PHANTOM OF LOVE 16




扉の入口から広間の中央を真っ直ぐ奥に向かって伸びているのは、赤い絨毯で拵えられた花道だ。
照明は無骨な松明ではなく、美しいフォルムを描く数百本・数千本のキャンドルがシャンデリアのように天井から吊られ、壇上に螺旋を描き、テーブル上に並び、ほの温かいオレンジ色の煌きを放って広間を明るく照らしている。
花は至る所に活けられ、その溜息のような小さな色とりどりの花弁が、赤い絨毯の上を飾っている。


「さあ、行こう。」
「ええ・・・・・」

しかしながらその花道の両側を飾るのは、華と呼ぶには相応しくない程いかめしい形相をした男達ばかりであった。
その中を、はユダにエスコートされながら、しずしずと歩いた。



人々の目が、一斉にへと突き刺さる。
その中には無論、あの拳王の視線も混じっている。
たとえ彼らの視線に敵意がなくとも、それはに緊張感をもたらした。
パーティーには慣れている部類に入るが、楽しいと思えていたのは少女の頃の事。
かつての苦難の結婚生活は、のパーティーというものへの印象をすっかり悪くさせていたのだ。

しかし、この緊張はそればかりのせいではない。
誇らしげに自分の手を取って歩くユダの自信に満ちた横顔を、はそっと見上げた。
すると、ユダは微笑んだ。
ただ幸せそうに、満足そうに。

ユダのそんな微笑を見てしまったには、同じように微笑み返す事しか出来なかった。









「拳王様、並びに諸侯の御方々におかれましては、ご多忙の最中かくも盛大にお集まり下さいまして誠に有難うございます。」

流暢な謝辞を述べているユダを、は少し離れたところから見守っていた。


広間の一番奥、席に着いたゲスト達と、開け放した扉の外に平伏している城の者達全てが見渡せる場所に立って、ユダは今、誇らしげにスピーチをしていた。
ゲスト達の中には、目の前の酒や料理に心を奪われ、ユダの言葉などろくに聞いていない者も目立ったが、ユダは全く意に介していないようだ。

そして自身もまた、高まる一方の緊張のせいで、次第に周りを見る余裕もなくなっていた。
久しぶりにこのような場に出たのだから、それも無理はない。
ましてや・・・・



「私事ではありますが、この度私は、生涯の伴侶となるべき者を得ました。今宵はそれを皆様に御礼方々ご報告したく、また、その者を正式に紹介したく存じます。・・・・・・こちらへ。」

ユダに見つめられ、はハッと我に返った。

ユダのみならず、皆の視線が一斉にへと向けらている。
とうとうは、ユダの妻になる女であると、皆に認識されてしまったのだ。
実はまだ、僅かな戸惑いを感じているにも関わらず。

しかし、今更『待った』をかける事は出来ない。
は静かに深呼吸を一つすると、ユダに促されるまま彼の隣に立った。


「この者が我が最愛の伴侶、でございます。どうぞお見知りおきを。」
「・・・・はじめまして、と申します。どうぞ宜しく・・・お願い致します・・・・・」

が深々と垂れた頭を上げた時、周囲からパラパラと拍手が湧き、やがてそれは大きな喝采となってユダとに注がれた。












それから暫しの会食の後、残るは食後酒だけというところになって、のピアノ演奏が披露される事となった。
は再び人々の注目を浴びながら、内心は持て余す程の緊張に苛まれながらピアノに向かう事になったのだが、ユダはそれを恍惚と見つめていただけだった。


かのように思えたのだが。



「・・・・・ユダ?」

突如横に寄り添うように立ったユダを見て、は鍵盤を滑らせかけていた手を止めた。

「どうして・・・・?」
「いつか貴女に言っただろう。演奏会では俺も貴女に披露したいものがあると。」
「え、ええ。」
「それが・・・・・、これだ。」

そう言ってユダが後ろ手から取り出して見せたものは、艶やかな飴色に輝くバイオリンであった。

「まぁ・・・!」
「貴女に内緒で練習していたのだ。今日のこの日の為にな。さあ、始めて。」
「・・・ええ。」

小さく微笑むと、は心を静めて曲を奏で始めた。


二小節の前奏が済むと、Edurの甘い主旋律がバイオリンの音色で彩られる。
ピアノの紡ぐ音に身を預け、己が心を共鳴させるかのように、ユダは弦を震わせた。

甘い甘い、愛の波にたゆたうように。






譜面など見ずとも、もう何度もさらった曲だ。
演奏はひとりでに動く指に任せておいて、ユダはその視線をに向けていた。
まっすぐに伸ばされた背中や鍵盤の上を踊る白い指、そして、唇を引き結んだその横顔へと。


ずっとずっと、こうなる事を夢見ていた。
緑の多い屋敷の庭園で、杏の木々を縫って追いかけっこをしていた頃から。
どんなに一生懸命走っても決して追いつけなかった貴女に、追いつく事が出来るようになったら。
いつもその柔らかい掌にすっぽりと包められてしまっていた小さな手が、逆に貴女のその手を包み込めるようになったら。

俺達は姉と弟から、愛し合う男と女になる。



身も心も固く結ばれた、愛し合う男と女に、と。














やがて、ピアノの静かな和音によって、演奏は締め括られた。


「ご清聴有難うございました。」

拍手の渦の中、ユダは観衆に向かって優雅な一礼をし、をエスコートしながら再度共に一礼をした。
たとえ観衆の中に、音楽を愛でる高尚な耳を持ち合わせていない愚物がちらほら混じっていたとしても、その者達が拍手の音で驚いて目覚め、あたかも最後まで聴き届けたかのように慌てて拍手をする様を目に留めていても、ユダの優雅な微笑は変わらなかった。


