き、それを見た。


「ほんと、綺麗・・・・。何でしょうね?」
「難破船か何かの漂流物かなぁ?フジツボがびっしりだぜ。金属の器のようだが・・・・」
「あ〜、それっぽいですね。何だろ・・・、カレーの器とか?」
「はぁ?何だそれ。ここに来てまでカレーかよ。」

ポルナレフは笑いながら、器にビッシリと付着しているフジツボを爪で擦って剥がし始めた。そして突然、素っ頓狂な大声を上げた。


「あっ・・・・!何か不気味な顔が彫ってあるぞ!」
「えっ?あ、本当だ・・・・!」

その器には確かに、顔のようなレリーフが彫ってあった。
美しいとか立派というよりは、何となく気味の悪い顔だった。
だが、細工自体は緻密で、器も金色に輝いていた。


「だが値打ち物っぽいな・・・・!もうちょっと擦って、フジツボを剥がしてみよう・・・・・。」
「爪、剥がさないように気をつけて下さいね。」
「おう・・・・・・!」

ポルナレフは更にフジツボを剥がしていった。
すると、器がいきなり光り始めた。
磨かれて輝きが現れてきたのではない。目を開けていられない程、眩く発光し始めたのだ。


「きゃああっ!!」
「な、何だぁーーーッッ!?!?」

ドワン!!
器から突然、紫色の凄まじい煙が噴き出してきた。
それも、只の煙ではない。
生き物、いや、人だろうか?何となくそんな風に見えた。


「どわぁぁーーッッ!!」
「きゃああーっ!!」

それが飛び出してきた衝撃で、ポルナレフと江里子は吹き飛ばされた。
ポルナレフは腕で反動をつけて飛び上がって起きる事が出来たが、非力な少女で、しかもあまり運動は得意でないクチの江里子にはそんな芸当は出来ず、見事に砂浜にスライディングして、全身砂まみれになってしまった。


「うぅぅ・・・・・・、砂だらけ・・・・・・」

幸い、怪我は無かった。
江里子は立ち上がり、身体の砂を叩き落とした。


「い、いない・・・・・!な、何だったんだ、今のは・・・・!?」

煙が晴れてみると、そこには何もおらず、さっきの器がただ砂の上に転がっているだけだった。


「中で圧縮されて詰まってた空気が、いきなり噴出したか・・・・・。」

器の先、水差しの先端のようになっている口から、まだ煙の名残が噴き出していた。


「あっぶな・・・・!下手したら爆発してたかも・・・・・!」
「ああ・・・・・・」
「でも私・・・・・・・、さっき、何か変なもの・・・・、見た気がするんですけど・・・・」

江里子はおずおずと上目遣いにポルナレフを見た。


「変なもの?」
「何か・・・・・・、人、みたいな・・・・・。」
「・・・・・・まさか・・・・・・!」

ポルナレフは一瞬何か思い当ったような顔をしたが、すぐに小さく首を振った。


「そんなのいる訳ねぇだろ。目の錯覚だよ、目の錯覚。
フゥ・・・・・、アラジンの魔法のランプじゃああるまいしよぉ・・・・。ビックリするぜぇ・・・・。げぇっ・・・・・!!!」
「きゃあっ!!」

本当に吃驚したのは、今この瞬間だった。
突然、ポルナレフの背後に何かが立っていたのだ。


「みぃぃーーーっつぅぅーーーッッ!!!」
「おわぁぁぁーーーッッッ!!!」
「きゃーーーっっ!!」

煙に包まれながら突然現れたその『何か』は、吃驚する程大きな声でそう叫んだ。
ポルナレフはその大声に驚いて叫び声を上げ、江里子は驚くポルナレフの叫び声に驚いて同じく叫び声を上げた。


「3つだ!叶えてやろう、お前の望むものを3つ言え!」

煙が晴れると、そいつの姿が露になった。
人ではなく、少年漫画か何かに出てきそうな、巨大な合体ロボみたいな奴だった。
そいつは3本指をズイッと前に突き出し、ポルナレフにそう言った。


「な、何だぁこいつはぁぁッッ!?!?」
「俺の名はカメオ。ランプから出してくれた礼をしたい。願い事を3つ言えと言っているのだ。」
「きっ、貴様ぁッ、新手のスタンド使いかぁッ!?エリーッ、下がってろ!」
「はっ、はいっ・・・・・!」
「シルバーチャリオッツ!!」

ポルナレフはスタンドを発動させ、合体ロボ改めカメオに先制攻撃を仕掛けていった。
チャリオッツの姿は江里子には見えないが、カメオの身の周りで火花が散っているのは見える。チャリオッツの激しい剣撃によるものなのだろう。


