戻って来た偵察の者が、既に町を占領していた部隊の長に何事かを報告した。
その短い報告を聞き終わった後、部隊長は胸を張り、居丈高に叫んだ。
「良いか、良く聞けゴミ共!間もなく、レジスタンスの軍隊がお前達を救いにやって来る!奴等こそが、お前達の闘う相手だ!遠慮は要らん、皆殺しにして来い!!」
部隊長の命令を受けたのは、彼の部隊の兵士ではない。
この町の男達だ。
皆、武器を手に整列して、格好だけは辛うじて臨戦態勢を取っているが、彼らが決して戦闘に長けていないのは、その明らかに怯えた表情と情けなく引けた腰付きで容易に分かる。
だが、彼等の士気が高まっていないのは、何も戦闘が不得手なせいだけではなかった。
「物分りの良いお前達の事だ、万が一にも無いとは思うが、もしも万が一、怖気付いて退いたり、奴等に助けを求めたり、ましてや我々聖帝軍に牙を剥こうものなら、お前達の大事な者の命は無い!無論、お前達も皆殺しだ!分かっておるな!?」
後方で、監視するように武器を構えて立ちはだかっている聖帝正規軍、
そして、更にその後方で、高みの見物を決め込むかのように泰然と構えている聖帝。
町の男達は、この聖帝サウザーの軍隊に力で脅され、人質まで取られて、仕方なく屈したのである。
しかも人質は、男達以上に抗う術を持たない女子供や老人ばかりだった。
「うう・・・・・」
「ちくしょう・・・・・」
自分達の後方で刃を突きつけられて青ざめる妻や泣き叫ぶ子供達、恐怖に震える老いた親を最前線から心配そうに何度も振り返り、男達は悔しさに歯を食い縛った。
言いなりになりたくてなっているのではない。
倒したいのはレジスタンスではなく、血も涙もない聖帝軍の方だ。
だが、それを試みた勇気ある者達は、皆、瞬く間に聖帝軍によって無惨な姿に変えられてしまった。
彼等の精一杯の抵抗は、聖帝軍の前では児戯にも等しかったのである。
最早、彼らに道はなかった。
聖帝の魔の手から救ってくれようとしているレジスタンスには申し訳ないが、己と大切な者達の命を守る為には、嫌でも聖帝軍の言うなりになるしかないのだ。
「そぅら、お出ましだ!!迎え撃てーーーッ!!!」
部隊長の号令を受けた男達は、押し寄せて来たレジスタンスの軍隊に向かって、不本意ながらも突撃していった。
「シュウ様!様子が変ですぞ!」
「どういう訳か、聖帝軍ではなく町の者達が・・・・・!」
「父上・・・・・・!」
目の前に現れた敵軍が、鎧兜を纏った聖帝正規軍ではなく、何処からどう見てもごく普通の男達である事に気付き、レジスタンスの兵士達は困惑してリーダーを仰いだ。
「どういう事だ、これは・・・・・!?」
仲間達や息子のシバに言われずとも、リーダーであるシュウは既に気付いていた。
向かって来た敵軍には聖帝正規軍の好戦的な気配が感じられず、雄叫びもまるで恐怖に怯えて上げる悲鳴のように聞こえたのだ。
一体、どういう訳で町の者達が向かって来ているのか。
それを考える暇もなく、彼等はシュウの率いるレジスタンス軍に躍り掛かって来た。
「ま、待て!お前も町の人間だろう!?私達はお前達を助けに来たのだ!今すぐ攻撃をやめろ!」
「そ・・・・・、それは・・・・・・・、それは出来ない!」
「待てというにっ・・・・・!」
必死の形相で盲滅法に槍を突き出して来た男をいなして、シュウは真摯な声で尋ねた。
「何故だ!?訳を聞かせてくれ!」
「・・・・・人質に・・・・・取られているんだ、町の女子供や年寄りが・・・・!」
「何だと・・・・!?」
すると、シュウの誠実な人柄が伝わったのか、男は無念が滲み出ている声でこう訴えた。
万が一にも聖帝軍に聞こえないよう用心しているのか、声を押し殺して。
その話を聞いて、シュウは愕然とした。
