「ぁ・・・・・・・・・」
形兆の先端が、下着に覆われたの秘部をゆっくりと擦り上げた。
「っ・・・・・・・」
2度、3度と擦り上げていると、が恐る恐る目を開いた。
「け・・形兆君・・・・・?」
「何だよ・・・・・?」
「こ、これ・・・、何してるの・・・・?」
答えるのはかなり恥ずかしかったが、無視して続ける訳にもいかず、形兆は行為を中断して渋々口を開いた。
「・・・本に載ってたんだ。こうすると、マジにヤッてるような気分になれるらしい。」
「あぁ・・・・、そ・・・っか・・・。だから、疑似・・・・。」
「そういう事だ。だから、勝手な事言うようだがよ・・・、自分の身は自分で守ってくれ。」
そう告げると、はハッとしたように形兆を見た。
無責任で酷い事を言っている自覚はある。言うべきではなかった事なのかも知れない。
しかしどうしても、言わずにはいられなかった。
今更心配なんて出来た義理ではないが、それでも。
「アイツは見ての通りあのザマだからよ、ゴムなんか着けられねぇ。だから、絶対に入れさせるんじゃねぇぞ。下着も脱ぐな。
病気でああなった訳じゃねぇから、何かの病気が移ったりするような事は無ぇと思うけど、用心するに越した事はねぇ。」
「・・・・・うん・・・・・・」
「只でさえ理性なんて無い奴だ。本物の女を抱かせるなんて今まで試した事はねぇし、はっきり言ってアイツが何をしようとするか、俺も予測しきれてねぇ。
だから、お前が主導権を握るんだ。お前の主導で、何なりとやって巧く騙してくれ。」
「・・・・分かった・・・。ありがと・・・・。」
の微笑みに、今度は形兆が胸を突かれた。
こんな惨い事を言っているのに、どうしてそんな風に、嬉しそうに微笑むのか。
礼なんか言うんじゃねぇと言いかけた時、がそっと、形兆の肩に触れた。
「・・・どうしたら良い・・・?」
「・・・・・・?」
「どうやったら・・・・、気持ち良くなる・・・・?」
恥ずかしそうにそう訊いてくるの顔を見た瞬間、身体がカッと熱くなった。
「・・・・正直・・・、俺もよく分かんねぇけど・・・、本じゃあこうなってた・・・・・」
形兆はの脚を閉じさせると、再び腰を動かし始めた。
弾力のある太腿と柔らかい花弁とに挟まれて扱かれる感覚は、中に挿入した時とはやはり違っていたが、これはこれで悪くなく、むしろ続けている内にだんだんと快感が昂ってきた。
「ん・・・・っ・・・、んんっ・・・・」
なるほど確かに、これは『ごっこ』だった。それも、限りなくリアルな。
揺さぶられながら声を殺して喘ぐは、本当にセックスしている時と全く同じ様子で、そんなの嬌態が、形兆の快感を増幅させた。
「ん、んっ・・・・、はっ・・・ぁぁ・・・・」
「ハァッ・・・・、ハッ・・・、ハッ・・・・」
いつしか形兆は、本気で腰を振っていた。
「ぁ・・・、ぁぁっ・・・・!」
真っ赤に火照ったの顔も、どう見ても演技には見えなかった。
「ぁっ・・・・!はぁっ・・・、はっ・・・・!」
「・・・・気持ち良いのかよ・・・・?」
は申し訳なさそうに顔を顰めて、小さく頷いた。
「ん・・・っ・・・、ごめん・・・・」
「謝んなよ・・・・・」
「形兆君は・・・・?気持ち・・・い・・・?」
涙の溜まったの瞳に見上げられた瞬間、何だかよく分からない感情が形兆を襲った。
快楽と、愛しさと、後悔と、苛立ちと、色々な感情がゴチャゴチャに混ざった、よく分からない、激しい感情が。
「・・・・良いに決まってんだろ、クソッ・・・・!」
「ごめ・・・」
「だから・・・・!」
形兆はの頬を両手で包んで、咬み付くようなキスをした。
「んんっ・・・!んっ・・・・、んんんっ・・・!」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・!!」
「んんんんん゛っ・・・!!」
深く舌を差し込んで絡めながら激しく腰を振ると、は身体を小刻みに震わせて達した。
「ぁっ・・・・・、ぁ・・・・・・・」
痙攣が大方治まるのを待ってから解放してやると、は放心したようにクタリと身体の力を抜いた。
少しだけ開いている脚の間からチラリと見える下着が、やけに艶めかしく感じられた。
滾るような欲望に駆られながら、形兆はの両脚を大きく開いた。
下着は、滲み出した蜜でぐっしょりと濡れていた。その奥が透けて見える程に。
その扇情的な光景を、形兆は生唾を飲み込んで見つめた。
「ハァッ・・・、ハッ・・・!」
もう止まらない、止められない。
形兆は息を荒げながらの下着に指を引っ掛けて横に引っ張り、濡れそぼった花弁を露出させた。そして、蜜の溢れる花芯を猛り狂った自身で深々と貫いた。
「あぁぁぁぁっ・・・・・!!」
は切なげな鳴き声を上げて、身体を弾ませた。
温かく柔らかい内壁が、一分の隙もなく形兆に纏わりついて包み込み、一緒に行こうと誘うように小刻みに収縮していた。
「くっ・・・!おっ・・前なぁ・・・、絶対入れさせんじゃねぇって・・・、言ったばっかだろうが・・・!」
どうにかなりそうな程の強い快感に支配されながらも、頭の片隅に僅かに残った理性を振り絞って、形兆はを叱った。
「簡単に・・・っ・・・、ブチ込まれてんじゃねぇぞ・・・!」
「あっ、あっ、あんっ・・・・!わ・・かってる・・・!分かってるよ・・・!大丈夫、だからぁっ・・・!」
「何がっ・・・、大丈夫だよ・・・!こんなあっさり・・・、入っちまってよぉっ・・・・!」
