PHANTOM OF LOVE 10




ややあって。



「ブラボー!」

が演奏を終えると共に、ユダは惜しみない拍手をに贈った。
それを待っていたかのように、ピアノの音色に釣られていつの間にか広間に集まっていた部下や下女達も、一斉に拍手をし始めた。


「素晴らしかった、。久しぶりに昔に戻った気分だよ。」
「有難う。でも、やっぱり駄目ね。全然指が動かなかったわ。」
「フフッ、昔と同じところで間違っていたね。それも含めて懐かしかった。」
「まあ!いやだわ、そんな事まで覚えているなんて!」

頬を染めて笑うに、ユダは花瓶から抜き取った深紅の薔薇の花を一輪捧げた。

「素晴らしい演奏の礼に。」
「まあ、有難う。」
様、素晴らしゅうございました。このダガール、心が洗われる思いでした。」
「まあ、ダガールさん。聴いていらしたの?」
「はい、失礼とは存じましたが、余りに美しい調べでしたので。」

ユダとの前に跪いたダガールは、の手を恭しく取って白い甲に口付けた。


「さすが、ユダ様のお見初めになった女性でいらっしゃいますな。素晴らしい特技をお持ちで。」
「止めて、ダガールさん。恥ずかしいわ。」
「これはこれはご謙遜を。本当に素晴らしゅうございました。如何ですかな、ユダ様?折角ですから、演奏会を兼ねたパーティーなどを開いてご覧になれば。」
「うむ、そうだな・・・・・」

ダガールの提案に、ユダは頷いた。

「・・・・・良い案だ。毎日毎日頭の悪い連中を動かして、あの戦しか知らぬ拳王に仕えた振りをするのも疲れる。偶には華やかな場を設け、心の洗濯をするのも一興だ。」
「左様でございましょうとも。」
「それに貴女の事も、この辺りで正式に皆に紹介してやらねばな。」

そう言って、ユダはの肩を抱いた。

城の者は、今でもきちんとに仕えている。
ただ、がユダにとって何者なのかを知らないのだ。
いつまでも、ただ床を共にする愛妾程度の女だと思われるのは好ましくない。
は、もっと特別な存在なのだ。


「そういう事だ。、パーティーでも素晴らしい演奏を披露してくれ。」
「でも、私の事を紹介って・・・・、どうして今更?しかもパーティーでなんて・・・・・。私の事なら、わざわざそんな気を遣ってくれなくても・・・」
「当然だろう?仮にもこの城の主、俺にとって特別な存在である貴女を、いつまでも正式に紹介しない訳にはいかない。いい加減はっきりさせねば、万が一城の者達が貴女に粗相でもしたら大変だ。」
「そんな、粗相だんて。皆さん、とても良くして下さっているわ。」
「それでも、だ。俺の気持ちを分かってくれ。」

穏やかな声ながらも、有無を言わせぬ口調で言ったユダに、は嫌とは言えなかった。

パーティーと名のつくものには、嫁いでから一つも良い思い出がない。
しかし、過去の苦い思い出と混同して嫌がるのは、余りに大人げがないではないか。
今度のは、宴席という名の地獄だった過去のものとは違う。

は自分にそう言い聞かせて、こっくりと頷いた。
それを見たユダは、満足したように微笑んで『良かった』と言った。

「なに、パーティーと言ってもささやかなものだ。そんなに構える必要はない。では、俺はこれで失礼する。片付けねばならぬ事があるのでな。ダガール、来い。」
「はっ。それでは様、ご機嫌よう。」
「ご機嫌よう。」
「そうだ、。演奏会では、俺も貴女に披露したいものがある。楽しみにしていてくれ。」
「まあ、何なの?」
「それは当日のお楽しみ。では。」

