PHANTOM OF LOVE 13




「奇跡というのは、あながち嘘ではないようだな。お前達によって拳王軍に差し出された姉は、拳王軍の将であるこのユダの元に預けられた。そこで俺達は再会したのだ。」
「生きて・・・・・・、いたのか・・・・・・・」
「俺があの人を死なせるものか。あの人の為なら、死神さえ切り刻んでやるわ。」

冷たい視線でハンスを見据えると、ユダは忌々しげに吐き捨てた。


「俺の元に来た時の姉は、酷い有様だった。ボロを纏い、やつれ果てて・・・・・。お前達がそうしたのだ。あの輝かんばかりの美しさを、お前達が曇らせたのだ。訊けばお前達によって、随分酷く扱われていたそうではないか。」
「・・・・・・・」
「反論のしようもない、か?当然だな。事実なのだから。」

ユダは小さく鼻を鳴らした。


「気の毒に、姉は衰弱しきっていた。だが、俺があの人を元通りにした。あの輝かんばかりの美しさを取り戻してやった。」
「・・・・・・」
「美しく優しく、気高く・・・・・。俺のあの人がようやくこの手に戻った!俺はもう二度とあの人を手放しはしない!この意味が分かるか!」

高揚した口調で捲し立てた後、ユダは意味深な笑みをハンスに投げた。


「・・・・・は間もなく、この俺の妻になる。」
「なッ・・・・・!?」
「フフフ、そう驚く事はないだろう。お前達の方から姉との縁を切ったのだ。今更お前に口を出す権利などない。」
「・・・・しかし・・・・、姉弟だと・・・・を姉だと・・・・」
「ああそうだ。はたった一人の俺の姉。だが、血の繋がりはない。あの人は俺の友であり、俺の姉であり・・・・・、俺の最愛の女性だった。昔からな。」
「ぐわっ!」

ユダは唐突にハンスの頭を踏みつけると、勝ち誇ったように声高に笑った。


「そもそも、お前などには釣り合わぬ!脆弱で己の考え一つ持てないような男がを娶るなど、元々あってはならん事だったのだ!ハハハハハ!!」
「くぅっ・・・・!」

ハンスの頭の傷口を爪先で抉るように蹴り付け、ユダは嘲笑混じりに問いかけた。


はお前を愛したか?愛していると言った事があるか?」
「・・・・・・」
「フッ、無いだろうな。お前のような男を、が愛する筈はない。健気なは、こんなお前でも妻としての務めを果たそうと懸命に尽くしたようだが、結局は愛せなかったようだ。」
が・・・・・・、そう言ったのか・・・・・?」
「結果を見れば分かる事だ。は疲れ果て、ボロ雑巾のようになっていた。そんな姿にしたお前を愛せる筈はなかろう?」
「・・・・・・」
「だがは、俺を愛していると言った。」

今朝のとのやりとりを思い出し、ユダはそれに酔いしれていた。


「俺もを愛している。心の底からな。俺達は愛し合っているのだ。は、毎夜俺の腕の中で美しく花開く。それはが俺を愛しているからだ。分かるか?」
「っ・・・・・・!」
「気の毒に、は女である事さえ捨てていた。俺に抱かれるまではな。きっとお前は、に女の悦びすらも満足に与えてやらなかったのだろう?実に不甲斐無い男だ。」
「くっ・・・・・・!」
「フフッ、図星を突かれて悔しいか?」

ユダは嘲笑しながら、何気なく部屋を見渡した。
暮らしに必要最低限の物以外、何もない部屋だ。
年寄りと中年の男という世帯のせいか、室内の空気も何処となく重く、年若い者、子供の居る気配は欠片程もなかった。


「・・・・・子はおらんようだな。」

子供の有無は、の口からこそ聞きたくはなかったが、ユダにとっては決して小さな問題ではなかった。
もし居ればその子供は殺してしまうつもりで、ユダはハンスの傷痕を踏みつけ、問い詰めた。

