SACRIFICE 3




シンが城を離れてはや数日、特に何事もなく、ユリアとは平穏な日々を過ごしていた。

「ユリア様、どうかなさいまし・・・」
「静かに・・・・。」

は、テラスで何かをじっと見ているユリアに気付き、何事かと声を掛けた。
ユリアはその呼びかけを制止し、に手招きする。
呼ばれるままテラスへ出たは、ユリアの視線の先に一羽の小鳥が羽を休めているのを見た。

「まあ、小鳥。」
、水と何か餌になるものを。」
「はい。」

一旦部屋へ戻ったは、小さな皿に水を張ったものと焼き菓子を一つ用意して再びテラスへ出た。

「ユリア様、これでいかがでしょうか。」
「結構よ。ほら・・・・、おいで。」

ユリアの呼びかけに小鳥は一瞬竦んだが、すぐに小さな羽をはためかせるとユリアの指先に止まった。

「さあ、お食べなさい。」

ユリアは手の平に焼き菓子を砕いたものを乗せ、小鳥に食べさせる。
小鳥が一心不乱に餌を啄ばむ様子を、ユリアは誰もが安らぐような慈愛に満ちた表情で見守る。
この乱世の時代に似つかわしくない程平和な光景に、も微笑みを零す。

やがて餌と水でお腹の膨れた小鳥は、幸せそうにユリアの指先で羽をつくろい始めた。

「なんて可愛らしいんでしょう。」
「本当ね。」

二人はしばし小鳥の無邪気な様子に見入っていたが、ふいにユリアが小鳥の止まっている指先を空へ差し伸べた。
途端に小鳥はユリアの指を離れ、名残惜しげにその場を2〜3回旋回したかと思うと、陽光の彼方に飛び去った。
てっきりこのまま飼うのだろうと思っていたは、驚いてユリアを見る。

「これでいいのです。自由に太陽の下を羽ばたく事があの小鳥にとって何よりの幸せのはず。」
「ユリア様・・・・」
「せめてあの小鳥だけでも、自由に・・・・・」

籠の鳥は自分一人で十分。
ユリアの瞳がそう語っているようで、は黙り込んでしまう。

きっとユリア様が一番自由を望んでいらっしゃる。
KING様の手を離れて愛する人の元へ飛んで行きたいと。
出来るのならそうさせて差し上げたい。
でもユリア様、貴女が行ってしまわれたら。
KING様がどれ程悲しまれるか。どれ程苦しまれるか。

叶わぬ願いを託すように、いつまでも小鳥の飛び去った方角を見つめるユリアの後ろ姿に頭を下げ、はその場を離れた。





「ふん、この程度の男がボスか。」

シンは血の海の中で息絶えた男を一瞥すると、背を向けて立ち去った。
車に戻ろうとしたところ、物資調達に出ていた部下達が戦利品を抱えて走り寄って来た。

「KING!!」
「ありました!これを見てください、全部本物ですぜ!!」
「それにドレスも!!」

金や銀の腕輪、天然の真珠をふんだんに使用したネックレス、深い海を思わせる大きなサファイアのブローチ、そして何物にも勝る圧倒的な輝きを誇る大粒のダイヤの指輪。
その他にも色とりどりの輝きを放つジュエリー、そして見るからに上等な仕立てのシルクのドレスや華奢なパンプス、上品で繊細なレースの手袋やランジェリー、ストッキングまである。

これらを欲しがらない女などいるはずはない。
これならユリアへの土産として質・量共に申し分ない。きっと気に入るはずだ。

シンは満足げに口の端を吊り上げ、部下達が差し出すものを受け取った。


「これでこの辺り一帯は俺の手中に収まった。次は労働力の確保だ。」
「はっ!!」
「俺は一度城へ帰る。俺が戻るまでに町を作る奴隷を出来る限り多く集めておけ。刃向かう者は殺せ!」
「はっ!!」

