GYPSY QUEEN 9




また朝が来た。
今日もまた同じような一日が始まる。
奴隷として酷使され、牛馬以下の扱いを受けつつも、聖帝の顔色を伺ってばかりで何も出来ずに終わる一日が。

だが、今日という日は、自分にとっては昨日とはまるで違う一日になる。
必ずそうしてみせる。



その決意を新たにしながら、リュウキはゆっくりと身を起こした。



















「・・・・・・これを作ったのは誰だ?」

昼食が済むと、サウザーは不機嫌そうな顔でこう問い掛けてきた。
その顔を見ただけで、いや、見ずとも、サウザーが何を言いたいのかは分かる。


「・・・・・俺です。」

昼食作りを担当したリュウキは、大人しく名乗りを上げた。
するとサウザーは、うんざりしたような視線を向けた。


「このような物をよくこの聖帝の前に出せたものだ。」
「・・・・・すみません。」
「貴様等の作る食事は、相変わらず粗雑で不味くて、とても食欲など湧かぬわ。」

この7日間、サウザーに労を労われた事は一度もない。
掛けられる言葉は、この通りの叱責だけだ。
こうして言われる度に、だったら食うなとか、文句を言う割には1人前全部平らげているだろうが、と言い返してやりたいと思っていたが、しかしそれは昨日までの事。


「もし毒でも盛っていたら、即座にこの場で殺して厄介払いをするところだが・・・・・・、フフン、なかなかそうもいかんようだ。貴様等3人は、流石に聖人君子の従者らしい善良な人間のようだな、他の2人とは違って。」
「・・・・・・・・」

密かに抱いていた殺意も、今となってはもう欠片も残っていない。
剛力を誇るイドラと、ナイフの名手だったサモンをいとも容易く、しかもあれ程無惨に殺した男を相手に、自分の鎖鎌が通用するとは最早思わない。
自分が弱いのではなく、サウザーが化け物じみているのだ。到底敵う相手ではない。


「フフン。」

押し黙っていると、サウザーは見下すように冷たく笑った。
だが今となっては、腰抜けだと見くびられている方が、却って好都合というものだ。



「さあ、食事は終わりだ。全員さっさと仕事に戻れ。」

サウザーの鶴の一声で、また全員が動き始めた。
ゲンジョウとオウコは皿を片付け始め、そしては。


「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

は、いつもはまっすぐ廟へ戻っていくのに、この時ばかりはそそくさとゲンジョウに歩み寄って、何事かを耳打ちしていた。


「何をコソコソ話している?」

何を話しているのかは知らないが、辺り憚らずにそんな不審感を与える行為に及べば、聖帝の目に止まらぬ筈がない。


「いや、断じてやましい事では・・・・」
「黙れ。俺はに訊いている。」

ゲンジョウを一睨みで黙らせると、サウザーはに詰め寄った。


、答えろ。何を話していた?」
「あの・・・・・、手持ちの丸薬が間もなく切れそうで、新たに調合したい、と・・・・・」
「それだけか?」
「はい。」

はっきりと頷くを見て、嘘はついていないと確信したのだろうか。
サウザーは呆れたように溜息を吐きつつも、それ以上問い詰めようとはしなかった。


「・・・・・それで?だからどうした?調合に必要な道具を揃えろと言いたいのか?」
「いいえ。必要な道具は私が持っています。ただ、材料が・・・・」
「何が必要だ?」
「それは・・・・・・色々と・・・・・・」
「・・・・・・・・・もう良い。」

サウザーは益々深い溜息を吐くと、うんざりした顔で言った。


「ならば勝手にその辺りを散策して、己で捜して来れば良かろう。」
「は、はい・・・・・・。」
「必要な物があれば、何でも好きなだけ採れ。特別に許してやる。」
「有難うございます・・・・・・・。」

二人のこのやり取りを見ている内に、リュウキの頭の中にある事が閃いた。



「クイーン。それでしたら、俺がご案内します。」

閃いた瞬間、リュウキは即座に口を開いていた。


「お一人では道に迷われたり、崖から足を滑らせて転落する恐れもあります。このリュウキがお供をしてお守りし、丸薬の材料を採取出来そうな場所へご案内します。この数日で、この辺りの地形は随分頭に入りましたし、何処でどんな物が採れるのかも分かってきましたから、お一人で行かれるよりは余程効率が良いかと。」