「ぐっ・・・・・・!」
「ポルナレフさんっ・・・・・・!」

押し負けたのは、残念ながらポルナレフの方だった。


「大丈夫ですか!?」
「ああ・・・・!な、なかなかやりやがるぜ・・・・!凄いパワーだ・・・・!」

ポルナレフは、カメオに向かって指を指した。


「テメェ!!そのパワーからすると、本体はかなり近くにいるな!?何者だ!?」
「その質問に対する答えが、1番目の望みか?そんなつまらん願い事で良いのかぁ?」
「何が3つの願い事だ!!テメェ、この俺をすぐにでも大金持ちに出来るってのかぁ!?あぁん!?」
「それが1つめの願いか?」
「やれるもんならやってみろ!!ふざけんじゃねぇ!!すっとこどっこい!!」
「良かろう。叶えよう。」
「え・・・・・・?」
「え・・・・・・?」

ポルナレフと江里子が呆気に取られたその瞬間。


「Hail 2 U !(君に幸あれ!)」
「おわぁぁおおぉっ・・・・!!」
「わぁっ・・・・・!」

また紫色の煙がもうもうと立ち込め、視界が遮られた。そして、それが晴れた時にはカメオは消えており、砂の上にランプだけが落ちていた。


「な・・・・・・!あ・・・・・・?あ・・・・・・?あ・・・・・・・?」
「え・・・・・!?あれっ・・・・・!?」

ポルナレフと江里子は辺りをキョロキョロと見回したが、目に見える範囲には、二人の他に誰もいなかった。
ポルナレフは訳も分からず、ランプを拾い上げた。


「何だぁ今のは一体・・・・?」
「敵・・・、だったんですか・・・・?」
「・・・だと思った。思ったが・・・・・」

ポルナレフは警戒した面持ちで、背後を振り返った。


「追手のスタンドじゃないのか・・・・?妙な奴だ・・・・・。
俺を攻撃する訳でもなく、3つの願いを言えだと?
何かワケが分からんが、用心しなくては・・・・・。何者かが、この島にいる・・・・・。」

また、新たな敵が現れたのかも知れない。
日も更に暮れてきて、殆ど夜になっている。
ここは一刻も早く皆の所に帰るべきだと、江里子は考えた。


「ポルナレフさん、早く皆の所に戻りましょう。」
「ああ。今の事を一応ジョースターさんに知らせなくちゃあな。アヴドゥルの父親に関係ある事かも知れねぇし・・・・・。」

ポルナレフは、持っていたランプをポイッと投げ捨てた。
それが茂みの中に落ちた瞬間、小さな金属音が鳴った。


「うん?」
「え・・・・?」

帰りかけていたポルナレフと江里子は、その音を聞いて立ち止まった。
ここは砂浜と藪しかないのに、アスファルトに硬貨が落ちた時のような金属音が鳴っているのだ。それも、連続して次々と。


「何だ?やけに激しい金属音がするな・・・・・。」
「ええ・・・・・」

金属音は、ただ連続するだけではなく、音自体がどんどん増えてきていた。
ポルナレフと江里子は、音が鳴っている茂みの中を覗いてみた。


「わぁっっ!!!!」
「えぇっっ!?!?」

吃驚仰天だった。
藪の中に、何と金貨や宝飾品が沢山落ちていた。


「こっ、これはっ・・・・!」
「ちょっ・・・・、えぇっ・・・・!?」

ポルナレフと江里子は、すぐさまそこに駆け寄った。


「まさか・・・・・!!」

その辺りの草を引っこ抜いて掻き分けてみると、何と。


「はっ・・・・!!!」
「あぁっ・・・・!!」

土の中に、おびただしい量の金銀財宝が埋まっていた。
漫画やドラマでは時々見る光景だが、現実に見るのは勿論初めてだった。


「ポ、ポルナレフさん・・・・、これ・・・・、これ・・・・・!」

すっかり気が動転してしまった江里子は、『これ、これ』と繰り返しながら、ポルナレフの肩をバシバシと叩く事しか出来なかった。


「こ、こりゃあ、ナポレオン時代の金貨だ・・・・・!」

ポルナレフはコインを1枚手にして、穴が開く程凝視しながら言った。


「幻覚じゃあない、夢でもない、本物だ・・・・、正真正銘、本物の金銀財宝だ・・・・!」
「嘘ぉ・・・・・・!!」

正真正銘現実だと言われても、いざとなると喜びは湧かないものだった。
あまりに唐突すぎて、突拍子もなさすぎて、頭がついてこないのだ。


「か・・・、からかっているのか!!俺を!!」

ポルナレフも江里子と同じような心境だったのだろう。
ワナワナと震えながら、どこにいるとも知れないカメオに向かってそう叫んだ。
しかし次の瞬間、彼は自分自身でそれを否定した。


「い、いや、からかうとしたなら、いつの間にここに埋めたんだ・・・・!?
俺が望みを言ってから、埋める時間なんぞ無かった筈・・・・!
どうやってここへ持って来たのだ・・・・!?」
「た、確かに・・・・・・」

