SCARS OF GLORY 12




「・・・て・・・・・・」
「ん・・・・・・・・」
「起きて、ブライアン・・・・・・・」
「んん・・・・・・?」

身体を揺さぶられ、ホークは眉を顰めながら薄らと目を開けた。


「起きてってば!」

視界に飛び込んで来たのは、既に服を着てシャキッと目覚めている様子のだった。
そういえば、昨夜は狭かったベッドが、いつの間にか広くなっている。


「あぁ・・・・・、お前もう起きてたのかよ、早いな・・・・」
「もうすぐチェックアウトの時間よ。急いで支度して。」

大きな欠伸をしながら上半身を起こすと、容赦も色気もない言葉と共に服が飛んで来た。
まだ朝だというのに、はどうしてこんなに元気なのだろうか。


「・・・ちぇっ、つまんねぇの。」

昨夜の余韻に浸りながら抱き合ってゆっくりと惰眠を貪りたい、そして、あわよくばもう一度。
そんな期待は儚くもあっさりと打ち砕かれ、ホークは渋々諦めて、投げ渡された衣服を身に着け始めた。



「取り敢えず、これから仕事を探しに行きましょ!」

朝に弱いホークは、ノロノロとやる気なく着替えるだけで精一杯だったが、はキビキビと動き回りながら、かつ頭もフル回転させられるようだった。


「仕事?」
「そう。住み込みで雇ってくれる所か、寮のある所が良いわ。そうしたら住む所も一緒に見つかって、一石二鳥でしょ?」

は、髪に手早くブラシを入れながら続けた。


「私達もう殆ど文無しなんだから。グズグズしてられないわ。」
「分かってるよ、そんな事。けどちょっと待ってくれよ、起きたばっかりでそうポンポン言われても、頭がついていかねぇよ。」
「・・・・・・・ごめん。」

ホークが膨れ面をしてみせると、は気まずそうに謝った。


「怒らないでよ、ブライアン。悪かったわ。私達二人の、初めての朝だったのにね・・・・。」
「・・・・別に。怒ってねぇよ。」
「だけど、チェックアウトの時間も迫ってたし、それに、大事な事だと思ったから・・・・・。だって、二人で新しい生活を始める為にこうしてNYを飛び出してきたんだから、ちゃんとこれからの事を考えて行動しなきゃって・・・・」

弁解するのしょんぼりとした顔が妙に可愛らしく見えて、ホークは小さく吹き出した。


「もう良いって。怒ってねぇってば。ちゃんと仕事しなきゃいけねぇのは、俺だってちゃんと分かってるんだからよ。」

を抱き寄せて軽く口付けると、は安心したように微笑んだ。


「・・・・私ね、どんなにきつくてもまともな仕事に就いて、二人でちゃんとした生活をしていきたいの。ブライアンと一緒なら、頑張れる気がする。」
「そりゃ、俺だって頑張るつもりだけど・・・・・、だけどお前、良いのかよ?住み込みで一日中こき使われちゃ、ダンスの練習どころじゃなくなるかも知れねぇぜ?」

ホークは少なからず、その事を危惧していた。
食べる物も寝床もない状態が続くのは御免だが、かと言って、の踊る姿を見られなくなるのも嫌だった。
ダンスに専念とまではいかなくても、出来れば仕事はそこそこにして、夢の実現を第一に考えて欲しいのだが、の考えは既に固まっているようだった。


「分かってるけど、まずは二人で食べていかなきゃ!でしょ?」
「まあな・・・・・・」
「大丈夫!仕事と住む所さえ決まれば、練習の時間はちゃんと作れるもの!それに、暫く頑張ってお金を貯めれば、時間の短いパートタイムに変わる事だって出来るし!先は長いんだもの、焦る必要なんか無いわ!」
「・・・・・・・まあ、それもそうだよな・・・・・・。」
「そうよ!ねっ、力を合わせて頑張っていこうよ!」
「ああ。」

の考えを変えられる程説得力のある意見がある訳でもなく、ホークは賛成の意を示した。












モーテルを出た二人は、早速仕事を探して街を彷徨い始めた。
格式の高いホテルやカジノ・劇場などは、どこも採用基準が厳しくて取り合ってもくれなかったが、
マーケットにレストラン、酒場、ドラッグストアに雑貨屋、町工場など、働き場所なら他に幾らでもある。

