SCARS OF GLORY 17




「こいつはまた・・・・・、えらく懐かしいモン引っ張り出して来たなぁ!」

二人からトランクの中身を見せられた大家のダニーは、楽しげな声を上げた。
彼は、ホークとが口を挟む余地もない程にはしゃぎながら、暫くあれやこれやと見ていたが、不意にしんみりとした顔になり、静かに呟いた。


「・・・・・とっくの昔に捨てちまったもんだとばかり思ってたけど、あの野郎、後生大事にとってたんだなぁ・・・・・」

ダニーは写真の束からストライプスーツの青年の写真を抜き取って、二人に見せた。


「ほら。こいつが若い頃のトマスだ。」
「え・・・・、ええーっ!?嘘っ!?」
「嘘じゃない、本当だ。」
「やっぱりそうか、もしかしたらそうじゃないかとは思ってたんだ。」

ホークがそう言うと、ダニーは意外そうに目を丸くした。


「ほう、お前は気付いてたのか。」
「いや、まさかとは思ったけどな。あんまりにも俺の知ってるジジイと似ても似つかねぇもんだから。」
「はは、違いねぇ。この頃はまだうんと若かったからな。さぁて幾つだったか・・・・、確か26〜7だった筈だ。」
「へぇぇ、知らなかった・・・・・・、オーナーって若い頃、凄いハンサムだったのね・・・・・!」
「そりゃあもう、腹立たしい位にモテてたもんだ。」

感心し、写真に見惚れるを見て、ダニーは誇らしげに笑いながら、まるで自分の自慢話でもするかのように語った。


「この当時は結構有名だったんだぞ?色んな映画に出て、人気も出てきて、俺も鼻が高かったもんだ!」
「意外だなぁ、あのジジイがそんなに?」
「おうともさ!こいつならスターになれる、俺はそう信じてた!・・・・だがなぁ・・・・」

ダニーは寂しそうに俯いて、写真に目を落とした。


「結果的には、この頃が奴の全盛期になっちまった。奴はここ止まりになっちまったんだ・・・・・。」
「え?どういう事?」
「トマスの奴は、ある大スターに弟子入りして、付き人をやってたんだ。実は俺もその大スターの付き人の一人でな、奴とはそこで知り合ったんだ。まあ俺は、どれだけやっても鳴かず飛ばずで、とっとと見切りをつけて辞めちまったが、トマスは何年も何年も、必死でしがみ付いて頑張ってた。いつか絶対に成功してみせる、口癖のようにそう言いながらな。」

かつて夢を追った事がある、というのはトマス本人の口から聞いていたが、
の知るトマスは徹底的なリアリストであり、また、己の過去について多くを語る事もなかった為、今まではもう一つ想像がつかなかった。
だが、この詳細な昔話は、鮮烈なイメージを伴っての心に響いた。
の脳裏には、知る由もない当時のトマスの姿がはっきりと浮かび上がっていた。


「諦めずに頑張り続けた甲斐あって、奴はようやくチャンスを掴んだ。端役を貰えるようになり、それが評価されてまた役を貰って・・・・、1作こなす度に、奴は着実にステップアップしていった。そしてとうとう、初の主演映画のオファーが舞い込んだんだ。」

だがな、とダニーは続けた。


「このままでは自分の立場が脅かされると思ったのか、師匠が横槍を入れてその話をぶっ潰しちまった。」
「横槍って・・・・・?」
「映画会社や劇場なんかに圧力をかけたんだよ。結果、奴は業界から干された。」
「酷い・・・・・・」
「汚ぇな・・・・・・・」

当時のトマスの無念さを思い、とホークは悔しそうに唇を噛み締めた。


「奴は絶望して、荒れに荒れた。人相もすっかり変わっちまったよ。お前達の知ってるトマスとこの写真のトマスが似ても似つかねぇのは、歳のせいだけじゃねぇんだ・・・・。」

ダニーは悲しげな声でそう呟いた。


「どん底まで堕ちてから、奴はようやく鎮まった。諦めをつけたんだな。それからは黙々と働いて、昔の事は一切口にしなくなった。けど、小さなストリップ小屋とはいえ、劇場を作ったって事は、やっぱり完全には諦めきれてなかったのかも知れねぇな。
本人は金になるからだって言い張ってやがったが・・・・・・。」
「こんな昔の写真だの台本だのまで、隠し持ってた位だしな・・・・。」
「かもね・・・・・・」

3人で暫し、故人を偲んでしんみりとしていたが、やがては本来の目的を思い出し、大家に例の手紙を見せた。


「あ、そうだ・・・・・、この手紙の差出人に心当たりない?」
「どれ?・・・・んん?何て読むんだこりゃ?アレ・・・、アラ・・・、アラン・・・・か?」
「へぇー、それでアランって読むのか・・・・・」

一語たりとも読めなかったホークは、ついどうでも良いところで感心してしまったが、
気になるポイントはそこではない。


「この人の苗字って、オーナーと同じよね?ほら、綴りが同じなんだけど・・・・・」
「デュシャン・・・・・、ふむ、確かに奴と同じだな。しかし心当たりはなぁ・・・・・。
奴とは確かに長い付き合いだったが、こっちに来る前の事まではなぁ・・・・・」
「そう・・・・・・・。じゃあ、手紙の中身読める?フランス語で書いてあるみたいだから、私達読めなくて・・・・」
「そんなもん、俺だって読める訳ないだろう!」

