星屑に導かれて 29




「ぐあぁぁぁーーーッッ!!!」

何の前触れもなく、ジョースターの脚に強烈な痛みが走った。


「ど、どうした!?」
「ジョースターさん!」

ポルナレフと花京院が、驚いた顔をしている。
だが、誰より驚いているのはジョースター本人だった。


「あ、足が・・・・・!ビリビリ痺れる・・・・・!承太郎の奴・・・・・、何をしているんだ・・・・・!」

また我慢出来ずにスティーリー・ダンを攻撃したのだろうか。
あの喧嘩っ早い短気な性分は、全く誰に似たのか。
頼むからラバーズを倒すまでは大人しくしていてくれよと願った瞬間、今度はまた違う感覚がジョースターを襲った。


「おぉっ・・・・・・!」

今度は痛くなかった。
痺れるのは痺れるが、痛いとか苦しいとかよりも、何というか・・・・・、気持ち良い。しかも、かなりヤバい感じに。


「うぅ・・・・ん・・・・・・・」

背筋や腰がムズムズジンジンするようなこの感覚は、ごくごくプライベートな感覚だ。決して人前で味わって良いものではない。


「んん・・・・・・、ぅん・・・・・・・」
「ジョ、ジョースターさん?」
「・・・今度はどうしたんですか?」

堪え切れずに洩れる吐息に、ポルナレフと花京院が怪訝な顔をしている。
まさかとは思うがこのジジイまさか・・・・・・・、とでも言いたげな顔だ。


― ヤバいヤバいヤバいヤバい・・・・・!

これ以上気持ち良くなってしまったらヤバい。
抑えろ儂、堪えろ儂、と念仏のように心の中で唱えていると、少ししてその感覚は消え去った。


― ホッ、た、助かった・・・・・・!

ジョースターは内心で胸を撫で下ろしてから、慌てて表情を引き締め直した。


「んんっ、ゴホン!・・・いや、何でもない。続けるぞ。次はこいつの位置を確認しよう。」

ジョースターは再びスタンドに精神力を注ぎ始め、自らの脳の全体図をTVに映し出した。


「ジョースターさん。敵のスタンド・ラバーズは、体内の神経の出発点・脳幹と呼ばれる所にいますね。」

花京院の言う通り、ハーミットパープルはジョースターの脳幹、脳の中枢部を示していた。


「僕とポルナレフは、耳の奥から静脈へ入って、血管を泳いで脳幹へ向かいます。ポルナレフ、血管の壁に穴を開けてくれ。」
「お、おぉいちょっと待て!スタンドなんじゃろう?それ位、すり抜けて行けないのか?」

ジョースターは慌ててストップをかけた。
言う方は簡単だろうが、少しはそれをされる方の身にもなって貰いたい。
される方の心情を考慮し、もっと画期的でスマートな方法を考えて欲しかったのだが。


「もうこの大きさじゃあ駄目です。血管の壁が厚すぎます。
実際はミクロレベルのごく小さい穴を開けるのですから、心配要りませんよ。
今の我々がもし、血管や神経を切断するとしたら、何分もかかってしまいます。
じゃなきゃ、敵スタンドがとっくに切ってますよ。尤も、もうやり始めているかも知れませんがね・・・・・。」

花京院はあっさりきっぱりとそれを拒否した。
それどころか、更に恐怖を煽るような発言まで重ねる始末だ。


「げげえっ・・・・!」

若造共にナメられてはいけないと何とか虚勢を張ってきたが、もう隠せなかった。
ジョースターは今、完全にビビり上がっていた。


「小さいスタンドでいるって、結構疲れるぜ。こいつは相当のスタンドパワーが必要だ。・・・・開けるぜ!!」

シルバーチャリオッツの剣先が、ジョースターの血管の壁を切り裂いた。
血が迸るその衝撃映像に、ジョースターは思わず悲鳴を上げた。


「オーマイガーーッッッ!!!き、気分が悪くなってきたぁ・・・・・!」

血管の壁を切り裂かれたせいなのか、それともこのグロテスクな映像がもたらす錯覚なのか、どちらか分からないが、何とも嫌な気分だ。
しかし、逃げ出す事も途中でやめる事も出来ない。
ジョースターは吐き気を堪えながら、自分の血管の中を泳いでいくハイエロファントグリーンとシルバーチャリオッツの姿を見守った。
二人のスタンドは血の流れに乗り、血管の中をグングン進んでいく。
もう少しでラバーズのいる脳幹に到達するというその時。


「おぉ!?おぉおぉおぉ!?」

ジョースターの身体を、また不可解な感覚が襲った。


「ジョ、ジョースターさん?」
「おい、どうした!?」
「せ、背中を、擽られる感覚があるんじゃあ・・・・!これじゃあスタンドに集中出来ん・・・・!おぉ!おぉおぉ!」

痛みよりはマシだが、いやしかし、痒みは痒みで非常に厄介だった。
何しろ平常心が保てないのだから。


「ジョースターさん!」
「おぉおぉお〜〜〜!!」

花京院に咎められても、ジョースターは我慢が出来なかった。
こそばゆいのだから、仕方がない。ジョースターにしてみれば、のたうち回らないだけでも自分を褒めてやりたい位だった。
ところが、ジョースターの奇声に驚いた野次馬達が、いつの間にか続々と周りに集まって来ていた。


「い、いつの間にか周りに人だかりが・・・・」
「ジョースターさん、声を出すな!人が見ているぞ!皆にバカだと思われる・・・・!」

花京院とポルナレフが声を潜めて咎めてきたが、本当にどうにもならない。


「だ、出したくて出してるんじゃあないわい・・・・!うぉぉ!ノォォォーー!」

平常心をおちょくられるような感覚に翻弄されながら、ジョースターは必死で訴えた。


「気の毒に・・・・」
「お金を恵んでやろう・・・」

そのうち、周囲の野次馬達からの施しが始まった。


「な、何という事だ・・・・」

足元に次々と投げられる硬貨を見て、花京院が愕然とした。


「大変じゃなあ、ああいう年寄りが身内にいると・・・・」

ヒソヒソと聞こえてくる野次馬達の会話から、自分がどのような誤解を受けているのかは見当がついた。
ポルナレフも花京院も、大層居心地の悪そうな顔で立ち尽くしている。
本来、こんな大恥を掻きっぱなしで黙ってなどいられないのだが、とにかく背中がこそばゆくてこそばゆくて、せめて暴れないようにショーウィンドウにしがみ付いている事が精一杯だった。


「・・・・・花京院、そのTVを買え。人込みを避けようぜ。」
「え、ええ。・・・君、店主か?」

花京院が、店の中からおっかなびっくりこちらを覗いている店の者らしき男に声を掛けた。


「えぇ?そうですが・・・」
「あのTVをくれ。」

花京院の差し出した紙幣の束を見て、周囲の野次馬達は一斉に黙った。















「・・・・・よし、もう良いだろう。行くぞ。」

スティーリー・ダンは背中を掻くのをやめさせると、また歩き始めた。
ついて行くと、やがて大通りに出た。
町のメインストリートなのだろうか、店が沢山建ち並んでいる。いずれも高級そうな店構えばかりだった。


