何が起きているのか、正直、あまりよく分かっていなかった。
胸が破裂しそうなときめきを感じていながらも、同時に、夢でも見ているような気がしていて、頭がうまく回らなかった。
「っ・・・・・・・」
3度目のキスの後、はゆっくりとソファの上に横たえられた。
それも何が何だか分からない内で、気が付くと、形兆がすぐ真上からを見下ろしていた。
「ぁ・・・・・・・」
ゆっくりと圧し掛かってくる、大きな身体。
その重みで、少し息が苦しくなる。
だが、堪らなく幸せだった。
こんな気持ちは、今まで知らなかった。
「んっ・・・・・・・・・・」
4度目のキスは触れるだけでは終わらず、形兆の舌がゆっくりとの唇を割って入ってきた。
口の中からコーヒーのほろ苦い香りがふわりと伝わってきて、はさっきの悪夢のような出来事を思い出した。
されている事は同じ筈なのに、気持ちが全く違う。
嫌悪感は全く無く、むしろもっとして欲しくて、腕が勝手に形兆の背中に回り、おずおずと抱きしめた。
「ん・・・・っ・・・・、はぁっ・・・・」
唇が自然と開き、舌もひとりでに動いて、形兆のそれに絡まっていく。
こんな事は今までした事がないのに不思議だったが、自分の身体が、分からないなりにどうにか形兆に応えようとしているのだと思った。
「ぁ・・・・・・・」
形兆の手が、トレーナーの上からの胸を触った。その手がやんわりと胸を掴んで優しく揉みしだくのを、は息を殺して感じていた。
「っ・・・・・・・」
自分の全身が、形兆を受け止めて感じようとしている。
そんな自分が突然、酷く卑しく思えて、は形兆から逃げるように顔を背けた。
「・・・・・・・嫌か?」
すぐに手を退けて、こちらの意思を確かめてくれる形兆が愛おしかった。
だからこそ尚更、自分に嫌悪感が湧いた。
「・・・・虹む・・・、形兆君が・・・、嫌なんじゃ、ない・・・・。自分が・・・・、嫌なの・・・・」
やっぱりお前も和代の娘だな、安原のその言葉が、改めての心を刺していた。
悔しいが、その通りだった。
好きな人の事で頭がいっぱいになって。
キスされて、触れられて、震える程の幸せを感じている。
そんな今の自分は確かに、泣きたくなる程母親に瓜二つだった。
「やっぱり私・・・・・・、お母さんに・・・・・、そっくりなんだって・・・・・思って・・・・・・・・」
情けない泣き顔を形兆に見られたくなくて、はソファの背もたれに顔を埋めた。
「・・・・それがどうした?」
形兆は静かな声で、事も無げにそう言った。
「誰かを好きになりゃあ、そいつが欲しくなる。誰だって同じだ。俺もそうだ。
お前のお袋や、お前だけが特別なんじゃねぇ。何もお前だけ、自分を押し殺して我慢する事はねぇだろ。
お前のお袋がテメェの幸せを探してるっつーなら、お前だってそうする権利がある。
お袋は関係ねぇ。血の繋がった親子でも、所詮は別々の人間だ。
お袋はお袋、お前はお前、それぞれ自分の幸せってやつを求めりゃ良いじゃねえか。」
母親は母親、自分は自分。
その言葉に、は驚いた。
そんな風に考えた事など、今まで一度も無かった。
がおずおずと顔を向けると、形兆は微かに笑った。
「そうだろ・・・・・・?」
「・・・・ん・・・・・・」
小さく頷くと、5度目のキスがの唇を塞いだ。
「ん・・・・・っ・・・・・」
もう何も考えられなかった。いや、考えたくなかった。
形兆の事以外は、何も。
母と安原の事も、学校の事も、全てを頭から放り出して、は形兆に身も心も委ねていた。
「んっ・・・・・・」
トレーナーの裾から形兆の手が入って来て、の肌に直接触れた。
その大きな硬い手は、自分で触れる時とは全く違う感覚をもたらした。
そういえばブラジャーをしていなかった事に気付き、一瞬動揺したが、形兆はそんな事など全く気にも留めていないかのように、の裸の胸を躊躇いなく掴んだ。
「は・・・・、あっ・・・・!」
形兆の指先が胸の先端を撫でた瞬間、の背筋を甘い痺れが駆け抜けた。
思わず洩れてしまった声に羞恥していると、再び同じ事をされた。
「あっ・・・・・!」
もう一度。
「んっ・・・・・・!」
もう一度。
「あっ・・・・・・!」
恥ずかしいのに、触れられる度に勝手に変な声が出て、身体がビクンと跳ねてしまう。その反応を面白がられているような気がして、は恥ずかし紛れに形兆を睨んだ。
すると形兆は、唇の片側を微かに吊り上げて笑った。
彫りの深い整った顔立ちに、その意地の悪い笑みはあまりと言えばあまりに似合っており、はより一層の羞恥とときめきを感じて、慌てて目を逸らした。
その瞬間、の着ているトレーナーが喉元まで一気に捲り上げられた。
「あっ・・・・・・!」
隠す暇もなく、乳房が形兆の眼前に曝け出された。