言い出したらきかないところは、昔から少しも変わっていない。
ダガールを伴って広間を出て行くユダを見送って、は小さく溜息をついた。







一方その頃、ユダは廊下を歩きながら、早速パーティーの指示をダガールに与えていた。

「酒と料理は惜しむな。幾らささやかにするとはいえ、貧相なテーブルでは話にならん。」
「はっ。」
「それから、城の連中も全員出席させろ。見習い兵から下女に至るまで全員だ。くれぐれも粗相のないように良く言って聞かせろ。但し、席に着かせるのは部隊の将だけだ。他は全員広間の外で平伏させておけ。」
「はっ。しかし、誰かご招待はなさらないので?」
「そうだな・・・・、拳王とその部隊の将を呼べ。特に拳王には、くれぐれも卒の無い招待をしろ。」
「畏まりました。しかし、南斗の者は如何致しますか?」

ダガールのその質問に、ユダは鋭い一瞥でもって答えた。

今や南斗は乱れている。六聖もまた例外ではない。
むしろ六聖から、それも己の乱世への野望から崩れたのだ。
それに今の己は、拳王の寝首を掻けるチャンスを虎視眈々と狙ってはいるが、表面上はその配下にいる。
つまり、たとえ偽りでも、今の己が礼を尽くす相手は拳王であり、南斗の者ではないのだ。
そんな所へ南斗の者など呼んでは、たちまち宴席が戦場へと変わってしまうではないか。
そんな無粋な真似は避けたいところだ。

そう、如何に私的な祝事とはいえ、六聖の男達だけは呼べない。
同じ六聖の一人として、彼らとは余りにも深い因縁があったのだから。



シンは昔から鼻持ちならぬ男だった。あの男を見ていると、どうにも苛々する。
南斗宗家の娘・ユリアを長年思っていたが、何をするにもあの女に動かされての事だった。
南斗が分裂したあの時さえも、最終的に平和を望む側に回った理由は、ユリアがそう願っている、ただそれだけの理由だった。流石に殉星の宿命を持つ男、といったところか。

しかし唾棄すべき欠点は、その気の弱さだ。

そこまで恋焦がれておきながら、シンは叶わぬ恋だと尻込みし、その癖未だに未練を断ち切れないでいる。
かつての己のように、何も出来ない小僧ならばいざ知らず、仮にも南斗孤鷲拳を極めた男でありながら何と情け無い事か。


シュウなど論外だ。実直なあの男の正論や説教は、もう聞くに堪えない。
力ある者が野望を抱き、天を目指して何が悪い。
それを悪だと、愚かだと卑下するシュウこそ愚か者なのだ。
正義漢ぶってレジスタンスの反旗を翻すのは勝手だが、折角の場にその旗を振りかざして来られては、興醒めも甚だしいというもの。


その点、サウザーはまだ話が分かる。元は同じ、覇権を望む者同士だったのだ。
しかし、手を組む事は出来なかった。
サウザーは南斗最強の男。実に無念だが、己の南斗紅鶴拳では、奴の南斗鳳凰拳には敵わない。
故に、拳王の傘下に下る事を選んだのだ。
北斗の男である奴なら、サウザーを打ち滅ぼす事が出来るやも知れない。
いや、何としてもそうして貰わねばならない。
そして、いずれ目の上の瘤が無くなった暁には、隙をついて拳王をも。
その為にも、サウザーが拳王と敵対する勢力である以上、不用意に接触を持つ事は避けたい。



そして、レイ。シュウの最良の友にして、我が最大の宿敵。
厳しい修行時代のあの屈辱は、今でも忘れない。

それまで己の居た道場で、己に勝る才の持ち主は居なかった。
技の威力・美しさ、全てにおいて己が一番だった。
そして、誰もが『ユダこそが天賦の才を持つ男だ』と、恍惚とした眼差しを向けてきた。
それがあの日、レイの属する道場との統合稽古のあったあの日。

レイはその自信を、見事に打ち砕いてくれたのだ。

レイと同じ門戸の拳士達の、レイを見るあの眼差し。今思い出しても虫唾が走る。
それは、己の取り巻きなど比較にもならぬ陶酔ぶりだった。
それだけならいざ知らず、レイはその華麗な美しさで、この目までをも奪ったのだ。
己の才に対する自信、そして。