「やぁぁっ・・・!!」
叱りながら激しく突いていると、は声を高く震わせながら形兆をかき抱いた。
「分かってる・・・・、でもっ・・・、形兆、君、だから・・・・」
「っ・・・・・・・!」
「形兆君・・・だから・・・・!」
の目尻から、涙の粒が伝い落ちた。
形兆は密かに唇を噛みしめた。そうしていないと、自分も同じ事をしてしまいそうで。
「・・・・くっそ・・・・・!」
その綺麗な雫は、千の罵倒よりも形兆の心を抉っていた。
完全に想定外だった。
恨まれ、憎まれ、怯えられ、場合によっては口を封じなければならないとまで覚悟していたのに、形兆をまっすぐに見上げてくるの瞳は、今までと何ら変わっていなかった。
「くっそぉっ・・・・・!」
「ぁ・・、あぁぁぁっ・・・!!」
形兆はを強く抱きしめ、その身体の奥深くに、強く、強く、刻み込んだ。
口には出来ない想いを、二人して大きな波に攫われてしまうまで、ずっと。
深夜、誰もが深い眠りに落ちている頃、は形兆と共に『檻』の中に入った。
「フゥゥゥゥッ・・・、フゥゥゥ・・・・!」
数時間が経過した今も、形兆の父親は殆ど同じ姿勢のまま、己を慰め続けていた。
ちゃんと灯りを点けて見てみると、彼が座っている周りの床板は、彼の吐き出した深緑色の粘液でドロドロに汚れており、これは後の掃除が大変そうだなぁと、は頭の片隅でぼんやり考えた。
「・・・本当に、良いんだな?」
念を押す形兆に、は頷いて答えた。
「本当に、最初から一人で大丈夫なのか?」
「・・・大丈夫。」
がそう言い切ると、形兆は諦めたように小さく溜息を吐き、バスタオルと、古ぼけた金属バットをに手渡した。
「ヤベェと思ったら、これで思い切りぶっ飛ばして逃げろ。どこ殴ったって構わねぇ。こんなモンで殴った位ぇで死んでくれんなら、こちとらこんな苦労はしてねぇからな。」
その言葉があまりにもすんなりと腑に落ちて、は思わず笑った。
「ふふっ・・・、それもそうだね。分かった。じゃあその時は、悪いけど遠慮なくやっちゃうと思う。」
「おう。遠慮なくタコ殴りにしろ。」
形兆も少しだけ笑った。
だが、すぐにその笑みを消すと、真剣な眼差しになった。
「自分でどうしようもねぇ時は、俺を呼べ。そこの壁が俺の部屋の壁だから、叩くなり蹴るなりして知らせろ。それも出来ねぇなら大声出せ。分かったな?」
思わず、心が揺れた。そんなにまで心配してくれるのなら、どうしてこんな事をさせるのかと、泣きながら形兆を詰りたくなった。
しかしは、掌に爪を立てる痛みで、その衝動をどうにか堪えた。心が張り裂けそうになっているのはこの人も同じなのだからと、自分に言い聞かせて。
「・・・・分かった。ありがと。もう・・・、出て行って。」
「・・・・・ああ・・・・・・」
形兆は、暗い翳りを帯びた瞳をそっと逸らして、に背を向けた。
「っ・・・・・・・!」
その背中に、行かないでと縋り付きたくなったが、動きかけた時にはもう、形兆は部屋のドアを開けて出て行くところだった。
音も無く閉まったドアを見つめながら、は一筋の涙を零した。それからすぐ、濡れた頬を掌で拭った。
もう今更、引き返せなかった。
今更嫌がったり責めたりなんてしたら、形兆を余計に傷付けてしまう。
が詰って責める以前に、他ならぬ形兆自身が既に自分を責めているのだから。
― 形兆君・・・・・・・
形兆の部屋の壁に視線を向けて、は暫し、彼を想った。
さっき、激しく自分を抱いた時の彼の目が、今にも零れんばかりに涙の溜まっていたあの目が、忘れられなかった。
は大きく深呼吸をすると、改めて虹村兄弟の父親に目を向けた。
「フォゥゥゥ・・・・、ウゥゥゥゥ・・・・!」
彼はがここにいる事にも相変わらず気付かないまま、ひたすらに己の肉棒を扱き続けていた。猿轡から漏れている唸り声は、よくよく聞いていると、まるで悲痛な泣き声のように思えた。
「・・・・・あの・・・・・・」
は思い切って、彼に声を掛けた。しかし、当然ながら返事は無かった。
「あ、あの・・・・・!」
更に思い切って肩に触れ、軽く揺すってみたが、やはり一切の反応を示さなかった。
食事を運んできた時は凄い勢いで手を伸ばしてくるのに、どうして何も反応しないのだろうか?
形兆の言う通り、知性が無いからだとしても、食べ物には反応を示すという事は、食べ物を食べ物として認識する程度の知能は少なくとも備わっているという事の筈だ。
運んでくる者に反応を示さないのは、それには興味がないからであって、自分が興味のある物には反応を示すという事なのだ。食べ物然り、あの木箱然り。
とすれば・・・・
「っ・・・・・!」
その瞬間、辿り着いた考えに、は息を呑んだ。
発情した彼が今求めているのは、女の身体。
だとすれば、服を着込んだ状態で横から声を掛けたところで、彼が反応する訳がない。
「私が・・・・、主導権を・・・・」
お前が主導権を握れ、そう言った形兆の声が、の脳裏に蘇ってきた。
「私が・・・・・・」
怖くて怖くて堪らなかった。妊娠や病気以前に、今すぐこの場で殺されるかも知れないという恐怖がまず先立った。
幾らこちらが出来る限りの防御をしていても、そんなものが本当にこの人間ではなくなった人に通用するのだろうか。そう思うと、身体が震えて止まらなくなった。
「・・・・形兆、君・・・・」
心の支えは形兆だった。
獣の檻の中に自分を放り込んだその人だけがただ一人、心の支えだった。
― 形兆君・・・・・・!