確かに、その通りだった。
悪戯か何かなら、一体どうやったというのだろう。


「2つめの願いを言え。」

その時、後ろからまたカメオの声が聞こえてきた。


「ハッ・・・・!」
「ポルナレフさんっ、あそこっ・・・・!」

カメオはいつの間にか、二人の後ろ側に位置するヤシの木の上にいた。


「叶えてやろう。」
「きっ、貴様ぁッ!何の企みがあってこんな事をする!?テメェの企みに俺が引っ掛かるかぁッ!」

ポルナレフは威勢良くカメオに啖呵を切った。


「敵なら敵らしく、俺と闘え!!・・・・本当にこの財宝、貰っちまうぞ・・・・!」

かと思うと突然、ここだけ小声になった。


「その質問に対する答えが、第2の望みか?そんなつまらん願い事で良いのかぁ?ランプから俺を出してくれた礼、何でも叶うのだぞ?」
「こっ・・・、この野郎・・・・・!よ、よぉ〜し・・・・・!そんなら・・・・・!この俺を・・・・・!」

ポルナレフは不意に頭を垂れた。
かと思うと、また突然、ガバッと顔を上げた。


「漫画家にしてみろ!!」
「なっ・・・・」

さっきの啖呵は何だったのかと思うような、パカッと明るいポルナレフの笑顔を見て、江里子は思わずズッコケそうになった。


「子供の頃からなりたかったんだ!!ディズニーより売れっ子のやつが良い!
惨めなやつは嫌だぞ!ポルナレフランドをおっ建てるんだぁッ!!」

最初はズッコケそうになったが、しかし、意外に微笑ましい夢を聞いている内に、江里子も何だか楽しくなってきた。


「へ〜・・・・、そうだったんですねぇ!えぇ〜意外・・・・!じゃあ、やっぱり絵は得意なんですか?」
「おう!モチだぜッ!」
「えぇー見たい!今度描いて見せて下さいよー!」
「おう!いいぜッ!」

江里子と一緒にキャッキャとはしゃいだポルナレフは、しかしカメオと目が合った瞬間、我に返ったように表情を一変させた。


「い、いやっ、ちょっと待て!!ちょっと待ってくれ!!」

ポルナレフはカメオに背を向け、本格的に悩み始めた。


「待てよ、待てよぉ〜・・・・、やっぱりガールフレンドが良いなぁ!!」
「なっ・・・・!?」

江里子はまたもやズッコケそうになった。


「富や名声より・・・・・、愛だぜ!!」

ポルナレフは右手の小指を立てて、熱く力説し始めた。


「すげぇ可愛くって!こう、小指と小指が赤い糸で結ばれてるって感じで!フィーリングぴったしの女の子に出逢いたいなぁ〜〜☆☆」
「なっ、何それ!?」

浮かれて指でハートマークなんか作っているポルナレフに、江里子は思わずムッとした。


「今すぐ!!!やれるもんならやってみろチキショーッッッ!!!」

だが次の瞬間、ポルナレフは突然目を吊り上げてカメオに怒鳴った。
何だか殆どヤケッパチのように。


「・・・女の子かぁ。良いだろう。だがその隣にいるのは女の子じゃあないのか?」
「ハッ!?」

カメオに指摘されて初めて気付いたように、ポルナレフは江里子の顔を見て息を呑んだ。それがまたより一層腹が立った。


「『ハッ!?』って何ですか『ハッ!?』って。」
「いっ、いやいやっ!違ぇんだよエリー!」
「女の子が隣にいながら女の子を望むという事は、その女の子とは違うタイプの子が良いという事か?
どんなタイプが好みだ?金髪美女か?それともセクシーなラテン系か?
スタイルは?その子と違うタイプというなら、スレンダーで手足が長いモデル体型とかか?」
「いやいやっ、だからそうじゃなくて・・・・!」
「へー、金髪でセクシーでスレンダーなモデル体型の美女がお好みなんですねえ。ポルナレフさんてばゼイタクー。」

江里子が仏頂面でそう言い放つと、ポルナレフは益々うろたえ始めた。


「いやちげーんだってエリー!何でも願いを叶えるとか言われたからつい試しに言ってみたくなっただけで・・・・!」
「外見の問題じゃあないのか?ならばフィーリングか?
その子とは違う感じが良いという事は、大胆な子が良いという事か?どんなタイプが好みだ?XXXが巧い子か?それともXXXもやらせてくれる子か?」
「だっ・・・!?何て事言ってんだテメー!!コールガール選ぶんじゃねーんだぞ!!」
「・・・・サイッテー」
「何でそこで俺を見る!?俺が言ってんじゃねーだろーがよ!このトンチキ野郎が好き勝手言って引っかき回してんだろーが!!」
「早いところ決めろ。第2の願いは女の子で良いんだな?」
「い、いやっ!待て、やっぱり、ちょっと待て・・・・!」

再び悩み始めたポルナレフを、江里子は横目で睨んだ。


「呆れた。用心しなくてはなんて言っておいて、思いっきり翻弄されているじゃないですか。」
「・・・・・・・・」
「何をそんなに悩んでるんですか?」
「・・・・・っ・・・・・」
「もう取り敢えず金髪セクシー美女を呼んで貰ったら良いんじゃないですかね?」

