GYPSY QUEEN 15




ベッドサイドのランプの灯りが、の肢体を仄かに照らしている。
は疲れきり、死んだように眠っていた。
何度も口淫を強要した後、最後に長々と時間を掛けて交わり揺さぶってやったのだ。
こうなって当然だと、サウザーは満足げにの姿を一瞥した。


「フン、忌々しい女め・・・・・。」

ぐったりと横たわっているの顔を見下ろして、サウザーがそう呟いた瞬間だった。
深く眠り込んでいるとばかり思っていたが、ゆっくりと目を開けた。


「お願いが・・・・・あります・・・・・・」

は放心状態のまま、うわ言のようにそう呟いた。
が目覚めたのに少し驚いたのも束の間、この期に及んでまだ己の立場が分かっていないのかと、サウザーは呆れ半分不愉快半分で鼻を鳴らした。


「・・・・・・・・願いだと?」
「霊廟に・・・・・・・、行かせて下さい・・・・・・・」
「霊廟だと?」

サウザーは益々呆れ果てた。


「何の冗談だ?それとも、故意に俺の怒りを煽って、さっさと一思いに殺して欲しいとでも?」
「いいえ・・・・・。ただ、貴方の師父様に・・・・・お会いしたいと・・・・・」
「俺がそれを許すと思うのか?卑しいペテン師風情が、身の程を知れ。」

サウザーが吐き捨てると、はまたひっそりと目を閉じた。
どうやら諦めたようだったが、折角幾らか気が晴れていたというのに、また苛立ちを募らされたサウザーは、それで終わらせる事が出来なかった。



「答えろ。冗談でなければ何のつもりだ?仮に行ったとして、今更何をする気だった?」
「・・・・・祈りたくて・・・・・・」
「祈る?・・・・何をだ?」

は目を閉じたまま、悲しげに顔を曇らせた。


「貴方の師父様、そして、これまで騙してきた人達に対して、お詫びがしたかったのです・・・・・。」

は声を震わせた。


「・・・・これまで、苦しくて苦しくて、仕方がありませんでした・・・・・。誰かに許して欲しくて、責めて欲しくて、自分の罪をずっと誰かに打ち明けたいと思っていました・・・・・。」
「・・・・・・・・」
「でも、そんな事は許されず、私は自分の意に反して、人々から熱狂的に慕われ続けました・・・・・。
効きもしない薬を丸裸になってまで求めようとする人、そんな物欲しさに血眼になって奪い合い、争い合う人、そんな人々を目にする度に、狂いそうな程の良心の呵責に襲われました・・・・・・。」

何度、夢に見ただろうか。
何度うなされ、泣いただろうか。
罪悪感が恐怖となって容赦なく自分を責めるようになったのは、いつ頃からだっただろうか。
これまで胸の内で溜め込んでいたものが次から次から溢れてきて、はもう自分を止められなくなっていた。


「見るに耐えなくて、ゲンジョウ達の後ろに隠れ続けました・・・・・・。せめて自分の目で見ずに済むようにひっそり閉じ篭り、感情を殺して、彼等に言われるまま黙々と偽薬を作り続けました・・・・・。
だけど、それがまた人々を狂わせる、見るに耐えない光景がまた広がる・・・・・。
日々、苦しくなっていくばかりでした・・・・・・・。」

は、肩を震わせながら話し続けた。
ただずっと、吐き出したくて仕方がなかった。
逃げても逃げても執拗に迫り来る罪悪感という名の恐怖に、の心はもうこれ以上耐えられなくなっていたのだ。