「聖帝軍の命令に逆らえば俺達は殺される、人質もすぐに殺される・・・・・!だから俺達は、こうするしかないんだ・・・・・・!」
「待て!待つんだ、やめろ!私達は、お前達とやり合うつもりは・・・・!」
その隙にも、男は闇雲に槍を振り回してくる。
彼は何も悪くない。ただ、己の命と人質の命を守ろうとしているだけに過ぎないのだ。
「あんた達の厚意は有り難いが、今となっては却って迷惑なんだ・・・・・!頼む、引き返してくれ!もうこれ以上、犠牲者を出したくないんだ!頼むから帰ってくれ・・・・!」
「くっ・・・・・!」
反撃出来ないシュウに向かって、彼は槍の一突きと共にそう懇願した。
絶望の涙を流しているかのように、震えた声で。
彼のその張り裂けんばかりの胸の痛みを我が事のように感じたシュウは、口惜しそうに拳を握り締めると、素早い動きで彼の前から飛び離れた。
「卑怯だぞ、サウザー!!」
そして、そのまま最前へと駆け抜けると、悲しみと怒りの叫びを声高に張り上げた。
この場に居るか居ないかも分からない、この惨劇を作り出した張本人へと。
怒りに震えるシュウの声が聞こえた。
それまで、ただ押し黙って車の座席に座っていたサウザーは、シュウの声を聞くと静かに唇の端を吊り上げ、悠然と車から降りた。
「・・・・・・・来たか、シュウ。ドブ鼠の親玉のお出ましだな。」
シュウの姿が良く確認出来る位置に立ち、サウザーは低く響く威圧的な声で、自分の居場所を彼に知らしめた。
するとシュウはすぐさまサウザーの方に向き直り、怒りに満ちた声で叫んだ。
「何故このような卑劣な手段を使う!?何の罪も無い者達の命を、何故無意味に弄ぶ!?」
「無意味とは心外だな。これも作戦の一つだ。我が軍の勢力を益々拡大していく為のな。むしろ無意味なのはこの連中の方だ。」
怒りで余裕の無いシュウとは対照的な泰然とした冷笑を浮かべて、サウザーは必死で戦う町の男達に目を向けた。
「奴等は皆、大業を成すどころか抗う力も無く、流されるまま、ただ生きて死んでいくだけの無意味な存在だ。しかし、こんな価値の無いウジ虫共の命でも、一つだけ有効な使い道がある。この聖帝が築き上げる絶大な権力の礎となる事だ。言い換えれば、そうなる事によって、初めて奴等の命に価値が生じる。」
「・・・・・驕るな、サウザー!!」
この時サウザーには、シュウの怒りが一際高まったのが分かった。
「この世に無意味な人間など居ない!価値のない命など無い!ましてや、お前に命の価値を決める権利など無い!」
「フフン、相変わらずだな、シュウ。だがその言葉、この俺には力無きウジ虫共の負け惜しみにしか聞こえんぞ。」
「お前は何も分かっていない!拳の強さだけが力ではないのだぞ!誰かを愛する心や、思いやり、信じ合う心、何かを作り出す努力も『力』だ!いや、それこそが拳の強さに勝る、偉大な力なのだ!」
だがサウザーは、シュウの燃え盛る炎のような怒りを愉しんでさえいた。
どんなに力を漲らせようとも、彼の南斗白鷺拳はサウザーの南斗鳳凰拳には勝てない。
何故なら、鳳凰拳は南斗百八派の頂点に君臨する、帝王の拳だからだ。
「くッ・・・・・!」
それに今のシュウは、次々と襲い掛かって来る罪無き者達を傷付けないよう注意しながら、その攻撃をかわす事に手を取られていて、その合間にこうして吠え立てる事しか出来ない状態である。
「この男達を見ろ、サウザー!皆、愛する者を守る為に、死ぬよりも辛い思いで、敢えてお前の言いなりになっているのだぞ!」
棍棒で殴り掛かって来た男を突き飛ばして、なおも吠え続けるシュウを、サウザーは一笑に付した。
「だからどうした。ウジ虫共に己の意思など必要ない。ただ大人しく帝王の意思に従っていればそれで良いのだ。」
「お前には人の心が分からないのか!?お前には、人の愛が分からないのか!?」