面白くない気持ちに任せて、江里子はポンポンと嫌味を飛ばした。
しかしポルナレフは、何も応えなかった。


「・・・・・・!」
「ポルナレフさん?」

ポルナレフの様子が何だかおかしい事に気付いて、江里子は彼の顔を覗き込んだ。


「・・・・死んだ人間を・・・・、生き返らす事は・・・・、出来るのか?」

ポルナレフのその質問に、その鬼気迫る表情に、江里子は思わず息を呑んだ。


「その質問に対する答えがお前の第2の望みか?」
「やかましいッッッ!!!俺の殺された妹を生き返らせてみろ!!友人のアヴドゥルを、生き返らせてみやがれ!!出来るわけねーよなーッッッ!!!」

ポルナレフはサイドポケットから1枚の写真を取り出し、カメオに見せつけるように掲げた。そこに写っているのは黒髪の美しい少女、ポルナレフの妹・シェリーだった。


「・・・・・・・!」

ポルナレフは息を潜めて、カメオの返答を待っていた。
その表情には、一縷の希望・期待があるように見えた。
やがてカメオは、ゆっくりと口を開いた。


「・・・・・ふむ、良いだろう。叶えよう。」
「なっ・・・・・・!何ィィ・・・・・・!?」
「えぇっ・・・・・!?」

いとも容易く、お安い御用だとばかりに。


















水平線に日が沈み、とうとう夜になった。
顔も見えないような暗闇の中で、ポルナレフの緊迫した息使いだけがやけに江里子の耳についた。


「・・・・・叶える、だと?」
「ああ。だが望みを2つ言ったな。ひとつずつ順番だ。
まずは第2の願い、妹からだ。Hail 2 U !」

カメオはまた紫色の煙に包まれた。


「まっ、待ちやがれ!!何者だ貴様!何の魂胆があって・・・・!」

煙が晴れた後、カメオはやはり消えていた。


「はっ・・・・・!」

ポルナレフは忙しなく辺りを見回した。
とその時、周囲の茂みの中から微かな音が聞こえた。


「はっ!」
「えっ・・・・!?」

ポルナレフと江里子は、後ろの茂みを振り返った。


「な、何の音だ・・・・・?今聞こえた音は・・・・・。つ、土を、掘り返したような・・・・・」
「ま、待ってポルナレフさん・・・・・!」

音に誘われるようにして、ポルナレフは茂みの中に入って行った。
江里子もその後を追って行った。
背の高い草が鬱蒼と茂っている中を、草を掻き分け掻き分け進んでいくと、合図のようにまた音が聞こえて来た。


「あっ・・・・!また土を掘り返す音だ・・・・・!な、何の音なんだ・・・・・!?・・・・・ま、まさか・・・・・!」
「そ・・・・、そんな・・・・・・・」

江里子は思わずポルナレフの服の裾を掴んだ。
さっきの金銀財宝のように、ポルナレフの妹が土に埋まっている・・・、思わずそんな光景を想像してしまったのだ。
だがきっと、ポルナレフも同じ想像をしていた。
彼が浅く荒い呼吸を繰り返しているのを、側にいる江里子ははっきりと感じ取っていた。


「・・・・シクシク・・・・・・・」

音はやがて、女の啜り泣きのような声へと変わった。
その声を聞いたポルナレフの呼吸が、益々浅く、荒くなってきた。


「お、女の泣き声・・・・・!誰だぁッ!そこにいるのはーッッ!!」

ポルナレフは一思いに、目の前の草をガバッと掻き分けた。


「ハッ、こ、これは・・・・・!」
「あっ・・・・・・・!」

目の前の土に穴が開いていた。まるで、人が埋まっていたかのような大きな穴が。
そしてその周りには、点々と足跡がついていた。
ポルナレフはその場に踏み込み、穴の側にしゃがみ込んで何かを拾い上げた。


「な、何ですかそれ・・・・・?」
「か、髪の毛・・・・・・、女の髪の毛だ・・・・・・。」
「髪・・・・・・・・!?」
「ハッ・・・・・・、女の足跡だ・・・・・!」
「っ・・・・・・・・・!」

江里子の背筋に悪寒が走った。
土に開いた人型の穴の側に髪の毛や足跡なんて、まるっきりホラーだ。
金銀財宝ならまだトリックを考える余地もあるが、3年も前に遠く離れた場所で亡くなった人間なんて、どうしたってここに存在する筈がない。
見ない方が良い。
これ以上深追いせず、今すぐ皆の所に逃げ帰った方が良い。
恐怖心のせいかも知れないが、江里子は直感的にそう思った。


