掴まれた腕を振り解けなかったのは、恐怖のせいだけなのだろうか・・・・。
「あ・・・・あぁっ・・・・」
肌に触れる指先が、あの夜のことを思い出させる。
愛や労りなど欠片も見当たらない荒い行為に、痛みと恐怖を覚える。
それなのに。
「ふぁっ!んっ、んぅ・・・・」
裏腹に、身体はシンを求め始めている。
きつすぎる刺激に反応し、彼を受け入れようと息をひそめて待ちわびている。
怯えと快楽のアンバランスな刺激が、の心と身体を支配する。
「やっ!」
しかし熱く湿った中心にシンが触れた時、やはり恐怖の方が勝ってしまった。
反射的に腰を引いて逃げようとしたが、シンはそれを許さなかった。
「あっっ!ああぁっ!!」
一息に貫かれた衝撃で、背が浮き上がる。
身体はあの時の痛みを思い出し、無意識のうちにシンを押し出そうとするが、
それを上回る力で更に奥へと侵入される。
「やぅっ!!んはぁ、あっ!」
ついにシンが奥深くまで達し、一層激しく揺さぶられる。
痛みすら圧倒的な力で捩じ伏せられ、何もかもを支配される。
この感じは、確か以前にも感じた。
苦痛が少しずつ薄れていって、そして。
「んっ!あっ!あっ!はぁっ、あんっ!!」
甘い痺れが全身を襲う。
快感が次第に増してくる。
まるで別人のような艶声を上げ、体内に感じるシンの事以外は何も考えられなくなる。
「あぁっ、くぅっ、んん!あっ、はぁぁっ!!」
激流に翻弄され、頭の中が真っ白になる。
全身を支配していた痺れが電流に変わると同時に、シンの低い呻きが遠くから聞こえて来た。
行為の済んだ後、シンはに声一つ掛けずに去って行った。
は一人、虚ろな表情で床に横たわっていた。
冷たい石の床が、肌の火照りを吸い取っていく。
熱に浮かされたようにぼんやりとしていた頭が、少しずつ意識を取り戻す。
どうして私は拒まなかったのだろう。
怯えて萎縮してしまったからか。
それとも、シンに支配されることを望んでいたのだろうか。
「!」
身体の奥から、シンの名残が流れ出てくる。
ついさっきまで、シンがこの身体の中にいたことの証。
先程までの嵐のような時間を思い出して、ぞくりと鳥肌が立つ。
心のどこかで、彼に求められたいと思っていたのだろうか。
ほんの束の間でも、シンに愛されたいと願っているのだろうか。
それがたとえ仮初の愛であったとしても。
「お美しゅうございます、ユリア様。」
華やかにドレスアップしたユリアに、は心からの賛辞を述べた。
そのまばゆいばかりの美しさは、男ならずとも心奪われるものであった。
しかし鏡越しに見るユリアの顔は、暗く沈んでいる。
恐らくシンとのディナーが気乗りしないのであろう。
しかし分かっていてもどうしてやることも出来ない。
は敢えて気付かない振りをして、ユリアを促した。
「きっとKING様もお喜びになりますわ。さあ、参りましょう。」
「ええ・・・・」
― きっと、お喜びに・・・・
自分で言った言葉が、そのまま自分の心に突き刺さる。
KINGの愛は、ユリアにのみ向けられている。
そんなことは分かりきっていることなのに、どうしてこの心は痛むのだろう。
どうして・・・・
ユリアが席についてしばらくして、シンが食堂へ現れた。
「すまんな、少し遅れたか。」
ユリアの向かいの席に腰を掛け、独り言のように呟く。
しかしユリアは視線を逸らして返答しなかった。
食堂を再び沈黙が流れる。
その空気を早々に替えるべく、はシンのグラスにワインを注いだ。
紅い液体がグラスを満たしていく。
それがグラスの半分程に至った時、目線を落としていたシンがの顔を見た。
『もういい』という合図なのは分かっているが、心が騒ぐのを抑えられない。
は反射的に目を逸らし、お辞儀をして引き下がった。
ボトルを持つ手が震えていたのを、気付かれただろうか。
ワゴンから料理の皿を取りながら、は動揺する心を懸命に鎮めようとしていた。
気付かれてはいけない。特にユリアには。
万が一シンと自分のことが知れたら、シンは永久にユリアから軽蔑される。
残虐非道な獣のように、忌み嫌われるだろう。
そしてユリアは、自分の為に涙を流してくれるのだろう。
男の欲望に無残に散らされた、哀れな被害者だと。
しかし、自分の本心を知ったら、ユリアはどう思うであろうか。
一方的に貪られる恐怖に怯えつつも、心のどこかでそれを望んでいるかもしれないと知れたら。
気付かれてはいけない。
この想いを。
浅ましい、この心の内を。
努めて平静を装い、は給仕に集中した。
シンは一言も発せず黙々と料理を口に運ぶ。
ユリアは元々食が細い方だが、今日はいつにもまして食が進んでいない。
「ユリア、具合でも悪いのか。」
「いいえ。ただあまり空腹ではないだけです。」
「食べろ。今のうちにしっかりと食べて体力をつけておけ。長距離の移動に備えてな。」
シンが何のことを言っているのか、には分からなかった。
しかしユリアの顔色がみるみるうちに変わる。
ナイフとフォークを置くと、ナプキンで口を拭ってユリアは席を立った。
「私、今日は失礼いたします。」
「ユリア様、お待ち下さい!」
の制止も聞かず、ユリアは食堂から出て行ってしまった。
「、ユリアについていろ。」
「KING様・・・・」
「早く行け。」
「・・・・では失礼いたします。」
は給仕を別の者に任せると、ユリアを追って食堂を出た。
ユリアは部屋に戻っておらず、は思いつく限りの場所を探し回った。
そしてようやく、中庭の片隅で佇むユリアの姿を見つけた。
「ユリア様、突然どうなされたのですか。」
「・・・・、ごめんなさいね、せっかくのお料理を。」
「いえ、そんなことはよろしいのですが、どこかお具合でも?」
「そうではないの、ただ・・・・」
そう言って、ユリアは口をつぐんだ。
「ただ、何ですか?ユリア様、仰って下さい。」
の催促に、ユリアは閉ざした口を再び開いた。