秋桜の記憶 14




あれから幾日も過ぎた。
しかしシュウはまだ、目的を遂げられずにいた。

都にはとっくに着いている。
だが、エリザの父に未だ目通りが叶わないのだ。
日に何度足を運んでみても、居ないだの取り込み中だのの一点張りで会えない。

そのあからさまな拒絶は、シュウの心に次第に怒りをすら沸き上がらせていた。




「お待ち下さい、シュウ殿!」
「離せ!スザク殿に話がある!!」
「スザク様は只今お取り込み中で・・・!」
「その嘘はもう聞き飽きた!今日こそは何が何でも目通り願う!!」

おたおたと行く手を阻もうとする執事を振り解き、シュウはエリザの父・スザクの私室のドアを開けた。

「きゃ・・・・」

勢い良くドアが開かれる音に驚いた女が、半裸の身体を隠してそそくさとソファから下りる。
女と共にソファに寝そべっていたのは、言うまでもなくこの屋敷の主であった。
見苦しい所を見られたにも関わらず、その表情には何の焦りも悪びれもない。

「スザク殿・・・・、これは一体どういう事ですか?」
「おお、シュウか。来ているとは聞いていたが、都まではるばる何用だ?」

用件など承知している筈なのに、この飄々とした言い草。
明らかに軽んじられている。
シュウはこみ上げる憤りを必死で堪えて、低く呟いた。

「エリザ殿との事です。何度も手紙でお伝えした筈です。それに、貴方の執事にも毎日言伝を頼んでいます。」
「ああ、そうだったかな。分かった、わざわざ出向いて来たのだ。話を聞こう。」
「その前に人払いを。そこの女性に同席願う必要はありませんので。」

そう言って、シュウはちらりと女を見た。
シュウと目が合ったその女は、面白くなさそうな顔をして服を着込みながら出て行った。




ようやく邪魔者が去ったところで、シュウは口を開いた。

「私が参ったのは他でもない。エリザ殿との婚約の事です。」
「ほう。」

スザクは気のない返事をすると、サイドボードからブランデーを取り出した。

「お前も飲むか?」
「結構。それより私の話をお聞き下さい。あれはなかった事にして頂きたいのです。」
「あれは何と言っているのだ?」
「有り体に申します。彼女には何を言っても通じません。だからこそ、こうしてスザク殿に直接話を・・・」
「しかしこういう事は本人の気持ちが物を言う。あれはあれなりに、お前を好いているようだが。」
「しかしながら、私にはそうは思えません。」
「ははは、それはお前の思い違いだ。あれは気の強い娘だからそう見えるだけであろう。」

シュウの言い分を、スザクはまるで深刻に受け止めない。
飄々と笑い、グラスを傾けている。

「のうシュウ、分かってくれ。儂も人の親だ。可愛い娘の気持ちを優先してやりたい。そのような願い、儂の一存で聞き届ける事は出来んのだ。」

尤もらしく話すスザクに、シュウは内心呆れていた。

そんなものは嘘だ。
エリザが魅力に感じているのは、この拳の才能と、それに対する周囲の評価。
そしてこのスザクもそう。
この拳に己が邪な野望を掛け、あわよくば宗家を手中に収めようとしているだけなのだ。


「スザク殿。私は貴方の野望を叶える事など出来ませんぞ。」
「野望とはまた随分な。儂はただあれの幸せを願うておるだけだぞ。」
「ほう、私が何も気付いていないとでも?貴方の考えなど、私はとうに気付いている。この私の身をもって、宗家を実質的に牛耳ろうとしておられるのだろう。」

それを告げた途端、スザクの笑みに一瞬不穏な色が混じったのを、シュウは見逃さなかった。

「宗家の嫡子は二人。だが嫡男は、残念ながら世継ぎとしての見込みはない。もう一人は幼い息女。他には庶子の男児が一人居るだけ。しかしその男児に南斗宗家の継承権はない。」
「・・・・・・」
「嫡男が継げぬとなると、いずれ南斗宗家はその息女のもの。しかし女の身では何の力もない。後ろ盾になる者が必要だ。」
「・・・・何が言いたい?」
「貴方は宗家と縁続きだ。その貴方の娘、いや、娘婿をその後ろ盾とし、宗家を支配する。それが貴方の野望であろう。」