生涯において以外、誰にもこの目を、心を、奪う事は出来ないという自信までをも、
打ち砕いてくれたのだ・・・・・・・・・




「もっ、申し訳ありません!失言でした!」

ふと気付けば、ダガールが顔色を変えて頭を下げていた。
知らぬ間に、それ程恐ろしい顔付きになっていたのだろうか。
ユダは小さく息を抜くと、そ知らぬ顔をして話を続けた。


「ささやかだが、手は抜くな。特にの支度をさせる下女には、良く言い聞かせておけ。」
「はっ、承知致しました!」

咎められずに済んだ事を安堵したダガールは、更にユダの機嫌を取り成すべく、声を落としてユダに問いかけた。


「ユダ様、おめでとうございます。」
「何だ、急に?」
「お二人のご婚約を発表すれば、この城も一層華やぎますな。様は美しく気立ての良いお方です、さぞかし良い奥方様となられましょう。」
「フッ・・・・・、見え透いた機嫌取りはやめろ。」
「とんでもございません!機嫌取りだなどと!私はユダ様の忠実な側近です、ユダ様のお幸せこそが、私の幸福ですので。」

ダガールには、この乱世を一人で駆け抜けられる程の力はない。
大きな巨木に寄生して生きていくしか出来ない事を、ダガール自身も良く分かっているのだ。
例えば己がもし倒れるような事があれば、ダガールはすぐさま別の巨木に移り住むであろう。
それを全て見透かして、この掌の上で転がしてやるのは、これでなかなか気分の良いものであると、ユダは口の端を吊り上げた。


「しかし、それには一つ問題がある。」
「問題・・・・とは、一体どのような?」
には亭主がいる。」
「・・・・・何ですと!?」

ダガールの心底驚いた顔を見て、ユダは薄く笑った。

「それはまことでございますか、ユダ様!?」
「うむ。」
「由々しき問題ではありませんか・・・・・!一体どうなさるおつもりで?」
「案ずるな、もう考えてある。」
「と仰いますと?」
「コマクと共に拳王の部隊に掛け合って、が居た村を突き止めて来い。そこを治めている将にもうまく計らってな。」
「・・・・・・・・・なるほど、そういう事ですか。心得ました。」
「お前達は決して手を下すな。所在を突き止めるだけで良い。分かったな?」
「はっ。ただちに突き止めて参ります。」

一礼と共に早速去って行ったダガールの背中を一瞥して、ユダは冷酷な笑みを浮かべた。

そう、元より許すつもりはなかったのだ。
大事なものを奪われた恨み、幼き日の無念を、今こそ晴らしてくれる。
しかし、ただ殺すだけでは飽き足らない。
ダガールはそう勘違いしたようだが、そんなに簡単に殺してやるものか。

あの日与えられた恨みと屈辱を、あの男にもたっぷり味わわせてやるのだ。


「クククッ・・・・、実に楽しみだ・・・・・・・」

もう間もなく訪れるであろうその瞬間を思い浮かべて、ユダは一人、悦に入った。




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後書き

また勝手設定を挟んだので、解釈をば。
南斗六聖に関わるユダの心情やエピソードは、勿論ですが全て私の作り話です(笑)。

原作では、核戦争後、南斗は平和を望む者と覇権を望む者に二分されたとありましたが、
シュウは言うまでもなく前者でしょう。レイもその親友という事で、そちらに。
サウザーとユダは勿論後者で(笑)、シンは文中に書いた通りの理由により、前者にしました。
この作品は、原作の第一話より更に二〜三年前を想定して書いておりますので、
シンはまだジャギにたぶらかされておらず、KINGとも名乗っておらず、
ひっそり気弱にユリアを思い続けている設定です。
レイもまだアイリを攫われておらず、飢えた狼になっていません(笑)。

そして、レイとユダのエピソードも、あんな感じに創作してみました。
だってもし同じ道場だったら、何もあの時にとって貼り付けたように心奪われなくても、
前からそうなってて良さそうなものじゃないですか、と思いまして。

とはいえ、この作品は他の南斗(北斗もですが)キャラは深く絡まない仕上がりに
するつもりですので、さらっと読み流して下されば(笑)。