SACRIFICE 5




「私は、シンが恐ろしいのです。」
「恐ろしい?」
「ええ。あの人はまた何か恐ろしいことを始めている。おそらく今までよりももっと酷いことを・・・・」

ユリアの声が震えている。
それ程までに怯えるような事とは、一体何なのか。

「ユリア様、どういう事ですか?」
「あの人は、私に町を与えると、そう言ったのです。」
「町?」
「ええ、そしていずれは一国をも、とも。」
「では、KING様の仰っていた『移動』とはその事だったのですね。」
「ええ。あの言い方から察するに、もうかなり具体的に進んでいるのでしょう。」
「では近々ここを去ると?」
「おそらく。」
「そうですか、そんなお話が・・・・」
「私は自分の無力さが恨めしい。何を言っても、私の言葉はシンに届かない・・・・」

ユリアは肩を震わせたかと思うと、俯いて両手で顔を覆った。

「ユリア様・・・・」
「私の為に、シンは次々と恐ろしいことを・・・。罪もない人々が私のせいで何人も苦しめられているのに、どうすることも出来ない自分が恨めしいのです。」
「ユリア様、そんな風にご自分を責めないで下さい!ユリア様はお優しい方ですわ!」
「私はそんな立派な人間ではないわ。」
「そんなことは・・・」
「これ程までにシンを拒絶するのなら、何故自害しないのかと思うでしょう。」

は黙って憂いを帯びた儚い横顔を見つめた。

「約束したのです、彼と。」
「約束?」
「どんな事があっても、彼の為に生き続けると。そして、いつか彼が私を迎えに来てくれるかもしれない、その望みだけを支えに、私はここにいるのです。」


ああ、何て残酷な運命。

どんなに愛を渇望し、全てを捧げたとしても、決して報われることはない。


もしも神がいるのなら。
何故このような狂おしい愛に生きる事を宿命付けたのだろう。
彼に、そして、自分に。




ユリアの望みに反して、シンは着々と町を築き上げた。
そして己の権力の象徴とするかのように、その広大な町を『南十字星 ‐ サザンクロス ‐ 』と名付けた。
かくして、ユリアはシンの望み通り、女帝としてサザンクロスに君臨することとなった。

しかし当のユリアはサザンクロスに移ってすぐ、床に伏せてしまっていた。
医者は幾日もかかった大移動による肉体的疲労が原因だと告げたが、心労によるところも大きいことは誰の目にも明らかだった。
無論医者とてそんな事は百も承知していたが、シンの怒りに触れることを恐れてその事には一切触れなかった。



はそっとユリアの部屋の扉を開けた。
床に伏してからはや数日、ユリアの体調は依然として思わしくなく、は夜も昼もなく看病に明け暮れていた。
シンはもっと大人数での看病を望んだが、ユリアが頑としてそれを受け入れず、渋々一人に任せている状態であったからだ。

「ユリア様、お加減はいかがですか?」
「大丈夫です、ありがとう。」

心配を掛けまいと無理に微笑む顔が、余計に衰弱を際立たせている。
元々白い肌は更に血の気が失せ、髪や瞳の輝きも幾分くすんでしまっている。


はユリアの体温を測り、部屋の窓を開けて空気を入れ替えた。
その背後から、ユリアが申し訳なさそうに声を掛ける。

「あなたにはすっかり面倒を掛けてしまったわ、ごめんなさいね。」
「何を仰います、ユリア様はそのような事お気になさらなくても良いのです。」
「我侭なのは分かっているのだけど、あなたが一番安心出来るの。」
「光栄です、ユリア様。さあ、お食事をお持ちいたしましたわ。」

はベッドサイドまでワゴンを引っ張って来た。
ワゴンには料理の入った鍋や果物の籠が載せられており、美味しそうな匂いがしている。
しかしユリアは顔を曇らせて俯いた。

「折角ですけど、食欲がないの。」
「いけません、お医者様も栄養と睡眠を十分に摂るようにと仰っていたではありませんか。せめてスープだけでも召し上がって下さい。」
「・・・・分かりました。」

