SACRIFICE 14




「久しぶりだな、ユリア。具合はどうだ。」
「・・・・もう大丈夫です。心配には及びません。」

久々の対面に喜びを表すシンとは正反対に、ユリアの表情は固かった。
しかしシンはそんな事など気にもならないといわんがばかりに、ユリアの肩を抱き寄せた。

「そうか。それは何よりだ。折角新天地にやって来たのに、床に伏してばかりではつまらんだろう。」
「どこへ?」
「黙ってついて来い。来れば分かる。」

シンは有無を言わさずユリアを連れて、城の最上階にある大広間へとやって来た。
壁が吹き抜けになっていて町の景色が一望出来るこの部屋は、部屋としての実用性は無いに等しい。
だが、ここに関してはそれで良かった。
この部屋は長時間過ごす目的で造られたものではなく、シンが自分の持つ権力を測る為の、いわばバロメーターのような目的で造られたものであったからだ。
改まった謁見の時以外は滅多に誰も近付かないこの部屋を、シンは大層気に入っていた。

ユリアが自室に閉じこもっていた間、シンは時折この部屋にやって来ては町を眺めていた。
早くこの景色をユリアにも見せたいと思いながら。
そうすれば自分達の関係も何かがきっと変わるだろうと、予感とも希望とも言い得ぬ思いに浸っていたのだ。

そして、それが今ようやく実現した。
シンは、何かに誘われるように吹き曝しの部屋の端に向かって歩くユリアを満足そうに見つめた。
視界一杯に広がる広大な町並みに感動し、喜んでいるのだ、と。
ようやくこの心が報われる時が来たのだ、と。

そうだ。喜んでくれ。
この町の全てはお前のものだ。
俺はお前の為なら何でも手に入れてみせる。
ユリア、お前は俺の全てなのだから。

愚かしくも狂おしい愛に目が眩んでいるシンには、背を向けて歩いていくユリアの表情を伺う事など思いつきもしなかった。
そして、その胸中を察することも。





ディナーの支度を整えたは、二人を呼びにユリアの部屋を訪れた。
しかし誰もいない。
シンの部屋だろうか?
しかし、ユリアは以前の城でも、只の一度たりとも彼の私室に足を踏み入れようとはしなかった。
シンもまた、ユリアを自室に引っ張り込むような真似はした事がない。

― どこへ行ったのだろう?

は心当たりの場所をしらみつぶしに探し始めた。



しかし、その何処にも二人の姿を見つけることは出来なかった。
もう一度ユリアの部屋へ戻ってみたが、やはり依然としてもぬけの殻のままである。
仕方なく、はシンの部屋へ行ってみることにした。


「失礼いたします。」

何度かのノックの後、は室内にそっと足を踏み入れた。
そして、椅子に腰掛けて俯くシンの姿を見つけた。
はシンに近付いて行った。

「KING様、こちらにおいででしたか。」

が声を掛けても、シンはまるで聞こえていないといった風に微動だにしない。
眠っているにしても不自然な姿勢であるし、また機嫌を損ねている様にも見えない。
不審に思ったは、もっとよく様子を伺おうとシンの目の前まで近寄って声を掛けた。

「KING様、一体どうなされたのですか?」
「・・・・か。何用だ?」
「ディナーの準備を整えたのですが、あの、ユリア様はどちらに?」
「・・・・・ユリアは、もういない。」

シンはの方を見ようともせずに、ただ一言だけそう言った。

「な・・・・・・」

にわかには信じ難い事を聞かされて、は言葉を失う。

「・・・・そんな、ユリア様・・・・」
「・・・・・・何も言うな。出て行け。」
「KING様、どうか納得のいくご説明を・・・」
「出て行けと言っている。」

未だかつて見たこともない程冷酷な視線をに向けて、シンは出て行けと吐き捨てた。
シンの身体全体から、何者をも拒むようなオーラが出ている。
これ以上何かを言うことも許されず、はただ逃げるようにその場を離れるしかなかった。




再び一人になった部屋で、シンは両手で顔を覆った。

― ラオウの魔の手からユリアを守る為には、こうするしかなかったのだ。

何度言い聞かせてみても、この心はユリアを求めて哭する。
五車星などという者共に言い包められるままユリアを手放した事を、シンは後悔していた。
だが、その直後にはまたラオウの影が襲い掛かってくる。

