SCARS OF GLORY 2




「Mr.ホーク、昨夜の試合も素晴らしいものでしたね!全米で注目されていた期待のルーキーでさえ、たったの一撃も貴方に入れる事が出来なかった!このUSAではもう挑戦者は居ないと専らの評判ですが、それについてはどうお考えですか?」

雑誌社のインタビュアーだという青年にそう訊かれ、ホークは退屈そうに鼻を鳴らした。
ジムには日頃からあれ程男のインタビューは受けないと言っているのに、全く腹立たしい。
しかしながら、『女が行けば必ずホークの毒牙にかかり、とてもインタビューどころではない』というのは、事務所のみならずこの業界中に広く知れ渡っている事なので、こういう状態になる事もそう珍しくはない。


「・・・・・別に。」
「なるほど、挑戦者などは全く眼中にないという事ですね?ところで、来月はいよいよ訪日ですが、マモル・タカムラとの試合に対する意気込みは?」

マモル・タカムラ。
その名は一応聞いて知っている。日本での試合相手だ。
しかしホークの眼中には、彼の存在など全く無かった。
対鷹村戦に備えて練習する気もなければ、彼の技や癖などを研究しようとも思わなかった。

何故なら、そんな必要がないからだ。

星の数程のボクサーがひしめき合うこのアメリカで、誰もホークからベルトを奪う事は出来なかった。
いわばホークは、無敵のチャンピオンなのだ。
世界の王者を相手に、極東のちっぽけな島国生まれの選手が、仮に少しばかり良いセンスを持っていたところで何が出来る筈もない。


「意気込みなんてないさ。この俺を誰だと思っている?」
「なるほど。チャンピオンの座は確実に防衛する、と?」
「試合場所がAWAYで良かったよ。これがベガスなんかでやった日には、客が退屈がっちまう事間違いなしだ。何しろこの国の連中は目が肥えてやがるからな。かませ犬のイエロージャップが相手じゃ、観る気もしないだろうよ。俺が客ならまず観ない。」
「ハハハ、素晴らしい自信ですね!流石はチャンピオン!でしたら、是非ゆっくりと観光などなさって来ては?フジヤマ、サムライ、芸者ガール・・・・お好みは?」

ジョークの好きな男なのか、インタビュアーはあっけらかんと笑ってそう言った。
ホークはそれに只笑っただけだった。気を悪くするつもりは無かった。
たとえそれが自信満々なホークに対する密かな皮肉であっても、だ。

皮肉や中傷など、王者の座に就く者にとっては常について回るもの、実力と人気の裏返しのようなものだ。
どんな話題でも良い、騒がれている内が華、騒がれなくなったら終わりなのだから。
それに。



― 日本・・・・・・



試合などどうでも良い。
しかし、日本には行きたかった。
国民の殆どが黒い瞳と髪を持つ人種ばかりのあの国に行けば。
遠い記憶の中に埋もれてしまった幻に似た面影ぐらいは、せめて見つけられるかも知れない。
だから・・・・・・・・・













NYのスラム街には、誰一人まともな者など住んではいない。
税金も社会保険番号も全てが無縁のもの、社会の常識全てが別次元。ホームレスも珍しくない。
ここでの現実は、毎日のように流れる血とその血で赤く染まった金、人を破滅に導く白い粉、一時の快楽を求めて獣のように交わる男と女の喘ぎ声、そんなものだった。

そして、そんな男と女の間には、野良犬の仔のように次々と赤ん坊が生まれた。
堕胎する金もなく、仕方なくこの世に産み落とされた赤ん坊の悲痛な産声は、いつもこのスラムの何処かから聞こえていた。


普通の家庭で生まれた赤ん坊は、親兄弟の愛情に包まれてすくすくと育つが、ここにはそんなまともな家庭などまず無いに等しく、スラムの子供達の寿命や幸福は、その子の持って生まれた運の強さで決まるようなものだった。
故にスラムの子供達は、生きる環境も身体能力も辿る運命も、千差万別だった。

生まれてすぐに殺されたり、
施設に保護されたり、
母親の胎内でドラッグ中毒になり、重い障害を背負って生まれて来たり、



またその逆に、人並外れた力を持って生まれたり。


そう、たとえばこの少年のように。















「やったぜ、ブライアン!」
「やっぱお前でなくちゃな!お前が居れば、銃なんて怖くねぇよ!」

悪友達に肩をバシバシと叩かれて、ホークはニヤリと口元を吊り上げた。
たった今KOしてやった雑貨店の主の血で赤く染まった拳を、シャツの裾で乱雑に拭きながら。
傍らには、結局一発も撃たれる事のなかった銃が、玩具のように転がっていた。