まな板のように真っ平という訳ではないが、さほど大きくもない。
そんな中途半端な自分の胸に魅力があるとは、は思っていなかった。いや、胸だけではなく身体全体も、顔も、自分の全てに一片たりとも自信など持ち合わせていなかった。
しかし形兆は、曝け出されたの胸を、熱を帯びたような瞳でまじまじと見つめた。
「あ・・・・、あんまり・・・・見ないで・・・・・・・」
その熱い視線に耐えかねて、は腕で胸を隠そうとした。
すると形兆は、の手首を掴み、やんわりと横に押さえ込んだ。
そして、の胸にそっと口付け、先端を優しく舐めた。
「あんっ・・・・・・!」
指先で弾かれるよりも尚強い痺れが、を襲った。
「あっ・・・・!あん・・・っ・・・、んっ・・・・!」
舌で転がされる度に、其処はジンジンと痺れた。
胸を見られた羞恥心など、瞬く間に何処かへ吹き飛び、はその甘い痺れに只々翻弄されていた。
最初は様子を窺うように遠慮がちだった形兆も、段々と大胆になってきて、片方の乳首を指で弾きながら、もう片方に音を立てて吸い付いてきた。
「あぁっん・・・・・・!」
舌先で乳首を擽られ、強く吸い上げられて、は思わず身を捩って喘いだ。
身体の中で何処がどう繋がっているのか分からないが、胸への刺激がそのまま直結しているかのように下腹部まで痺れるようになってきて、太腿に自然と力が籠った。
「あ・・・・っ・・・・、は・・・・・、あぁっ・・・・・!」
知らず知らずの内に太腿を擦り合わせていると、形兆の手がスウェットのズボンの中にまで入ってきた。
「あっ、やっ・・・・・!」
「脚、そんな力入れんなよ・・・・」
「・・・・・ん・・・・・・・」
固く閉じた太腿をほんの少しだけ緩めた瞬間、形兆の指先がの秘部に届いた。
「はっ・・・・・・」
ショーツ越しではあったが、丁度花芽の辺りを擦られ、はまた身体を震わせた。
「あっ・・・・ん・・・、ぁっ・・・・」
何度か其処を擦られている内に、気が付くと両脚の間に形兆の膝が割って入っていて、片脚がソファの下に落ちていた。
そしてとうとう、形兆の手がショーツの中に入ってきた。
「あぁ・・・・・・・!」
薄らとした茂みを撫でられ、秘裂の間に直接指が滑り込んできた瞬間、其処はグチュ・・・と音を立てた。
「ん・・・っ・・・・!あぁっ・・・・・!」
形兆の指が秘裂を擦り上げる度に、その音はだんだんと大きくなっていった。
絶対に形兆にも聞こえている筈だが、形兆はもう、はしたない声と音を出しているをからかって笑ったりはしなかった。
「んんんっ・・・・・・!」
不意打ちのように突然花芽を押し潰され、身体の中を強い電流が駆け抜けたようになって驚くと、形兆と目が合った。
長い睫毛に縁取られた意志の強い凛々しい瞳が、ハッとする程真剣な眼差しでを見つめていた。
太腿の上に、何か硬い感触がある。
本気で求められているのだ。この人に。
そう思った途端、言い様のない昂りを感じて、目頭が熱くなった。
「形兆・・・君・・・・あぁっ・・・・!」
形兆の指が、の花芯を捉えてゆっくりと中に入ってきた。
スラリと長い指が、自分の中を押し拡げて入ってくる感覚に、は甘い声を上げて震えた。
自ら望んで受け入れた、初めての人。愛しくて堪らなかった。
「・・・・うぅっ・・・・!」
こんな気持ちになったのは初めてなのに、こんなにも心が昂っているのに、しかし、身体は確かにこの感覚を知っている。
身体の中を出入りする、男の指の感触を。
何が初めてだ、純情ぶるなと、別の自分が醒めた声で吐き捨てた。
心と身体のズレに、胸が張り裂けそうだった。
「・・・・痛ぇか?」
勘違いをした形兆が、手を止めての顔を覗き込んできた。
そんな心配をして欲しくなかった。
早く、彼のものにして欲しかった。
「形兆君・・・・・・・・!」
喋ろうとすると何か泣き言を言ってしまいそうな気がして、は形兆の首を強く掻き抱いた。
すると形兆は、またゆっくりと指を動かし始めた。
「あぁっ・・・・、ん・・・!あっ、ぁぁ・・ん・・・・・・!」
蜜が形兆の指に絡みつく音が、耳につく。
形兆の指は長く、挿し込まれると少し怖くなってしまう位、奥まで届く。
はビクビクと身体を小刻みに震わせながら、夢中で形兆にしがみ付いていた。
「ぅんっ・・・・・・!」
やがて、形兆はおもむろに指を引き抜き、の上から身を起こした。
今しがたまでの行為の余韻で半分放心しながらぼんやりとその姿を見ていると、形兆はの履いているズボンと下着を一思いに引き下ろして脱がせた。
「やっ・・・・・・・!」
続いて、中途半端に脱げかけていたトレーナーも完全に脱がされ、は文字通り、一糸纏わぬ姿になった。