「返事をしろ。」
「うぐっ・・・!い、居ない・・・・・!」
「そうか。それは何より。」

己以外の男と遺伝子を交わらせた産物の存在など、絶対に許さない。
もし子が居れば、それはの子ではなく、憎い男の子供、殺す事に躊躇いはなかった。
だが、元から居ないに越した事はない。

ユダは脚を退けてやると、勝ち誇ったように笑った。



「しかし、考えてみれば当然だな。夫婦の契りも持たぬ形ばかりの夫婦が、子など成せる筈がない。何よりが、愛してもいないお前の子など身篭る筈はない。」
「うぅッ・・・・!」

踏みつけられた傷痕から更に血を噴き出し苦しむハンスを尻目に、ユダは更に続けた。


には、俺が女の幸せと悦びを与えてやる。この身と心の全てを捧げてな。は世界で一番幸せな花嫁になるだろう。俺を愛し、俺に愛され、やがて俺の子を産むだろう。」

実際のところ、ユダは子供など欲しくはなかった。
少なくとも、当分の間は。
ユダはまだ若く、急いで南斗紅鶴拳の後継者を作る必要など感じてはいなかったし、六歳年上とはいえ、もまだ若い。故に子供など、遠い未来に予定していれば十分だった。

何より、の愛を得るのは己一人でなければならない。
子供が出来ては、ようやく手に入れたの愛が子供に奪われてしまう。
だからユダは、専属で抱え込んでいる医師から密かにの月経周期を聞き出し、身篭る危険性のある日には、の中で果てないように気をつけていた。
また、念には念を入れ、安全性の高い避妊薬を栄養剤と偽って毎日飲ませるよう、医師にも言いつけている。

それを偽り、敢えてこう言ったのは、偏にハンスに男としての屈辱を与える為、己がかつて受けた屈辱を返す為だった。
かつては己の妻だった女が、他の男の妻となり、その子供を宿す。
男として、これ程の屈辱があろうか。



「ククク。口惜しいか。」

そして案の定、ハンスは悔しげに唇を噛み締めている。正にしてやったりだった。
そもそも上流階級に生まれた人間は、人の倍も自尊心を強く持てと育てられるのだ。
幾ら己から手放した妻とはいえ、他の男に攫われるのを、平然と納得出来る筈がない。
そう、問題はあくまでこの男の自尊心なのだ。を愛していたかいないかではない。


より大事なお前の親は死んだ。これからお前は一人孤独に生きていくのだ。尤も、その傷で生き永らえる事が出来たら、の話だがな。」
「うぅっ・・・・・・!」

即死には至っていないが、ハンスの傷は深く、出血量も多い。
これからすぐに手当てをしても、助かる確率は五分五分といったところか。
生かさず殺さず、長く苦しむようにと力を加減してつけてやった傷なのだから当然だと、ユダは胸中でほくそ笑んだ。


「ハハハハ、ハーッハハハハハ!!!」

完全な勝利を収め、ユダは高らかに笑いながら、悠然とその場を出て行った。










一方、ユダが出て行った城では、いつもと変わらぬ穏やかな午後が訪れていた。


様、お召し替えの時刻にございます。」

部屋で本を読んでいたの元に、下女達が新しいドレスを持って現れた。
ユダの命で、彼女達は一日中の世話を焼いている。
そもそも着替えなど、日にそう何度もせずとも良いものを、ユダは朝、昼、夜をはじめ、その他諸々のシーンに応じてのドレスを替えるように、下女達に言いつけているのだ。

それを拒めば、彼女達がユダに咎めを受ける。
しかしは、このような事で只でさえ忙しい下女達の手を煩わせるのが申し訳なかった。
そう思えるようになったのは、きっと自身も日々の生活に追われた歳月を過ごしたからだろう。