そして、この演奏をもち、宴も終わりを告げた。










「今宵はご足労下さり有難うございました、拳王様。」
「うむ。」
「道中、お気をつけて。」

ユダは今、と共に帰城するラオウを見送りに出ていた。


「拳王様のお導きがなければ、私共は巡り会ってはおりませんでした。共々、感謝しております。」
「フン。あの時俺がうぬにくれてやった女を、な。・・・・ユダ、うぬは何を企んでおる?」
「企み?」

ラオウに対する企みなど、ある筈もない。
強いて言えば、今一つ煮え切らない様子のを周囲からたき付けて一日も早く妻の座に祭り上げる為、一役買って貰っただけだ。
二人の結婚の事を知る者が多ければ多い程、はこの手の中から逃れられなくなるから。
企みといえば、精々その程度の事だった。


「フッ、ご懸念には及びません。今回の事には何の表も裏もない、このユダとの、運命の流れにございます。男と女の巡り会わせには、小賢しい戦略などつけ入る隙もありませぬ故。」
「ほう。運命、とな。」
「はい。」
「ならばうぬは承知しておろう。この拳王には追従など一切通じぬ。俺が臣下に対して認め求めるのは、力と野望のみ。」
「無論承知しております。このユダ、今までもこれからも、我が力のみで拳王様の御為に尽力する所存なれば。」
「ならば良い。」

漆黒の馬を駆る直前、ラオウはチラリとを一瞥した。


「・・・・相も変わらず覇気のない眼よ。その身を飾る宝玉の光の方が余程眩いわ。」
「は・・・・?」
「主に仕えるは臣下の務め。ならば、女の務めは夫に尽くす事。うぬが選んだ道だ、励めよ。」
「は、はい・・・・・」

去って行くラオウに向かって小さく一礼をしながら、は内心動揺していた。
まるでラオウに、心の奥底の、自身にもはっきりと見る事の出来ない何かを見透かされたような気がして。












宴の賑わいが消えた静かな城の自室で、ユダは眠る前の僅かな一時を過ごしていた。
ユダの寝そべっているベッドの端には、まだドレスのままのが、顔を窓の外に向けて座っている。
ユダから見えるのは、背中に流れた柔らかな黒髪だけ、その表情が晴れているか曇っているか、そこまでは分からない。

だが恐らく、沈んだ顔をしているのだろう。



。」

ユダは努めて優しい声を出すと、労わるように話しかけた。

「気にするな、。拳王の目は節穴なのだ。だから気にするな。貴女の魅力は、このユダが誰よりも良く知っている。」
「え・・・?」
「気に病んでいたのだろう?拳王に不躾な物言いをされた事。貴女のご気分を害した罪は、いずれこの俺が償わせてやる。だからそう落ち込むな。」
「あ・・・・・」

勘違いだと言おうとして、は口を噤んだ。
拳王に言われた事を、ユダの思うところとは違うが、気に病んでいた事には違いないのだから。

宝石の輝きよりも見劣りする程曇ってしまっている瞳。
それは自身も認めていた事だった。
美しいドレスと高価な宝石に身を固めても、それらの華やかさを自分のものには出来ていない。
まるで、自分自身がドレスや宝石の意のままに操られているような気がしていた。

それは、それらを着けこなすだけの容姿が有る無いの問題ではなく・・・・・



「・・・・いやね、ユダ。私は何も気にしていないわ。」

しかし拳王の言う通り、ユダの妻になる事を選んだ以上、いつまでも二の足を踏んでいても仕方がない。
戸惑いはやがて消える筈、己にそう言い聞かせて、は気丈に微笑んだ。


「そうか?」
「ええ。」
「・・・・そうか。」

ユダは安堵したように微笑んだが、やがて無邪気な企みを思いついた少年のように瞳を輝かせて、を抱き寄せた。


「しかし、正直に言うと俺は少し気に病んでいる。というよりは、腹を立てている。」
「な・・、何故?」
「この世に貴女程美しい女は居ない。この俺が身も心も奪われた貴女の事を、ああも不躾にこき下ろすとは・・・・、フッ、拳王め。余程命が惜しくないと見える。」
「まぁ・・・・、駄目よユダ、そんな取るに足りない事で争いなど・・・!」

ユダの言葉を鵜呑みにしたは、焦りの表情を浮かべてユダを窘めかけた。
しかし、ユダの言わんとするところは違っていたらしかった。
少なくとも今この時点では、ラオウに討って出る事よりも、もっと優先させるべき事があったようだ。


「しかし、あの男の目が節穴で良かった。貴女を巡って争わずとも、最初から取られる心配はない。」
「あ・・・・・」
「・・・・俺には貴女の輝きが良く分かる。俺は貴女の価値を誰よりも良く知っている。花よりも宝石よりも美しい、我が最愛の妻・・・・・」
「んっ・・・・・」

ユダはの手首を柔らかく戒めてその唇を奪い、ゆっくりとベッドに組み敷いていった。




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後書き

自分で書いてて何ですが、背中が痒いです(笑)。
このユダ夢では、如何にしてどれだけのクサい台詞をユダに吐かせるかというのが
私の中での密かなポイントになっているのですが(←何それ?)、
羞恥を堪えつつ頑張っていると、次第に変なテンションになってきて困りものです(笑)。
その内『君の瞳に乾杯☆』とか言わせてしまったらどうしよう(笑)。