SCARS OF GLORY 7




「クソガキが。二度と来るんじゃねぇぞ。」
「今度来やがったら、タダじゃおかねぇからな。」

警備員の一人が去り際に吐いた唾が頬に掛かり、ホークは腫れ上がった顔を不快そうに顰めた。


腕っぷしには自信があるが、こちらは一人、相手は十数人。
こうも多勢に無勢では、流石に敵わない。
揉み合いながらもあっという間に会場の裏口からつまみ出され、ホークはそこで警備員達の暴行を受ける破目になった。
しかも、向こうは武器を持っていたのだ。
警察を呼ばれたり、銃で撃たれる事こそ免れたが、まるで鬱憤晴らしのように殴られ、蹴られ、棍棒で滅多打ちにされて、もう起き上がるのも億劫な程に打ちのめされたのである。




「あぁ・・・・・・、ちくしょう・・・・・・・・!」

最後の力を振り絞って警備員が歩き去った方向を睨み付けてから、ホークは大の字で仰向けに転がった。


「頭に来るぜ・・・・・、クソッタレが・・・・・・!」

幸いにも意識はあるので、憎まれ口だけは叩けるが、身体はやはり動かない。
あちこちが痛み、口の中には血の味が広がっていて、腫れた瞼のせいで曇った空さえも良く見えない。
負けてボロボロになっている今の自分の姿を想像してみると、酷く惨めな気持ちになった。


「最悪だぜ・・・・・・・」

そう呟いた時。


「・・・・・・ブライアン!?」

の声が聞こえた。












「良かった、ここに居たのね!警察に連れて行かれてたらどうしようって心配してたんだから!」

駆け寄って来たは、青い顔でホークを抱き起こした。
そして、自分のバッグを漁ってタオルを取り出し、血や傷口の汚れを拭い始めた。


「ああ、どうしよう、酷い怪我・・・・・・!」
「大・・・・丈夫だよ、この位・・・・・・。」

タオルからふわりと漂ってくる甘酸っぱいの匂いと、頭を預けている胸の柔らかさが心地良い。


「いっ・・・・・!」

それらに気分良く浸っていると、不意に傷の痛みが蘇り、ホークは顔を顰めた。


「ああっ、ごめん!大丈夫!?痛かった!?」
「ああ・・・・・・、ちっきしょう・・・・・・・・」

やはり、気分は最悪だ。
痛みのせいで、思い出したくもないのに色々と思い出して嫌になる。
うんざりと目を閉じたホークに、は静かな声で尋ねた。


「・・・・・・・何で、あんな事したの?」
「・・・・・・なーんか・・・・・・、ムカついたんだよ。何が審査員だよ、何が『先生』だよ。何様のつもりだよ・・・・・、偉そうによ・・・・・・」
「ブライアン・・・・・・」

思い出したくもないのに、悔しさが後から後から込み上げてきて止まらない。
腫れて動かし難い唇を可能な限り動かして、ホークは悪態をつき続けた。


「あんなブタ共に、一体何が分かるって・・・」
「もう良いのよ、ブライアン。もう良いから。」

するとが、そんなホークの言葉を途中で遮った。


「・・・・・ね!お腹空かない?」
「・・・・・はぁ?」
「私、もうお腹ペコペコなんだぁ!何か食べに行こうよ!お給料出たばっかりだから、私が奢るわよ!残念会しようよ、ねっ!?」

ホークとは正反対に、当のは余りにもあっけらかんとしていた。
何だかこれでは怒り損で殴られ損だ。
そう思った瞬間、急に馬鹿馬鹿しくなってきて、ホークはすっかり怒気を削がれてしまった。


「・・・・・ヘヘッ。何でお前の残念会が、お前の奢りなんだよ。」
「ふふっ、細かい事は気にしないで!さあ、行くわよ!大丈夫、立てる?」
「ああ・・・・・」

ホークは、に支えられながら立ち上がった。
肩を借りる振りをしてを抱き寄せると、もさり気なく腕をホークの腰に回して来る。


「・・・・・大丈夫だ。何て事ない。」

やはりあちこち痛むが、歩けない事はない。そういえば、腹も減ってきた。



「・・・・・Let's Go!」
「Yeah!」

二人は親しげに笑い合いながら、雑踏の中へと消えて行った。





















クリスマスムードの最盛期を迎えているNYの街を見物しながら歩いた後、二人はダウンタウンに帰り、安いダイナーズで食事をした。
二人共、好きな物を遠慮なく頼み、大いに食べて飲んだ。
そして、何時間も馬鹿な話をして笑い合った。
その食いっぷりと賑やかさは、とても『残念』には見えない雰囲気であった。




「あーーっ!お腹一杯!!」

胃の辺りを大袈裟に擦りながら、は伸びやかな声でそう叫んだ。
すると、の声が狭い空き地に一時響いた。

そう、ここはいつもの空き地だ。
食事が済んで店を出てからもすぐに帰る雰囲気にならず、暫くウロウロと通りを歩いた後に、何となく着いた場所が此処だった。


「食い過ぎなんだよ、お前!散々飯食った後で、デザートにチーズケーキとチョコレートサンデーなんて頼むか、普通!?」

そういうホークも、テキーラを少々飲み過ぎて些か足元がフラついている。
食べ過ぎ・飲み過ぎはお互い様だ。
酔っているせいか、今夜はやけに面白おかしい気分で、ホークは始終笑い通しだった。