は形兆の事を強く想いながら、震える手で部屋の灯りを暗くして、パジャマを脱いだ。そして、半裸の状態になると、自ら彼の前に進み出た。
「あの・・・、こっちを・・・、見て下さい・・・・」
は真正面から彼の腕を揺すり、どうにか自分に注意を向けさせようとした。
「フォォォ・・・、ォォォォ・・!」
「こっちを見て・・・、お願い、こっちを・・・!」
勢いがついて少し前のめりになった瞬間、不意に彼は全てを止めた。
唸り声も、肉棒を扱く手も、呼吸さえも。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・・はっ・・・・!」
薄暗い灯りの下で、どんよりと澱んだ目が、確かにを見つめていた。
最初は目を、次に乳房を。
― 形兆君・・・・・!
形兆の顔を思い浮かべた瞬間。
「・・・・フ・・・・、フグォォォッッ!!!」
「ぃやぁぁっっ・・・・・!!」
は最愛の人の父親に、緑色の化け物に、襲われていた。
襲われて、掴まれて、引き倒されて。
はあっという間に、床の上に組み敷かれた。
「フゥーッ・・・!フゥーッ・・・!フゥーッ・・・!」
いつもはどんよりと呆けたような目が、今はギラギラと嫌な光を帯びて、をすぐ真上から見下ろしていた。
「ぃ・・・・ぃや・・・・・、ぁ・・・・・!」
目が気持ち悪い。
姿が気持ち悪い。
顔に吹きかけられる生温かい鼻息が気持ち悪い。
覚悟は決めていた筈なのに、何もかもが想像以上に気持ち悪くて、早くも心が挫けそうだった。
「ぅ・・・・うぅ・・・・!」
形兆に言われた通り、バットで殴って撃退するなど、実際にはとても出来なかった。
身体が凍りつき、指1本動かせない。これ程の恐怖と嫌悪感は、今まで味わった事がなかった。和代が連れてきた男達など、彼に比べれば、どうという事はなかった。
― お母さん・・・・・!
は思わず心の中で、和代に助けを求めていた。
自分が間違っていたのだろうか?
母親を捨てて形兆の手を取ったのは、間違いだったのだろうか?
思わずそんな事を考えてしまった瞬間。
「フゥーッ・・・!フゥーッ・・・!フンッ・・・!」
「ひっ・・・・・!」
突然、の秘部を大きな塊がドスンと突いた。
その感覚に、一瞬しかけた後悔さえもが消し飛んだ。
「フンッ・・・!フンッ・・・!」
もう今更、何を考えても遅かった。彼は既に、夢中で腰を振っていた。
「っ・・・・・・!」
まるで、野生の熊の鼻先で、死んだ振りをしているような気分だった。
もしも気付かれたら絶対に食われてしまう、正にその心境だった。
「ぅぅ・・・・・!」
秘部を乱暴にガツガツと小突かれる衝撃に、は息を殺してじっと耐えた。
バレる確率は5分5分、いや、6:4だろうか?
幾ら知能が低いとはいえ、自分の欲求を邪魔する布切れの存在に気付かないなんて、やはり考え難い事だから。
「フンッ・・・!フンッ・・・!フンッ・・・!」
しかし彼は、の予想に反してまだそれに気付かなかった。
もどかしそうに激しく腰を振りつつも、いつまで経っても挿入を果たせない事に疑問は抱いていないようだった。
それとも、何かおかしいとは思っているが、そこから先にまでは考えが進まないのだろうか。
或いは、下着を剥ぎ取る間も待てない程、激しく欲情しているのだろうか。
何にしろ、彼はが下着を履いたままである事には全く頓着せず、只々激しく腰を振るばかりだった。
「ぅ・・・・ぅ・・・・・!」
彼の先端は、時折の花芯を的確に捉えてきた。
動きにも容赦はなく、巨大な塊が中にめり込みそうになる度に、冷や汗が吹き出た。
しかし、もしも彼がこのまま気付かないでいてくれるのならば、その点は実際には心配無かった。ショーツの上からスパッツを重ね履きしてあるのだ。
これは一か八かの賭けだった。
気付かれてしまえば、下着など何枚重ねていたところで同じである。
けれど、もし本当に彼が気付かないのなら、本当に騙せるのなら、ガードは出来るだけ堅い方が良い。そう思っての賭けだった。
「ヌ゛ォォォォォゥッ・・・!!」
「っ・・・・・・!」
程なくして、彼は空回りしたまま激しく果てた。
「ぅぅっ・・・・・!」
彼の撒き散らす大量の粘液で、スパッツはあっという間に生温かく湿った。
その不快感は相当なものだったが、それでも、何とか無事に済んだ。
「はぁぁっ・・・・・!」
は安堵し、恐怖と緊張に張り詰めていた身体中の力を抜いた。
「ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛〜・・・、ゥ゛ォォォォ・・・!」
だが、そのほんの僅かの間に、彼は驚異的な回復を果たしていた。
「フォォォォ・・・・!」
「う、嘘・・・!?また・・・!?」
間髪入れずに、彼はまた腰を振り始めた。
「やっ・・・!?だっ、ダメッ・・・!」
さっきとは角度が変わり、今度は花芽を擦り上げるような動きになった。
スパッツが粘液で濡れてしまったせいもあるだろうが、さっきのドスドス叩くだけのような動きとは違って、より一層『それらしい』動きだった。
「駄目・・・です・・・!いや・・・!」
決して快感などは覚えないが、形兆と身体を重ねている時の事が否応なしに頭に浮かんで、自分の中の大切なものが汚されてしまうようで、耐えられなかった。
「フンッ、フンッ、フォォッ・・・・!」
「やっ・・・、やめてってば・・・・!」
彼の欲望はの考えていた以上に果て知れず、強靭だった。
どうにか押し退けてやめて貰おうとしたが、どっしりと太った彼の身体は、の力ではビクとも動かなかった。
― ・・・・主導権を・・・・、私が・・・・・!