身体を隠す事も出来ず、恥じらいと戸惑いに息を潜めていると、の脚の間で形兆も服を脱ぎ捨てた。
僅かな弛みもなく引き締まった形兆の精悍な肉体がストーブの灯りに照らし出されて、は思わず息を呑んだ。
まるで美術の教科書に載っている彫刻のような美しい上半身に見惚れたのもある。
ストーブの灯りを受けて黄金色に光る茂みから猛々しくそそり立っている形兆の分身がチラリと見えたせいでもある。
しかし、何よりもの目を釘付けにしたのは、滑らかな白い肌に浮かぶ幾つもの傷痕だった。
長いものや短いもの、丸いものや引き攣れたようなもの、様々な形状の傷痕が胸と言わず腹と言わず点在している様は、父親から暴力を受けていたという形兆の身の上話を思い出させた。
呆然としていると、形兆は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「全部、親父にやられた痕だ。背中にも、腿や腕の内側にも、いっぱいある。億泰もな。」
「・・・・そんな・・・・、じゃあ、あの顔の傷も、まさか・・・・・」
今まで訊くに訊けなかった事をとうとう口にすると、形兆は事も無げに薄く笑った。
「ああそうさ。アイツのあの顔の傷は、お袋が死んだばっかりの頃に、親父がカッターで切りつけたものだ。そのツラが気に食わねぇっつってな。
アイツの顔立ちは親父似なんだって、前に言った事があっただろう。
お袋を恋しがって泣くアイツの泣きっ面が、無様な負け犬の自分にそっくりで癇に障ったんだろうよ。」
言葉の代わりに、涙が出た。
すると形兆が、再びゆっくりとに覆い被さってきた。
「俺達の為に、泣いてくれんのか。」
そんなんじゃない。
決して同情や憐みで泣いているのではない。
だが、言葉で上手く伝える事が出来なくて、はただ涙を流す事しか出来なかった。
「そんな事してくれんのは、お前だけだ。」
形兆は穏やかに微笑んで、の頬を伝う涙をそっと吸い取った。
違う。そうじゃない。偽善だと思われたくない。
上手く言葉に出来ない自分をもどかしく思いながら、は何度か首を振った。
「なあ、・・・・・、俺の側にいてくれよ・・・・・・・。
俺を助けてくれ・・・・・。俺には、お前しかいねぇんだ・・・・・・」
耳元で囁かれる低く掠れた声に、狂おしい程胸が締め付けられた。
「・・・・・うん・・・・・」
は泣きながら、形兆を強く抱きしめた。
「何でもするよ・・・、形兆君の助けになる事なら、何だって・・・・。
私にも・・・、形兆君しかいないもん・・・・」
「・・・・本当か・・・・?」
「うん・・・・・・・・・」
躊躇いは無かった。
この人の為ならば、たとえ世界中の人に後ろ指をさされるような事だってしてみせる。それでこの人が救われるというのなら。
「・・・・形兆君・・・・、来て・・・・・」
「ああ・・・・・・・」
大きな塊が秘裂を弄り、花芯に宛がわれる感触を感じながら、は目を閉じ、深呼吸をして、来るべきその時を静かに待った。
自分の全てを形兆に捧げる、その時を。
「いくぜ、・・・・」
「う・・・んっ・・・・!」
やがて、熱くて大きな塊が、の中に入ってきた。
「あ・・・あぁっ・・・・!」
それは、凄まじい衝撃だった。
身体の中心を突き破られるような、身体が左右に引き裂かれるような、未知の感覚だった。
「あぁっ・・・・・・!ぃ・・・・た・・・・・・!」
「・・・悪ぃ・・・・、ちょっと・・・、我慢してくれ・・・・」
「んっ・・・・・・!」
は唇を噛み締めて、その痛みに耐えた。
自分の中がメリメリと裂けて拡がっていくにつれて何度も痛いと口走りそうになったが、何とか堪えた。
形兆も、辛そうな顔をしていたからだ。
何かに耐えるように苦しげに歯を食い縛っている形兆の顔を見ると、一人だけ痛い痛いと泣き言は言えなかった。
「あ・・・・!あぁ・・・っ・・・・!!」
ひたすら耐えていると、程なくして、腹の奥まで何かが満ちたような感じになった。
「はぁっ・・・・、はぁっ・・・・、はっ・・・・!」
「・・・・全部・・・入ったぞ・・・・。分かるか・・・・?」
は、荒い呼吸を繰り返しながら頷いた。
「・・・・分か・・・る・・・・」
今、形兆と完全にひとつに繋がっている。
そう思うと、破瓜の痛みさえも悦びとなった。
「まだ痛ぇか・・・・・?」
は小さく首を振って、肉付きの薄い形兆の頬をそっと撫でた。
「・・・・形兆君こそ・・・・痛くない・・・・?」
「は・・・?何で俺が痛ぇんだよ・・・・?」
「だって・・・・・・、辛そうな顔してるから・・・・・・・」
形兆は一瞬唖然とすると、苦しげだった顔を少しだけ笑わせた。
「・・・・違ぇよ・・・。まあ、お前にゃ分かんねぇだろうけどよ・・・・・。」
