「さて、次は貴様の番だ。どうだ、これでもまだ俺の拳法を愚弄するか?」
ジャギを見据えたオルガは、振り上げた棒の先をジャギに向けて、威嚇するような笑みを浮かべた。
「確かに貴様の技には、目を見張るものがある。だが、当たらなければ意味がない。俺の鋼棍は攻撃と同時に、鉄壁の防御をも敷く武器だ。北斗神拳だか何だが知らんが、所詮は我が楼山流の敵ではないわ!」
ジャギが無言のままなのを良い事に、オルガは益々高揚した口調でジャギを挑発した。
「どうした、先程の威勢は何処へ行った?さては、俺の技に怖気付いたか?こんな女一人の命より、己の命を取るか?ククッ、それが利口だ。誰でも我が身は可愛いものよ。」
「・・・・・お前のその考え方は、決して嫌いじゃねえ。の獲物でなきゃ、俺の軍団に引き入れてやっても良いところだ。」
「・・・・・・貴様、誰に物を言っている?」
高慢なジャギの物言いが勘に障ったのか、オルガはジャギに向かって構えを取った。
「この俺を、貴様如きの下だと抜かすか!?良かろう、ならばその減らず口を、二度と叩けなくしてやる!!」
「ククク、無知は怖えな。」
「ほざけ、死ねえッ!!」
オルガは、ジャギに向かって攻撃を放った。
「いやーーーッ!!楼山流奥義・楼山流撃棍!!」
まるで川の流れの様にしなやかな軌跡を描いて、オルガの鋼棍がジャギに襲い掛かる。
余りに鋭く速い突きが、まるで何本もの棒を操っているように見える技だ。
避け続けても、その動きは疲れる事を知らぬように、益々速く鋭くなっていく。
「フハハハ!!無駄だ無駄だ!!この技をかわした奴は、未だかつて一人もおらん!!貴様の血も我が鋼棍の錆にしてくれるわ!!」
「・・・・・・ならばこの俺が、その最初の男になってやろう。」
「何ッ!?」
異変に気付いたオルガは、焦りの表情を浮かべた。
それまで紙一重で攻撃を避けていたジャギが、不意に余裕の笑みを浮かべて、唸りを上げる鋼棍を迎え入れる体勢を取ったのである。
その直後、オルガの放った一突きは、あっさりとジャギの手に捉えられた。
「くっ・・・・・・・!」
「ククク・・・・・・、だから言っただろう、無駄だとな。」
「くそっ、抜けん・・・・・・!何という力だ・・・・!」
ジャギの手に捉えられた鋼棍は、どれ程力を込めて引いてもびくとも動かない。
「技はおろか、腕力の勝負にもなりゃしねえ。そらよ。」
「ぐわっ!!」
逆にジャギが引いた瞬間、鋼棍はいとも簡単にオルガの手を抜けた。
取り上げたそれを無造作に背後へ放り投げて、ジャギはゆっくりとオルガに歩み寄っていった。
「お前如き虫ケラが、この俺に勝負を挑もうなんざ千年早い。」
「くっ、来るな、来るな!!」
「ククク、俺が怖いか?心配するな。お前のような無知なクズに、俺の技を味わわせてやるつもりはねえ。勿体無えからな。」
「それに・・・・・・」
青ざめた顔のオルガの向こうを見据えながら、ジャギは腰に提げていた己のショットガンに手を掛けた。
「お前の相手は俺じゃねえ。お前はの獲物だ。」
「な・・・・・」
「受け取れ、!!」
ジャギは声高く叫ぶと、オルガの背後を目掛けてショットガンを放り投げた。
そしてその直後、耳が潰れそうな轟音が部屋に轟いた。
「ぐああああッ!!!ひぃっ、っかぁぁ!!!」
二の腕から下が無くなった右腕を押さえて、今度はオルガがのたうち回る番だった。
脂汗と血を滝のように流しながら床を転がるオルガに、静かな靴音が近付く。
「あたしをなめんじゃないって・・・・・、言っただろ?」
「おおお俺の腕を、腕を〜〜ッ!!!お、お前・・・・、お前何故・・・・!!」
「お生憎。身を守る為に防具を身につけるのは当然だろう?アンタもさっき言ってたじゃないか。」
はちらりと服の裾を捲って見せた。