ダニーが頭を振るのを見て、はがっかりした。
しかし、それでも何か、ほんの小さな手掛かりでも良いから得られはしないだろうか。
何か方法はないだろうか。
は懸命に考えて、ふと思い出した。


「・・・・・そうだ、写真!」

はトマスのブロマイドと、封筒の中に入っていた写真とを見比べ始めた。
手紙に同封されていた家族と思わしき写真の中に、ブロマイドのトマスの面影がないか、それを調べる為だった。
ややあって。


「・・・・・ねぇ、これオーナーかしら!?」

は、ダニーとホークの二人に、写真の左隅に写っている青年を指さして見せた。
服装も髪型も表情も遠近感も、何もかもが違う為、パッと見では分からないが、
よくよく観察してみれば、その青年がブロマイドのトマスと同じ顔をしていたのだ。


「ふぅむ・・・・・・、うん、そりゃあトマスだな。」
「俺もそう思うぜ。こっちのブロマイドとはまた雰囲気が違うけど、よーく見りゃあ同じ顔だ。」

二人が請け合うと、は嬉しそうに顔を輝かせた。


「じゃあこれは、やっぱりオーナーの家族からの手紙だったのね!良かったぁ、これで連絡出来るわ!ダニー有難う!」
「あっ、おいちょっと待てよ、!」

は手紙を持って飛び出していき、ホークは慌ててその後を追った。







走ってアパートに帰って来るや否や、はそこらをひっ掻きまわして、何かを探し始めた。


「お、おい!何探してんだよ!?」
「ペンと紙!この人に手紙を出すのよ!ブライアンも手伝って!」
「お、おう・・・・・!」

に追い立てられるようにして手伝いながらも、ホークは不安げな顔をして小さく唸った。


「でもよぉ・・・・・・、出すのは良いけど、本当に届くのか?外国の、一体誰だかも分からねぇ奴だぜ?」
「それは・・・・そうだけど・・・・・・・」
「連絡してやりてぇのは山々だけどさ、良く考えてみりゃあ、そんな古い手紙の差出人だぜ?
住所が変わってたり、それどころかあのジイさんの家族なんだったら、とっくに死んでる可能性だってあるんじゃねぇか?」
「うぅ・・・・・・」

ホークに指摘されて、は返す言葉に詰まった。
ホークの言う事は尤もだった。
たとえ手紙を出したところで、このアラン・デュシャンという人物の手元にきちんと届く保証はない。
むしろ、届かない可能性の方が高いだろう。


「・・・・・・そうかも知れない。でもやっぱり、出すだけ出してみる。」

しかしそれでも、このまま何もせずに諦めてしまう事は、には出来なかった。


「ほんの僅かな可能性でも、賭けてみたいの。やれるだけの事はやってあげたいの。だってそうでしょう?オーナーが死んじゃった今、私達に出来る恩返しは、これ位しかないじゃない・・・・・。」
「そりゃあそうだけど・・・・・・」
「オーナーが居なかったら、私達、今頃どうなってたと思う?私達、凄く大きな恩を受けてるのよ。せめてこれ位は・・・」
「・・・・・分かったよ。」

ホークは、悲しそうに項垂れてしまったを優しく抱き締め、落ち着かせるように髪を撫でた。


「・・・・・とにかく書こう、手紙。俺も手伝うから。」
「・・・・うん・・・・・!」

届くか届かないかは運任せにするとして、ともかく二人は手紙を書く事にした。
といっても、ホークもも、御世辞にも満足な教育を受けてきたとは言えない状態である。
二人共、語学力もなければ、改まった挨拶文や正しい手紙の書き方も知らない。
ホークに至っては、友達にクリスマスカードを送った経験すらないのだ。
そんな二人にとって、エアメールを出すという作業は、想像以上に困難を極めた。

だが二人は、途中で投げ出さずに一生懸命頑張った。
結局英語でしか書けなかったが、フランクやダニーら大人の知恵も借り、少しでも伝わり易いように文面を考えて、丁寧に書いた。
そして、ようやく一通の手紙が仕上がった。



「アラン・デュシャン様。はじめまして。突然お便りする事をお許し下さい。
貴方は、トマス・デュシャンという人をご存知でしょうか?
もし、トマスが貴方の家族ならば、どうかこの手紙を最後まで読んで下さい。
トマスは先日、病気で亡くなりました。
彼には身寄りがないと聞いていたので、友人の私達だけで弔いましたが、彼の部屋に貴方からの手紙があり、私達は貴方の事を知りました。
もし貴方がトマスの家族ならば、どうか連絡を下さい。
そして出来れば、トマスのお墓参りに来てあげて下さい。
この手紙が悪戯じゃない証拠に、貴方からの手紙に同封されてあった写真を入れておきます。
どうか信じて下さい、私達は貴方を待っています。トマスの友人、、ブライアン・ホーク。」

