秋桜の記憶 20




先程の男が運転する車に再び乗り、は家路を辿っていた。
両側には、眠るシュウと黙したままのサウザーが陣取っている。
この様子では答えてもらえないかも知れないとは思ったが、それでもは口を開かずにはいられなかった。

「・・・・・この怪我は、試合で負ったのですか?」
「・・・・・フン、そういう事になろうな。」

ところがサウザーは、遠くを見つめたままながらも返事をした。
ひとまず話は出来そうだ。
それに安堵したは、更に話を聞き出そうと言葉を続けた。

「でも何故?試合の相手はまだほんの子供だった筈では・・・・」
「俺はシュウが負けて傷を負ったとは言っておらん。」
「ではどういう・・・・・」
「負けたのはその小僧だ。だがシュウは掟を破り、小僧の命をその眼と引き換えに助けた。」
「その子を、助ける為に・・・・・」
「奴の宿命は仁。人を愛し守る宿命。あの小僧に、シュウは仁星の血を目覚めさせられたようだな。」

シュウの行為は、サウザーにとっても驚くべき事だった。
あの恐るべき才能と強さは、これで確実に半減した。
下手をすれば、南斗白鷺拳伝承者を名乗り続けられるかどうかも怪しい。
それ程の事を、シュウにやってのけさせたのだ。あのケンシロウは。

― 末恐ろしい小僧よ、ケンシロウ・・・・・

だが、怯える必要はない。
たとえあの少年が成長し、いずれこの眼前に立ちはだかってきたとしても。
この帝王の血の前では、なす術もなく敗れ去るだろう。

ここはひとまず、いずれ障害になり得る最大の一角が自滅した事を喜ぶべきか。



不敵な笑みを浮かべたサウザーは、ふと何気なくの顔を見た。

「・・・・・何がおかしい?」

は泣くどころか、薄らと微笑みさえ浮かべていた。
今度はサウザーが知りたくなる番だった。
その表情の理由を。

「何故笑う?余りに下らぬ理由だからか?」
「・・・・いえ。」

小さく首を振って否定したきり一言も発しようとしないを訝しみつつも、サウザーもまたそれきり黙り込んだ。





耳を澄ませば、シュウの僅かな寝息だけが聞こえる。
暗闇と静寂に包まれた部屋で、はただぼんやりとシュウの姿を見つめていた。
顔の大半を覆う程の包帯に包まれたシュウの寝顔は、どんな形相をしているのか分からない。
苦痛に歪んでいるのか、夢にたゆたい心安らかにしているのか。

「シュウ・・・・・・」

もう二度と、この眼は開かぬと聞いた。
この傷は、命に別状はなくとも、今後一生の大きな枷となろう。

「自分でこんな事をするなんて・・・・・、馬鹿ね、貴方は・・・・・」

愛する者のこの姿に、ショックを受けない筈はない。
だが何故だろう。
悲しいのに、胸が押し潰されるような動揺を感じているのに。
何処か安堵している自分が居るのだ。

数奇で重い南斗の宿命は、正直今でも分かりかねる部分がある。
シュウが何を思ったのか、その全ては分からないが、それでもシュウは確かに人一人の命を救った。
それだけは確かな事だ。

「貴方らしくて・・・・、怒る気にもなれないわ・・・・・」

良かった。
殺されようとしている子供を、冷酷に見捨てるような男でなくて。
己を省みず人を助けるような、そんなシュウならば。
この先何があってもついていける。

「シュウ・・・・・」

無造作に投げ出されたシュウの手を取れば、自然と笑顔が浮かんだ。

「本当に・・・・・、貴方って人は・・・・・」

綻ばせた目元から零れた涙が、音もなくシュウの手に落ちていった。






泣いた顔、怒った顔、はしゃいだ楽しそうな顔、慌てた顔、心地良さそうな寝顔。
花に触れる細い指先、華奢な肩、柔らかく眩い裸体。
触れれば指先からさらさらと零れる髪、そして。