胸から腹回りにかけて、衝撃を吸収する為のゴム板と、それを覆う薄い鉄板を巻いていたのだ。
これは以前の失敗から考案した、なりの防御法であった。
実のところは立ち上がるのも一苦労な程のダメージを負っているのだが、これのお陰で背骨や内臓をやられずに済んだのだから、効果はまずまずと言ったところか。
「アンタがもう少しあたしを警戒してりゃ、今頃あたしは死んでただろうにね。ククッ。」
「くそッ、この馬鹿アマが、小賢しい真似をッ・・・・・!!」
「クハハッ、おい。見直したぜ。いつの間にそんな小細工してやがった?」
悔しそうなオルガの顔と、の勝ち誇った笑みを見比べて、ジャギは愉快そうに笑った。
「馬鹿だと思ってたが、知恵はあるじゃねえか。」
「フフッ、当然だろ。人を何だと・・・・・、ッ・・・・・、思ってんだい・・・・・」
時折疼く左腕の痛みを堪えて、は薄く笑って見せた。
「恩に着るよ、ジャギ。約束通り、あたしの獲物に手ェ出さないでいてくれて。」
「当然だ。『約束』だからな。」
「ついでと言っちゃ何だけど、あんたの銃、もう少し借りるよ。」
「構わねえ、好きに使え。お前の納得のいくようにケリつけろ。」
ジャギに含み笑いを見せると、はオルガに視線を戻した。
コツ、コツ、カツ。
オルガのすぐ目の前で、の足が止まる。
その軽やかな靴音は、オルガにとって死へのプレリュードにも等しいものだった。
「や、やめろ、やめてくれ!!」
額にショットガンの銃口を押し当てられて、オルガは縋るような眼差しでを見上げた。
「ま、町ならくれてやる!ここは今からお前のものだ!!」
「・・・・・・・・」
「そ、それで不服なら、お前の欲しい物を何だって手に入れて来てやる!!」
「・・・・・・・あたしの欲しいものを、何でも?」
「あ、ああ!そうだ!!」
「ならアンタは、あたしの手下になるって事かい?」
「あ、ああ勿論だ!!」
コクコクと頷くオルガに口元を吊り上げてみせて、はトリガーに掛けていた指に力を込めた。
「オルガ、あたしの名を言ってみな。」
は、静かな声でそう言った。
燃えるような怒りも焦りも興奮も、いつの間にか何処かへ消えている。
それが自分でも不思議だった。
「あたしの名を、言ってみな。」
「・・・・・・・う・・・・あ・・・・・・・・・・!」
「?あたしの手下になるって言ったんじゃなかったのかい?」
「あ・・・ぐ・・・・、・・・・様・・・・・・・!」
「そう。分かってるじゃないか。」
クスクスと笑う己の声の他に、何処からか誰かの声が聞こえる。
『、待ってろよ!もうすぐ俺達は一国の主だ!大丈夫だ、心配するな!オルガの奴が居れば百人力、きっと成功させてみせる!』
― トビー・・・・・・・
『そんなボロ服の代わりに、いつか白いドレスを着せてやるからな!』
― トビー・・・・・・・、あたしは・・・・・・・
「そ、そうだ、俺はお前の手下だ!だから助けてくれるだろう!?昔のように、また二人で組もうじゃないか!」
「昔の・・・・・ように・・・・・・?」
「そうだ!お前の為なら何でもする!!だから・・・」
「・・・・・・・なら早速、一つ頼まれてくれないかい?」
「な、何だ!!何でも言ってくれ!!」
「あたしが『約束は果たしたよ』と言ってたって、伝えといておくれよ。」
「は・・・」
オルガが一瞬訝しげな顔をした瞬間、はトリガーを引いた。
耳をつんざくような轟音と共に、オルガの頭は粉微塵に砕け散り、残った首から下だけが、糸の切れた操り人形のように無造作に崩れ落ちた。
「・・・・・・・あたしが本当に欲しいものは、もうこの世の何処にも無いんだ。だから、あの世でトビーにそう伝えておいておくれよ。」
― トビー、あたしはね・・・・・・・、あたしは・・・・・・