部下達に次の指令を出して、シンは上機嫌で一人居城へと向かった。





「KINGのお帰りだ!!」
「門を開けろ!!!」

何事かと外の騒がしい様子を伺ったは、聞こえてくる会話からシンの帰城を知った。
ざわめく心を抑えて、そのことをユリアに報告する。

「ユリア様、KING様がお戻りになりました。」
「・・・・・そうですか。」

ユリアの顔から穏やかな笑顔が消えた。
厳しく毅然とした表情で椅子に腰掛け、シンが部屋に入って来るのを待ち受ける。
はユリアの部屋を出て、廊下で待機した。
程なくしてシンが沢山の包みを持ってユリアの部屋を訪れた。

「お帰りなさいませ、KING様。」
「・・・・・・・・」

は震える声を励まして、シンに出迎えの挨拶をした。
しかしシンはそれに答えず、の顔をちらりと一瞥しただけですぐに部屋に入って行った。



「ユリア、戻ったぞ!」
「・・・・・・・・」
「これを見ろ、ユリア。きっと気に入るはずだ。」
シンは次々に包みを開け、ドレスやジュエリーを取り出して見せる。

「見ろ、この間の物より遥かに質が良い。どうだ、気に入ったか?」

シンはジュエリーを一掴み手に取ると、ユリアの手に握らせようとした。
しかしユリアはその手を払いのけた。
散らばった宝石が、零れ落ちた天使の涙のように床で煌く。
シンは強張った表情で、その輝きを見つめた。

ユリアは眉一つ動かさずに、静かに口を開いた。
「あなたはまちがっている。こんなことで私の気持ちは変わらない。」
そして、シンの顔をまっすぐな瞳で見つめてきっぱりと言い切った。

「むしろ軽蔑する。」

その言葉にシンは薄い笑いを浮かべ、ユリアの前に歩み寄った。
「俺にケンシロウと同じ生き方をしろというのか!」
そして顔から笑みを消し、冷たく剣呑な表情を浮かべた。

「できんな。」

その表情と声の冷たさに、ユリアの背筋に冷汗が伝う。

「言ったはずだ。俺は俺流のやり方でやるとな!人間には誰しも欲望というものがある!」
シンは拳を握り締めて激しい口調でまくし立て、床に散った宝石を力任せに踏みつけた。

「見ていろ、こんなケチなものではない!」

そして不敵な笑みを浮かべてユリアを指差す。
「お前に町をプレゼントしよう。いや!町だけではない、いずれは一国をもだ。」

シンの口調が激しさを増す。
「お前は女王だ!お前を女王にしてみせる。全ての人間がお前の前でひれ伏す!」

シンの計画の恐ろしさに、ユリアは戦慄を覚えた。
何とか思い留まらせようと椅子から立ち上がり、口を開きかけたが、シンはすぐに踵を返した。

「そうすればお前も変わる。絶対にな。」

シンはまるで自分に言い聞かせるかのように低く呟き、ユリアに背を向けて立ち去った。




部屋の外で、はまだ待機していた。
正直、シンと顔を合わせるのは辛いし、いっそこの場を離れたいとも思うが、何事か用が出来るかもしれない。
その場合に備えて、やはり今はこの場に居なければいけない。
シンが部屋から出てきたら、無言で頭を下げて見送れば良いだけだ。
ユリアがすぐそこにいる以上、まさかこの間のような事にはなるまい。
きっと大丈夫だ・・・・

頭の中で色々と思案していると、扉が開いてシンが出て来た。
それに気付いたは慌てて深く頭を下げた。
シンは小さく震えながら頭を下げているの前を通る。

良かった・・・・、大丈夫だ・・・・。

普段通りのシンの様子には安堵した。
しかし次の瞬間、束の間の安堵は恐怖にすり替わった。

完全に通り過ぎる間際、シンがの腕を掴んだ為に。


突然の出来事に、この間の夜が脳裏に蘇る。
驚きと恐怖で声も出ないを、シンの腕が有無を言わさない力で引き摺って行った。




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後書き

「サザンクロスの建設をカミングアウト」話です。原作の方を元に書いております。
シンとユリアの会話や戦利品を持って来た部下の台詞は、原作から引用しております。
ちなみにお土産の内容に関する描写は、私の適当なイメージです(笑)。
そして次回はまたアッチ系です(笑)。