そして、サウザーの目をまっすぐに見据えて、真摯な態度で頼み込んだ。


「お願いです。俺にクイーンのお供をさせて下さい。」
「・・・・・・・・」
「なるべく早く戻って、すぐに仕事に戻ります。それに、夕食に備えて、とびきりの食材も調達して来ます。」

サウザーが許可を出すだろうという予感は、希望的推測ではなくほぼ確信に近いものだった。
ジプシー・クイーンの丸薬は、聖帝の師父の復活に必要不可欠な物。
その調合と、誰がやろうが構わない雑用とでは、どちらが重要か比較するまでもないのだから。


「・・・・・良かろう。許す。」
「有難うございます。では早速参りましょう、クイーン。」

ゲンジョウが余計な口を挟む前に、そしてサウザーの気が変わらない内に、早く行ってしまわねば。


サウザーの居る食堂を出て。

館の外に出て。

森まで急いで。


早く。

早く。







「・・・・・凄い・・・・・・」

森の中を進むにつれて、は次第に足を止めがちになり、遂には感嘆の声さえ上げ始めた。


「こんなに沢山・・・・・・・、あぁ、これ・・・・・・!」

はその場にしゃがみ込んで、葉っぱを1枚摘み採った。


「これ、とても珍しくて貴重なものなんです。気鬱を晴らす特効薬として、古くから人々に重宝されていて。まさかこんな所で手に入れられるとは・・・・・・」
「へぇ・・・・・・」

は珍しく嬉しそうな微笑を湛えて、すぐさま薬草摘みに夢中になり始めた。
何しろ、ここには豊かな自然が残っている。
よく探せば、薬草や香草が何種類も生えているのだ。
只でさえこういったものは手に入り難いというのに、昔から貴重とされている品種まで手に入ったのだから、彼女が思わず熱中してしまうのも無理からぬ事だと言えよう。


「・・・・・・・・」

一つ一つ良く吟味して摘み取った草を、腰に提げた小さな巾着袋に仕舞い込んでいるの背中を見つめながら、リュウキはほくそ笑んだ。


「・・・・・・・じゃあ、俺は近くで食料を調達してるんで。一人で余り遠くに行かないように。」
「はい。」

は少しだけ顔を上げて微笑むと、また地面に視線を落とした。
大丈夫、何も気付いてはいない。何の疑いも抱いてはいない。
予定では今夜、全員が寝静まった頃にと思っていたが。


― ・・・・・・・・あばよ、クイーン・・・・・・・


リュウキは愛用の帽子を深く被り直し、じりじりと後退ってから離れると、に背を向けてゆっくりと、だが確実に歩みを速めていった。









「は・・・・ははは・・・・・・、ははははは・・・・・・!」

いつの間にか、足が駆け出している。


「はははは・・・・、やった、やったぞ・・・・・!」

森の中を駆け抜けながら、リュウキは気違いじみた笑みを浮かべていた。
目指すは勿論、この山の麓。
そして、外界へ。


「これで俺だけは助かる・・・・・!」

サウザーは館の中。
ゲンジョウとオウコは雑用に追われている最中。
は何も気付かず薬草摘みに夢中。

そして自分は、の供で館の周辺を散策中、そういう名目がある。
誰も気付いていない筈だ。


「こんな所で・・・・・、むざむざ殺されて堪るかよ・・・・・!」

本当は今夜、皆が寝静まった頃にと考えていたが、こんなチャンスをみすみす見逃す手はない。
誰にも気付かれない内に、さっさと山を下りて出来るだけ遠くへ逃げてしまわねば。
ゲンジョウ達とは長い付き合いで、それなりの恩も義理もあるが、もうこの際、彼等の命まで心配していられない。
どうせ皆赤の他人なのだ、自分の命の方が余程大切というもの。
この後彼等がどうなろうが、知った事ではない。


「わあっ!!」

ろくに足元を確認せずに走っていたせいか、何かに足を取られ、リュウキは勢い良く転倒した。
慌てて後ろを振り返ってみると、まるで罠のように地面を低く這っている細い蔓が見えた。
どうやら転倒の原因はこれのようだ。


