GYPSY QUEEN 16




サウザーは黙って話を聞いていたが、が話し終えると静かに口を開いた。


「・・・・・お前の話が真実ならば、今、お前はさぞや安堵している事だろうな。」
「安堵・・・・・?」
「奴等に死んで貰ってホッとしているのだろう?」

サウザーの冷たい瞳とこの言葉が、を射抜いた。
いつか自分も彼等も罰を受けねばならない時が来ると予感していた。
ここに来てサウザーと会って、ついにその時が来たのだと思った。
それは真実だ。
予感は的中し、やっと罪を償える、これでやっと解放される、そう思ったのも事実だ。
しかし、ゲンジョウ達が死んだ事に対しては安堵しているのかどうか、には分からなかった。
すると、サウザーは更に問いかけた。


「要するにお前は、己の手では殺せないから、俺に殺して欲しかったのだろう?お前自身も、奴等も。」
「・・・・それも一族の教えです。自分の命も他人の命も、あらゆる命を慈しみ、決してむやみに絶ってはならないと・・・」
「ほう?ならば、己や他の誰かの死を望むのは、その教えに反する事にはならんと言うのか?」
「そんな・・・・、そんな・・・事は・・・・・」
「お前達はここで俺の手に掛かって死ぬと思った、そう言ったのはお前だ。」
「それは・・・・・」
「神が導くままに運命を受け入れた、とでも言う気か?しかし、本当にそれだけか?」

冷たい笑みを湛えるサウザーの顔は、の目に悪魔のように映った。
サウザーの姿を借りた悪魔に心の中を覗かれ、掻き乱されるような気がして、は思わず恐怖した。
陵辱の恐怖でも命の危機でもない、今まで感じた事のない種類の恐怖だった。


「お前の本心は、奴等を憎み、己が境遇を恨み、奴等の下から逃げ出す事を望んでいた。しかし、恩義や一族の教えとやらに縛られて、お前は自ら逃げ場を閉ざしていた。」
「っ・・・・・・・」
「だからお前は神に、この俺に、望んだ。」

サウザーは、目を背けるの顎を掴んで持ち上げ、強引に目を合わさせた。


「・・・・・解き放って欲しい、とな。」

の背筋に、悪寒のようなものが走った。
冷たく透き通るサウザーの青い瞳に、心を赤裸々に映し出されているような錯覚を覚えた。
自身ですら見た事のない、心の奥底を。


「・・・・・来い。」
「ど、何処へ・・・・・・?」
「黙ってついて来い。」
「あっ・・・・・!」

ベッドの上で底知れぬ恐怖にただ震えるを、サウザーは強引に引き起こした。














連れて行かれた先は、館の外の森だった。
サウザーに腕を掴まれて無理矢理引っ張られながら、は真っ暗な森の中を歩いた。
月の光は生い茂る木々の枝に遮られ、辛うじて足元を照らすのはサウザーが持っている小さなランプの光だけ。
サウザーはまるで平坦な道を行くが如く、難なく歩いていたが、は何度も躓き、よろけながら歩いた。
サウザーは一体、何処へ向かおうとしているのだろう。
それを問いかけようとした瞬間、サウザーが突然、足を止めた。


「・・・・見ろ。これがお前の望み通りの結末だったのだろう?」

サウザーがランプで照らし出した『それ』を見て、は息を呑んだ。


「はっ・・・・・!」

深い闇の中、仄かな灯りに照らされたゲンジョウが、澱んだ目でを見ていた。
無論、彼の魂は、もうここにはない。
ここにあるのはもう物言わぬ、何の意思も持たない亡骸に過ぎない。
そうと分かっていても、は得体の知れない何かに追い詰められるような恐怖を感じずには居られなかった。
乾いた血で全身を黒く染め、死肉を鳥や獣に食い荒らされた惨たらしい遺体を目の当たりにしたせいばかりではない。

『こうなる事を、お前が望んだ』

そんな声無き声が聞こえた気がしたのだ。


「そんな・・・・・、私はそんな・・・・・・・・」

はそれを否定しようとした。


「私はこんな・・・・無惨な事は・・・・・・・」

はゲンジョウの視線に射竦められて硬直したまま、震える声で呟いた。
自身のみならず、このゲンジョウ達にもやがて罰を受ける時が来るとは思っていたが、
こんな凄惨な死に様を望んだつもりはなかった。
しかしサウザーは、冷たい微笑を浮かべながら、の耳元に低く囁きかけた。


