どちらからともなく、ベッドにもつれ込んだ。
唇を深く重ね合わせながら、抱き合った。
「あ・・・・・・」
サウザーはの衣服を丁寧に脱がせ、その肌を優しく弄った。
を抱く時に感じていたあの荒々しい加虐心や征服感は、今はもうなかった。
サウザーは今、目の眩むような快感ではなく、安らかな温もりを求めていた。
「は・・・・っ・・・・・・・」
胸の頂を舌で転がしながら花弁を撫でると、は微かな吐息を吐いた。
は穏やかに、自然体で受け入れていた。
こんなを見るのは、当然ながらこれが初めてだった。
これまでは甚振り、罵り、苦しめながら犯していたのだから。
「あぁ・・・・・・・・」
サウザーはの秘裂をなぞり、泉にゆっくりと指を沈めた。
乱暴に刺し貫いて、激しく身体の奥を突くような事はせず、浅く沈めて優しく掻き回す。
を愛し始めたのだろうか?多分違う。
いや、分からない。
感傷的になっていたせいなのか、今しがた飲んだ薬のせいなのかは分からないが、頭がぼんやりして、何も考えられないのだ。
しかし、気分は悪くなかった。
と肌を合わせ、に触れていると、とても心地が良かった。
無心で温もりを求めていたあの頃に返ったようで、とうの昔に失くした大切なものが返って来たようで、心が何とも言えない安らぎに満たされるのだ。
サウザーはただひたすらに、に優しい愛撫を与え続けた。
「あ・・・う・・・・・・・」
男を自然に受け入れるという事を、は今、初めて経験していた。
花芽を撫でる指も、首筋に触れる唇も、何もかもが優しく温かかった。
身体を重ねるというのはこんなにも心安らぐ行為だったのかと、目から鱗が落ちる思いだった。
今、こうして優しく触れてくるサウザーは、ついこの間まで散々に自分を陵辱していた男。
それは分かっている。
しかし、憎しみや嫌悪感はなかった。
一族の教えに縛られて、心を無理に押し殺しているからではない。
はごく自然にサウザーを受け入れ、自分でも不思議だったが・・・・、そう、愛しさを感じていた。
「はっ・・・・・、あ・・・・・・」
男性として意識しているのか?
そうかも知れないし、違うのかも知れない。
ただ、サウザーという人間が愛しかった。
恐ろしい聖帝の仮面の下に居た、『サウザー』という人間が。
「あ・・・・ん・・・・・・」
彼だけが、話を聞いてくれた。
彼だけが、本当の姿を見てくれた。
彼と分かり合えた気がした。
『聖帝』と『救いの女神』、同じように本当の自分を仮面で隠してきた者同士、
同じように心の奥底に深い傷を持ち、己の罪に苦しんできた者同士、通じ合えたような気がしたのだ。
「あぁ・・・・ん・・・・・・」
体を繋げても、荒々しい情欲は湧いて来なかった。
これは、互いに快楽を貪らんとする為のセックスではなかった。
無論、陵辱でもない。
ただ、互いの温もりを与え、求め合う為の行為だった。
「あ・・・・・、はぁ・・・・っ・・・・・・」
女々しい慰め合いのようなものかも知れない。
ただ自らの心を癒そうと、互いの身体を利用しているだけなのかも知れない。
互いに、間に合わせの温もりを求めただけかも知れない。
それでも、二人は抱き合った。
「ふっ・・・・・、あ・・・・・・・」
深く繋がって、強く固く抱き合った。
理由や真意など、どうでも良かった。
何も考えず、ただ相手の温もりに包まれていたかった。
「あ・・・・うっ・・・・・・・」
明日になれば、それは許されない行為。
明日になれば、は『ジプシー・クイーン』として聖帝を愚弄した罪で聖帝の居城へと連行され、
サウザーは『聖帝』として、不届きな罪人ジプシー・クイーンを処刑する。
だから、今だけ。
二人には、今、この時しかなかった。
「っ・・・・・、・・・・・・・・」
今ばかりは聖帝ではなく。
「は・・・・ぁっ・・・・・・、サウザー・・・・・・」
今ばかりはお尋ね者のジプシー・クイーンではなく。
只の男と女として。
二人は互いに素顔のまま、視線を重ね、唇を重ね、一つに溶け合った。
それはとても不思議な、とても安らかな一時だった。
鳥の囀りが、微かに耳を擽っている。
「う・・・・ん・・・・・・・」
サウザーは、ゆっくりと目を開けた。
室内には爽やかな陽射しが射し込み、朝の訪れを告げていた。
嵐は夜の内に去ってしまったようだった。
― 朝か・・・・・・・
いつの間に眠ってしまったのか、全く覚えていない。
ただ無心でを抱いて、の温もりを感じていたところまでは覚えているが、サウザーの記憶はそこから静かに途切れていた。
夢も見なかった。
久しぶりに、本当に久しぶりに、ぐっすりと眠ったようだ。