ユリアはの説得に負け、渋々ながらも上半身をベッドから起こした。
はユリアを助け起こした後、食事の支度を始めた。
小さなテーブルをユリアの膝の上に据え、白いスープ皿に薄く味付けをした野菜スープを注ぐと、よく磨き上げられた銀のスプーンと共に置いた。

が食べさせようとするのを断り、ユリアはゆっくりとスープを口に運んだ。

「・・・おいしい。」
「そうですか、お口に合ったようで嬉しゅうございます。」
「いつもの味と違うわ。これ、あなたが作ってくれたの?」
「はい、お医者様から色々お話を伺って、療養食の作り方を教わりました。」
「そう・・・。ありがとう、。」
「恐れ入ります。一日も早くお元気になって下さいね。」
「そうね、早く元気にならなくては。」

が見守る中、ユリアはゆっくりとスープ皿を空にした。
の顔から笑みが零れる。
それもそのはず、ユリアがサザンクロスに来てから出されたものを完食した事は、これが初めてだったのだ。
まだ十分な食事量ではないが、この様子なら徐々に食べられるようになるだろう。
回復の兆しが見えてきたことは、実に喜ばしいことであった。





皿を下げ、薬を飲ませた後、はユリアを再び床に就かせた。

「さあ、お休み下さいませ。何かございましたらベルでお呼び下さい。」
「ありがとう。スープ、とてもおいしかったわ。優しい味がして。」
「勿体無いお言葉でございます。おやすみなさいませ。」

はユリアが眠ったのを見届けてから窓を閉め、ワゴンを押して部屋を出た。


「KING様!」

部屋を出たを、シンが待ち受けていた。
この数日、ユリアは以外の立ち入りを許しておらず、それはいくら城の主と言えどもシンも例外ではなかった。
普段のシンならばそのような事を許すはずはなかったが、体調を崩したユリアを刺激しないよう気遣ってか、渋々ながらもユリアの要求を素直にのんでいた。
しかしやはりユリアの容態が気になるらしく、暇を見つけてはユリアの部屋の前で所在無さげに佇み、出入りするにしばしば中の様子を訊ねていた。

、ユリアの様子はどうだ。相変わらず変わりはないのか。」
「いいえ、少し変化がございました。」
「どうした?」

シンの片眉が驚いたように一瞬吊り上る。
しかしシンは努めて冷静を装って、の話を促した。

「少しずつ回復なさっておられるようです。熱も少し下がりましたし、それにお食事を全部お召し上がりになりました。」
「そうか!そうか・・・・、良かった・・・・。」

喜ばしい報告に、シンは思わず感情を露にした。
それと反比例するように、の心が少し曇る。

「ユリアは今どうしている。」
「今しがたお休みになりました。」
「そうか。ご苦労だった。」
「失礼いたします。」

ユリアの回復が余程嬉しかったのだろう。
シンは珍しく、立ち去ろうとしたを呼び止めた。

「待て。、後で部屋へ来い。褒美を取らそう。」
「褒美?」
「うむ。この数日一人でよくやってくれた。ユリアの回復はお前の働きによるものだ。褒美に何でも望みのものを与えよう。」
「KING様、私はそのようなつもりでは・・・・」

辞退しようとするの言葉を、シンは有無を言わさぬ様子で遮った。

「良いな、必ず来い。」
「・・・・畏まりました。」




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後書き

いよいよ佳境に入って来ました。と言ってもまだ続きますが。
完全な製作サイドの話ですが、この回は非常に悩みました。
原作をベースにしようか、アニメをベースにしようかという点で、です。
シンの絡む部分って、原作とアニメで割と話が違うじゃないですか。
大まかな流れは一緒でも、細かいところがちらほらと設定違うんですよね。

最初、アニメバージョンで行こうかと思ったのですが、一応原作を元に書き始めて
いましたし、細かい描写がない分、私の勝手設定(笑)が挟み易いなと思い、やっぱり
原作ベースで行くことにしました。
アニメバージョン、好きなんですけどね。