だがその笑みは、シュウのこの言葉で凍りつく事となった。
尤も、それはほんの一瞬で、誰にも気付かれなかったが。
「闘えずとも、大業など成さずとも、己の力で精一杯生きて死ぬ事の、何が無意味だ!?愛する者を守ろうとするこの男達の、何処が無価値だ!?お前のやっている事こそが無意味なのだ!人の命を弄び、己の野望の為に殺戮を繰り返す、お前のその所業こそが・・・」
「黙れ、シュウ。」
サウザーはシュウの言葉を遮ると、努めて平静を装いながら言った。
「いつもながら、貴様の御託は聞くに耐えん。退屈で欠伸が出るわ。俺を相手に世迷言をほざく暇があったら、少しは周りの状況を気にしたらどうだ?」
「何っ!?」
周囲は今、無惨な戦場と化していた。
決死の攻撃を仕掛ける町の男達と、身を守る為にやむを得ず反撃するレジスタンスの兵士達が、互いに傷付け合い、血を流していたのである。
どちらにも悪意はないのに。どちらにとっても不本意な戦いなのに。
「こうしている間にも、町の者達は次々と傷付き、倒れていっているようだ。良いのか?このままでは、貴様の言う『価値ある命』がどんどん失われていく事になるぞ?」
「くそッ・・・・・・!」
サウザーが鼻で笑ってみせると、シュウは忌々しそうに歯軋りをし、自軍の兵士達に向かって大声で伝令を飛ばした。
「皆の者!!退けぇい!!全軍退却だーーっ!!」
その声を聞いたレジスタンスの兵士達は、リーダーと同じく悔しそうな表情で退却を始めた。
作戦はサウザーの目論み通りに運び、聖帝軍が圧勝を収めたのである。
「・・・・・哀しい男だ、サウザー、お前は・・・・・・」
シュウは去り際に一瞬、憐れむような表情をサウザーに向けた。
「・・・・・これだけは覚えておくが良い!人の純粋な心を踏みにじり嘲笑うお前は、いつか必ず人の愛によって倒される!聖帝に永久の栄華は無い!!」
そして、サウザーを断罪するようにそう言い放つと、仲間達と共に退却していった。
その叫びは、罪無き者達の怒りの代弁のようであり、また、同じ南斗の拳を学び、同じ南斗六聖の一人として運命を共にする筈だったかつての友を憎まねばならない、シュウ自身の慟哭にも聞こえた。
「・・・・・・・・」
だが、それが分かったところで、どうしろというのだ。
帝王は帝王としてしか生きられないというのに。
― 人の愛、だと?
シュウは、『お前には人の愛が分からないのか』と言ったが。
愛ならば知っている。嫌になる程、狂いそうになる程。
だからそれを捨てたのだ。
愛ゆえに苦しみ、愛ゆえに悲しまねばならないのなら、愛など要らぬ。
あの時、自分にそう言い聞かせたのだ。
自らの手で殺めてしまった師の姿を見た時に。
「・・・・・・・シュウめ・・・・・・・」
心の奥にある古傷が疼いて忌々しい。
さっきのシュウの言葉を忘れてしまえる何かが欲しいところだ。
そう思っていると、向こうから正規軍の一隊が向かって来るのが見えた。
自らがここに引き連れて来た部隊ではない。例のジプシーを捕らえに向かわせていた別部隊だ。
「ご、ご報告致します、聖帝様!」
「うむ。」
サウザーは平然とした無表情を浮かべると、良いタイミングでお誂え向きに戻って来たその部隊の長の報告に耳を傾ける姿勢を取った。
「例の、不思議な力を持つジプシーですが、奴の居た町を突き止めて参りました。」
「捕らえたか?」
「それが・・・・・・、その・・・・・・・・・」
町で一番立派な構えの宿屋に、体格の良い髭面の男が入っていった。
男は低姿勢で挨拶をしてくる宿の主の前を素通りして最上階まで上がり、その階に一室きりしかない部屋のドアを開いた。
広々としたこの部屋は、決して豪華とは言えないが、今の時代にしては目一杯の室内装飾が施された特等室だ。