とてつもなく怖いし、気持ち悪い。
だが、そこで止まってされるがままになっていたら、この先はどうなるか分からない。それこそ、そのうち本当に犯されてしまうかも知れない。
― 私が・・・・・!
そうなるか、ならないか、それは自分次第だと思ったら、ほんの少しだけ身体に自由が戻った。
「う、ぅぅ・・・・!」
は恐々と手を伸ばして彼の肉塊を両手で握り、自分の下腹部の上で固定した。
「フォォォォ・・・・!ォォォォゥゥ・・・・!」
その途端、の手の中を、彼の肉塊が激しく出入りし始めた。
幾ら腰を振っても布切れに阻まれて先端を叩き付ける事しか出来なかったさっきよりも気持ち良いのか、彼は恍惚とした唸り声を上げながら、一心不乱に腰を振った。
「フグォォォォ・・・・!ヌ゛ォォォォ・・・・!」
「うぅ・・・・!」
手の中を出入りする肉塊が、ヌチャヌチャと粘ついた音を立てる。
デコボコした手触りも、堪らなく気持ち悪い。
「フォォォォゥゥッ・・・・!」
歯を食い縛って耐えていると、彼はまたすぐ激しく身を痙攣させた。
「あぁっ・・・・!!」
あまりにも勢い良く噴出した粘液が、の顔にまで飛んできた。
「うぅっ・・・、うぅぅっ・・・!」
嫌悪感はとうとう限界を突き抜け、堪え切れなくなった涙が溢れた。
「ヌゥゥゥ〜・・・、ウゥゥゥゥ〜・・・、ウォォォォ・・・!」
「はっ・・・、あぁっ・・・・!」
だがには、泣いている暇さえもう無かった。
「・・・・はッ・・・・!!!」
跳ね起きて、時計を見ると、朝の6時前だった。
寝ていたつもりはなかったのだが、どうやらいつの間にか浅い眠りに落ちていたようだった。
形兆は重い溜息を吐くと、父の部屋に接している壁に目をやった。
あれから、どうなっただろうか?
耳を澄ませてみたが、何の音も聞こえない。
その静けさがより不吉で、一層の不安をかき立てた。
「っ・・・・・・!」
は一人で大丈夫だと言っていたが、どうしても気になった。
形兆はベッドから出ると、足音を忍ばせて部屋を出た。
― ・・・・・・
父の部屋のドアノブに手を掛けて、形兆は暫し立ち止まった。
このドアを開ける前に、心の準備をしておく必要があった。
このドアの向こうに待ち受けているであろう、あらゆる状況を想定した。
が、既に絶命している光景までもを。
「・・・・・・・・!」
覚悟を決めて、形兆は静かにドアを開けた。
室内は真っ暗闇ではなく、豆球の薄暗い灯りが点いていた。
その灯りのお陰で、折り重なって倒れている父親とを見つけるのは容易かった。
「・・・・・・!」
形兆は急いで二人の側に歩み寄った。
間近で見ると、父はそのずんぐりと肥え太った身体での上に乗ったまま、グウグウとイビキをかいて熟睡していた。
乾きかけの粘液に塗れた顔を苦しそうに顰めているとは対照的に、落ち着いた穏やかな顔で、ぐっすりと。
「退けよテメェッ・・・・!」
一人だけ平和そうなその寝顔を見た瞬間に苛立ちと怒りが一気に高まり、形兆は父親を思い切り蹴り転がした。
その拍子に首の鎖がジャラジャラと煩い音を立て、その音で目を覚ましたのか、が薄らと目を開けた。
「っ、・・・!」
形兆は慌ててを抱き起こした。
「・・・・形兆・・・君・・・・?」
「おい大丈夫か・・・・!?」
「ん・・・・、おはよ・・・・」
は弱々しく微笑んで、呑気に挨拶をした。
だが、その姿は凄絶の一言に尽きた。
身体中、どこもかしこも緑色の粘液が付着していて、正に『汚された』という表現が相応しい、酷い有り様だった。
だが、生きていてくれた。
それが分かっただけで、ひとまずは大きく安心出来た。
「寒い・・・・・・」
がぼんやりとそう呟いた。
部屋の隅の電気ストーブも点いたままで、部屋の中はほんのりと暖まっていたが、の肌は冷たく冷えていた。
「ちょっと待ってろ・・・」
形兆は一度を床に寝かせてストーブを近くまで運んでくると、昨夜持ち込んだバスタオルで、粘液に塗れているの身体を拭いた。
は、上半身は裸だったが、下は太腿の半分位が隠れる丈の黒いスパッツを履いていた。それも勿論粘液でベトベトに汚れていたが、破られたり脱がされたような形跡は無かった。