しかし、折りしも時期はクリスマス真っ只中だった。
皮肉な事に楽しい筈のこの時期が、二人にとっては最悪のタイミングとなってしまったのである。




「そこを何とか、お願いします!」
「しつこいぞ!幾ら頼まれても駄目なものは駄目なんだ!バイトの募集なんかしていないとさっきから何度も言ってるだろう!?」
「もう良い、。行こうぜ。」

コンクリートの地面に唾を吐き、ホークはの手を引いて歩き始めた。
後ろでさっきの中年男が戻って来いと怒鳴っているが、構いはしない。
どうせあの店に雇って貰う訳ではないのだ。



「あのガソリンスタンドも駄目かぁ・・・・・・」

が、歩きながらぼやいている。
それも無理はない。
朝から探し始めて今はもう夕方近く、こんなにも長い時間、足が棒になる程歩き回ったというのに、
今しがたの口煩い店主が居るガソリンスタンド、その前は古そうなダイナーズ、その前は大通り沿いのハンバーガーショップ、その前のも、そして更にその前のも、どれもこれも見事に当たって砕けてしまったのだから。


「・・・・・・・うまくいかないね。」

働き口など、右から左に見つかるだろうと思っていたのは甘かった。
実際には、多くの店がクリスマス休暇の真っ只中で閉店していて、まず営業中の店を見つけるだけでも難しかったのだ。
見つけたとしても、突然フラリと入って来た身元不明の少年少女の厚かましい頼みなど、誰も聞いてはくれなかった。


「クソッ、クリスマスなんてクソ食らえだ。早く終われば良いのに。」
「これからどうしよう?休暇が終わるまで、飲まず食わずで野宿する訳にもいかないし・・・・・・」

財布の中には、もう僅かな金しか残っていなかった。
食事どころか缶ジュース1本買うのも躊躇ってしまう位で、どう逆立ちしてももう一泊分の宿賃など払えそうにない。
かと言って、観光客のハンドバッグをひったくって当座の金を作る事も出来ないのだから、もう打つ手はなかった。

















職を求めて当てもなく歩き続けて、もう丸1日。
疲れ果てた二人は今、町角の古ぼけた酒場の壁にもたれて、一言も発さずに薄汚れたアスファルトに座り込んでいた。
現実は、情け容赦なく厳しい。
当座の金も、これからの保証も手に入れられず、体力だけが限界まで磨り減ってしまい、
今朝にはあれだけ漲っていた希望と気力が、今はすっかりしぼんで不安と絶望に摩り替わろうとしていた。



「・・・・・・腹、減ったな・・・・・・・。」
「そうね・・・・・・・」

気付けば日はすっかり暮れていて、時計を見てみるともう夕方の5時を回っていた。
昨夜の夕食以降、何も食わず、水すら殆ど飲まずの状態では、体力の限界を感じるのも無理はなかった。


「・・・・・・・俺、何か買って来るよ。」
「でも・・・・・」
「流石にもう限界だろ。取り敢えず、何か食っとかねぇと。」
「・・・・・・うん・・・・・・・」

金は惜しいが、今は財布と同じ位、胃袋も逼迫した状態にある。
とうとう一文無しになるのも覚悟の上で、ホークは残った気力を振り絞って立ち上がった。
明日どころか1時間先の事も分からないが、とにかく今何か腹に入れておかねば、今夜中に二人して野垂れ死ぬ、それだけは間違いないのだ。


「待ってろよ、すぐ戻るから。」
「ん・・・・・・・」

いつになく弱気な顔をしているをその場に残したまま、ホークは飯の調達に向かおうとした。
その時。






「何だお前らは?ここで何をしてる?ここはガキの来る所じゃないぞ。」

てっきり閉まっているとばかり思っていた酒場の勝手口が開いて、中から気難しそうな初老の男が出て来た。


「え、あ、あの・・・・・・」
「人の店の前で溜まるんじゃない、とっとと行った行った!」

男は、座り込んでいるを邪魔そうに追い払うと、古ぼけた入口のシャッターを開けた。
錆だらけのシャッターは、持ち上げられると鼓膜にこびり付く悲鳴のような不快音をけたたましく上げ、二人は思わず顔をクシャクシャに顰めた。