「嘘をつくな。誰かにこうして殺して貰いたかったのだろう?誰かにこうして解き放って欲しかったのだろう?」
「私・・・・は・・・・・・」
「恩だの教えだのという尤もらしい言葉で自ら逃げ場を閉ざしたお前には、死だけが唯一、救われる道だった・・・・いや、そう思い込んでいたのだ。お前の身の上話は、俺にはそう受け取れた。」

そんな事はない。
そう否定したかった。
しかし、声にならなかった。


「お前は一族の教えとやらを後生大事に守ってきたつもりだろうが、それは違う。
お前はただ、己の真実の姿と向き合う事を恐れて逃げ続けていただけだ。」

本当に違うと言い切れるだろうか。
否定したい、否定せねばと幾ら思っても、その一方では、サウザーの言葉を否定しきれなかった。
命を救われた恩義の為とはいえ、言われるままに悪事を働いた。
手も身体も汚れきった。
だからせめて、心だけは汚すまい、心清くあらゆる命を慈しむ一族の精神だけは汚すまい。
これまでずっと、そう思ってきた。
そう思ってきたつもりだった。
しかし。


「何が一族の教えだ。お前は心の奥底では、とうにその教えに背いていたのだ。
己の中に剥き出しの憎悪を認める事を恐れて、善良で高潔な人格者という己の偶像を壊さぬまま、
『死』に逃げようとしていただけだ。」

しかし、その裏には本当に何もなかったのだろうか。
邪悪な感情に囚われた自分は、本当に居なかったのだろうか。
そんな自分を見て見ぬ振りをする、弱く卑怯な自分は、本当に居なかったのだろうか。
本当に。


「あ・・・・・あぁ・・・・・・・!」

自分の根底にあったものが決壊し、自分が崩れていくような衝撃を覚えて、はその場に蹲った。
そして、悲痛な声を上げて泣き始めた。















慟哭が次第に啜り泣きに変わり、その啜り泣きが止んだ頃、はすっかり抜け殻のようになっていた。
一言も発さず、表情もなく、まるで本物の人形のようにされるがままになった。
あの夜の事が、余程ショックだったのだろう。
にしてみれば、心の拠り所として固く信じてきた事を真向から否定され、自我意識をズタズタにされたのだ。
謂わば、精神を殺されたようなものだ。
葛藤を通り越して虚ろな抜け殻となり果てても、別段不思議ではない。
にようやく決定的な苦痛を与えられた事を、サウザーは満足に思っていた。

ただ一つ、難があるとすれば、それはセックスにも反応を示さなくなった事だ。
突然組み敷いても、乱暴に犯しても、はこれまでのように怯えた顔をする事もなく、抵抗する素振りも一切見せなくなった。
生理的な吐息や微かな声は漏らすものの、そこに男を刺激するような甘さは含まれていない。
それが少々退屈だったが、しかしもうあとほんの2〜3日、欲求を満たす為の道具として使えない事はなかった。



「ハッ、ハッ、ハッ・・・・・」

サウザーは短い呼吸を繰り返しながら、後背位でを突いていた。
結合部からはしとどに蜜が溢れ、卑猥な音を立てている。
たとえ人形のように虚ろになってしまっても、身体はやはり生身の女。
刺激を与えられれば濡れて蠢き、否応無しに反応を示す。


「ハッ、ハッ・・・・・、くっ・・・・・!」

激しく腰を打ちつけるような律動を何度も繰り返してから、サウザーはの中に欲望を迸らせた。
全てを出しきってから自身を抜き去ると、結合が解けて支えるもののなくなったの身体が、力なくベッドに伏した。
サウザーは呼吸を整えながら、うつ伏せのまま肩で息をしているを一瞥した。


「おい。」
「・・・・・・・」
。」

名前を呼びかけても、やはり返事はない。
呼びかけられている事にさえ、気付いているのかいないのか。
サウザーはの肩に手を掛け、グイと仰向けに転がした。


「・・・・・・・フン、すっかり己を見失ったか。」

サウザーは、の虚ろな瞳を蔑むように覗き込んだ。


「処刑される前に正気を失えて幸運だったな。処刑にかけられる恐怖を感じずに済む。これこそ、神がお前に与えた最期の祝福だろうて。」

只の一方的な皮肉のつもりだった。
それにまさか返事が返って来るとは、全く予想していなかった。


「・・・・・・失ってはおりません。私は正気です・・・・・・。」

サウザーは思わず目を見張った。
自我が崩壊し、壊れてしまった筈のが、目をしっかりと合わせて返事をしたのだ。
驚くのも無理はなかった。


「確かに私は、自分を見失いそうな程、貴方の言葉に打ちのめされました。それまで信じてきた事が、私の全てが、偽りだったように思えて、何もかもが分からなくなりそうでした。」