頭も身体も、驚く程すっきりして軽い。
昨夜のおぞましい悪夢も、内容こそまだ覚えてはいるものの、あの背筋が震えるような恐怖の余韻は随分と薄れて消えていた。
に貰った薬の効き目が確かだったのか、それとも、の温もりがそうさせたのだろうか。
ふとそんな事を思った瞬間、サウザーはが居ない事に気が付いた。
昨夜あの後、は隣室に戻ったのだろうか。
それともまさか、昨夜の内に嵐の中を遁走したか。
一瞬そう思ったが、そうでない事はすぐに分かった。
ベッドの片側に残る、微かな温もりを保った人一人分の空間。
そして、サウザーの腕に残る微かな痺れ。
それは、がここでサウザーに抱かれたまま朝を迎えた事を、暗に物語っていた。
は恐らく、さっきまでここに居た筈だ。
サウザーはベッドから起き出して手早く衣服を身に着けると、隣室を覗きに行こうとした。
するとその瞬間、視界の端、窓の外に、ちらりと人影が見えた気がした。
「・・・・・・・・」
目に留まったのは、の後ろ姿だった。
は外で、館に背を向けて佇んでいた。
何をするでもなさそうなその後ろ姿を、サウザーは束の間見つめていたが、やがて踵を返して部屋を出た。
はいつもの黒いワンピースを着て、深紫のストールを肩に羽織り、向こうを見ていた。
近くで見ると、手に靴を持っていた。
こんな所で裸足で何をしているのか、サウザーには理解出来なかった。
「・・・・・・・何をしている?」
背中に呼びかけると、はゆっくりと振り返った。
「・・・・おはようございます。良く眠れましたか?」
あんなに無防備なまでにぐっすりと眠ったのは、厳しくも幸せな修行の日々を過ごしていた、あの頃以来だった。
しかし、サウザーはそれを口にしなかった。
サウザーが何も答えないでいると、はふわりと微笑んだ。
「・・・・・美しい朝ですね。」
美しい地の、美しい朝。
澄み渡った青空には太陽が輝き、草木がその光を受けて瑞々しい緑にきらめく。
平和で希望に満ち溢れたその景色を、サウザーはと共に暫し黙って眺めた。
「・・・・・・この景色を、目に焼き付けていました。この鮮やかな青空、眩しい太陽、爽やかな風、
清らかな川のせせらぎ、軽やかな鳥の声、豊かな緑の匂い、温かな土の感触・・・・・。
ここにある生命の息吹を感じていました。」
は満ち足りたような微笑を浮かべ、瞳を閉じてゆっくりと深呼吸した。
まるで、生命の息吹を己の中に取り込もうとするかのように。
この大いなる自然の一部に溶け込もうとするかのように。
「最期にここに来られて、本当に良かった・・・・・。」
は足についた泥を叩き落として靴を履くと、穏やかな表情でサウザーに向き直った。
「支度は出来ています。いつでも・・・・・参ります。」
は、死を覚悟した者の表情をしていた。
これから死んでいく事を、当たり前の事だと自然に受け入れている者の瞳をしていた。
サウザーはそんなを、ただじっと見つめた。
サウザーと、昨夜この二人の間にあった秘め事は、嵐と共に何処へともなく流れていった。
今ここに居るのは、昨夜の男と女ではない。
『聖帝』と『ジプシー・クイーン』だ。
聖帝には愛も情も必要ない。
相手が聖帝を愚弄した大罪人となれば尚更、情けをかけてやる筋合いなど一切ない。
「・・・・・・・・出立の前に、師に別れの挨拶をする。お前も来い。」
「え・・・・・・・?」
それにも関わらず、サウザーはを霊廟へと誘っていた。
勿論、それがの最期の願いと覚えていた上で、だ。
これが情けでなくて何であろうか。
何をどう言い訳したところで、情けをかけたとしか言い様のない行動だった。
「早くしろ。」
しかしサウザーは、己の発言を悔いる事も撤回する事も、また、や己自身に対して弁解しようとする事もなかった。
サウザーとは、オウガイの前に並んで跪き、黙祷を捧げた。
静謐な空気が、二人を優しく包み込んでいた。
「・・・・・有難うございました。」
沈黙を破ったのは、の方からだった。
祈りを終えたは、顔を上げてサウザーを見た。
「これで思い残す事はもう何もありません。最期の願いを叶えて下さって、本当に有難うございました。」
「・・・・幸せそう、か・・・・・」
サウザーはふとから目を背けると、祭壇の方に顔を向けた。
「お前の目に、我が師は本当に幸せそうに、満足そうに見えるのか?」
「・・・はい。」
がそう答えても、祭壇上のオウガイを仰ぎ見るサウザーの横顔は、何処か不安げなままだった。
サウザーはきっと今もまだ、自分を責めているのだろう。
そしてこの先、いつまで自分を責め続けるのだろう?