ラオウにむざむざ負けるつもりなどない。
だが、相手は北斗の長兄。己が野望に猛り狂う恐怖の暴凶星。
戦えば無傷では済むまい。
相打ちか、下手をすれば自分が敗れる可能性も有り得る。

万が一そうなった場合、あの者達の言う通り、ユリアは身も心も奪い尽くされるであろう。
本人の意思とは関わりなく。
そしてユリアが心を開かねば、ラオウは何の躊躇いもなくユリアの息の根を止めるだろう。

それだけは。
それだけは絶対にさせてはならない。

まずはユリアが死んだという噂を触れ回り、ラオウの軍勢を遠ざけるのだ。
そして、最近このサザンクロスに近付きつつあるという七つの傷の男。
この男がもしケンシロウであるとすれば、決着をつけねばならない。

ケンシロウ、今度は一年前のように甘くはない。
確実な死をお前にくれてやる。
ユリアを迎えに行くのはこの俺だ。
その時こそ、ユリアは完全に俺のものとなる。
その時こそ、必ず・・・・・




おかしい。
一体どういう事なのだ?

一晩経っても、ユリアは戻って来なかった。
そしての猜疑心もまた、一夜のうちにみるみる膨れ上がっていた。

つい数時間前まで居た人間が、何故いきなり居なくなるというのか。
悪ふざけにしてはあまりにも度が過ぎている。
しかし、あの時のシンの様子は悪ふざけなどには見えなかった。
大体にして、シンがそのような冗談を好むとは思えない。
しかし、それが真実ならユリアは何処へ行ったというのだ?
よしんばユリアがここから去りたいと願い出たとしても、シンがそれを許す訳がない。

まさか・・・・・


!」
「っ・・・!せ、先生・・・!」

思案に暮れるの背後から声を掛けてきたのは、ユリアの主治医であった。
完全に不意をつかれて、は飛び上がる程驚いたが、すぐに気を取り直して彼に向き直った。

「何か御用でしょうか?」
「KING様にお会いしたいのだが。」
「KING様は・・・・」

昨夜の様子だと、シンはきっと誰にも会わないであろうと思われる。
しかし、彼はユリアの主治医だ。
当然のことながら、ここにはユリアの診察の為に定期的に通って来ている。
普通に考えて、彼には事情を説明せねばならない筈だ。
しかし、それを自分の判断で勝手にしていいとは思えない。

「あの、KING様への御用向きはどういった事でしょうか?」
「どうもこうも、ユリア様がお亡くなりになったというのは本当か!?」
「何ですって!?」

今初めて聞かされた恐ろしい話に取り乱し、は逆に彼に詰め寄ろうとした。
しかし次の瞬間、医師の視線はから逸れた。
向こうの方にシンの後姿を見つけたらしい。

「ああ、あそこにおられたか!」
「あっ!お待ち下さい先生!!」

が呼び止める間もなく、医師はシンの後を追いかけて行ってしまった。
はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていたが、我に返ると急いで彼の後を追って行った。


「ぎゃあーーー!!!」

階段を上がっていく途中で身の毛もよだつような誰かの悲鳴を聞き、は一息に駆け上がった。
そこはシンの部屋がある階である。
は真っ先にシンの部屋の方に向かって走った。

「ひっ・・・・!」

そこは一面血の海と化していた。
そしてその中央で事切れているのはユリアの主治医。
どう見てもシンの仕業であることに間違いない。
は少し躊躇いつつも、シンの部屋のドアをノックした。

「KING様、KING様!!」

ドアを叩きながらシンに呼びかけていると、突然ドアが開かれた。
そしては、そのまま驚く暇もなく部屋の中へ引っ張り込まれた。




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後書き

ユリア自害の巻でした。
あのシーンについては原作から引用するまでもないだろうと思い、大幅カットです(笑)。
一部始終を書くと長くなりますしね。
その代わりといってはなんですが、あの部屋の勝手設定を書いてみました(笑)。
普通に考えたら、あんな吹きっさらしの部屋で寝られへんやろう、と(爆)。