SCARS OF GLORY 3




このスラムの街は、ここで育った者にとって街全体が遊び場のようなものだ。
細い路地の一本一本が何処へ通じているか、ここの子供達なら皆知っている。
迷路のように入り組んだ道を履き古したスニーカーで踏みしめながら、ホークは特に行くあてもなく、足に任せて歩いていた。

しかし、生憎と今日は比較的平和な一日のようだった。
出て来れば何かしらあると思っていたのだが、今日に限ってストリートファイトも見かけなければ、良い女の一人も見当たらない。


「ちくしょう、こんな時にジェニーの奴でも居たらな。」

ジェニーというのはホークの5歳年上の、ガールフレンドだった女だ。
2ヶ月前に付き合い始めて、1ヶ月前に別れた彼女は、ホークと別れてすぐに新しい男を作り、このNYのスラムを離れていた。


「暇潰しにはもって来いだったのに。」

最近は、無料で身体の関係を結ばせてくれる女ともなかなか巡り会えない。
抱かせてくれる女は沢山居るが、皆それを商売にしているのだ。
彼女達は、こちらが払うものを払わなければ、笑顔さえも向けてはくれない。
しかも今はまだ昼下がりだ。
彼女達が街に出て来るのは夜、それまでとてもではないが待てそうにない。
かと言って、レイプと強盗の格好の的になる観光客なども、昨今では賢くなってきていて、そうそうこのスラム街には現れない。


「・・・・・仕方ねぇ。出て来たばっかだけど、家に帰って一発抜いて昼寝するか。」

獲物の見つからない肉食獣が、退屈凌ぎとエネルギーの浪費を抑える為に惰眠を貪るように、ホークは気だるげな表情で路地を抜けた。
来た道を引き返すより、ここを抜けた方が家に近いからである。
この路地を抜けた先には、ビルとビルに挟まれるようにして猫の額程の空き地があり、そこでは近所の少年達が、バスケットなどをして遊び転げている筈だった。



しかし。




「ん・・・・?」


いつもの少年達は居なかった。
代わりに居たのは、東洋系の一人の少女だった。


「見かけない顔だな・・・・」

少女はホークに気付く事なく、ラジカセから大きな音で流れて来る音楽に合わせて踊っている。
ホークはそのまま暫く、少女の跳ねる黒く短い髪や引き締まった華奢な肢体をニヤニヤと眺めていたが、やがて獲物に狙いをつけた獣のように、彼女の方へと近付いていった。
さり気なく、彼女のダンスに交ざるようにして。




「・・・・・・・あんた誰?」

すぐに少女はホークに気付き、踊りながら口を開いた。
しかしホークはそれに答えず、相変わらずニヤニヤと笑いながら、彼女を真似て音楽に身を任せていた。


「ねえ、あんた誰よ?」
「誰でも良いじゃねぇか、俺も交ぜてくれよ。丁度暇してたんだ。」
「暇?」

少女は小さく首を傾げると、東洋人独特の感情を量り難い表情を浮かべて音楽を止めた。


「私は暇じゃないの。暇潰しなら他所でやって。」
「ヘヘッ、冷たい事言うなよ。それにどう見てもお前、踊ってるだけじゃねぇか。」
「これは大事なレッスンなの。遊びじゃないのよ。」
「ふ〜ん。なに、ダンサー志望か何かか、お前?」
「まあね。分かったらどっかに行って。邪魔よ。ショバ代なら、悪いけど今は持ち合わせがないの。今度払うから、そういう事で。」

ベビーフェイスの癖に、一丁前にこのスラムの道理を弁えたような事を言う少女に、ホークは思わず笑いそうになった。
一見ケビンと同い年位にしか見えないが、大人びてなかなかしっかりした感じがする。
もしかしたらジュニアハイに入ったばかり位かも知れないと想像しながら、ホークは少女の肩に腕を回そうとした。

その時。





「おい、お前。見かけない顔だな。」
「誰に断って俺達の遊び場を勝手に占領してる?」

いつもの少年達が、バスケットボールを片手に少女を見据えていた。

子供は大人の鏡とは良く言ったもので、ここの大人達が口走る台詞を、子供達は幼い内から無意識に真似て使う。
こんな風に新参者を見かけた時や、喧嘩をする時などに。


「だって知らなかったもの。ここってあんた達の場所だったの?」
「そうだよ。だから、ここで遊びたいならショバ代出しな。」
「今持ってないの。今度払うわ。」

少女はこまっしゃくれた様子でそう言うと、そ知らぬ振りを決め込んだ。
しかし、少年達はそれで納得しなかった。


「今度なんて待てねぇ。今すぐ払え。無いって言うんなら、そのラジカセでも良いぜ。」
「駄目っ!!」

足元にあるラジカセを指差された瞬間、少女はそれまでの余裕を崩してそう叫んだ。


「これは私の大事なものなの!これは絶対に渡せないわ!!」
「ヘヘッ。じゃあ益々欲しくなった。おい!」

リーダー格らしい少年が合図をした途端、少年達は全員少女に向かって踊りかかった。
奪われまいと咄嗟にラジカセを抱きかかえて抵抗する少女を押し阻み、その腕から獲物を奪おうとしている。
そんな彼らの様子を何をするでもなく眺めているホークに、少女は助けを求めた。


