GYPSY QUEEN 5




「せ、聖帝だと・・・・!?」
「そんな・・・・・・!」
「こいつが・・・・・!?」
「何てこった・・・・!」

ジプシーの一行は、サウザーの予想を裏切らない反応を示していた。
女は言葉もなく立ち尽くし、男達は明らかにうろたえている。
そんな中、ゲンジョウ一人が辛うじて虚勢を張ってみせた。


「な、何故クイーンをつけ狙う!?事と次第によっては容赦せぬぞ!」
「ククッ、そう息巻くな。何も取って食おうというのではない。」

サウザーは、薄く笑って女を見た。


「その女に、やって貰いたい事があるのだ。」
「やって貰いたい事?何だ?」
「女。名は?」

横から口を挟んでくるゲンジョウを無視して名を尋ねると、女は消え入るような声で呟いた。


「・・・・・・と・・・・・・申します・・・・・・。」
、か。お前に人を一人、生き返らせて貰いたい。どうだ、出来るな?」
「・・・・・・・・」
「その位、お前には造作もない筈だ。・・・・・・・噂が本当ならば、な。」
「ま、待たれよ!」

沈黙を通すクイーン、いや、に代わって、再びゲンジョウが口を挟んだ。


「クイーンは今、貴様の差し向けた追っ手のせいで、心身共に弱っておいでだ!それに、人を生き返らせるという事は、決して簡単な事ではないのだぞ!」

クイーン本人を差し置いて、良く喋る側近だ。
少々でしゃばり過ぎに感じる位に。


「そもそも、死者の魂というのは・・・」
「事が首尾よく運んだ暁には、望みの褒美を取らせた上で、全員解放してやる。断るというなら、今この場で貴様ら全員を殺す。」

まだ続きそうなゲンジョウの話を遮って、サウザーは一同に殺気を込めた視線を投げ掛けた。


「どうだ?」
「う・・・・・・・、わ、分かった・・・・・・・。」

すると、またもやゲンジョウが、一同を代表するかのように応えた。


「・・・・・・まずは、話をもう少し詳しく聞きたい。」
「良かろう。ついて来い。」

まるでこの男が『聖人君子』だと心の中で皮肉りながら、サウザーは一同を引き連れて歩き始めた。











暫く無人だった館は、少し埃っぽくなっている。
細かな塵を蹴立てながら廊下を歩き、サウザーは一同を応接室へ通した。
穏やかな陽光が差し込むこの部屋に、『彼』が居るのだ。


「生き返らせて欲しいのは、この絵の人物だ。」

部屋の壁には、師・オウガイを写した絵が掛かっている。
白髪を束ねて、豊かな白髭を蓄えた口元を引き結び、厳しい表情で彼方を眺めている在りし日の師の姿が、ここにはある。
修行の最中、師はいつもこうして厳しい表情をしていたが、ひとたび修行が終わると、この顔は優しく和らいだものだった。


「・・・・・我が師・オウガイ。我が南斗鳳凰拳の先代伝承者だった。」

努めて感情を押し殺しながら、サウザーは恩師の名を呟いた。


「して、この御仁はいつ亡くなられた?」
「20年前だ。」
「20年!?」

20年と聞いて目を丸くしたゲンジョウは、やがて供の男達と顔を見合わせ、さも可笑しそうに笑い始めた。


「ハッハハハ!いやはや何と・・・・・!それではとても話にならんのう!」
「何故だ?」
「我等がクイーンは、その霊力と秘術を用いて練り上げた秘伝の丸薬をお与えになる事で、人々の怪我や病を治し、死者を蘇らせておられる。つまり、クイーンの奇跡を賜る為には、最低限、『肉体』が必要という事になるのだ。20年も前に死んだ者など、既に土に還っておるではないか。それでは無理だ。亡骸がなくては、薬を飲ませる事が出来ん。何でも意のままに出来る『聖帝』とて、叶わぬ事がこの世にはあるのだ。諦めるのだな。」
「・・・・・・なるほど。」
「少し考えてみれば分かるであろう?肉体は魂の器だ。器がのうては、蘇るにも蘇られんではないか。それとも何か?クイーンが祈りさえすれば、墓の下から白骨が起き上がって来るとでも思ったか?とうの昔に塵となった人間が、光の中から元の肉体を携えて蘇って来るとでも思ったか?」