「・・・念の為にね、重ね履きしておいたんだ・・・・・」
はまた微かに笑った。
「もし本当に巧く騙せるんなら、こうしておいた方が・・・より安心だと思って・・・。ふふっ・・・、私って結構、頭良いと思わない・・・・・?」
「へっ・・・、何言ってんだ・・・」
思ったよりもしっかりしている様子に安堵して、形兆も少しだけ笑った。
「大丈夫だったか?」
「うん・・・、何とか。」
「親父、治まったか・・・・?」
「分かんない・・・・。お父さんが寝ちゃった後、私もすぐに気を失ったから・・・・」
「そうか・・・・・・」
今この状態のを相手に、長話をする気はなかった。
父が現在どんな状態でいるのかも、今は別にどうしても知りたい訳ではなかった。
今はとにかく、を一刻も早く綺麗にして、眠らせてやりたかった。
「とにかく、下行くぞ。すぐに風呂沸かすから、風呂入って飯食って寝ろ。」
「うん・・・・。ありが・・」
を支えて立ち上がらせようとしたその時、傍らに転がったままだった父がゴソゴソと身じろぎをした。
「ゥゥゥゥゥ・・・・、ウゥゥゥゥ〜〜〜・・・・」
父は身体を起こすと、寝ぼけた目で辺りをキョロキョロと見回し、を見るや否や、眠気も吹き飛んだかのように唸り声を上げて飛び掛かってきた。
「フゴォォォォ・・・!フゴォォォッ・・・!」
「ひっ・・・・!」
怯えるを庇って、鎖の届かない場所まで離れると、父は醜怪な腕を目一杯の方へと伸ばし、狂ったようにもがいた。
まるで食事時と同じ、いや、お気に入りの玩具を取り上げられて泣いて暴れる子供のようだった。
「・・・・てんめぇ・・・・・」
確かに、をこの化け物の玩具にしたのは自分だ。
だが、くれてやったのではない。『貸して』やったのだ。
そう思った瞬間、形兆は滾るような激しい怒りに突き動かされていた。
「しつけーんだよぉっ!!」
「フグゥゥゥッ・・・・!」
形兆は父を思い切り蹴りつけた。
転がっていた金属バットを拾い上げ、頭と言わず身体と言わず手加減無しに打ち据えた。
の目の前である事など全く考えもせずに、凶暴に父を痛めつけた。
「このクソッタレのバケモンが!!調子乗ってんじゃねーぞ!!」
「グゥゥゥッ・・・!ウ゛ゥゥゥッ・・・!」
「やめて形兆君!」
それを止めたのはだった。
「そんな事したって治まらないんでしょ!?だから困ってたんでしょ、違うの!?」
金属バットを振り上げる形兆の腕に捨て身で飛びついてきたは、泣き出しそうな顔でそう言った。
「っ・・・・・・・!」
全くその通りで、ぐうの音も出なかった。
こんな事で治まるのなら、最初からを『貸し』たりなどしないで済んでいる。
「だったら、やめて・・・・。騒いでたら、億泰君にも気付かれちゃうから・・・・。」
形兆はゆっくりと、バットを握り締めている手を下ろした。
「・・・・、俺は・・・・」
「大丈夫。」
口を開きかけた形兆を、はやんわりと阻んだ。
「私なら、大丈夫だから・・・・」
気が付くと、は形兆から離れていた。
たった1歩か2歩の距離だったが、その距離はとてつもなく遠く思えた。
「ふわぁぁぁ〜・・・!はよ〜っすアニキぃ・・・・」
億泰が起きて来たのは、朝の9時前だった。
寝ぼけた顔で大欠伸をしながらノソノソと歩く姿は、どう見ても明け方のあの騒動には気付いていなかったようにしか見えなかった。
「遅ぇんだよ。何時まで寝てやがる。とっとと朝飯食え。いつまでも片付かねぇだろうが。」
「ほぁ〜い・・・ってアニキぃ、何作ってんのそれ?」
台所に入って来るなり、億泰は目聡く形兆の手元のお握りに気付いた。
「おっ、お握りじゃ〜ん!中身何?・・・あいてっ!」
皿の上のお握りを目掛けて当然のように伸びてきた億泰の手の甲を、形兆は容赦なく叩き落とした。
「これはお前のじゃねぇよ。摘み食いするな。お前の飯はお節の残りだ。」
「えー、またお節かよぉ!」
「何だテメー、飯に文句つける気か?」
睨みつけると、億泰はすぐさま怯んだ顔になった。
「ちっ、ちげーよ、そうじゃねーよ!お、お節も美味ぇんだけどよぉ!でももう3日目だぜぇ!流石に飽きてきちまうよぉ!