ショットガンを取り落として、はその場にゆっくりと崩れ落ちた。
― アンタさえ居てくれたら、他に何も要らなかったんだよ・・・・・
の耳にはもう、トビーの声は聞こえなかった。
「しっかりしろ、。」
「・・・・・・・ジャギ?」
ふと気付けば、座り込んだままジャギの腕に抱かれていた。
「酷くやられたな。腕の骨が砕けてやがる。」
額や唇、あちこちから血を流し、酷い痣を作っているが、特に酷いのは腕の骨折だ。
だが、こうなる前に手を貸していれば、それはとの約束を違える事になっていた。
たとえそれで無傷の勝利を収めても、の心には深い傷が残った筈だ。
『心残り』という傷が。
「・・・・・見事だったぜ。お前の意地。」
「フッ・・・・・・・、当然さ・・・・・・・」
その証拠に、は今、見たことも無い程穏やかな表情をしている。
庇わなかったジャギを責める事もしない。
「復讐を果たした気分はどうだ?」
「最高だよ、決まってるだろう?」
「そりゃそうだ。違いねえ。」
「アンタの言った通りさ。イッちまいそうだよ。いや、セックスより気持ち良いかもね・・・・」
は薄らと口元に笑みを湛えたが、やがてそれははっきりとした笑いに変わっていった。
「・・・・・ふっ・・・・、ふっふふふ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「クスクスクス・・・・・、ックククク・・・・・・」
自分でも何が可笑しいのか分からない。
だがは、こみ上げてくる笑いを止める事が出来なかった。
今この瞬間程、快感を感じた事はない。こんなにも清々しい気分になれた事はない。
その筈なのに、何故だろう。
何故こんなに虚しいのだろう。
「ッ・・・・・・・、クッ・・・・・・・・、う・・・・・・・」
俯いたの頬に涙が伝っているのを見たジャギは、その顔をじっと見つめていた。
「分かんないんだよ・・・・・・、これで良かった筈なのに・・・・・・、後悔なんざしちゃいないのに・・・・・・・、どうしてこんな気分になるんだよ・・・・・・!」
「・・・・・・・」
「あの男さえ殺せば、それで満たされる、救われると思ったんだ・・・・!だけど・・・・・・・」
「・・・・・・・・辛えか?」
「・・・・・・・今気付いたんだ。オルガを殺ったところで、アイツは戻って来ない・・・・。今までも頭では分かってたつもりだったけど、本当はあたし、何も分かっちゃいなかったんだ。」
流れ落ちる涙を拭おうともせず、は呟き続けた。
「オルガさえ殺せば、またあの頃と同じ天国に戻れるって、そう錯覚してたんだ・・・・・。だけど違う、オルガが死んでも、アイツは戻らない。あたしが思ってた天国は、この世界の事じゃない。アイツが居る世界だったんだ。だから・・・・・・結局は何も変わっちゃいないって・・・・・・・、そう気付いたんだ・・・・・・」
悲しげに涙を零すを、ジャギは己の胸に抱き寄せた。
「ジャギ・・・・・・・・、あんたの言う通り、あたしは馬鹿だよ・・・・・。どうすりゃ良いのか、自分でも分からないんだから・・・・・・・」
「・・・・・・・ああ、お前は馬鹿だ。何も分かっちゃいねえ。」
ジャギは低くそう呟くと、不意にを抱き上げて立ち上がった。
「なっ、何を・・・・・・!?」
「どうすりゃ良いか、だと?そんな事考えるまでもねえだろう。」
「え・・・・・」
「お前はずっと俺の側に居りゃ良いんだ。」
ジャギは何でも無い事のように、当然のようにそう言い切った。
ヘルメットの奥の瞳が、いつもの皮肉な笑みを湛えているのが分かる。
「俺がお前を天国へ連れて行ってやる。」
「ジャ・・・・ギ・・・・・・・」
「お前が戻りたいと願った場所はもう無い。だから、『新しい天国』へな。」
新しい天国。
そんな世界が本当に見つけられたら。