まだ文明が生きていた時代の一流ホテルのスイートルームとまではいかなくても、十分に優雅な気分を満喫出来る。
コンクリートの床に筵を敷いてあるだけの安宿とは、本来ならば代価の差が天と地ほどもあるが、男は何も支払わずにこの部屋に寝泊り出来ていた。
その理由は、男に背を向けて床に座り込んでいる、一人の女にあった。
「・・・・・・・クイーン、あまり根を詰めては身体に毒ですぞ。」
「ゲンジョウ・・・・・・・」
この男、ゲンジョウがやや呆れたように声を掛けると、女、いやジプシー・クイーンは、丸薬を調合する手を止めて彼に振り返った。
「・・・・・もう少し、今残っている材料を全部使い切るまでは。」
クイーンの傍らには、既に作り上げられた丸薬の包みが幾つもあった。
これは勿論、町の者達に与える為のものだ。
彼女はこの部屋に居着いてからというもの、一日の殆どをこの部屋の中で過ごし、こうしてひたすらに薬の調合を続けているのである。
供のゲンジョウがこうして呆れる程、熱心に。
「・・・・いやはや、クイーンのお力は本当に大したものだ。」
ゲンジョウは彼女に休憩を勧める事を諦めて、一人でどっかりと長椅子に腰を掛けた。
座り心地の良い椅子と、フルーツの盛られた皿や葡萄酒の瓶がいつでも置かれてあるテーブル、
清潔な寝具の着けられた大きなベッドがあり、その上、三度の食事まできっちり出て来るこんな部屋に無料で泊れるのも、全てこの『ジプシー・クイーン』のお陰である。
町の者達は、彼女を神よ聖人よと崇め、薬や占いの代価として、様々なものを差し出して来るのだ。
この部屋も、そんな『代価』の一つだった。
宿の主が、薬と引き換えにこの特等室を提供したのである。
「クイーンの御名は、この通り、この町でもたちまち広まった。」
ゲンジョウは満足そうに笑うと、テーブルの上から林檎と葡萄酒の瓶を取り上げ、美味そうに飲み食いしながら続けた。
「クイーンは正に、この混沌とした世界に降り立った『救いの女神』だ。」
「・・・・・・そうでしょうか。」
町の者達の気持ちが、目に見える形でこれだけ沢山並べられていても、クイーン自身は未だ不安げで弱気なままだった。
「・・・・・・またそのように弱気な事を。」
ゲンジョウは呆れたように溜息をつき、口の中の物を葡萄酒で胃に流し込んでしまうと、そんな彼女を安心させるように頼もしく言い切った。
「無論、人の性分は千差万別。中には気ばかり早くて信心の足りない愚か者も居て、薬の効果がまだ現れないなどと訴えて来る事も確かにある。しかし、そんな不心得者はいつもほんの一握りに過ぎない。それはクイーンも良くご存知の筈だ。」
「・・・・・・・・・」
「そんな輩の事などいちいち気にしていては、旅は出来ませんぞ。我々はもっともっと、多くの地を回らねばならないというのに。なぁに、このゲンジョウがついております。心配はご無用・・・」
その時、ドアがノックされる音が聞こえ、そのすぐ後に誰かが入って来た。
「・・・・・おお、オウコにリュウキか。」
ボロボロのテンガロンハットを被った男と、右頬に大きな古傷のある男の二人連れが入って来たのを見て、ゲンジョウは初め、ニッと笑いかけた。
だが、二人の表情が緊迫している事に気付き、すぐにその笑みを消した。
「どうした、何かあったのか?」
「先日、この付近の村に聖帝の軍隊が攻め入って来たそうで・・・・・。」
「いずれここも危うくなりそうだと、町の者達がしきりに・・・・・」
「何、聖帝とな?」
二人の報告を受けたゲンジョウは、只でさえ強面の顔を更に険しくさせた。
「聖帝、聖帝・・・・・・・・・・、うむ。噂には聞いた事があるぞ。何でも相当の使い手で、女子供でも平気で殺す冷血漢だとか。ふぅむ・・・・・・・」
