GYPSY QUEEN 7




翌朝早く、サウザーはまたオウガイの霊前に供える膳を持って、一人で廟を訪れた。
そして、祭壇の前でぐっすりと眠っているを見つけ、小さく呟いた。


「まだ居たか・・・・・・・・」

昨夜、がこっそりと部屋を出て行った事には気付いていた。
正確に言えば、気付いてからすぐ、の後をつけた。
そして、まっすぐ廟に向かい、中に入って行くの姿を確認したのだが。


「まさか、ここを寝床にするとはな。」

幾ら出入り自由になったとはいえ、昼も夜もなく自ら進んで篭りたがる理由が分からない。
は、何故こうまでこの廟に固執するのか。
サウザーは少しの間、の寝顔を怪訝そうに眺めていたが、すぐに祭壇に膳を供えると、の頬を軽く叩いた。


「おい、起きろ。」
「う・・・・・・・・」

ニ度、三度と叩いていると、は睫毛を震わせ、やがてハッと目を開いた。


「・・・・・・っ!私・・・・・・・!」
「ここで夜明かししたようだな。呆れた女だ。」
「申し訳ありません、祈りの途中でつい眠ってしまったようで・・・・・」
「俺の与えた部屋は気に入らんという訳か。」
「いいえ、そんな事は決して・・・・・・」

は必死で弁解しながら、慌てて衣服の裾や髪を整えた。


「随分熱心に、夜通し何を祈っていた?」
「・・・・・・・・色々と、取りとめもなく・・・・・・」
「ほう?」

色々と取りとめもなく、というのは、特に何を祈っていた訳でもない、と解釈が出来る。
曖昧な返事をしたきり、おどおどと俯いて目を合わせないの姿は、サウザーの目には自分を恐れているように見えた。
大方、貞操の危険を感じてここに逃げて来たのだろう。
いや、貞操の危機だと勝手に思い込んで。

サウザー自身は、を女としては見ていなかった。
は、器量は決して悪くないが、いやに影の薄い、何処か不気味な印象を与える女である。
いつも従者達の後ろに霞んでいて、そう、まるで人形のように生気がなく、表情に乏しい。
これでは多分、抱いたところで何の反応も示さないだろう。
身体も人形のように固く、冷たいかも知れない。
少しも面白味のないセックスなど、するだけ無駄というものだ。


「・・・・・まあ良い。それ程俺が怖ければ、好きなだけ篭っていろ。」

サウザーは、せせら笑いを浮かべながら言った。


「但し、俺の頼んだ仕事をやり遂げさえすればな。」
「・・・・・・・はい・・・・・・・」
「朝食を作らせてある。だが食事の前に、例の儀式を始めろ。」

は黙ってサウザーに従い、腰のベルトに結わえ付けてある小さな巾着袋から、丸薬の包みを取り出した。
























サウザーは渋茶色のズボンを履き、生成り色の丈がたっぷりとした詰め襟の上着を着込んで、黒い腰帯を締めた。
この服は、師・オウガイが生前着ていた服である。
つまり、師の形見だ。
ここへ帰って来て、師の服を借りる度、昔の事を色々と思い出す。

この詰め襟の上着をきっちりと着込み、厚い胸をピンと張った凛々しい師の姿を。
師の大きな服と自分の小さな服が並んで干され、そよ風に揺れていた光景を。
当時はまだ大きすぎた師の服を着てふざけた時の、師の苦笑混じりの優しい笑顔を。
そして、太陽の匂いのする温かな胸に飛び込んで甘えていた、幼い自分を。



「し、失礼します。部屋の掃除を・・・・・」

着替えを済ませた直後、良いタイミングでオウコとイドラが私室に現れた。


「うむ。丁度良い所に来た。それを洗っておけ。」

サウザーはぞんざいな仕草で、ベッドの上に脱いで置いてあった衣服を指差した。

この男達が奴隷になってから今日で5日目、最早彼等の態度は従順そのものだった。
あのゲンジョウでさえ、プライドを守らんとする為かあの尊大な口調は大して変わらないが、傲慢な言動はすっかり控えるようになっている。
彼等はようやく、己の立場を理解したのだ。