そこまで言い切ってもなお、スザクは飄々と笑うのみであった。

「ほほう。そこまで言いおるか。それは相当の覚悟あっての事であろうな?」
「無論。」
「なるほど。良く分かった。」

確固たる意思をもって肯定するシュウに、スザクは抑揚の無い声で言い放った。

「美しい女を娶り、地位も名誉も権力も手に入れる。普通なら誰しもが望む事であろうが・・・・。それよりも余程大事と見えるな、その女が。」
「・・・・・!」
「今更隠さずとも良かろう。エリザから聞いておる。何でも恋仲の女が居るそうではないか、ん?」

の事が筒抜けになっていた事に、シュウは焦燥感を覚えた。

まさか今頃、何らかの卑劣な行為に及んでいるのではなかろうか。
今度は先日のような小手先の小細工ではない、もっと恐ろしい何かに。

「そのような取るに足らん小娘一人の為に、輝かしい未来を捨てると申すか?」

だが、今更は関係ないと言い張ったところで、通用する筈もない。
手を出さないでくれと願い、無理矢理口約束を交わさせても無駄な事だ。
そんな事をするよりも、一刻も早くの元に戻り、己自身の手で守ってやらねば。

「・・・・私にとって彼女は、地位より名誉より権力より、価値のあるものです。」
「・・・・言うたな、シュウよ。良かろう。お前の願い通り、エリザとの婚約は白紙に戻してやる。だがその言葉、努々後悔するでないぞ。」
「元よりそのつもりです。貴方こそくれぐれもお忘れ召さるな。もしも彼女に何かするつもりなら、いかに貴方とて容赦はいたしませんぞ。」

きっぱりとそう告げると、シュウは踵を返して部屋を出て行った。



だがその暫く後、再びドアは開かれた。

「お父様!」
「どうしたエリザ?今日は観劇に出掛けるのではなかったのか?」

激昂した娘とは正反対に、スザクは何事もなかったかのようにグラスを傾け続けている。

「それどころじゃありませんわ!何故あのような事をお許しになったの!?」
「シュウ自身があれ程言うのだ。仕方あるまい。」
「酷いわ!私の屈辱を晴らして下さると仰ったじゃないの!?」
「分かっておる。そう騒ぐな。」
「だったら・・・!」

屈辱に耐えかねてヒステリーを起こすエリザの髪を撫でながら、スザクはわざとゆっくりとした口調で話しかけた。
まるで不機嫌な幼子をあやすように。

「お前の気持ちはこの父が一番良く分かっておる。お前程優れた女を無下にするなど許されん事だ。そして、この儂に楯突く事もな。」
「その通りよ、お父様!私達をコケにする事など許さないわ!」
「その女、・・・とかいったな?シュウはその女が余程大事らしい。だがそれを失えば・・・・、どうなろう?」
「お父様・・・・・」

父の意向が自分にとって好ましいものである事を悟ったエリザは、歓喜の笑みを浮かべた。

「ね、私に任せて下さるわね?」
「良いだろう。但し巧くやれ。お前はもう暫くここに留まるが良い。分かったな?」
「はい!ああ、ぞくぞくするわ!やっとこの屈辱が晴らせるのね!お父様、やっぱりエリザはお父様が一番好きですわ!」
「可愛い事を言う。さあ、折角戻って来たのだ。都の空気を存分に味わって来い。」
「ええ!あんな片田舎の暮らしには、もう飽き飽きしていたところですもの!」

頬に口付けて軽やかな足取りで出て行く娘を見送って、スザクは不敵な笑みを浮かべた。






「あと二日かぁ・・・・・」

暦を見ながら、は小さく溜息をついた。
シュウが帰ってくると言った、約束の二週間まであと二日だ。

「ちゃんと話は出来たのかしら・・・・」

シュウが目的を果たせたのかどうか、それがいつも気になる。
だがシュウの事だ。
きっと目的を果たして、良い報告を聞かせてくれる筈。

「早く帰って来て、シュウ・・・」

ぴったりと閉まっている玄関ドアを見つめて、は呟いた。
このドアの向こうに、大好きなあの笑顔が現れる日を待ち侘びて。


だが、は気付いていなかった。
この扉の向こうには、既に人の気配がある事を。
そしてその気配は、愛する者の纏うあの温かなものではない事を。




back   pre   next



後書き

またまた勝手設定炸裂でした(笑)。
どこかっちゅーと、シュウとエリザ父の会話ですわ。
名前は出しませんでしたが、そうです。
宗家の子供達は、リュウガ・ユリア・ジュウザのつもりです。
まあ、適当かつさして重要度も高くない設定ですので、
適当に読み流して頂ければ(笑)。