そろそろ普通の飯が食いたいぜぇ〜!・・・そのお握りとかよぉ・・・」
「これはの分だ。普通の飯が食いたきゃあ、早くお節を食い尽くせ。」
「む〜〜・・・、分かったよぉ・・・」
流石にこれ以上しつこくすると鉄拳が飛ぶと分かっているからか、億泰はひとまず大人しく椅子に座り、テーブルの上の重箱と向き合った。
「でも、何でネーちゃんの朝飯だけ別メニューなんだよ?つーかネーちゃんは?そういや見ねーけど。」
馬鹿な億泰は、まだ何も気付いていなかった。だからこそ、答えるのが難しかった。
「・・・・・アイツは今、親父の『世話』で忙しい。」
「・・・・・へ・・・・・?」
「だから飯を運んでやるんだ。分かったらさっさと飯を食え。」
形兆は出来上がったお握りと水とおしぼりをトレーに載せて、3階に上がった。
そして、父親の部屋のドアの前で、暫し立ち止まった。
ドアに耳を近付けると、父の籠った唸り声が微かに聞こえてきた。
それが即ち何を意味しているのかは、わざわざ考えるまでもなかった。
「・・・・・・・」
このドアを、開けるべきか開けざるべきか。
考えた末に、形兆は静かにドアをノックした。
「・・・・。」
暫くして、中から小さな声で返事があった。
「・・・・飯と水、ここに置いておく。」
また、小さな声で返事があった。ありがとう、と。
形兆はトレーをドアの側に置き、すぐに階段を下りた。
台所に戻ると、億泰は待ち構えていたかのように、不安げな顔で形兆に詰め寄ってきた。
「アニキ、ネーちゃん、どこにいんだよぉ?」
「言っただろ。アイツは今、親父の世話をしてるんだ。親父の部屋に決まってるだろ。」
「世話って、何の世話だよ?」
出来ればこのまま、何も考えたくなかった。
脳の回路の、『そこ』に繋がる部分を遮断したままでいたかった。
「オヤジ、あの唸り声の時はメシも食わねーじゃねーかよぉ。世話って一体・・・」
「億泰。」
だが、億泰は無邪気にしつこくて、羨ましい程無知だった。
「良い機会だから、テメーにも教えてやる。あの声を出す時は、親父は発情してるんだ。」
「・・・ハツ、ジョウ・・・?」
「すっとぼけんな。女が欲しくなるって事だよ。テメーも薄々気付いてきてたんじゃねぇのか?」
冷ややかな目で見据えると、億泰は顔を赤らめて動揺した。
「しっ、知らねーよ!べっ、別にオレはすっとぼけてなんかねーし・・・・!」
「だとしたら良い気なもんだな。俺が親父のアレに気付いたのは、テメェ位の頃だぜ。俺はテメェの齢には、親父の為にエロ本買いに行ってたぞ。」
「っ・・・・・!」
こんな無様な事を口走るつもりは無かった。
人を妬み、人に我が身の不幸を知らしめるような惨めったらしい真似など、する気はなかった。
「テメェは良いな。いつまでも能天気にガキのままでいられてよ。」
しかし、気が付くと形兆は、億泰を相手にそれをしていた。
「ア、アニキぃ、ごめんよぉ・・・、オレ、何の役にも立たねぇで・・・・」
申し訳なさそうに謝る億泰の顔を見ていると、余計に苦しかった。
「アニキも、ネーちゃんまで・・・・、オヤジの為に色々と苦労してんのに、オレは・・・、ろくに何にも出来ねぇで・・・・」
醜い感情をぶつけられながら、それを責めない。軽蔑しない。
「そ、そうだ!これからはオレがエロ本買いに行くよ!な、そうしようぜ!?」
「・・・億泰」
むしろ自分の無力さを申し訳なく思い、自分に出来る事なら、たとえそれがどんなに酔狂でも、無謀でも、やろうとする。
「今までずっとアニキに任せっぱなしだったからよぉ、これからはオレが・・」
虹村形兆という男を無条件に信じて、受け入れようとする。
自分自身でも目を背けたくなるようなこの最低な奴を、億泰も、も。
二人のその気持ちが、辛かった。
「億泰。」
「な、何だよ・・・?」
「俺はそんな事、お前に頼むつもりはねぇ。何故なら、そんな物はもう役に立たねぇからだ。」
素っ頓狂な話を遮ってそう言ってやると、億泰は馬鹿丸出しの呆けた顔になった。
「・・・・・へ・・・・・?」
「言っただろ。親父は『女』を欲しがってるんだ。だから、が『世話』をしているんだよ。」
目も口もポカンと丸く開いている億泰の馬鹿面をまっすぐに見据えて、形兆は口元に薄い嘲笑を浮かべた。
「分からねぇならハッキリ言ってやろうか?はな、親父の相手をする女だ。
親父のスケベ心を満たさせる為の『人形』なんだよ。」
「・・・・ソだ・・・・、ウソだよ・・・・」
暫くの沈黙の後、億泰は呆然と呟いた。
「そんなのウソだぜアニキ・・・。だってアニキ、ネーちゃんと付き合ってんだろ・・・?お互い大好きだから、一緒に暮らすようになったんだろ・・・?」
「・・・・違う」
「違わねーよ・・・。だって、アニキとネーちゃん、めっちゃ仲良いじゃねーかよ・・・。今だって飯作って運んでやったりとかして・・・、すげーラブラブじゃんかよ・・・」
「違う・・・・・・」
付き合ってなんかいない。
愛し合ってなんかいない。
やめろ、やめろ、やめてくれ。
「ネーちゃんと出会ってからアニキ、優しくなったんだぜ・・・?
オレは元々アニキに散々世話焼いて貰ってきてるけどよぉ、何つーか、ネーちゃんと出会ってからは、アニキ、自分にも優しくなってきた気がするんだよ・・・。オレはそれがすげー嬉しいんだぜ・・・?オレは・・・」
心の中で何度も頼んだ。
しかし、億泰は黙らなかった。
もうそれ以上聞きたくないのに、何度頼んでも黙ってくれなかった。
「違うっつってんだろうが!!」
堪えきれず、形兆は億泰の胸倉を掴み上げた。
「俺がアイツをこの家に入れたのはなぁ、アイツが利用出来る女だからだよ!
