それから数日、は毎夜の如くシンに抱かれた。
ユリアの容態が安定してきて、の負担が峠を越したのも大きな要因なのであろう。
シンはほぼ毎日と言っていい程を寝所に呼び寄せた。
シンは毎日必ずユリアの容態をに尋ねる。
以前それはユリアの部屋の前で行われることだったが、今は少し違う。
ユリアの部屋から出てくるに、意味ありげな視線と共に『後ほど報告に来い』と、そう言い付けるだけだ。
それは言葉どおりの命令であると同時に、夜を共にするという意味が含まれていることを、いつの間にかは悟るようになっていた。
ユリアが眠りに就き、残った仕事を片付けると、は身を清めてシンの寝室へ赴く。
部屋に入れば言葉はない。
待ち構えていたシンに抱き寄せられ、寝台に引き倒される。
そして嵐のようなめくるめく時に身も心も支配される。
日毎に覚える快楽の味は、もはや青い羞恥心など忘却の彼方へと押しやっていた。
決して口には出せない睦言を心の中で呟き、シンに狂わされる。
甘く痺れる快感に自ら進んで身を投げ出し、仮初の愛の行為に溺れる。
自分がユリアの代わりにはなれないことなど、百も承知している。
まして見返りなど求められるはずもない。
だから、たとえ束の間の間でもシンを感じていられるなら、それで良かった。
シンが満足すると、この自堕落な時間は終りを告げる。
そして普段の主従関係に戻るのだ。
「ユリアの容態はどうだ?」
「はい、特に変化はございません。安定されております。」
「そうか。しかしまだ完全に回復したわけではないのだな?」
「はい。残念ながらそこまではまだ・・・」
「もっと医師を呼べ。どんなことをしてもユリアを回復させるのだ。治療費はいくらかかっても構わん。」
「はい。」
ガウンに袖を通しながら、シンはに背を向けたまま命令する。
もまた早々に衣服を身につけながら、その命令を受ける。
一通り必要な話を終えると、はシンの寝室を後にする。
そしてまた次の日になるとユリアの看護に勤しみ、合図を受ければシンに抱かれる。
判で押したような生活がただ幾日も続いていたそんなある夜。
はいつもの如く、シンに抱かれた後の気だるさに浸っていた。
その時、急に部屋のドアがノックされた。
今まで夜伽の最中に誰かが尋ねてくるなどという事はなかった為、狼狽したは慌てて裸の身体を隠すようにシーツに包まった。
シンはが完全にシーツの中に身を隠したのを確認すると、ドアに向かって入室の許可を告げた。
その呼び声に従って入ってきたのは、シンの腹心の部下であった。
「夜分に失礼します。」
「何用だ?」
「お耳に入れておきたい情報が入りましたので。」
部下は膝をついて寝台の上のシンに報告を始めた。
「スペードが負傷いたしました。」
「それがどうした。」
「スペードの話では、その男の胸には七つの傷があったとか。」
「何?」
「KING、よもやあの男では?」
「・・・・」
「いかように?」
「・・・消せ。」
「御意。」
部下は軽く頭を下げると、すぐに部屋から出て行った。
ドアの閉まる音を聞き届けて、はシーツから恐る恐る顔を出した。
自分とシン以外誰もいないことを確認して安心したは、ふとシンの顔を見て驚いた。
端整なその横顔は、怒りとも憎しみともつかぬ色を浮かべていたからだ。
「あの、KING様?」
「・・・・・まさか・・・」
「どうかなさいましたか・・・?」
の声などまるで届いていないかのように宙を睨みつけるシン。
初めてみる種類の恐ろしさに、は思わず怯えずにはいられなかった。
しばし何事かを思いつめるような様子をしていたシンは、不意に恐怖で身を固くしているに圧し掛かった。
「あっ!」
一度目以上の激しさをもって再び組み敷かれたは、荒々しい快楽の波にまた呑まれていった。
「KING様、どうかなされたのですか?」
「・・・・お前には関係のないことだ。」
「申し訳ございません。出すぎた口を・・・」
はシンに頭を下げて衣服を身につけ始めた。
これ以上口に出すことは出来ないが、はシンの様子が気になっていた。
明らかに何かがおかしい。
シンは何かに感情的になっている。
先程の報告は、シンにとって一体どのような意味を持つのか。
いつになく長い時間拘束されたは、普段以上に情事の跡の残る己の肌をじっと見つめていた。
「、お前は欲してやまないものはあるか?」
「え?」
「欲しいものだ。お前には欲望はないのか?」
シンの言わんとするところが理解できず、は慎重に言葉を選んで返答した。
「ないと言えば・・・、嘘になります。」
「ならばそれを手に入れたいとは思わんか?」
シンの探るような瞳が突き刺さる。
手に入るものなら入れたいと思うのが、人間の当たり前の感情だ。
だが、物事全てが己の意のままに動く筈もない。
はそれをよく知っていた。
「恐れながら、手に入れる事だけが全てだとは・・・、思っておりません。」
「フン。分からん女だ、お前は。それは詭弁というものだ。」
「申し訳ございません。」
「俺はお前とは違う。欲しいものは必ずこの手で掴み取る。それを邪魔するものは全て跡形もなく消し去ってくれるわ。全てな・・・」
まるで何かを決意するように言い放った後、シンはから視線を逸らした。
「今宵はもう良い。下がれ。」
「はい。失礼いたします。」
服を着て部屋を出ていくを、シンは一度たりとも見ようとしなかった。