「ここが貴方の・・・聖帝サウザーの館だと分かった時、これは神のお導きだと思いました・・・・・。
私達はここで、貴方の手に掛かって死ぬのだと・・・・・、罪を償って、この苦しみから解放される時がようやく来たのだと・・・・・・・。そして、貴方の師父様は、神が最期にお与え下さった祝福なのだと・・・・・」
「・・・・どういう事だ?」
「貴方の師父・オウガイ様を見ていると、私の話を聞いてくれそうな気がしたのです。
誰にも知られず、闇から闇へと消えていきそうだった私の罪も苦しみも、全てを認めて、受け入れてくれそうな気が・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「だから私はずっと・・・・、あの方に罪の告白をしていたのです・・・・・・・。」


オウガイは正に、が言うような人物だった。
自然の理も、人間の善悪も、残酷な運命すら、全てを受け止める深い心を持ち、
そして、ただ黙ってそこに居るだけで、安らぎと温もりを与えてくれる人だった。
生前のオウガイを知る筈のないが、その人となりを正確に見抜いた事に、サウザーは少なからず驚いていた。


「・・・・そこまで苦しみながら、何故言われるがままに働いていた?」
「恩があったからです、彼等に・・・・・。」
「恩?」

サウザーがそう問うと、は小さく頷いた。










「私の一族は、現代文明とは無縁に、遥か古からの教えや風習を守ってひっそりと生きていました。
神を信仰し、神が創ったこの世界、人々が造り上げた現代社会ではなく神が創ったままの自然世界、
その中で生かされている・・・・、そう考えて、自然と共に生きる民族でした。
人々は皆温かく、優しく、皆で助け合い、寄り添って暮らしていました。何処かこの地に似た、豊かな自然に恵まれた静かな村で・・・・。私はそこで13歳まで、両親、兄弟姉妹、祖父母に囲まれて幸せに育ちました・・・・・・。」

幸せだったその頃の事を思い出すと、付随して必ず脳裏に蘇る記憶がにはあった。
生涯忘れられない、忘れたくても消えてくれない、悲惨な記憶が。


「・・・・ですが12年前、私はその何もかもを失いました。戦争の火の手が、何の関わりもない私達の住む土地にまで広がって来たのです・・・・・。人を憎んではならないと教えられ、争い事を知らない平和的な民族だった私達が、最先端の武器を持った相手に敵う筈もなく、一族の者は自衛すらままならない内に、巻き込まれるがまま全滅しました・・・・・・。」

物々しく武装して突然押し寄せて来た軍隊に驚き、怯え、どうして良いのか分からずに右往左往する大人達や、怯えて泣き叫ぶ子供達の顔が、の瞼の裏に蘇って来た。
あの日の悲劇が、残酷なほど鮮明に。


「問答無用の襲撃から家族を庇う為、男達は精一杯の抵抗を試みました。女達は、子供達と家を身を呈して守ろうとしました。老人達は、神の加護を求めてひたすらに祈り続けていました。
そして、私達子供は怯えて泣き叫びながら、親に匿われてあちこちに身を隠しました。ですが・・・・・」


の一族は余りにも非力で、侵略者は余りにも強く、無慈悲だった。
女達は犯され、目ぼしい物は根こそぎ奪われ、村は粉々に吹き飛ばされ、残骸さえも焼き払われた。
そして皆、殺された。
ある者は蜂の巣にされ、ある者は斬られ、またある者は爆薬で吹き飛ばされて。


「家族も友達も、皆、死にました。大人も子供も赤ん坊さえも、無差別に殺されていきました。
そんな中、私だけがたった一人、生き残ったのです・・・・・・。そして、瓦礫と死体の山の中で泣いていた私を拾ってくれたのが、ゲンジョウ達でした・・・・。」

村が滅ぼされてからゲンジョウ達に拾われるまでの事は、の記憶から殆ど抜け落ちていた。
覚えているのは、ただひたすらに泣いた事と、このまま自分も死んでしまうのではないかと思う程の飢餓感ぐらいだった。
ただ、ゲンジョウ達に拾われた瞬間の事は、あの日の悲劇と同じ位にはっきりと覚えていた。
死者の村で、生きた人間に声を掛けられたあの瞬間の事は。