そんな愚かな空想を信じるような人間だったら、とうの昔に師を生き返らせようとしている。
祈っただけで死んだ者が生き返る筈などないし、そもそも死者が生き返る事自体が有り得ない。
そう思っているからこそ、こうして興味を持ったのだ。
何処かの国のお伽話の如き根拠の無い噂であれば気にも留めなかったが、このに関する話には信憑性があった。
何しろ、自らの手中に収めた地で、大勢の人間が見ている中で現実に起こった出来事だったのだから。
如何に力のある者でも決して成し得ない『奇跡』を、このという女は一体どうやって起こしたのか。
馬鹿らしいとは思いつつも興味がある。そして、微かな期待を持っている。


「・・・・師の亡骸は、この館の廟に祀ってある。早速、その『薬』とやらを飲ませて貰おうか。」
「なっ・・・・・!?」
「他ならぬ我が師の為、一度は許すが、二度はない。今後、言葉には気を付けろ。」

面食らっているゲンジョウを冷ややかに一瞥すると、サウザーはに向き直った。


とやら。ついて来い。廟に案内する。」
「ま、待たれよ!そんな、20年も前に死んだ者の亡骸など・・・」
「案ずるな。師の亡骸は特殊な技法を用いて、生前とほぼ変わらぬ状態を保たせてある。」
「なっ・・・・!」
「さあ、行くぞ。」

煩いゲンジョウを押し退けて、サウザーはについて来るよう促した。


「・・・・・・ま、待たれよ!」
「・・・・・まだ何かあるのか?」

だが、ゲンジョウはまたしても食い下がってきた。
本当にしつこい男だ。
サウザーはうんざりしながら、ゲンジョウを横目で睨んだ。


「・・・・・分かった。貴殿の頼み、引き受けてしんぜよう。但し、時間は貰うぞ。」
「どれ位だ?」
「それは試してみなければ分からん。魂というのは千差万別なのだ。肉体を離れた瞬間に全てを忘れるものもあれば、肉体に戻りたくてもなかなかすんなりと戻れないものもある。昨日今日に死んだ者の場合とて、必ずしもそう易々と戻るとは限らんのだ。」
「・・・・・ほう。」
「いつ肉体に戻れるかはその魂次第、どれ程の時間が掛かるかは、たとえクイーンといえどもお分かりにはならん。ましてや、肉体を離れて長い時間が経っているとなれば尚更だ。」
「・・・・・・良いだろう。時間なら幾らでもくれてやる。ゆっくりと腰を据えて取り掛かれ。」
「結構。ならば参ろうぞ。」

このゲンジョウという男、妙に掴み所のない男だ。
サウザーは一瞬、尊大な顔付きのゲンジョウを探るように見据えたが、やがて踵を返し、部屋を出た。










一行を引き連れて階段を上り、館の最上階に当たる尖塔部へと上がって来たサウザーは、そこに唯一つあった扉を指した。


「ここが廟だ。」

重く閉ざされたその扉を見て、は緊張したように身を固くした。


「ご案じ召さるな、クイーン。お気を静めて、いつもの通りになされば宜しい。」

そんなに、ゲンジョウは落ち着き払って声を掛けた。


「このゲンジョウがお供致します故、何も恐れる事はありませぬ。」
「それはならん。」
「何故だ?」
「師の眠る神聖なこの廟に、みだりに人を入れるつもりはない。女以外、誰一人としてこの廟に立ち入る事はまかりならん。」
「ぬう・・・・・・!」

サウザーに厳しい口調で禁じられ、ゲンジョウは渋々といった様子で引き下がった。
そして、に向かって再度言い聞かせるように告げた。


「クイーン。落ち着いて、いつもの通りに。宜しいですな?」

は小さく頷いて、サウザーと共に廟の中へ入って行った。

















廟に入るや否や、サウザーは扉を重く閉ざし、かんぬきを掛けた。
無論、邪魔者の乱入との逃走を阻む為である。


「早速やってみせろ。」
「・・・・・・・では、この方をここへ。薬を与えますので。」

指図を受けた事で、サウザーは一瞬、不機嫌そうに眉を顰めた。
しかし、師の亡骸は小高い祭壇の上に祀ってある。
このままだと薬を飲ませ難いのは事実であるし、かと言って、祭壇の上にズカズカと上がられるのも我慢ならない。
サウザーは仕方なくに言われた通り、師の亡骸を抱えて祭壇から下ろし、床にそっと安置した。
そして、師の上体を反らせるようにして支え、を横目で睨んだ。