「ば、バカな・・・・・!」
「ポルナレフさん、戻りましょう・・・・・!もうやめた方が良い、もうこれ以上行かない方が・・・」
「はっ・・・・・!」

引き止める江里子の声は、向こうの茂みから聞こえてくる泣き声にかき消された。
ポルナレフは立ち上がり、泣き声のする方を見た。
茂みの向こうに、女が立っていた。
女はこちらに背中を向けていて、顔は全く見えなかったが、長い黒髪が風でたなびく度に、ほっそりした背中や腕、華奢な項やふっくらと盛り上がった乳房が見えた。
その女の姿を見て、ポルナレフは呆然と立ち尽くした。


「・・・・嘘だ・・・・・・、嘘、だ・・・・・・。
俺の妹は、フランスの俺の故郷の墓の下にいる筈だ・・・・・・!
誰だお前は!?誰なんだお前は!?」

血を吐くような苦しげな声で、ポルナレフは女に向かって叫んだ。
すると。


「・・・・・来な・・・いで・・・・・。」

女は茂みの中にしゃがみ込んだ。


「・・・・苦しいの、まだ完全に身体が・・・・出来てなくて・・・・・。」

女の声は、瑞々しい若さに澄んでいた。
そう、女というよりは娘、少女の声だった。


「・・・・・・その声は・・・・・・」

呆然と見開かれたポルナレフの瞳から、ほとほとと涙が溢れてきた。


「・・・・・シェリー・・・・・!」

ポルナレフは感極まったような微笑みを浮かべて、その名を口にした。















「・・・・待たせたな。」

ジョースターが外に出ると、花京院がハッとしたようにスケッチブックを置いて立ち上がった。そして承太郎も、顔に被せていた帽子を頭に被り直し、立ち上がった。


「ジョースターさん、アヴドゥルさんのお父さんは・・・・・?」
「随分長かったが、話はついたのか?」
「ああ。改めて紹介しよう。さあ、入りたまえ・・・、と、ポルナレフとエリーは?」

ジョースターはキョロキョロと辺りを見回した。


「ポルナレフは落ち込んだ顔をして、浜辺に散歩に行きました。
江里子さんはついさっき、彼を呼びに。」
「何じゃと?全く・・・・・・。とことん間の悪い奴だ。まあ良い。まずは君達だけでも挨拶をしなさい。あの二人はそれから呼びに行こう。」
「はい。」

花京院は家の中に聞こえないよう、声を潜めた。


「ところで、協力は望めそうでしたか?何だか人嫌いな感じがしましたが・・・・・。息子のアヴドゥルさんももうじき合流するという事は、分かって貰えたのですよね?」
「うむ。まあ、まずは入りたまえ。承太郎も早く来い。」
「ああ。」

ジョースターは花京院と承太郎を伴って、再び家の中に入った。
家の中に電気はなく、ダイニングテーブルの上のアンティークの燭台がぼんやりと灯っているだけだった。
アヴドゥルの父親は、ジョースター達に背を向ける格好で、そのダイニングの椅子に腰を掛けていた。


「さあ、挨拶をしたまえ。」

ジョースターに促されて、花京院はおずおずと声を掛けた。


「失礼します。花京院典明と申します。」
「・・・・空条承太郎だ。」

花京院と承太郎が名乗っても、アヴドゥルの父親はまだ振り返らなかった。


「あ、あの・・・・・」
「おい、どうなってるんだジジイ?」
「彼の協力を得られるかどうかは、君達に懸かっている。」
「ど、どういう事ですか?」
「一発ギャグをかまして、彼を笑わせなさい。」
「・・・・・・・・・は?」
「・・・・・・・・・あ?」

花京院と承太郎の目が、揃って点になった。


「一発ギャグだ。それで彼を笑わせる事が出来たら、協力してくれる。」
「ちょ・・・・、何ですかその条件は!?」
「いいから早くやりたまえ。」
「うぅ・・・・・!」
「早く!」
「うぅぅ・・・・!」

ジョースターに詰め寄られ、花京院はたじろいだ。
そして。


「・・・・・・・そ、そんな事突然言われても・・・・・、き・・・・、キビシイーーッッ!!!」


ぎこちなく強張った顔とひっくり返った裏声で、一発ギャグらしきものをやってのけた。だが。


「「・・・・・・・」」

アヴドゥルの父親も、そしてジョースターも、何の反応も示さなかった。
痛い程の沈黙に、花京院の顔がみるみる真っ赤になっていった。


「・・・・・・だめだこりゃ。」

承太郎がボソリと呟くと、それまで黙したままだったアヴドゥルの父親が、『ブフッ・・・』と吹き出した。


「・・・・・フフッ・・・・、フッフッフ・・・・・・。
今のタイミングは、なかなかナイスだったな。」

その声に、花京院と承太郎は大きな大きな溜息を吐いた。


「やっぱり・・・・・・。『一発ギャグ』とか言い出した辺りから妙だと思ったんですよ。」
「まさかとは思っていたが、やはりテメェだったか、アヴドゥル。」

振り返ったのは、格好こそさっきの『父親』のままだが、モハメド・アヴドゥルその人だった。


「ようこそ、私の別荘へ。」
「全く、ジョースターさんもアヴドゥルさんも、人が悪いですね。久しぶりの再会にこんな小細工をするなんて。お陰でとんだ恥を掻きましたよ僕は。」
「花京院、こんな下らねぇ事思い付くのは一人しかいねぇぜ。」