「・・・・ん?ぬぅぅ・・・・」

スティーリー・ダンはまた立ち止まった。
そっと横目で確認したその表情は、また新しい悪巧みを思い付いたという風ではなく、油断なく神経を研ぎ澄ませているような様子だった。


― な、何なの・・・・・

江里子は肩を抱かれたまま、じっと息を潜めてスティーリー・ダンの様子を伺っていた。


「・・・・フッ」

やがてスティーリー・ダンは不敵な笑みを微かに浮かべ、また歩き出した。
一瞬、チラッと後ろの承太郎に投げ掛けた視線に、江里子は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。




一方その同じ頃、ジョースター達3人は、買ったTVと共に人気のない建物の屋上へ上がっていた。


「こっちだ!肉の芽がジョースターさんの脳を食い破るまで、あと何分もないぞ!二人共急げ!!」
「よっ・・・と!よし!」

ポルナレフがTVを設置し、闘いの幕が再び切って落とされた。


「さあ、ジョースターさん!」
「うむ!!ハーミットパープル!!」

ジョースターの脳内の映像が、再びTVに映し出された。
丁度、シルバーチャリオッツが血管の壁を切り裂いて脳幹に出たところだった。
そこでは既に、長く伸びて膨張したグロテスクな触手が活発に蠢いていた。


「うぅっ・・・・!こ、これは・・・・・!この触手は肉の芽だ!」
「脳幹に着いてみれば、肉の芽がもうこんなに成長しているぜ!ちくしょう!」

花京院にとっても、ポルナレフにとっても、他人事ではなかった。一歩間違っていれば、承太郎に出会わなければ、自分達もこうなって死んでいたのだから。
一瞬、この吐き気を催しそうな程の気持ち悪い光景に意識が全て向いてしまったが、どこからかクチャクチャと嫌な音が聞こえてきていた。
花京院とポルナレフは、その音のする方へ目を向けた。


「奴だ!!」

ポルナレフが叫んだ。
そこには、蠢く触手の側で、細胞を切り刻んで捏ね回しているバルタン星人のようなやつがいて、二人と目が合うと、威嚇するように『マギィィーーッ!!』と叫んだ。
それこそが、ラバーズだった。
花京院はまず、ラバーズのやっている事を素早く観察した。


「み、見ろ!ジョースターさんの脳細胞を、あの鋏のような手で粘土を捏ねるようにドロドロにして、肉の芽の餌にしている!
奴を倒して、早いとこあの根を全部引っこ抜かないと・・・・!脳を食い破る程に成長してしまう!!」
「よぉぉし!切り刻んでやるぜ!!」

シルバーチャリオッツが、ラバーズに向かって剣を構えた。


「・・・・いや、切り刻むんじゃねえ。擦り削ってやるぜ、大根をおろすようになあ!!!」
「マギッ!ウゲッ!」

脆弱そうな見かけの割に、ラバーズは意外にもチャリオッツと満足に渡り合っていた。スピードがある上、鋏状の手が硬く、チャリオッツの剣撃を盾のように受け止めるのである。


「野郎・・・・!」

ラバーズは鋏でチャリオッツの剣を弾き返し、その反動で後ろに飛んだ。
ラバーズにしてみれば間合いを取ったつもりなのだろうが、それはチャリオッツにとっては願ってもない好機だった。


「チャンス!」

チャリオッツはその一瞬を確実に捉え、ラバーズの脳天を切り裂いた。


「やった!!」
「い、いや、浅い!」

ラバーズは一応倒れたが、とどめを刺すまでに至っていない事は、ポルナレフ本人が一番分かっていた。
斬った瞬間から既に手応えが浅かったのだ。
あれでは精々表皮を切り裂いた程度、致命傷は与えられていない。


「野郎、なかなかの素早さだぜ・・・・!
花京院、だが、奴の動きはもう見切ったぜ!あの程度の動きじゃこのポルナレフの敵じゃあ・・・」
「ポルナレフ!!お前、誰と話している!?」
「えっ!?」

しかし、敵の本当の恐ろしさは、意外な敏捷性や鋏の硬さではなかった。


「えっ・・・・、えっ・・・・!?」

ポルナレフを挟んで前と後ろに、それぞれハイエロファントグリーンがいた。
いつの間に1体増えたのか、全く分からなかった。
2体のハイエロファントを何度も見比べてみたが、どちらが偽物か、皆目見当もつかなかった。


「ポルナレフ、そいつは僕じゃあない!斬ったのもスタンドじゃあない!形が崩れていく!」

チャリオッツが斬ったラバーズは、倒れたまま、ドロドロと溶けて流れ出していた。


「ああ・・・・、な、何ィィィ!?」

背後に微かな違和感を覚えて、ポルナレフは振り返った。
すると、そこにいるハイエロファントの頭が、ラバーズと同じようにドロドロと溶け落ちていた。


「ラバーズはぁぁ・・・・・、オレだぁぁァーーーッ!!」

それに気付いた時には、もう遅かった。
背後のハイエロファントの腹の中から本物のラバーズが飛び出して来て、チャリオッツはボディに鋏の一撃をまともに喰らってしまった。


「うぐおぁぁぁーーッ!!」
「ああっ!」
「ポルナレフ!!」

チャリオッツが傷付けば、本体のポルナレフも同じように傷付く。
ポルナレフは血を吐き、苦痛に顔を歪めた。


「身に纏っていたんだ、細胞を・・・・、ジョースターさんの脳細胞を!
奴がドロドロに捏ねていた細胞は、身に纏って、僕のハイエロファントに化ける為のものだったんだ!」

花京院はようやく、ラバーズの真髄に気付いた。
気付くのが完全に遅れてしまったが。
チャリオッツは傷付き、向こうはダミーを自在に操れる。
花京院達は今、完全に後手に回ってしまっている状態だった。


「そしてポルナレフがやっつけたのは、同じく細胞を変形させたダミーだ!!
まぁ〜んまと騙されおったな!このバカタレ共がぁーッ!マギィィィーーーッ!!」
「うぅぅっ・・・!!」

泡立った涎を盛大に吹き飛ばしながら高笑いするラバーズに、花京院達は戦慄さえ覚えた。

















「・・・おやぁ?何だか靴が汚れているなあ。」

また始まった。
江里子はその場でじっと身を固くし、スティーリー・ダンの次なる要求を待った。


「おい承太郎。靴を磨け。それと女、お前は肩揉みだ。」

これ位なら何でもない。
下手に逆らってより難儀な要求を出される事を考えれば、素直に従っておくのが得策だった。
スティーリー・ダンが道端の段差に腰を下ろすと、承太郎はその足元に跪き、江里子は背中に回って肩を揉み始めた。


「・・・・フッハッハッハッハッハ、ウッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」

承太郎が学ランのポケットからハンカチを取り出して靴磨きを始めると、スティーリー・ダンは突如、大きな声で高笑いし始めた。


「ほれ!!」

そして、足元にいる承太郎の顔を思いきり蹴り飛ばした。
その勢いで、承太郎は後ろに倒れ込んだ。


「承太郎さん!」
「何やってんだあ!しっかり靴磨きしろ、承太郎!
私は今、すご〜く機嫌が良い。私の今の気分と同じ位、晴れた空がくっきり映り込む位、ピカピカに磨いて貰おうかな。
何ならその学ランでピッカピカに磨いてくれても良いんだぜ?いや、折角だから舐めて貰おうかな?」