そう考えて苦笑したは、下女達ににっこりと微笑みかけた。


「有難う。そこに置いておいて頂戴。自分で着替えます。」
「ですが様・・・・!」
「子供じゃないのですから、着替えぐらい自分で出来ます。あなた達はお仕事に戻って下さいな。」
「ですが・・・・・・」

ユダの咎めを余程恐れているのか、尚も食い下がる下女達に、は優しく諭すように言った。

「あなた達にはいつも良くして貰って、本当に感謝しています。ユダには私から話しておきますから、あなた達は何も心配しないで。」
「そんな・・・・・」
「突然来て厄介になりっ放しなんて、余りにも申し訳ないんですもの。これからはなるべくあなた達の手を煩わせないように、せめて自分の事は自分でさせて下さい。お願いします。」
様・・・・・」

いつも日がな一日こき使われて、疲れも相当溜まっているのだろう。
の労いに、下女達は感激したように声を詰まらせた。
その気持ちが良く分かるは、良い事を思いついたと言わんばかりに手を打ち鳴らした。


「どうかなさったのですか、様?」
「ふふっ、丁度する事もなくて退屈していたの。私にとってもあなた達にとっても良い案だと思うわ。ちょっと・・・」

訝しそうな下女達に向かって、は無邪気な笑みで手招きした。







「本当に助かりますわ、様!」
「お手際が宜しいんですのね、正直に申し上げて、私驚きました!」
「うふふ、これでも料理なら毎日していたのよ。」

動きやすい簡素な服に着替えたは、台所で下女達に交じって夕食の支度をしていた。
何しろ城は大所帯だ。主であるユダとその側近、部隊の将達の食事の他、彼らの数を上回る人数の兵士や下働きの者達の食事の支度は、下女達にとって一・二を争う重労働である。
それを少しでも手伝おうと、は考えたのだった。

ユダと結婚すれば、この城には長く厄介になる。この城の者は家族になる。
それをいつまでも客のような顔をしていては、彼らに申し訳がない。
少しでも彼らの負担を減らして、自ら打ち解けていかねばと、はここ暫くそう考えていた。
ユダにとって彼らは只の臣下・奴隷に過ぎないかもしれないが、にはそう思う事が出来なかったのだ。


「さ、次は何を切れば良いのかしら?」
「では、この人参をお願いします。」
「任せて頂戴。」

下女達の感嘆は、決して世辞などではなかった。
山程の食材を手際よく処理していくを、本心から感心していた。
その証拠に彼女らは、最初の遠慮が次第になくなり、戦力の一人としてを頼り始めている。
それがまたには嬉しかった。

女ばかり、仲良く肩を並べて鍋を掻き混ぜ、他愛も無い話に花を咲かせる。
こんなに楽しい時間を過ごすのは、女学校に通っていた頃以来だろうか。
如何に愛する男性とでも、このような時間は過ごせない。
はいつになく饒舌に語り、無邪気に笑った。


「私、様が来て下さって本当に嬉しゅうございます!」
「私も!こんなに気さくでお優しい方だったなんて!」
「あら、それは私の台詞だわ。皆さんこんなに良くして下さって、本当に嬉しいのよ。これからもどうぞ宜しくお願いしますね。」
「こちらこそ、どうぞ宜しくお願いします!」

友情を結んだ直後の擽ったい嬉しさを互いに噛み締めながら、と下女達は今、その身分の差を超えて屈託なく笑い合っていた。






それから数時間が過ぎ、辺りが深い夜の闇に包まれた頃。
ユダの帰還を告げる門番の兵士達の声が、城の中に轟いた。




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後書き

ユダがちょっとヤバそうな奴になってしまいました。
知力が売り(?)のユダ様ですから、ま、あの程度の対策はしているかと(笑)。
それも偏にヒロインを愛しているという風に解釈して頂ければ幸いです。
狂信的な愛の怖さを書けたら良いなぁ・・・・、なんて言ったら大袈裟ですが、
そんな感じの話を目指しておりますです。