肌を重ねた後の気だるさが徐々に引いていき、ぼんやりした頭がはっきりと意識を取り戻す。
それと同時に、はこの後の行動にふと戸惑った。
すぐ帰るべきか、それともシンから下がるように命じられるまでここにいるべきか。
は気付かれないように、横目でそっとシンの様子を伺った。
しかしシンは目を閉じて横たわったまま、一言も発する様子がない。
眠ってしまわれたのかもしれない。
自分が『妾』の立場ならば、このまま共に眠りに就くことも許されるのであろうが、生憎とそうではない。
自分の本業は夜伽の相手ではなく、あくまでも『メイド』。
それも現在はユリア専属の。
本来仕えるべき主人の世話を放り出して、朝までこうしている訳にはいかない。
失礼かもしれないが、やはり帰ろう。
そう決めて身体を起こした時、突然シンが目を開いた。
「どこへ行く。」
「あの、明日も仕事がありますから、部屋へ戻ろうと思いまして。」
「ほう。望みを叶えてやった主に一言の挨拶もなく、か。偉くなったものだな。」
「あのっ、そんなつもりでは・・・!眠っておられると思いましたので・・・!!」
必死に言い訳をするに『フン』と乾いた笑いを漏らし、シンは自らも起き上がった。
「冗談だ。戻るが良い。」
「は、はい。」
シンは別段怒っている様子もなく、てっきり咎められるかと思っていたは安堵して衣服を身に着け始めた。
滑らかな肌が再び隠されていくのをぼんやりと見ながら、シンは先程の事を思い出していた。
あの表情、明らかに他の女共とは違っていた。
やはり・・・
シンの視線を背中に浴びているのが気まずくて、は急いで身支度を整えた。
そして振り返り、シンと目を合わさないように頭を深々と下げた。
「KING様、ご褒美有り難く頂戴いたしました。失礼いたします。」
「待て。」
このまま解放されるだろうと思っていたは、予想外に呼び止められたことに驚き顔を上げた。
一方、シンは淡々とした様子でローブを羽織り、の瞳を探るように見つめる。
「何故俺に抱かれる事を望んだ?」
「それは・・・・」
いきなり核心をつかれ、は口籠った。
「俺は強引にお前を犯した。恨みや怯えこそすれ、何故わざわざ自ら望んで抱かれる?」
「特に理由は・・・ありません。」
「理由もなく男に抱かれる事を望むのか?」
言えない。
この想いを口にしても、貴方は絶対に受け入れてはくれない。
そんなことは百も承知の上で、それでも私はあなたの側にいることを望んだ。
だからこの想いは、決して貴方に伝えない。
「どうした?答えろ。」
「・・・・私の望みは、少しでもご恩あるKING様のお役に立つことです。強いて理由を申し上げればそれだけです。」
「ほう。俺の役に立ちたい、か。」
シンは立ち上がり、を抱き寄せた。
そしてその瞳の奥の真意を探る。
じっと覗き込まれたの瞳は一瞬揺らいだが、すぐにシンを見つめ返す。
しばし無言のままを見つめていたシンは、すっと目を逸らすとを解放した。
「もう良い。下がれ。」
「はい。お休みなさいませ。」
一礼の後に退室しようとするの背に、再びシンが声を掛けた。
「お前は俺の妾にはなれない。ユリアが大層お前を気に入っているからな。お前にはずっとユリアの側仕えでいてもらわなければ困る。」
「・・・承知しております。」
別に妾になりたいわけではない。
だが釘を刺すかのようなシンの発言に、は内心動揺していた。
そう、まるで心の内を見透かされているようだ。
そして暗に拒絶されているような。
「だがお前が望むなら、仕事を増やしてやる。」
「どういう意味でしょうか?」
「俺の望む時に抱いてやる。そう言っているのだ。」
予想外なシンの発言に驚き、は思わず振り返る。
「どうした?お前が望まないなら構わんぞ。」
「・・・・いえ。喜んでお受けいたします。」
「うむ。話はそれだけだ。下がれ。」
「失礼いたします。」
何故あのような事を言ったのか、自分でもよく分からない。
戯れの相手などいくらでもいる。そんなものが欲しかったのではない。
かといって、決してあの女に惹かれた訳ではない。
今も昔もこれからも、この心にはユリアしかいないのだから。
しかし、あの目が引っ掛かった。
は恐らく俺を愛している。
本人は隠しているつもりだろうが、目を見れば分かる。
ならば何故俺の全てを求めない?
愛する者がいれば、その全てを欲しいと思わないのか?
自分の気持ちを押し殺して、一体何になる?
愛は叶えてこそ意味のあるもの、報われない愛など一体何の意味がある?
俺は秘めた愛など認めん。
そんなものを愛だと認めれば、俺は・・・・!
シンは忌々しげに酒の瓶を呷った。
熱い液体が胸を焼き尽くしていく。
、そんなものは愛ではない。
秘めた想いなど所詮何の足しにもならない事にそのうち気付くだろう。
そして必ず、己の欲望が頭をもたげてくる。
それを分からせてやる。
シンはただひたすら酒を呷り続けた。
の瞳の奥に、何処か自分と似た光が見えたことを忘れてしまう為に。