「ゲンジョウは当時、大きな盗賊団の頭目で、その時も戦場の混乱に紛れて、武器や物資などを盗みに来たところだったようです・・・・。そして、拾われた私は、一味の一員として育てられました・・・・。」

神の加護があった、そう思ったのも一瞬の事だった。
その後、まだ子供だったを待っていたのは、過酷な生活だった。


「私は言われるがままに働きました・・・・・。炊事、洗濯、掃除、朝から晩まで彼等の身の回りの世話をしました・・・・・。程なくして、身体も弄ばれるようになりました・・・・・・。性の捌け口として見られるようになってからは、来る日も来る日も、盗賊団の大勢の男達に入れ替り立ち替り・・・・」

まだやっと初潮が来たばかり位の少女だったにとって、それは耐え難い苦痛だった。
口付けすらした事のない無垢な少女だったの身体は、みるみる内に男達の薄汚い欲望で汚され、ボロボロになっていった。
しかし、苦しかったのはその事ばかりではなかった。


「盗賊としての仕事もさせられました・・・・・。物を盗んだりスリを働いたり、死人から身ぐるみを剥ぐ真似までしました・・・・。決して人の道に外れた事をしてはいけない、悪事を働けば必ず我が身に恐ろしい不幸が降りかかる、幼い頃からそう教え込まれてきた私にとって、盗みを働くというのは、神をも恐れぬ悪行でした・・・・・。」

信心深く良心的な一族に生まれ育ったにとって、人道に反する行いは拷問にも等しかった。


「・・・・彼等が悪人なのは分かっていました。けれど、まだ13歳だった私には、彼等に従う他に生きる道がありませんでした・・・・・。生き残れたのは、彼等が拾ってくれたお陰。その事実を、命を救われた恩を、無視する事は出来ませんでした・・・・・。人を傷付けたり、まして殺す事は一族の教えに反するから、それだけは絶対に嫌だと拒み続けましたが、私にはそれが精一杯の抵抗でした・・・・。
そして、そんな日々が数年も続いた頃、とうとうあの核戦争が・・・・・・」

憎しみ、いがみ合い、欲望。
それに囚われた人間達が行き着いた先があの核戦争、『消滅』という結末だった。


「あの核戦争で盗賊団は散り散りになり、残ったのは私達6人だけでした・・・・。」

辛うじて生き延びた人々を待ち受けていたのは、深刻な食糧不足だった。
それに苦しんだのは、達も例外ではなかった。
金も宝石も芸術品も、最早何の価値もなく、ただただ食べ物と水を求めて彷徨う毎日だった。


「すっかり乱れ果てたこの世の中、たったの6人では、それまでのような方法では満足に食べていけないと、ゲンジョウ達はすぐに気付いたようでした。そして、その頃にはもう、私は身体さえすっかり飽きられて、何の利用価値もない状態でした・・・・・。ゲンジョウ達はきっと、口減らしの為にお荷物同然の私を殺すだろう・・・・、私はそう思っていました。ところが・・・・・」

死を覚悟したに与えられたのは、死ではなく、一つの命令だった。


「ある日、ゲンジョウ達が妙案を思いついたと、ある計画を持ち掛けて来ました。それが・・・」
「この一連のペテン・・・・という事か?」

は小さく頷いた。


「私は『ジプシー・クイーン』として、その計画に加担する事になりました。拒む事も逃げる事も出来ませんでした・・・・・。」

人の弱みにつけ込み、人の心を踏みにじる。
それはにとって、単に盗みを働くよりも重い罪だった。
しかし、命を救われた恩は、一生消えない事実である。
拒む権利も選択の余地も、にはなかった。
かくして死に絶えた世界に、救いの女神・ジプシークイーンが生み出されたのだった。




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後書き

今回はほぼヒロインの独白となりました。
実は、この辺でいよいよ山場に突入してきた訳なのですが・・・・・、
何か盛り上がりに欠けるなぁ、と(笑)。