「え・・・・・?」
形兆はおもむろに、の耳元に顔を埋めた。
「・・・逆だ。キモチ良すぎんだよ、お前・・・・・」
「ぁんっ・・・・・!」
耳に吹き込まれた低い囁きは堪らなく甘く、の身体を痺れさせた。
その拍子に、勝手に下腹に力が入り、形兆が微かに身震いして小さな呻き声を洩らした。
「っ・・・・、ヤベぇ・・・・、あんま締めんな・・・・」
「え・・・・・・・?」
そんな事を言われても、わざとではないから、どうすれば良いのか分からない。
戸惑っていると、形兆が頭を起こしてをまっすぐ見下ろした。
「・・・・もう・・・、良いか・・・・?」
どうして抗う気など起きようか。
このまま引き裂かれたって構わない、そんな事さえ考えているのに。
「・・・・ん・・・・!」
は、形兆の首を掻き抱いた。
それが合図になったかのように、形兆はを強く抱きしめ、律動を始めた。
「あっぁ・・・・!あぁぁっ・・・・!」
引き抜かれそうになった楔がまた身体の奥に打ち込まれる衝撃と痛みに、思わず甲高い声が漏れた。
「あぁっ・・・・!んっ・・・!んっ・・・!んぁぁっ・・・!」
自分の声の大きさに驚いて、慌てて口を噤むも、奥を突かれる度に否応なしに声が漏れてしまう。こんな声を出していては、億泰に気付かれてしまうかも知れない。頭の片隅に残った僅かばかりの理性を働かせ、は自分の指を思い切り噛み締めた。
すると形兆は、のその手を絡め取って顔の横へ押さえ付け、噛み付くように深いキスをしてきた。まるで、こっちにしとけと言わんばかりに。
「んんぅっ・・・!ぅんっ・・・!ぅぅっ・・・!」
「ハァッ・・・!ハッ・・・!フゥッ・・・!」
形兆は、さっきとは違う、少し乱暴な位の激しさでの舌を吸いながら、猛然との中を突いた。
その大きな身体を小さな子供のように全部預けて、まるで自分の全てを受け止めてくれと言わんばかりの形兆に、は翻弄されながらも、気が遠くなるような愛おしさを感じていた。
「んぅっ・・・・!っふぁぁっ・・・・!」
「フゥッ・・・・!フゥッ・・・!ハァッ・・・!」
俺を助けてくれ、側にいてくれ。
喉から絞り出すようにそう囁いた形兆の声が、耳について離れなかった。
きっと、出逢うべくして出逢ったのだ。
私達は互いに互いの拠り所となる運命なのだと、は今、そう確信していた。
「形兆く・・・んっ・・・、形、ちょ・・・、はっ、あぁっ・・・・!」
うわ言のように名前を呼ぶと、形兆は強く、強く、を抱きしめた。
「あっ!やぁぁっっ・・・・!」
胸を押し潰されて、息が詰まる。
叩き付けるように最奥を何度も激しく突き上げられて、目が眩む。
「あぁぁぁぁっ・・・・!!」
「・・・っ・・・・!」
自分が大きな波に攫われて呑み込まれてしまいそうな感覚に囚われた瞬間、形兆が耳元での名を呼んだ。
背筋が震えるような熱を帯びた、苦しげな声で。
「はぁぁぁぁんっ・・・・・!」
「ぅぅっ・・・・・・・・・!」
その刹那、限界まで昂っていた高揚感が弾け飛び、腹の上に温かい何かがドクドクと迸るのを感じた。
そしてそれを機に、つい今しがたまで感じていた激し過ぎる程の甘い痺れが、急速に身体の中から引いていった。
「んっ・・・・・、はぁっ・・・・、ぁっ・・・・・」
「ハァッ・・・・!ハァッ・・・・!ハァッ・・・・・」
ぐったりと身体を預けてくる形兆を抱きしめて、は暫く、潮が引くようなその感覚に身を委ねたのだった。
それから、何度も求め合った。
合間合間に、互いに意識を失う事もあったが、触れられたり話しかけられたりしてまた目を覚まし、完全に眠り込む事はなかった。
その間、数えきれないキスを交わして、時折睦言を囁き合った。
好きだ、愛している、そんな分かり易くありきたりな言葉をは喜び、同じ言葉を返してきた。
何も知らずに、一片の疑いもない、まっすぐな瞳で。
「・・・・今・・・・何時かな・・・・・」
のその言葉に、形兆はふと目を開けた。
またウトウトとまどろんでいたようだ。
言われてみれば、今何時なのか気になったが、生憎とこの部屋に時計は無かった。
窓や事務所の玄関ドアにも、雨戸やシャッターが下りていて、外の光は一筋たりとも入らない。今の時刻を知る為には、この部屋を出なければなければならなかった。
「・・・・ああ・・・、分かんねぇな・・・・。時計見ねぇと・・・・」
何気なくそう返事をすると、座ったまま形兆の肩に寄り掛かっていたは、そっと身体を離した。
ずっと触れ合っていた肌が離れてゆく寒々しさに一抹の寂しさを感じたが、本当にもうあれから随分経っている気がする。万が一にも朝遅い時間になっていたとしたら、流石に腹を空かせた億泰が起きてくる。