学校にも家にも居場所の無ぇ孤独な奴だから、アイツならこの家に閉じ込めて飼えると思ったからだよ!勘違いするなこのダボが!」
「うひぃっ・・・・!」
固めた拳を振り上げると、億泰は顔中に力を入れて固く目を瞑った。
その顔を見ていると、振り上げた拳をそこに叩き付ける事がどうしても出来なかった。
「・・・・分かったら、二度とそんな寝言ほざくんじゃねぇぞ」
形兆は億泰を突き飛ばすようにして解放すると、家を出た。
少しで良いから、一人になりたかった。
優しさで満ちているこの家以外の場所で、ほんの少しの間だけで良いから。
昼も夜もなく永遠に続くかと思われた地獄のような時は、後から数えてみると3日3晩だった。ようやく完全に解放され、身を清めて泥のように眠り、目が覚めてみると、更に1日が過ぎていた。
気付けばいつの間にか正月は過ぎており、もう間もなく3学期が始まる頃だった。
形兆が思いがけなく外出に誘ってきたのは、その夜遅くの事だった。
「本当に億泰君も誘わなくて良かったの?」
「良いんだよ。」
外を歩くのは何だか随分久しぶりで、楽しかった。
人気のない真っ暗な夜道だったが、形兆と並んで歩いていると、いつかこうして二人で歩いた時の事を思い出して懐かしかった。
そんなに前の事ではない、むしろ割と最近の事なのに、懐かしいと感じた。
目的地は近くの小さな神社だった。遅い初詣である。
正月もすっかり終わってしまった今、夜の神社など行ったところで誰もおらず、屋台も出ていなければおみくじも引けないのだが、形兆にはその方が都合が良いようだった。
神社に着くと、二人で参拝した。
5円ずつのお賽銭を静かに入れ、鈴を鳴らさず、柏手も音を出さないようにして。
「・・・・・帰るか。」
「うん。やっぱり億泰君、誘わなくて良かったね。誘ってたら凄い文句言ってるよ。『もう終わり!?つまんねー!』って。ふふっ。」
「言えてるな。」
が笑うと、形兆も微かに笑った。
「形兆君は何をお祈りしたの?」
「・・・・色々。お前は?」
「私も・・・・色々。」
そう答えると、形兆はさっきよりももう少しはっきりとした笑い声を出した。
「たった5円ずつであれこれ祈られちゃあ、神様も堪ったもんじゃねぇな。」
「そうかなぁ?神様はお賽銭の金額で態度変えたりしないんじゃないの?」
「地獄の沙汰も金次第って言葉があるじゃねぇか。」
「あそっか、それもそうだね。」
妙に納得してしまって素直に感心していると、形兆はポツリと呟いた。
「・・・・俺はきっと、棺桶に札束ぎっしり詰めていかなきゃいけねぇだろうな。」
ジョークのつもりなのか、それとも本気なのか、辺りが暗くて顔の表情が分からないから、判断がつかなかった。
「あ・・・・はは・・・・!」
早く何かの反応を返さないといけない気がして、は殊更に明るく笑って見せた。
「で、でもさぁ、日本の神様じゃなくってキリスト様の所とかに送られちゃったらどうする?あ、うちは日本円無理なんですけど〜とか言われちゃったりして、あはははっ!」
咄嗟に、出来るだけ明るく笑い飛ばした方が良いと思った。
そうしたら、形兆もきっと笑ってくれると。
しかし、形兆は笑わなかった。
「あ・・・・はは・・・・・は・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・ご、ごめん・・・・」
どうやら対応を完全に間違えてしまったようだった。
考えてみれば、ジョークセンスなど自分には備わっていなかったのに、どうして冗談で返そうなどと思ってしまったのか。
は軽はずみな自分の発言を後悔し、恥じていた。
「・・・・謝んなよ。俺は謝らねぇんだから、お前も謝るな。」
その言葉に、はハッとした。
「今後、外に出たい時は俺に言え。可能な限りは応じる。」
「・・・・可能な・・・限り・・・・?」
「ああ。」
じゃあ、可能でなければ?とは訊けなかった。訊くまでもなかった。
「・・・・私、もう・・・、外に出ちゃ駄目なんだね。」
「お前を信用していない訳じゃない。俺は・・・」
形兆は一瞬躊躇ってから、小さく溜息を吐いた。
「・・・いや、違うな。多分俺は、お前を信用しきれていない。」
形兆のまっすぐな言葉が、の胸にまっすぐ突き立った。
「あんな事やらされて、逃げ出したくならねぇ奴なんている訳ねぇと思ってる。
逃げ出して、うちの事を親や学校や警察にタレ込んで当然だと思ってる。
だからもう・・・、お前を一人で外に出す事は出来ねぇ。」
「・・・・・・」
「もっと言うとよ、本当は、お前を親父に会わせた時からそうなるだろうと思ってたんだ。
いきなりあんなバケモン見せられて、ビビって逃げねぇ女なんかいる筈ねぇってな。
だからその時は・・・・、お前を殺そうと思ってた。
うちの秘密を知っちまったお前を逃がす訳にはいかねぇからな。」
「・・・・・そう・・・・・」
「結果的に、お前は俺の予想にことごとく反して、親父の相手までしてくれた。
これでもう、お前に知られてねぇ事は何もなくなった。
だからもう安心していられる筈なんだがよ・・・、それでも・・・、どうしても安心しきれねぇんだ。」
多分、とてつもなく恐ろしい事を告白され、また宣告されているのだろうとは分かっていた。
だが不思議と、あまり怖いとは思わなかった。
「・・・・・そっか。分かった。じゃあ、今度からはそうするね。」
が承知すると、形兆は少しの間を置いてから、小さく吹き出した。
「お前、つくづく変な女だよなぁ。」
「え?」
「何でそんな軽く言えんだよ。良いか?俺は、お前を軟禁するっつってんだぞ?分かってるか、なあ?」
「分かってるよ。」
「分かってねぇよ。俺は、お前のお袋やあのオッサンよりも、もっと酷い事をお前にしてんだぞ?」