「これで良かろう。さっさとやれ。」
「はい。」

サウザーが支えているお陰で、オウガイの顎は程良く持ち上げられている。
は姿勢良く床に正座すると、オウガイの唇を指でそっと割り、丸薬を一粒、その喉に落とし込んだ。


「・・・・それだけか?」

死者を蘇らせる神聖な儀式にしては、余りにも呆気なさ過ぎる。


「後は、この方次第です。」
「何の変化もないではないか。もう一度薬を飲ませてみろ。」

そして、師が身動きしそうな気配も全くない。
幾ら何でもこれでは納得出来ない。
サウザーは厳しい口調で再度に命じたが、はそれに従わなかった。


「それは・・・・出来ません。」
「何故だ?」
「薬を与えるのは日に一度、それ以上飲ませても、何の意味もないからです。後は待つ事しか出来ません。少なくとも、明日までは・・・・。」

何とも間延びする話だ。
こんなやり方で本当に奇跡が起きるのだろうか。
一抹の不信感が拭いきれず、サウザーは疑いの目でを見据えた。


「・・・・一つ訊く。奇跡を起こせるというのは、本当なのだろうな?」
「・・・・ゲンジョウが申していた通りです。」
「・・・・フン、なるほど。そういえば、あの男はお前の代弁者だったな。何でも口達者な側近に喋らせておいて、己の口からは一言も喋らんという訳か。この聖帝を相手に、随分と勿体つけてくれるではないか。」

は、どれだけ鋭い視線を浴びせても、決して表情を変えず、目も合わそうとはしなかった。
サウザーはひとまずそれ以上の追及を止め、師の骸を元通り祭壇に祀り上げた。


「まあ良い。明日まで待てというなら待ってやろう。」
「申し訳ありません・・・・・・」
「・・・・・・フン」

床に正座したまま済まなそうに俯くを一瞥した後、サウザーはおもむろにの腕を掴み、強引に引っ張り上げた。


「っ・・・・・!」
「出ろ。」
「・・・・・は、はい・・・・・・・」

そしてそのまま、を引き摺るようにして廟を出た。
















「クイーン!」

廟から出て来たクイーンに、従者達がわっと駆け寄って来た。
がひとまず無事に出て来た事に安堵でもしているのだろうか。
サウザーはそんな彼等に向かって、冷ややかに言い放った。


「どうやら本当に時間が掛かりそうだな。我が師が見事蘇るまで、貴様らをこの地から一歩も出さんから、そのつもりにしておけ。」

その瞬間、一行が身を固くしたのが分かった。
恐らく、監禁でもされるのかと考えているのだろう。
だがサウザーには、そんなつもりはなかった。


「・・・・・とは言え、何もせずに只ぼんやりと過ごすのも苦痛であろうから、今日から貴様らを下働きとして使ってやる。有り難く思え。」
「なっ、何と無礼な!」

サウザーのその言葉に、またもやゲンジョウが猛然と抗議してきた。
クイーンの側仕えだか何だか知らないが、本当にうんざりする位でしゃばりな男だ。


「我等がクイーンを奴隷の如くこき使おうと言うのか!?」
「勘違いをするな。如く、ではない。貴様らは既にこの聖帝の奴隷だ。貴様らの命、我が手中にある事を忘れるな。」
「ぐぬぬ・・・・・・!」

ゲンジョウは口惜しそうに歯軋りをしたが、すぐに呼吸を整えると、落ち着いた声で話し始めた。


「クイーンは人を救うという大切なお務めの為、落ち着いた環境の中で常に霊力と精神力を蓄えておかねばならぬのだ。下働きなどとてもさせられん。」
「フン、それ程その女を庇いたければ構わん。女の分まで貴様が働け。」
「儂もクイーンのお側に仕えておらねばならんのだ。お側に居て、何くれとなくお世話を・・・」
「世話とは具体的に何だ?」
「そ、それは・・・・・」

言い澱んだゲンジョウに、サウザーは冷ややかな視線を向けた。


「俺にとって用があるのは、あくまでもこの女だ。貴様らは只の付録に過ぎん。何の役にも立たんのなら、せめて召使位の働きはして貰わねば困る。それも出来んというなら、いよいよ置いておく意味がない。今すぐこの場で息の根を止めてやるが、どうだ?」
「う・・・・・、わ、分かった・・・・・・。クイーンの分まで、我等が勤めよう。」