承太郎は、スティーリー・ダンの挑発には乗らなかった。
江里子にも、目もくれなかった。
ただ黙って立ち上がり、ポケットから手帳を取り出し、一心不乱に何かを書き始めた。


「ん?こぉらぁ貴様!!何を書き込んでいる!?」

スティーリー・ダンは苛立ちも露に、承太郎の手帳を取り上げた。
そこには殴り書きの汚い字で、びっしりとこう書かれてあった。

『ハラを殴られた、
石で殴られた、
サイフを盗られた、
時計を盗られた、
ドブ川の橋にされ、さんざ足で踏まれた、

背中をかかされた、
クツみがきをさせられ
蹴りを入れられた』

と。


「・・・・・」

日本語だから、きっとスティーリー・ダンには読めないだろう。
漢字も、カタカナも、ひらがなも、彼にとっては解読不明の見慣れない文字の筈だ。
だが、そこにびっしりと羅列されている文字に承太郎の執念を感じ取ったのか、スティーリー・ダンは顔を強張らせていた。


「・・・お前に貸してるツケさ。必ず払って貰うぜ。忘れっぽいんでな。メモってたんだ。」
「・・・・・っ!」

承太郎が挑戦的な笑みを浮かべると、スティーリー・ダンは憎しげに承太郎の横っ面を張り飛ばした。
嘲笑って痛めつけるのではない、感情的に殴ったのだ。
それはつまり、スティーリー・ダンが恐怖しているという事だった。


「承太郎、貴様・・・・・・・」

承太郎は相変わらず、何も反撃しなかった。
口の端から垂れる血を拭おうともしなかった。


「・・・・フッ。ま、良いがな。どのみち無駄だしな。」

やがてスティーリー・ダンは、気を取り直したような笑みを見せた。


「・・・・・行くぞ。」
「っ・・・・・・」

また有無を言わさず肩を抱かれて引き寄せられ、江里子は仕方なく歩き出した。
スティーリー・ダンは明らかに、承太郎に怯えている。
承太郎に反撃された時の事、即ち、自分のスタンドがジョースター達によって倒された時の事を少なからず危惧している。
そうなった場合、勝つ自信は彼には欠片程も無いのだろう。
だが、そこで気になるのは、さっきの台詞だ。
どのみち無駄とは、どういう意味なのだろうか。
スティーリー・ダンのスタンドは、今、ジョースターの脳内で何をしているのだろうか。


― ジョースターさん、花京院さん、ポルナレフさん、気をつけて・・・・!

江里子は心の中で3人の無事を祈った。

















江里子の祈りも虚しく、ジョースターの脳内では、ハイエロファントとチャリオッツがより一層の窮地へと追い込まれていた。


「わぁっ!花京院、見ろ!俺がさっき斬ったダミーの頭を見ろ!」
「おぉっ!」
「な・・・、何て奴じゃあ・・・!2つになっていくぞ!」

チャリオッツの剣で真っ二つに頭を割られたラバーズのダミーが、片方ずつそれぞれ再生し、新たなラバーズとしてハイエロファントとチャリオッツの前に立ちはだかっていた。


「ヌッヒッヒッヒッヒッヒ。いいか、世の中、自分というものを良く知る奴が勝つんだ!イソップの話で、カメはウサギとの競争に勝つが、カメは自分の性格と能力をよぉぉ〜く知っていたんだ。
この私もそうさ!君らに致命傷を与えるようなパワーやスピードは持っていないという事は、私自身がよぉぉ〜〜く知っている!
全ては!己の弱さを認めた時に始まるぅぅーーッ!!」
「エメラルド・スプラッシュ!!」

ハイエロファントの技が、ダミーをことごとく破壊していった。


「やったか!!」

ポルナレフは歓声を上げたが、しかしダミーは破壊された端から再生し、割れた破片の分だけ増殖していった。


「こ、こいつも細胞で出来たダミーだ!どんどん増えていく!
ス、スタンドは一人に一体!本物が一体だけいる筈!ほ、本体はどこだ!?」

花京院が焦りの声を上げた瞬間。


「ここさーーッッ!!」

二人の背後から、本物のラバーズが襲い掛かって来た。
その攻撃は、チャリオッツの背中にヒットした。


「うわぁぁぁーーッ!」

同時に、ポルナレフの背中の同じ部分からも血が噴き出す。


「エメラルドスプラッシュ!!」

花京院はすかさず辺り一帯のラバーズを倒したが、どれもすぐに溶けて流れた。
そしてその後ろ、伸びた肉の芽の陰から、本物がおちょくるように顔を出した。


「惜しい惜しい、その隣がワタシだったなあ。」

間髪入れずに、花京院はそいつにエメラルドスプラッシュを浴びせた。一瞬の無駄もなかった。
にも関わらず、そいつも溶けて崩れ落ちた。それもまたダミーだったのだ。


「っ・・・・・・!外したら外しただけ増えていくぞ!」

千切れた破片から、飛び散った細胞から、ダミーが無限に増殖していく。
あっという間におびただしい数となったラバーズに、花京院とポルナレフはどんどん追い詰められていった。


『違ウ違ウ、やっぱりワタシ。
ワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシ、ワタァ〜〜シィィ〜〜だよ〜〜〜ん!!』

一糸乱れぬ同じ動作で勝ち誇ったようにふざけるラバーズ達の様子が、TVの画面いっぱいに映し出されていた。
まるでハーミットパープルが、打つ手はないと告げてでもいるかのようだった。


「ポルナレフ、もういい!スタンドを引っ込めろ!儂の頭の中の為に、お前が傷付くのは見ておれん!」
「ちくしょう!!このまんまじゃあ、悔しくって治まりがつかねぇ!!」

ポルナレフは完全に熱くなっていた。
直情的で、下手な小細工を嫌う彼には、こういう敵はすこぶる相性が悪かった。
ポルナレフの心情は、察して余りある。
だが、このまま遮二無二闘わせても、ポルナレフに分が悪いばかりだった。


「スタンドを引っ込めろ!!殺されるぞ!それにもう・・・・、時間が・・・・」
「最後まで諦めるな、ジョースターさん!!」

花京院の叱咤激励に、ジョースターは頷いた。
ジョースターとて勿論、自分の命を諦める気はなかった。
こういうピンチは、若い頃、何度も潜り抜けてきている。


「・・・大丈夫じゃ、儂は諦めてなどおらんよ。50年前のリミットはこれよりもっと厳しかったし、闘う相手も人間じゃあなく、しかも3人だった。
これしきの事で大人しく諦めて死を待つようでは、あっちへ行った時にシーザーにしばかれるわい。」
「な、何だよそれ?」
「何のお話なんですか、ジョースターさん?」
「・・・いや、何でもない。」