「・・・・・何だ?」
「いやあ、その服、良くお似合いで。何かこう、気品が漂ってますよ。」

と言い切りたいところだが、どうも少し違うようだ。


「・・・・・・・」

何を思ったか妙な事に、オウコが服を褒めちぎり始めたのである。
女ではあるまいし、そんな事を褒められても少しも嬉しくないというのに。


「その腰帯もまた良い色ですなぁ!」

いや、どんな事であれ、見え透いたお世辞を言われる事自体に虫唾が走るのだ。
下らないお世辞を並べ立てておだて上げ、何とか取り入ろうとする卑屈な輩は、サウザーの嫌いな人種だった。
それに、ここ数日の彼等は、ここへ来た当初とは別人のように従順すぎる。
ようやく己の立場を理解したと解釈出来ない事もないが、どちらかというと腹に一物ありそうな、そんな気がするのだ。


「ははは・・・・は・・・・・」

サウザーが冷ややかな目で睨み付けると、オウコは気まずそうに笑顔を強張らせた。


「無駄口を叩いている暇があったら、とっとと仕事に掛かれ。殺されたくなければな。」
「た、只今・・・・・!おい、行くぞイドラ・・・・・!」

やはりこの男達、とても『救いの女神』の従者とは思えない連中である。


「・・・・・・下衆共め。」

サウザーは、二人が出て行ったドアを睨んで吐き捨てた。











バシャンと水面を思い切り叩く爽快な音が、館の裏手で上がった。


「ちっくしょう、いつまでこんな事しなきゃならねぇんだ!」

それは、タライの中に洗いかけの洗濯物を思い切り叩き付けた音で、その音を立てた本人であるイドラは今、酷く激昂していた。
サウザーの衣服を洗濯していた途中で、突如激怒し始めたのである。


「イドラ、落ち着け。」

イドラと同じ作業に当たっていたオウコは、洗い終わった服を干しながら、彼の方を見もせずにぞんざいな口調で窘めた。
だが、イドラの怒りはまだまだ鎮まりそうになかった。


「今日でもう5日だぜ!俺ぁもう辛抱出来ねぇ!毎日毎日、掃除に洗濯に飯炊き!明け方から夜中まで休みなしでこき使われて、いい加減頭に来たぜ!」
「俺だって、いや、皆気持ちは同じだ。だから時期が来るのをこうして待って・・・」
「いつまでそんな悠長な事言ってやがるんだよ!もう5日も経つのに、あの野郎を殺れるチャンスなんざ、一向に来ねぇじゃねぇか!食い物だってもう底をつきかけてるんだぜ!?このままじゃ、あと何日だって持ちゃしねぇ!今ある食い物が尽きたら、何を食えって言うんだ!?あの野郎にバレないように、こっそりそこらの草でも毟って食うのか!?俺ぁそんな惨めな生活はごめんだぜ!」

イドラの言う通り、彼等が蓄えていた食糧はもう殆ど残っていなかった。
元々の量が少なかったのではなく、丸一日食事抜きで過酷な労働を強いられている彼等が、極限まで疲労した身体を回復させる為、毎夜貪るようにして食べた為である。


「そりゃ俺だってごめんだ、だけど・・・・!」
「大体、二言目には時期時期って言うけどな、その時期とやらはいつやって来るんだ!?明日か、明後日か、半年後か、一年後か!?」
「それは・・・・・・」

オウコが言葉尻を濁すと、イドラは軽蔑するように鼻を鳴らした。


「そもそもが間違ってたんだ、聖帝聖帝ってビビリすぎたんだよ。確かに奴ぁ強ぇかも知れねぇ。だがここには今、奴一人だ。護衛の軍隊も居ねぇ。その気になりゃいつだって殺れる筈だぜ。違うか?」
「おい、勝手な事はするなよ。作戦ってもんがあるんだからな。」
「ケッ、腰抜けが。俺ぁな、胃袋と腕っぷしでは誰にも負けた事がねぇんだ。俺のこの腕でブチ殺された人間は、100人は下らねぇ。見てろ、すぐに奴もそいつらの仲間入りにさせてやるぜ。」

イドラは、刺々しい殺気を撒き散らしながら行ってしまおうとした。
しかしその瞬間、オウコが突然イドラの胸倉を掴み上げた。
そして、それまでとは打って変わった鬼気迫る表情で、唸るような低い声で呟いた。