形兆は一緒に被っていたバスタオルをに全部掛けて立ち上がり、その辺に脱ぎ捨てていた服を拾って着込んだ。
「ちょっと時計見て来る。」
「あ・・・・あの・・・・・」
バスタオルで身体を隠したが、恥ずかしそうに形兆を見上げた。
「あ?」
「お・・・、お手洗い・・・、借りても良い・・・?」
そう言えば、ここに閉じ籠って随分経っている。
自分も割と限界が近い事に今頃気付いた形兆は、小さく笑ってに服を拾ってやった。
「上だ。ついて来いよ。」
居間の時計は、午前5時過ぎを示していた。
日はまだ出ておらず、億泰も勿論、起きてきてはいなかった。
と交代でトイレを済ませると、形兆は昨夜の残りのご飯でお握りを作った。
朝食にはまだ早すぎる時間だったが、猛烈に腹が減っていて、我慢出来なかったのだ。
熱いお茶も淹れて、形兆は再びを連れて1階の部屋へ下りた。
「美味しい・・・・・!」
は幸せそうな笑顔を浮かべて、お握りを頬張った。
残り飯のお握りひとつでこんな顔をするなんて、何て安上がりな女なんだと思ったら、つい笑いが込み上げた。
しかし、はその笑いには気付かず、ひたすら美味そうにお握りを噛み締めていた。
「ヘッ・・・、凄ぇ食いっぷりだな。慌てて食って喉詰めんなよ。」
「ふふっ・・・、だってお腹ペコペコなんだもん。」
「ああ・・・、まあ、そりゃそうだよな。一晩中あんだけ『運動』してりゃあよ。」
「・・・・・!」
最後の一口を食べきる為に大きく口を開けていたは、そのままの顔で束の間固まると、凄い勢いでそっぽを向いた。
「ククッ・・・、何だよ。今更照れんなよ。」
「・・・今更とか・・・言わないでよ・・・」
ブカブカの襟元から覗くほっそりとした項が目につき、形兆はそこにそっと指を這わせた。
「ひゃっ・・・・・・!」
肩を震わせたを背中から抱きしめて、髪を掻き分け、白い首筋にそっと唇を押し当てた。
「ぁっ・・・・・・」
柔らかい身体。
花のような優しい香り。
甘い声が耳を心地良く擽り、包み込まれると、何もかも全て忘れて身体ごと全部溶けてしまいそうになる。
知ったばかりの女の味は、想像以上に甘美だった。
なるほどこれは、世の男達が求めずにいられないのも分かる。人間でなくなってさえも。
「・・・形・・・兆・・・・君・・・・・・・・」
だが、溺れてはいけなかった。
自分が溺れるのではなく、を溺れさせねばならないのだ。
他には何も見えなくなるように、他の全てを捨ててしまえるように。
「や、んっ・・・・・・、も・・・、駄目・・・だよ・・・・」
しかし、はまだ、完全に溺れきってはいなかった。
「何でだよ・・・・・・」
「んっ・・・、だ・・・って・・・、も・・、帰らなきゃ・・・」
をまたその気にさせる為、乳房に触れようとしていた形兆は、その言葉を聞いて手を止めた。
「・・・・本気かよ?」
「だって・・・・・、実際、そうするしかないもん・・・・・・。
一人暮らしなんてまだまだ出来ないし、うちも他に親戚とかいないし・・・・・」
確かに、中学2年の少女が一人で生きていける世の中ではない。
そんな事は、形兆自身も分かっていた。
「ここにいりゃあ良いじゃねぇか。」
「え?」
「一緒に住めば良い。俺達と。」
は驚いた顔で、形兆に向き直った。
「そ・・・・、そんな事、出来る訳・・・」
「何でだよ?」
「何でって・・・・、そ、そんなの・・・、形兆君のお父さんがまず許さないよ・・・・!1日2日泊まるってのならまだしも居候なんて、そんなの許して貰える訳ないじゃない・・・・!」
弱虫の癖に、結構冷静で現実的な女だなと、形兆は感心半分呆れ半分に思った。
もで世知辛い人生を送ってきているからだろうか。
尤も、色恋にのぼせ上って簡単に後先顧みなくなるような女だったら、そもそもこんな深入りはしていないのだが。
「・・・私ね、ちょっと、思ったんだけど・・・」
「・・・何だよ?」
「私、高校行かなくても良いかな、って・・・・・。
ほら、駅前にね、パチンコ屋さんあるでしょ?あそこ、いっつも求人広告貼ってて、月給20万・寮完備って書いてあるんだ。
中学出たら、そういうとことかでね、働いたら・・・・・、すぐ家を出られると思うんだ・・・・・。」
将来の夢を語る時のような、少し照れつつも嬉しそうなその顔と、語っている夢の内容には、痛々しいまでの落差があった。
こいつの母親は、娘がこんな顔でこんな事を言っているのを知ったらどう思うだろうかと、心の中で皮肉らずにはいられなかった。
そんな事を考えてしまうのはきっと、自分を重ねて見てしまうからなのだろう。
同じように、親に人生を潰されている子供の立場にある者として。
「うちお金無いから、お母さんも、何が何でも絶対高校行けとは言わないと思うんだよね・・・・!