面食らったポルナレフと花京院に、ジョースターは一瞬、微かに笑いかけた。


「それより、本物を見分けねばならん・・・・。そいつが分かりさえすれば・・・・・!」

ジョースターは己のハーミットが映し出す映像を、花京院と共に食い入るように見つめた。


「分からん・・・・・、見分けがつかん・・・・・!
どいつが本物だ・・・・・!?どいつがスタンドなんだ・・・・!?一体どいつが・・・・・・!」

花京院にもまだ見分けがつかなかった。
目を皿のようにして見ても、個々の違いや特徴のようなものが何一つ掴めなかった。
その時、TVの前で焦るジョースター達を嘲笑うように、画面の中のラバーズ達が声を出した。

『ヒッヒッヒ。史上最弱が、
最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も、恐ろしいィィーーーッッ!!!
マギィィィィーーーッッ!!!』

ラバーズ達は並んで踊り狂い、一体どうやっているのかスポットライトまで当てて、最後は全員でフィニッシュ・ポーズまで決めてみせた。
挑発というより、まるでパフォーマンスだった。そのおぞましくも恐ろしい勝利のパフォーマンスに、ジョースター達は度肝を抜かれた。



















次に連れて行かれたのは、『JEWELLERS』という宝石店だった。
それも、明らかに他店とは一線を画した、超高級宝石店である。
入店すると、スティーリー・ダンはジュエリーの品定めをするかのように、ショーケースの列の間をゆっくりと歩いた。そして、暫くすると不意に立ち止まり、目の前のショーケースを覗きながら笑い始めた。


「・・・・フフッ、フッハハハハハッ!なぁ承太郎。見ろよ、この金の腕輪。喜ぶぜぇ、女の子にこういう物をプレゼントするとなぁ。なぁ?お前も欲しいだろ?」

同意を求められたが、江里子はプイと顔を背けた。
女が皆光り物になびくと思ったら大間違いだと口で言ってやる代わりの、せめてもの意思表示だった。
女は金銀宝石に弱いのではない。
それを贈ってくれる男の真心にときめくのだ。
たとえガラス玉の指輪でも、それをくれる者の心がダイヤモンドなら、それはダイヤの指輪になるのだから。


「承太郎、ガラスの隙間があるだろ?そこからお前のスタンドで、それをギれ!」

だがやはりスティーリー・ダンは、江里子のそんな持論が通じるタイプの人間ではなかった。


「・・・・・」

承太郎は無言のまま、スティーリー・ダンと目も合わせなかった。
するとスティーリー・ダンは、またも表情を豹変させ、小声で承太郎を脅し始めた。


「ギ・れ、と言ってるんだぜ、ボケッ!早くしろ。
それとも何か?このまま私がガラスをブチ破って盗っても良いんだぜぇ?
私が捕まってブチのめされても良いのかぁ?ジョセフは確実に痛みで死ぬぜ?」
「・・・・・・」
「早くやれ!今、店のオヤジは向こうを向いている!」
「・・・・・」

承太郎は遂に、ショーケースに手を伸ばした。


「承太郎さん・・・・・・・!」

信じられなかった。
確かに、色々とろくでもない事ばかりしている不良だ。
乱闘騒ぎなんか日常茶飯事だし、無銭飲食だってしでかす。
だが、人に命令されるまま万引きなんて情けない事をするような男では、断じてなかった。
ジョースターの命を盾に取られている状況だというのは分かっているが、それでもショックだった。腕輪が浮かび上がり、ショーケースの通気孔から出てくるのを、江里子は愕然と見ていた。


「・・・・フフッ・・・・・・・」

サファイアらしき青い大きな宝石とダイヤモンドが幾つも埋まった金の腕輪が、承太郎の手の中に収まった。
その瞬間、スティーリー・ダンは不穏な笑いを確かに洩らした。


「コイツ万引きしてますよぉーー!!」

猛烈に嫌な予感がしたのと、スティーリー・ダンが大声を張り上げたのは、残念ながら同時だった。
向こうを向いて壺を磨いていた店の者は瞬時にこちらを振り返り、承太郎と江里子はなす術もなくその場に硬直した。


「なっ・・・・!?」
「フフッ。」
「てめぇ・・・・・・!」
「フフッ、フッフフフフフ・・・・」

謀られた承太郎が、怒りの篭った目でスティーリー・ダンを睨んだが、スティーリー・ダンはそれを平然と笑い飛ばした。


「コイツ万引きしてますよぉーーー!店員さぁ〜ん!」
「おニイさん、そいつを逃がさないでおくれよ!」
「はぁ〜い。フッフッフ・・・・」
「ま、待って!違うんです!待って下さいっ!!」

江里子は必死で訴えかけたが、店員は全く耳を貸さず、奥へと走って行った。


「承太郎さん、どうするんですか・・・・・!?」
「てめぇ・・・・・・」

承太郎は今にもスティーリー・ダンに掴みかかりそうだった。
しかしそれをするより先に、店の奥から腕っぷしの強そうな強面の男が3人、勇み足で出てきた。


「なぁ〜にぃ〜!?盗っ人だとぉ〜!?」
「どいつだぁ〜!?こいつかぁ!」
「この若造の東洋人か!」

店の警備員、というより用心棒なのだろう。男達は好戦的な態度で承太郎に詰め寄り、これ見よがしにボキボキと手の指を鳴らした。


「俺の生まれた田舎では、盗人は手の指を切断される!」
「っ・・・・・!」

これには流石の承太郎も怯んでいた。
人権という言葉は先進国のものであり、発展途上国では通用しない。
ましてこの辺りはイスラム国家、あのハムラビ法典の発祥の地だ。
目には目を、歯には歯を、太古の昔からそうやって人を断罪してきた国なのだ。


「おい承太郎。素人相手にスタンドは出すんじゃないぞ。」

スティーリー・ダンはしっかりやれよとばかりに承太郎の肩を小突いて、向こうへ歩いて行った。
自分がやらせたくせに、まるで無関係の他人のように。
だが、それに怒りを募らせている暇も無かった。


「野郎!!」

用心棒の一人が問答無用に、承太郎の背中をバットで思いきり殴った。


「うぐぁっ・・・・・・!」
「きゃああっ!承太郎さん!!」
「ええい!!ふてぇ野郎だ!!」
「このダボがぁ!!」

承太郎はあっという間に取り囲まれ、3人の用心棒にリンチされ始めた。
しかし承太郎は、ガードはしても反撃はしなかった。


「やめて、やめてぇっ!!やめて下さい、お願いします!!」

このままでは承太郎が殴り殺されてしまう。
江里子は用心棒達に追い縋り、必死に許しを乞うた。


「これには事情があるんです!腕輪は勿論返します!何度でも謝ります!ですから乱暴な事はしないで下さいお願いします!!」

床に転がった腕輪を拾って差し出すと、用心棒はそれを受け取りはしたが、決して許す気のなさそうな目付きで、床に這い蹲っている江里子を睨み下ろした。


「何を寝ぼけた事を言ってんだお嬢ちゃん!謝って済むなら俺達は必要ないんだよ!」
「こういう不届きな輩に引導を渡して、他の同類共の見せしめにするのが、俺達用心棒の仕事なんだよ!怪我したくなかったら下がってろ!」
「それとも何か!?アンタも共犯だってのか!?」