「・・・・・・馬鹿野郎、そんなんだからテメェはいつまで経っても出来の悪い馬鹿なんだ。テメェときたら、食う事と暴れる事以外にまるで能がないんだからな。これまで俺達がテメェの尻拭いを一体何度してきたと思ってやがる?」
「っ・・・・・・!」
「良いか、くれぐれも勝手な事はするな。作戦には従え。また惨めな生活に戻りたくなければな。」
「うぐぐ・・・・・・」
「もう二度と同じ事を言わせるな。分かったな!?」
「・・・・・・・ちっくしょう、頭に来るぜ!」

オウコが手を離した途端、イドラは決まりが悪いのを隠すように益々荒れ狂い、八つ当たりにタライを思い切り蹴飛ばして何処かに行ってしまった。


「・・・・ったく、あいつだけは。昔から手の焼ける野郎だぜ。これだから力仕事しか任せられないんだ。」

ズンズンと去っていくイドラの大きな後姿を一瞥して、オウコは蔑むように吐き捨てた。

























「ちくしょう、もう完全に頭に来たぜ・・・・・・!」

イドラは体中から怒りのオーラを発しながらも、足音を忍ばせて館の階段を上がっていた。


「やってやろうじゃねぇか。あの野郎の首をもぎ取って、あいつらの目の前にぶら下げて驚かせてやる・・・・・!」

やって来たのは2階の一室、サウザーの私室である。
たった今オウコに厳しく諌められたところではあったが、それが裏目に出る結果となってしまったのだった。


「・・・・・見てろよ、俺が馬鹿じゃねぇって事を証明してやる・・・・・・」

イドラは静かに息を吐いて自分を落ち着かせると、ドアをそっと開けた。
何食わぬ顔をして部屋に入り、侵入者が現れたという作り話でサウザーの油断を誘い、その隙を突いて殺そうという、騙まし討ち作戦なのである。
ちなみに、もしサウザーが部屋に居なかったら、とか、もしサウザーがその話に騙されなかったら、という不測の事態は何一つ想定していない。
イドラの立てた聖帝暗殺計画は、この通り、何とも稚拙なものであったのだが。


「・・・・・・・ん?」

神はそんな愚かなイドラを憐れに思ったのか、それとも、悪名高い聖帝を倒そうとする勇者だと認めたのか、彼の味方をした。


「寝てやがる・・・・・・・」

そう、サウザーは眠っていた。
揺り椅子に腰掛け、左手に分厚い本を持ったまま、長い睫毛を伏せて静かな寝息を立てていた。
本に指を挟んでいるところを見ると、読書の途中で寝入ってしまったのだろう。
側に居るイドラの気配にも気付かない程、ぐっすりと。



― お誂え向きだぜ・・・・・・・!

この5日、全く隙を見せる事のなかったサウザーが、この上ない程無防備な状態を晒している。
これを千載一遇のチャンスと言わずして、何と言おうか。
イドラは獰猛な笑みを浮かべると、両手で躊躇いなくサウザーの首を絞めた。


「はーっはっはぁーっ!!これでテメェも終わりだぜ、聖帝!!」

イドラは大声で笑いながら、その手に渾身の力を込めた。
イドラの腕や手の甲にビキビキと筋が浮かび、サウザーの首が益々絞まっていく。


「テメェなんざ、俺様一人で十分よ!このまま首を捻じ切ってやる!!」

自慢なだけあって、その腕力は目を見張るものだった。
その上、寝込みを襲われたとなれば、サウザーには完全に不利な状況である。
窒息するのが先か、首の骨がへし折れるのが先か、いずれにしてもあと1分もしない内にサウザーは死ぬ。