「ねえ、助けて!!こいつら追っ払って!!」

皆まだ12〜3歳位の子供達とはいえ、こうして束になってかかれば、少女一人取り押さえてリンチや強盗を働く位、訳はない。
故に少女が助けを求めて来るのも、無理からぬ事だった。
しかし、タダで助けてやる気はない。
ホークは口の端を吊り上げると、少女に向かって言った。


「良いぜ、俺にショバ代払うならな。」
「い、幾らよ!?」
「取り敢えず、今から俺に付き合え。嫌なら良いんだぜ。その大事なラジカセ、盗まれても知らねぇけど。」
「わ、分かったわよ!付き合うから!!お願い、何とかして!!」
「O.K.・・・・・・・」

ホークはニタリと獰猛な笑みを浮かべると、少年達に殴りかかった。


「うわぁっ!!」
「げふっ!!」

年下だの年上だの、ホークにとっては全く関係のない事だった。
明らかに力も体格も差のある年下の少年達相手に、ホークは容赦なく拳を振るい、瞬く間に全員をのしてしまった。


「ううっ・・・・」
「ゲホッ、ゴホッ・・・・!」
「ヘッ、お前らみたいなガキが、ショバ代だの何だの騒ぐのは10年早いぜ。」

そういう自分も人の事を言えた義理ではなかったが、ホークはそれを棚に上げて、地面に転がっている少年達を無造作に蹴散らし、少女に歩み寄った。


「来いよ。」
「・・・・・・」
「今更逃げようなんて思うなよ?逃げたら殺すぞ。」
「・・・・・逃げないわよ。」

少女は憮然とした顔をしながらも、渋々ホークの後について歩き始めた。










行きつけのダウンタウンのハンバーガーショップに入り、ホークは向かいの席に座ってコークを飲んでいる少女の方へと身を乗り出した。


「お前、チャイニーズ?ジャパニーズ?」
「これでもアメリカンよ。確かにママは日本人だけど、パパが日系3世で、私は生まれも育ちもアメリカなの。」
「へぇ。名前は?」
で良いよ。」
「俺はブライアン、ブライアン・ホーク。俺は生まれてからずっとここに住んでるけど、お前は新顔だな。最近越して来たのか?」
「うん。この間までシカゴに居たんだけど、パパが金に困って仕事先のバーで売上盗んじゃってさ。シカゴに居られなくなって、こっちに逃げて来たの。」

世間話のような口調で語られるの話を、ホークもまた世間話かのように聞いていた。
別に珍しくも何とも無い話だからだ。


「それよりお前、幾つだ?」
「私?幾つに見える?」

悪戯っぽく輝く瞳でそう尋ねられたホークは、暫し真剣に考え込んで首を捻りながら答えた。


「12・・・・、いや、3?」
「全部外れ。16よ。」
「何だって!?」

ホークは目を見開いて驚いた。


「俺と同い年だってのか!?嘘だろ!?」
「へー、同い年なの?」
「信じられねぇ、そのベビーフェイスで・・・・・!」
「ふふっ、それよく言われる。」
「やっぱ東洋系の奴の歳は分かんねぇ・・・・!」

ホークは驚きながらも、よくよく注意してを観察してみた。

なるほど、顔は童顔だが、そう言われれば身体つきは少し大人びて見える。
大きさは控えめだが、Tシャツの前には二つの小山がしっかりと出来ているし、顎から首筋にかけてのラインは、女の色香を漂わせ始めている。

胸も膨らんでいないような子供ならガッカリだったが、これなら。

そう思ったホークは、ニタリと笑って少女の手を取った。



「じゃあ、俺にショバ代払えるよな?」
「何の事?だからこうしてお喋りに付き合ってるじゃない。」
「馬鹿言うな。あのガキ共から助けてやったんだから、一発付き合うぐらいしろよ。」
「ああ・・・・」

は曖昧に笑って誤魔化すと、ホークの手をやんわりと解いてにっこりと微笑んだ。


「そうね、助けてくれて有難う。でも悪いわね。私、身体は安売りしない事にしてるの。だから、これがお礼って事で許して?」

そう言うとは立ち上がり、ホークの頬に軽く音を立ててキスした。


「じゃあね、バーイ。」
「おい、待て・・・!」
「Hey、ブライアン!」


そのまま颯爽と踵を返して去って行くを追いかけようとしたところで、ホークは店に入って来た悪友の一人に運悪く捕まってしまい、そのままそこで延々彼の趣味である音楽の話を聞かされる事になった。




「よお、聞いてるのか、ブライアン!?ちゃんと聞いてくれよ、俺の新曲!!今度のはマジ最高なんだって!」
「ああ・・・・・・・」
「・・・・・もう良い。勝手に弾いてる。」


ふて腐れる悪友の声も、彼が爪弾くギターの音も、ホークの耳には届かなかった。




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後書き

やっとヒロインが出て来ました(遅)。ホーク共々16歳らしくないですが(笑)。
最初は純ジャパニーズにするつもりでいましたが、日系アメリカ人にしてみました。
ちなみにこの作品は(も、ですね)、管理人の独断と偏見で書いております。
スラムの描写やらホークの家族構成なんかも勿論全て架空ですので、
そういう設定の話と思ってご覧下さいませ。