違いますと言いかけて、江里子は唇を噛んだ。


「・・・・・そう・・・・・・です・・・・・・・」
「江里・・・・・!?」
「そうです、私も共犯です・・・・・・・・・!」

江里子は用心棒達の目をまっすぐに見上げて、はっきりとそう言い切った。


「私が欲しがったんです、素敵な腕輪だったからつい・・・・!私が悪いんです、私が全部・・・・!だから、彼に酷い事はしないで下さい・・・・!」
「江里、何言ってんだテメェ!」
「私が悪いんです、私が悪いんです!」

止めようとする承太郎を押し退けて、江里子は大声でそう訴えた。
真相を明かしたところで無実を信じて貰える状況ではないし、たとえ信じて貰えたとしても、その時にはジョースターの命が無い。
それならせめて一緒に罰を引き受ける事しか、江里子には出来なかった。


「お金は・・・・、今、持ち合わせがないんですけど・・・・、何でもしてお詫びします・・・・・!
ですから、これ以上彼を傷付けないで下さい!お願いします・・・・!」

自分で言っておきながら、怖くて身体が震える。
承太郎と同じようにリンチされるかも知れない、本当に指を切断されるかも知れない。そう思うと、怖くて涙が出てくる。


「やめろ!そいつは関係ねぇ!!そいつに指一本触れるんじゃあねぇぞ!!」
「テメェは黙ってろ!!」
「このボケがぁッ!」

それまで何をされても反撃しなかった承太郎が、突然抵抗を始めた。
しかし、筋骨隆々な用心棒2人にすかさず拘束され、あっという間に取り押さえられてしまった。


「・・・・・・ほう、そうかそうか。」

手の空いている用心棒が、江里子の目の前にしゃがみ込んだ。さっきまでの荒々しい大声が、途端に猫撫で声になったのが、より一層の恐怖を煽った。


「アンタも東洋人だな。チャイニ?ジャパニ?」
「ジャ・・・、ジャパニーズ・・・・・」
「ン〜・・・・」

用心棒は江里子の顎を持ち上げ、江里子の顔をしげしげと『品定め』した。
その『雄』の目に、江里子はすぐさま気が付いた。
顎が噛み合わず、奥歯がカチカチと小さな音を忙しなく立てている。
涙が頬を伝うが、身体が硬く強張って、拭う事さえ出来ない。


「日本人の女か・・・・・、こいつは滅多に『食えない』上物だな。
良いだろう。ちょっとばかり付き合ってくれたら、男共々許してやる。」

ニヤッと笑った顔は、まるで野生の肉食動物のようで、一切の容赦が無かった。
返事も出来ず、江里子は只々身を震わせる事しか出来なかった。
その時、ドアが開いて別の客が入ってきた。
白人の夫婦らしき中年男女で、どちらも良い身なりをしていた。
そして、店に入るなりこの騒動を目撃して、大きな青い目をギョッと見開いた。


「Oh, no・・・・・・」
「What happend!? 」

特に婦人の視線に、同情と侮蔑が色濃く含まれていた。
事情を知らない彼女の目には、現地の野蛮な男が、東洋人の娘を襲おうとしているように見えるのだろう。
人種は違えど同じ外国人女性という立場である彼女は、他人事とは思えない恐怖を感じたようで、不快そうに顔を顰め、連れの男性を促してそそくさと店を出て行った。


「ああっ・・・・・!?」
「し、しまった・・・・・!」
「チィッ・・・・・!もういい、さっさと摘み出せッ!」

用心棒達は途端に顔色を変え、江里子と承太郎を引きずるようにして店の外に叩き出した。幾ら泥棒の断罪の為とはいえ、リッチな上客を逃がす事は許されないのだろう。


「ぐわぁっ・・・・・!」
「あぁっ・・・・・!」

文字通りに叩き出され、承太郎と江里子は揃って地べたに投げ捨てられた。



「早く俺達の国から出て行け!スカタンが!」
「指は切らねぇで、それ位で勘弁してやるぜ!」
「ペッ!」

3人の用心棒達は口々に悪態や唾を吐き捨てて、笑いながら店に帰って行った。
酷い屈辱感だが、ともかく大事に至らずに済んだのは不幸中の幸いだった。
江里子は半分放心しながら、目尻に残っていた涙を一筋零した。


「・・・フフッ、フハヒハハハッ。フハッ。」

地べたに這い蹲ったままの承太郎と江里子の側へ、スティーリー・ダンが歩み寄ってきた。


「でかしたぜぇ。よぉ〜くやった。お前のお陰で、ドサクサに紛れてもっとデカい物を手に入れたからよぉ。」

スティーリー・ダンの手には、さっきの腕輪より更に値の張りそうな金のジュエリーがあった。
アクアマリンだろうか、宝石の粒も大きく、そもそも腕輪ではない。恐らく首飾りだ。値段は言うまでもなく、こちらの方が高価な筈だった。


「何て奴・・・・・・・・!」

あの騒動ですっかりノーマークだったが、人をトラブルに巻き込んでおいて、その横で平然と盗みを働くとは、どこまで性根の腐った奴なのだろうか。
到底許せず、江里子は怒りと悔しさに拳を握った。


「・・・・・フッ、フフフッ・・・・」

しかし承太郎は、地面に突っ伏したまま笑い始めた。


「あん?」
「フフッ、フフフフフフッ・・・・・」
「っ・・・・・!承太郎、貴様何を笑っている!何がおかしい!!」

スティーリー・ダンは苛立ったように承太郎を怒鳴りつけた。
すると承太郎は身を起こしながら、スティーリー・ダンをまっすぐに見据えた。


「フッ・・・・、ハハハ・・・・。いや、愉しみの笑いさ。
これですご〜く愉しみが倍増したって、ワクワクした笑いさ。テメェへのお仕置きターイムがやってくる愉しみがな!」
「っ・・・・、野郎!!」

スティーリー・ダンは力任せに承太郎の背中を蹴りつけ、再び地べたに平伏させた。
そして更に、靴の底で背中をグリグリと踏みにじった。


「お前、何か勘違いしてやしないか?ジョースターのジジイはあと数十秒で死ぬ!そんな状況なんだぜ!」
「フフッ・・・・・、いいや、貴様は俺達の事を良く知らない。花京院の奴の事を知らねぇ。」
「なぁにぃ〜!?」

スティーリー・ダンは、怪訝そうに片方の眉を吊り上げた。
その瞬間。


「なっ・・・・!?うわぁっ・・・・・・・・!」

突然、スティーリー・ダンの額が割れ、大量の血が迸った。


「おやおやおやおや。そのダメージは花京院にやられているな。残るかな?俺のお仕置きの分がよ。」

江里子は思わず手で口元を覆った。
ようやく、ようやく、やってくれたのだ。


「んぎぃぃぃ・・・やぁぁぁぁ!!!」

血に染まった自らの両手を呆然と見つめて、スティーリー・ダンは絶叫した。












ようやく感じた手応えに、花京院は満足と安堵の笑みを浮かべた。


「・・・・・・全ては己の弱さを認めた時に始まる、か。
なるほど、全く僕もそう思う。
己を知るという事は、なかなか良い教訓だが、お前は敵を知らなすぎたようだな。勉強不足だ。」