「・・・・・・どうした、この程度か?」

筈だった。







「なっ!?て、テメェ・・・・・・!」

サウザーの右手が、イドラの左の手首を掴んだ。


「この程度で俺の首を捻じ切る、だと?クックックッ・・・・・・」
「く、くそっ、何て力だ・・・・・・・!」

その手はまるで万力のように凄まじい力で締め上げ、イドラの太い手首がミシミシと嫌な音を立て始めた。


「教えてやろう。捻じ切りたいのなら、せめてこの位の力は必要だ。」
「ぐ・・・・ぐあああっ!!!!」

そして、獣の咆哮のようなイドラの絶叫が響いた直後、骨を砕かれ、皮膚の捻じ切られたイドラの左手首がゴトンと床に落ちた。



「おおお俺の、俺の手がぁぁぁ!!!!!」

イドラが床に転がってのた打ち回る様を、サウザーは冷笑を浮かべて眺めていた。


「聖帝への反逆は大罪だ。その罪、万死に値する。」
「おのれ、おのれぇぇぇぇ!!!!!」
「貴様には、他の連中への見せしめになって貰うぞ。」

サウザーは相変わらず椅子にゆったりと腰掛けたまま、本を手放そうとすらもせず、手負いの獣と化して闇雲に襲い掛かってきたイドラに向かって、右手だけを十字に一閃させた。


「おの・・・・れへええぇぇえ!?!?」

サウザーの手刀の衝撃が十字にイドラの身体を突き抜けた直後、イドラの巨体は4つの肉塊となって、生臭い血の雨と共にサウザーの足元に飛び散った。


「フン。汚らわしい。」

サウザーは、ようやく椅子から立ち上がった。
その時、表の方から人の声が微かに聞こえてきた。
窓辺に近寄って表を見てみると、狩りに行かせたゲンジョウとリュウキが帰って来るところであった。
その姿を見たサウザーは、ふと思いついたかのような顔をして窓を開け放ち、床に転がっているイドラの残骸を掻き集めて、そこから放り投げた。
彼等の目の前に、惨たらしい肉片と化した連れが落ちてくるように。

そして、サウザーが期待していた通りの絶叫が、それから程なくして辺り一面に響き渡った。




「どうした、何事だっ!?」
「おい何だ今の声!?どうしたんだよ!?」

館の裏で洗濯中だったオウコや、館の掃除をしていたサモンが、リュウキの絶叫を聞きつけて表に飛び出して来た。
そして、地面に散らばったイドラの遺体を見て、それぞれに阿鼻叫喚の悲鳴を上げた。


「な、何だこれ・・・・・・!」
「イドラ・・・・・か・・・・・!?」
「上から、上から降って来たんだ・・・・・・!」
「そう、上から・・・・・・」

サモンが、オウコが、リュウキが、ゲンジョウが、次々と恐怖に見開いた目を上に向けてくる。


「その通り。その男はイドラだ。この俺の命を狙った罪により、たった今処刑した。」

その顔を窓から愉快そうに見下ろしながら、サウザーは平然と答えた。


「貴様らの中に、もしその男と同じ事を考えている者が居るのなら、構わん。名乗り出ろ。もののついでに相手になってやるぞ?」

だが、サウザーが挑発しても、立ち向かって来る者は一人も居なかった。


「・・・・・・どうした。誰も俺の命が欲しくないのか?」
『・・・・・・・・』
「本当は、誰かがその男をけしかけたのではないのか?例えばあの女か・・・・・・、ゲンジョウ、貴様か。」

サウザーの探るような目に見据えられたゲンジョウは、やがて微かに首を振った。


「・・・・・そんな事はしておらん。クイーンも儂等も無関係だ。どうか信じて欲しい。」
「ほう?では、俺の首を狙っていたのはその男一人で、貴様らは引き続き、俺に服従を誓うという訳か?」
「・・・・・・・・・・そうだ。」

ゲンジョウは、些か頼りない声ではあるが、はっきりとそう断言した。
サウザーは暫くゲンジョウの目をじっと見据えていたが、やがて小さく笑って言った。


「良かろう。今はひとまずその言葉を信じてやる。まず手始めに、その目障りなゴミを片付けろ。但し、この近隣に葬る事は許さん。森を北に抜けると崖がある、そこに捨てて来い。」
「崖・・・・・?」

サモンが怯えた顔で独り言のように呟くのを耳ざとく聞き取ったサウザーは、その恐怖を故意に煽るかのように詳しく教えてやった。


「切り立った、険しい断崖絶壁だ。その下は誰の目にも触れん、太陽の光さえ届かぬ地の底。ゴミ棄てにはもってこいの場所だ。」
「っ・・・・・・・!」
「それから、俺の部屋も直ちに掃除しろ。下郎の血の匂いは、臭くて堪らんわ。」

