スペードの事件以来、KING軍の兵士の死亡が増えていた。
ごく底辺の兵士は勿論、ついにはダイヤまで殺されたという報告までが入った。
不甲斐無い部下達の訃報を立て続けに聞かされているシンは、ひどく苛立っているらしい。
表面上は冷静を装っているが、ここ最近、シンはまるで八つ当たりのように乱暴に自分を抱いている。
特に今日はいつになく荒々しい。
「はっ、あっ・・・・!」
部屋に入った途端、いきなり身体を壁に押し付けられた。
そして、何が何だか分からないうちに必要な部分だけ衣服を乱され、性急な愛撫の後乱暴に押し入られる。
「くぅぅっ・・・!」
もうすっかり馴染んだ身体は、突然の侵入にもすぐに順応して条件反射のように反応する。
壁にもたれて立ち、シンに片脚を抱え上げられて貫かれる様は、さぞ淫猥に違いない。
しかし、シンの吐息が耳元にかかるだけで、それすらも快感になってしまう。
いつの間に自分はこんなに淫らな人間になったのだろう。
「はっ、あぅ・・・、んっ、KING、様・・・」
呼びかけたところで返事をしてくれない事は承知している。
それでも、行為の最中は無意識に彼を呼び求めてしまう。
「やぁぁっ!」
シンはより一層深く侵入してくる。
その衝撃に耐えようと身体を支える振りをして、シンの首に両手を回してみた。
勿論、そうしなければ激しい突き上げに倒れてしまいそうになるのも事実ではあるのだが。
密着した身体からシンの体温が伝わってくる。
この瞬間こそが、自分にとっては密かな至福の一時なのだ。
「んっあっ、はぁっ・・・!」
眩暈のするような快楽の深みに急激に引き込まれ、もはや正常な思考など出来ない。
シンと身体を重ねている時はいつもこうだ。
頭の中に白く霞がかかり、まさに身も心も彼に支配されている気になる。
慰みものというのは不適切な表現であろう。
シンが自分に慰められるなど、考えにくい事だ。
この孤高で気高い男が、慰めて欲しくて自分を求めるなど有り得ない。
強いてシンにとっての自分を表現するならば、『捧げもの』と言うべきか。
何の見返りもなく、ただ自ら望んで一方的にこの身を差し出すだけ。
「はぁ・・んっ!あっ!あぁっっ!!」
「っ・・・!」
なんと哀しくて甘い響きであろう。
「、ユリアの体調はまだ優れんのか。」
元通り衣服を整えながら、シンは苛立った声でを問い詰めた。
しかし、その問いに答えることは、にとって非常に困難である。
ユリアの身体の事は、ユリア自身から固く口止めされている。
個人的にはすぐにでもシンに打ち明けて、何とか助ける手立てを探してもらいたいところだが、
本人がそれを望んでいない以上、口を滑らせるわけにはいかない。
返答に詰まったは、曖昧な返事を返すしかなかった。
「ではいつになったら治るというのだ!医者といいお前といい、誰も彼も色好い返事をせん。」
「申し訳ございません。」
「もう良い。この俺が直に様子を見てくる。」
「KING様、それは・・・・」
「何だ。何か不都合でもあるのか。」
シンはそう言って、を睨み付けた。
その視線に怯えつつも、は必死でシンを足止めしようと考えを巡らせた。
「いえ・・・・。ただ、ユリア様はどなたにもお会いしたくない、と仰っておられますので。」
「そんな事は分かっている。今まではその我侭も許してきたが、限度というものがある。」
早速ユリアの部屋を訪ねようとしているのか、シンは部屋を出ていこうとした。
は慌ててドアの前に立ちふさがり、シンの行く手を阻んだ。
「お待ち下さいませ!それならばまず私がお伺いを・・・」
「この城の主は誰だ?お前やユリアの主は誰だ?」
「・・・・それは・・・・」
「たかがメイドふぜいに指図される謂れはないわ。そこをどけ。」
腹が立ったのか、悲しくなったのか、自分でも分からない。
ただ気付いたら、はシンに真っ向から立ち向かっていた。
「どきません!」
「殺されたいか?」
「たかがメイドでも、責任も誇りもございます!!」
「・・・・・」
「KING様のご命令が如何に絶対であろうとも、私にとってはユリア様のご意思もまた絶対なのです!!」
「・・・・女だてらに見上げた忠誠心だ。」
シンは込めていた殺気を消し、から目を逸らした。
その様子には我に返った。
「申し訳ございませんでした。出すぎた口を・・・。どうかお許し下さいませ。」
「早く行け。」
「は・・・?」
「行ってユリアに訊いて来い。」
「は、はい。」
そう言いつけると、シンは部屋の奥に戻って行ってしまった。
は、ユリアに伺いを立てるべく、シンの部屋を後にした。
ドアの閉まる音を聞いて、シンは深い溜息をついた。
あの女がまさか自分に楯突くとは思いもよらなかった。
不愉快なのは事実だが、何故か殺す事が出来なかった。
思い通りにならないものは全てこの手で葬り去ってきたはずなのに、何故だ?
あの女の言い分が余りにも正論だったからか?
それとも意外な言動にただ驚いただけか?
いくら考えても、細い糸がもつれ合うように考えがまとまらない。
シンは再び大きく溜息をついた。
― 苛立っているのだ。
周辺を賑わす『胸に七つの傷を持つ男』の噂、役立たずの部下、一向に顔を見せないユリア。
苛立ちの種が多すぎる。
それにあの。
どんなに乱暴に抱いても、逆に気をもたせるような素振りを見せても、一向に態度を変えない。
そのうち必ず腹の底を見せると思っていたのに、意外な程に変化がない。
自分を愛しているのなら、その自分の寵愛を受けているユリアが邪魔になる筈なのに、そんな様子は全く感じられない。
一体何を考えている?
「・・・随分苛立っているな。」
椅子に深々と腰を下ろして、シンは小さく呟いた。
ユリアの部屋へ向かいながら、は激しい自己嫌悪に苛まれていた。
あのように刃向かうつもりなどなかった。
何故あんな恐れ多い口を利いてしまったのだろう?
ユリアの秘密を守らねばならなかった。
それは事実だ。
自分の意思とは反していても、ユリアのたっての希望を無視するわけにはいかない。
もしユリアの病気の事を告げれば、シンは手段を選ばずありとあらゆる策を講じるだろう。
そしてその代償として、甚大な被害が確実に発生する。
ユリアはそれを何よりも恐れているに違いない。
己の身よりも、他人を案ずる。
自分のせいで他人が傷つくのを最も恐れる。
これまでの付き合いで、ユリアの人となりは分かっていた。
しかし、それだけだろうか?
『たかがメイド』、そう言われた時、感情的になったのも事実だ。
その通りなのに、何故あれ程感情が昂ったのだろう?
彼の心を得る事は出来ない。
彼にとって自分などは取るに足らない存在。
そう割り切っていた筈ではなかったのか?
仮初の行為に身を委ねているうちに、欲が出てきたのだろうか。
特別な存在になりたい、と。
もしかしたら、ユリアの秘密を守るのは、彼女が邪魔だからか?
ユリアがいなくなれば、彼の愛を求めることが出来るかも知れない。
ユリアの意思を尊重する振りをして、本心では彼女がいなくなる事を望んでいるのか?
「そんな馬鹿な・・・!そんな恐ろしい事・・・」
一瞬頭をよぎった恐ろしい考えに、否定の台詞が思わず口をついて出る。
そんな筈はない、そんなつもりなどないのだ。
そう繰り返しながら、は重い足取りでユリアの部屋へ向かった。