「けど・・・・・・・」
「何度も言わせるな、お前に断る権利はねえ。どうしても嫌なら俺から命がけで逃げてみろ。だが、お前はきっとそうしない筈だ。死んだ男にいつまでも操を立てる程、お前は出来た女じゃねえ。何しろ、命を助けて貰った恩すら感じねえようなアマだから、な?」
見透かしたような口を叩くジャギだが、この時ばかりは不思議と腹が立たなかった。
むしろ、過去に決着をつけて前を向く事に躊躇しないようにと、わざとそう言ったように思えた、と受け取れば、余りにも虫が良すぎるだろうか。
ここはやはり、いつもの利己的な言動と取っておいた方が良さそうだ。
でないと、益々この男に弱みを握られてしまう。
うっかりこの男の胸に縋って泣いてしまいでもしたら、それこそ後で何と言って冷やかされるか。
「・・・・・・・ふふッ、言ってくれるじゃないか。本当に出来るんだろうね?」
「当然だ、俺を誰だと思っている?」
「外道でスケベな単細胞軍団の親玉・ジャギ、だろ?」
「チッ、口の減らねえアマだ。ククク。」
ずっと居たいと願った世界は、もう何処にも存在しない。
トビーはもう、この世には居ない。
トビーを忘れる事はきっとこの先も出来ないだろうが、この恐ろしく強く傲慢な男と、
それに従う馬鹿な連中と、並んで馬鹿騒ぎをしながらこの世界を気の向くままに駆け抜けてみれば。
いつか再び出逢えた時に、良い土産話になるかもしれない。
「そうさ。あんたの言う通り、あたしは出来た女じゃない。おまけに欲張りなんだ。」
「ああ、分かってる。」
「だから・・・・・、つまんない所に連れて行ったら承知しないよ?前よりもっと良い場所じゃないと許さない。アイツが居た世界よりずっと楽しい場所じゃなきゃ。」
「暫くはこの町に居ようかと思ったが、それじゃ気に入らねえか?」
「当然。論外だね。こんなちっぽけな町。」
「よし。なら、次の場所はお前に決めさせてやる。何処が良い?」
「そうだね・・・・・、美味い酒と食い物がたんとあって、イイ男が沢山居て、毎日何かしら面白い事がある町・・・・・、ってのはどう?」
「ククッ、そりゃお前だけが楽しい場所じゃねえか。そこにイイ女が沢山居るって条件も付けろ。」
不敵な笑みを交わしていると、開け放たれていた扉から、ジャギの手下達が猛々しく乱入して来た。
「ジャギ様ーッ!!助っ人に来やしたぜーーッ!!」
「遅えんだよ、お前ら。たった今終わったところだ。」
「何だ、一足違いか!」
「チッ、折角暴れ回ってやろうと思ったのに!」
手に手に武器を持ち、いつでも臨戦態勢に入れるように構えていた彼等は、ジャギの素っ気無い口調に肩透かしを食らったように、口をへの字に曲げている。
その中には、肩口の傷を無造作に縛ったハルクの姿もあって、はつい吹き出してしまった。
「クッククク、何だいアンタ達。揃いも揃ってみっともない顔しちまってさ。ボコボコじゃないか。」
「何だとぉ!?お前こそ、その腕どうしたよ!?」
「何て事ないよ。只のかすり傷さ。」
は、骨の砕けた痛みなど全く感じていないといった風な口ぶりだ。
ついでに、先程まで流していた涙も何処かへ消えている。
ジャギは一瞬ヘルメットの下でいつもの笑みを浮かべると、大声で叫んだ。
「行くぞ、野郎共!!」
「へっ?行くって・・・、何処へですかい!?」
「暫くここに留まるつもりだったんじゃ!?」
「馬鹿野郎、こんなチンケな町が、この俺様にふさわしいと思うのか?」
「いっ・・・いいえ!!とんでもありやせん!!」
「だったら四の五の抜かすんじゃねえ!」
「ほら、グズグズするんじゃないよ、唐変木共!」
話の展開について行けず、モタモタとしている手下を一喝し、二人は次なる旅路へと歩き出した。
別天地、『ANOTHER HEAVEN』へと続く路へ。