高らかな笑い声を上げながら、サウザーは窓辺から離れた。






















「あのゴツいイドラを、こんなにしちまいやがって・・・・・・・」
「人間業じゃねぇぜ・・・・・・」

イドラの遺体を最後にもう一度見下ろしたサモンとリュウキは、揃って顔を強張らせた。
何度見てもおぞましい形相の死体だ。
一刀両断にされたゲンジョウの仕込み杖を見て驚いていた事が、今となっては馬鹿馬鹿しい位である。
それ程に、サウザーの南斗鳳凰拳は、想像を絶する恐ろしさだった。


「あばよイドラ。悪く思うなよ。」
「成仏するんだぜ。」

サモンとリュウキは、元はイドラという名の人間だった肉塊を次々と崖から放り投げた。
それらはあっという間に小さな点になり、やがて地の底へと吸い込まれていく。
それで終わり。
この二人の言葉だけがせめてもの餞で、他には何も、花も祈りも涙さえもない葬送だった。


「・・・・・馬鹿野郎が。本当に一人で先走っちまいやがって。」
「オウコ。何か知っているのか?」
「あの野郎、さっき『聖帝を殺る』と息巻いてやがったんですよ。」
「何だと?・・・・・・・イドラ、あの愚か者めが。」
「すいません。勝手な事はするなと、きつく言っといたんですけど・・・・・・」
「あやつの暴走癖は今に始まった事ではないが、今度ばかりは心底許し難いわ。折角の計画をぶち壊しにしおって・・・・・・・!」

そう吐き捨てたゲンジョウは、忌々しそうに崖の下を睨んだ。


「これからどうするんですかい!?」
「これで奴は益々隙を見せなくなりますよ!?」
「下手をすれば、俺達も殺されるかも・・・・・!」

ゲンジョウも、そしてサモンもオウコもリュウキも、誰一人イドラの死を嘆いてはいなかった。
既に死んだ人間の事よりも生きている人間、自身の命が危険に晒されている事の方が、余程重大で深刻だったのである。


「いや、恐らくそれはないだろう。儂らを殺すつもりがあったのなら、あの場で攻撃してきた筈だ。」
「そ、それもそうか・・・・・・」

ゲンジョウの言葉に納得し、ひとまず安心したリュウキは、ふとイドラの死体を思い出して身を竦めた。


「だけど、今度ばかりはマジで危ないぜ・・・・。相手が悪すぎる・・・・・。あの殺し方、普通じゃなかった・・・・・。普通じゃとても太刀打ち出来ねぇぞあんな奴!」

サモンが突如大声を張り上げ、小刻みに震える手で葉巻を取り出し、忙しなく吹かし始めた。


「サモン、落ち着け!!」
「わ、分かってるよ、分かってる・・・・・、大丈夫だオウコ、俺は大丈夫だ、ちょっと興奮しちまっただけだよ・・・・・」

かと思うと、オウコに一喝されて急に大人しくなった。
かなり動揺しているようだ。


「は、はは・・・・・、そうだよ。こんな所で死んで堪るかよ。俺ぁ、死ぬ時は極上の女を抱いてからって決めてんだ。なのに最近は、極上どころかそもそも女自体を抱いてねぇ。こんな悶々とした状態じゃ尚更死ねねぇよ、ははは・・・・・・」

サモンの軽口を、誰も笑いはしなかった。相槌さえも打たなかった。
そう。
恐怖と、どうにもならない今の状況への苛立ちは、イドラの死をきっかけにして、一気に彼等の中に沸き起こり始めていたのだ。


「良いか。とにかく落ち着け。折角儂がああして取り繕ったのだ。暫くは大人しくしていろ。その内、必ず機会は訪れる。その時を待つのだ。イドラのような勝手な振る舞いは許さん。分かったな?」

それは、一見落ち着き払って見えるゲンジョウとて例外ではなかった。
彼もまた、喉元にせり上がって来るような焦燥感を確かに感じていたのである。




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後書き

話が進むにつれてヒロインの影が薄くなっていくという、
何とも不思議な展開になっております(笑)。
地味で目立たない女性、地味で目立たない女性、と意識しながら書いていたら、
本当に目立たなくなってきちゃったよ、わはは。(←笑いごっちゃない)