花京院は、目の前のラバーズに向かって指を指した。


「気が付かなかったのか?僕のハイエロファントは、地面を這って根を伸ばす事が出来る!1体1体調べる為にな!!」
「げッ!いつの間にか触られているぅ・・・・・!」

方々に伸びたハイエロファントの根の1本が、本物のラバーズの足を掴んで捕えていた。


「スタンドは貴様だ!!エメラルド・スプラッシュ!!」

煌く緑柱石の迸りが、今度こそラバーズの脳天を割った。


「「やったあ!!!」」

胸の空くようなその爽快感に、ジョースターとポルナレフは大きな歓声を上げた。


「マ・・・、マギィィィーーッッ!!」

ヨロヨロと立ち上がったラバーズは、残った力で再び血管の壁を切り刻み、開けた穴の中へモグラのように潜り始めた。


「もう敵わないと思って、血管に潜り込んだぞ!逃げる気だ!」
「ジョースターさんの脳から脱出する気だな!」

ポルナレフと花京院の見解に、ジョースターは顔を輝かせた。


「えっ、出て行くのか!?」
「ぃやったあ!!そいつは良かったぜ!!」
「ジョースターさん!早く肉の芽を!!」

兎にも角にも、時間切れ寸前の肉の芽を何とかするのが先決だ。
花京院は自らのこめかみを指でつつき、ジョースターを促した。


「ああ!オーバードライブ!!」

ジョースターはすかさず自分の頭に波紋を迸らせた。
すると、TVの画面いっぱいに映っていた大量の触手が、瞬く間に消滅していった。


「肉の芽が消えていくぜ!!」
「た・・・・、助かった・・・・・・」
「ふぅーッ・・・・・・!」

ポルナレフ、ジョースター、そして花京院は、深々と溜息を吐き、暫し脱力した。


「・・・しかしこれで、ジョースターさんも『にくめない』ヤツになった訳だ。」
「ポルナレフお前なぁ・・・・」

いつぞやのダジャレをニヤニヤしながら返してくるポルナレフを、ジョースターはジト目で睨んだ。


「・・・ハッ!い、いやしかし、儂の脳を出て行くという事は・・・・・、本体のスティーリー・ダンの所に!」
「「はっ!?」」

だが、気を抜くにはまだ早かった。
その瞬間、ジョースター達の頭上で何かが小さくチカッと光った。
ジョースターの脳から抜け出て来たラバーズの身体に、太陽の光が反射したのだ。
その小さな光は、軌跡を描いて向こうの方へ飛んで行った。


「ああっ!奴のスタンドが戻って行くぞ!!」
「マズい!!承太郎はそれを知らない!!」

ポルナレフとジョースターは焦った。
次のラバーズの標的は、承太郎か、それとも江里子か。
いずれにしろ、二人共、今のこちらの状況を知らない。


「いかん!急いで承太郎達の居所を調べよう!」

ジョースターは再度TVに向かってハーミットパープルを発動させようとした、が。


「・・・フフ、大丈夫ですよ、ジョースターさん。」

花京院が余裕の笑みを浮かべて、それを止めた。


「そんなに慌てなくても、ラバーズはもう何も出来ません。
色々と痛い目に遭わされて疲れたでしょう。ポルナレフ、君もだ。
少しだけ休憩してから行きませんか。僕も少し疲れましたし。」
「え・・・、えぇっ!?何じゃとぉッ!?」
「そいつはどういうこったよ、花京院!?」
「・・・既に手は打ってあるという事です。あとは承太郎がきっちりとカタをつけてくれるでしょう。」

どういう事か、まるで見当もついていなさそうな二人に、花京院は悪戯めいた微笑みを見せた。












「はぁぁぁ〜・・・・・!はぁぁぁ〜・・・・・・!」

スティーリー・ダンは荒い呼吸を繰り返しながら、怯えて震えてジリジリと後退っていた。


「どうした?何を後退りしている?俺のジイさんの方では何が起こっているのか、話してくれないのか?」
「ひぇぇぇ、ひぇぇぇ、うぐっ・・・・!」

スティーリー・ダンは踵を返し、逃げ出そうとした。


「うわぁぁぁっ!」

が、それを許す承太郎ではなかった。
間髪入れずにスティーリー・ダンの後頭部の髪を引っ掴み、もがく彼を完全に捕えた。


「おいおいおい。何を慌てている。どこへ行こうってんだ?
まさかオメェ・・・・、逃げようとしたんじゃあねぇだろうな?今更よぉ。」
「ひぃぃぃッ、ひぃぃッ!ひぃッ、ひぃッ、ひ、あ、わがっ!」

鬼気迫るような承太郎の低い声に、恐怖がピークに達したのか、スティーリー・ダンは死に物狂いでもがき、掴まれている髪の毛が根こそぎひっこ抜けるのも構わず、命からがらといった様子で逃れ出た。


「ひぃッ、ひぃッ、許して下さぁいッ!!承太郎さまぁッ!!」

スティーリー・ダンは尻もちをついたその場で土下座し、承太郎の足元へ這い寄って行った。
そして、情けなく承太郎の脚に縋り着いて命乞いを始めた。


「私の負けです、改心します、平伏します、靴も舐めます、悪い事しましたぁ!
ひぃぃーッ、ひぃーッ!幾ら殴っても良い、ぶって下さい!蹴って下さぁい!
でもぉ、命だけは助けて下さぁい!!ペロペロペロペロ・・・・」

遂にはとうとう承太郎の靴まで舐め始める有様である。
あまりの卑屈な変わり身に、よくもまあここまで出来るものだと、江里子は唖然とした。


「ペロペロペロペロ、ペロペロペロペロ・・・・」
「呆れた・・・・・。ここまでプライドをかなぐり捨てる真似をする位なら、初めからあんなに調子に乗らなければ良かったのに、バカな奴・・・・・」

江里子は思わずそう呟いた。
そう、江里子は知らなかったのだ。
これは単なる命乞いではなく、スティーリー・ダンの作戦である事を。


― もうすぐだ、もうすぐで私のラバーズが戻ってくる・・・・!この承太郎のアホたれは今、その事を知らない!今度はテメェの耳から脳に潜入してやる!花京院は数百mも遠くにいる、見てろぉ、死ぬ程の苦しみを味わわせてやるぜぇ・・・・!

這い蹲って承太郎の靴を舐めながら、伏せた頭の下でこんな事を企んでいるのを。


― きっ・・・・・、来たぁ・・・・・・!!来た来た来た来たぁ!!今だ、侵入してやる!