実はこないだの修学旅行も、行かなかった一番の理由は、お金払えなかったからなんだ。だからきっと、私が何か尤もらしい理由をつけて説明したら、無理に高校行けとは言わないんじゃないかなぁ・・・って・・・・」
「・・・・・なるほど」
の話を一通り聞き終わってから、形兆は静かに口を開いた。
「じゃあ、それまであと1年ちょっと、お前はあのお袋の彼氏にヤられまくるつもりだと、そういう事だな?」
「ち・・・、違っ・・・・・!」
それまで、ぎこちなくも幸せそうだったの表情が、その瞬間一変した。
「そうじゃない!そんな事絶対ない!絶対絶対拒否するよ!形兆君以外の人になんて絶対・・」
「絶対絶対って、何を根拠にそう言い切れる?
お前にそのつもりがなくたって、そんな事関係ねぇんだよ。現に昨夜だって、力ずくで襲われたんだろうが。昨夜も、この前も、偶々運良く助かっただけだ。これからも毎回毎回助かる保証なんざ何処にもねぇんだよ。」
「っ・・・・・!」
「・・・心配なんだよ・・・」
昨夜のようにまた泣きそうになっているの肩を、形兆はそっと抱き寄せた。
「気が気じゃねぇんだ・・・・。あんな家に、お前を置いておきたくねぇ・・・・」
「・・・そ・・・、そんな・・・事・・・、言ったって・・・・」
「お前の言う事は正論さ。尤もだ。
でもな、はっきり言うが、お前んちはその正論が通じるような普通の家庭じゃねぇ。
そして、俺んちはもっとな。」
中学2年の少女が一人で生きていける世の中ではない。
だが形兆は、6つ7つの頃から、3歳下の弟を背負って、同じ世界を生き抜いてきていた。
そして今は、化け物となった父親までも。
そこにあと一人、を背負い込む事位、何という事はない。
このままむざむざ見殺しにする位なら、何という事は。
「ど・・・、どういう、意味・・・・?」
「うちの親父は、お前が想像しているような父親とはまるで違う、という意味さ。」
そう、文字通り、まるで違う生き物なのだ。
はまだ気付いていないが、この家の中は、外の世界とはまるで別次元なのだ。
が今持ち合わせている世の中の常識は、この家の中では、あの化け物には、何一つ通用しない。
形兆は微かに口の端を吊り上げると、の唇に軽いキスをした。
「親父の事は心配ない。近い内、お前の事を話そうと思ってる。
きっと駄目とは言わねぇ、っつーより、むしろ歓迎するだろうよ。」
「え・・・・!?で、でも・・・」
「何だよ?」
「その・・・・、こんな事言うのは失礼だけど・・・、形兆君や億泰君に酷い暴力を振るってた人なんでしょ・・・・?実の息子にさえそんな事する人が・・・、赤の他人の私なんか歓迎してくれるとは・・・・」
は大層気まずそうに口籠りながらそう言った。
「親父に暴力を振るわれていたのは、小さい頃の話だ。今はもうない。心配するな。」
「でも・・・」
「うちも色々あって、今じゃ親子の立場逆転なんだ。お前んとこと同じでな。」
はまだ疑わしそうな表情をしていたが、それでもさっきよりは幾らか納得したようだった。
「だから・・・、な?考えてくれよ、・・・・」
形兆はの髪をそっと掻き分け、首筋に軽く吸い付いた。
「ぁ、んっ・・・、でも・・・・」
「何も今日明日とは言わねぇよ。こういう事は、ちゃんと段階を踏んでいかなきゃいけねぇしな。じゃねぇと、色々と面倒な事になって失敗に終わっちまう。」
「んっ・・・・・・・」
を腕の中に抱き込み、胸を優しく弄りながら、形兆は耳元に吹き込むように話した。
「俺に、考えがあるんだ。」
「考、え・・・・・?」
「俺に任せてくれるか・・・・?俺を信じて、俺の言う通りに・・・・」
「は・・・・・・・」
ゆっくりと、深く、口付けた。
ねっとりと舌を絡ませて、が微かな身震いをするまで。
「・・・っん・・・・・」
「なあ、・・・・・・・」
「ぁ・・・・んっ・・・・」
腕の中で身体を震わせながら、は小さく、だが確かに、頷いた。
「・・・分かっ・・・た・・・、そうする・・・・」
「本当だな・・・・?」
「うん・・・・・・・」
「・・・・良かった・・・・・」
形兆はに微笑みかけ、と共にまたソファに沈んでいった。
もう一度交わった後、は一人で帰って行った。
いつかのように、家まで送ってやるとは言わなかった。これも『作戦』の内なのだ。
今までもずっと注意を払っていたが、形兆は改めて、自分達の関係を誰にも言うなとに固く口止めした。学校の連中は勿論、母親にも決して喋るな、どんなに問い詰められても、あくまで誤魔化してしらを切り通せと。