承太郎がギロリと睨むと、ジョースターは小さく肩を竦ませた。


「ちょっとしたオチャメ心じゃよ、オチャメ心。人間、ユーモアを忘れちゃあおしまいだぞ?」
「やれやれ。下らなさすぎて怒る気もしねぇぜ。
しかし俺も最初は半信半疑だった。ジジイが下らねぇダメ押しをしなきゃあ、最後まで騙されてたかもな。」
「だそうですよ、ジョースターさん。作戦が却って裏目に出ましたな、ハハハ。」
「チェー、つまらんのう!」
「ところで、ポルナレフとエリーは?」

アヴドゥルは顔に描いてあった皺を拭き取りながら、側にいた花京院に尋ねた。


「ポルナレフは塞ぎ込んで、一人で散歩に行きました。『お父さん』に会って、また罪悪感が頭をもたげたみたいです。
江里子さんは彼を迎えに行きました。」
「・・・・・やれやれ。相変わらず自分勝手な単独行動を取っているのだな。困った奴だ。」

ぼやくアヴドゥルの顔にも、罪悪感が表れていた。


「仕方がない。迎えに行くか。早く顔を見せて無駄な罪悪感を消してやらんと、流石にそろそろ可哀相だ。」
「ああ、いい。儂らが行って来よう。」

立ち上がろうとしたアヴドゥルを、ジョースターが制した。


「何とか動けるようになった途端に早速の長旅で、疲れとるだろう。アヴドゥル、君はここで待っていてくれ。」
「しかし・・・・・」
「全員揃い次第、早速エジプトへ向けて出発せねばならんのだ。病み上がりの君は、少しでも休んで体力を温存しておいてくれ。」
「・・・・・分かりました。」

アヴドゥルは再び、元の椅子に腰を下ろした。


「花京院、承太郎、君達も一緒に来てくれ。ついでにクルーザーから荷物を下ろしたい。」
「え・・・、どうしてですか?あのクルーザーでエジプトへ向かうのでは・・・」
「フフーン・・・・・・、それが違うのじゃ。」
「じゃあ何に乗って行くってんだ?」
「それは見てのお楽しみ。さあ、行くぞ!早いところポルナレフとエリーを回収して来よう!」
「・・・やれやれ・・・・・」
「・・・・・やれやれだぜ。」

まだ何か企んでいる事がありそうなジョースターの笑みを見て、花京院と承太郎は呆れたように顔を見合わせた。



「じゃあ、行ってくる。」
「アヴドゥルさん、また後で。」
「じゃあな。」
「ああ。気をつけて。」

ジョースター達を送り出し、一人になったアヴドゥルは、小さく溜息を吐いた。


「・・・・・・ポルナレフ・・・・・・・・・」

一人になって真っ先に気になったのは、ポルナレフの事だった。
勿論、江里子にも早く会いたい。
ちゃんと会って、作戦上やむを得なかったとはいえ騙していた事を詫びたい。
だが、今気になるのは、江里子よりもポルナレフの事だった。
ポルナレフは今、酷い自責の念に駆られているのだ。
江里子と一緒の筈だし、まさか妙な気は起こしていないだろうが、それでもどれ程自分を責めているかは想像に難くない。
早く会って、彼を無駄な罪悪感から解放してやりたかった。
あれは彼のせいではない、自分の力不足が招いた事故だったのだと。


― すみません、ジョースターさん・・・・・・


アヴドゥルは急いで着替え、家を出た。
怪我が治ったばかりの身体を気遣ってくれたジョースター達には申し訳なかったが、彼の言い付けを守って大人しくここで休んでいる事は、アヴドゥルには出来なかった。

















一方、ジョースター達は、ポルナレフと江里子が行った道を辿って浜辺へやって来ていた。
しかし、そこに二人はいなかった。
道は一本道で、他に岐路は無かった。
他に向かったと思われる場所は、クルーザーを停泊させている浜辺だったが、そこにも二人はいなかった。


「ポルナレフの奴、どこにいるんだぁ?」

ジョースターは真っ暗な浜辺を隈なく見渡してみたが、やはり人っ子一人、猫の仔一匹見当たらなかった。


「ここにもいねぇぜ。」

クルーザーの船室を調べに行っていた承太郎が、甲板から砂浜に飛び降りてきた。


「もうかなり暗いというのに、一体どこへ?」

花京院も不安げに辺りを見回した。しかし、ポルナレフと江里子の姿も、影も、声も、いた形跡すら見つけられなかった。


「・・・・まさか、敵と出遭ってるんじゃああるまいな・・・・・?」

承太郎はふと嫌な予感を覚えた。


「ううむ・・・・・、恐らくそれはないだろうと思うがな。
何しろこれだけ小さい島だ、我々の後を追って上陸した奴がいれば、分からない筈がない。」
「うむ・・・・・・・」