険しい顔にお世辞にも身奇麗とは言い難い身なりが相まって、思わず一瞬怯み、追い払われるまま退散してしまいそうになったが。
しかし、シャッターを開けたという事は。



「あの、貴方はここの人ですか?」
「ああそうだよ、それがどうかしたか?」
「お願いします!私達を住み込みで雇って下さい!」

これが最後のチャンスだと、は再び声と気力を振り絞って男に頭を下げて頼み込んだ。
男は初め、目を点にしてを見ていたが、やがて呆れたように鼻を鳴らした。


「小娘が何を寝ぼけた事を・・・・・。お嬢ちゃん、ここが何屋か分かってるか?」
「何屋って・・・・・、パブかクラブ・・・・じゃないんですか?」
「確かに酒も出すし、古くてちっぽけだが、ここはれっきとした劇場だ。但し、ストリップ専門のな。」
「ストリップ・・・・・!?」

目を丸くして驚くを見て、男は馬鹿にしたように笑った。


「何だ、そんな事も分からねぇようなお子様じゃあ、舞台で踊らせる訳にゃあいかねぇな。」
「そんな事分かってます。ストリップ劇場だったなんて知らなくて、驚いたんです。」
「そうだろうともよ。さあ、さっさと帰んな。」

しかしには、ここで引き下がる気などなかった。


「ストリップ劇場のスタッフ皆が皆、ストリッパーって訳じゃないでしょう?雑用だって必要な筈だわ。雇って貰えませんか?皿洗いでもトイレ掃除でも、何でもやりますから!」
「皿洗いもトイレ掃除も間に合っている。仕事が欲しけりゃ他所を当たんな。」
「お願いします、何でもやります!!一生懸命頑張りますから!!」

男は、とことんまで食い下がるをうんざりした目で見てから、厳しい口調で尋ねた。


「・・・・・・お前達、家は?」
「それは・・・・・・、その・・・・」
「ははぁん、ストリートチルドレンか?」
「違います!」
「じゃあ家出人だな?」
「っ・・・・・・・」

図星を指されて黙り込むを見た男は、何処か満足げに見える顔で二人を叱責した。


「やぁっぱりな。そんなこったろうと思ったよ。ガキが駆け落ちごっこたぁ10年早え。下らねぇ事やってねぇで、とっとと家に帰って飯食って寝な。パパとママが心配してるぞ。」
「ちょっと待てよジジイ!下らねぇって何だよ!?これには色々と事情があるんだ!」
「ほーぉ、事情か。いっぱしの口叩きやがるじゃねぇか。だが、俺には関係のない話だ。」
「チッ、テメェみたいなジジイじゃ話になんねぇぜ!オーナーに会わせろ!!」
「オーナーは忙しいんだ、さあ、とっとと行った行った。商売の邪魔だ。」

その言い草に腹を立てたホークが、掴み掛からんばかりの勢いで男に詰め寄ったが、男は涼しい顔をして鼻で笑っただけだった。


「・・・・・お願いします、オーナーに会わせて下さい!何なら今日1日だけで良いんです!どうしても雇って貰いたいんです!私達、もう殆どお金が残っていないんです!お願いします、お願いします・・・・!!」
・・・・・・・!」

は、崩れ落ちるようにして男の前で土下座した。
ホークは一瞬、形振り構わないに唖然としたものの、すぐに止めさせようとの側に駆け寄ったが、男はただじっと黙っての丸い頭を眺めていた。


「・・・・・しつこいガキ共だな。」
「おいジジイ!そんな言い方・・・」
「・・・・ついて来な。」

そして、ボソリと呟いてから、一人でさっさと入口のドアの鍵を開け、中へと入って行った。


「え?・・・・・・・な、何だ、どういう事だよ・・・・・・・?」
「あ・・・・・・・、有難うございます!!!」

元気良く跳ね起きたは、この状況についていけていない様子のホークを引き摺って、男の後を追いかけていった。




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後書き

すっっっっごいお久しぶりの更新になりました(汗)。
またこれから新展開という事で、一つ宜しくお願いします!