はゆっくりと身体を起こし、居住まいを正した。


「・・・・ですが、そうなって初めて、私は自分の心を深く覗き込む事が出来ました。自分と向き合う事が出来ました。」
「・・・・・・・」
「私は盗賊団の一員として、そして『ジプシー・クイーン』として、これまでに多くの悪事を働いて来ました。それが私の罪だと思っていました。ですが私の罪は、それだけではなかった事にようやく気付いたのです。」

の眼差しは、もう虚ろな人形の眼差しではなかった。


「一族の教え、命を救われた恩、それには逆らえない・・・・、私は只々そう思うばかりで、
ゲンジョウ達を恨めしく思う自分に気付こうとせず、目の前で苦しんでいる人々からも目を背け、
流されるままに人々を欺き、傷付け、苦しめたのです。」

はっきりと意思を持った人間のそれだった。


「結局私は、心の何処かで自分も被害者だ、犠牲者だと思っていたのです。
そうして、何もかもから逃げていたのです。
何が正しいのか深く考える事もせず、どうするべきなのか答えを探そうとする事もなく・・・・。
貴方の仰る通り、私はただ、本当の自分と向き合う事を恐れて逃げ続けていただけでした。
自分が知らず知らず犯している罪に気付きもせずに・・・・・。本当に愚かでした。」

今のは、サウザーの知っているではなかった。
一瞬、まるで別人かと思うほど凛として見えて、サウザーは内心で驚かずには居られなかった。


「人生の最期に、貴方にそれを教えられました。有難うございました。」
「・・・・・・礼、だと・・・・・?」

何故礼を言われるのか、サウザーには全く理解出来なかった。


「貴方には感謝しています。私に大切な事を気付かせて下さって、そして、私の話を聞いて下さって、本当に有難うございました。私の話に耳を傾けてくれたのは、思えば貴方だけでした。」

柔らかいの微笑は、サウザーを益々戸惑わせた。


「何を言い出すかと思えば、訳の分からぬ事を・・・・。いよいよ頭がおかしくなったか?」
「いいえ。むしろスッキリと晴れた気がします。己が罪を心に秘めたまま死んでいく事ほど、苦しい事はありませんから。」

はそう言って、サウザーに問いかけた。


「万人に罵倒されるよりも、己の内なる声に責め続けられる事の方が余程苦しい、そうは思いませんか?」











― お師さん・・・・・・・・


万人に罵倒されるよりも、己の内なる声に責め続けられる事の方が余程苦しい。
今度はのその言葉が、サウザーの胸を突き刺す番だった。
忘れた事はない。
責められなかった日はない。
敬愛する師を己が手で殺めてしまった日からずっと、サウザーもまた、己の内なる声に責められ続けてきたのだから。
ずっと自分を責めながら、生き続けてきたのだから。

は自らの苦しみを吐き出したくて、受け止めて欲しくて、オウガイに罪の告白をしていたようだったが、サウザーもと同じように、何度となくオウガイに懺悔を繰り返してきていた。
何度、もう物言わぬオウガイに許しを乞い、答えを求めた事か。
誰も、オウガイ自身でさえ裁いてはくれなかった、しかし決して消える事のない、決して許されない己の罪。
行き場のないそれをどうすれば良いのか、何度問いかけてきた事か。
それを無理矢理閉じ込めてある心が痛みに悲鳴を上げる度に、何度、救いを求めて縋りついた事か。



「・・・・・・ならば、己が罪を心に秘めたまま生き続けるのは?」

サウザーは思わず、に問いかけた。
サウザーの内なる声が、問わずには居られなかった。
するとは、悲しげに微笑んでこう答えた。


地獄でした、と。




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後書き

サウザーにいびり抜かれて(?)ヒロイン、とうとうドン底に。
と思いきや、早速浮上の巻です。えらい早いなー!とセルフツッコミ(笑)。
そして、今度はジワジワとサウザーが弱気に・・・・。