そして今正に、その作戦が決行されようとしている事も。



「オォッ!!オラァッ!!」
「う゛ぇっ!?」
「えっ?」

気付いたのは、スティーリー・ダンが耳をつんざくような悲鳴を上げた後だった。


「ぎにゃあぁぁぁ!!!」
「きゃああっ!!な、何!?」

スティーリー・ダンの手足が突然、バキバキと音を立ててへしゃげていく。
きっと、承太郎のスタンドがやっているのだ。


「な、何なんですか、承太郎さん!?」
「捕まえたのさ、こいつのスタンド、ラバーズを。」

捕まえたと言うが、どのように捕まえたらこんな風に手足がへしゃげていくのだろうか。江里子は固唾を呑みながら、事の成り行きを見守った。


「こんな事企んでるんだろうと思ったぜ。
俺のスタンド、スタープラチナの正確さと目の良さを知らねぇのか?オメェ、俺達の事をよく予習してきたのか?」
「なっ、なっ、なっ、何も企んでなんかいないよぉ〜!」

四肢の骨が折れて立っていられなくなったらしく、スティーリー・ダンは地べたに転がりながら必死で訴えかけた。


「お前のスタンドの強さは・・」
「お前のスタンド?お前?」

承太郎が耳をそばだてると、スティーリー・ダンは泣きながら訂正した。


「いっ、いえっ、貴方様のスタンドの力と正義は、何ものより優れていますです!敵わないから戻って来ただけですよぉ〜!ふぇぇぇ〜!
見て下さぁい、今ので腕と脚が折れましたぁ!もう再起不能です!動けませぇん!ぎにゃあぁぁぁ!!」

スティーリー・ダンが、一層壮絶な悲鳴を上げた。
きっと承太郎が、更に苦痛を与えたのだ。
心底憎らしい男だが、こうして目の前で拷問されてでもいるかのような悲鳴を上げられると、あまり気分の良いものではない。
思わず顔を顰めていると、承太郎と目が合った。
承太郎は江里子の顰めっ面を見ると、小さく溜息を吐いた。


「そうだな。テメェから受けた今までのツケは、その腕と脚で支払い、償った事にしてやるか。もう決して俺達の前に現れたりしないと誓うな?」
「ち、誓います誓います!獄門島へでも行きます!地の果てへ行ってもう二度と戻って来ません!」
「嘘は言わねぇな?今度出遭ったら1000発そのツラへ叩き込むぜ?」
「言いません!決して嘘は言いません!」

スティーリー・ダンは泣きながら、またしても土下座でそう誓った。


「・・・消えな。」

一呼吸置いて、承太郎はスティーリー・ダンに背中を向けた。


「行くぞ、江里。」
「あ、は、はい・・・・・・!」

江里子は承太郎の側に走り寄り、共に歩き出した。
その時、細い路地から子供が3人、元気良く飛び出してきた。
男の子が2人とボールを持った女の子が1人、いずれも10歳にもならないような幼い子だった。
その姿を目に留めた途端。


「・・・承太郎!!」

スティーリー・ダンが、邪気を孕んだ声で承太郎を呼び止めた。反射的に振り返ると、スティーリー・ダンがナイフを片手に挑戦的な笑い声を上げた。


「ガハハハハハハハ!ぶゎかめぇ〜!そこの女の子を見な!
今その女の子の耳の中に私のスタンド、ラバーズが入った!脳へ向かっている!」
「っ・・・・・」
「動くんじゃねえ承太郎!!ウキッ、ウクッ、ウクククククククッ!」

スティーリー・ダンは何とか立ち上がり、ヨタヨタと承太郎の背後まで歩み寄って来た。


「今からこのナイフでテメェの背中をブツリと突き刺す!テメェにも再起不能になって貰うぜぇ!
スタープラチナで俺を襲ってみろ、あの女の子は確実に死ぬ!
お前はあんな幼い子を殺す訳はねぇよなぁーッ!?ウヌッフハハハハハハハ!!」
「承太郎さん・・・・・・!」

子供達は、自分達が危険に晒されているとも知らず、江里子の目の前で無邪気に遊んでいる。無関係なこの子達を巻き込む事だけは、何が何でも避けねばならない。
だが承太郎は焦るでも怒るでもなく、ただ呆れたように溜息を吐いただけだった。


「やれやれだ。良いだろう。突いてみろ。」

そして、いつも通りのポーカーフェイスで、スティーリー・ダンに向き直った。


「あぁ!?おい分からねぇのか!動くなと言ったは・・!」

スティーリー・ダンは、不自然な感じに言葉を切った。


「・・・・はず・・・・はず・・・・・は・・・・・ん・・・・・えぇっ!?」
「どうした?」

承太郎はおもむろに、ナイフを握るスティーリー・ダンの手を掴んだ。


「ブツリと突くんじゃあねぇのか?こんな風に・・・・」
「ぎやぁぁぁぁーーーッ!!」

承太郎の手がスティーリー・ダンの手を操り、スティーリー・ダンは自分のナイフで自らの顔を刺した。
これもまた、なかなかにえげつない光景である。
江里子は再び顔を顰め、あまり直視しないように少しだけ視線を逸らした。


「か、身体が動かない・・・・・!なっ、何故ぇぇ・・・!?なっ、何だこの巻きついているものは!?」
「気付かなかったのか?花京院がハイエロファントの触手を、お前のスタンドの脚に結び付けたまま逃がしたようだな。
凧の糸のようにず〜っと向こうから伸びてきているのに気付かねぇとは・・・・・、よほど無我夢中だったようだな。」

江里子の目の前から、子供達が笑いながら走り去って行った。
江里子は念の為に彼等の走っていく姿をよくよく観察したが、ラバーズが入り込んだという女の子の身には何事も起きなかった。


「ああっ!ひぃっ!!ひぃぃぃっ!!」

作戦は失敗に終わり、スティーリー・ダンはまたまた土下座をしてみせた。
最初は惨めに思ったが、こうも容易く繰り返されると、もはや滑稽でしかなかった。


「許して下さぁぁ〜い!!!」
「許しはテメェが殺したエンヤ婆に乞いな。」

承太郎は帽子のひさしを直して、スティーリー・ダンの前に立ち塞がった。


「俺達は初めっからテメェを許す気は・・・ないのさ!」
「ひぃっ・・・・・!D、DIOから前金を貰っている・・・・・、そ、それをやるよ・・・・・!」
「やれやれ・・・・・。テメェ正真正銘の、史上最低の男だぜ。」

見るに堪えない無様な命乞いだった。
承太郎は帽子を目深に被り直し、心底見下げ果てたようにそう呟いた。


「テメェのツケは・・・・・、金では払えねぇぜ!!」

来る!
巻き添えを食わないようにする為に、江里子は急いで数歩下がった。


「オラァッ!!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

スティーリー・ダンの顔が、身体が、ベコベコにへしゃげていく。
承太郎の闘う姿は何度も見ているが、今回はいつになく激しかった。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オォラァッ!!」

激しく素早い殴打の連続で、スティーリー・ダンの身体は次第に宙に浮き上がっていった。


「オラオラオラオラオラオラ、オォラァッ!!オラァッ!!」

江里子の目には見えない強烈なパンチが、スティーリー・ダンを空中に刺し留め、ダウンする事を許さない。
生身の人間の身体が、萎みかけた風船人形のようにグニャグニャになり、次第にボロ雑巾のようになっていく。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラァァァッッッ!!」

やがてスティーリー・ダンは、後方の煉瓦造りの建物をブチ抜いて吹っ飛んでいった。
この執拗かつ凶暴な攻撃は、正しく承太郎の怒りと鬱憤そのものだった。
あれだけ悪質な嫌がらせを受けたのだから、そりゃあ不愉快極まりないだろうとは思っていたが、だからと言ってここまでブチ切れるとは。