「早いところ金奪って逃げようぜ!ポリスが来る!」
「おう!」

ホークはレジを床に叩きつけて開けると、中の紙幣・コインに至るまで無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。
いや、ホークだけではない。その場に居た悪友全てが同じ事をしていた。
そうして店の金を根こそぎ奪い、ついでにミントガムも一つずつかっぱらうと、ホーク達は窓から飛び出してスラム街の奥へと駆けて行った。








スラム街の安アパートの一室、そこがホークの住まいだった。
所々染みのある階段を3Fまで上がり、フロアの一番突き当たりの部屋では、今でもまだ恐らく、ホークが強盗に出掛ける前と同じ状態であろう。
ホークはうんざりとした顔をしながら玄関を潜った。



「アーーン、アーーーン!!」
「うるっせぇな、まだ泣いてんのか。」

廊下では幼い妹が、やはり出て行った時のまま大の字になって泣き叫んでいる。
ホークはうんざりした顔で一瞥した後、苛立ちに任せて怒鳴り散らした。


「いつまで泣いてんだ、エイミー!!ブン殴るぞ!!」
「だってーー!!ケビンがあたしのドーナツ全部食べたんだもんーー!!」
「ケビン、こいつを黙らせろ!!お前が泣かしたんだろ!!」
「だって俺の分、ケイトが取りやがったから!!!」
「何言ってんの!お腹空いてたからちょっと貰っただけじゃない!!あたしは夜通し働いて来てクタクタなんだから、ドーナツの1個や2個ぐらいでガタガタ言うんじゃないわよ!!」

ホークの怒鳴り声をきっかけに、リビングはたちまち子供達の罵声で騒然となった。



ソファで忌々しげに煙草を吹かしているのは長女のケイト、18歳。
地元のジュニアハイにもろくに通わないままストリートガールになって、もう3年は経つ。
稼いだ金の何割かは確かに母親にぶん取られているが、その大半は自身の衣服や装飾品や化粧品、そして男に貢いで消えている。

TVを観ながら口を尖らせているのは三男のケビン、11歳。
まだ銃や薬、女の味は覚えていないようだが、そうなるのも時間の問題だ。

相変わらず廊下で手足をばたつかせて泣き叫んでいるのは次女のエイミー、5歳。
こうしてすぐに癇癪を起こすので家族中から疎まれているが、まだ幼い故に、家族の機嫌が良い時には可愛がられている。

それから、この場には居ないが、4年前に家を出て行った長男が居る。
死んでいなければ、今年で20歳になるクリスだ。
マフィアの末端にでも潜り込んだか、賭場ででも働いているのか、消息は全く不明である。
しかし、それも家族の者は別に気に留めていなかった。



そして次男のブライアン、16歳。
彼を含めたこの5人が、ホーク家の子供達であった。
そして、それぞれ父親の違うこの5人の子供達を産んだ母親は。







「mm・・・・・、Oh・・・・・・・・!」

入って来るなと言わんばかりに扉の閉められたベッドルームから、中年女の淫らな喘ぎ声が聞こえて来る。


「チッ・・・・、まだヤってんのかよ。」
「終わる訳ないでしょ。まだ来て一時間も経ってないんだから。」

ホークの野次を更に野次るようにして、ケイトが顔を顰めてそう吐き捨てた。


「最近はあの男ばっかり来るぜ。ママ、もしかして結婚するとか言い出したりして。」
「うっとうしい事言わないでよ、ケビン!これ以上新しい旦那が増えて、これ以上兄弟が増えても、困るのはあたしなのよ!ママは面倒事はあたしにばっかり押し付けるんだから!」
「何でお前だけなんだよ。俺だって十分面倒事押し付けられてる。ほらよ。」

ホークは苦々しい顔をして、ポケットからさっき盗んで来たばかりの金をばら撒いた。


「ワオ!これで今週は何とか食い繋げそう♪こないだまたアダムにもってかれちゃってさ、あたし困ってたのよ!」
「おいケイト、これはお前の小遣いでも、お前の男の小遣いでもねぇぞ!今月分の俺の生活費だからな!」
「分かってる分かってる!!」

紙幣を何枚も握り締めて喜ぶケイトをうんざりと見て、ホークはまた玄関にとって返した。
自宅とは言え、そう長々と居たい場所ではなかったからだ。
妹の泣き叫ぶ声と弟の観ているTVの爆音、姉の長電話の声と母の媚びた喘ぎ声など、そうそう聞いていたいものではない。


そして、逃げるように駆けて行くホークを呼び止める家族も、また誰一人居なかった。




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後書き

一話目からさっそく裏行きでしたが、一応これが話の初めのようなものです。(←いい加減)
別に一話目を読まなくても、ストーリーの進行には全く差し支えありません。
一話目も二話目も、ヒロイン出てませんし(爆)。