口では笑っている形兆が今どんな顔をしているか、見たかった。
「あのオッサンの方が、人間なだけまだ100倍はマシだった。それをさも助けてやるような事を言って、俺はお前を騙したんだぜ。そしてそれを詫びる気もねぇ。
それどころか俺は、お前を家に閉じ込めて、これからも利用しようとしている。
それでもお前は本当に分かってると・・」
「分かってるってば。」
目で確認出来ない代わりに、はそっと指を伸ばし、形兆の眉間に触れた。
「っ・・・!な、何すんだよ!?」
「・・・やっぱりシワシワ。」
指先に触れた其処は、深い皺が何本も寄っていた。
「私、騙されてないよ。」
「・・・・・は・・・・・?」
「だって形兆君、初めからちゃんと言ってたじゃない。私の協力が欲しいって。
私にも、形兆君の事利用して良いって、そう言ってたじゃない。だから私は騙されてなんかいないよ。」
形兆は、彼自身が言うような酷い事は何もしていなかった。
「安原さんの方が100倍マシだなんて、どうして勝手に決めつけるの?私はあの人とは、助け合って生きていけないよ。
でも形兆君とは・・・・・、形兆君の家族とは・・・・・、助け合って生きていける。そう思ったから、家を出て来たんだよ。」
初めて形兆と結ばれたあの夜に、決めていたのだ。
この人の助けになる事なら、どんな事でもすると。
それをただ実行に移したというだけの事だと、今は心から思えていた。
「お父さんの事も、形兆君になら私の全部を利用されても良いやって思ったから、引き受けたんだよ。」
「・・・、お前・・・・」
「・・・でもね、そう思えるのは、形兆君が正直でいてくれるからなんだ。
嘘吐かれてるかもって思ったら、形兆君の事を疑うようになっちゃったら・・・・、出来なくなるかも知れない。」
ただひとつ、この先を生きていく縁となる確かなものが欲しかった。
「だから・・・、だから、ね・・・?ひとつだけ、約束して・・・・?」
先の見えない未来の約束なんかじゃない。
綺麗なだけの永遠の愛なんかじゃない。
「・・・・何だよ?」
「嘘は吐かないで。良い事も悪い事も、全部本当の事を言って。嘘吐いてまで優しくしないで。・・・お願い。」
冷たくても、醜くても良い。
嘘偽りのない心を、見せて欲しかった。
「・・・分かった、約束する。」
それさえあれば、どんな事でも乗り越えていける、そんな気がした。
「けど、『ひとつ』じゃねぇぞ。」
「あ・・・、ホントだね、ふふっ。色々言っちゃった。」
「そうじゃなくてよ。前に俺から約束した事があっただろ。忘れたか?」
「え?」
だが形兆は、思いもよらない事を言い出した。
「どんな形であれ、お前への責任は必ず取る。それと、俺の人生を必ず始める・・・・、ってよ。」
「形兆君・・・・・」
勿論、忘れてはいなかった。
ただ、形兆自身がそれらを、特に前者を覚えていた事に、は驚いていた。
「プラス、嘘は吐かねぇ、だな?分かった。この3つを、改めてお前に約束するよ。」
思いもかけない誓いに、思わず胸が詰まった。
何をして貰いたい訳ではなく、ただ、形兆のその気持ちが嬉しくて。
「・・・・じゃあ・・・・、私も約束しとこっかな・・・・!」
泣かないように、は意識して明るい声を出した。
「1つ、私に出来る事は何でも協力する。2つ、一人で外に出ない。3つ、逃げない。
・・・ん〜、2つめと3つめが内容被ってるよね?ここはひとつに纏めて、3つめは何か別の事にした方が良いよね。
何が良いかな?形兆君の言う事何でも聞くとか?
あ、でもそれもちょっと厳しいか〜・・・。3回回ってワンって言えとかならお安い御用だけど、スタイル抜群の美人になれとか1億円持って来いとか言われたら、それはちょっと流石に無理だし・・・」
不意に形兆が笑った。
自嘲めいたものではなく、ごく自然な、楽しげな声で。
「何だそりゃ、ワケ分かんねぇ。言うかよ、んな下らねぇ事。」
形兆はひとしきり笑うと、の髪をそっと撫でた。
「・・・・別にお前は、無理して約束する事なんてねぇよ。」
優しい手と声だった。
この手に、この声に、は言い様のない安らぎを感じていた。
「・・・無理なんかしてないよ。私も形兆君に約束したいだけ。」
形兆が、その背負っているものの為にどれだけ残酷になろうとも、それはこの人の本意ではない。本来の虹村形兆は、とても愛情深い、まっすぐな人なのだ。
「・・・あ!良い事考えた!3つめは保留にしとこうよ!何か追加で約束して欲しい事が出来たら、その時に決めて!ね?」
「・・・ああ。分かった。」
「じゃあ、1つ、私に出来る事は何でも協力する!2つ、一人で外に出たり、逃げたりしない!3つ、保留!・・・って事で!」
「じゃあ俺は、1つ、どんな形であれ、お前への責任を取る。2つ、俺の人生を必ず始める。3つ、嘘吐かねぇ、って事で。」
たとえ形兆本人が、自分を悪だと言い張ろうとも、私は私の目に映る虹村形兆を信じる。そんな思いを胸に秘めて、はそっと形兆の手を取った。
「・・・・・約束。」
手探りで小指と小指を絡ませて、はお決まりのわらべ歌を小さな声で歌い始めた。
「ゆーびきーりげんまん・・・、はい、形兆君も歌って?」
「な゛っ・・・、何でだよ!?」
「何でって、約束し合うんだから、形兆君もちゃんと歌わないと。」
「べ、別に歌わなくても良いだろ!?」
「ダメダメ。さんハイ。ゆーびきーりげんまん・・・・、ほら早くぅ。もう1回いくよ。さんハイ。」
「ま、マジかよ・・・・!」
強引に押してみると、形兆はタジタジになりながらも、腹を括ったように小さく咳払いをした。
「ゆーびきーりげんまん・・・」
「・・・嘘ついたら針千本飲ーます・・・」
重なり合う声と声。
絡み合う小指と小指。
「「・・・ゆーび切った。」」
神様の前で交わす指切りは、神聖な誓いの儀式だった。