は手紙の朗読を終えると、ホークに向き直った。


「どう!?これで良いかな!?おかしなところない!?」
「大丈夫、上出来上出来!やったな、!」
「うん!やっと書けたーっ!」

二人は思わず抱き合い、飛び跳ねて喜んだ。
祈るような思いで書かれたその手紙は、早速フランスへと向けて送られ、その日から、来るあてのない連絡を待つ日々が始まった。
そしてそれは、同時に、先の見えない不安定な日々の始まりでもあった。
















二人がその事に気付いたのは、それから間もなくの事だった。
葬儀や諸々の後処理がひとまず片付いた途端、二人に重く圧し掛かってきたのは、『職を失った』という現実だった。
トマスが亡くなってからというもの、彼の劇場、『Phoenix』は休業を余儀なくされており、
ホークとのみならず劇場のスタッフ全員が、逼迫した状況に追い込まれていたのである。
皆、この劇場での仕事を失いたくない思いは多かれ少なかれあったのだが、如何せん、経営者が亡くなってしまってはどうしようもなく、諦めて別の仕事を探した方が早いといって、誰からともなく去っていってしまった。
ストリッパー達も、フランクも、皆。
この劇場が唯一の命綱といっても良い状態だったホークとは、彼等を何とか引き留めようと必死で説得を試みたが、言葉で訴えかける以外、二人に何が出来ただろうか。
大人達にもどうにも出来ないというのに、資金や経営知識を持ち合わせているどころか年齢すら十分でない未熟な二人に解決出来る問題ではなく、結局二人も流されるようにして諦めた。
そうするしかなかったのだ。
早速にも働かなければ、たちまちの内に生活が立ち行かなくなるのだから。

背に腹はかえられず、二人は渋々劇場を離れ、別の仕事を探した。
しかし、学歴も職歴も確かな身元もない少年少女には、条件の悪いその場凌ぎのような仕事しかなかった。
それに比べると、『Phoenix』は何と恵まれた職場だっただろうか。
トマスに拾われたのは、何という幸運だっただろうか。
二人は改めてそう痛感せずには居られなかった。
だが、過去の幸運を惜しんでばかりいても始まらない。
稼ぎが減ろうが、時間的なゆとりが減ろうが、ひとまず仕事にありつけているだけでも有り難い事だと思わなければならなかった。
ともかく食べていく為に、二人は黙々と働いた。
半月、1ケ月。
そうして、あっという間に2ケ月が過ぎた。





「はぁ・・・・・・・」

夕方に差し掛かり始めた頃、仕事を終えたは、疲れた顔で通りを歩いていた。
これから帰宅するのだが、それで今日が終わる訳ではない。
帰宅するや否や、洗濯物を取り込んで、部屋をざっと片付けて、夕食を作ってと、やる事が目白押しにある。
そして、先に一人で夕食を済ませたら、今度は深夜までまた別の仕事に行かねばならないのだ。
これでは、溜息がついつい重くなってしまうのも無理からぬ事である。
覇気のない顔でとぼとぼと歩いていると、ふと道の向こうでストリートダンスに興じている若者達の姿が見えた。


「あ・・・・・・・・」

同年代ぐらいだろうか、黒人の少年達が4人、軽快なステップを踏んでいる。
皆、楽しそうに溌剌と輝いている。
は足を止めて、彼らをじっと見つめた。


― 良いなぁ・・・・・・

はこのところ、毎日をただ生きていくのに精一杯だった。
夢に近付くどころか、日課だった自主練習すら出来ていない。
しかし、大変なのはだけではなかった。
ホークはホークで必死に働いているのだ。
この状況も、生きていく為に今はやむを得ないのだと諦め、二人で納得したつもりだった。
お互いの仕事の都合で生活サイクルが噛み合わず夕食も一緒に出来ない程のすれ違いが続いても、全く踊れなくなっても、夢から遠ざかっても、全て一時的な事だからと、決して余計な事を考えないようにしてきた。

だが、それもこれまでだった。


― 私・・・・・、何やってんだろ・・・・・・・・


は遂に、考えてはいけない事を考えてしまった。

毎日を一生懸命生きているのに、夢に近付くどころか遠ざかる一方なんて、何と皮肉な事だろう。
一体何の為に、こんなに必死になっているのだろう。
私の夢は、いつ叶うのだろうか。
私の夢は、本当に叶うのだろうか。

そう考えてしまった途端、ずっと抑えてきた欲求が、堰を切ったように溢れ出して止まらなくなった。



― 私も踊りたい・・・・・・・!

踊りたい。
何もかも忘れて、夢中で踊りたい。
たとえ夕食を食べる時間が無くなって、空きっ腹のまま次の仕事に行く破目になっても構わない。
今は肉体より、心が飢えている。
ただとにかく、踊りたい。
はその一心で駆け出した。




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後書き

またしてもお久しぶりの更新になりました(汗)。
前回に引き続き、何だかバタバタと忙しない展開です。
実はこれからちょっと新たな局面を迎える予定なのですが、その過渡期みたいなものだという事で、
ひとつよろしくお願いします。