「オーマイガー・・・・あ、ジョースターさんの口癖が移っちゃった・・・・・」

ブチ抜けた壁の穴からダランと垂れているスティーリー・ダンの脚を見上げて、江里子は思わず呟いた。


「・・・・・・・」

塵の降りしきる中、承太郎は手帳にまた何かを書きつけて、その頁を千切った。


「・・・・ツケの領収証だぜ。」

そしてそれをその場に投げ捨てて踵を返し、歩き始めた。
書かれていたのは、『空条承太郎』というサインだった。
江里子はそれを、暫し呆然と見つめた。
いちいち格好つけというか、気障というか。
だけど、様になっている。・・・・・・口が裂けても本人には言いたくないが。


「な、何考えてんのよ私ったら・・・・・」

何となくホワホワした気持ちを振り払うように頭を振ると、大事な事を思い出した。


「・・・・・あ、承太郎さん!!ちょっと待って!!」

江里子が大声で呼び止めると、承太郎は振り返り、戻って来た。


「何だ。グズグズしてねぇでさっさとズラかるぞ。人が来ると面倒だろうが。」
「それは分かってますけど、忘れ物ですよ!」
「忘れ物?」
「財布と時計!!ちゃんと回収しないと!!さっさと取って来て下さい!!あ、私の財布もね!お願いしますよ!」

江里子が急かすと、承太郎はうんざりと溜息を吐き、やれやれだぜと呟いた。










「ほらよ。」
「ありがとうございます。」

スタープラチナでスティーリー・ダンのポケットの中をさらい、盗られた財布と時計は無事、回収する事が出来た。
人が通りかかる前にその場を離れ、人気のない細い横路に入ってから、承太郎と江里子は各々の財布の中身だの時計の無事だのを確認し始めた。


「良かった、中のお金も無事です!承太郎さんのは?」
「無事だ。」
「時計は?壊れたり、傷がついたりしてませんか?」
「ああ。」
「良かったぁ〜・・・・・!」

江里子はホッと胸を撫で下ろした。
何しろこの時計には、空条夫妻の愛情が格別に篭っているのだ。


「ねえ、覚えてますか、承太郎さん?」
「あぁ?」
「承太郎さんの高校合格のお祝いをした時の事。」

江里子はその時の事を、懐かしく思い出していた。


「この時計を承太郎さんに贈って、旦那様が仰ったでしょう?
昔、男は15で元服した。つまり、15歳で大人と見なされ、自分の人生に自分で責任を持つようになった。
人生において、時間はお金よりも大事なものだ。今この時をどう使うかで、未来は如何様にも変わっていく。
これからは1分1秒を大切に、自分の人生に責任を持って生きていきなさい、って。」
「そんなような事を言ってたっけかな。よく覚えてんなお前。」
「だって衝撃でしたから。そんな思慮深い事を言う男の人、私知らなかったから。
私の周りの男といえば、飲んだくれのバカオヤジと、手のつけられない不良の兄貴だけだったもので。」

江里子が笑うと、承太郎も微かに笑った。


「・・・羨ましかったなぁ、承太郎さんが。本当に羨ましかった。
私もこの家に、この両親の子供に生まれて来たかったって、あの時、心の底から思いました。
だけど同時に、自分の家族に対する罪悪感も感じて、何だか泣きたくなっちゃったりして・・・・・・」

つい口が滑った事に気付いたのは、言い終わった後だった。
江里子は我に返り、せかせかと笑ってみせた。


「まあとにかく、大事にして下さいよ、その時計!とびっきり高価な物でもあるんですし、粗末にしたら承知しませんからね!」

江里子はふざけたつもりで、承太郎の肩を軽く小突いた。
しかし承太郎は、ニコリとも笑わなかった。


「・・・承太郎さん?」
「時計は時計だ。代わりなんざ幾らでもある。」

承太郎の意図が分からなかった。
呆れれば良いのか、怒れば良いのか、どんな反応を示せば良いのか分からなかった。


「そんなモンの為に無茶しやがって、本当にバカだなオメェは。」
「な・・・・・・・?」
「人の言う事も聞かねえで無茶ばっかりしやがって・・・・・。
オメェが無茶する度に、俺がどれだけ肝を冷やしたと思ってんだ?」

気が付けば、承太郎の目付きが何だか怖い感じになっていたので、江里子は反射的に謝った。


「ご、ごめんなさい・・・・・。でも・・・」
「でもじゃねぇ。」
「だって・・・!」
「だってじゃねぇ。」

話す機会をことごとく潰され、江里子は思わずムッとした。


「人の話聞かないのは承太郎さんもでしょ!私には私の考えがあったの!」
「ほーう?」
「無実なのに泥棒扱いされてよってたかってタコ殴りにされてるのを、黙って見ていられる!?
その手だってそう!そんな酷い傷になってるのに、更に踏みにじれって言われて、はい分かりましたって出来るの!?
サディストじゃあるまいし、生憎と私はそんな残忍な性格じゃあ・・っ・・・!」

一気に捲し立てていた瞬間、何かが江里子の唇を塞いだ。


「っ・・・・・・・!」

深緑の瞳の中に自分の顔が映っているのを見つけた瞬間、江里子は自分の身に何が起きているのかを理解した。


「んんっ・・・・・・・!」

江里子は今、承太郎にキスされていた。
驚いて、恥ずかしくて、慌てて身を捩ったが、力強い腕の中にしっかりと抱き込まれていて逃げ出せなかった。


「んぅっ・・・・・・・!ぅんっ・・・・・・・・!」

顔を背けようとしても、逃れられなかった。
承太郎の唇は江里子の唇にぴったりと吸い付き、熱い舌が江里子の舌をしっかりと絡め取って離れなかった。


「やぁっ・・・・・、承太郎さ・・・・・!」

やがて、動けなくなった。
驚きも羞恥も、どんどんなりを潜めて、代わりに甘い痺れが強くなってきた。
舌や唇を吸われる度に、背筋がゾクリと震えて、下腹部が甘く疼くのが分かった。
その感覚に戸惑いながらも、江里子はそれに抗えなくなっていった。


「・・・・・ん・・・・・・・・・」

身も心も完全に抵抗をやめた時、江里子の口をついて出たのは、自分でも恥ずかしくなるような甘い吐息だった。
腕が勝手におずおずと上がり、承太郎の背中に回ろうとしたその時、承太郎は唇を放した。


「・・・・・・消毒完了。」

そして、淡々とこんな事をのたまうではないか。
たった今の今まで、甘く痺れさせるようなキスをしていたその唇で。


「な・・・・・・!」
「行くぞ。今頃ジジイ達も俺達を捜してそこら辺をウロウロしている筈だ。」

承太郎は何事も無かったかのように江里子から離れ、一人でさっさと歩き出した。
男はそうやって簡単に切り替えられるのかも知れない。
まして、いつでも束で女を引き連れているような承太郎なら尚更。
しかし江里子は、どちらかと言わなくても奥手で未熟な小娘で、こんなキスには免疫が無かった。


「さ・・・・・、最っっ低!!」

腰が抜けて歩けないのを悟られないよう殊更大袈裟に怒鳴ると、承太郎は振り返り、勝ち誇ったように口の端を吊り上げた。




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