「甘い物は別腹なの!特に最近は、オーディションの為にずっと我慢してたんだから!」

それはも同じで、食事の時も、歩いている時も、ずっと下らない話をして可笑しそうに笑っていた。
だが、自ら発した『オーディション』という言葉がきっかけで、は不意に口を噤んだ。



「・・・・・・ごめんね、今日。折角応援に来てくれたのに、イイとこ見せられなくって。」

が真面目な声でそう呟くのを聞いて、ホークもまた、それまでのヘラヘラとした笑みを引っ込めた。


「でもね、私、痛感したの。ダンスが好きな気持ちは誰にも負けないと思ってたけど、勿論、今でもそう思っているけど、私はそれだけだったんだな、って。」
「・・・・・・どういう事だよ?」
「皆、巧かった。皆のレベルに、私は全然追いついてなかった。自分じゃ一生懸命練習していたつもりだったけど、皆は多分、もっともっと練習していたのよ、きっと。」
「そうか?」
「うん。まだまだ技術の磨きが甘かったわ。やっぱり独学じゃ限界があるのかもね。控え室で話していたら、皆、有名なダンススクールやアクターズスクールに通っているみたいだったし、やっぱりその辺の差が大きいのかも。」

はもう笑っていない。
かと言って、落ち込んで卑屈になっている訳でもない。
他人を評価する時のように冷静で、何かを分析する時のように真面目な顔をしていた。


「ねぇ、ブライアン?」
「何だよ?」
「私もスクールに入ろうかと思うの。」
「・・・・・・マジで?」

そして、その分析の結果、が出した結論を聞いて、ホークは驚いたように目を見開いた。


「と言っても、入門金やレッスン料を貯めてからになっちゃうけどね。やっぱり、プロのレッスンを受けた方が、もっともっと伸びると思うのよ!」
「けどよ、高いんじゃねぇのか、そういう所の費用って!?」

は簡単に言うが、100ドルや200ドルの話ではない筈だ。
そんな大金があったら、一体何が出来るか。
同じ使うにしても、学校などよりもっと楽しい使い道が他に幾らでもある。

だが、ホークとの価値観は、やはり違っているようだった。


「大丈夫よ!もっとバイトを増やして頑張れば、何とかなるって!」
「オイ、それ本気か!?」

女なら、売春でもしない限り、そんな大金を稼ぐ手段はないだろう。
しかし、『身体は安売りしない』主義のの事だ、ウェイトレスからコールガールに商売替えをするとはまず考えられない。
ならば、ウェイトレスの安い給料でそれだけの大金を稼ごうと思ったら、一体どれ位働かなければならないのか。貯め終わるのは一体いつになるのか。

それを考えて思わず気が遠くなったホークは、『狂気の沙汰だ』とでも言いたげにを見たのだが、は大真面目に頷いただけだった。


「勿論!まずはスクールに入学して、基礎からもっと技術を磨かなきゃ!」

そして、宣言するようにはっきりとそう言った後、ふと静かに微笑んだ。



「・・・・・・・って事が分かっただけでも、私、オーディションを受けられて良かった。」
・・・・・・」
「凄く良い経験になったわ。だから私、ちっとも落ち込んでないのよ。とっても楽しかったし、良い勉強になったし、それに・・・・・・」
「それに?」
「・・・・・・凄く嬉しかった。まさか、ブライアンが観に来てくれるなんて思ってなかったから。」

そう言って、は柔らかい眼差しをホークに向けた。


「踊り終わって、アンタの声と拍手が聞こえた時、何だかまるでスターになった気分だった。・・・・・・・嬉しかったわ、有難う。」

擽ったそうに微笑むを見て、ホークは鼓動が激しく高鳴るのを感じた。
そう、あの時と同じように。


「・・・・・・スターだったよ、お前は。」
「他の奴等がどれだけ巧かったかなんて関係ない。他の女なんてどうでも良いんだ。」
「ブライアン・・・・・・」
「俺の目には、お前だけが・・・・・・・」

オーディションの会場で、スポットライトを浴びて、眩い光の中で踊るを見ていた時のように。



「・・・・・・スターに見えた・・・・・・・・」

少し潤んだ黒い瞳を瞬かせているを抱き寄せて、ホークはそっとその唇にキスをした。




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後書き

夢は残念ながら叶いませんでしたが、ヒロインには新しい目標が出来ました。
そして、ホークとの間も(ようやく)急接近。
・・・・・・という所で、そろそろこの作品において大きなポイントに
差し掛かろうかという感じになってきました。
だからと言って佳境に入る訳ではなく、話はまっだまだ続きます(笑)。
長々としつこくなりそうで申し訳ないのですが(汗)、どうぞ気長にお付き合い下さいませ。