ONLY ONE 4




時の経つのは早い。
気がつけばもうすっかり桜は散り、瑞々しい新緑がそこここに溢れかえっていた。
折りしも世間はGW、行き交う人々の顔も心なしか楽しそうである。
少し汗ばむほどの陽気の中、間柴はとある公園で人を待っていた。
初めて出会った日のような、じんわりと暖かい、春の木漏れ日のようなを。






そう、彼らもまたGWを楽しむ人々の一組であった。
久美は病院の同僚達と旅行に行くといい、昨日出掛けて行った。「まさか幕之内じゃねぇだろうな・・・」と問い詰めてみたが、「そんなわけないでしょ!」と即座に否定された。もちろん本当は彼と青木・トミ子の4人で行く予定なのだが、それを悟られるようなヘマはしない。伊達に長年『妹』はしていないようだ。
彼とてそれは同じであるから、もちろん半信半疑であり、後をつけるかと考えていたところ、思いもしなかった誘いを受けたのだ。



『あの、GW中にお暇ありますか?』


いつものように帰る途中、からいきなりそう聞かれ驚いた。
運送会社での仕事は休みであったし、することといえば練習か久美を尾行するかぐらいであったので、とりあえずOKした。
日時を今日の正午と決め、二人の家の中間地点にある公園を待ち合わせ場所にした。

『あ、そうだ。もし遅れるとか何かあったら、ここへ連絡して下さい。』
はバッグから手帳を取り出して携帯の番号を書き、ちぎって間柴に寄越した。
実は最近彼もやっと携帯を購入していた。彼自身は不要だと言ったが、何かあったときに便利だから、と久美に半ば無理やり買わされた。

『・・・書くもの寄越せ。』
そう言ってに手を差し出す。が持っていた手帳とペンを渡すと、そこに自分の番号を乱雑に書き殴り、に突き返した。

彼が、久美とジムの会長と運送会社の社長以外にこの番号を教えたのは、初めてのことであった。






デート(そんなんじゃねぇ!←間柴)前夜、彼は興奮してあまり眠れなかった。


別に女性と出掛けたことがないわけじゃない。一通りの経験はある。
しかし彼は未だかつてないほど、ここしばらくの自分の気持ちに戸惑っていた。それは、が彼にとって明らかに特別であることを 意味していたが、まだ彼はその事実を素直に受け入れられなかった。


浅い眠りを貪り、いつも通りに起床してロードワークを済ませ、朝食を摂った。
待ち合わせまではまだ時間があったが、家に居ても落ち着かないので少し早く来てしまった。
ベンチに座り、腕を組んで待つ。本人はソワソワと落ち着かないだけなのだが、傍目から見ていると凶悪な面構えになっている。
自然と周りの人々が蜘蛛の子を散らすように去っていく。



そして約束の10分前、待ち人は現れた。



「間柴さ〜ん!お待たせしました〜!!」





『有り得ねぇ!』周囲の人々の表情がそう物語る。
こんな凶悪そうな男が、あんな清楚な女性と。

オフホワイトのツインニットに、モスグリーンのチェックのロングスカートを着て、胸まである長い髪のサイドを結い上げた は、明るい清潔な魅力を十二分に醸し出していた。



「・・・・さっさと行くぞ」
立ち上がりスタスタと歩き出す間柴。太陽を背に笑顔で歩いてくるに目を奪われそうになったのを必死で隠す。
「はい!」
笑顔のまま、彼の後を追う

後に残されたのは、まだ唖然とした顔のギャラリーであった。






駅に向かい電車に乗り、目的地へと着く。

が映画のチケットを持っていたので観に行くのだが、まずは軽く腹ごしらえをする。
映画館に入り、飲み物を購入して座席に着く。上映開始から随分経ち、そろそろ終了する頃だからか、場内は時期のわりに それほど混雑しておらず、スクリーンが見やすい位置を陣取る。

上映されたのはB級アクション映画で、決して話題作ではなかったが単純明快なストーリーと、キャラの面白さが気に入り、 珍しく間柴は画面に見入っていた。
ふと横を見るとが楽しそうな表情でスクリーンを見つめている。彼の視線に全く気付かないようだ。
目が合うのも気まずいので、彼もまたすぐにスクリーンに目線を戻した。




「結構面白かったですねぇ〜!」
にこにことが話しかける。
「・・・・まぁな。」
「新聞屋さんにタダでもらったチケットだったし、あんまり聞いたことないタイトルだったから失敗かな?と思ってたんですけど、 私的には当たりでしたよ〜。」
「馬鹿馬鹿しい話だったがな」
「そこが面白いんですよ〜!」


先程の映画の内容を話しながら、映画館を後にした。
少し日の落ちた外を歩きながら、他愛もない話をする。


「そういえば、間柴さん今日は夕方の練習いいんですか?」
「今日はジムには行かねぇ。」
「そうですか、ならこの後どうします?中途半端ですよね?」
「・・・茶でもするか、晩メシにはまだ早いだろ」
「そうですね。あ、今日妹さんは?」
「・・・・」
「どうかしました?」