ゲンジョウは暫し眉間に皺を寄せて何事かを考え込むと、クイーンに向かって言った。
「・・・・・・クイーン。ここの者達にも、もう十分施した事です。そろそろ出立致しましょう。」
「・・・・・・・」
だがクイーンは、俯いたまま返事をしなかった。
話が聞こえていたのかいなかったのか、相変わらず黙々と丸薬を練り続けている。
そんな彼女に歩み寄り、ゲンジョウは窘めるような声で言った。
「クイーンのお力を待つ者は、まだまだごまんとおります。こんな所でクイーンを死なせる訳には参りません。」
ゲンジョウがクイーンの手首を掴み上げると、彼女はそこで初めて顔を上げた。
ゲンジョウの険しい眼差しが、クイーンの不安げな瞳をまっすぐに捉える。
「・・・・・・・・お分かり頂けますな?」
彼女はやがてそっと目を反らすと、それと分からない程に小さく頷いた。
「・・・・・・・・・逃げた、だと?」
報告を聞き終わったサウザーは、部隊長を眼光鋭く睨み付けた。
「い、いつの間にか、忽然と姿を消しておりまして・・・・・・!我々が襲撃した時には、もう既に町の何処にも・・・・・!」
「隈なく捜したのであろうな?」
「もっ、勿論でございます!町の者共も、幾人も締め上げて拷問したのですが、誰一人として奴の行方は知らず・・・・・・!どうやら、町の者共にも内緒で出て行った様子でして・・・・・!」
「その町に居た事は確かなのだな?」
「はっ、それは間違いございません!つい1〜2日前までは居たそうですから、まだそう遠くへは行っていない筈です!」
この部隊長は、サウザーに怯えながらも、胸を張って断言した。
『まだそう遠くへは行っていない』という部分を強調する事で、心証を少しでも良くし、サウザーの怒りを最小限に抑えようと、無意識の内に思ったのだろう。
「・・・・・・・・分かった。」
サウザーが頷くと、部隊長は安堵の表情を浮かべた。
だが、サウザーにしてみれば、彼の報告の大半は言い訳にしか聞こえなかった。
要は『獲物を狩り損ねた』というだけの事。任務に失敗したというだけの話だ。
居場所が分かっても、姿を消したのがほんの少し前だという事が分かっても、全く意味はない。
サウザーが求めていたのは、情報ではなく獲物そのもの。
例のジプシーをこの場に引き摺って来てこそ、任務を果たしたと言えるのだ。
「貴様のような役立たずは、我が聖帝軍には必要ない。消えろ。」
「はがわっ!」
サウザーはその帝王の拳で、躊躇い無く部隊長を切り裂いた。
絶対の服従を誓っていた忠実な部下を、それも、小隊とはいえ一つの部隊の長を、まるで虫でも殺すかのように、いともあっさりと。
一つの些細なミスで無惨に殺されてしまった同胞と、情容赦ない主君を見て、他の兵士達は恐怖に慄いた。
「おのれ、手こずらせおって・・・・・」
一方、サウザーの表情は、みるみる内に険しくなっていった。
只でさえ苛立っていたところに、思い通りの報告を受けられなかったのだから当然だ。
そのジプシーが如何に不思議な力を操ろうとも、所詮は只の人間。
人間一人を捕らえて来るという簡単な任務が失敗に終わるとは、正直、思ってもみなかった。
だが、帝王の思い通りにならない事など、この世にあってはならない。
逃げられたからといって、そのままスゴスゴと引き下がる訳にはいかないのだ。
この乱世に君臨する聖帝の名と意地と誇りに懸けて、何としても例のジプシーを引き摺り出さねばならない。
「全兵に告ぐ!何としてもジプシーを捜し出して捕らえよ!」
怒れる聖帝の命令が下された。
こうなれば、震えている暇はない。
迅速に任務を果たして来なければ、今しがた殺された同胞の二の舞になるのだ。
『は、ははぁっ!』
聖帝サウザーの恐ろしさを改めて思い知った兵士達は、まるで逃げ出すようにこぞって任務に向かった。