そう考えると、の口は自然と動いていた。
「・・・・私も一つ、訊いても良いですか?」
「・・・・・何だ?」
「師父様を、ずっとこのままにしておかれるおつもりですか?」
サウザーが無言のまま横目で睨んでいる。
しかしは、構わずに続けた。
「これも弔いの一つの形なのだという事は分かっています。
ですが、この世の全てのものは、役目を終えれば自然に還ってゆく定め。
その流れに逆らえば、必ず無理が生じます。」
サウザーは現世の人。オウガイは鬼籍の人。
住む世界が違うこの二人は、もう別れなければいけない。
無理に側に留め置いて一時の安らぎを得ようとも、それはまやかしに過ぎない。
顔を見て、その手に触れて、たとえ一時安らぎを感じても、同時に同じ位の、或いはそれ以上の苦しみも噛みしめねばなるまい。
ずっとそんな事を繰り返せば、過去はいつまでも風化せず、心の傷は癒えるどころか深くなる一方だ。
そうやって自分をより深い苦しみの淵へと追い立てていくサウザーを見ているのは、オウガイもきっと辛い筈。
「それは貴方が一番よくご存知なのではないでしょうか。」
オウガイの亡骸と共に、サウザーの罪の意識もまた、昔のままに鮮烈に保たれている。
オウガイへの強すぎる思慕の念が、サウザー自身をがんじがらめにしている。
身を引き裂かんばかりの苦しみも悲しみも、全てはその深すぎる愛ゆえに。
にはそう見えた。
「・・・・・何が言いたい?」
サウザーは、他人に踏み込まれる事を嫌う人間だ。
オウガイの事となれば尚更。
それは分かっていたし、自分がサウザーを諭せるような立場でない事も重々承知している。
しかし、だからこそ、は言わずに居られなかった。
自ら逃げ場を閉ざしていたのは、だけではない。
サウザーもまた同じなのだから。
「師父様の亡骸を、自然に還して差し上げて下さいませんか?師父様の為にも、貴方の為にも。」
サウザーの怒りを買う事は、怖くなかった。
それよりも、サウザーがこのままずっと、誰にも言えず誰からも理解されない苦しみを、独り密かに抱えながら生きていく事の方が辛かった。
孤独であるが故の、狂おしいまでの苦悩。
そこから抜け出して欲しくて、は切々と訴え始めた。
「自分を責めて苦しむ貴方を見続けるのは、師父様もきっとお辛い筈です。そして、貴方も・・・・。」
「・・・・・」
「こうしていれば、いつでも師父様に会える、触れられる。けれどそれは、貴方の心に安らぎをもたらすと同時に、悲しい記憶をも呼び覚ま・・・」
「言うな。」
すると、それまで黙っていたサウザーが、不意にの声を遮った。
「もうそれ以上、言うな。」
威嚇するように睨みつける訳でもない、脅すような声音でもない。
サウザーはただ小さくそう呟いただけだったが、はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
サウザーのその透き通る青い瞳が、こう言った気がしたのだ。
そんな事は百も承知している、と。
たとえまやかしの安らぎでも、それが余計に深い苦悩をもたらすと分かっていても、求めずにはいられないのか。
それとも、自分を罰する為に敢えてそうしているのだろうか。
「・・・・そろそろ時間だ。行くぞ。」
サウザーはに背を向けて、一人で先を行き始めた。
威風堂々としたその後ろ姿には、昨夜、縋りつくようにを抱いた男の面影は微塵も残っていなかった。
あれは幻だったのかと、思わず錯覚してしまいそうになる程に。
しかし、それでもやはり、あれは現実だった。
昨夜のサウザーこそが、恐らくは本当の彼だったのだ。
温もりに飢えて、愛を渇望している。
誰かに救いを求めている。
しかし、そうと分かってはいても、に一体何が出来ただろうか。
サウザーのその背中は、誰をも拒絶していたのに。