「何だ蔓か、脅かしやがって!くそっ、このっ・・・・・・!」

リュウキは忌々しい蔓を両手で力任せに引っこ抜き、地面に叩きつけてやろうと大きく振り被った。




「っ・・・・・・・!」

そうだ。こんな事をしている場合ではなかったのに。
ここはまだ、聖帝の膝元だったのに。


「何処へ行く?」
「聖・・・帝・・・・・・」

気付いた時にはもう遅かった。
目の前には、無慈悲な冷笑を薄く浮かべた聖帝の姿があった。


「一人で逃げる気か?」
「違・・・・・・、俺はそんな・・・・・・・」

声も膝も震えて、身体に力が入らない。
だがそれでも、この修羅場を潜り抜けなければ、確実に命はないのだ。


「・・・・・・に、逃げるなんてとんでもない、俺はただ食料の調達を・・・・・・」
「つい今しがたまで、そこで野兎が草を食んでいた。山菜や木の実ならそこら中で採れる。なのに貴様は目もくれず、ここまで一目散に駆け抜けて来た。この訳をどう説明する?」
「そ、それは・・・・・・・」

リュウキは、ハッと目を見開いた。


「こ・・・・・、ここまでって・・・・・・、まさか・・・・・・!?」
「恐らく、貴様の想像通りだ。」

サウザーは、残忍とさえ言える笑みを浮かべて言った。


「貴様らはともかく、あの女を逃がす訳にはいかんのでな。」
「俺達を・・・・・、ずっとつけてたのか・・・・・!?」
「そういう事だ。」

正直に認めて聖帝の足元に這い蹲り、許しを乞うか、あくまでも知らぬ存ぜぬを通すか、どちらが最良の方法なのだろう。
リュウキは必死で考えを巡らせた。


「驚いたぞ、てっきり二人で逃げるのかと思っていれば、まさかお前一人でとは。主をダシに脱走を企てるとは、不忠の極みだな。」

惨めな位に卑屈になって涙ながらに許しを乞えば、命ぐらいは助けてくれるだろうか。
『違う』と言い張れば、信じてくれるだろうか。



「ひっ・・・・、ひいぃぃぃっ・・・・・!!!」

多分、聖帝はそんな甘い人間ではない。
そんな人間味のある人間なら、イドラとサモンをあそこまで惨たらしく殺せる筈がない。


「たっ、助けて、助けて下さいぃぃ・・・・!命ばかりは、どうか・・・・・!」
「この期に及んで命乞いか?初めに俺がわざわざ忠告してやった事を忘れたか?命が惜しくば、逃げようなどとは思わん事だと。」
「もう二度と逃げません、何でもしますから・・・・・・!!」

サウザーの蔑みの視線を浴びながら、リュウキは地面に額を擦り付けた。
小さく低く身体を丸めて、死に怯える小心者の姿勢を取った。
恐怖は確かに感じている。
しかし真の目的は、命乞いではなく、サウザーの目を欺く事だった。
真向から闘えば勝ち目がない事は分かっているが、これでも腕に覚えはある。
油断させて不意を突けば、足止め位は何とか出来るだろう。


「死にたくない、死にたくない・・・・・!」

リュウキは悲鳴を上げながら、マントの中に手を忍ばせ、腰に下げていた鎖鎌を掴んだ。
そして。


「死にたく・・・・・・・、せやああっ!!」

素早く身を起こすと、サウザー目掛けて鎖を飛ばした。


「むっ・・・・・」

重くて頑丈な鎖が見る見る内にサウザーの上半身を絡め取り、やがてサウザーの身体は、完全に拘束された。
リュウキはすぐさま鎖を近くの大木に巻き付け、鎖の隙間に鎌を通して、サウザーをしっかりと繋ぎ止めた。


