「ユリア様、失礼いたします。」
「あら、。」
部屋に入ってきたを、ユリアは温かく迎え入れた。
しかし、浮かない表情のを見て、ユリアの顔から微笑みが消える。
「どうかしましたか?」
「KING様が、ユリア様のお加減を直接お知りになりたい、と仰っておいでです。」
「・・・・それは・・・・」
「ユリア様にお会いしたいそうです。如何なさいますか?」
ユリアの顔に険しい表情が浮かぶ。
「シンは、そこにいるのですか?」
「いえ、お部屋におられるかと。まずはユリア様のお伺いを立てようと思いまして。」
「そう、ありがとう。」
今すぐに顔を合わせなくて済むという事に安堵したのか、ユリアが小さく溜息をついた。
「私の病気の事は・・・」
「勿論、お伝えしておりません。」
「そう・・・・。」
ユリアはしばし無言で何事かを思案していたが、やがて何かを決心した表情でを見つめた。
「分かりました。会いましょう。」
「ユリア様、お加減の方は・・・」
「これ以上部屋に閉じこもって床に伏していれば、かえってシンに気付かれるかもしれないわ。」
「ええ・・・」
「それに、いつまでも逃げてばかりはいられませんものね。」
「ユリア様・・・・」
「ごめんなさいね、。随分長い間あなたの好意に甘えてしまったわ。」
「そんな、とんでもございません。」
ユリアは恐縮して頭を下げるにふわりと微笑みかけた。
「シンには、明日会いますと、そう伝えて下さい。」
「畏まりました。それでは失礼いたします。」
「ご苦労様でした。」
ユリアは下がろうとするを見送っていたが、その手がドアノブに掛かった時、ふと呼び止めた。
「。」
「はい?」
「・・・・ありがとう。あなたには気苦労ばかり掛けたわ。ごめんなさいね。」
「ユリア様、勿体のうございます。」
「さあ、もう行って。」
「はい、失礼いたします。」
ドアを閉めて、はユリアの言葉を頭の中で繰り返していた。
労いの言葉はいつも貰っているが、何かが心の中で引っ掛かる。
まるで遺言のように受け取れたのは、病の事を聞いてしまったせいだろうか。
「縁起でもない。駄目よ、こんな事ばかり考えていては。」
は悪い考えを叩き出すように頭を2・3度振ると、シンの部屋に向かって歩き出した。
「KING様、でございます。」
「入れ。」
シンはまだ部屋にいた。
さっきの今で顔を合わせるのは正直辛かったが、仕方がない。
は呼吸を整えると、ドアを開けた。
「ユリア様からのご伝言でございます。『明日お会いする』と、そう仰っておいででした。」
「・・・・そうか。」
「それでは私はこれで。」
「うむ。」
用件だけを端的に述べ、は早々に部屋を立ち去ろうとした。
しかしすぐに足を止めて、シンに向き直った。
「どうした、まだ何か用か?」
「・・・・先程は申し訳ございませんでした。」
シンに改めて詫びたのは、単に失礼な口を利いた事への後悔からだけではなかった。
己の口から言うことで、己自身を戒める為でもあったのだ。
自分はただの召使に過ぎない事を。
シンに今以上の事を望んではいけない事を。
それらを今一度自分自身に言い聞かせる為、はシンに謝罪した。
しかしシンの返答は実に素っ気無いものであった。
「何の事だ?」
「あ、あの・・・、先程のご無礼をお許し頂きたく・・・・」
あまりの素っ気無さに拍子抜けしたは、しどろもどろに言葉を付け足した。
「フン、別に詫びる必要などない。それだけお前がユリアを大切に思っているという事だろう。」
「そ、そう仰って頂けると有り難く存じます。」
「・・・お前は分からん女だな。何の為にユリアに仕える?そしてこの俺にも。」
何気なく発せられたシンの質問に、は困り果てた。
どう答えていいか分からず、しばしの沈黙の後、は正直に困惑の念を露にした。
「何の為に、と仰られましても・・・・」
「・・・・愚問だったようだな。もう良い、下がれ。」
「は、はい。」
再びシンに呼び止められないように早々と部屋を出て、は大きく溜息をついた。
あっさり解放して貰えて良かったと安堵すると共に、はシンの心の内が益々分からなくなっていく事にふと不安を感じた。
自分の事など全く意識していないとばかり思っていたのに、何故あのような事を訊くのか。
よく考えてみれば、最近のシンは様子がおかしい。
時折謎掛けのような事を言う。
真意の読めない問いかけをされる度に、この心は揺れ、葛藤する。
― KING様は、一体私に何を求めていらっしゃるのだろう・・・
「ユリア様、お加減は如何ですか?」
「ええ、平気よ。」
ふんわりと笑ったユリアは、久しぶりに華のある美しさを放っていた。
決して華美ではないものの、ドレスを纏い、薄らと化粧を施したユリアは、サザンクロスに移る前の彼女と何ら変わりなく見えた。
何も知らない者が見れば、病み上がりなのに愛する男の為に精一杯の装いをしている『恋する女性』に見えるだろう。
しかし、ユリアの場合は違っていた。
弱さを見せたくない。
無防備な姿を晒したくない。
ただそれだけの理由であった。
頼りなげに見えても、ユリアには気丈なところがある。
シンに対して、素の姿を晒すのが嫌なのだろう。
まして、深刻な病を抱えていると知った今では尚更。
寝衣を脱ぎ捨ててドレスに身を包むことは、彼女なりの武装であった。
「間もなくKING様がお見えになるとの事です。」
「そう。」
「何かございましたらお呼び下さいませ。」
「ええ。」
はユリアを一人部屋に残して立ち去った。
少し早いが、ディナーの用意をしなければならなかったからだ。
今日は久しぶりにシンがユリアに会う日だ。
きっとシンは喜んでディナーを共にしたがるだろう。
は小さく溜息をつくと、台所へと向かった。
しかし、この心配りを後に激しく後悔する事になろうとは、この時のには知る由もなかった。