ジョースターの言う事にも一理あった。しかしそれでも、ふと過ぎった嫌な予感が承太郎の中から完全に消え去る事はなかった。

























「シ・・・・、シェリー・・・・・・」

ポルナレフは、悲しげに啜り泣く妹の元へと歩き出した。


「お、お前か・・・・・?お前なんだな・・・・・!」

今のポルナレフには、生き返った妹の姿しか目に入っていなかった。


「ハッ・・・・!」

引き付けられるようにして歩いていたその時、突然、ポルナレフの足元から小鳥が飛び立った。
流石にそれには驚いて我に返ったが、次に顔を上げると、シェリーの姿が消えていた。そして、カサカサと何かが茂みの中を駆け回っている音がし始めた。


「ど、どこへ行く!?どこへ行くんだシェリー!!」

それはきっとシェリーだった。
ポルナレフは走ってシェリーを追いかけた。


「待ってポルナレフさん!行っちゃ駄目っ!こんなのやっぱり変ですよ!!」
「俺だよ!待ってくれ!何故逃げるんだ!?シェリーッ!!」
「ポルナレフさん待って・・・・!せめて・・・、せめて皆を呼んで来ましょう・・・・!ねえ・・・・!お願いですからポルナレフさぁんっ・・・・・・・!!」

後ろから江里子が追いかけてきて必死に引き止めようとしていたが、立ち止まる事は出来なかった。最愛の妹を、シェリーを前にして、むざむざ諦め、引き返す事など。


「どこだ!?姿を見せてくれ!待ってくれシェリーッ!もう一度お前の、お前の顔を・・・・・!」



― お兄ちゃ〜ん!


小さい頃から、ずっと二人で生きてきた。
兄として、父として、シェリーの側に寄り添ってきた。


― わ〜い!お兄ちゃん、もっともっと!もっと高くしてー!わ〜い!今度は回ってー!きゃははは!


シェリーはいつも無邪気だった。抱っこや高い高いをせがんでいた小さな頃も、そして、眩いばかりの美しい乙女に成長した後も。
食べていくのに精一杯で、欲しい物も満足に与えてやれなかったのに、不満ひとつ零さず、うんざりした顔も見せず、いつも無邪気に『お兄ちゃん、お兄ちゃん』と微笑みかけてくれていた。


― うわぁ素敵!新しい傘欲しかったんだぁ!


長く使い続けていたオンボロ傘が気になって、新しい傘をプレゼントしたあの朝も、シェリーは弾けるような笑顔を見せてくれた。


― ありがと、お兄ちゃん!行ってきます!


空色の傘を携えて、シェリーは青空の下、元気に登校していった。
だがその日、シェリーは帰って来なかった。
真新しい空色の傘が、どす黒い雨に濡れて汚れて、道の端に落ちていた。
変わり果てた、無残な彼女の躯と共に。



「っ・・・・・!!シェリーッッ!!シェリーッッ!!!」

ポルナレフは必死に涙を堪え、シェリーの姿を求めて走った。


「ハッ・・・・・!」

途中、足元に小鳥の死骸を見つけて、ポルナレフは思わず立ち止った。


「何だ・・・・、この・・・・・小鳥の死骸は・・・・・?食い千切られたような・・・・・」

惨たらしい小鳥の死骸に慄いた瞬間、目の前の草が激しく舞い上がった。
切り散らかされ、舞い上がった草の向こうに、シェリーの姿が見えた。


「シェリーッ!!そこかッ、何故逃げるんだ!?俺だよ、お前の兄貴さ!」
「・・・・だって・・・・・・、泥塗れなんです・・・・もの・・・・・。髪の毛だって・・・・バサバサだし・・・・・・。」
「そんな事は、気にするなシェリー・・・・!どんなに汚れていたって、お前はお前だ!」
「うぅっ・・・・・・、うっ、うっ・・・・・」

ポルナレフが何を言おうとも、シェリーはただ泣くばかりだった。
物悲しげに、さめざめと泣き続ける彼女に、ポルナレフは歩み寄っていった。


「何故泣いているんだ?何が悲しいんだい?シェリー・・・・・」

その時、雲が途切れて、綺麗な三日月が出た。
鮮やかな月明かりを浴びて泣くその美しい横顔は、紛れもなくシェリーの顔だった。


「おお・・・・・!シェリー・・・・・・!」

間違いない。
はっきりと顔を見た今、ポルナレフはそう確信していた。
そして、いても立ってもいられず彼女に駆け寄ろうとした瞬間。


「だめ!」

シェリーが鋭い声でそれを拒んだ。


「えっ・・・・!?」
「だめ、来ないで・・・・・。あたしの側に来ちゃだめ・・・・!」
「な、何故だ!?何を言うんだ?」
「だって・・・・」

シェリーは肩越しに少しだけポルナレフの方を振り返り、また悲しそうに向こうを向いた。


「あたしの事、嫌いになるわ・・・・・。」
「嫌い?一度だってお前の事、嫌いだって言った事あるか!?」
「あるわ。子供の頃、お兄ちゃんの飼っていた熱帯魚を猫にあげた時、凄く怒って、嫌いだって言ったわ・・・・・。」