は笑って、勿論分かっていると即答した。
だが、幾ら頭の軽い愚かな母親でも、そのうち気付くだろう。
さっきが着て帰った男物のスウェットをはじめ、これからどんどん現していく『異変』に。
そこまでも、計算ずくだった。
人に疑われ、暴かれるような事は避けねばならない。
その為には、事件性など欠片も感じられないような状況作りが不可欠なのだ。
という少女を誰にも怪しまれず消してしまう、その為には。
底冷えのする薄暗い台所で、形兆はお握りの最後の1個に齧り付いた。
億泰や父親の事を考えないではなかったが、たった1個じゃどのみち足りやしねぇんだからと自分に言い訳し、残しておく事はしなかった。
お握りを食べ終わった後、形兆は米を研ぎ始めた。
研ぎながら、昨夜自分がに言った言葉を思い出していた。
何も自分だけ、自分を押し殺して我慢する事はない。
血の繋がった親子でも、所詮は別の人間だ。
が自己嫌悪して泣く姿を見た瞬間、殆ど何も考えずにスラスラとそれらの言葉が出てきた。
を陥落させる為とはいえ、何故、咄嗟にあんな事を口走れたのだろう。
自分で言った言葉が自分に突き刺さる心地の悪さに、形兆は思わず苦笑いを浮かべた。
親は親、自分は自分、自分を殺して我慢なんてせずに、自分は自分の幸せを探せば良いなんて、どの口が言うんだと我ながら呆れる。
― 他人の事なら、何とでも言えるよな・・・・・・
たとえばに同じ事を言い返されたら、どうするだろうか。
あの化け物を捨てて、欲しくて欲しくて仕方がない自分の人生を始められるだろうか。
少しだけ考えてから、形兆はまた小さく笑った。
それが出来るのなら、とっくにそうしている。
人に言われた位で簡単にそう出来るのなら、こんな苦労はしていない。
あの化け物は、それでも、今でも、紛れもなく実の父親で、元は確かに普通の人間だった。
どうしようもなくついていない、ほとほと情けない負け犬だったが、それでもあの男はかつて、家族の為に必死になっていた。
いつからか、何処からか、狂っていってしまったけれども、それは確かだった。
だからやはり、捨てる事など考えられなかった。
それに、自分が家族を捨てたところで、の何が変わる訳でもない。
が自ら母親を捨てない限り、にはずっと危険と不幸が付き纏う。
― 迷うな。今更迷うんじゃねぇ。
計画通りに事が運べば、は自分の物になる。
それで良いではないか。
たとえ恨まれても、を玩具のようにしか思っていない下衆な男共に弄ばれるよりは。
たとえ憎まれても、に世話をかけるばかりでろくに守れもしない愚鈍な母親に傷付けられ続けるよりは。
― 迷うんじゃねぇ・・・・・・
たとえ壊れるとしても、他の誰かにむざむざ壊されるよりは。
物分かりの良い事を言って出て来たまでは良かったが、虹村家から一歩外に出た途端、は息が詰まりそうな程の重圧に襲われた。
昨夜、顔面を思いきり蹴りつけた事を、安原は勿論忘れてはいないだろう。
それに対する報復が待っている事は、十分に考えられる。
一体何をされるか、それを思うと吐き気がする程恐ろしかった。
今すぐ踵を返して虹村家に戻り、俺達と一緒に住めと言ってくれた形兆の言葉に、早速にも縋り付きたくなった。
だが、やはりそれは出来なかった。
形兆は、段階を踏まなければいけないとか、何か考えがあるなどと言っていたが、それは何なのだろうか。親父はむしろ歓迎するだろうなんて言っていたが、そんな事が本当にあるのだろうか。形兆を信じて言う通りにするとは言ったが、本当の本当に、彼の話を心の底から信じきる事は出来ていなかった。
何故なら、形兆はまだ中学生だからだ。と同じ、中学2年だからだ。
立場が逆転している親子関係というのは理解出来るが、それはあくまで家族間・家庭内の話であり、中学生の一存で赤の他人を家に引き入れて居候させるなどという事は、幾ら何でも出来る訳がない。
形兆はそれを、普通の家庭の話であって俺達の家庭には通用しないと言い切ったが、それも意味が分からなかった。
「あんた、どこ行ってたの?」
朝の6時半過ぎに戦々恐々で帰宅したを待ち構えていたのは、珍しく厳しい顔をした和代だった。和代も帰って来た直後らしく、まだ服も着替えておらず、化粧も落としていなかった。
「えと・・・・、あの・・・・」
帰る間際、形兆はに、母親への言い訳を伝授してくれていた。
形兆には騙し遂せる自信があるようだったが、本当に大丈夫なのだろうか?