久美のことを聞かれて突如兄モードに入る間柴。幕之内の顔が一瞬頭をよぎり、こめかみに青筋が浮かんだが、今から尾行することも不可能だ。


−幕之内、久美に手ェ出してやがったらマジで殺す・・・・。


「・・・なんでもねぇ。昨日から同僚と旅行に行ってる。」
「そうなんですか〜、じゃあとりあえずどこかでお茶飲みましょう、それで適当な時間になったら夕食ということでどうですか?」
「・・・あぁ。」
目に付いた喫茶店に入り、コーヒーを頼む。
はコーヒーはあまり得意でないらしく、紅茶を頼んだ。
一時間ほど時間を潰して店を出て、のお気に入りというイタリアンレストランへ向かった。




カジュアルな雰囲気のレストランは、若い女性やカップルが圧倒的に多く、慣れない雰囲気に間柴は気まずいことこの上ない。
そんな彼をよそには、
「ここトマトソースがすごくおいしいんですよ〜。来ると必ず頼むんです。」
などと、のほほんと言う。
適当に注文を済ませ、料理が来るのを待つ。

考えてみれば、と食事をする機会はあまりなかった。たまにその場の空気で食事をして帰ることはあったが、それも数える程度だった。
しかもそんな時に入る店といえば、ラーメン屋や定食屋など、色気のない店ばかりで、いかにもデートコースらしい 店に入るのはこれが初めてだった。

ほどなくして料理が運ばれてきて、早速二人は食べ始めた。
料理はどれもおいしかった。特にの言うとおり、トマトソースのパスタは絶品だった。
注文したものをペロリと平らげ、食後のコーヒーを飲む。
間柴は普段からアルコールはほとんど摂らないし、もまた弱い体質らしく、ソフトドリンクを飲んでいた。
いつもどおりの他愛のない話が弾み、気がつくと結構な時間になっていた。


「そろそろ出ましょうか。」
「そうだな。」


席を立ち、会計を済ませて店を出た。時間は夜の9時を回っている。
自宅の最寄り駅に到着し、電車を降りた。
そのままいつものくせで、を家まで送る。

今日はよく喋った。こんなに長い時間を一緒に過ごしたのは今日が初めてだ。
間柴は、もうずっとこんな楽しい時間を過ごしていなかったことに今更ながら気付く。


しかしはどうだろうか。見た限りでは一日中楽しそうに笑っていた。会話も弾んだ方だと思う。
は自分をどう思っているのだろう。友人か、それとも・・・・。


こんなことを考えている自分に、喝を入れる。
世界を取ろうとしている奴がふ抜けてんじゃねぇ。
女にうつつを抜かしてるヒマなんざねぇんだ。女は荷物になる。だから言い寄ってくる女共は残らず蹴散らしてきた。


俺は別にこの女に惚れてなんかいねぇ。俺は、俺は・・・・・。





「どうかしました?難しい顔して。」
きょとんとした表情で、が小首を傾げて間柴を見上げてくる。

自分の中の相反する二つの感情がざわめく。
どうにかなりそうな自分を必死で抑えつけようと、拳を握り締める。

「・・・なんでもねぇ」
「あ、着きました〜。」
そんな彼の想いを知らないは、のんきに自分のマンションへと歩み寄る。

「今日はとっても楽しかったです、ありがとうございました!まさか付き合ってくれるなんて思わなかったからすごく嬉しかったです。」
「・・・じゃあな。」
これ以上といると、自分の理性がもたない。挨拶もそこそこに背を向けて帰ろうとする間柴を、ふいにが呼び止めた。


「あの!」
「・・・・・・」
「良かったら、上がってお茶でもいかがですか?」




・・・上がれ、だと?どういう意味だ?

振り返ってを見ると、心持ち頬が赤く染まっている。
突然の誘いに驚いたが、眉間に皺を寄せて何とか表情に出ないようにする。



・・・・・ここらではっきりさせておくのもいい。
何事もなければこのままだ。女と『友達』なんて、自分的には訳の分からない関係だが、まぁそれも悪くはない。



・・・・もし、何かあれば、その時は・・・・


ゴクリと喉を鳴らし、の方へ歩み寄る。





は、近づいてくる間柴にほっとしたように微笑みかけ、「どうぞどうぞ!」と先頭をきってマンションの階段を上がる。
4階建ての2階に、の部屋はあった。
鍵を開け、先に中に入る


「どうぞ〜♪」と呼びかけられ、間柴は意を決して中へと踏み込んだ。




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後書き

二人の初デートです。
ですが兄さん、素直じゃありません(笑)。
このまま兄さんの自主性に任せていたら先に進みそうにないので、管理人権限で無理やり進ませてみました(爆)。
初めてのお宅訪問、どう転ぶやら・・・・。

04/02/16 文章1箇所修正。内容には影響ありません。