「KING様、でございます。」
呼びかけても返事がない。
仕方なく、はドアをそっと開けた。
「KING様、失礼いたします・・・・」
部屋の中は暗く、ひっそりとしていた。
シンの姿を探すべく、はそのまま部屋の中へ入った。
デスクにもテラスにも見当たらない。
浴室も無人のようである。何の音も聞こえない。
もう眠っているのかもしれない。
かと言って寝室を覗いてみる勇気も今一つなく、明日出直そうかと引き返しかけた時、部屋の奥の窓際に立つシンの姿を見つけた。
「か。」
シンはに背を向けたまま静かに口を開いた。
「KING様、勝手に入って申し訳ございません。お呼びしてもお返事がなかったものですから・・・・」
「何しに来た。」
「あの、来るようにとの仰せでしたので・・・・」
「フン、そうだったな。失念していた。」
シンはようやくの方に振り返った。
その手にはブランデーの瓶が握られている。
いつもは上等のグラスで飲むシンが、瓶から直に飲むとは一体どうしたことか。
それに心持ち酔っているようだ。
「グラスをお持ちいたしましょうか?」
「要らぬ。」
シンは刺々しい口調での申し出を断り、ブランデーの瓶を呷った。
琥珀色の液体が音を立ててシンの喉へ流れていく。
透明の瓶になみなみと入っていたはずのそれは、もう半分以上も減っている。
「KING様、あまり飲まれてはお体に障ります。」
「黙れ。差し出がましいぞ。」
「・・・・申し訳ございません。」
「どうした、さっさと言わぬか。約束通り何でもくれてやる。」
シンの吐き捨てるような言い方に、は哀しくなった。
冷たくあしらわれることには慣れている。
しかし、昼間のシンの口調が未だかつてない程優しかった故に、今の言葉がやけに哀しく感じる。
「どうした、望みはないのか。」
「いえ、ございます。」
「なら早く言え。」
「私を・・・・・」
― ここから去らせて下さい。
何度も何度も練習したはずなのに、シンに見つめられているせいで上手く言葉が出てこない。
― そんな風に見ないで下さい、諦めきれなくなる・・・・!
「どうした。お前を、何だ?」
「私を・・・・・」
「・・・・何故泣く」
昂った感情が涙となって零れ落ちる。
醜い気持ちも、叶わない想いへの絶望も、身を切られるような思いでした決心さえ、シンの瞳に吸い込まれてしまいそうで。
あれ程悩んで出した結論がいとも簡単に打ち砕かれ、自分でもどうすることも出来ない激情に翻弄される。
そしてとうとう、必死で閉じ込めたはずの想いが言葉となってシンに向けられた。
「私を、抱いて下さい・・・・!」
やはり出来ない。
後でどれ程苦しむことになるか分かっていても、どれ程泣くことになるか分かっていても、どうしても諦めきれない。
― 忘れることなんて出来ない・・・・!
涙を浮かべてまっすぐに自分を見据えてくるを、シンは複雑な気持ちで見ていた。
確かにを抱いたこともあった。だがそれは愛があったからではない。
ただ苛立っていた時に、偶然近くに居合わせただけだったからだ。
いや、だけではない、他の女達も同じだ。
満たされない心を身体の快楽で紛らわせる為だけに抱く。ただの排泄行為のようなものだ。
その相手にいちいち愛など持ち合わせてはいない。
女達もそんな事は百も承知のはずだ。
なのに何故この女はこれ程までに哀しそうな顔をする?
何故涙を流す?
求めてくる時にこのように哀しげな顔をする女は初めてだ。
この女、一体俺に何を求めている?
「それがお前の望みか?」
「はい。」
「・・・・良かろう。望み通り抱いてやる。ついて来い。」