ポルナレフは、懐かしさと喜びにうち震えた。


「ああ・・・・・。あの時は怒ったけど、いつでもお前の事は愛していたさ!今でもさ!」
「本当・・・・・?いつでもあたしの事、愛してくれていた・・・・?」
「当たり前さ・・・・・!」
「どんな事しても愛してくれる・・・・?」
「どんな時でも、愛している・・・・・!シェリー、お前は間違いなくシェリーだ・・・・・!俺はどんなにお前に逢いたかったか・・・・・!」
「・・・・・そう・・・・・。あたしもよ・・・・・、お兄ちゃん・・・・・。」
「シェリー、こっちを向いてくれ・・・・!もっと顔をよく見せてくれ・・・・!」

シェリーは、涙に濡れた頬を少しだけこちらに傾けただけで、まっすぐポルナレフを見ようとはしなかった。


「何故泣いてるんだ?何が悲しいんだ?」
「悲しい・・・・・?いいえお兄ちゃん、あたし悲しくて泣いてるんじゃあないわ・・・・・。」
「え・・・・?じゃあ・・・・」
「あたし・・・・・、お兄ちゃんを・・・・・」

シェリーは遂に、ポルナレフの方を振り返った。
そして。


「食べれるから嬉しいのよーーーッッッ!!!」

ポルナレフの首筋に、文字通り、喰らい付いてきた。


「ぐわあぁぁーーーーッッッ!!!」
「ポルナレフさんーッッ!!!」

自分と江里子の悲鳴が、重なって同時に聞こえた。


「うわぁぁぁーーーーッッッ、あぁッッ!!!」

首筋に猛烈な痛みが走り、ブチッという音がした。
肉を食い千切られたのだ。
更にその傷口に指を突き込まれ、気絶しそうな痛みにポルナレフは倒れ込んでいった。


「ぐ・・・・・、チャ・・・・・、チャリ、オッツ・・・・・!」

倒れる寸前に辛うじてシルバーチャリオッツを発動させ、攻撃をしたが、痛みとショックでチャリオッツの能力が著しく低下しているのか、シェリーはあっさりとそれをかわし、草を切り裂き掻き分けて、地面へ逃げ込んだ。


「うわぁっ・・・・・、あぁっ・・・・・!!」

ポルナレフは、地べたに仰向けに倒れ込んだ。


「ポルナレフさん、しっかりして・・・・!」

追い付いてきた江里子が、ポルナレフを抱き起こした。


「はぁッ、はぁッ、はぁッ・・・・・!」
「どうしよう、血がこんなに・・・・・・!」

首筋から生温かい液体がドクドクと流れているのが、自分でも分かった。
江里子が泣きながらハンカチを取り出し、震える手でポルナレフの首筋にそれをきつく押し当てて止血を始めたが、ポルナレフはそれに気付く事も、礼を言う事も出来なかった。


「シェ・・・リー・・・・・・」
「噛みついてごめんねオニイチャン・・・・・・。まだ身体が完全に出来てなくって・・・・・。
オニイチャンの肉を食べれば、元に戻るわ・・・・・。ねえ良いでしょう食べても?いつもシェリーの言う事、何でも聞いてくれたじゃない?」

やけに甘ったるいシェリーの声が聞こえた直後。


「ウギヤァァーーーッ!!!」

身を低くし、獣のような奇声を上げながら、近くの茂みからいきなり飛び出してきたシェリーが、今度はポルナレフの脹脛に噛みついた。


「うわぁぁぁーーーッッ!!」
「キャーーッ!!や、やめてーーッ!!やめてシェリーさんッ!!!」

ポルナレフは力を振り絞り、またチャリオッツを発動させたが、シェリーを追い払ったのは江里子だった。
江里子が無我夢中で突き飛ばすと、シェリーはまた茂みの中に飛び込んでいった。しかしそれは撃退出来たのではなく、シェリーが敢えて一度退いただけに過ぎなかった。


「ポルナレフさん、しっかり・・・・・!」
「う・・・・・くっ・・・・・・、カメオーーーーッッッ!!!」

庇っているのか逆に庇われているのか分からないような体勢で江里子を抱きしめながら、ポルナレフは何処にいるとも知れないカメオを呼んだ。
すると、目の前の枯れ木の太い枝の上に、カメオが姿を現した。


「何だ?」
「き、貴様ぁぁ・・・・・!!」
「何だ?文句があるのか?俺ぁお前の願いを聞き入れた。願いを聞く、それだけが俺の能力。後はお前次第さ。」
「うぅ・・・・・!な、ならば、3つめの願いを言うぜ・・・・・!」

ポルナレフは、拳を固く握り締めた。




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