「は・・・、はははっ・・・・!」

虎が幾ら強く獰猛であろうとも、鎖で繋いでしまえば牙も爪も届かない。
両腕を胴に縛り付けられ、大木に繋がれた今の聖帝など、少しも怖くはない。


「やったぞ、ざまあ見ろ!!」

これで安心だ。もう命の危険は去った。


「そこでずっとそうして・・・」
「・・・・・フン。」
「ろ・・・・・・・・・」

その筈だった。
なのに何故、聖帝はこんなにも落ち着き払って余裕を見せているのだろうか。
冷ややかな薄笑いさえ、消えていないのは何故なのだろうか。


「ぬぅぅぅぅ・・・・・・・・」

気のせいか、ミシミシと鎖が小さな音を立てている。
いや、そんな筈はない。
この鎖を力で引き千切る事など、人間には到底不可能な筈だ。


「・・・・・むんっ!」

だが鎖は、サウザーの一喝と共にひび割れ、粉々に砕け散った。


「なっ・・・・・!?」
「こんな子供騙しの玩具で、この聖帝を封じる事が出来ると思ったか?」
「そ・・・・んな・・・・・・、馬鹿な・・・・・・・!」

自慢の鎖を、まるで紙で出来たこよりのようにいとも容易く引き千切る。
このサウザーという男は、本物の化け物だ。
余りにも強く、余りにも獰猛で、そして。


「死ね。」
「ひ・・・・・・・、ひぃ・・・・・・・」

余りにも残忍冷酷な。


「い、嫌だ、嫌だ・・・・・・!」

虎は再び野に放たれた。
冷たく光るその目が、獲物をまっすぐに見据えている。


「死にたくない、死にたく・・・・・・」

非力な小動物のように怯えて震えている、リュウキ自身を。
その鋭い爪と牙で引き裂き、食い殺そうと。


そう、イドラやサモンのように。



「死に・・・・っ・・・・・・・!」

その刹那、何かを踏んだ事に気が付いた。
長年愛用してきた、大事な帽子だった。
だが、それを拾って被る事は、もう二度と叶わなかった・・・・・・・。


















小鳥の囀りに混じって、草木を踏みしめる足音が背後で聞こえた。
リュウキだと思い込んで振り返ったは、そこに居た男を見て驚いた。


「あ・・・・・・!」

そこに居たのはリュウキではなく、木漏れ日に金の髪を輝かせて立つ聖帝サウザーだった。


「どうだ、材料は揃ったか?」

腰の巾着袋は、色々な薬草・香草で既に丸く膨らんでいる。
これ以上、欲張って採る必要はない。


「は、はい・・・・・、これで新しい丸薬が作れます。」
「それは何より。ならば直ちに戻って薬の調合に取り掛かれ。」
「ですが、その前にリュウキに一言・・・」
「あの男なら居らん。」
「え?」

サウザーの言葉の意味が、には分からなかった。


「いえ、そんな筈はありません。彼はこの近くで食料を調達しているからと・・・」
「もう居らんのだ。」

意味を悟ったのは、再度同じ事を言われた時だった。
その時サウザーが浮かべた含み笑いを見た時に。


「・・・・・・・・まさ・・・・・か・・・・・・・」
「その様子では、体よく利用されていた事に全く気付いていなかったようだな。」

ふと見れば、聖帝の服の裾が、珍しく汚れている。
良く見るとその汚れは、赤黒い染みだった。
そう、まるで乾いた血のような。
それを見た瞬間、頭を強打されたような衝撃が、身体を突き抜けた。
顔から血の気が引いていくのが分かった。


「奴はお前の供をするという口実で外に出て、脱走しようとしていたのだ。」

だから殺した。
そんな声なき声が、はっきりと聞こえた。


「さあ、来い。戻ってすぐさま秘薬の調合に掛かれ。」

サウザーに腕を掴まれ、引き摺られるようにして館に戻ると、オウコが一人で黙々と掃除に勤しんでいた。
彼やゲンジョウは、リュウキが脱走を企てていた事を知っていたのだろうか。
恐らく、知らなかっただろう。
知っていれば、黙って見逃す訳がない。
いや、しかし・・・・・


「・・・・・ん?」

考え込んでいると、視線に気付いたオウコが振り返った。
そしてその瞬間、オウコの表情に緊張が走った。


「ここには貴様一人か?もう一人は何処へ行った?」

の背後から不意に現れたサウザーを見た為である。


「・・・ゲンジョウ殿なら、裏で薪を割っています。」

しかし彼はすぐに冷静になり、サウザーの質問に卒のない態度で返事をした。
耳を澄ませば、確かに、遠くから薪を割る小気味良い音が小さく聞こえて来る。
納得したサウザーが口を噤むと、オウコはに向かって頭を下げた。


「お帰りなさいませ、クイーン。材料はありましたか?」
「え、ええ・・・・・・」
「それは良かった。ところで、リュウキは?一緒ではないのですか?」
「あの・・・・・、それが・・・・・・・」

やはり彼は何も知らなかった。
リュウキの事を、どう切り出せば良いのだろう。
それを考えあぐねていると、代わりにサウザーが口を開いた。


「この女は一人で森の中に居た。それを俺が連れ帰ってやったのだ。」
「え?」
「あのリュウキという男なら、もう貴様らの元には戻らんぞ。」
「・・・・・・・・どういう意味ですか?」
「あの男は俺の忠告を聞かずに逃亡を企てた故、成敗した。」
「・・・・・・!」