その瞬間、はおどおどとした目を一瞬ゲンジョウに向け、ゲンジョウはまた口惜しそうに歯を食い縛った。
その様を愉快そうに見届けてから、サウザーはに向かって口元を釣り上げて見せた。


「これでお前は何にも煩わされず、我が師を蘇らせる事だけに専念出来るという訳だ。瞑想でも何でもして精々霊力とやらを蓄え、一日も早く我が師を生き返らせるのだな。それがこの聖帝の支配から開放される唯一の術だ。そうしかと心得ておけ。」

そして、改めて一行の顔をじっと見据えながら、威圧的な微笑を浮かべて言った。


「それから、念の為に忠告しておいてやる。貴様らを特に監禁するつもりはないが、くれぐれも逃亡など企てたりせぬ事だ。命が惜しければな。」

一行、特に男達は、明らかに怯えている様子だった。
の方は、幾らか顔を青ざめさせたものの、そう怖がっている風ではない。
頼りなく気弱そうに見える割には、案外と肝が据わっているのだろうか。

それとも、やはり本物だからだろうか。


用無しの男達の事などどうでも良いが、に関してはまだ今一つ掴み所がないのが気に掛かる。
しかし、暫く好きに泳がせておけば、いずれは自ずと分かる事だ。


「尤も、本物の聖人君子御一行である貴様らには、逃げる理由も必要もないだろうがな。」
「・・・・無論だとも。断じて逃げはせん。」

例により、一同を代表して答えたゲンジョウを愉快そうに一瞥して、サウザーは早速彼等に命令を下した。


「お前達には早速働いて貰うぞ。まずはこの館を隅々まで清め、3人分の食事を用意しろ。」
「3人分?」

リュウキが思わず怪訝そうに訊き返した。
しかしサウザーは、平然と答えた。


「我が師の御前に供える分、俺の分、そして残りは女の分だ。」
「お、俺達の分は?」

更に投げかけられたオウコの質問も、サウザーは一笑に付した。

確かに、ここに居る人間は、オウガイを含めて全部で8人だ。
3人分の食事では到底足りない。
しかしそれは、あくまでも全員に食べさせる場合の話である。


「役立たずの貴様らに食わせる飯など無い。この地の動植物、一切のものを口にする事許さぬ。」
「何だとぉっ!?」

見るからに卑しそうな大男のイドラが目を見開いて憤慨したが、サウザーが無言のまま睨みつけると、渋々黙って引き下がった。


「さっさとかかれ。」

その一言で一行は渋々階下に下って行き、サウザーもまたその後に続いて下りて行った。
















一人残ったは、暫く考え込んだ後、遠慮がちに廟の扉に手を掛けた。


「・・・・・・・・・」

再び入った廟の中は、厳かな静けさに満ちていた。
少しひやりとする空気に、微かな香の匂いが混じっている。
祭壇の前に古びた香炉と線香の束が置かれていて、この匂いがその線香のものだという事はすぐに分かった。
は祭壇の前に座ると、置いてあったマッチで燭台の蝋燭に火を灯し、香炉で線香を焚いた。


「・・・・・・・・・」

線香の細い煙が立ち昇り、祭壇上の人物に纏わり付く。
先代南斗鳳凰拳伝承者にして、あの聖帝サウザーの恩師、オウガイに。
は改めて、彼の姿を仰ぎ見た。


絵で見たのと同じ顔だ。
確かに、死後20年が経過している亡骸にしてはとても状態が良い。
拳法の事は何も分からないが、あのサウザーの師だったのだから、さぞかし音に聞こえた強者だったのだろう。
そして、その人となりもまた、聖帝に良く似た暴君だったのかも知れない。

しかし。


「何て優しい顔・・・・・・・・」

オウガイの表情は、とてもそうは思えない位穏やかで、そして優しかった。
あの聖帝を育てた人物であっても、性格は彼とは全く違っていた、そう考える方が自然だと思う程に。
この静寂に心を委ねていると、彼が受け入れてくれそうな気がして、はそっと目を閉じた。

そしてそのまま、時が経つのも忘れて、オウガイに祈りを捧げ続けた。




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後書き

やっとサウザーがヒロインの名前を呼びました!(←遅)
何か影の薄いヒロインですみません。
脇役のオッサンの方が前に出てるよ・・・・・(乾笑)