だが、たった一晩の間に色々あった上に殆ど寝ていないので頭がパンクしそうになっているせいか、他に何も考えが浮かばない。
「と・・・、友達のとこ・・・・」
は賭けるような気持ちで、形兆に教えられた通りに答えた。
「友達って誰よ?」
「学校の・・・・・・」
「もしかして、この前夕飯をご馳走になったとこの子?」
「そ・・・、そう・・・・・・」
和代がほぼ形兆の書いたシナリオ通りの質問をしてくる事に、は内心で驚いた。だが、その驚きを表に出してはいけなかった。
形兆の事は絶対に内緒なのだ。
安原には形兆の顔を知られてしまっているが、他には何も、名前も年齢も、一切知られていない。
とにかくその状態を保てと、形兆に言われていた。
「何で急にまた?」
「テスト勉強・・・・・、一緒にしよって、急に誘われて・・・・」
「それで出かけたの?」
「うん・・・・・」
「勉強道具は?」
「向こうで借りた・・・・・」
和代は疑わしげな目でをしげしげと眺め、の着ている黒いスウェットを指さした。
「その服どうしたのよ?何で男物のスウェットなんか着てんの?自分の服は?」
「それは・・・・・」
和代はすぐに、の腕に提げられているスーパーのレジ袋に目を止めた。
そして、が何か言うよりも先にサッとそれを取り上げると、中を開けて確かめた。
「ちょっとぉ、何でこんなボトボトに濡れてんのよ?何これ、水よね?」
袋から取り出したの寝間着を広げてみたり鼻を近付けて匂いを嗅いだりしながら、和代は更に怪訝な目でを見た。
「ああ・・・、服が雨で濡れちゃったから・・・・、着替え借りたの・・・・」
「それが何で男物なの?」
「その子の服じゃ、サイズが合わなかったから・・・・、お兄さんのを貸してくれて・・・・・」
「・・・・・・そう?」
「うん・・・・・・・」
俺達の事は、絶対誰にも言うんじゃねぇぞ。
形兆のその言葉をしっかりと胸に抱き、は和代の目をまっすぐに見つめ返した。
「・・・・・分かった。」
やがて、和代は小さく溜息を吐いた。
「今度からさ、そういう時は、ちゃんと信ちゃんに言って行きなさいよ。」
和代はそう言って、布団の上で大きな鼾をかいている安原の方にチラリと目を向けた。安原の下の名前、信次だったか何だかの渾名をサラッと口にする和代に、は密かなショックを受けた。
「あの人、気ィ使ってくれてたのよ。あんたが夜出て行った時、自分が父親面する訳にはいかないから行き先聞けなかったって。」
安原が形兆の事を和代に話さなかったのは一瞬安堵したが、それも形兆が言っていた通りだった。そんな事をバラせば分が悪いのはあのオッサンの方だと形兆は言っていたが、それがその通りだったという事なのだろう。
和代は相変わらず安原の口先に騙されっぱなしで、何も気付いていないようだった。
が安原に襲われかけた事にも、金をせびられた事にも。
「信ちゃんだってさ、あの人なりに色々気ィ使ってくれてんだから、あんたも子供みたいにいつまでもヘソ曲げてないで、もうちょっと可愛げのある態度取りなさいよ。」
寝ている安原を起こさない為なのであろう、和代は遠慮がちな小声でボソボソと小言を言い、に背中を向けて、お願いと一言言った。
項のホックを外して背中のファスナーを下ろしてやると、目の覚めるような鮮やかなサファイアブルーのワンピースが蝉の殻のように割れ、和代はそこから清々したように抜け出した。
「とにかく、あんたもその服全部洗濯カゴに出しちゃって。寝る前に洗濯するから。」
和代は更に、テロテロしたスリップやストッキングもさっさと脱いでしまうと、ショーツ1枚というあられもない姿で安原の横を堂々と通り抜け、奥の部屋へ着替えを取りに行ってしまった。
和代にはもう、何の躊躇いもなかった。
安原の方にも、元より何の遠慮もない。
「・・・・うん・・・・」
そこはもう、お前の家じゃねぇんだよ。
何処からか、形兆の声が聞こえた気がした。