優しい微笑み。



・・・・・・・・・」
「・・・・・シュウ!?」

朝の光の中で、夢と現の境を漂っていたは、自分の名を呼ぶシュウの声に気付いて顔を上げた。

「シュウ、分かる!?私よ、よ・・・・!」
・・・・・・」
「ここよ、ここに居るわ・・・・!」

は、探るように浮かせたシュウの手を強く握った。

「シュウ・・・・・、良かった、気がついたのね・・・・」
「済まない、・・・・。迷惑を掛けたな。」
「何言ってるの・・・・・!そんな事より、傷は?何処か痛む?」
「いや、平気だ。それよりここは・・・・?」

シュウには、ここが家である事が分からなかったらしい。
その言葉は、にシュウが盲目になった事を今一度思い知らせ、悲しみを呼び起こさせた。

「・・・・・・家よ。」
「そうか・・・・・。道場の医務室で処置を受けた所までは覚えているのだが・・・・、私はいつの間に?」
「サウザーという人が連絡をくれて、私が迎えに行ったの。それからここへ送って貰って・・・・」
「そうか、奴が・・・・・」

シュウは、包帯から僅かに覗いた口元だけを綻ばせた。

「ならば事情は・・・・、奴から聞いたか?」
「ええ、聞いたわ。」
「・・・・・・私を、愚かだと思うか?」

シュウの穏やかな声を聞いていると、胸が詰まりそうになる。
また溢れそうになった涙を瞬きで誤魔化して、は小さく笑った。

「・・・・思わないわ。貴方には貴方の思う、よくよくの理由があったのでしょう?」
「・・・・・・・」
「それに、理由はどうあれ、人を殺す事より救う事を選んだ貴方を・・・・・、私は・・・・、誇りに思うわ・・・・」

の声が微かに震えているのを、シュウは聞き逃さなかった。
どんな表情で言っているのか、それをこの目で確かめられないのが歯がゆい。
シュウはの手を解くと、上半身をベッドから起こした。

「シュウ、まだ起き上がっちゃ・・・・」
「大丈夫だ。・・・・・」
「何?」

シュウは伸ばした指先を空に彷徨わせた。
の顔の辺りと思われる場所へ向けて。
そうして触れたのは、の唇だった。

「シュウ・・・・・」

指先が唇に触れたと思ったら、今度は大きな両手で頬を包み込まれる。
その手の温もりが心地良くて、はただされるがままになった。

「・・・・・良かった。ちゃんと分かる。」
「何が?」
「君が笑っているのが。この目で見られずとも、こうすればちゃんと分かる。」

両手の中には、の顔がすっぽりと収まっている。
指先に、掌に、感じるのだ。
口元が、頬が、柔らかく綻んでいるのが。


「・・・・・・触って。もっと触って。私の顔をその手で覚えて・・・・・」
・・・・・」
「私が貴方の目になる。ずっとずっと、側に居る・・・・・」

指に感じた熱い雫。
もう二度と見る事は出来ない、の涙。
痛む傷跡から同じものが流れる感触を、シュウは感じていた。
後悔しているからではない。
愛しくて、嬉しくて。

・・・・・・」

暗闇の中、伸ばした両手の方へ顔を近付けて。
指先で唇を探り当てて。

「愛している・・・・・・」
「私も・・・・、愛してるわ・・・・・」


涙の味がする口付けをした。




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後書き

これまた半分サウザードリームでした(笑)。
ま、それはともかく。
ん〜〜・・・・、ここで終了に持って行ってもいいっちゃいいんですが・・・・。
・・・・・ぐへへへ。(←なんやねん)
やっぱりもうちょっと捻りましょうか?
あ〜あ、こうしてズルズル長くなってくんだな〜〜(諦笑)。
ホント済みません、くどくて(爆)。