オウコの表情が、硬く強張った。
かと思うと、オウコは突然サウザーの前に飛び出し、平伏した。


「申し訳ありません!お許し下さい!ですが俺達は無関係!全く知らなかったのです!どうか信じて下さい!」
「ほう?この期に及んで、俺にまだ貴様等を信じろと言うのか?」
「もし共謀したのなら、俺達もとうに逃げています!もし知っていたのなら、奴をむざむざ逃がしはしません!共に何処までもと誓い合った仲間を捨て、永遠の忠誠を捧げたクイーンを裏切って一人で逃げるなど・・・」
「もう良い。」

オウコの必死の弁解を、サウザーは面倒臭そうに遮った。


「良かろう。そこまで言い張るのならば、そういう事にしておいてやる。」
「はっ・・・・・、あ、有難うございます・・・・・!」
「館の掃除はひとまず中断して構わん。先に外を掃除して来い。」
「・・・・・・直ちに。して、場所は・・・・・・」

媚び諂うように身を低くしてサウザーに接するオウコを尻目に、はふらつく足を引き摺って階段に向かった。


どんなに抵抗しようが無駄な事。どんなに逆らおうが、もう逃れられない。
何もかもを見てきた神は、今、とうとうその怒りの鉄槌を下そうとしている。
そして、それを知っているのは自分だけだ。
今はただサウザーの師父と、そして自分自身と向き合っていたい。
その時が来るまで、一人静かに。


の望みは、それだけだった。



















リュウキの無惨な遺体をいつもの崖から落とした後も、ゲンジョウとオウコはまだその場から動けずに居た。


「ぬうぅ、イドラに、サモン、そしてリュウキまでもが・・・・・・。」
「皆、聖帝に殺られちまいましたぜ・・・・・・。」

サウザーに告げられた場所は、悪夢としか言い様のない地獄の風景と化していた。
塗料をぶち撒けられたようにべっとりと赤く染まっていた木々、
早くも死臭を嗅ぎ付けて集まっていた烏達、
そして、絞れる程持ち主の血を吸い込んでいた帽子と、恐怖に歪んだ顔で息絶えていたリュウキ。
彼の命を絶ったのは、骨や内臓まで共に切り裂かれる程深い胸の十字傷に間違いなかった。


「悪い夢を見ているようだ・・・・・」
「全く・・・・・・・・」

しかし、悪夢はまだ終わっていない。


「今日で7日目か・・・・・・。辛抱の足らん馬鹿共のせいで、計画はぶち壊しだ・・・・・・」
「・・・・・こうなっちまった以上、もう聖帝の野郎が俺達に隙を見せる事は万に一つもない。今まで散々我慢して言いなりになってきたのに結果がこれじゃ、骨折り損のくたびれ儲けだ。」
「分かっておる。過ぎた事を言うな。」
「分かってますよ。」

互いに不機嫌そうな顔をして、文句を言い合っていても始まらない。
そんな不毛な事をしていても、この悪夢が終わる訳ではないのだから。


「・・・・・・肝心なのはこれからです。どうするんですかい、お頭?」

オウコは、声を殺してゲンジョウにそう尋ねた。


「お前はどう思う?」
「こうなったらもう、一か八か逃げる他に手はないかと。それも、なるべく早い内に。」

最早、小細工は一切通用しない。そして、真向勝負でも到底勝ち目はない。
それがオウコの出した結論だった。
長年ゲンジョウの右腕として、絶望的に頭の足りない荒くれ者共を束ね、ゲンジョウと共に知恵を絞って様々な策を講じ、これまで一味を導いて来たが、『逃げる』しか選択の余地がない程の窮地に陥った事は、あの核戦争以来初めての事だった。



「・・・・・そうだな。こうなれば一か八か、最後の手段に出てみるか。」
「最後の手段?」

ゲンジョウは小さく頷くと、警戒心を剥き出した険しい表情で辺りを見回してから、オウコに耳打ちを始めた。




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後書き

ここまで随分長くかかってしまいましたが、そろそろヒロインにスポットライトが
当たる頃になってきました。
次回からはヒロインの登場がぐっと増えてきますので、どうぞお楽しみに。
やっと主役を主役らしく扱えそうです(笑)。